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March 31, 2008

買収防衛策は世間に受け入れられつつあるのではないか?(その2)

前のエントリに対して、「kabu」さんから長文のコメントをいただきましたので、取り急ぎ、簡単なお返事まで。


久しぶりにM&A・会社法関連のエントリーで嬉しく思っております。

(すみません、更新をサボっておりまして・・・。)


買収防衛策については、自分は懐疑的ですので、幾つか理由を記載致します。

1.株価へのインパクトが防衛策の是非の指針になるか?
商事法務の記事然り、米国でのスタディも見たことがありますが、基本的に導入時のインパクトは中立と理解しています。中立というのは、導入直後に下落するケース、何らかの期待(買収期待?)をこめて(?)上昇するケースも混在しており、真ん中をとると、翌日・一週間後などは大体中立に留まっているという感じです。しかし、買収防衛策の是非として、短期の株価への影響がどれほどの意味をもつのでしょうか?むしろ経営陣のメンタリティや競争社会における日本の経済社会全体に与える影響の方が遥かに重大であると感じます。

もし本当に「取締役の保身」が発生する可能性が高く、それにより企業価値が下がるのであれば、買収防衛策の導入によって市場がネガティブに反応して株価が下がるのが素直ではないかと思った次第です。
取引所さん、議決権行使コンサルタント会社さん、年金関係の方々といった「市場関係者」の方々は、みなさん本日の日経の記事のニュアンスに沿ったご意見を出されているわけですが、そのご意見は本当に「市場」のためになるんでしょうか?
つまり、「市場関係者」はネガティブだけど、「市場」はニュートラルだとしたら、その差は何だというのか?何らかの情報の非対称性があるのか?「法律の難しい議論がわかる人は危険を感じているが、一般の市場参加者はそういったことがわからないアホだ」ということなのか?

件の商事法務の論文にしても、「2005年はネガティブだったが2006年はニュートラルだった」と、時系列に事実を述べた方が素直だと思うのですが、そうではなく「2005年の結果は統計的に有意性がある。」ということが強調されるだけで、2006年は同様の分析をしたはずなのに、そこはサラっとしか触れられていないんですよね。それってなぜなの?という素朴な疑問が湧きます。

今年の6月総会でも多数の企業が買収防衛策を導入すると思いますので、トレンドとして「廃止の方向」ということでは全くないと思いますし(廃止してる企業の方がはるかに少ない)。

そもそも、上場企業の取締役って、そんなに自分の保身ばっかり考えているアホタレどもばかりなのでしょうか?もしそうだとしたら、買収防衛策を導入するしない以前に、日本の経済自体がお先真っ暗であります。


2.防衛策が本当に交渉期間確保に必要なのか?
本当に交渉手段・時間の確保のためだけであれば、買収防衛策は不要だと思います。一部の最も強烈なアクティビストファンドでさえ、ある日突然買収を仕掛けるのではなく、1年以上の投資期間、面談、非友好的なメディア戦略から始まります。この間に、対話・交渉することは相当程度可能なはずです。また、本当に企業価値を破壊する「濫用的」なものであれば、有事の間に取締役会決議で導入・発動すればよいのではないでしょうか。司法でも相当有利に進められるはずです。(もとよりそれで勝てるような防衛策でなければ、平時に入れることにどれほど真っ当な意味があるのか分かりません。)

他方、買収者が一般の事業会社であれば、敵対的なアプローチを好むはずはなく、交渉期間の確保に防衛策は全く不要です。また、買収防衛策は、一般の事業会社による敵対的買収には(完全防衛としての)役には殆ど立たないと考えるべきと思います。(司法で勝てない。)

米国でそもそも防衛策が開発された背景は、(現在は違法である)二段階買収やグリーンメールを防止するためであり、法整備が進んだ現在のようなコンテクストを念頭には置いていません。日本でもこういった理由や「濫用的買収」を防止するという「建前論」は行き交っていますが、本心は(相手が誰であろうとも)「完全防衛」、株主にとっては「売却阻害」である、というところに日本の一番大きな問題があると思います。

日本では防衛策がなくとも、「反対表明を徹底的にする」「ただし価格や買収後の戦略によっては賛成する」という軸が明確であれば、十分に交渉できるはずと思います。

そういうケースも多いと思いますが、そうでないケースの時にどうするのか?ということについて、取締役が注意を払わなくてもいいのでしょうか?と思います。

私の理解では、アメリカでは「平時」に買収防衛策導入をあらかじめ宣言しておかなくてもいいはず。つまり、有事になってからの導入も可能だから、平時から宣言しておく必要がないが、日本の場合には有事になってからの導入が、裁判所や「市場関係者」への配慮からも、時間的にも、コスト的にもかなり厳しい。

また、会社規模等の要因にもよると思います。
ブルドックソースのときに思いましたが、「平時」に導入していればリーガルコストが数百万円単位で済んだかも知れないものが、「有事」に導入すると数億円のコストになるとすると、経常利益が数百億円出ているような企業ならともかく、経常利益が十数億円、数億円といった規模の規模だとすると、相当なインパクトになるわけで。
低いコストで導入できるときに導入しておく方が、取締役の態度としては「合理的」じゃないでしょうか。

件の商事法務の論文にもマスコミの議論でも表面に出てこない要因として、2005年の買収防衛策導入コストの高さがあったりするのではないか?という気もしてます。
当時は(「信託型」など)、導入するだけで「数千万円の上の方(から)」といったコストがかかるといわれるスキームもありましたし、まだ「デファクト」が定まっていない時なので、当然、調査や試行錯誤のコストも大きかったと思います。利益が数億円とか十数億円の会社にとっては、実際、導入することがそれだけで利益を圧迫すると予想された事例もあったんではないかと思います。

一方で、事前警告型が主流になった昨今、導入コストが「数百万円の下の方(から)」まで下がってきたのであれば、(火事で会社の建物が焼けたときに、保険に入っていなかった会社があったらその取締役が責任を追及されるのと同様)、取締役は、「そういうコンティンジェンシーに対して低コストで対策が打てるのに、なぜ打っておかなかったのか?」という点を問われるリスクについて考えておいた方がよくなるのではないかと思います。


3.諸外国の動向
あまり詳しくありませんが、英国などの欧州諸国(?)では防衛策の導入は禁止されていると理解しています。米国では・・・防衛策の開発国であるにも関わらず、近年、猛烈な勢いで廃止が進んでいます。背景はモノ言う株主の増加、社外取締役の善管注意義務等への注力の本格化と理解しています。つまり、本当に株主の利益を確保するためには防衛策は不要(むしろ廃止すべき)という意識の現われなのだと思います。

私もよく存じませんが、英連邦系などではそもそも「パネル」といった公的機関が「フェアかどうか」を判定してくれるとのことですし、ドイツから戻られた方に先日伺ったところによると、ドイツでも買収防衛策の導入自体はできるとのこと。(できないと思っていたので、ちょっとびっくりしました。)

