財政構造改革と預金課税論(再び)

遅ればせながら、小飼弾氏とR30氏が、日本の財政問題についてやりとりしている以下のエントリを拝読して。
404 Blog Not Found:
備忘録-日本政府のB/S2003年度分
素人の、素人による、素人のための経済学
R30::マーケティング社会時評:
マクロ経済って本当に難しい
小飼氏曰く;

まあ、私がそういう心配をするのが大きなお世話なのかも知れない。私自身は家族を含め別に日本でなくとも生きていけるのだし。私よりもずっと日本に対する依存度が高そうなR30さんが心配無用といい、私が要注意というのは滑稽ですらある。

そう言われて私の周囲の人たちを見回してみると、国債残高やキャピタル・フライトに危機感を抱いている度合いは、「日本でなくても生きていけそう度」が高い人ほど高い、という傾向がおもしろいほど当てはまりますね。(R30氏が日本でないと生きていけないという感じもしなかったので、エントリを拝見したときに「お。例外が。」と思ったのですが。)
まったく違う話でのたとえになりますが、ちょっと昔を思い起こして見ると、技術的な知識がある方ほど「linuxのような優れたOSが無料で手に入るんだから、数年後にはWindowsは滅びているはずだ」てなことをおっしゃる傾向があったように思えますが、実際はそうなっていないようなもんでしょうか。物事がよくわかってる方ほど、一般庶民のアホさというか「慣性」というか「stickiness」というかの度合いがピンとこないもんなのかも知れません。
私σ(^-^;)ですか? 私は、(「日本でなくても生きていける度」が低いにもかかわらず)、日本の財政構造には非常に危機感がありまして、以前、こんな文章を週刊エコノミスト誌(2002年2月5日号)に載っけていただきました。(当時大阪大学にいらっしゃった跡田先生のコメント記事もいただけまして。今、どうお考えかはよく存じませんが。)
(これもR30さんに言わせると「マクロ経済をちょこっとかじっただけの素人コンサル」の書いた電波論文でしょうけど、)一言でいうと預金に対する課税論です。
yokin_kazei.jpg
預貯金をリスクマネー(この場合国債も含む)にシフトさせることで、市場経済を発達させるとともに、銀行や企業の財務を不良債権問題の再発を防止する構造へ転換し、かつ、年間十兆円規模の税収を確保して財政再建にも寄与する、というアイデアです。
当時は調整インフレ論なども盛んだったのですが、インフレより預金税の方がステアリングのレスポンスはいいんじゃないかと思ってるんですが。
また、路地裏の商店までのレジやシステムの大規模な変更が必要な消費税に比べて、銀行のシステムをちょこっと修正すればいいだけの預金税の方が、民間の現場に対する痛みも少ないし、「徴税」もはるかに楽なはず。
当時はとにかく景気も悪くてどうしようもなかったのですが、景気がよくなってきた今も、国の財政の課題は強く残っているわけでして。その場合に消費税を上げるよりは、預金に対して課税する方が、いろいろな意味でうまくいく気がします。
本質は「税」なんですが、「増税」というのが抵抗があるなら、「預金者負担の預金保険」とか「高齢化社会目的税」とか、もうちょっとマイルドな味付けにしていただいて。税にすると税率の変更が大変そうなので、預金者負担の預金保険等の名目で、率は日銀なり財務省なりが景気や金利や預金の減少動向を見ながら機動的に変更できる方がいいかも知れないですね。
ちなみに、当時、私の周囲の金融がわかってる方々には、「そんなことやったら海外に資金流出して終わりでしょ」と一蹴されましたが、もうちょっと日本国民の預金の日本の銀行へのstickinessは強いんじゃないかと私は思ってます。海外での資産運用のノウハウが日本国民に蓄積されるのは悪いことじゃないですしね。実際には、海外に資金を移すのも面倒がって、移動する資金の大部分は「預金税」のかからない国債にシフトして終わりだと思いますが。
任期中に消費税を上げないという小泉首相の公約にも違反しませんし。:-)
(ただ、売上税導入に失敗した中曽根内閣と同じになっても私は責任持てませんので悪しからず。)
ご興味のある方は、こちらをご覧ください。
エコノミスト 2002年2月5日号掲載
経済再生を強力に推し進める「構造改革税」の導入を

預貯金に対する課税は、初めて聞くと違和感の強いアイデアであるが、深く考察していくと極めて優れた特質を持っている。預貯金をリスクマネーにシフトさせ、不良債権問題の再発を防止するだけでなく、デフレを退治し、市場経済を発達させ、かつ、年間十兆円規模の税収を確保して財政再建にも寄与する。今後、人口が減少していく成熟国家である日本が二十一世紀の市場経済の中で発展していくために必要な税であると考えられる。・・・・・・

(追記10月1日)
Bewaadさんが本日からトラックバック受付再開、とのことなので、記念にトラックバックさせていただきました。:-)

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議決権制限株式と買収防衛策

商事法務9月25日号に(やっと待望の)「条件決議型ワクチン・プラン」の設計書[中]が載りました。(が、まだちゃんと全部読んでません。)で、その前の号(9月15日号)に載っていた「議決権制限株式を利用した買収防衛策」(葉玉匡美[法務省民事局付検事]氏による)が、非常におもしろかったので、取り上げさせていただきたいと思います。
この論文のアイデアは、一言で言うと、「買収者の議決権を失わせる性質を持った種類株式を使って買収防衛策とする」こと。後述の通り、私は、このアイデアは買収防衛策としては「どうかなー」と思う点がいくつかありますし、葉玉氏ご本人も、これを防衛策として勧めるわけではない、会社法で可能になる選択肢の一つ、という旨のことを論文内で何度もおっしゃっているわけですが、(新)会社法における種類株式の性質を具体例で学べるというところが、何より非常に参考になると思います。
プランの概要
平たく言うと、このプランのポイントは、「株主が有する株式の数が発行済株式総数の一定割合未満(たとえば、二〇%未満)であること」等を、当該株主についての「議決権の行使の条件」として定める、というものです。
ただ、これだけじゃ、20%以上取得した大株主はみんな議決権がなくなってしまって、定款変更の特別決議をできるだけの議決権数を委任状闘争で集めないといけなくなります。(非常に大変。)
論文では、

