June 29, 2006

福井氏の村上ファンドへの出資と投資組合契約の締結実務

本日の朝日新聞一面トップに、「福井氏専用の投資組合」というタイトルで、福井氏が、村上ファンドに直接出資をするのではなく、「福井氏専用の」投資組合を別途設立して、その組合経由で投資をしていた、という記事が載っています。

また、その記事を取り上げたフジテレビの「とくダネ!」では、経済評論家の高木 勝氏のコメントとして、
「自分専用の口座を作っていたということになると、簡単に一人だけ脱退することも可能だったわけで、福井氏ももうおしまいだ。」
といった趣旨のことが伝えられてました。


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おそらく、ほとんどの方は、「投資組合の契約書」というものを実際に見たことがないので、なぜこういうややこしいことをするのかイメージが湧かないと思いますが、こういうストラクチャーは、以下のとおり、「民法上の組合というものの性質」「証券市場の自由化による、投資の裾野の広がり」から、事務手続き上、ある意味当然の帰結として発生するとも言えるんではないかと思います。


「第三者に対する匿名性」と「投資家間の匿名性」
「匿名性」といったときに、マスコミや一般の方々は、まずは、「ファンドの第三者から見て、誰が投資しているかわからないようにするための匿名性」(なんか、やましいことしてんじゃねーの?)というのをイメージされるかと思います。

しかしながら、(はじめから悪いことをしようと思って組合を組成するような場合はさておき)、投資組合契約を締結する際に、まず実務上問題になるのは、「組合員間の匿名性」なわけですね。

民法上の組合は、法人格もありませんし、もともとが「みんなでなんかやろうぜ」というためのvehicleなので、組合契約というのは、「組合と投資家の1:1の相対(あいたい)契約」ではなく、「組合員n人の間での多人数間の契約」になります。

これに対して、投資信託を買うときも、公募された株式を買う場合にも、投資というのは、「他にどんなやつが出資してるか」なんてことはわからないのが普通ですし、もしわかるとしたら投資したくないですよね。
(公開するベンチャー企業のIPO株に応募したら、「おっ、自民党の代議士の○○氏も投資してるぞ」とか、インド株ファンド買ったら「芸能人の△△や、うちの会社のとなりの課の××も買ったのか〜」てなことがわかったら、かなりイヤかと・・・。)


組合の契約書の締結イメージ
ということで、「組合員n人の間での多人数の契約」である組合の契約書がどういうことになるかというと、組合契約の最後のページに、ズラズラズラーっと組合員の記名とハンコが並ぶわけですね。
(たとえば、40人組合員がいたら40署名。)

では、このハンコをどうやって押すか。

3人くらいの顔見知りが集まって作った組合だったら、「山田さん、ハンコ押し終わったら、次に鈴木さんにまわして、次は福井さんに回すように言っといてね」でも済みますし、そもそも3人集まってハンコを押せばいいわけです。

ところが、これが例えば40人ともなると、同時に集まろうにも、時間調整も至難の業。
また、実印を持ち出せない規定になってる会社もあるでしょう。

では、持ち回りで押印してもらうかというと、40人もいると、ぐるぐる書類を回している間に、
「すみません・・・あの契約書、どっかいっちゃいまして・・・・、大変申し訳ないがもう一度お願いできますか?」
てなことになりかねない。
トラブルがなくても、40人も回していると、押印だけで1ヶ月以上かかっちゃったりするかも知れません。


そもそもそれ以前に、お金を出してくれる人がみんな仲良しとは限らないわけですね。
特に、お金持ちは自己主張の強い方も多いので(笑)、例えば、仲の悪いIT系企業社長のAさんとBさん両方に出資してもらいたいと思っても、
「あいつの名前が書いてある契約書なんかに、ハンコが押せるか!」
てなことを言われたりすると、
「まあまあまあ、ここはなんとか・・・」
てな調整を40人分やるというのは、これはもう、至難の業になるわけです。

また、普通の契約書というのは、参加する当事者の数だけ作るのが普通ですが、仮に40人いる組合で40通の契約書にハンコを押さないといけないとすると、ハンコを40×40で1,600箇所も押さないといけないわけで。(追記:「袋とじ」の押印もするとなると、×2で、3,200箇所ですね。)

ということで、結局、たいていの場合は、組合員から押印の委任状をもらって、出資者の会社の社員の人や業務執行組合員が、組合員にかわって押印したりするわけですね。
また、契約書は、
「40部作成し、各組合員がこれを1通ずつ保有する」
ではなく、
「正本1通を作成し、業務執行組合員が正本を、一般組合員がその副本を保有する。」
というように、組合員が1回づつだけハンコを押せばいいようにしているのが普通ではないかと思います。


組合の契約書といっても、日本の代表的なものは、せいぜい20ページ程度のはず。
委任状をもらうなら紙1枚でいいわけですが、あと19ページ(用紙代、10円弱くらい?)程度紙代を使えば、子組合が設立できて、他の組合員への「個人情報の流出」を防げますし、組合と組合員で相対契約を結ぶのと同じ程度の手間ですみ、組合組成の事務手続きは、相当、簡素化されます。


ファンドのなかった日本で「組合」を使うという苦肉の策
日本はファンド後進国だったので、ファンドにするための適当な「入れ物」(vehicle)がなかったわけですが、明治時代に出来た「組合」という契約を、海外の投資実務で使われるLimited Partnership等の代わりに使おうというアイデアは、先人の弁護士さんや、ベンチャーキャピタル、旧通産省さんの研究会などの努力によって、徐々に形作られて来たわけです。

昔は、例えばベンチャーキャピタルへの出資金というのは、銀行等の機関投資家などが1口一億円づつ、といった大口で出資するのが常でしたので、そういう有名大企業の名前が組合契約書に並んでいても、「ふーん」という感じだったかと思われますが、証券市場が自由化され、投資の裾野が広がるにつれ、株式や投資信託と同様、「同じファンドに投資してるとはいえ、名前がわかっちゃうのはヤダなあ」というニーズは、当然、生まれてくるわけですね。(みなさんが投資するとしても、やですよね?)

通産省さんが、「じゃあ子組合を作ったら?」というアイデアを出したわけじゃないと思いますが、上記のように、手軽に「組合員間の」匿名性が確保できるとなれば、それは、当然、そうするはずです。


マスコミや一般の方々は「組合を作る」というと、おそらく、何十万円・何百万円のコストがかかるようなイメージをお持ちじゃないでしょうか。
(もし、福井氏のために1つペーパーカンパニーを作ろう、というのでしたら、当時なら資本金を入れて数百万円かかったでしょうけど・・・。)
このため、「福井氏専用の投資組合」というと、何かものすごいことに聞こえるのかも知れませんが、組合というのは、単なる民法上の「契約」なので、1つ余分に組合を作るコストは、上記のとおり紙代だけなら、せいぜい数十円程度のことなわけです。


もひとつ、「第三者」に対する匿名性ですが。
やはり、ファンドとか「民法上の組合」というのは昔は(今でも)理解されていない面がありまして。
2000年ごろですが、本店所在地が九州の会社が行った第三者割当増資の際に、ファンド(組合)が出資したところ、その九州の法務局から、
「民法上の組合ってのは、株主になれるんですかねえ?」
という問い合わせがありまして(苦笑)、
「組合契約書を見せてください」、
てなことを言われたこともありました。

(当時でも、都心の法務局では、そんなことを聞かれたことはなかったんですが、23区以外の法務局になると、「そういうのやったことなくて・・・よくわかりません・・・」というのは多いです。)

株式会社が第三者割当増資に応ずるときに、「おまえの定款を見せろ」とか「株主名簿を見せろ」というようなことは言われないですよね。

「組合」という「箱」はなじみがないので、このように、「組合契約というものが実在するんだよ」、ということを示す必要も出てくる場合も往々にして考えられますので、組合契約に出資者の名前が全部具体的に載っていると、うっとうしい。
子組合の名前だけが記載されるようにしておいたほうが、いちいち、コピーして組合員の名前を塗りつぶして・・・といった作業をしなくて済む分、事務担当者としても楽チンなはずです。


福井氏は、脱退できたか?
報道では、
「福井氏は、解約しなかった理由として、『自分だけ抜け出すのが適当かどうか考えた』と答えているが、『福井氏専用の投資組合』だったんだったら、自由に抜けられたはずだ。」
てなことも言われています。

結論からすると、私は、福井氏が、
「今度、日銀総裁に就任するので、株式のたぐいはすべて処分しようと考えている」
と村上ファンド側に告げれば、そのポジションの特異性や、就任のご祝儀ムードもあって、「いいですよ」ということになった可能性は高いと思います。


ただし、(ホントに日銀総裁が株を処分するべきなのかという点は、ややこしいのでさておき、一般論として)自由に組合契約を解約できる契約書にはなっていないはずなんですね。

というのも、ファンドというのは、(流動性の極めて高い資産に、マーケットインパクトを与えないように少額ずつ分散投資するようなファンドを除いて)、ベンチャーキャピタルとかプライベートエクイティとか、村上ファンドのような大量の株式を取得するものまで、換金を急ぐと損失が発生する可能性があるので、組合員が勝手に自由なタイミングで資金を引き上げることはできないように、

組合員は、原則として本組合を脱退することができない。ただし、正当な事由がある場合には、業務執行組合員に対し○日以上前に通知することにより、本組合を脱退することができる。(←あくまで一例。)

みたいなことが書かれているのが普通です。

(つまり、「個人専用の投資組合」といっても、組合は2人以上でないと作れませんので、(朝日新聞の報道では、オリックスとの)「二人組合」になっていたはずです。)

「正当な事由」というのは、「借金で首が回らなくなっちゃって」とか「親父の手術費に多額の費用がかかるので、たのむ」みたいな事態を典型的には想定しているわけですが、
「日銀総裁になるから、契約をやめさせて」というのは、「株式投資」ということ自体が悪なわけじゃないですし、(少なくとも当時)村上ファンドが犯罪を犯している可能性があるというわけでもなかったわけで、「正当な理由」としてどうなんかなあ・・・と、相当、言いづらかったんではないか・・・と思います。

(ご参考まで)

June 27, 2006

世界バリバリバリュー

June 26, 2006

インサイダー取引規制とオフサイド

以前に書いた「アクティビスト活動とコンプライアンス(プロローグ)」の続きです。


(長いので要旨)
長いので、要旨を書いておきますと、以下のとおり。

  • インサイダー取引規制はサッカーのオフサイドのルールに似ている。
  • どちらも、「ゲーム」を成立させる「バランス」を取るために「人工的」に導入された(追記:2007/08/06)「人間が熟考することによって調整されていく必要がある」ルールであり、(追記:2007/08/06、日本の場合、導入の歴史的経緯から)、「自然法的な」ルールとは異なり、一般の人には直感的に理解されにくい複雑なものになっている。
  • 小幡先生の経済教室では、「法律にはグレーゾーンは存在せず」、「条文上、実質的に不公正な取引、インサイダー取引禁止の精神に反する取引はみな違法」とあるが、グレーゾーンを広義に解釈して、経営者にプレッシャーをかけ得る大口投資家の行動を過度に制約することは、結果として個人投資家のメリットにもつながらない可能性が高い。

  •  


    (以下、本文)
    ワールドカップ期間ということもあって、村上ファンドのインサイダー取引容疑をサッカー(特にオフサイド)に例えて考えてる人は非常に多い模様ですね。

    わたしは、小学校でオフサイドなんて無い「全員フォワード」wのサッカーしかやったことがなく、ワールドカップで日本がまだ勝ち進む可能性がある間だけ盛り上がる、えせサッカーファンなので、サッカーの例えを用いるのも気が引けるんですが、インサイダー取引とオフサイドというのは、確かに非常に似ている気がします。
    以下、(アナロジーで物事を論じる危険はご容赦いただいたうえで)、サッカーのオフサイドとの関連でインサイダー取引規制について考えて見たいと思います。


    ルールの詳細を知らない人が大多数
    サッカー観戦をしてる人のほとんどは、「オフサイドが反則だ」、ということは理解していると思いますが、同時に、オフサイドとはどういうルールか、というのを正確に説明できる人とか、自分が実際に副審や主審となって、オフサイドを正確にジャッジできる人となると、かなり少ないのではないかと推測します。
    オフサイドが、サッカーのルールの中で最もわかりにくい部分なのは間違いないと思います。