「米国でも廃止の方向」という報道も目にしたことがあるのですが、有事でも平時と同様に導入できるのだとすると、「廃止」というのは「どんな買収者が来ても、一生、絶対に、買われるがままで、一切、抵抗いたしません。」という宣言をしたということなんでしょうか?(アメリカ人がそんな発想をするとは、とても思えません・・・。)


ここで、「本当に株主利益だけでいいのか、他のステークホルダーは・・云々」と議論が始まるといつもの堂々巡りになり全く結論がでません。今、防衛策の導入や発動したらこうなるみたいな議論で盛り上がっているのは、日本だけではないでしょうか。(アジア諸国の動きは知りませんが。)

===
磯崎さんの今回のエントリーには基本的に賛成です。ただ、防衛策があるから主観のぶつかりあいが可能になる・促進されるというのは真実の面があるかもしれない一方で、そのダウンサイド(主観のぶつかりあいの前にFlat NO!!)の方が日本では圧倒的に影響として大きいように思えてなりません。会社の取締役の方々がみな磯崎さんのようなメンタリティであれば別でしょうが。

・・・というのが私見ですが、恐らく日本ではすごくマイノリティだと思いますので、是非ご批判を頂戴できれば幸いです。

いえ、そうした考え方の方が「市場関係者」の間ではメジャーだと思ってましたし、私も「ダウンサイドの方が日本では圧倒的に影響として大きいように思えてなりません。」と(なんとなく)思っていたわけですが、

「市場」が導入に対してニュートラルだとすると、「合理的」「科学的」に考えた場合に「圧倒的に影響として大きいように思えてなりません」というのは、実際に、何が何に対してどう影響するんだろうなあ?という疑問が湧いております、ということであります。

(取り急ぎ、お返事まで。)

買収防衛策は世間に受け入れられつつあるのではないか?

本日の日経新聞朝刊「法務インサイド」で、編集委員の三宅伸吾氏が、「買収防衛策導入から3年 経営陣の保身見え隠れ 株主不在の独自判断型は「気休め」 解除する企業も登場」という記事を書かれています。

タイトルのとおり、この記事のトーンは総じて買収防衛策に対して懐疑的。しかし、(本文ではまったくreferされていませんが)商事法務2008/3/5日号で、買収防衛策導入のイベント・スタディを行った論文が囲みで紹介されており、こちらの論文では、(あのドタバタの)2005年に導入された買収防衛策では買収防衛策がネガティブに働くことが統計的に有意であることが示されているものの、2006年導入分については統計的に有意な差は見られなかったと結論付けているわけです。
(なんで2007年度の分についての分析は載せていただけなかったんだろうなあと思ってまして、続編を楽しみにしているのですが。もちろん、これから多数導入される2008年分も。)

買収防衛策を廃止した日本オプティカル社の廃止の理由の中にも、「防衛策は市場関係者から否定的にとらえられており」とありますが、少なくとも「科学的(統計的)」に考えると、防衛策への疑問が益々深まっている、ということは言えないのではないかと思われます。
なぜなら、「市場関係者」の意見は、市場の取引を通じて一応は株価に反映されているはずだからであります。


記事中のコメントに、同社の特別委員会メンバーであり「ビジネス法務の部屋」でもおなじみの山口利昭弁護士のコメントが引用されていますが、

防衛策発動の判断基準は買収実現による「企業価値」の行方だが、委員会メンバーの山口利昭弁護士からは「客観的に把握するのは難しいのではないか」との根本的な疑問も飛び出した。

とあります。
実際にどういう文脈で語られたのかはわかりませんが、こういう引用の仕方はtoshiさんがおマヌケにも見えるので、非常にかわいそうであります。

私も、特別委員会の委員として報告書を書いた際に、
「企業価値を判断しないのは無責任だ」
「意味のある内容が記載されていない」
という意見を多数いただきました。

ただし、これはすでに実質子会社化されている企業において、上場維持を前提として一部のみの買付けを行うケースで時間も限られておりましたので、中長期的な企業価値に対してTOB価格が高いか安いかということについては判断する必要が必ずしもなかろうということで、株価を考える際の注意点(観点)について記載するに留めたわけでありまして、特別委員がどんな場合にも企業価値についての判断を行わなくていい、とは全く考えておりません。

というか、上記のケースでは、公開買付けとともに様々な事業上の協力を行うことが約束されており、それが中長期的な企業価値の上昇に資するという判断は相当であろうと判断できたからよかったわけですが、これが企業価値を上昇させるとは思えない相手からのTOBだったら・・・と、その時に大変ゾーっとしましたし、買収防衛策の必要性も痛感したわけであります。

つまり、「今度、TOBします」と言われたときに買収防衛策が無ければ、何を言おうが買付けられてしまうわけです。取締役や特別委員がただ「安い!」と言うのは簡単ですが、一応それまでに開示された情報を元に市場を通じて形成された株価というものが存在するわけですから、きちっとしたデータや事業計画の再検討といった作業を積み重ねて、市場に伝わっていない新たな情報を提供しなければ、単なるリリース1枚で株価が反応するわけもありません
買収防衛策が存在することによって始めて、企業価値をちゃんと検討する時間も確保されるわけですし、たまたま株価が低いときに割安に買われることも防げるわけです。


アメリカでは、オラクル社のピープルソフト社の買収に代表されるように、当初提案価格の何倍も(注:「+何十%」ではなく「何倍」も)の額で買収が成立することもあります。買収防衛策を発動されるかもという前提がなければ、マイクロソフトだってヤフーに対して6割ものプレミアムをつける必要はないわけです。

つまり、買収防衛策が存在することで「買収者との価格交渉ができる」ということが買収防衛策の最大のメリットなはずです。市場で形成された時価総額が1000億円であっても、買収によって買収者に3000億円のメリットが生じるのであれば、倍の2000億円で買ってもらっても双方、win-winなわけです。ところが、買収防衛策が存在しなければ、1200億円の提案でも成立してしまう可能性が高いわけで、結局、買収される企業の株主はその場合、損をするわけです。
買付けを行う側も、「安いなあ」と思っていても、「理由」もないのに、1200億円で買えるものを2000億円出すわけにはいかないわけです。株主や投資家に説明が付きませんから。

つまり、企業価値が一般論として「客観的に」把握できないなんてのは当たり前の話であって、買収防衛策は(例えば、「おまえの方にどんくらいメリットが発生するのか、データをもっと出せ」といった)「交渉のツール」なわけですから、誤解を恐れずに言えば「主観」なわけです。
特別委員会は、こうした「主観」のぶつかり合いの交渉を、「フェア」にジャッジするのが仕事のはず。(社外取締役でもある特別委員は、少数株主の利益に資するために、より「主観的に(もっと高いんではないか?という観点から)」企業価値を見る必要があるかも知れませんが、それはさておき。)
そもそも「ぶつかり合い」が存在せず、十分な検討をする時間も無いのに、特別委員会の報告書で「安いか高いか客観的に判断しろ」と言われても、特別委員としても困っちゃうわけです。

今の日本の買収防衛策の議論はあまりに法学的な話に終始しすぎていて、こういった買収防衛策本来の「株主により高く株を売ってもらうため」という目的が忘れられているんじゃないでしょうか。
確かに保身のために買収防衛策を使う経営陣もいるでしょうよ、とは思いますが、そもそも株主総会はそんな取締役を選ぶなよ、という話であります。