なお、友好的な買収のときに買収者の議決権の行使を認めたい場合や、買収開始時の株主による株主総会の普通決議により買収者の議決権制限を解除することを認めたい場合には、「議決権行使の条件」を、そのニーズに応じて変更すればよい。

とありますが、普通決議まで弱めても、「いい買収者」が必要な議決権数を委任状闘争で集めるのは(株主構成にもよりますが)、非常に大変そうなので、常識的な線としては、「会社が設置する特別委員会が認めた株主は議決権を行使できる」というような立て付けにしておく必要があるのではないかと思われます。
「種類株発行会社」の読み方
この論文で解説されている「うらわざ」でまず面白いのが、既存の普通株式の性質を前項のように変えるだけではなく、まず、「新規に何らかの種類株式を(株主総会の定款変更決議で)追加する」というところ。
会社法第二条一三号の「種類株式発行会社」の定義は、

剰余金の配当その他の第百八条第一項各号に掲げる事項について内容の異なる二以上の種類の株式を発行する株式会社をいう。

となってますが、この「発行する」というのは、授権株式数の「会社の発行する株式の総数」というのと同じで、「すでに発行した」という意味ではなく、「発行することができる」という意味というわけです。
しかも、議決権行使に制限を加える条項は、「種類株式発行会社」でないとできないことになってます。(「種類株式発行会社」の定義がreferしている会社法108条1項3号に規定してあるので。)
このため、ここでのアイデアは、(使いもしない)ダミーの種類の株式を定款に追加しておく、ということです。つまり、実際には1種類の株式しか発行しないが、2種類目も定款に記載しておくわけですね。
「議決権制限株式」の読み方
もう一つ非常に勉強になるのが、現行商法での議決権制限株式と新会社法におけるそれの、解釈の違いについて。
現行商法でも新会社法でも、議決権に制限のある株式数は、発行済株式総数の2分の1までしか「ダメ」なわけですが、現行商法では「絶対的に」2分の1までしか発行しちゃいけないのに対し、新会社法では、超えたら「必要な措置」をとる努力をすればいいことになってます。

(議決権制限株式の発行数)第百十五条
種類株式発行会社が公開会社である場合において、株主総会において議決権を行使することができる事項について制限のある種類の株式(以下この条において「議決権制限株式」という。)の数が発行済株式の総数の二分の一を超えるに至ったときは、株式会社は、直ちに、議決権制限株式の数を発行済株式の総数の二分の一以下にするための必要な措置をとらなければならない。

論文では、

会社法一一五条は、二分の一超過を絶対的に禁止するのではなく、二分の一超過が生じても議決権制限株式は有効であり(「超えるに至った」という文言は議決権制限株式が有効であることを前提にしている)、かつ、議決権が復活することもないこと(議決権が当然に復活するのならば、会社が「必要な措置をと」る必要はない)を前提に、会社に二分の一超過の状態を解消するための措置をとる義務(中略)を負わせているにすぎない。

ということで、議決権の行使に「条件」がついた株式でも、議決権制限株式にカウントしなくてもいい、とおっしゃってます。会社法108条2項3号でも、「株主総会において議決権を行使することができる事項」を「イ株主総会において議決権を行使することができる事項」と「ロ当該種類の株式につき議決権の行使の条件を定めるときは、その条件議決権行使の条件」にわけているので、前者イについて制限していなければ、(20%超などのトリガー条項が発動した場合を除き)115条でいうところの「議決権制限株式」には該当しない、という説です。(条文をさらっと読んだだけでは、とてもそうはとれませんが。)
トリガーがヒットした場合の「必要な措置」というのが難題で、第三者割り当てで50%以下に薄める、買収者への持ち株売却勧告、定款変更、など非常に大変そうなことが並んでいます。論文では、

業務執行者が、単独で二分の一超過の状態を解消する措置を講ずることは困難であるから、業務執行者が措置義務を履行するための行動をとり続けている限り、結果的に二分の一超過が解消しなくても、任務懈怠にはならない。

とはおっしゃっていただいてますが、どこまで努力すれば許されるのかもよくわからないので、取締役としては買収者がトリガーにヒットしている間は、きっと負い目を感じてしまうでしょうね。「特別委員会が承認した株主は議決権を行使できる」といった条件がついていた場合、特別委員会はこのプレッシャーで買収を認めるほうに傾く、ということもあるんじゃないかと。
買収防衛策として機能するか?
この議決権制限株式を利用した買収防衛策が機能するかどうか、ですが。
葉玉氏は、このスキームについて、
・ 防衛が確実に行える(希薄化を恐れない株主にも有効)
・ 差し止めリスクが非常に小さい
・ 希薄化を発生させないため、課税リスクや、取締役に対する損害賠償リスクがない
・ 買収者に気づかないリスクが小さい
・ 新株予約権と違って、発動時に金銭の払い込みなどの株主への負担が少ない
・ 市場に影響を与えない(株式数の変動や希薄化が発生しない)
等、いろいろメリットをあげておられます。
上記のメリットを一言でいうと、「防衛策が自動的に発動し、希薄化が発生しない」というところだと思いますが、これは同時に最大のデメリットでもあるかと思います。
このスキームでは、買収者は議決権にさえ興味がなければ株を取得できちゃうわけです。希薄化が発生しないので確かに税務上の問題等も無いわけですが、一方で、経済的な損失が買収者に発生しない。一般の買収防衛策が仮想敵として想定しているグリーンメーラーには効果が無いんじゃないでしょうか。
ポイズン・ピルのデメリット(?)
葉玉氏は、