    いかにオフサイドのルールが複雑でしろーとの直感的な想像から容易に判断が付きかねるか、というのは、下記の、FIFAによるオフサイドの解説(FLASHアニメーション:[注]音、出ます。)

    fifa_offside.jpg
    http://www.fifa.com/en/comp/Offside.html

    がわかりやすいと思います。


    同様に、証券取引に関わるほとんどの方は、「インサイダー取引が反則だ」、ということは理解していると思いますが、インサイダー取引規制とは何か具体的事例に基づいて正確に判断できる人は(先日も申し上げたとおり、金融関係者と言えども)、非常に少ないんじゃないかと思う次第です。


    オフサイドの歴史
    Wikipediaの「オフサイド (サッカー)」の項を見てみると、サッカーのオフサイド・ルールの歴史について書かれていて、これが非常にわかりやすい。

    19世紀のイングランドにおいて、スポーツとしてのフットボールが誕生するが、当時のフットボールはスポーツチームの基礎単位であったパブリック・スクール毎にまちまちのルールで行われていた。 こうした事態を解消するために、1863年にフットボールのルールの統一を目指して、ロンドンで会議が開かれた。しかし、「手を使う事を認めない」ルールの採用を求めるイートン校と「手を使う事を認める」ルールの採用を主張するラグビー校との間でその対立が解消されれず、イートン校を中心とした手を使う事を認めないルールの採用を求めたパブリック・スクールの間でフットボール・アソシエーションが設立され、彼らは、1848年に制定された「ケンブリッジ・ルール」と言うルールを元に、フットボール・アソシエーション式のルールを制定した。これがサッカーの誕生である。

    つまり、この時点では、サッカーでもラグビーと同様、「前にパスが出せない」というルールであり、こういうルールのもとでは、

    10人で攻め、10人で守るのが一般的であった。当時のポジションを現在の感覚で言うならば 0-0-10というシステムで、彼らのポジションは総じてフォワードであり、フォワードとゴールキーパーのみでサッカーをしていた

    という「ゲームの形」になるわけですね。

    同様に、1866年にルールの大改正があり、

    ボールより前にいる選手に対してパスを出しても良い事になったのである。ただし、ゴールラインとボールの間にはゴールキーパーを含めて相手選手が3人いなければならない

    とされ、

    10人で攻撃と守備を行う形態から、バックス(現在で言うディフェンス)と言う守備を専門的に行うプレーヤーが誕生した。システムは2-0-8とそれでも前がかりながら、全体的に選手がフィールド上に分散するという考え方が生まれた

    ということだそうです。さらに、1925年に再度オフサイドに関する規定の見直しが行われ、

    これまでゴールラインとボール(の間)にいなければならない相手の人数をゴールキーパーを含めて、3から2に減らした。

    ということで、ほぼ現在のサッカーのオフサイドのルールが確立したとのこと。

    つまり、「オフサイド」というのは、60年もかかって徐々に「調整」されてきたルールであるとともに、サッカーのルールの「単なる一部」というだけでなく「ゲームの形」を全く変えてしまうキー・ファクターなのだ、ということがわかります。


    「人工的な」ルール(追記:2007/08/06)「人間が熟考することによって調整されてきたルール」
    もひとついえるのは、オフサイドというのは、非常に「人工的な」(追記:2007/08/06)「人間が熟考することによって調整されてきたルール」だ、ということでしょう。

    サッカー(ラグビー)のもともとのアイデアというのは、「ボールを相手の陣地にブチ込んだ方が勝ち」というシンプルなものだったと思います。これは直感的で非常に理解しやすい。が、実際にやってみると、相手の陣地の近くで「待ち伏せ」してると、非常に簡単に点が入ってしまっておもしろくない。「待ち伏せ」は「不公正(ズル)」だから規制しよう、ということになるわけですね。
    で、「手を使ってもいい派(ラグビー)」と「手を使わない派(サッカー)」が分化する中で、ラグビーでは、「手」という非常に器用な部位が使えるので、待ち伏せについては非常に厳格に考えて「前にパスは一切出せない」という形に収斂していった。

    ところがサッカーというのは「足」などの不器用な部位でボールをさばくので、「前にパスが一切出せない」とまでしてしまうと、おそらく、ほとんど点が入らずにゲームとして全く面白みがなくなっちゃったんじゃないかと想像します。このため、前述のとおり、徐々に規制をゆるくしていって、最終的に「ゴールキーパーを含めて相手が2人いれば、パスを前に出してもいい」という形に収斂したのでしょう。


    小幡先生の経済教室
    以上のようなオフサイドの議論はとりあえず横においといて、6月19日の日経新聞朝刊に掲載された小幡績 慶應義塾大学助教授の経済教室「個人投資家こそ主役」について、考えてみたいと思います。

    代表者の逮捕に発展した村上ファンドやライブドア事件は、「法制度におけるグレーゾーンの問題」として議論されてきた。すなわち、法律上明文で規定されていないグレーゾーンや抜け穴を突く取引が、紳士協定や良識に反しており、これは倫理的に自粛すべきだという主張である。しかし、この認識は誤りである。なぜなら、法律的にはグレーゾーンは存在せず、グレーゾーン取引はすべて違法取引だからである。
    例えば、証券取引法一五七条は不正取引行為、同一六六条ではインサイダー取引を包括的に禁止している。条文上、実質的に不公正な取引、インサイダー取引禁止の精神に反する取引はみな違法であり、これは幅広く違法取引を摘発している米国と同じ条文構成である。金融取引は、明示的な禁止事項を設けても、名目的に禁止事項を回避しつつ実質的に同様の取引を作り出すのが極めて容易である。このため、実質基準で包括的に禁止し事後的に判断する構造にしないと悪意の取引を防止できない。いわば条文上は法の網の目を完全にふさぎ、事後的に裁判で判断するという構造をとっているのだ。

    この文章は、非常にたくさんツッコミどころがあると思いますが、最も重要な、グレーゾーンを無くしているとおっしゃる「インサイダー取引禁止の精神」とは何か、というあたりから考えてみたいと思います。


    「インサイダー取引禁止の精神」とは何か
    インサイダー取引を規定している166条・167条には、直接「目的」や「精神」は書いてありませんので、証券取引法全体を規定する第一条の「目的」を見てみますと、

    この法律は、国民経済の適切な運営及び投資者の保護に資するため、有価証券の発行及び売買その他の取引を公正ならしめ、且つ、有価証券の流通を円滑ならしめることを目的とする。

    とあります。
    ちなみに、今度の、金融商品取引法の第一条は、以下のように改正されています。
    http://www.fsa.go.jp/common/diet/index.html

    この法律は、企業内容等の開示の制度を整備するとともに、金融商品取引業を行う者に関し必要な事項を定め、金融商品取引所の適切な運営を確保すること等により、有価証券の発行及び金融商品等の取引等を公正にし、有価証券の流通を円滑にするほか、資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り、もつて国民経済の健全な発展及び投資者の保護に資することを目的とする。

    どちらも、価格形成や流動性の確保に気をつけて、国民経済の発展、投資者保護等のためにルールを定めるんだよ、という点では同じですが、特に、金融商品取引法の方では、「資本市場の機能の十全な発揮による」となっていて、より市場メカニズムに重心を移すことに気合を入れた目的になっているんじゃないかと思います。

    結局、インサイダー取引を規制する目的も、それが「国民経済の発展」等に寄与するかどうかであり、換言すれば、経済学的に社会の厚生を最大化させるようなルールになっているかどうかを考える必要があるかと思います。


    経済学的に見たインサイダー取引
    ところが、この経済学的に見たインサイダー取引規制の意味、というのは必ずしもよくわからないわけですね。

    (私も含め)証券関係者は、とにかく「インサイダー取引が悪だ」ということについて、試験や研修等でたたきこまれるので、それが「悪」だということについては、まったく疑いを差し挟んでおりませんで、池田さんのブログを読むまで、「インサイダー規制はするべきではない」という議論があることを思いつきもしませんでした・・・・。
    ・・・というか、(47thさんのご指摘で思い出しましたが、以前書評を書いたにも関わらず、この本にその議論があったことも忘れてましたけど)、会社法の経済学(三輪 芳朗/柳川 範之/神田 秀樹 編)の第11章に、太田亘氏のインサイダー取引に関する論文が載っていて、ここで経済学的な観点から、インサイダー取引規制について整理が行われています。

    論文の内容をかいつまんでご紹介すると、以下のとおり。


    (3.1) エージェンシー問題の緩和
    「ここで議論の対象となるインサイダーは、会社の経営方針や実物投資の決定を行う内部者、中でも経営者である」ということで、経営者(agent)が株主(principal)の利益のために動いてもらうために、インサイダー取引からの利益をセットにしたほうがいいんじゃないか、という議論。
    引用されている論文の発表年次に注目すると、賛成説の年次は1966、1983、1984、1985、1986年と80年代中盤までで、経営者が正しくない情報を流したり(1995)、株主から観察不能(1992)等の理由から、90年代に入ってからは、あまり根拠があるとはされてない模様。
    私見ですが、「インサイダーの範囲」の定義として、少なくとも、会社経営者まで含めてしまうと、忠実義務違反とか取締役の報酬等(の上限)を株主総会や報酬委員会で決定するといった、他の様々な規定とバランスが取れなくなるので、成立しなくなると思いますね。


    (3.2) 情報の伝達と実物投資
    「規制反対論の一つとして、インサイダー取引には内部情報を市場に伝達する機能があるので規制すべきではない、という主張がある」とのことで、これは同じく論文の発表年次を見ると90年代前半までは出てきている議論のようですが、(たとえば、インサイダー取引は「企業秘密の内容を漏らすことなく、株価を適正」にし、「一般投資家は、インサイダーと取引することにより損失を被るかもしれない」マイナス面はあるものの、「内部情報が株価に反映し企業の実物投資が適切になされることで、社会厚生が高まる可能性がある」等)、筆者は情報伝達における「ノイズ」の存在、「有価証券報告書などによる情報開示といった直接的な方法」等もあるということで、「取引規制反対の論拠として弱い」と結んでいます。


    (3.3) 情報生産
    「情報の売買は困難であり、情報生産に対する収益確保は困難であるから、情報生産は過少投資に陥りやすい。」「特に株式市場では、Grossman and Stiglits(1980)が指摘したように、情報が株価に反映してすべての市場参加者に伝播するため、収益確保がより困難である」という論拠。
    これについて筆者は、「情報生産から考えてインサイダー取引規制を行うべきかどうかは、内部情報と外部情報の重要度と言う経済環境に依存することになる。つまり、この観点からの規制の是非は、実証的な問題であるといえる。」ということで、やや含みを残した結論に見えます。
    (ただ、証券マーケットというのは、その規模の巨大さから、実際にはどちらかというと情報提供がビジネスになってるわけで、個人的にはあまり説得力ないですね。)


    (4) 流動性
    証券取引法の第1条でも「有価証券の流通を円滑ならしめる」と、流動性の確保は、大きな目的の一つになっています。
    「情報の非対称性の下でインサイダーが情報独占者として行動すると、それに一般投資家が反応して市場から退出し、取引が破綻する可能性がある。市場が成立しなければ、価格メカニズムを通じた資源配分がおこなわれないという社会損失が発生することになる。」ということで、一般の市場参加者が減るのを避けたいという要因も明らかにあります。
    現状のインサイダー取引規制の根拠としては、この流動性の確保とインサイダー取引による情報伝達機能のバランスを取る、という面が大きいんじゃないでしょうか。


    (5) 公正な証券取引
    「インサイダーが取引しない場合には外部情報生産の利益が増加し、アナリストや機関投資家などの情報生産活動を促進し、そのような投資家と個人投資家の間で情報がより非対称になるであろう。流動性の低下は、インサイダー取引に限らず、情報の非対称性が原因である。」
    と、情報への接近の機会が均等か、という観点が非常に興味深いですね。

    同脚注にも「経済学的な議論では、インサイダーとして会社内部者というよりも情報優位者を扱っているケースが多く、その解釈には注意が必要である」とおっしゃってます。
    もちろん、公表されている情報等から自分で分析して取引を行うのは当然合法なわけですが、経済学的には、あまりに情報分析力に差があるような主体が取引するのは、「グレー」な可能性があるわけですね。