(もちろん、良くも悪くも司法の判断は大きいのは承知しておりますが)、そういう「下」の方ばかりを向いた司法や法律家の議論に足を引きずられて、数百兆円の上場株式の価値をいかに上げるかという経済的本質の話が見失われると、結局、損をするのは国民や経済全体ということになると思います。

(ではまた。)

March 29, 2008

「フェア」であるためのコスト

本日の日経新聞に、上場会社のみなさんには他人事ではない話が載っています。

http://markets.nikkei.co.jp/kokunai/hotnews.aspx?site=MARKET&genre=c1&id=AS2C2801V%2028032008

アパレル大手サンエー社長、インサイダー取引の疑い・監視委  アパレル大手のサンエー・インターナショナル(東京・渋谷)の三宅正彦社長が自社株でインサイダー取引をした疑いがあるとして、証券取引等監視委員会が調査を進めていることが28日、明らかになった。三宅社長が2006年、公募増資を発表する前に、持ち株数千株を売却したことが職務上知り得た「重要事実」を利用した行為に該当するかどうか調べている。


インサイダー取引というのは、ただそれだけを聞くと非常に卑劣な(アンフェアな)犯罪というように聞こえてしまうわけですが、日本の場合、実際には利益を獲得するために非常に確実性の高い取引を行うものから、形式的に罪になってしまうものまで、かなり幅が広いところが特徴であります。

記事をよく読むと2006年春ごろに増資を検討していたが、4月に社長がストックオプションを行使した株式をすぐに売却し、同年7月に新株の発行を取締役会で決議したとのことで、大分間があいております。

読売新聞の記事にある、

有価証券報告書によると、三宅社長は昨年8月末時点で、発行済み株式の5・2%にあたる92万株を保有。監視委は、三宅社長が大量の自社株を所有していながら、あえて新株予約権を行使して株を取得していたことから、株価下落を予想した不正取引との見方を強めている。

というのも、よくわからんですね。本当に悪人なら、たった数千株でなく、保有している大量の自社株の方を売却すると思うのですが・・・。


会社側のリリース
http://www.sanei.net/ir/press/pdf/2008-011.pdf
で述べられている経緯は、下記のとおり。


三宅が当社の増資について社内的に検討を開始し始めたころの 2006 年 4 月に先にストックオプションで得た自社株数千株を売却した事実と、これについて証券取引等監視委員会の調査を受けている事実は間違いありませんが、三宅にインサイダー情報で利益を得ようとした意図がなかったことは勿論のこと、そもそも、インサイダー取引に該当するとは考えておりません。
上記株式売却は増資案の検討の初期段階になされたもので、重要事実の決定がなされる以前のものでしたが、株式売却を行った後、インサイダー取引の疑いをもたれるおそれや、緊急に増資を行う必要性もなかったことから、主幹事の野村誰券と協議して、この増資案の検討は中止しましたところが、その後、野村誰券から新たに増資を持ち掛けられ、当社では、インサイダー取引に問われることはないのかを同社に確認したところ、同社から問題がないとの会社としての正式な回答を得たことから、その後、改めて増資を行うことを決定し、 2006年7月14日に同社を主幹事として増資を実施したものでした。

もしこの会社側のリリースが本当だとしたら、会社側も全くインサイダー取引についてケアしていなかったというわけではなくて、専門家である野村證券に問い合わせて確認をしているわけで、それで刺されたら「一体、どうすりゃいいの?」という話ではないかと思います。

いまどきのインサイダー取引は、「電車での痴漢(冤罪)」と非常に構造が良く似てるんじゃないでしょうか。
「物理的にそういうことが置きうる状況」が存在し、「潜在的な動機も存在する」が、衆人環視のようでいて「実は何も証拠が残っていない」。にもかかわらず、実質的に「推定有罪」になってしまうこともしばしば。

痴漢冤罪事件に巻き込まれないようにするための解の一つは、「電車に乗らないこと」であります。インサイダー取引を防止するのも同様で、「上場しなければいい」し「自社株の取引を全く行わなければいい」。しかし、全員がそこまで慎重になってしまうと経済が回りません。

痴漢冤罪と比べると、インサイダー取引はまだ対策の打ちようがあるかも知れません。

昨今の世知辛い状況を鑑みると、(車の免許書換えの時に見せられるビデオと同様)、「(問題にはならない)だろう」ではなく、「(捕まる)かもしれない」という観点から準備をしておく必要があると思います。もっと言えば、ストックオプションを行使して株式を売却するためには、将来、取調べで、「おまえはインサイダー取引をしただろう!」と、責められている自分の姿を明確に想像して、その時にどのような証拠を提示できれば無実と認めてもらえるだろうか?ということをよくよく考えて対策を打ってから取引する必要があると思います。


判断をもらう相手は証券会社でよかったのか?
上述の会社側のリリースには、

インサイダー取引に問われることはないのかを同社に確認したところ、同社から問題がないとの会社としての正式な回答を得た

とあります。

しかし、「同社から」「正式な」回答をもらったといっても、野村證券の具体的に誰に確認したんでしょうか?また、「正式な」というのは文書で回答をもらえたんでしょうか?

野村證券の営業の担当者に、「大丈夫っすかねー」、「大丈夫じゃないすか?」という確認を口頭でしただけでは十分ではないのはもちろんですが、例えば、増資を引受ける部門の部門長の名前などで文書で回答をもらったとしても、それだけで果たして十分でしょうか?
証券会社は増資で手数料が入るわけですから、利害関係を持つ当事者であって、第三者(監視委員会)の目から見て、独立したフェアな判断をしたとみなされない可能性は高いのではないかと思います。

そもそも野村證券さんは、そういう際に文書で回答を出して下さるんでしょうか?
少なくとも、今回、日経新聞の取材に対して「個別案件についてはコメントできない」と回答されているようですので、「いざ」というときにただちに弁護してくれる立場にないことは明らかかと思います。

では、弁護士から意見書をもらっておけばよかったのか?・・・これもなかなか実務的には難しいのではないかと思われます。
弁護士といえども超能力者ではないので、実際に会社の中でどこまで事実上の決定が行われているかはわかるわけがない。「もしこうだとしたら、問題ない。」という仮定でしか意見を言えないはずですが、今回の場合であれば、「もし増資の決定が行われていないとしたら、インサイダー取引にはあたらない。」ということでしょうから、要するに、「インサイダー取引の要件を満たさなければ、インサイダー取引ではない。」というトートロジーになってしまう可能性大であります。意見書を書いてくださる弁護士さんも少ないでしょうし、書いていただいたとしても、効果は薄いでしょうね。

一方で、何かの決定をいったん本当に中止しても、何ヶ月経ってももともとの決定自体が「重要事実(インサイダー情報)」として残ってしまうというのでは、一度何かの検討を行ったら、一生、自社株の売買はできなくなってしまいます。


コーポレートガバナンス、内部統制との関係
こうしたことを防ぐには、結局、内部の意思決定の事実関係を詳細に記載した「記録」と「判断」をリンクさせる必要があるのではないかと思います。

