KNNの神田さんが、「セグウェイ返してください!」キャンペーンをやっておられます。
内容そのものについてのコメントは差し控えさせていただきますが、このページでは、起訴状や略式命令の通知書など、普段あまり目にすることのないものが掲載されてますので、これをもとに刑事訴訟法等のお勉強をさせていただきたいと思います。
(注:本稿は法令知識等の整理を目的とするものですが、私はセグウェイの技術や仕様についてはあまり良く存じませんし、本稿は事件の是非に対する私の判断を示すものではありません。本稿での条文等の引用にはそれなりの注意をしましたが、その内容を保証するものではありません。以下は法律相談に該当するものではなく、また、セグウェイでの公道上の走行その他の違法行為を推奨するものでもありません。)
開示されている書類
神田さんは、以下の書類を開示されています。
押収品目録交付書(平成15年8月22日、警視庁交通部交通捜査課司法警察員)
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押収品目録交付書(平成15年8月24日、警視庁原宿警察署司法警察員)
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起訴状(平成16年3月17日、東京区検察庁→東京簡易裁判所)
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略式命令(平成16年4月8日、東京簡易裁判所)
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押収品目録交付書
まず、押収品目録交付書には、上部に「様式第35号、刑事訴訟法第222条、第120条、規則96条」と、根拠条文が書かれています。
刑事訴訟法
第二百二十二条(準用規定等)
第九十九条、第百条、第百二条乃至第百五条、第百十条乃至第百十二条、第百十四条、第百十五条及び第百十八条乃至第百二十四条の規定(第9章「押収および捜索」)は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条(令状による差押え)、第二百二十条及び前条の規定によつてする押収又は捜索について、第百十条(令状の提示)、第百十二条、第百十四条、第百十八条、第百二十九条、第百三十一条及び第百三十七条乃至第百四十条の規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条又は第二百二十条の規定によつてする検証についてこれを準用する。但し、司法巡査は、第百二十二条乃至第百二十四条に規定する処分をすることができない。
(以下略)
つまり、令状を提示して押収が行われた、ということですね。
第百二十条 押収をした場合には、その目録を作り、所有者、所持者若しくは保管者又はこれらの者に代るべき者に、これを交付しなければならない。
刑事訴訟規則(最高裁判所規則第32号)
(捜索証明書、押収品目録の作成者・法第百十九条等)
第九十六条 法第百十九条又は第百二十条の証明書又は目録は、捜索又は差押が令状の執行によつて行われた場合には、その執行をした者がこれを作つて交付しなければならない。
ということで、押収した警察の方の名前が記入されてます。
司法警察職員という言葉が出てきますが、何をされる方かというのは以下のとおり。
(一般司法警察職員の捜査権)
第百八十九条 警察官は、それぞれ、他の法律又は国家公安委員会若しくは都道府県公安委員会の定めるところにより、司法警察職員として職務を行う。
2 司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。
神田さんが主張されている肝心の押収物件を返してもらえるかどうか、ですが、
(押収物の還付・仮還付)
第百二十三条 押収物で留置の必要がないものは、被告事件の終結を待たないで、決定でこれを還付しなければならない。
2 押収物は、所有者、所持者、保管者又は差出人の請求により、決定で仮にこれを還付することができる。
3 前二項の決定をするについては、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴かなければならない。
とあるので、「留置の必要があるのだ」という合理的説明をされると、基本は事件の終結まで留置される可能性があるということかと思いますが、終結前でも返してもらえた可能性もあるようです。
裁判所は、すでに確定した被告事件に関する押収物についてはもはや何らの処分をすることもできないもので、裁判所に対し右事件に関する押収物の還付を請求することは許されない。
(最高裁決定昭和26年1月19日刑集5-1-58)
というような例もあるので、事件が終わると裁判所をつつくのもムダということになっちゃうようです。刑事訴訟法のその辺を見渡しても、上記の「終結前でも要らなくなったら返せ」という規程以外には「事件が終わったら早よ返せ」という規定が見当たらないんですが、実務ではどうなってるんでしょうね?
(このへんに慣れた弁護士さんに頼めば、一発で解決する気もしますが・・・。)
起訴状に記載されていることについて
起訴状には、
「下記被告事件につき公訴を提起し、略式命令を請求する。」
とあります。
この根拠となる刑事訴訟法第六編「略式手続」の条文を順に見ていくと、
第四百六十一条
簡易裁判所は、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前、略式命令で、五十万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には、刑の執行猶予をし、没収を科し、その他付随の処分をすることができる。
第四百六十一条の二
検察官は、略式命令の請求に際し、被疑者に対し、あらかじめ、略式手続を理解させるために必要な事項を説明し、通常の規定に従い審判を受けることができる旨を告げた上、略式手続によることについて異議がないかどうかを確めなければならない。
2 被疑者は、略式手続によることについて異議がないときは、書面でその旨を明らかにしなければならない。
ということで、検察は神田さんに対して、「略式手続きとは何か」とか「略式でいいか」ということについて必要な事項を説明したはずなのですが、神田さんは、「セグウェイを道路で走っただけで、日本では、罰金50万円という結果が4月8日の新聞社からの取材で知りました。」とあるので、略式手続きに従うと最高50万円の罰金を科せられることがあるよ、ということをちゃんと知らされてなかったということでしょうか?