    −−−

    以上のとおり、太田氏の論調は、「インサイダー取引を全廃しろ」というような過激なものでないのはもちろん、(当然っぽいですが)インサイダー取引規制に肯定的な立場を取られてます。
    一方で、(経済学の論文であって法学の論文ではないので)、具体的な法律上の境界線の線引きについての合理性(例えば、なぜ情報の一次受領者は罰せられるのに二次受領者は罰せられない条文になっているのか*)等については(これも当然かも知れませんが)、書かれていません。
    (*:教唆犯とされた判例もあるので、よいこのみなさんは「李下に冠を正さず」でお願いします。)


    インサイダー取引の歴史
    上記の太田氏の論文では、インサイダー取引の歴史についても、わかりやすくまとめられています。

    インサイダー取引は、日本ばかりでなく他の多くの国の証券市場においても規制されている。ただし、インサイダー取引が各国において規制された、または規制が強化されたのは1980年代であり、かつては規制されていなかった。(345頁)
    163条(旧188条)と164条(旧189条)が1988年10月に施行され、また刑事罰にかかわる166条と167条が1989年4月に施行されて、インサイダー取引が具体的に規制されるようになった。(346頁)

    ちなみに、
    163条「特定有価証券等の売買に関する報告書の提出」
    164条「役員又は主要株主の不当利益返還」
    166条「会社関係者の禁止行為(重要事実に関するインサイダー取引規制)」
    167条「公開買付者等の禁止行為(公開買付等インサイダー取引規制)」
    です。

    ということで、日本でインサイダー取引規制が始まったのは平成元年から。平成の歴史がインサイダー取引規制の歴史、ということで、非常に「新しい」規制だ、ということになります。
    なお、米国における規制との対比に関する脚注が非常に興味深いです。

    改正前の証取法では、58条(現157条)がインサイダー取引を規制していた。これは、米国の1934年証券取引所法10(b)および同法により設立されたSEC(Securities Exchange Commission/証券取引委員会)の1942年ルール10b-5を参考に立法化されたといわれている。この規定は、証券取引における詐欺行為を念頭においた包括規定である。米国ではこの規定を根拠にSECによる取締りが行われ、また判例が積み重ねられてきた。それに対し、日本では取締りが行われなかった。この理由として、(1)58条の規定は一般的抽象的な規定であり、罪刑法定主義の立場から刑事罰を科せられなかった、(2)規制機関として米国のSECのような機関が設立されず、担当すべき大蔵省には担当人員・予算が少なかった、といったことがあげられる。(1)については例えば鈴木竹雄・河本一郎『証券取引法』などは証取法58条によりインサイダー取引規制が可能であるとしていた(また最高裁判所昭和40年5月25日判決参照)ので、政府に取締りの意思がなかったため規制が行われなかったと考えられるであろう。

    (157条というのは、例の「不公正取引の禁止」の規定のことです。)


    インサイダー取引の要件
    では、日本の証券取引法では、具体的に、どのように要件を定めているでしょうか?
    まず、166条「会社関係者の禁止行為(重要事実に関するインサイダー取引規制)」について考えてみます。
    166条をうんと要約すると下記のようになります。

    「(1)会社関係者」であって、「(2)重要事実」について知ったものは、その情報が「(3)公表」された後でなければ「(4)売買等」をしてはならない。

    以下、それぞれの要件を考えます。


    要件1:会社関係者(166条1項)
    下記の図のとおり、「会社関係者」の範囲はかなり明確に定まっています。

    kaisha_kankeisha1.jpg
    (東京証券取引所「改訂版インサイダー取引規制Q&A」による。)

    166条3項で、「会社関係者から重要事実の伝達を知った者」等も同様の規制を受けることになってますが、その人からさらに情報を受け取った人(第2次情報受領者)については、規制は行われないと解されているようです。(前出、太田論文、等。)
    (ただし、前述のとおり、対象外の人に対してであっても、「〜から聞いたんだけど、近々、○○があるから買っておいたほうがいいよ」というような示唆をした場合には、教唆犯となるという判例もあるようですので、一人あいだに噛ませればなんでもアリ、と解してもらっては困ります。)

    一方で、「未公表の重要事実で取引するのはズルだから悪」というシンプルな発想が「インサイダー取引禁止の精神」だとすると、上記のように細かく会社関係者等や受け取った経緯(「職務に関して」知った場合、等水色の枠部分)など、そうでないケースをわざわざ除外するような定義をする必要もないはずです。

    以下私見ですが、実際には、証券取引の際に判断される情報は、「未公表の事実」(証取法上の「重要事実」に該当するものはさすがに少ないと思いますが)がほとんどであり、適時開示や有価証券報告書など、この条項に定められたルートで「公表」される情報は、極めて小さい一部でしかないわけです。

    たいていの人は、店頭にならんでいるその会社の商品、雑誌やテレビのその会社の特集、スクープ、テレビのCMや、街のウワサなどを参考にして取引してるわけで、それらの大半は、証取法上の「公表」には該当しません。また、投資家はそうした情報を分析して、人よりも先に儲かる要因をゲットしようとする「ネイチャー(生まれながらの性質)」があるわけですし、前述の経済学上の議論においても、そうした「分析」に基づく取引によって、企業実態が株価に反映されることは社会全体の厚生をあげると考えられるわけです。また、「オレは他人より儲けられる」という自信があるからこそ投資家は市場に参加するわけで、例えば、「法律で決められた資料以外からの情報で投資をしたら有罪」というような過度の情報規制を行ったら、投資をする人のインセンティブもそがれ、流動性が欠如することによって取引が成立しなくなり、社会全体の厚生は明らかに下がるはずです。

    もちろん、法律ギリギリの情報入手を薦めているわけじゃありませんが、上記のように細かく膨大な規定が設けられている理由は、包括的に未公表の情報に基づく取引を「精神」に基づいて規制しようということではなく、法治国家として罪刑法定主義に基づき、罪になる範囲をなるべく明確に定めようとしているからだ、と解するべきじゃないかと考えます。

    つまり、サッカーに例えると、「点を入れたいので少しでも前へ出ようという態度」自体が非難されるべきではないですし、オフサイドポジションにいただけでオフサイドになるのではないですよね。
    お恥ずかしながら今回初めて知りましたが、オフサイド位置にいた選手も、「二次受領者」であれば、ゴールしてもオフサイドにならないんですね。

    onside_offside1.jpg

    (すなわち、オフサイド位置にいなかった選手(B)がゴール方向に走ってパスを受け取り、直前にはオフサイド位置にいた選手(C)にパスして、選手Cがゴールを決めても、オフサイドは取られない、という図です。)

    (ということは、オフサイド位置にいること自体は結果として得になることがあるから、攻撃側はオフサイド位置にいる合理性が出るし、相手のディフェンス・ラインはその分、下がらざるを得ない。・・・お恥ずかしながら、「なぜ、オフサイドを取られる危険があるのに、オフサイドポジションにボケーっと立ってるやつがいるんだろう?」というのが、よく理解できていませんでした。)


    それと同様、インサイダー取引規制においても、「高く売り抜けよう」とか「人の知らない情報を早く入手したい」という気持ち自体が非難されるのはおかしいですね。
    また、インサイダー情報を入手したり、インサイダー情報を元に取引を行うこと自体では処罰されるとは限らず、法で細かく定められた要件に該当する場合だけが、処罰の対象になるはずなわけです。


    要件2:重要事実(166条2項)
    重要事実とは何か、という定義は以下のとおりですが、

    juyo_jijitsu.jpg
    (東京証券取引所「改訂版インサイダー取引規制Q&A」による。)

    こちらは、上記の赤枠のとおり「バスケット条項」があるので、「投資判断に著しい影響を及ぼすもの」は、包括的に規制の対象となります。
    これは、複雑多岐にわたる経済事象を限定列挙するのは技術的に難しいからでしょうね。

    ただ、インサイダー取引規制において、こうした限定列挙が難しいものを包括的に扱っているからといって、インサイダー取引規制全体が、包括的に「精神」で処罰できる規定になっている、というのは言いすぎではないかと思います。


    要件3:公表(166条4項)
    これは、適時開示された場合や、一般紙等2つ以上のメディアに公開して12時間以上経過した場合や、適時開示が東証のwebに掲載された場合、等を言うので、定義は極めて明確であり、「公表されているかいないか」が疑問になる余地はほとんどないかと思います。


    要件4:売買等
    「当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買(以下略)」というのは、かなり詳細に規定されていて、これを潜脱するのもちょっと難しいと思います。


    「業務執行を決定する機関」とは?
    「ライブドアの宮内被告は、当時、業務上の責任をとって取締役を辞任しており、役員ではなかったから、宮内被告から村上ファンドが情報を聞いていたとしても、インサイダー取引にはあたらないのでは?」というご意見があります。微妙な線なので、弁護側が裁判で争っていただくのは結構だと思いますが、よい子のみなさんの理解としては、このケースは、「黒の可能性が高いグレーゾーン」と理解されておくことをお勧めします。

    村上ファンドのケースは166条ではなくて167条ですが、166条と同様、「(当該公開買付者等が法人であるときは、)その業務執行を決定する機関」が「公開買付け等を行うことについての決定をしたこと」(167条2項)と定められていて、かつ、166条に関する最高裁の判例(平成11年6月10日)では、

    「業務執行を決定する機関」は、商法所定の決定権限のある機関には限られず、実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関であれば足りる。

    とされてます。

    「商法上のものに限られない」ですし、インサイダー取引規制の重要事実に該当するアクションは、必ずしも商法上の機関の専決事項になっているとは限らない。ましてや、宮内氏はその後の経緯を見ても、「ほとぼりが冷めるまで」形式上取締役を辞任しただけであって、誰に聞いても当時も「影のCFO」だったのが実態だったようですので、実質的に宮内氏が決めれば買付けは決まった可能性が高く、この線(だけ)で無罪を勝ち取るというのは、ちょっと厳しいように思えます。(他の点と「併せ技」として、どこまで考慮されるかは存じませんが。)


    その他
    その他、よく勘違いしそうな点として、

  • 明らかに株が上がる未公表の重要事実(166条)を知っていたが、親が入院して金が必要なので泣く泣く株式を手放したような場合には、儲けを意図してないので、罪にはならない
  • とか、

  • 重要事実を知って株を取引したが、逆に損をしたので罪にはならない
  • というような誤解されてる方が非常に多いですが、上記のケースで罪にならないとはどこにも書いてないので、ご注意ください。
    「インサイダー取引禁止の精神」というのが「ズルいこと」を禁止するという趣旨ならば、特に前者などは明らかに「精神」には触れない気がしますが、法は、「精神」ではなく「ルール」に基づいて罪を定めており、166条は「上がる情報で買い」を禁止しているのではなく「売買」の両方を禁止しているので、罪になると解されると思います。


    結 論
    小幡先生の経済教室では、「法律にはグレーゾーンは存在せず」、「条文上、実質的に不公正な取引、インサイダー取引禁止の精神に反する取引はみな違法」とありますが、上記で見てきたとおり、「インサイダー取引禁止の精神」というのは、経済学上も明快ではなく、また、条文は大量で複雑かつ詳細であり、立法趣旨に基づいて広義に解釈できる部分と、広げて解釈するのは難しい部分があって、「精神」から理解するのは非常に困難。
    166条・167条全体に包括条項が適用されるかのような表現は、非常に誤解を招きやすいかと思います。

    また、「金融取引は、明示的な禁止事項を設けても、名目的に禁止事項を回避しつつ実質的に同様の取引を作り出すのが極めて容易」ということは一般論としては成り立ちやすいと言えますが、以前にも述べましたとおり、東証さんの「インサイダー取引規制Q&A」でも、166条、167条関係の証券取引法・施行令・内閣府令等の対比表になった条文だけでB5版で50ページもの量になる膨大かつ詳細な規定であり、ことインサイダー取引規制については、潜脱しやすいというのは、あてはまらないのではないかと思います。

    サッカーのオフサイドのアナロジーに戻りますと、インサイダー取引規制はオフサイドと同様、その意図は一言では説明しにくい。なぜなら、「相手チームの選手の足をわざと思いっきり蹴った」というような自然法的に誰もが悪いとわかる違反と異なり、オフサイドは、「ゴールに入れたいという気持ち」と「あまり簡単に点が入ってもゲームが面白くない」という相反する要素をバランスさせるために作られた非常に「人工的」な(追記:2007/08/06)「人間が熟考することによって調整されてきた」ルールであって、
    同様に、インサイダー取引規制も、「人を出し抜いて儲けたいという気持ち」と「情報の非対称性によって取引参加者が減り、流動性が減少することによって、社会全体の厚生度が下がる」という点のバランスを取るための「人工的に」(追記:2007/08/06)「人間が熟考することによって」境界線を定める必要があるものだというのが存在意義と考えられるからです。