例えば、取締役会等の議事録ですが、かなりの上場企業では、「将来、議事録の閲覧権などを利用して外部の人が議事録を見る可能性があるので」てなことで、議事録には、
「説明の後、議長は本議案に関して議場に諮ったところ、原案通り全員一致をもって承認可決した。」
といった数行の記載しか行わず、極力、会議の様子を記録にとどめないようにしていることが多いのではないかと思います。
しかし、私はこれは昨今、極めて危険ではないかと思っております。実際の会議が、社長の独断で他の役員は何も言わずに「しゃんしゃん」で形式的に進められたのか、いろんな取締役や監査役が意見を出し合って、様々な観点からリスクやプロコンが検討された上で意思決定されたのか、(そもそも、その機関が実質的な意思決定機関なのか、社長が実質的な意思決定期間なのか)が、まったく第三者からは判断できない。

今回の事件でも、「いったん、増資案の検討を中止した」、ということが、取締役会できちっと決定され、それが記録に残されていたか?ただ、「全員一致をもって承認可決した。」という記述だけではなく他の取締役等からの質問等ややりとりがあるのと、全く無いのとでは、また心証も変わってくるのではないかと思います。
(程度にもよりますが、もちろん、完全に防げるとは限らないとは思います。しかし、合理的に出来る限りのことをやったにもかかわらず、それでも信じてもらえないとしたら、上場企業の関係者は、一体どうすればいいんでしょうか?)

記事によると「若者に人気のブランド」とのことなので渋谷系の若い社長なのかと思いきや、サンエー・インターナショナル社の役員構成を見ると、今回の三宅社長は、昭和10年生まれで73歳なんですね。「会長は、社長の実兄で、取締役副社長は会長の長男」という注釈もありますが、40代の取締役は、その副社長ともう一人だけ(当時)だった模様。

「若くないからダメ」とか「同族経営だから上場しちゃダメ」とは申しませんが、少なくとも「フェアであるコスト」の支払いをシブる会社が上場しているというのは、今やたいへんなリスクをはらんでいるのではないかと思います。

ライブドアのニッポン放送株大量取得に関わる村上ファンドのインサイダー取引についてもそうですが、もし、ライブドア社が社外取締役が過半を占める取締役会によって実質的に重要な決定が行われており、堀江社長の一存でニッポン放送株の大量取得が認められるなんてことがないことが外形的にも明らかであったならば、大量取得を「することについての決定」を行う機関や行われた時期についての判断も、大きく変わっていた可能性が高いのではないかと思います。

内部統制や議事録などにコストをかけるというのは、少なくとも数年前までであれば私も、「あほくさい」と思ってたと思います。「大事なのは本質であって、他人からどう見えるかは関係ない。」「悪いことをしてないのであれば、きっと当局も理解してくれるはずだから、『言い訳』のためだけに文書を作るなどというのは、経営の本質ではない。」と。
しかし、現在の日本の上場企業がおかれている環境を考えると、「フェア」という概念を考え直した方がいいかも知れませんね。


以前のエントリに対してRauru Blogさんからいただいたトラックバック「フェアと美しさ」によると、

Fair という言葉は、もともと古英語で「美しい」を意味する fæger から来ている。しかし英語における fair という語の持つニュアンスは興味深い。
日本語の「公正」に対応する英単語はいくつかあるが、それぞれニュアンスが微妙に異なる。例えば just は「法や原理原則に従っている」ような公正さを意味し、equitable は「関係者それぞれを平等に取り扱う」ことを暗示する。これに対して fair には、「自分の利害・感情・偏見を排して判断する」というニュアンスがある。
ここには英語圏文化の興味深い特性が現れているように思う。英語圏文化の考える「美しさ」と「自分の感情を排する」こととは、イコールとは言わなくても、かなり近い概念なのだ。日本人は逆に「感情をかきたてるもの」を「美しい」と考える傾向が強い。この差は決して小さくないと想像する。

とのことです。


私は、例えば、買収防衛策において独立性のある委員によって構成される特別委員会を作るなどというのは、文字通り「特別」なことであって、かなり「技巧的」「人工的」」な仕組みではないか思ってました。「あ、そういう方法もあるのか。」と。
しかし、Rauru Blogさんのおっしゃるような英語圏文化の話が本当だとすると、特別委員会を作るとか、社外取締役を過半数にするとかいうのは、アメリカ人にとっては、「自分の利害や偏見を排して判断する」という美意識からある程度自然に導かれて来る話なのかも知れません。「美意識」というのは、言い換えると「素直に湧き上がる感情」ということだと思います。

そういう「フェア」な概念が経済の中に内包されている社会では、法令であまりガチガチに「フェアとは何か」を定義してやる必要がない。
ところが、日本はもともと、「疑いをかけらるのは不徳のいたすところ。いざそんなことになったら切腹して責任を取る。」みたいのが美意識の国だから、あらかじめ大量のコストをかけて「弁解のための資料作り」をしておくなんてのは「美しくない」と思う人が大半なんではないかと思います。ところが、そういう「フェア」概念が発達している国の大量の裁判例を法令の中に取り込んじゃったので、さあ大変。「英語圏文化」的に見ても日本的に見ても「美しく」ない状況ができあがってしまっているのではないかと思います。
つまり、日本のインサイダー取引規制は、もちろん米国のインサイダー取引規制を参考に構築されたものですが、漸近的にアメリカのインサイダー規制に近づきつつあるのではなく、全く違ったモンスターに成長しつつあるのではないでしょうか。

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28日の日経夕刊の「ベアー会長 保有自社株売り切る 買収価格引き上げ直後」という記事で、自社株約60億円分を売り切ったということが報じられてますが、これなんか、日本でやったら絶対インサイダー取引規制違反で逮捕されるんじゃないかと思ってビックリしました。
買収価格を引き上げた直後に売却したことがインサイダー取引の要件に引っかかるという意味ではなくて、「このようなドタバタした時期には、小さくても必ず何らかの未開示情報があるはずだから、有罪にするつもりで調査に入れば、日本の法令に照らすと、必ず何かしらの要件にひっかかるはずだ、ということです。

ベア・スターンズの会長は、証券のプロで、当然、ちゃんとした法律事務所からの意見書を取って売却をしたんでしょうから、アメリカ的には「フェア」さは確保されてらっしゃるのではないかと思います。

(ではまた。)

March 28, 2008

デビアス銀座ビルディングのオープニングに行ってきた

ご招待をいただきまして、昨晩、デビアス銀座ビルディングのオープニングに行って参りました。

P102.JPG

高価なダイヤがたくさんあるだろうとは予想していたのですが、案の定、8億円もするようなダイヤが店内にはゴロゴロと。ただし、1階の入口付近には数万円台のアクセサリーがたくさん展示されていて意外。(桁が1つ違うのではないかと2度見しました。)


資源を押さえてる会社が「直」(子会社)で小売しているから、同じ品質なら他のブランドより安いとのことですので、これからエンゲージリングなどを贈られるご予定の方は比較されてみてはいかがでしょうか。