会社の発行可能株式総数は発行済株式総数の四倍以下であることが多いため、そのような場合、ポイズン・ピルは最高でも買収者が取得した株式を四分の一に希釈する効果しかない。とすると、買収者としては、たとえば、第一弾の公開買い付けで、ポイズン・ピルが発動する比率(たとえば、二〇%)を買い付けて、いったんポイズン・ピルを発動させ、その後、第二弾として全株式を買い付け目標とする公開買い付けを行えば、全体としてみれば十数%のプレミアムで全株式を取得することができてしまう。

と、ポイズン・ピル型のデメリットを指摘されてます。実際には100%取得するとは限らないし、これにTOBのプレミアムも乗りますので、それなりのダメージになることも多いと思いますが。
また、買収者の経済的損失は、会社の規模にも関連します。日本技術開発の買収劇の時に、「時価総額が数十億円程度の会社だと、どんな対策をしようがシャレで買収されちゃう可能性もあるなあ」と思いましたが、時価総額が一千億円超くらいになってくると、さすがにシャレで買えるプレイヤーは少なくなってくる。時価総額の大きな公開企業なりファンドなりが買収者ということになると、投資家に対する説明責任も出てきますので、経済的損失が発生するのが見越せたにもかかわらずそれを強行するというのは、他の強固な理由付けが必要になってきます。
防衛策は「経済的損失を与えること」が重要では?
以前も申しましたが、「買収防衛策」という言葉がちょっと問題で、「防衛」というと、とにかくなんでもかんでも防御できればいいというように聞こえてしまうのですが、買収防衛策の意図するところは「会社を守る」ということよりも、本来、「会社をより高く売る」というところでしょう。(「買収交渉策」という言葉の方がより適切な気がするんですが。)
とにかく、買収防衛策は「核」と同じで、実際には使わないのが大原則。その意味でも買収者がダメモトで買い増して行って、(たとえば)20%を超えると自動的に「発動」してしまう策というのは、問題があるかと思います。
つまり、事前に「交渉」をするのが買収防衛策の目的なのに、その交渉ができない。
ニッポン放送の時のことを思い返していただければわかりやすいと思いますが、この防衛策が入っていても、買収者は、とりあえず35%を買ってみることができるわけです。
また、買収者がどんどん買い増しをしていって浮動株が数%というような最終局面に入っていくと、この防衛策が導入されている場合、その数%の株主がキャスティングボートを握ってしまうわけで、それもまた非常に恐ろしいかと。(「数%の中に村○ファンドは入っているのか?」といった思惑で、相場の乱高下もより大きくなるでしょう。)
ピープルソフトVSオラクルのケースを見てみても、ピープルソフトは買収防衛策をうまくチラつかせながら、最終的にオラクルに高い株価で株を売ることに成功したわけです。この場合、ピープルソフトの既存株主には喜んでいただけたわけですが、議決権制限株式による買収防衛策では、既に取得されてしまった株について「もっと金を払ってくれ」とは交渉できないわけです。
−−−
葉玉氏は、買収防衛策導入には合理的な理由も認められるとしながらも、
「あくまでも個人的見解ではあるが、防衛策を導入しない会社に公開会社としての潔さを感じるものである。」
というマインドをお持ちのようです。
私も、(あくまで個人的見解ですが)、買収防衛策を導入する企業は、刀を授かった「武士」とか「核保有国」と同じで、一定の品位が求められるという点には同感。どこぞの国のように、「経営陣の保身」のために核をちらつかせるなんてことはやめていただきたいところです。
ただ、買収防衛策は「武士」の話ではなくて「商人」のお話であり、あくまで「ゼニカネの交渉のためのツール」ですから、株式取得の前に交渉のテーブルについていただけない買収防衛策はまずいんじゃないかと思う次第であります。
−−−
いずれにせよ、この論文は、今までよくわからなかった新会社法での種類株のディープな世界について考えることができて非常に参考になりました。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。
(取り急ぎ。)
追記:
すみません、半期末シーズンで、他の方のブログを拝見する時間があまりなかったんですが、HardWaveさんとtoshiさんがすでにこの論文についてコメントされてました。ご参考まで。
HardWave:
議決権制限プラン
ビジネス法務の部屋:
議決権制限株式を利用した買収防衛策
議決権制限株式による買収防衛プラン(2)
追記2:
既上場の会社が、このプランを導入しようとすると、株券を全部取り替えないといけないかも知れないですね。

新会社法(株券の記載事項)
第二百十六条 株券には、次に掲げる事項及びその番号を記載し、株券発行会社の代表取締役(委員会設置会社にあっては、代表執行役)がこれに署名し、又は記名押印しなければならない。
一 株券発行会社の商号
二 当該株券に係る株式の数
三 譲渡による当該株券に係る株式の取得について株式会社の承認を要することを定めたときは、その旨
四 種類株式発行会社にあっては、当該株券に係る株式の種類及びその内容

これは、既公開会社にはそこそこ重い費用になるかも知れません。
ただ、一方で、これから上場するベンチャー企業などは、(Googleのdual classの例などもありますが)、種類株を使っていろいろ工夫がしやすいと思います。