    自然法的に「精神」が明解な場合は、それを考慮して多少フレキシブルめな解釈でも許されると思いますが、こうした「人工的な」ルール(追記:2007/08/06)日本のように非常に技術的で形式犯的な規定として導入されている場合には、罪刑法定主義の下で明確なルールに従って運用していただかないと困ります。

    また、「オフサイド」のルールが大きく動くと「ゲームの形」がサッカーからラグビーやアメフトに似たものに変化しかねないのと同様、インサイダー取引規制の「境界線」の変更も「ゲームの形」を変え、それによって、社会全体の厚生度を大きく変化させる可能性の高いものです。

    特に、今回のような「共同買付者の問題」を「グレー」の一言で片付けてしまうのは大変危険と思います。(47thさんによる「素晴らしい整理」はこちら。)
    小幡先生は、「個人投資家こそ主人公」とされてますが、先日も書きましたとおり(村上ファンドがどうかということはさておき、一般論として)、1%未満といった非常に小さな持株比率ではなく、それなりの議決権比率の株式を取得した投資家でないと、サボっている経営者に対してプレッシャーにはならず、企業経営における「非常に大きな不効率性」が市場の力で是正されないことになります。(金融商品取引法の「目的」に、より市場メカニズムを活用して国民全体の厚生度を上げようという意図が組み入れられたことからも、法の「精神」は、こうした市場メカニズムによる不効率の是正を奨励していると考えられるでしょう。)
    また、そうした巨額の資金を要する投資を「共同で」行うことが法的に非常に不安定な場合、巨大なゆがみを是正しようという投資家は単独で巨額の資金を集めなければならず、大きなリスクを負うことになるので、そういう投資は減少し、結果として社会厚生は下がることになります。

    また、逆に、そういうゆがみの是正が行われることは、上場企業全体の効率を向上させ時価総額合計を上昇させるので、純額ではロングのポジションを取っている個人投資家層全体にも(兆円単位で)プラスになる可能性のあるお話であります。

    「精神」で包括的に禁止できる話であれば「50ページ分」もの法令を用意しなくてもいいはず。つまりこれは、「精神」では決められないし、「ゲームの形を変えかねない人工的なルール」だからこそ、罪刑法定主義の下で特に明確にルールを規定しようとたもの、と考えるべきではないかと思う次第であります。

    (2007/08/06、一部、意見を修正。エントリ参照。)

    (以 上)

    June 24, 2006

    日本のダ・ヴィンチ

    レオナルド・ダ・ヴィンチのことをwebで検索していてwikipediaで私との意外なつながりを発見。


    レオナルドはイタリアのヴィンチ村で生まれた。(中略)
    ヴィンチ(Vinci)はイ草(Vinchi)に由来しレオナルドもそのモチーフを作中に取り入れている。


    私も(杉並の下)「井草」で幼少より育ったんですが、「日本のダ・ヴィンチ」と呼んでいただくわけにはいかないでしょうか?

    (小学校の同窓生などは、ほとんど日本のダ・ヴィンチになっちゃうので、だめ?・・・そうですか・・・それは大変失礼いたしました。<(_ _)>)

    June 23, 2006

    _| ̄|○

    (本文なし)

    June 22, 2006

    いよいよ決戦

    今日の仕事を一通り終わって、ブログでも書こうかと思ったんですが、どうせ今日も誰も読んでないと思いますので、私も明朝に備えて寝ることにします。

    おやすみなさーい。

    (ではまた。)

    June 20, 2006

    アクティビスト活動とコンプライアンス(プロローグ)

    村上ファンドとインサイダー取引の法解釈・運用をめぐって、各所で議論が繰り広げられてますが、当ブログでも、それについて何回かにわけて考えてみたいと思います。


    インサイダー取引規制の複雑度
    村上氏が逮捕された時に、マスコミやブログでも、「『プロ中のプロ』の村上氏ともあろうものが、なんでインサイダー取引のような初歩的な違反を犯したんだ?」とおっしゃる方々がたくさんいました。

    確かに、「インサイダー取引が悪いこと」というのは「初歩的なこと」だと思います。が、では仮に、具体的事例に基づいて「これがインサイダー取引規制違反に該当するのかどうか?」と試験問題を出したら、テレビで「インサイダー取引がいけないなんて、私でも知ってますよ!」とおっしゃってたコメンテーターの方々等を含め、かなりの人が、落第点しか取れないんじゃないかとひそかに想像してるんですが。(私も、「条文持ち込みなし」で答えろと言われても、かなり自信がない、です。)

    「プロ中のプロ」の金融機関等の人としゃべっていても、その方のインサイダー取引規制への理解度について「おやっ?」と思うことがしばしばあり、コンプラの指導をしている統括部門以外などでは、実は、かなり理解が怪しいんじゃないかと思ってます。

    私がいつも愛読させていただいている、東証さんの

    insider_qa1.gif
    「こんぷらくんの30分で読める!インサイダー取引規制Q&A」

    でも、166条、167条関係の証券取引法・施行令・内閣府令等の対比表になった条文だけで、B5版で50ページにもわたっており、「どこが『30分で読める』やねん!」って感じ。
    (いえ・・・『30分で読める』とは書いてあるけど、『30分で理解できる』とは書いてないので、ウソではないです・・・。特に前半の解説部分は非常にわかりやすく、初心者にもオススメ。)


    ただし、通常の金融機関や一般投資家の投資活動において、それが問題になるか、というと、ほとんどならないはずなんですね。
    なぜかというと、通常の投資家は、そもそも他社のインサイダー情報に触れる機会も少ないですし、ぐっちーさんの「李下に冠を正さず」、あるいは、昨日ご紹介した小幡先生の「経済教室」(「法律にはグレーゾーンは存在せず、グレーゾーン取引はすべて違法取引だからである」)のように、通常の金融機関等においてはちょっとでも疑わしい取引については、取引自体を行わないような運用態勢をとっている(はずだ)からです。

    つまり、図で書くと、

    image002.gif

    といった感じで、通常の金融機関等の運用は、上図の「1」あたりの「真っ白な」範囲までにとどめてる(はずな)ので、問題が起こる可能性は極めて低いわけですね。であれば、「インサイダー取引=悪」という程度の基本認識を持っていれば、業務には差し支えないはず

    一方、法治国家として、罪刑法定主義の観点から罪になるのは、明文上明らかに違法な領域と、条文解釈上違法と考えることも可能な、上図の「2」とかそのへんまでのはずです。

    (注:合法性と社会的批判を2次元のマトリックスの図にしたほうがいいかとも思いましたが、ややこしいのでやめました。)


    アクティビストの「受託者責任」とコンプライアンス
    通常の金融機関やファンド等は、せいぜい議決権の5%未満程度の株式を保有するのが普通でしょうから、インサイダー情報に全く接しないような仕事の仕方をしていても、あまり大きな支障はないと思います。

    一方で、(村上ファンドがどうかということはさておき、一般論として)、議決権の半数以下のそれなりの比率の株式を取得して、経営陣に経営改善や株主価値の向上の要求を突きつけるファンドを考えてみた場合、インサイダー情報にまったく接する可能性のないような「絶対安全領域」だけで活動して受託者責任が果たせるか、というと、これはちょっと無理だと思うわけですね。

    保有する比率が低ければリスクも低いわけですが、例えば議決権の0.5%だけ株式を持って、サボってる経営者に意見を言っても、経営者が耳を傾けてくれるかというと、そんなわけない。

    経営陣に要求を突きつけるわけですから、ファンドの運用者は経営陣と、経営統合や新規事業といった、仮に実行が決まればもろにインサイダー規制上の重要事実に該当するようなお話を積極的にするのがお仕事なわけです。

    また、他にも大量に保有しているファンド等があれば、そうした相手の情報収集もしないで知らん顔してるだけで善管注意義務が果たせるかというと、そんなわけないと思うわけです。極めて大量の株式ですから、他の大量保有者の出方によってまったく情勢が変わってきますし、要求の方向性は一致していた方が、少ないリスク(保有比率)で、大きな成果が挙げられるわけです。
    ボーっとして何もしないとか市場でちょろちょろ売っていくようなやり方で利益を十分に確保したexitができる可能性も低い。「落としどころを自らプロデュース」していく必要もあるわけですが、それらは「(仮に実行が決まれば)大量買付け等の事実」となることと隣り合わせなお話であるわけです。

    ただし、もちろん、「明らかにインサイダー規制に該当する事実」を「聞いちゃった」(真っ黒な)場合には、売買等を停止しないといけないのは、当たり前のお話。

    しかし、前述のとおり、「真っ白」な範囲だけで仕事してれば許されるという仕事でもないわけですね。明文で「OK」と決まっていること以外でも、例えば、弁護士等の専門家が、「違反とされる可能性が高いとは言えない」というような意見を出してきた事象について、「取引を一切停止」にすることが受託者責任として正しいとは言えないケースも往々にしてあるのではないかと考えます。

    「そんなリスクが1%でもあるようなファンド、存在しなきゃいいじゃん?」と思われるかも知れませんが、

    東証1部の上場企業の株式の時価総額だけで500兆円にもなるわけですから、そうした積極的な株主のプレッシャーによって「株価や利益率が低いままサボってると大変なことになる」と、経営者にも気合が入り、眠ってる資産その他のポテンシャルの活用に目覚めて、仮に価値が全体で1%上昇したとするなら、それだけで社会全体で5兆円も資産が増えるわけで、それは国民全体のプラスにもなるわけです。

    (村上ファンドがどうかということはさておき、一般論として)、こうした株主価値向上の観点から経営者と積極的に関わりを持つプレイヤーが市場に存在することは、社会全体のために明らかに必要ですよね。そして、明文で合法であることが示されていなくても、合理的に考えて違法とはいいがたい行為であってファンドの利益としてプラスになる場合には、プレイヤーに課せられた受託者責任から考えて、その行為を選択しないといけないプレッシャーがかかる局面もあるんじゃないかと思います。

    (続く)

    June 19, 2006

    クロアチア戦翌日につき、本日休載

    本日の日経新聞25面の慶応の小幡先生の経済教室「個人投資家こそ主役」が、いかにもツッコミを欲してらっしゃるかのように思えたので何か書こうと思ったのですが、昨晩、クロアチア戦を観戦した上に「Death Note」11巻全部を読んじゃって眠いので、本日はこれにて失礼いたします。

    (ではまた。)

    June 18, 2006

    クロアチア戦 直前で 誰も読んでないだろうエントリ

    ファイナンス関係者方面をはじめ、あちこちで評判のいい「Death Note」


    death_note_1.jpg


    ですが、本日、父の日ということもあり(?)、我慢しきれずに1〜11巻まで買ってきて一家で回し読み開始してます。(現在、私は6巻目。)

    読んでると、だんだん、村上氏も検察側も、これ読んでてDeath Noteごっこしてるんじゃないかと思えてきました・・・。
    最初から疑われることを前提に巧妙な立ち居振舞いをしてきたキラ。キラを追う警(検)察。逮捕したところで、Death Noteに名前を書いただけで「罪」として有罪を勝ち取れるのか?マスコミをも巻き込んだ壮大な知恵比べ。・・・巨額な資金を集め、(社)名を画面に打ち込むだけで、ターゲットの運命を左右できてしまう巨大ファンド自体が、「Death Note」に限りなく近い存在にも思えてきます。


    ・・・・クロアチア戦まで、続きを読むことにします。

    (ではまた。)

    June 17, 2006

    ドラえもん登場37年目にして本日気づいた事実

    「ネコ型ロボット ドラえもんの耳が取れてても気にならないが、
     本物のネコの耳が無いと怖い。」

    June 16, 2006

    こういう専門家になりたい、と読むたびに思う作品

    June 15, 2006

    福井総裁の責任とファンドのvehicleの建て付け

    日銀の福井総裁が村上ファンドに1000万円出資していたことでバッシングを受けているのを見て、

    「なんでやねん。じゃあ、
    ・預金を預けている銀行が法令違反をしたり
    ・持っている投資信託を運用している投資信託委託業者が法令違反をしたり
    した場合にも、バッシングされないとあかんのかいな?」