店内は、シャンパングラスを片手に談笑するきれいな雑誌モデルのおねいさま達や外国の方々などであふれかえっており、購入したばかりのアクセサリー(億単位?)を早速胸につけて英語で会話する華僑系の男性も。お金持ちは、いるところにはいらっしゃるんですね・・・。

私は(というか、世の殿方の大半はおそらく)、宝石の輝きに惹きつけられるということはあまりないのではないかと思いますが、以前ロンドン塔に行った際に、イギリス王室の王笏に飾られている子供のこぶしほどのデカさのダイヤ(世界最大のダイヤの一つ。カリナンI世。530.2ct)を見て、その輝きに吸い寄せられそうな気分になり、やっと、世の女性がなぜダイヤに引きつけられるのかがわかりました。
(つまり、一般の女性に比べて、私は(男性は)1000倍くらいニブいわけです。)


個人的に一番興味があったのが、ゴルフボールよりやや小さめの黄色い石。
33億年前に生成された地球上で最も古い石の一つだ、とのことで。”includings”がかなりいっぱい入っていて黄色く濁っているので、ダイヤとしては非常に巨大で鉱物学的にも大変貴重なのに、さほど高くなくて3億円弱。1年あたり(?)、なんと0.1円以下!

これは(もし資産が50億円くらいあれば)ちょっと欲しいと思った。(仮定法過去)

(ではまた。)

March 27, 2008

今週の「専務 島耕作」

(ついに!)

March 21, 2008

コンプライアンスの(ネガティブ)スパイラル現象

昨日のエントリ「飲食産業におけるアルコールに関する「積極的」確認の必要性?」に対して、ろじゃあさんからトラックバックいただきました。

ちなみに磯崎さんが触れておられる

第一項の規定に違反して車両等を運転することとなるおそれがある者に対し

という条文の文言ですけど、この書き方だと、上記環境を踏まえればお店サイドとしては積極的に確認する方向になるだろうなと思います。
実際に確認したかどうかで争いになったときに常に従業員には確認させることになってます、ほら、これがマニュアルです・・・って形で対応せざるを得ないかもしれないからだと思うのですがね。


もちろん私も、上場企業(または金融庁所管の)企業から聞かれたら、「そう解釈しておいた方が安全だと思います。」と答えると思います。というか、そうとしか答えようがない。「そんなことやんなくて絶対大丈夫。いざ、誰かが何か言ってきたら、オレが話をつけてやる。」と答えられる人は今や存在しないんではないかと思います。

一方で、立法を検討された方々が本当に、(未公開企業まで含めた)飲食店すべてが、客から酒類の注文を受けた時に必ず「お車でご来店ではないですか?」と聞く社会になったらいいなあ、なるべきだ、と思って法律を改正したのかというと、そうではないと思うんですよね。


10日ほど前に金融庁さんから、「内部統制報告制度に関する11の誤解」
http://www.fsa.go.jp/news/19/syouken/20080311-1.html
が公表されて、「あと20日で施行というところまで来て今更、『もっと気楽に考えていいよ』と言われましても・・・」という感じで苦笑してしまいましたが。現場は眼を血走らせて、今まさにフローチャートを作り終えようとしているところであります。

このような善管注意義務なり監査なり内部統制というのは、「ここまでやったら完璧だ」ということが言えないものです。すなわち、やればやるだけリスクは小さくなるが、コストも高くなるので、「合理性(≒コスト・パフォーマンス)」を考えて、リスクヘッジとコストの適当な均衡点を見つけ出すことが必要なわけです。

監査法人が完全な独立性(実質的かつ最終的な意見の決定権限)を持っていれば、(良くも悪くも)おおらかに「そんくらいにしといたらどや」と、各企業の実態に合わせた均衡点を示唆できるわけです。しかし、金融庁の検査を想定して、自分の出した意見形成のプロセスが否定される可能性が出てくるとなると、この均衡点を会計士や監査法人が勝手に決めるわけにはいかない。「第三者(金融庁)」に対する説明責任が出てくるわけです。
このため、「ここまでやっておけば、いくらなんでも文句言われないだろう」というレベルまで均衡点を上方シフトさせる必要が出てくる。結果として、社会的に適切なチェック機能より、かなり重たいチェック機能が盛り込まれて、社会的に資源配分がゆがむ可能性が出てきます。

監査や内部統制に限らなくても、現在のように社会が複雑化し絶対的な権力が存在しない時代においては、何かあれば善管注意義務上、専門家に意見を求めるしかなく、専門家は「そんくらいで十分ですよ」とは言えない。「どこまでやればいいか」という水準は、自己だけで決定できるものではなく、「社会の全般的な水準」との対比で決定されるものだから、真面目な日本人にこうしたことをやらせると、どんどんスパイラル的に世知辛い状況に陥ってしまう、ということになります。

金融庁さんが「絶対的権力」であればまだいいのですが、金融庁さんも「世論」等から自由ではいられない。
昔であれば、議員さんなどから「もうそんくらいにしといたれや」という力が働いて、適度なところで均衡が図られた気もするのですが、今や、企業の味方をして「そんくらいにしといたれや」てなことをいうリスクもかなりのもんになってきてしまったので、厳しくなる方向のベクトルだけが働いて、それを押し戻す力が働いてない気がします。


先日書いた、「アメリカでは『フェア』の一言で済む話が、日本だと膨大かつ細かい法令や政令や省令に化けてしまうという現象」と同じ構造かと思います。)


(ではまた。)

March 19, 2008

飲食産業におけるアルコールに関する「積極的」確認の必要性?


女高生2人に酒1升提供、「餃子の王将」書類送検へ
 未成年の客と知りながら、川崎市の公立高校2年の女子生徒2人(いずれも17歳)に日本酒1升(1・8リットル)以上を提供したとして、神奈川県警中原署は19日、同市中原区の「餃子の王将武蔵小杉店」のアルバイト店員の男子大学生3人(19?22歳)と、同店を経営する「王将フードサービス」(大東隆行社長、本社・京都市)を風営法違反(未成年者への酒類提供)容疑で横浜地検川崎支部に書類送検する。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080319-OYT1T00007.htm

私が先週、餃子の王将に行った時の話なんですが。


隣のオヤジがビールを注文したら、注文を取っていたバイトの女の子が、

「お客様、本日はお車でご来店ではございませんか?」

と訊いていてびっくりした。

道交法改正で、 酒類提供の禁止

何人も、第一項の規定に違反して車両等を運転することとなるおそれがある者に対し、酒類を提供し、又は飲酒をすすめてはならない。[65条3項]

が盛り込まれたのは知ってましたが、「おそれがある」というのは「客が飲酒後に車を運転するであろうことを店側が知っちゃった」場合ということであって、飲酒後に車を運転する可能性があるかどうかを積極的に確認するところまでは必要ないでしょう、と思っていたので。

昨年末に上記の女子高生の飲酒事件が発生した後、急遽マニュアルを強化して、車の運転や未成年かどうかについて「積極的確認」を求めるようにしたんでしょうか。(その店は大きなJRの駅前の店なので、店の専用駐車場があるわけでもないんですよね。郊外型店のマニュアルと駅前店のマニュアルを作り分ける暇もなかったと考えると、私が感じた唐突感も納得がいきます。)