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SUICAジュース自動販売機と硬貨流通量

本日、東京駅でSUICAでジュースを買える自動販売機を見つけました。
suica_juice.JPG
ジュースの自販機というのは、小銭を使うのがもっともウザッタい局面の一つなので、キャッシュレスになるのは非常にありがたいですね。
(義理的にはEdyを応援しないといけない面も無きにしもあらずですが)、一消費者としては、正直、SUICAの方が使いやすいかあなと思っておりますし、私が実際に使うのも格段にSUICAの方が多い、です。ちなみに、SUICAはクレジットカード付きのやつにしてますので、金額のチャージ自体、キャッシュレスになってます。
「小額決済、電子マネー・クレジット規格乱立——「通貨統合」は先、カギ握るドコモ。」
といった日経流通の記事(9月9日)もありましたが、今のところ、わざわざ電子マネー機能付きの携帯を買う気になるかというと、それほどでもない人が大半かと思います。カメラ付き携帯と同じで、全部に電子マネー機能が付くようになったら使うようになるとは思いますが。
KIOSKでは使えてるのか?
KIOSKは、最近、東京駅周辺ではSUICA利用のためか、レジ打ちするところが増えているんですが、あれは大丈夫なんでしょうか?朝の慌ただしいときに、いちいちレジで打つのもさることながら、入荷と売り上げが単品で把握できてしまうと、棚卸しも理論上単品でできてしまうはずなんですが、どうなんでしょうか?
従来は、売価還元法的なカテゴリー別のざっくりした棚卸しをしていたんではないかと推測しますので、電子マネーのトバッチリでオペレーションがめんどくさくなってるとしたら、ちょっとかわいそうですね。(と、KIOSKのおばさんを心配するやさしい私。)
逆に言えば、KIOSKほど慌ただしい場所でオペレーションがスムースに回るようであれば、自販機はもとより、ほとんどの場所で電子マネーが使えるはずかと思います。
硬貨流通初の減少
9月5日の日本経済新聞の1面「硬貨流通、初の減少、電子マネー普及——7月末枚数、日銀まとめ。」の記事ですが、

日銀によると、百円玉や五十円玉など世の中に出回っている硬貨の流通枚数が七月末、前年同月比〇・〇五%減の九百十五億七千万枚と、初のマイナスに転じた。電子マネーやクレジットカードを利用する人が増えたためで、スーパーやコンビニエンスストアで買い物をするときに硬貨を使わない「コインレス決済」がさらに広がる可能性が大きい。(中略) 七月末の流通枚数が前年同月を下回ったのは五十円玉(前年同月比一・一%減)、十円玉(〇・一%減)、五円玉(一・一%減)の三硬貨。五百円玉や百円玉は〇・八—二・一%増えたものの、全体の流通数は一九七一年一月に調査を始めて以来初めて前年同月を割り込んだ。
 硬貨の流通量を金額ベースでみると、七月末は四兆四千二百四十八億円で、前年同月比〇・七%増と、九二年四月以来の低い伸びにとどまった。

というように、硬貨の流通にも影響を与え始めているようです。
記事によると、スイカの発行枚数は1300万枚、Edyは八月末で1230万枚とのこと。
スーパでは、「大丸ピーコックの青山店(東京・港)では今年四月、買い物客による全支払額のうち、エディが三・六%を占めた。」というような利用状況の模様。
当然、クレジットカードの年間取扱高が03年度の14兆円台から04年度に17兆円に達しているのも効いているようです。
電子マネー固有のセキュリティに問題はあるか?
ただ、同記事を受けた日経の社説「電子マネーの安全策を」(9月9日)は、あまりピンときませんでしたね。
スイカやエディは「簡便な決済手段として需要が高いが、銀行の偽造カードや個人情報流出が増えているだけに利用には注意が必要だ。」とのことですが、磁気カードである銀行カードの偽造と、(おそらくタンパープルーフ性を確保しているであろう)FeliCaの偽造とではリスクのレベルが違いすぎます。
センター側の情報が流出する可能性ももちろんありますが、それは一般的なクレジットカードや銀行からの情報流出と同じ話であって、電子マネーだから特にどう、ということはないかと思いますし。
また、「使用履歴は誰でも読み取れるため注意が必要である。」というところは電子マネー固有のお話で、確かに、FeliCaのリーダーがあれば履歴を読み取れます。
ただし、これも「レシートごとサイフを落とすリスクと同じ程度」のリスクですよね。
Edyの履歴はよく見てませんが、SUICAの方は乗車区間については細かく表示されるんですが、駅構内で買い物をしても、確か、商品名どころか店名すら記録されていなかったと記憶しています。電子マネーは、乗車以外は、そのデータを使って経費精算するようなニーズはあまりないような利用が中心になる気もしますので、それ以上細かい明細を電子的に記録してほしいというようなニーズも特にないですね。
あまり、一般的にも、落としたり盗まれたりしてカードの中の記録を見られてどうこうというデータでは無い気がします。
いまだに小銭を使う局面って?
私も、今、小銭を使う局面を考えてみると、ジュースの自販機の他、コンビニ、タクシーくらいでしょうか。
高速道路はもちろんかなり前からETCにしておりますし、ガソリンスタンドはSpeedPass 、スターバックスではスタバのカード、総合スーパーでもクレジットカードで買いますし、野菜は宅配で口座引き落とし、本などはもちろんネットでクレジットカードで購入するので、硬貨だけでなく、紙幣を使うケースもかなり減ってきてます。
コンビニでも以前、クレジットカードで買い物を何回かしてみたことがあるんですが、さすがに1000円くらいの買い物でクレジットカードを使うというのもためらわれますよね。
タクシーも「クレジットでもお気軽にどうぞ」とか書いてあっても、さすがに1000円程度でクレジットを出すのも気が引けます。
いえ、「セキュリティが心配」等の理由というわけではなくて、クレジットだとCAFIS?等での問い合わせで「通信」が入るわけで、後ろに客が並んでるコンビニのレジとか、タクシーの中で運ちゃんと2人切りの空間とかだと、その「間」がイヤじゃないですか?
これらも、SUICAとかEdyだったら、「ピッ」で一瞬ですので、OKかと。
また、総合スーパーくらいレジがたくさんあれば、クレジットの「間」があっても、後ろからのプレッシャーは無視できます。レジ3台くらいの食品スーパーだとちょっとためらうかも・・・。
最近ホント、たまに使う小銭がうっとうしいです。
郵便局もがんばってくれ
諸会費とか書籍って、郵便振替で振り込まさせられるケースが多いのですが、本日郵便局で「郵便振替って銀行のようにネットで振り込みってできないの?」と聞いたところ、「できるんですが、窓口よりも手数料が高くなります」てなネボケたことを言ってました。
銀行のネット振り込みは窓口より安いのが常識。はやく、「民間並み」にしていただきたいところ、であります。
(ではまた)
以前のご参考記事:
SUICAは「電子マネー」の本命になるか