    と、一瞬思いかけましたが。・・・ん?ちょっと待てよ。

    (日銀の総裁である人がどういう態度で資産運用に臨まないといけないか、というのは、話がややこしくなるので、この際、ちょっと横に置いときますが)、一般の出資者にも関連する話として、

  • 預金を持つのか、

  • 投資信託に出資するのか、

  • 普通の信託の受益権を持つのか、

  • 限定責任信託の受益権を持つのか、

  • 株式を持つのか、

  • 特定目的会社(TMK)の優先出資を持つのか、

  • 匿名組合で出資するのか、

  • 投資事業有限責任組合の有限責任組合員として出資するのか、

  • 民法上の組合の組合員として出資するのか、
  • 等で、出資者にかぶさってくる責任というのは、当然異なりますよね。

    村上ファンドは確か、今は、投資事業有限責任組合も使ってらっしゃるようですが、昔はケイマン籍のLPと日本の民法上の組合を組み合わせた構成になっていたはず。

    民法上の組合(任意組合)は、いわゆる「無限責任」のvehicleでして、財産は組合員の共有であるとともに、組合の債権者に対して「直接」「無限責任」を負うものです。
    このため、不動産投資など借入を行う投資には向きませんが、株式投資の場合には「株式」自体が間接有限責任なので、レバをかけない限り実際には組合員が出資額以上の責任を負うことは無い「はず」。このため、税務上パススルーということもあり、投資事業有限責任組合(LPS)の使い勝手がよくなる前は、(ベンチャー投資など)株式投資の私募ファンドには主に民法上の組合が使われてました。
    ただし、銀行借入はしなくても、例えば、組合が不法行為を行って損害賠償責任が発生した場合には、組合員に債権者からの権利行使が行われるということもありうる、ことになるかと思います。

    また、有限責任事業組合(LLP)でも(ですら)、工作物責任については組合員は有限責任にならずに、共有している財産につき所有者として責任を負う、という見解もあるようです。
    (例えば、信託大好きおばちゃんのブログ「工作物責任と限定責任信託」


    では、組合がインサイダー取引をしちゃったら、各組合員の責任は?

    当然、(村上ファンドはキャッシュが潤沢なようですが)、分配後で組合の財産がなかったりしたら、「得られた財産(元本+利益)の没収」等については各組合員からも取り返される可能性は高いと思いますが、その他の刑事罰(懲役、罰金等)についての組合員の責任というのは、どう考えればいいんでしょうか?(どなたかご存知の方。)

    ・・・ということで、福井総裁が責任を問われるべきかどうかはともかく、アクティビスト・ファンドのような、「株式の間接有限責任の範囲だけにとどまらないような活動」をするファンドを任意組合で組成すると、出資者(組合員)も、ちょっと怖い思いをする可能性もあるんじゃないでしょうか?というお話でした。

    (ではまた。)

    June 14, 2006

    阪急のナイス花婿さん度

    昨日、関西の記者の方から阪急と阪神の統合についてどう思うかインタビューを受けまして、(関西の鉄道について土地勘もないので)いろいろヒントをいただきながら考えをまとめていましたが、その検証ということで。

    阪神と阪急を統合するだけなら、合併とか株式交換だけにしたほうが、借り入れもしなくて済むので負担としては少ないわけですが、株主はキャッシュインできませんので、当然、阪神の3分の2以上の議決権を持つ村上ファンドが総会で賛成せず承認されないので、可能性があまりない。

    toshiさんは、

    関西の人間はどうみても企業価値(シナジー効果)という点からみたら阪神・京阪統合しかありえない思うんですよね。。。私はいまでも「阪神・阪急統合」は、単なる「村上ファンドへの敵対的買収防衛策」(阪急HDホワイトナイト説)でしかありえないと確信しています。

    おっしゃってますが、この営業面でのシナジーのあたりは、関西の土地勘のない私にはなんともいえないところ。


    借入負担力
    ということで、よそモンの目で純粋に財務的に見てみると、誰かがが借り入れをしてTOBする場合には、最大約4000億円にもなる阪神TOBの借入金負担に耐えられる企業じゃないとまずいわけですが、

    近畿日本鉄道(14日終値ベース時価総額6029億円)

    を除くと、他の関西上場電鉄事業会社では、

    南海電気鉄道(同2000億円)、
    京阪電気鉄道(同2993億円)、
    神戸電鉄[阪急系](同380億円)、
    京福電気鉄道[京阪系](同36億円)

    と、阪急ホールディングス(5562億円)に比べると、体力的に見劣りしそう。

    連結利益でもトップの阪急は、体力的にはなかなかいい相手なんではないかと関東もんからは思えます。


    不動産流動化のシナジー
    TOBで最大4000億円膨れ上がる借入金の負担を低減させるには、(タイガース公開てな選択肢はさておき)、不動産の流動化あたりが現実的な路線ではないかと思います。
    つまり、不動産を(なんらかコントロールが効く形で)売却しちゃうわけですが、関東に住む私が聞き及ぶところでは、阪神さんは(今までほとんど何もしてこなかったので)、相当(数千億円単位で)不動産の含み益を抱えてらっしゃるということで、この含み益を使うことを考え付くわけですが、ただ単純に売却したら法人税で売却益の4割程度が持っていかれてもったいない。

    一方、阪急さんはバブル期に大量の不動産を買いこむなどの「積極」経営で、含み損のある資産を大量に保有されているとも聞きます。(僻地の関東で聞いた話なので、真偽のほどはよくわかりません。)

    こういう含み益・含み損をうまく相殺して売却することができれば、法人税によるキャッシュアウトが削減され、効率のいい資金調達ができる可能性があります。
    「仮に」500億円(連結固定資産の5%)程度の含み損があるとしたら、200億円の価値。PER20倍として、税引前で毎年25億円も利益を増額させるのに匹敵、とも考えられます。阪神の保有資産でポテンシャルが生かしきれてないようなものを活用して生まれる利益は「シナジー」ではない・・・と考えると、どんな電鉄会社と組んでも、営業上のシナジーで25億円とか利益を増額させるのは厳しそう。とすると、「王子様」の要件としては、こうした財務的メリットの方が比重が大きいかもしれないですね。


    財務的ノウハウ、ガバナンス面のシナジー
    阪急さんのリリースを見ると、昨年度・一昨年度はリストラのリリースが非常に多かったようで、流動化手法を使った不動産の処分(東京の第一ホテル等)などもいろいろやられておられる模様。
    苦労されてきて、不動産リストラや有効活用をするノウハウをお持ちでしょうから、そういう意味では、阪神の嫁ぎ先としてはいいんじゃないかと思えます。

    今年の1月に買収防衛策も発表しており、独立委員会を作るなど、コーポレートガバナンス的感覚とか、資本効率を高めていかなければならない、という感覚もお持ちではないかとお見受けします。
    もともと阪神の問題は、ポテンシャルがなかったことではなく、「ポテンシャルを活用しなかったこと」だとすると、「活用しなくちゃ」というプレッシャーを与えてくれる経営陣というのは、何よりの「シナジー」ではないかとも思います。


    ホントに含み損のある資産はあるのか?
    (以下、テクニカルなお話ですので、ご興味のある方はお読みください。)

    昨年度から減損会計が導入され、昨年度の半期報告書では、

    当中間連結会計期間より、「固定資産の減損に係る会計基準」(「固定資産の減損に係る会計基準の設定に関する意見書」(企業会計審議会 平成14年8月9日))及び「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第6号 平成15年10月31日)を適用している。これにより税金等調整前中間純利益は5,221百万円減少している。

    と、5,221百万円、期末の連結決算短信(年間)では6,987百万円の減損損失を計上していますが、1兆円もの連結固定資産の額と、バブル期にブイブイ投資をされていたという情報からすると、ちょっと含み損の額としては少ない感じもします。(すでに処分済みなのかも知れませんが。)

    減損会計(「固定資産の減損に係る会計基準」等)では、まず「減損の兆候」があるものとして、discount前の将来キャッシュフローが総額が帳簿価格を下回る場合にのみ減損を行うことになってますし(「対象資産すべてについてこのような判定を行うことが、実務上、過大な負担となる恐れがあることを考慮したためである」基準四2(1))、

    資産は個別の不動産等に検討するのではなく、いくつもまとめて「グルーピング」してもよく、(つまり、あるグループで含み損・含み益を相殺して考えることができますし)、

    減損損失を認識する場合でも、帳簿価格を「回収可能価額」まで減額すればいいわけです。
    この回収可能価額というのは、「資産又は資産グループの「正味売却価額(時価−処分費用)」「使用価値(将来キャッシュフローの現在価値)」のいずれか高い方の金額をいう。」(基準注解(注1.1))ということになってますので、時価より高い金額になってることもありえます。

    つまり、将来計画が大量のキャッシュが沸くものになっていたり、グルーピングをしていたりすれば、適正に会計基準を適用していても、必ずしも一般に言うところの「不動産の時価」まで評価減されているとは限らないかと思います。
    そういう「ホントは含み損がある資産」を上手に組み合わせて流動化することができれば、税負担を抑えた効率のいい資金調達が可能かも知れません。


    持株会社化の影響
    (以下、さらにマニアックになりますが、)
    阪急さんは、昨年の4月1日付けで持株会社化しています。

    2005年04月01日 純粋持株会社体制への移行に伴う商号変更及び無担保社債・転換社債に関する名称変更・連帯保証について
    http://holdings.hankyu.co.jp/ir/data//HD200504011N3.pdf
    当社は、本日分社型(物的)吸収分割により当社の営む全ての営業を、当社の完全子会社である阪急電鉄株式会社(本日付で阪急電鉄分割準備株式会社より商号変更)へ承継させ、「阪急ホールディングス株式会社」へと商号変更し、純粋持株会社となりました。

    つまり、先に「阪急電鉄分割準備株式会社」という100%子会社を用意しておいて、そこに吸収分割(阪急電鉄事業を現ホールディングスから分割して切り離し、その子会社と合併させるイメージ)としたわけです。


    image003.gif


    ちなみに、分割前後の要約貸借対照表(個別)は、以下のとおり。


    image005.gif


    営業用の資産(流動資産1300億円、固定資産7700億円)が1兆円弱減少するのにあわせて、長短借入金が合計8000億円減少、長期貸付金も約2800億円減少(紫色部分)、分割により取得した子会社(阪神電鉄)の株式が主だと思いますが、投資有価証券が1176億円増加しています。(水色部分)

    土地も分割で子会社に移っていますので、今まで、土地の再評価に関する法律により、1回だけ再評価が認められて自己資本増強していた「土地再評価差額金」936億円と「土地再評価に係る繰延税金負債」642億円が取り崩されています。
    投資その他の資産に計上された「繰延税金資産」800億円も子会社にくっついていったのか、無くなってますが、一方で、繰延税金負債が173億円計上されています。

    税務上は、100%子会社への分割なので、「適格分割」に相当し、売却益は認識されません。会計上も、100%子会社間なので、売買処理法ではなく簿価引継法で、ホールディングス側に売却益は計上されていないようです。

    一方、子会社側の処理は(よくわかりませんが)、新設分割(分割して新会社を作る)でなく吸収分割(わざわざ子会社を先に用意して、そこに分割事業を移転する)を採用してますので、おそらく、簿価引継ではなく、商法で許容される時価以下の範囲で資産の計上額を調整したり、のれんを計上したりしてるかも知れません。

    ということで、基本的に、子会社での会計上の不動産の帳簿価格は時価以下になっているはずですが、税務上は取得価額で子会社に移転しているはずなので、「税務上の含み損」がある不動産はあってもおかしくないかと思います。

    ただし、法人税法第六十二条の七(特定資産に係る譲渡等損失額の損金不算入)で、新阪急電鉄との関係が分割事業年度前5年以内のもの(例えば、この分割のために新会社を設立したもの)で、共同事業用件を満たさない場合には、あと2年弱は不動産等を売却して損失が出ても、損金参入できない可能性があります。

    (一方、法人税法施行令123条の9(特定資産に係る譲渡等損失額の計算の特例)では、時価純資産≧簿価純資産の場合等には、損金参入可。当然、阪急さんは、引き続き今後も保有資産のリストラや流動化などを進める前提で持株会社化のスキームを構築してると思いますので、そうでなくても、5年以上前からグループ内にある休眠会社などを利用するなど、流動化に影響が出ないようにはチェックされたんじゃないかとは思いますが・・・。)