それとも、いまどきの外食産業では、そういう「積極的確認」が主流になりつつあるんでしょうか。
(私、あまり酒を飲まないので、よくモノを知らないんですが・・・。)

(ではまた。)

March 18, 2008

「ネット法」の発表で考えた、日本人と「フェア」概念

(追記あり。[18:20])

デジタル・コンテンツ法有識者フォーラム(代表八田達夫・政策研究大学院大学学長)が、映像、音声等コンテンツのインターネット上の流通を促すため、特別法「ネット法」の骨子をまとめられた、というご案内を事務局の方からいただきました。
この法律には直接関係ないかも知れませんが、つらつら考えるに、日本において「フェア」という概念を法律に取り込むのは非常に大変そうだなあ、と改めて思った次第です。


概要
さらっと拝見した限りですが、コンテンツのユーザー、クリエーター、ビジネスの関係者すべてがWin-Winの関係になる、ということを目指されたものとのことですし、立法の技術的な話以前に、こうした経済的構造を検討するということが日本に不足していることだと思いますので、大変結構なことではないかと思います。

なぜ、既存の著作権法等の改正ではなく、「ネット法」という新たな法律が必要なのかという点については、著作権法をいじるとややこしくなるし、「写り込み問題」では著作権法上の権利以外の肖像権、商標権等も関係してくるので、特定の法律の改正だけでは済まない問題だから、とのこと。

また、このネット法の柱は、

1. 「ネット権」の創設
2. 収益の公正な配分の義務化
3. フェア・ユースの規定化

の3つだそうです。


「フェア」をどう表現するか
結局、経済的な「フェア」さを確保することが書かれているのですが、興味あるというか若干懸念されるのは、この法律を実際にインプリする際に「フェア」という概念をどう表現するのか、です。

別の領域の話になりますが、例えば米国のインサイダー取引規制は、「フェアでない取引をしてはいけない」ということを基本とする非常にコンパクトな法律の条文からスタートして、多くの判例の蓄積によって全体の体系が成立しているのに対し、日本ではこれが何十ページもの膨大な法令になってしまっています。
判例で決まっていても法律の条文で決まっていても同じようにも思えますが、判例は「case(ケース)」というくらいで、まさにあるケースではアンフェアと判断されたことと同じようなことでも状況が違えばフェアなこともありうるわけです。
ところが、条文で単に「子会社の解散は重要事実にあたる」と書いてあれば、その子会社の解散の発表前にその親会社の株式を売買したら、その取引が「フェア」であろうがなかろうが、それはインサイダー取引になっちゃうわけです。

数年前までは、良くも悪くもこうした法令の運用は「おおらか」だったので、規定が細かくても本筋ではないことをあまり気にかける必要もなかったわけですが、社会を市場経済化するために証券市場でのフェアな取引が非常に重要になって法律の運用も厳格になった結果、結局非常に細かい枝葉末節を気にしないといけなくなり、市場経済を委縮させてしまう皮肉な現状になっているのではないかと思います。


英語で「フェア(fair)」というと、「フェアプレー」のように、小学生でも非常にくっきりイメージがわく概念だと思いますが、この「フェア」に該当する日本語の単語は実はあるようで無いんじゃないでしょうか。
「公正な」という単語は、何か非常にお高くとまった感じがして、司法試験に受かった弁護士や裁判官じゃないと判断できないようなオーラを放っています。「公正」と聞いて最初に思い浮かぶのは、「公正取引委員会」とか「公正証書」とか、「お上が関与する」イメージではないかと思います。「市場」経済的な語感の用語じゃないですよね。

同様に「フェアバリュー」というと、「フェアな」valueだということが明確にわかるわけですが、日本で「公正価値」といってしまうと、フェアかどうか以前に、「DCF法でうんたら」とか「法人税法第○条の解釈と、財産評価基本通達の○-○-○を考え合わせると・・・」といった公認会計士や税理士でないとわからない枝葉の議論に落ちていく気がします。

アメリカでは、「It’s not fair!」というフレーズは日常会話でも非常によく使われると思いますし、そうしたやりとりを通じて子供のころから日常的に何が「fair」なのかを判断する訓練が行われているのではないかと思います。ところが、日本語で「それって公正じゃないと思いますよ」とは言わない。あえていえば「ズル(じゃない)」というあたりが、語感として一番近い気がしますが、日本の法律に「フェア」とか「ズル(じゃない)」とは書けないであろうところが悲劇ではないかと思います。

金融商品取引法なら、それを扱う業界の方々はそこそこそういったことに長けた方々なのでまだいいですが、コンテンツを扱う産業の方々というのは、日本の中でも「最も法律とか契約とかから遠いところにいらっしゃる方々」という気がします。
(・・・違法なことをされているとかアホだとか申し上げているわけではなくて、伝統的に「精緻に文書化されたルールや契約に従って権利関係を処理する」というノリでは仕事をされてこなかったのではないか、という意味です。)

「フェア」という概念が非常に細かく法律で規定されてしまうと、そのルールを変更するためには立法府のお世話になる必要が出てくるわけですが、客観的に現在の国会を見ても、国会というところが日本一意思決定がノロい機関・・・というと語弊があると思いますが、「日本一慎重に意思決定する機関」であることは間違いないわけでして、そうなったらノリが命のコンテンツの世界では機能しないことは明白なのであります。政令、省令で規定されるのであっても同様かと。こうしたことは、「市場」で解決されるべきお話であって、何かルールを修正するたびにお上のお世話にならなければならないのは、市場経済ではなくて社会主義経済です。
(ちなみに、「市場」というのは、もちろん物理的な取引所やコンピュータシステムを指すのではなくて、「(お上の世話にならずに)当事者だけで物事を解決できるしくみ」ということであります。)

インサイダー取引規制の導入の際も、証券業界から「ただざっくり『公正』と言われても、どこまでならOKでどこからがダメなのかがわからん。細かく決めてくれないと。」てなことをお願いしたせいで今のやたら細かい法令の原型ができあがったという説がありますが、コンテンツの世界でも、権利者や利用者から、「細かく決めてくれないとわかんなーい」という甘えんぼちゃんな意見が出てくることは容易に想像されます。しかし、それを真に受けて深く考えずに「お上」に詳細規定の制定を委ねてしまうことは、結局は自分たちの首を絞めることになるはずです。
「ネット法」を制定するにしても、そこで規定することは必要最小限にとどめ、極力、「市場」の力で問題解決ができるようにするべきかと思います。