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本石町日記さん、カミングアウト

日銀をはじめとする金融関係の(匿名)ブロガーだった「本石町日記」さんが、実名でブログを開始されました。
http://kinyu.blog-jiji.com/0001/
時事通信の編集委員でいらっしゃったんですね。
まだ「アルファバージョン(試作の早期段階)」とのことなので、取り上げさせていただいてよかったのかどうかわかりませんが、今後ともよろしくお願いいたします。
(では。)

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電車男と音楽ダウンロードビジネス

明日(22日木曜日)はいよいよ、フジテレビ(系)でやっている「電車男」の最終回。
densha_fujitv.jpg
梅田さんのブログでご紹介いただいて「ネット版」を読んでから、「本」も「映画版」も見ていなかったんですが、うちの奥さんが大ウケでテレビを見ているのを途中から見始めまして。(予想に反して、これが非常ーにおもしろい。)
オープニングのゴンゾさん制作のアニメとともに流れる主題曲、ELO(Electric Light Orchestra)の「twilight」は、40歳以上のおじさん(&お姉さま)には非常に懐かしい曲じゃないかと思います。
(が、すでに、この曲を聴くと「昔を思い出す」というよりは、電車男の「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!! 」ってなシーンが思い浮かんでしまうようになっちゃってるんですが。)
早速、iTunesでゲットだー、と思って探してみたら・・・無い。(アメリカのiTunesにはあるのに。)
ソニーのここ(視聴可)では買えるようですが、「iPodやWMA対応機器などの、OpenMGに対応していない機器ではご利用頂けません。」てなことになってます。
そうなると、かえって無性に聞きたくなるもので、仕方なくレンタルビデオ屋で借りてきました。
おそらく、レンタルビデオ屋で借りる人が増えてもレコード会社の収入が増える契約にはなってないでしょうから、その分、レコード会社としては損したことになるはずです。
フジテレビ側の皮算用
もし、フジテレビの電車男のホームページにiTunesを含むあらゆる形式でダウンロード可能なリンクが張ってあったら、200万ダウンロードくらいは行ったんじゃないですかね?
150円×200万として3億円。フジテレビにキャンペーン協力費として10%入るとして、3000万円。ワンクールのドラマの制作費の足しとしては、そこそこの金額にはなったんじゃないでしょうか。
今後、音楽ダウンロードする層がより増えていくと、テレビ(局のホームページ)と音楽ダウンロードビジネスの相乗効果というのは、「ネットとテレビの融合」上、重要な柱になっていきそうです。
ソニー側の皮算用
一方、ソニーの目算としては、「電車男」に乗じて、ELOのベスト盤(2,520円也)を10万枚売った方が得、と考えるかもしれないですね。
ターゲット層が40代以上のおじさんだとすると、購買力はそこそこあるので、レンタルビデオ屋なんかには走らずに買っちゃうんじゃないか、という目算も働いたかも。(残念ながら、私はレンタルビデオ屋で借りましたが。)
流通に卸す値段が5掛けとしても、1,260円×10万枚で1.2億円。
以上のような目算だとすると、今のところまだ、ネットで売ろうがパッケージで売ろうが、どっちでもいいや、って感じかもしれませんが、そろそろ、ネットでどう売っていくかということについてよく考えないといけない時期に差しかかっているかも知れませんね。
(ではまた。)

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BORDER

冷凍マンモスにはあまり興味がないのですが、愛・地球博でぜひ見てみたい(みたかった)のが、ミスチルの曲のメッセージビデオが上映される国際赤十字・赤新月館。(と思ってたら、もう地球博も終わっちゃいますが・・・)。
こちらのホームページ(http://cupnoodle.jp/)では、同じくミスチルの曲に乗せて、今テレビで流れている日清カップヌードルのCM(イランで撮影したという、子供たちの「笑顔編」)が見られます。
このCMの最後に、
「日本で発売されている商品は、ハラール食品ではありません。」
という注が出てくるんですが、制作ノートを見ると、

・今回の撮影は、「イラン・イスラム共和国」にて実施しました。
・実際には、イランにおいてカップヌードルは発売されておりません。
・他のイスラム教圏の国々(インドネシア他)で発売されているカップヌードルは、同教で禁止されている豚肉(またはそのエキスなど)が入らない「ハラール食品」です。
・日本国内で発売されているカップヌードルは「ハラール食品」ではありません。
・また、撮影に当たって登場する子供たち(およびその保護者・学校関係者)には、このことを理解した上で撮影にご協力頂きました。

とのこと。
以前、NHKの在日イスラム教徒の特集で、スーパーで買い物をしているイスラム教徒の男性が、
「ハムは悪魔の食い物だ。見るだけでおぞましい気持ちになる・・・。」
とコメントしてました。おかげさまでそれ以来、トンコツラーメンを食うたびに、「悪魔の食い物を食ってるんだなあ」とリマインドさせられます。(確かに、悪魔のように甘美な誘惑が・・・。)
制作ノートに「このことを理解した上で撮影にご協力頂きました」と書いてありますが、「豚肉を使った製品が売り上げの大半ですが、よろしいですか?」とは聞かんでしょうから、何て説明したんでしょうか。
「イスラム教が主流でない地域ではハラールでない製品も販売してますが」くらいかしらん?
そもそも女性までカメラに顔を出して写ってますので、そんなに戒律の厳しい地域ではないのかもしれませんね。
(ではまた。)

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会計士がダークサイドに墜ちるのを防ぐには?