    (以上)

    以下、資料

    阪急ホールディングス株式会社ニュースリリース
    http://holdings.hankyu.co.jp/ir/news/index.html

    2005年03月29日 「阪急電鉄グループ2005中期経営計画」の策定について

    http://holdings.hankyu.co.jp/ir/data//HD200503291N3.pdf

    2005年04月01日 純粋持株会社体制への移行に伴う商号変更及び無担保社債・転換社債に関する名称変更・連帯保証について
    http://holdings.hankyu.co.jp/ir/data//HD200504011N3.pdf

    2006年01月20日 当社株式の大量取得行為に関する対応策の導入について
    http://holdings.hankyu.co.jp/ir/data//HD200601201N3.pdf

    平成18 年3 月期 決算短信(連結)
    http://holdings.hankyu.co.jp/ir/zaimu/2005-3-r.pdf


    (特定資産に係る譲渡等損失額の損金不算入)

    法人税法第六十二条の七

    内国法人と特定資本関係法人(当該内国法人との間にいずれか一方の法人が他方の法人の発行済株式又は出資(当該他方の法人が有する自己の株式又は出資を除く。)の総数の百分の五十を超える数の株式又は出資を直接又は間接に保有する関係その他の政令で定める関係(以下この条において「特定資本関係」という。)がある法人をいう。)との間で当該内国法人を合併法人、分割承継法人又は被現物出資法人とする特定適格合併等(適格合併、適格分割又は適格現物出資のうち、共同で事業を営むための適格合併、適格分割又は適格現物出資として政令で定めるものに該当しないものをいう。以下この条において同じ。)が行われた場合において、当該特定資本関係が当該内国法人の当該特定適格合併等の日の属する事業年度(以下この項において「特定適格合併等事業年度」という。)開始の日の五年前の日以後に生じているときは、当該内国法人の適用期間(当該特定適格合併等事業年度開始の日から同日以後三年を経過する日(その経過する日が当該特定資本関係が生じた日以後五年を経過する日後となる場合にあつては、その五年を経過する日)までの期間(当該期間に終了する各事業年度において第六十一条の十一第一項(連結納税の開始に伴う資産の時価評価損益)又は第六十一条の十二第一項(連結納税への加入に伴う資産の時価評価損益)の規定の適用を受ける場合には、当該特定適格合併等事業年度開始の日から第六十一条の十一第一項に規定する連結開始直前事業年度又は第六十一条の十二第一項に規定する連結加入直前事業年度終了の日までの期間)をいう。)において生ずる特定資産譲渡等損失額は、当該内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。

    2 前項に規定する特定資産譲渡等損失額とは、次に掲げる金額の合計額をいう。

    一   前項の内国法人が同項の特定資本関係法人から特定適格合併等により移転を受けた資産で当該特定資本関係法人が当該特定資本関係が生じた日(次号において「特定資本関係発生日」という。)前から有していたもの(政令で定めるものを除く。以下この号において「特定引継資産」という。)の譲渡、評価換え、貸倒れ、除却その他これらに類する事由による損失の額の合計額から特定引継資産の譲渡又は評価換えによる利益の額の合計額を控除した金額

    二 前項の内国法人が特定資本関係発生日前から有していた資産(政令で定めるものを除く。以下この号において「特定保有資産」という。)の譲渡、評価換え、貸倒れ、除却その他これらに類する事由による損失の額の合計額から特定保有資産の譲渡又は評価換えによる利益の額の合計額を控除した金額
    (以下、略)


    (特定資産に係る譲渡等損失額の計算の特例)
    法人税法施行令 第百二十三条の九
     法第六十二条の七第一項(特定資産に係る譲渡等損失額の損金不算入)に規定する特定適格合併等(以下この条において「特定適格合併等」という。)に係る合併法人、分割承継法人又は被現物出資法人である内国法人は、法第六十二条の七第一項に規定する特定適格合併等事業年度(以下この条において「特定適格合併等事業年度」という。)以後の各事業年度(同項に規定する適用期間(以下この条において「適用期間」という。)内の日の属する事業年度に限る。)における当該適用期間内の特定引継資産に係る法第六十二条の七第二項に規定する特定資産譲渡等損失額(以下この条において「特定資産譲渡等損失額」という。)は、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定めるところによることができる。
    一 法第六十二条の七第一項に規定する特定資本関係法人(以下この項及び第四項において「特定資本関係法人」という。)の特定資本関係事業年度(当該特定資本関係法人と当該内国法人との間に同条第一項に規定する特定資本関係が生じた日の属する事業年度をいう。次号において同じ。)の前事業年度終了の時における時価純資産価額(その有する資産の価額の合計額からその有する負債(新株予約権に係る義務を含む。以下この号において同じ。)の価額の合計額を減算した金額をいう。次号及び次項において同じ。)が簿価純資産価額(その有する資産の帳簿価額の合計額からその有する負債の帳簿価額の合計額を減算した金額をいう。次号において同じ。)以上である場合 当該適用期間内の当該特定引継資産に係る特定資産譲渡等損失額は、ないものとする。

    (以下、略)

    June 13, 2006

    toshiさんのご尊顔、発見

    (昨晩の出来事でブログを書く力も沸いてきませんが・・・。)

    ウェブを見てたら、「ビジネス法務の部屋」を書かれている弁護士の山口 利昭(toshi)さんのご尊顔入り記事を見つけました。


    読売新聞[緊急インタビュー] 阪急・阪神統合
    <3>教訓 山口 利昭(やまぐち としあき)・弁護士
    http://osaka.yomiuri.co.jp/tokusyu/h_kabu/hk60613a.htm


    今日も、大阪から新聞社の方がわざわざ阪急・阪神統合問題でインタビューに来てくださるというので、「関西地方の電車の路線の感覚とか土地勘とかも無いし、大阪のことならtoshiさんに聞けばいいのになあ・・・」などと思いつつ、予習のため記事検索をしていて発見したものであります。

    (ではまた。)

    June 12, 2006

    本日休載

    今週号のAERA
    aera060619.jpg

    の大鹿記者の記事「村上無罪への大逆転」や、池田さんのブログの記事「インサイダー取引はなぜ犯罪なのか」についてコメントしようかと思ったのですが、どーせこの時間、みなさん気もそぞろで誰も私のブログなんか読んでないと思うので、(・・・と思うのと・・・私も気もそぞろなので・・・)、本日、休載とさせていただきます。<(_ _)>

    (ではまた。)

    June 11, 2006

    「業界」な披露宴

    グランドハイアットで、尾関さん山口もえさんの披露宴に出席。
    いや、なかなか楽しくて、そのわりに華美でもなくて、いい披露宴でした。
    ちなみに、私の隣のテーブルは芸能人席(ほぼ女性)でして・・・眼福、眼福。

    おめでとうございます。
    (ではまた。)

    June 9, 2006

    Google Spreadsheets、来ました

    Google Spreadsheets

    spreadsheets.gif

    のテストアカウントが来ました。

    モーソーが先走りすぎていたんですが、実際使ってみると、


    How many spreadsheets can I create? What's the limit per spreadsheet?
    Given that Google Spreadsheets is being offered at this time as a limited test in Labs, it's still experimental and we have set some conservative usage limits. You may create up to 100 spreadsheets, each of which may contain up to 20 tabs, 50,000 cells, 256 columns or 10,000 rows – whichever comes first (meaning, any one of these limits may prevent you from continuing to add data to a spreadsheet). We allow you to import .xls and .csv files which are approximately 400k in size originally.

    といった制限がまだいろいろあり、縦は100行横はT列までしかない・・・。orz

    「ネット上に無限に広がるスプレッドシートと、無尽蔵なコンピューティングパワー」
    「周期が219937−1」のメルセンヌツイスター乱数」
    「Googleのハードウエアに最適化された超高速処理」
    ・・・とかいう夢は、とりあえずかなり先のものになりそうです。

    (ご参考まで。)

    June 8, 2006

    村上氏の逮捕は「ホリエモンの復讐」なのか?

    マスコミでは、「ライブドアをケシカケたのは村上ファンド」「だから村上ファンドが悪い」的な報道が主流になりつつあるようですが、先にどちらが けしかけたかでインサイダー規制(167条)が適用されるかどうかが決まるわけではないですよね。

    本日の読売新聞の記事
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060608-00000006-yom-soci
    http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060608it06.htm
    によると、

    25万株一気に購入、ライブドアから連絡あった日に
    (中略)
    関係者によると、ライブドア側の担当者は同年10月20日のメールで、「購入資金として200億円を用意する準備ができたので、会合の場を持ちたい」などと伝えていた。女性担当者は、この内容を村上容疑者に報告したという。ライブドアが用意しようとした200億円はこの当時、5000円前後で株価が推移していた同放送株の発行済み株数の約12%、400万株の購入資金に当たる。
     ライブドア側の報告を受け、村上ファンドの投資顧問会社だった「MACアセットマネジメント」はこの日のうちに、同放送株を約25万株購入していた。MAC社の大量保有報告書によると、同ファンドは少なくとも同年8月以降は、10万株台の大量購入はしていなかった。
     村上ファンドは、この日以降、11月4日に約17万株、同12日に約15万株などと断続的に大量購入を続けた。

    とのことなので、ここまで読むと、「こりゃ村上ファンドは完全にインサイダー規制に引っかかってアウトじゃん」、と思いますよね。
    (聞くところでは、M&AコンサルティングとMACアセットマネジメント[一任の投資顧問業者]の間にはチャイニーズウォールが敷かれていて、M&Aコンサルティングがインサイダー情報を取得するとMACに売買を停止するように指示が行ってインサイダー取引を防止する仕組みが構築されていた、という話もありますので、その両者の間でインサイダー情報の流通があった、ということを検察は別途立証する必要もあるかも・・・・ということは、さておき、)

    一方、同記事によると、

    ところが、12月に入っても、ライブドア側が同放送株をほとんど買い進めておらず、0・5%程度しか保有していないことを知った村上容疑者は、ライブドア幹部に「全然、買ってないじゃないか」と怒ったという。

    とのことで、実際に買ってたのは村上ファンドだけで、ライブドアはこの時点までは「大量買付け」はしてないわけですよね。
    メールの内容にもよりますが、10月20日でホントに「公開買付等の開始に関する事実」を村上氏が「知った」ということになるんでしょうか?

    (記事の「怒ったという。」という文章には、「ライブドアが買うはずだったので村上ファンドも買い増したのにライブドアは買ってないじゃないか」という「期待はずれ」的ニュアンスが出てますが、村上氏はもともと普通の会話でも声がでかそうなので(笑)、怒ってるように聞こえた、というだけかも知れません。)


    「共同買付者」ではないのか?
    47thさんがおっしゃる「ライブドアと村上ファンドは『共同買付者』に該当するのではないか?」という可能性もまだ消えてませんよね。
    ライブドアが買うと、5%を越えた時点で5日後に公表しないといけないわけですので、買い始めると市場が大騒ぎになるのは見えてました。が、村上ファンドはすでに10月時点で約12%を保有していたわけで、多少買い増しても怪しまれない。
    ライブドアが後で引き取る可能性も前提に「共同で」購入して、ライブドアが食指を伸ばしているのをカモフラージュしようにした、と考えるのも筋が通ります。


    「ライブドアの要請」に該当しないか?
    また、47thさんの以前のエントリ(ブロック・トレードとインサイダー取引規制(2))の最後でも触れられていた、「(167条)5項4号」ですが、この条文では、公開買付者等(ライブドア)の要請により、あとでライブドアに売り付ける目的で村上ファンドが買い付けを行う場合には167条インサイダーの適用除外ということになっています。ただし、これには「ライブドアの取締役会が決定して」という条件が付いてます。

    四  公開買付者等の要請(当該公開買付者等が会社である場合には、その取締役会が決定したもの(委員会等設置会社にあつては、執行役の決定したものを含む。)に限る。)に基づいて当該公開買付け等に係る上場等株券等(上場等株券等の売買に係るオプションを含む。以下この号において同じ。)の買付け等をする場合(当該公開買付者等に当該上場等株券等の売付け等をする目的をもつて当該上場等株券等の買付け等をする場合に限る。)