とすると、権利者等の不安は「ネット法」だけでは解決しないはず。


ルールの問題なのか?
また、そもそも論として、「パイの配分」のフェアさだけを確保すれば話が済むのか?という問題もあります。フェアユースが確立し?契約による権利処理がお得意なアメリカですら、コンテンツの資金回収は、映画館やビデオ、TVといった既存のチャネルからのものが大半で、ネット経由の「上がり」はまだ微々たるものではないかと思います。単に売上規模が小さいだけならともかく、「いったんネットに流してしまうとコピーされまくって他のチャネルからの売上にも甚大な影響を及ぼすのではないか」(なぜならデジタルだから)という不安が権利者にあるから話が先に進まないわけで、この不安を解消するためには、「ネットでコンテンツを流してもコピーされまくったりしませんよ」といったあたりを担保する技術の問題とか、「たとえコピーされたとしても、結果としてそれが他媒体の売上増加につながって、全体では得をするんですよ」という期待形成の問題が大きいのではないかと思います。
そういったあたりも含めて、どこまで「ルール」が手助けしてやれば「市場」の力で物事が転がり出すのか、非常に興味深いところであります。


ソフトロー的アプローチ
昨年、法科大学院の教員になった際に大学側が開催した説明会の資料の中に、「学校その他の教育機関における著作物の複製に関する著作権法第35条ガイドライン」というのがあって、「へえ」と思ったのですが、こういう「フェア」な利用とは何かを明確化した「ソフト」なルールがあると、いいかも知れませんね。

ただし、このガイドラインを策定に関与した方々を見てみると、

著作権法第35条ガイドライン協議会
有限責任中間法人 学術著作権協会
社団法人 コンピュータソフトウェア著作権協会
社団法人 日本映像ソフト協会
社団法人 日本音楽著作権協会
社団法人 日本雑誌協会
社団法人 日本書籍出版協会
社団法人 日本新聞協会
社団法人 日本文藝家協会
社団法人 日本レコード協会
その他の主な関係団体連絡先
社団法人 教科書協会
社団法人 日本写真著作権協会
社団法人 日本図書教材協会
日本放送協会
社団法人 日本民間放送連盟
社団法人 日本複写権センター

といった感じになっておりまして、この方々の意見を調整するにはものすごい労力が必要だったことが容易に想像されるわけです。

「教育」という非常に公益性が高いものですらそうだとすると、いわんやネットでのコンテンツ利用という純粋に商業的なお話の際に、どういう人が音頭を取ればこういった方々のコンセンサスが得られるのか、想像すらできない。(事務局の方の胃粘膜が胃酸で溶けていくさまが目に浮かぶようです。)
そもそも関係者間の調整がまとまらないから、こうした法律の構想が出るんでしょうし。
一方、こうした団体と関係なしにガイドラインを制定すると、日本の場合、ルールとしての正統性に不安を感じる人が出てくるんでしょうね。


「ネット法」の広報戦略
さて、この「デジタル・コンテンツ法有識者フォーラム」の2008 年3 月現在のメンバーは、

一橋大学大学院教授 相澤 英孝
映画プロデューサー 一瀬 隆重
西村あさひ法律事務所パートナー 岩倉 正和
角川グループホールディングス会長 角川 歴彦
GMO インターネット会長兼社長 熊谷 正寿
キヤノン専務取締役 田中 信義
ジャパン・デジタル・コンテンツ信託 代表取締役 土井 宏文
政策研究大学院大学学長 八田 達夫 (代表)
シネカノン代表取締役 李 鳳宇
外1 名

といった方々とのこと。
ご本人はまったく悪くないわけですが、4月からの(いわゆる)J-SOX法施行を目前にして、「八田」というお名前を聞くだけでビクっとなる方も多いのではないかと思います。(八田先生違いであります。)

また、発表は帝国ホテルで行われたようですが、(写真はこちらに掲載されてます)webでのリリースがGMOインターネットの熊谷さんのクマガイコム(http://www.kumagai.com/)で、せっかく「デジタル・コンテンツ法有識者フォーラム」という組織を作ったのにそのホームページ(http://www.digitalcontent-forum.com)が「under construction」なのは、どーよ?という感じはします。

フォーラムの概要とリリースを掲載するだけならwebクリエーターが一日かければできるくらいの話だから、帝国ホテルに払う金があったら発表前にwebを作って、パーマネントリンクを明確化するべきだったでしょうね。


この法律は、権利者やマスコミなどが権利関係の調整を面倒くさがっているからなかなか進まないから考えられたわけでしょうから、まさに一番恩恵を被るネットの利用者やネットの事業者を味方につけて世論を盛り上げていく必要があるんじゃないかと思います。
そういう人たちにリーチするためには、ネットをちゃんと利用しなくてどうする、ブログやニュース記事でリンクしてもらうことが「ネット法」の広報活動の命なんじゃないの・・・・・・・・と、小飼弾さんなら言うだろうなあ。(・・・と人のせいにしてみる。)

[追記:今(18:20)拝見したら、フォーラムのページがちゃんと立ちあがっています。]

(ではまた。)

March 14, 2008

痴漢冤罪とドライブレコーダー(コンティンジェンシーの記録と立証)


痴漢でっち上げ「信じてもらえず、不安と悔しさ」2008年03月13日
 痴漢被害をでっち上げられ、大阪府迷惑防止条例違反容疑で誤って逮捕された会社員の(略)さん(58)=堺市北区=が13日、朝日新聞の取材に応じ、「自分の言っていることが信じてもらえず、悔しさと不安でたまらなかった」と当時の心境を明かした。「目撃者」とされた男が虚偽告訴容疑で府警に逮捕されたことで無実が明らかとなったが、被害者の供述に立証を頼る痴漢事件の危うさも浮き彫りにした。

http://www.asahi.com/national/update/0313/OSK200803130125.html


でっちあげの犯人が法学部の学生、というところがナニですね。

きっと、「それでもボクはやってない」とかを見て、この痴漢という領域は証言者の言葉だけで「推定有罪」になる法律的に特殊な領域であるということに気づき、示談に持ち込めば金になると思いついた、ということなんでしょうね。確実に儲かるぞ、と。法学部の学生だからこそ、この「スキーム」に酔ったのかも知れません。この共犯の女性が自首しなかったら、恐らく有罪になっていただろうことを考えると、改めてゾッといたします。


確率でかたづけるということ
私が、「それでもボクは」の前に「痴漢冤罪は怖い」という話をしたときには、非常に知的なみなさんから、「ゼロではないが、確率はめちゃくちゃ低い」「代表性バイアスだ」という話をいただいて、「あれっ」と思ったんですが。
日常でも仕事でも何か問題が発生したときに、それを「確率的に低い」でかたづけていいのかどうか、というのは非常に興味深い問題であります。

私も、学生か社会人になり立てのころ、「トヨタの生産方式では、生産ラインで不具合が発生した場合にラインを一度全部止める」という話を聞いて非常に違和感を感じました。ネジなどの部品に不具合が発生することは確率的にゼロにはできないし、確率が非常に小さいだろう不具合は無視したほうがラインを止めるよりも効率がいいんではないかという気がしたからです。しかし、トヨタさんの業績を見ると、そうした「低い確率の問題を無視する」よりも、「何か異常を感じた時にその原因や構造を徹底的に追求する」方が、結果としてパフォーマンスは高まるんではないかとも思われます。