ちょうど昨日、クリステンセンファンのうちの奥さんの要望で、「ニュースの天才」(原題:Shattered Glass)
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を、ビデオで見ました。
スターウォーズ エピソードII、IIIでアナキンを演じたヘイデン・クリステンセン演じる若手人気記者が、大統領専用機Air Force Oneにも置かれている権威ある雑誌「The New Republic」で、ねつ造記事を書いてしまうお話。(クリステンセンくんは、ここでもやはり、「ダークサイド」に墜ちていく役なわけです。)
これ、マスコミの話ではありますが、昨日書いた監査法人のお話と似てます。つまり、やはり「信用」が重要なビジネスであり、チェック機能も存在したのに、それが機能しなかった・・・。違いは、同じ米国でありながら、アーサーアンダーセンは崩壊したのに、この出版社は残った、ということでしょうか。
なぜそうした違いが生じたのか、というのは興味深いのですが、なぜでしょうね?やはり、一般人から見えるアウトプットが監査報告書1枚(または純粋な意味での「信用」)だけでなく、いろんな有用な情報を提供している、より「アモルファス」な構造だから、というあたりが理由でしょうか?
ダークサイドに墜ちることは防げるのか?
zooeyさんからコメントいただきました。

フツーの商売をしている者として、昔から不思議でした。監査法人はクライアントからお金をもらっていて、クライアントの不利益になるような監査報告書が書けるものだろうか、と。
当該会社の株主がお金を出し合って、より厳しくチェックしてくれる監査法人に委託するようなシステムはできないものでしょうか。

この部分については誤解を受けやすいので補足させていただきますが、昨日、「報酬とペイオフ曲線」の項で書きましたとおり、日本の現状は、「もらえるお金はちょっとで、損失は底なし沼」だと考えられるので、むしろ、わずかなお金のために大きな危険を冒してクライアントの粉飾を手伝う気持ちが沸くほうが不思議ですし、もちろん、ほとんどすべての会計士さんたちは、そんなことは夢にも考えないはずです。
私が昨日のエントリで申し上げたかった主旨は、「ほとんどの会計士はそういう悪いことを考えないはずなのに、一人罪を犯す人が現れるだけで監査法人全体が崩壊する構造というのは、いったいどういうことなのか?」ということです。
世界で何万人の会計士がいる法人であれば、必ず、「ダークサイド」に墜ちるやつは出てくるわけで、こうした不正が起きることは、確率を低くすることはできてもゼロにすることはできないはず。
「悪いやつは必ず出てくるもの」で、かつ「そうした悪いやつが一人出てくるだけで組織全体が崩壊する」とすれば、大手の監査法人というのは、いつか必然的に崩壊する存在である、ということになっちゃいますし、そうした「インフラ」に依存する社会というのも、極めて危険ですね。(米国の法人で1社について不正があるわけで、日本の[法律上はまったく別の]法人まで崩壊しちゃうわけですから。)
もっと、刺激的な言葉で言えば、「ロシアンルーレット」をやってるようなもんで、これを続けていけばいつか必ず死ぬ、ということになっちゃいます。
企業側としてできること
粉飾事件が発生すると、必ず「会計士、何やってたんだ!」という話になるわけですが、財務諸表の適正性を保つ一義的責任は、もちろん監査される企業自身の方にあるわけです。
では、企業側としては何ができるのか。
まず、かなりの公開企業では、実質的に監査法人を決定しているのは経理部門だったりするんじゃないでしょうか。まさに、監査されるその人自身が監査法人を決めてるわけで。社長なんかも、「わしゃ会計のことはよくわからんから、おまえらでテキトーに決めといてくれ」みたいな。(統制リスクに対する代表者の責任は、最近、非常に重くなってるんですけど・・・・ご存じない方も多いんでしょうね。)
まずは、ここから是正していかないとあかんのではないでしょうか。
zooeyさんご提案の、株主が直接監査法人にお金を支払う仕組みというのは難しいと思いますが、株主の利害を代表する立場として、「社外取締役」や「社外監査役」というもんも存在するわけです。商法上、監査役会や監査委員会には会計監査人を選任する強い権限があるわけですから、経理部門などが実質的に監査法人を決めてそれを追認するだけじゃなくて、社外役員中心の監査役会や監査委員会が実質的に主導して監査法人(やその予算)を決める体制とすれば、監査法人も「会計の現場」や「社長」ではなく、もっと監査役会や監査委員会、ひいては株主の方を向いて仕事をしてくれるんじゃないでしょうか。
もちろん、社外取締役や社外監査役自体が、あまり企業からの独立性が無い人だったらアウトなわけですが、どういう社外役員を選んでいるかは、監査法人のパートナーがどういう人か、ということよりは、もうちょっと株主にもわかりやすい(わかりやすくできる)はず。
投資家のみなさまにも、そのへんをぜひ御注目いただきたいところです。
(ではまた。)