    実際には、村上ファンドはライブドアの取締役会議事録を確認したわけではないでしょうから、これに該当するとしても(注意不足も含めて)真っ白でないのは確かですが、仮に、堀江・宮内・熊谷といった主要かつ取締役会の過半数のメンバーから「後で売ってくださいよ」といった要請を受けていたにも関わらず、取締役会の決議がないだけで懲役だとしたらキビシイですね。

    マスコミでは、「後でライブドアに高く売り付けるために株を買った(ゆえに村上ファンド=悪人)」といった表現が使われているようですが、ライブドアの(取締役会の)要請によるものならむしろ逆に問題なかったはずです。そして、村上ファンド側はケアレスではあったものの、ライブドアの取締役会の決議により要請があったのとほぼ同様の実態を有していた可能性も高そう。


    ライブドアはインサイダー違反ではないの?
    スポーツ紙系の報道では、「村上逮捕はホリエモンの復讐」というような見出しで、「いっしょに経営権を取ろうと約束していたのに裏切られたので、検察に情報を提供した」というようなことも書かれているようです。

    「いっしょに」ということだとすると、村上ファンドとライブドアは(少なくとも昨年の時点では)「共同買付者」だったということで、前述のとおりほんとに167条が適用できるのか?という気もします。

    一方、「共同買付者であっても167条は適用される」という厳しい解釈を取るとすると村上ファンドはアウトなわけですが、昨年秋の時点で村上氏が「うちのファンドでも(5%以上)買い増していく予定だよ」「いっしょにやろう」とライブドア役員に告げていた場合には、ライブドアも167条違反、ということにならないでしょうか

    実際、大量保有報告書によると平成16年10月1日時点でのMACアセットマネジメントの持株比率は12.02%で平成17年1月5日に18.57%まで6.55%買い増してます。


    image001.gif


    これに対して、「大量買付けを行うはず」のライブドアは、実際には1月中旬になってもニッポン放送株を約0.5%しか保有しておらず、本格的な取得を始めたのはフジテレビがTOBを発表した翌日の1月19日以降。(後掲の表ご参照。)

    つまり、9月ごろから「いっしょに大量に買い付けよう」という話をしていたのだとしても、翌年1月までの間に「大量買付け」の事実が客観的にあったのは、どちらかというと村上ファンドの方の話。
    両者ともニッポン放送株を買い付けていたのだとすれば、村上ファンドが167条の解釈上「黒」になるとするなら、ライブドアのほうがより黒になる可能性が高いんじゃないでしょうか。

    村上ファンドよりライブドアの買い付け額の方がはるかに小さいですが、0.5%とはいえ10億円弱の金額になりますし、インサイダー取引というのは「額が小さいから許される」という話でもないです。

    平成17年2月10日にライブドアが提出した大量保有報告書の「最近60日間の取得又は処分の状況」では、平成17年1月7日の取得がもっとも古い取得日として開示されており、合計株数と明細の差を取るとそれ以前に取得したものは157,720株。
    その157,720株を取得したのは60日以上となる平成16年12月上旬より前、ということになりますので、その中に村上氏と緊密に連絡を取った時期以降に取得したものがあるとすると、ライブドアも167条違反である可能性が高くなりますね。


    image002.gif
     

    (追記:6/9、9:34)
    大量保有報告書では、2004年12月上旬以前に157,720株持っていたことまではわかるものの、それらをいつから保有していたのかがわかりませんが、いただいたヒルズ黙示録

    hills_mokujiroku.jpg

    を読み返したところ、93ページに、

    最初はライブドアの「純投資」として、いわば資産運用のつもりで前年の2004年7、8月ごろからニッポン放送株を買い進めている。ニッポン放送が最新の株主名簿を作成した2004年9月末時点では、0.1〜0.2%ほど取得していた。村上がどんなイグジットを考えているのか分からないが、とりあえず「提灯をつける」つもりで、見よう見まねで株を買い始めたのが真相だろう。

    とあります。
    株主名簿の名義と実際の保有株式数が一致しているとは限りませんが、もし一致していたとしたら、10月から12月上旬にかけて残りの0.3〜0.4%を買ったということになり、9月ごろから村上氏に「うちも買い進む」という旨の話を聞いていた場合には、ライブドアも同罪、ということになりえます。
    (/追記)


    つまり、ライブドアの役員の方々はまだ167条インサイダー違反では逮捕されてませんから、「復讐のため」に検察に情報提供したりしたら、自分にもさらに罪が加わっちゃう。ということは、「復讐説」というのは違うんじゃないですかね? 「毒食わば皿まで」ということか、あるいはそこまで深く考えてないということでしょうか?

    (ではまた。)


    付録:「言ったもん勝ち」について
    ちなみに、先日のエントリで、「言ったもん勝ち」という表現を使いましたが、他のブログで「磯崎さんの言うとおり、聞いただけでインサイダーになるというのはおかしい」と多数引用されてるのを見て、誤解を招きやすい表現だったかも・・・と思っております。

    「言ったもん勝ち」というのは「(実際には行うかどうか決まっていないようなどんなテキトーなことでも)言った方が相手の行動を制約できる、というのは、ちょっとねえ・・・」というニュアンスを込めたつもりでした。

    つまり、わかりやすく例えれば、私が一昨年の10月あたりにタイムスリップして堀江社長に会って、「私、磯崎は、ニッポン放送の経営権を取得するために、50%超の株式を取得できたらいいなあ、と思ってるんです」と告げるだけでライブドアは株式を取得できなくなってしまうのか?また、私が「200億円程度なら調達できる目処が付きました」と付け加えたら、確実にアウトになるのか?というあたりですね。
    「磯崎がそんな資金を調達できないのはあたりまえだが、ライブドアは可能性があった」ということであれば、どのへんの確かさがその境目になるのか?

    もちろん、上記は私の頭の体操としての興味から考えていることであって、よいこのみなさんには、ぐっちーさんのおっしゃるとおり、「李下に冠を正さず」をオススメします。

    (「光の中」を歩んでください。)

    June 6, 2006

    Google の Web-Based Spreadsheet

    でましたな。


    Date: Mon, 5 Jun 2006 18:13:44 -0400 (EDT)
    Subject: WSJ TECH ALERT: Google Plans Web-Based Spreadsheet

    Google plans to release Tuesday a Web-based spreadsheet application, the Internet giant's latest challenge to Microsoft's core PC software business. Google Spreadsheet will be made available on a limited test basis.

    FOR MORE INFORMATION, VISIT: http://online.wsj.com/article/SB114954419577771854.html?mod=djemTECH (注:←有料)

    で、

    Spreadsheet documents users create will be saved on Google computers.

    なのは当然として、

    That will allow consumers to give other users access to view and edit them over the Web. Multiple users will be able to simultaneously edit the same spreadsheet, and type messages to each other in a separate window.

    てなこともできるようです。
    (特にexcelとの)、import、exportあたりをばっちりするのは当然でしょうけど、

    "I see them as complementary," said Jonathan Rochelle, product manager for Google Spreadsheets. "I know a lot of users will use both."

    だそうです。

    乱数の精度をましにするとか、行や列の制限をなくすと、一部の金融関係者にはウケそうですね。
    もし仮にGoogleのマシンパワーが使えるとしたら、すんごい重いモンテカルロシミュレーションとかが一瞬で終わっちゃったり、とか。
    (そのかわり、世界のメジャーな金融関係企業のリスクポートフォリオがGoogleからは丸見えになっちゃったり、とか。[笑])


    手元パソコン側のコンピューティング・パワーを使って計算するだけのしろものだったらアホっぽいですが、Google側で、誰がどのような計算をどんな目的で使いたがっているのかがわかるようなしくみであれば、これは一種の革命かも知れないです。世界の人々が使い込めば使い込むほど、進化していくわけですからね。
    そういう「計算のアルゴリズムをより洗練させて、レスポンスや使い勝手を高める」なんてのは、まさにGoogleのエンジニアが得意そうなところじゃないでしょうか。(先日買収したオンラインワープロのWritelyなんかよりも。)

    Gmailではタダで湯水のようにディスクスペースをくださったGoogle様なので、今度は、タダで湯水のようにマシンパワーを下さるとしたら非常にいいんじゃないかと思いますけど。
    速くて高いワークステーションなどを購入せずとも、また、ややこしいプログラミングの技能を修得せずとも、Excelと同じようなワークシートのインターフェイスで、超高度な科学計算が誰にでもできる世界・・・・うーん、もーそーしてるうちにだんだんコーフンしてきました。

    (ではまた。)

    June 5, 2006

    村上氏、インサイダー取引認める(どうなる、投資実務の今後?) 

    村上氏が罪を認める記者会見をしたとのこと。

    http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/economy/murakami_fund/?1149474186

    インサイダー取引認める 村上氏、一線から退く意向  村上ファンドのニッポン放送株売買をめぐるインサイダー取引疑惑で、村上世彰氏(46)は5日午前、東京証券取引所で記者会見し、「私自身が罪を認め、反省すべきことがある」と述べ、インサイダー取引容疑を認め、謝罪した。同日までの東京地検特捜部の任意聴取にも「ライブドア(LD)によるニッポン放送株の大量取得をある時点で知っていたと言われれば、そう取られてもやむを得ない」と供述している。(共同通信)

    いやー、びっくりしましたね。
    今までも、奇手・巧手含め、人が考え付かない様々なことをやってこられた村上氏ですが、しかしこれは、よく考えると非常〜にシブい一手かも知れないですね。

    世間の皆さんは堀江氏のアナロジーで、誰しもが村上氏も今後一貫して容疑を否認して争うものだとばっかり思っていたと思っていたんじゃないかと思います。しかし、よく考えてみると、堀江氏は公開企業であるライブドアの社長であって、しかもそのキャラで株価を高く保っていた面があったわけで、堀江氏が事業を「やーめた」と放り出すことは極めて困難であったのに対して、村上氏は(簡単ではないにせよ、はるかに容易に)ファンドの事業から身を引くことができるわけです。(保有している資産も、非公開化した電鉄株などがまだ残っている場合等を除き、非常に流動性の高い「公開株」ばかりですので。)

    自分から事業を投げ出すことで代表訴訟リスクをも負う可能性のあった堀江氏に比べて、村上氏はファンドの投資家からの訴訟さえ回避できれば、他からの民事訴訟を受ける可能性は小さいかも知れません。
    聞けば、阪神株のTOBに応じれば4000億円の総資金のうち3分の2はキャッシュになるとのこと。(それだけ4000億円もの資金を回すというのは至難の業になってきていた、ということかとも思いますが)、全体として大きな利益も計上しているうちにファンドを(実質的に)止めてしまって投資家に返金しても、ファンドの投資家から訴訟を受けるリスクは小さいのではないかと想像します。
    それよりも、長期に勾留されて弁護士を通してしか情報がやりとりできないような状況におかれて、ファンドの保有する株の処分に失敗して大損を出すほうがリスクは高い。

    また、こういった手に出ることで、「ホリエモンに比べて、なんと潔い」というイメージも形成できるかも知れない。

    積極的に自分から罪を認めることで裁判で執行猶予が付く可能性も高くなるかと思います。執行猶予が付いたら、今までどおり普通に生活もできるわけですし。(執行猶予が付くと海外渡航等も制限を受けると聞いていますが、シンガポール等外国に自宅を移している人は、その外国で生活してもいい、ということになるんでしょうか?もしかして、拠点の移動もそのへんも目的だったんでしょうか?)