第四百六十二条
略式命令の請求は、公訴の提起と同時に、書面でこれをしなければならない。
2 前項の書面には、前条第二項の書面を添附しなければならない。
ということで、前述の起訴状が検察から簡易裁判所に提出され、それには、神田さんが「略式手続きでやっていただいて異議ありません」ということを明らかにした書面が添付されていたということになります。
第四百六十五条
略式命令を受けた者又は検察官は、その告知を受けた日から十四日以内に正式裁判の請求をすることができる。
2 正式裁判の請求は、略式命令をした裁判所に、書面でこれをしなければならない。正式裁判の請求があつたときは、裁判所は、速やかにその旨を検察官又は略式命令を受けた者に通知しなければならない。
とあるので、正式裁判も受けられたわけですが、神田さんは「国家権力を相手に法的に戦うのでは時間も費用ももったいないので」と書いてらっしゃるので、その道は選択されずに、刑の確定を選ばれた、ということかと思います。
略式命令に記載されていることについて
第四百六十四条
略式命令には、罪となるべき事実、適用した法令、科すべき刑及び附随の処分並びに略式命令の告知があつた日から十四日以内に正式裁判の請求をすることができる旨を示さなければならない。
略式命令を読んでいただくと、ちゃんと示されてますね。
「罪となるべき事実」は、起訴状の内容がそのままreferされています。
適用した法令は、以下のとおり。
起訴状をreferしている部分。
道路交通法
第百十九条
次の各号のいずれかに該当する者は、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。
(中略)
五 第六十二条(整備不良車両の運転の禁止)の規定に違反して車両等(軽車両を除く。)を運転させ、又は運転した者
(整備不良車両の運転の禁止)
第六十二条
車両等の使用者その他車両等の装置の整備について責任を有する者又は運転者は、その装置が道路運送車両法第三章 若しくはこれに基づく命令の規定(道路運送車両法 の規定が適用されない自衛隊の使用する自動車については、自衛隊法 (昭和二十九年法律第百六十五号)第百十四条第二項 の規定による防衛庁長官の定め。以下同じ。)又は軌道法第十四条 若しくはこれに基づく命令の規定に定めるところに適合しないため交通の危険を生じさせ、又は他人に迷惑を及ぼすおそれがある車両等(次条第一項において「整備不良車両」という。)を運転させ、又は運転してはならない。
(罰則 第百十九条第一項第五号、同条第二項、第百二十条第一項第八号の二、同条第二項、第百二十三条)
道路運送車両法
(原動機付自転車の構造及び装置)
第四十四条 原動機付自転車は、次に掲げる事項について、国土交通省令で定める保安上又は公害防止その他の環境保全上の技術基準に適合するものでなければ、運行の用に供してはならない。
(略)
三 制動装置
(略)
六 前照灯、番号灯、尾灯、制動灯及び後部反射器
七 警音器
(略)
十 後写鏡
(以下略)
道路運送車両の保安基準
(省略。上記の制動装置、前照灯などの詳細な定義が書かれています。)
セグウエイが上記の道路運送車両法に違反しているのは明らかかと思いますが、神田さんがおっしゃる「5km程度でトロトロ走ったセグウェイ」というのが、「規定に定めるところに適合しないため交通の危険を生じさせ、又は他人に迷惑を及ぼすおそれがある車両等」に該当するのかどうかというと・・・、セグウエイに実際乗ったこともないし、よくわかりません。
道路運送車両法
第二条(定義)
3 この法律で「原動機付自転車」とは、国土交通省令で定める総排気量又は定格出力を有する原動機により陸上を移動させることを目的として製作した用具で軌条若しくは架線を用いないもの又はこれにより牽引して陸上を移動させることを目的として製作した用具をいう。
道路運送車両法施行規則
(原動機付自転車の範囲及び種別)
第一条 道路運送車両法 (昭和二十六年法律第百八十五号。以下「法」という。)第二条第三項 の総排気量又は定格出力は、左のとおりとする。
一 内燃機関を原動機とするものであつて、二輪を有するもの(側車付のものを除く。)にあつては、その総排気量は〇・一二五リツトル以下、その他のものにあつては〇・〇五〇リツトル以下
二 内燃機関以外のものを原動機とするものであつて、二輪を有するもの(側車付のものを除く。)にあつては、その定格出力は一・〇〇キロワツト以下、その他のものにあつては〇・六〇キロワツト以下
適用除外が無いので、法律の規定では、どんなに弱くても動力が付いている乗り物は原則として少なくとも原付には該当してしまうようですね。
しかも、セグウエイはエンジンはないものの、カタログを見ると出力が1.5kwと、上記で定める1.00kw以上あるようなので、そもそも起訴状にある「原動機付自転車」に該当するんでしょうか?。(道路運送車両法施行規則別表第一の二輪自動車に該当するのでは?)