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監査法人をインフラとする社会

「さんくす」さんよりコメントいただきました。

会計士逮捕についてもコメントお願いします。一応会計士の方なので、パソコン壊れたというお話もいいんですが、業界の事件についてはご意見伺いたいですね。

今週は、大きめの(中間)クロージングが一発とパソコン環境のリカバリで終わってしまいましたが、それでは、ご要望にお答えいたしまして、「一応会計士」の不肖私めが、感じたことを書かせていただきます。
ただ、カネボウの件について逮捕された会計士個別の話となると、「悪い!」の一言で終わってしまいますし、今後どうすればいいかについても、ローテーション制や監督機関の権限の強化、教育や審査体制の拡充、といったすでに取り組まれている話で終わってしまいますので、本日はちょっと角度を変えて、より「マクロ的」「構造的」な視点からの話をば。
事後チェック型社会と監査
言うまでもなく、「事前規制型の社会」から「事後チェック型の社会」に移行する場合、「監査」という機能は必要不可欠なわけです。
明治以降、高度成長期までのような、単純で方向性が明らかな社会においては、一部の官僚等が大きな方向性を示すことが有効だったわけですが、これだけ社会が複雑化してくると、「入り口」での規制は無理になってくるわけで、「走ってる途中でのチェック」が重要になってきます。
郵政民営化も(機能するかどうかはさておき)この流れの上に乗るものでしょうし、会社法で最低資本金がなくなるのもそうかと思います。商法の学説でどう理解されているかはよく存じませんが、「資本充実の原則」も基本的には「入り口規制的な考え方」であって、「資本の額」を会社の安全性のインディケーターとして機能させようとする発想に基づくもんじゃないかと想像します。つまり「資本金のデカい会社=安心」という。
最初にいくら資本金があっても、実際走ってみてダメな会社はダメなわけで、重要なのは「パフォーマンス」のはず。企業のパフォーマンスが正しく開示されれば、「資本の額の正しさ」というのは、そのチェック機能の一要素として包含される話になるはずです。
「走ってる途中でのチェック」は何も会計監査だけでなく、取締役(会)や監査役(会)によるチェック機能や、社外取締役の導入とか内部統制をどうするか、等の問題もあるわけですが、そうした機能の中でもやはり、企業のパフォーマンスを直接示す「会計」についての監査は極めて重要です。
ところが、こうした監査法人のビジネスモデルは、他の商売と違って、非常に変わったところがいくつかあるわけです。
法律も認める?情報の非対称性
現行商法では、大会社の監査役会は会計の監査について、会計監査人(監査法人または公認会計士)の監査方法または結果の「相当」性だけを見ればいいことになってます。「相当」というのは、積極的に「よくやった!」というよりは、「ま、いいんじゃないの?」という、ちょっと引いた感じですね。つまりは、現行商法も、会計に関する専門家と一般投資家の間だけでなく監査役との間にも、かなり「情報の非対称性」が存在する、というスタンスではないかと思います。
つまり、商法は、「監査役さん、あなた会計の細かいとこわかります?わからないですよね?じゃ、会計のことは会計士にまかせて、あなたは「相当」かどうかだけ判断していただければ結構ですから」という、ちょっぴり失礼というか、やさしいというか、というスタンスに立っているのではないかということです。
誰のために働くか
そもそも監査法人は、本来的な制度の趣旨としては株主という「principal」のために働いている「agent」であるはずですが、実際にお金をもらうのは会社(被監査対象)から、になるわけです。普通のビジネスでは、「principal」と「お金をくれる人」は一致するのが普通。同じ専門家でも弁護士さんは(やはり情報の非対称性はあるけれど)クライアントのために働いてクライアントからお金をもらうわけです。しかし、会計監査ではそこが食い違ってるわけですね。
医者という職業も、健康保険の存在があるので、そこが(若干)食い違ってはいます。ただ、医療の場合、主として「公」からお金をもらって「私」にサービスしているのに対して、会計監査の場合には、「私」からお金をもらって「公」のために働いているわけです。
おまけに、医者でも弁護士でも「結果」を出せばお客が喜んでくれるわけですが、会計監査の場合、お客が喜んでくれるのは、よほどいい指導をした場合など限られた場合でしょう。(でなければ、それこそ粉飾を大目に見てあげた時などになっちゃう。)ということで、制度の趣旨に反するモラルの危機が(「外形的に」)常に存在するわけです。
報酬とペイオフ曲線
さらに、報酬にアップサイドがないのにダウンサイドが大きい、というところも特徴かと思います。
(つまり、「オプションの売り」と同じペイオフ曲線。)
(特に日本では)、監査報酬というのは最初から決まっていて、いくらよく監査をしてもそれが上限であり、一方、監査がヘボくて会社や第三者に損害を与えた場合には、損害賠償義務が発生するわけです。しかもパートナーは無限責任。つい一昨年くらいまでは、監査法人全体で無限責任でしたが、さすがに最近は案件を担当したパートナーだけ無限責任を負えばいいことに(法律上は)なりましたが。
報酬チャージの方式
先日、某監査法人の代表パートナーと話をしていて、
「なんでアメリカでは一社何千万ドル(何十億円)といった監査報酬が取れるんですかね?監査に対する必要性が社会的に広く認識されているからかしらん?」
という疑問をぶつけたところ、
「いや、アメリカは作業した時間分だけフルチャージできるからですよ。」
とのこと。
つい十年前くらいまでは、日本の大手都銀の年間の監査報酬が数千万円程度だった、というような話を聞くと、どう考えても人件費的に不良債権なんか見つけられるわけもないわけで。orz
被監査会社は(外形的には)監査はテキトーにやってくれたほうがいいはずなわけで、株主と(外形的な)利益相反があるわけです。そういう会社から高い報酬を引き出すにはどうしたらいいんでしょうか。アメリカではなぜフルチャージできるのか不思議ですね。実際、「価格カルテル」が存在したのか、それともやはり「訴訟」でそうなっていったのか。
「情報の非対称性」が存在する中でフルチャージを許すと、逆に今度は被監査会社側がエラい目に遭うので難しいところなわけですが、商法で監査役に強い費用請求権が認められていることを考えても、リスクに応じて監査人の裁量で作業量を増やせないというのは、監査する側にとっては非常に危険であります。
規模と収益構造
次に、こうした会計領域に関わる専門職は、マーケットが「U字カーブ型」の収益構造になると考えられます。つまり、大監査法人とブティックの収益性はいいが、真ん中はキビしくなる傾向があると考えられます。
一定以上の規模がないと、教育やチェックのための体制を維持するのが難しいし、いい人材を採るのも難しくなる。
となると、「少なくとも経済的には」規模を拡大することが合理的になるわけです。(が。)
「信用」がいかに形成されるか?
一般の人から見えるアウトプットが、「監査報告書」という紙切れ一枚である、というところもポイントかと思います。しかも、書いてある内容はほとんど100%いっしょで、違いは、監査法人(公認会計士)の名前だけ。
もちろん、その背後には、調書を作ったり何なりといった膨大な量の作業が存在するわけですが、それはあまり外からは見えないわけですね。
結果として非常に恐ろしいのは、この「ブランド」による信用形成が一瞬に崩壊しかねないところです。
例えば、銀行業で考えてみると、確かに個別の大口貸出先への債権回収が焦げ付いたら損はするものの、銀行への信用が一気に崩壊するかというと、意外にそうでもないんですよね。
ところが、エンロン事件ではアーサー・アンダーセンの全世界の組織が一気に崩壊しちゃったわけです。実際に、アーサー・アンダーセンの会計士数万人のかなりの人が「粉飾大好き」だったかというと、おそらく全く逆で、そういう「悪いこと」をする人はごく一部の人であったはず。
ところが、監査報告書1枚しか外部に公開されないと「監査の品質」というものは外部には全くわからないから、残るは「ブランド」による(実態とリンクしない)「信用」が形成されていくだけなわけですね。
つまり、そういう信用崩壊のリスクは、「大数の法則」で全くカバーされていなかったわけです。
・・・と考えると
監査法人が世界的に再編して、より少数の寡占状態になっていくのは、「U字カーブ型」マーケットやペイオフ曲線(少なくとも「経済的」には「大数の法則」が必要)からして、「必然」であるわけですが、一方、それは、「卵をより少ないカゴに大盛りにする」方向でもあるわけです。
世界全体が「事後チェック型の社会」へ変わっていく中で、その重要なインフラの一つである監査法人の構造がそういうことになっているというのは、すごくコワくないですか?
世界で「2大監査法人」くらいまで再編が進めば(苦笑)、さすがに他に選択肢が無くなるので、そこで再編が打ち止めになって、ちょっとやそっとの事件ではビクともしなくなるのではないかという「楽観的」な見方もできるかもしれませんが。
(本日はこのへんで)