    今回の容疑では(詳細はよく存じませんが)、ライブドアが大量にニッポン放送株を取得したことが発覚するはるか昔(2004年9月11月とかから)の取得が問題にされているようです。
    その当時、たとえ、堀江被告や宮内被告から「ニッポン放送を買収したいと思っている」と相談を受けたとしても、(後知恵で今ならそれが絵空事ではないとわかるわけですが)、2004年9月11月当時、ビジネス上の常識のある人ほど、ライブドアが800億円もの資金を調達してそんなことを確実にできるとは考えなかったんじゃないでしょうか

    つまり、「ニッポン放送を買おうかと思ってる」とライブドア社の経営幹部から話を聞いたにせよ、「そんなことがライブドアの体力でできると思わなかった」というような167条の要件について争う余地も十分あるのではないかと(法律の専門家ではございませんが)思います。
    しかし、それをやらずにあっさり罪を認めちゃったわけですね。


    投資・買収の実務にどう影響するか?
    今、罪を認めずに逮捕されて長期に勾留されたり裁判が長期化したりすると、テレビをはじめとするマスコミでは、確実に「ワルモノ」として取り扱われるのは確実。

    株式を数百円で買えるまで株式分割して、一般投資家を「インベスタマー」という形で顧客層とタブらせる戦略を取っていたライブドア社の場合では、そういうテレビや雑誌を見ている一般大衆の支持を失うということは非常にまずいことだったと思いますが、
    村上氏は、罪をとっとと認めて「マスコミネタとしては全く面白みのない状況」に持っていこうとされているんじゃないでしょうか。つまり、マスコミとしては、「村上氏が逮捕されて車に乗り込む瞬間」とか「勾留がとけてうなだれて拘置所から出てくる絵」とかがほしいはずですが、罪を認めて長期に拘束もされないのであれば、そういう感情的な一般庶民対策はほうっておいて、あとは冷静な大口投資家と裁判所だけを向いて合理的に対策を立てればいいだけのはず。

    実際、これが裁判になったとしたら、裁判官もあまり重い罪を下すのには戸惑うんじゃないかと思うわけです。(今回の個別事情も判例の動向もよく存じませんので、無罪になるのかどうかとか、執行猶予が付くのかどうかとかは予想できませんけど。)

    −−−

    というのも、前述のとおり、「大量の資金を動かせる2つの投資家」がいて、一方の投資家が別の投資家に「大量に株を取得しようと考えてるんですけど」と告げるだけでもう片方が証券取引法167条[公開買付者等関係者の禁止行為]違反になるので株式の取得を中止せざるを得ないことを意味するキツい判例が出たとしたら、自分だけが有利に株を買いたいので相手に株を買うのを止めさせようと思う投資家の「言ったもん勝ち」になっちゃうので。
    つまり、強敵と目される投資家がいたらランチにでも呼び出して、「実は・・・」と切り出せば、相手の動きを完全に封じることができるようになるわけですな。

    (追記:誤解を招きやすい表現だったので、2つ先のエントリの終わりの方をご参照ください。ホントの事実だったら当然アウトですが、「磯崎もニッポン放送の経営権獲得を狙っております」といった、現実味に乏しい情報等によって、どこまで行動を制約しないといけないのか、という「頭の体操」のお話であります。)

    実際、もし容疑がTOB等インサイダー(167条)違反だとしても、今回ライブドアはニッポン放送株をTOBすらしてないわけです。TOBする相手にだったらTOB公表後に正面からより高い価格で対抗するという手が取れるわけですが、「市場内」で購入する人から「大量に株を取得しようと考えている」と告げられるだけで購入を止めないといけないとしたら、(TOBなら株主がTOBへの応募を撤回して、より高い価格を提示した自分側に鞍替えさせる可能性も残りますが、市場内の買い付けだとT+3で受け渡しまで済んでしまうわけで、敵方にわたっちゃった分の取り戻しは困難になりますので)、ファンド等をやってる人をはじめとして投資活動に関わる人は、今後、非常に困っちゃうはずだと思うわけです。
    (あとで、「やっぱ、アレ、やめました。あはははは。」と言われても文句も言えない。)

    つまり、もし村上氏が、このへん冷静に考えたら争う余地があると思うからこそ戦略的に逆に罪を認めたのであれば、非常に頭がいいなあ、というか。
    今までも村上氏の取ってきた手法を分析することで非常に証券取引法その他の勉強になったんですが、最後の引き際まで勉強させていただいたなあ、という気分であります。

    (今後どうなるか、まだわかりませんが。)

    (ではまた。)


    (追記)
    書き終わってみてみたら、47thさんも同様の趣旨(と思われる)エントリを書かれています。
    過去のエントリでも167条関係についてまとめられてますので、ご参考まで。
    http://www.ny47th.com/fallin_attorney/archives/2006/06/05-000557.php

    M&Aコンサルティングのページに掲載された、村上氏による「ニッポン放送株式の売買について」というリリース
    http://www.maconsulting.co.jp/PDF/060605_apology.pdf

    June 2, 2006

    「村上ファンドを捜査」報道

    いやー、出ましたね。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060602-00000016-jij-soci

    村上ファンドを捜査=ニッポン放送株めぐり−不正取引の疑い浮上・東京地検
     村上世彰氏(46)率いる「村上ファンド」が、ニッポン放送(東京都千代田区)株の売買をめぐり、証券取引法違反に当たる不正な取引をした疑いが浮上し、東京地検特捜部が捜査を進めていることが1日、関係者の話で分かった。特捜部は、村上氏の任意での事情聴取を近く検討するとみられる。
    (以下、略)
    (時事通信) - 6月2日5時0分更新


    「証券取引法違反に当たる不正な取引」ってのも、非常に漠然としてますけど。

    数週間前から、いろんなマスコミの方々に「まだ報道できるような段階ではないですけど、もし捜査が入るとしたら、どのへんの取引が怪しそうですか?」という質問をたくさんいただいたのですが、正直まったくわかりませんです。すみません。

    ライブドアさんの場合には、有価証券報告書等、大量の情報を(それなりに)開示していたので、それらをつぶさに見ていくことで、「おや?」という点は浮かんできたわけですが、村上ファンドさんというのは、そもそもなるべく開示をしない「潜水艦型」のvehicleなわけですし、風のウワサでは、弁護士さんにいろいろ適法性について相談することはもちろん、アクティビスト活動等で企業の重要事実を耳にしてしまった場合にはファイヤーウォールで仕切られた別vehicleでの売買は即座に停止するなど、コンプラ面にはかなり気を使ってらっしゃるように伺っていたんですが。

    「166条じゃなくて167条じゃないか」てなことをおっしゃる方もいらっしゃるようですが、どうなんでしょうか。いずれにせよ、要件が「重要事実(または公開買付け等の事実等)を知つたもの」になってるわけで、村上ファンドがさんが「知っていたかどうか」は、わたしゃ知りませんので、私に何か聞いていただいても、今のところ「わかりません」としか申し上げられませんです。あしからず。


    過去のご参考エントリ:

    isologueでの「村上ファンド」というキーワードが入っているエントリ一覧は、こちら。
    http://tez.com/mt/mt-search.cgi?IncludeBlogs=2&search=%C2%BC%BE%E5%A5%D5%A5%A1%A5%F3%A5%C9


    ニッポン放送株式取得とインサイダー取引
    http://www.tez.com/blog/archives/000325.htmlここでは、大和証券さんの取得について考察させていただいてますが、このへんは、別のエントリでも検討したとおり、大和証券さんがすでに保有していた信託受益権の信託が解除された、ということによるもの、ということのようですね。

    私は主に開示情報だけからいろいろ考察させていただいてますが、先日送っていただいた、

    hills_mokujiroku.jpg

    この本に、開示情報からはわからないここらへんの事情が、非常に詳しく書かれています。

    (ご参考まで。)

    June 1, 2006

    会社法下のストックオプション(注記の基準の変更編)

    企業会計基準委員会から、昨日5月31日付で、「『ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針』の改正」というリリースが出ました。

    企業会計基準適用指針第11号
    「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」の改正
    http://www.asb.or.jp/j_technical_topics_reports/stockop2/

     平成17年12月に公表された、企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」(以下「会計基準」という。)及び企業会計基準適用指針第11号「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」(以下「本適用指針」という。)は、会社法(平成17年法律第86号)の施行日(平成18年5月1日)以後に付与されたストック・オプション等から適用することとされていますが、それより前に付与されたストック・オプションであっても会社法の施行日以後に存在するものについては、一定の注記が求められています(会計基準第17項)。このため、これに該当するストック・オプションについては、会計基準第16項(2)及び改正前の本適用指針第25項(8)の規定に基づき、遡って「付与日における公正な評価単価」を算出し注記することが求められるのではないかとの指摘がありました。
     当委員会は、会計基準及び本適用指針の趣旨は、これらに基づく会計処理が求められていない会社法の施行日より前に付与されたストック・オプションについてまで付与日における公正な評価単価の注記を求めるものではないことを確認し、この点を明確にするため、第105回企業会計基準委員会(平成18年5月30日開催)において、本適用指針について次の改正を行うことを承認いたしましたので公表いたします。
     なお、本適用指針の改正は規定の趣旨を明確にするものであるため、公開草案の手続を経ずに公表するものです。
    以 上

    上記のとおり、会社法施行「前」に発行されたストックオプションについては、(当然、費用計上はしなくていいわけですが)、注記での開示はしなくてはいけないことになってました。
    この注記は、会社法施行「後」に発行されたストックオプションよりは項目がかなり省略できることになっているので、「さすがに会社法施行前の分は楽にしてくれてるんだろうなあ」、と思いきや、適用指針25を読むと、最もヘビーな公正価値(オプションバリュー)の計算をしなくてはいけないようにしか読めない内容だったわけです。

    このため、
    「これは、過去のストックオプションについても公正価値を計算しろ(ブラックショールズ式から勉強せーい!)という趣旨だ」
    という条文に沿ったコンサバな解釈(見まわしたところ多数派)や、
    「基準の全体のオーラとしては、過去の開示については負担が軽くなるように配慮されてるので、なんかの間違いじゃないの?」
    というノーテンキな解釈(見まわしたところ少数派:含む、私)が入り乱れ、よくわからないので、
    「1Qの四半期開示で7月までには計算しないといけないってこと?」
    「もう、あと1ヶ月ちょっとしか時間がねーぞ!」
    「オプションバリューつっても誰が計算すんだ?」
    「書店でオプションの計算方法の本を探してきまーす!」
    「(そこからかい!)」
    など、全国の会計実務の現場では、阿鼻叫喚の地獄が繰り広げられてました。(と、想像。)


    詳細

    ちなみに、具体的には、今までの「ストック・オプション等に関する会計基準」の16では、

    16. 次の事項を注記する。
    (1) 本会計基準の適用による財務諸表への影響額
    (2)各会計期間において存在したストック・オプションの内容、規模(付与数等)及びその変動状況(行使数や失効数等)。なお、対象となるストック・オプションには、適用開始より前に付与されたものを含む(第17項)。
    以下、(3)〜(7)略

    とありますが、referされている次の17を見ると、

    17. 本会計基準は、会社法の施行日以後に付与されるストック・オプション、自社株式オプション及び交付される自社の株式について適用する。 ただし、第16項(2)の開示については、会社法の施行日より前に付与されたストック・オプションであっても、会社法の施行日以後に存在するものについて適用する。

    と、会社法の施行日より前に付与されたストックオプションについては、16の(1)および(3)〜(7)については注記しなくていい、と書いてあります。

    こりゃ楽でいいわ、と思っていると、唯一注記しなきゃいけない(2)の「内容等」の具体的項目を定めた、「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」25を読むと、

    (ストック・オプションの内容、規模及びその変動状況)
    25. 当該会計期間において存在したストック・オプションについて、ストック・オプションの内容、規模及びその変動状況として、次の事項を注記する。
    (1) 付与対象者の区分(役員、従業員、などの別)及び人数
    (2) ストック・オプションの数(権利行使された場合に交付することとなる株式の数で表示する。当該企業が複数の種類の株式を発行している場合には、株式の種類別に記載を行う。)
    (3) 付与日
    (4) 権利確定条件(付されていない場合にはその旨)
    (5) 対象勤務期間(定めがない場合にはその旨)
    (6) 権利行使期間
    (7) 権利行使価格
    (8) 付与日における公正な評価単価
    (9) 権利行使時の株価の平均値(当該会計期間中に権利行使されたものを対象とする。)
    (以下略)

    となっていて、他の淡々と過去のストックオプションの要項等から書き写すだけの作業でいい項目に対して、もっともヘビーな「公正な評価単価」を(計算して)注記しなければならないとしか読みような書き方になってたわけです。

    しかし、

    昨日付のリリースで、この(8)の直後に、

    (会社法の施行日以後に付与されたストック・オプションに関する評価単価をいう。)

    と付記され、会社法施行以前のストックオプションについては、注記しなくていいことが明確になったわけです。
    (めでたしめでたし。)

    今日あたり、
    「せっかく、勉強し始めたのに!」
    と、買ってきた「オプション理論入門」的な本を床に叩き付けている経理部門の方々が、全国に約28人、
    「よ・・・よかった・・・」
    と、涙を浮かべながら床にへたりこむ経理部門の方々が16人・・・程度いらっしゃるのではないかと妄想。

    (ではまた。)

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