仮に、ですが。電車のホームから人が突き落とされて殺される事件が全国で年間100件くらい発生したとしましょう。この100件をどう考えるか。
「自動車事故で死ぬ人数を考えれば、発生確率はその100分の1くらいだから、それでも自動車より電車の方がはるかに安全なのだ。」という考え方でいいんでしょうか。100人殺されたぐらいでギャーこら騒ぐのは確かに「代表性バイアス」なのかも知れませんが、100人殺されてもみんなパニックにならないとしたら「正常性バイアス」な気もします。

生物が進化する歴史の中で、天敵に仲間が殺されるのを見ていちいち騒いでいたらやってらんないので、「種が維持できる程度の犠牲は気にしない」図太い神経が身に付いているんだと思います。
しかし、(内部統制病にかかっているのかも知れませんが)、かように複雑化した社会においては、「何か異常を見つけたら原因を究明して是正する」ことが非常に重要ではないかと思います。(そうすると、さらに社会が複雑化するという悪循環になるような気がしますが。はい。T^T)

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最近では、「PDCA」とか「監査」とか「内部統制」とかいう話に触れる機会が激増してますので、「記録が残っておらず、原因が究明できない構造」に対して非常に強い不安感を覚えます。(職業病かも知れません。)

ということで電車は、「記録が取れず原因が究明できない空間」であるがゆえに恐ろしいわけですが、こちらは乗客の努力では記録を残すことは難しい。(満員電車にビデオカメラを持って乗り込んだら、そっちの方がアヤシイので。)


「車」の場合の過失の程度の立証
同様に、「車」というのも非常に怖い。

最近は交差点などにカメラが設置されているケースもありますが、交通事故を起こしたら、当事者もコーフンしてるから、その記憶や証言の信憑性もアヤシイ。ましてや、片方が亡くなった場合にはなおさらであります。

以下、大脳生理学的?な話になりますが、
以前、うちの親父が交通事故を起こして病院に駆け付けたことがあったんですが、目立った外傷はないのに、ちょっと様子がおかしい。

「ここどこ?」
「病院だよ。」
「今、何時?」
「9時半。」
と、質問に答えてやると、「ふーん」と納得するのですが、また1分くらい経つと、

「ここどこ?」
「病院だよ。」
「今、何時?」
「9時半。」
「ふーん。」

という問答となり、結局これを何十回と繰り返すことに。
(一生このままだったらどうしようかと思いましたが、1日くらい経ったらまったく普通に戻りました。)

よく存じませんが、「海馬」がオーバーヒートしてたんでしょうね。

ちなみに、私が紅顔の美少年だった高校生のころ、中野富士見町に向かう満員の丸ノ内線の電車の中で私の(男の)尻をなでまわしてくる痴漢にあったことがありまして。
その時、
「なんで男の尻をなでまわすんだ?」
「どんなやつがそんなことするんだ?」
「女?男?」
と、いろんな考えが一気に頭に流れ込んできて頭が真っ白になり(海馬がブッ飛んじゃったんでしょう)、腰から下の力がガクガクと抜けて、お恥ずかしながらどんなやつが触っているのか振り返ることもできませんでした。というわけで、痴漢を駅員に突き出す女性というのは大したもんだと思います。


車でも事故ったときの記憶に頼っても水かけ論になる可能性が高いのは明らかなので、前から欲しかったドライブレコーダー、

DREC2000.jpg

http://www.fujitsu-ten.co.jp/eclipse/product/drive/drec2000/index.html

を先週末に導入。
一定以上のGがかかった場合だけでなく、自分でボタンを押した場合にも、前12秒、後8秒間の画像が保存されるというスグレモノであります。

(これが活用されることがないよう祈ります。)

(ではまた。)

March 13, 2008

なんかすごいニュースが飛び込んできた(「Carlyle Capital Expects Lenders to Seize Its Assets」)

WSJ経由ですが。なんかすごいことになってきましたね。

Carlyle Capital said that it expects that its lenders will seize its assets, causing the likely liquidation of the fund. "Although it has been working diligently with its lenders, the Company has not been able to reach a mutually beneficial agreement to stabilize its financing," the fund said in a statement. The fund's likely collapse is a major black eye for Carlyle Group, the powerful Washington, D.C.-based private-equity firm whose executives own 15% of the fund.

http://online.wsj.com/article/SB120537974320632835.html?mod=djemalertMARKET(有料)

大丈夫でしょうか、アメリカ。

March 6, 2008

ネットイヤーグループ上場

(いつもは極力クライアントの話はしないようにしておりますが、ちょっとだけ。)
本日、ネットイヤーグループ株式会社が東証マザースに公開しました。
おめでとうございます。
(初値は付かなかったようですね。ま、当然のような気もしますが。)


これで、私が役員やアドバイザーとして(直接)関わった企業で株式公開したところは全部で5つ・・・ではないかと思います。
私のベンチャー企業関係の仕事は、公開直前からというよりむしろかなり設立に近い時期からお付き合いがはじまることが多く、他の上場企業や中堅企業の仕事、ターンアラウンドの仕事も等あることを考えれば、結構、高打率ではないかと。(しかも、どの会社も怪しげな事件等に巻き込まれるといった大過もなく。ありがたやありがたや。)

特にネットイヤーグループは設立の登記の時からの関わりで、私が1人目の社員(社員番号1番)でしたので、出産の時から知ってる子が成人式を迎えたような感じで、感慨もひとしおであります。
ここに来るまでに紆余曲折ありまして、特にベンチャーキャピタルなど株主のみなさまには大変なご迷惑をおかけいたしました。しかし、(私が退職した後のみなさんのご尽力のおかげで)実力のある大変いい会社に成長したのではないかと思います。

今後も健やかに成長されることを御祈念させていただきまして、お祝いの胡蝶蘭に代えさせていただきます。<(_ _)>

(ではまた。)

GoogleとYahoo!の検索エンジンの特性(!?)

先ほどGoogleで「公開買付け等事実」というキーワードで検索をしたところ、このブログの記事(「今週の島耕作に学ぶインサイダー取引」)がトップに来たのでちょっとびっくり。

「私のブログごときが」ということもさることながら、私のブログの中でもこの記事が特に金商法上の「公開買付け等事実」について特に詳しく解説しているというわけでもないので。
この記事がYahoo!さんのページから直リンクされてるのが、Googleのアルゴリズム上 大きいということなんでしょうね。

Yahoo!で検索したら、当然この記事がトップに来るのかとおもいきや・・・・検索してみたらまったくその記事は上位に出てきません。
(意外なような当然のようなですが)Yahoo!の検索ではYahoo!からリンクされているということは評価されない、ということかも知れませんね。

(ではまた。)

March 4, 2008

確定申告

終わった・・・。(自分のやつ。)

今年もe-tax使用せず。

私は、各種ドキュメントは極力プリントアウトせずに画面上で読んで画面上で処理しネットで送るようにしてまして、プリンタのスイッチも3日に一回くらいしか入れず、本日、2年前に購入したASKULのA4用紙の箱1箱をやっと使い切りましたというペーパーレスっぷりですが、確定申告の紙はプリントアウトして押印して確認して税務署の方に手渡しして目の前でハンコを押してもらうと、なーんか"達成感"があります。

(ではまた。)

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