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水冷パソコンがやってきた

立て続けにパソコンが壊れたという話をお伝えしましたが、一発目のパソコンが壊れたとき、(こんなこともあろうかと)、NECさんの水冷パソコンをネットで見つけて衝動買いしてしまったんですが、それが発売日の今日(15日)、さっそく届きました。
いやー、今まで使ってた某外資系激安パソコン(17インチモニタ付で7万円台)とは違って、静かでんなー。
おまけに、パソコンなのにハードディスクが「RAID5」ですと。
ハードディスク150GBを3台ぜいたくに使って、Intel 82801GR/GH というRAIDコントローラーが、データを3つのディスクに分散して書き込んで、その分、ディスククラッシュ等に強くなっております。
RAID=「Redundant Arrays of Inexpensive Disks」ってくらいで、ディスクが安くなったからこそできる業ですな。
(コンピュータ用語なのに、「inexpensive」という経済的な概念が入ってるところが、変わってますよね。)
以下、じじいのむかし話
私が社会人になったころ(1984年)には、メモリは640KBもなかったかも。(20年で3万倍。)ハードディスクなんてもんはパソコンには付いてませんで 8インチのフロッピードライブしかなかったので、外部記憶はざっと10万倍の桁になったということでしょうか。
CPUに至っては、もろにムーアの法則、という感じ。
ただ、仕事の中身が20年でどれだけ進化したか、というと、どうでっしゃろな?という感じではあります。
たとえば、あるプロジェクトの将来キャッシュフローを計算するとして。
1984年当時は、N88Basicで全部数式を組んでプログラムを書いてたわけです。データなんか「カンマ区切り」でプログラムの中に打ち込む(笑)わけですし、罫線横棒は「—-」、縦棒は「|」で、線の交点は「+」をprint文でプリントしたりして。
それが、今じゃ新人さんも、Excelで先輩が作ったワークシートをチョチョっと直すだけでいいわけですから、楽チンですな。
もっと驚くのは、社会人になった当時、部長クラスのおじさん(元銀行員)が、
「いやー、なつかしいねえー。僕なんかそれ、ソロバンでやってたんだよー。最近は便利になったねえー。
昔は一箇所間違うと、金利なんかが全部違ってきちゃうんで、はじめっからやりなおししたりねー。」
とおっしゃってたこと。
そう、パソコンの性能が10万倍になっても、やることはあんまり変わってなかったりするわけですね。もちろん、作業にかける時間は数分の1になってるでしょうけど、それより、20年前(30年前)には、一部の特殊なトレーニングを受けた人しかできなかったことが、「あほでもできる」ようになったところが大きいかも知れません。
(すくなくとも私は、ソロバンでキャッシュフローのprojectionをしろ、と言われても、ちょっとできませんです・・・。はい。)
ではまた。

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大和言葉で「コンピュータ」を何と呼ぶか

昨日のエントリに、ろじゃあさんからコメントいただきました。

磯崎さんへ
パソコンの件、ご愁傷様です。
2台続けてというのは相当運が悪い。
御祓いです、御祓い。

(まじで考えました。それ。[苦笑])
私のパソコンはさておき、システムは巨大になればなるほど人智ごときではどうしようもない部分が出てきますので、大手銀行のメインフレームのコンピュータなどには、必ず神社のお札が張ってあるんじゃないかと思います。
(欧米の会社のサーバーに、キリスト像やコーランが張ってある様子はあまり思い浮かばないですね。そんなもんを付けなくても、「当然」、すべてのものは神に見守られていると考えてらっしゃるんじゃないかと想像いたしますが。)
以前、ある会社で、神社の神主さんに来てもらってシステムのお祓いをするのに立ち合わせてもらう機会があったんですが、日本の神様に英語は通じるのか、「コンピュータシステム」というのは何とお伝えするのか、と思って祝詞(のりと)を聞いていたら、神主さんは、
「からくり」
と呼んでらっしゃったように聞こえました。
からくり。なるほど。
ちなみに、その会社では、お祓い後は、システム障害の発生率はグッと下がったようです。
ご利益もさることながら、頭を垂れてその上でバサっバサっとやってもらうと、精神的な面でもシステム担当者に「気合」が入るという効果がある・・・のかも知れないですね。
(ではまた。)

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