自動車損害賠償保障法
第八十六条の三
次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第五条の規定に違反した者
(以下略)
(責任保険又は責任共済の契約の締結強制)
第五条 自動車は、これについてこの法律で定める自動車損害賠償責任保険(以下「責任保険」という。)又は自動車損害賠償責任共済(以下「責任共済」という。)の契約が締結されているものでなければ、運行の用に供してはならない。
「自動車」とありますが、定義を見ると、
第二条(定義)
この法律で「自動車」とは、道路運送車両法 (昭和二十六年法律第百八十五号)第二条第二項 に規定する自動車(農耕作業の用に供することを目的として製作した小型特殊自動車を除く。)及び同条第三項 に規定する原動機付自転車をいう。
2 この法律で「運行」とは、人又は物を運送するとしないとにかかわらず、自動車を当該装置の用い方に従い用いることをいう。
ということで、自動車損害賠償保障法上の「自動車」には原動機付自転車や自動二輪も含まれてます。
道路交通法
第百十九条 次の各号のいずれかに該当する者は、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。 (中略)
十二の四 第七十六条(禁止行為)第三項又は第七十七条(道路の使用の許可)第一項の規定に違反した者
所轄警察署長の道路の使用の許可を得ないで、路上で「イベント」をやった、ということですね。
略式命令に書かれている「適用した法令」
略式命令には、適用した法令として、
「起訴状記載の罰条を引用する他、刑法45条前段、48条2項 刑法54条1項前段、10条 刑法18条、刑事訴訟法348条」
とあります。
刑法
第四十五条(併合罪)(前段)
確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。
(罰金の併科等)
第四十八条
2 併合罪のうちの二個以上の罪について罰金に処するときは、それぞれの罪について定めた罰金の多額の合計以下で処断する。
(一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合等の処理)
第五十四条 一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。
(刑の軽重)
第十条 主刑の軽重は、前条に規定する順序による。ただし、無期の禁錮と有期の懲役とでは禁錮を重い刑とし、有期の禁錮の長期が有期の懲役の長期の二倍を超えるときも、禁錮を重い刑とする。
2 同種の刑は、長期の長いもの又は多額の多いものを重い刑とし、長期又は多額が同じであるときは、短期の長いもの又は寡額の多いものを重い刑とする。
3 二個以上の死刑又は長期若しくは多額及び短期若しくは寡額が同じである同種の刑は、犯情によってその軽重を定める。
(労役場留置)
第十八条 罰金を完納することができない者は、一日以上二年以下の期間、労役場に留置する。(以下、略。)
刑事訴訟法
第三百四十八条
裁判所は、罰金、科料又は追徴を言い渡す場合において、判決の確定を待つてはその執行をすることができず、又はその執行をするのに著しい困難を生ずる虞があると認めるときは、検察官の請求により又は職権で、被告人に対し、仮に罰金、科料又は追徴に相当する金額を納付すべきことを命ずることができる。
2 仮納付の裁判は、刑の言渡と同時に、判決でその言渡をしなければならない。
3 仮納付の裁判は、直ちにこれを執行することができる。
といった、刑法の併合罪の規定等を並べてあるわけですが、2個以上の罪があるときの罰金は、それぞれの罪の罰金額の合計以下とするということになってます。
略式手続きでは、前述のとおり、五十万円以下の罰金又は科料しか科せられないわけですが、罰金は、
・整備不良の罰金は5万円以下
・道路の使用の許可が5万円以下
・自賠責保険に入っていなかったのが、50万円以下
で合計60万円なので、略式命令の上限の50万円満額の命令が出た。セグウエイで「公道を走った」ということそのものよりも、「保険に入ってなかった」罰金がでかい、ということですね。
電動車椅子というのは、法律上はどういう位置づけなのでしょうか?(原付?軽車両?特別な法律で適用除外になっている?)
電動車椅子よりちょっとパワーが強いだけな機械で路上を走って、保険がついていなかっただけで50万円というのは、常識的に考えるとちょっとキツい気もします。
どの程度「イベント」だったのかもテレビのニュースでチラ見しただけなのでよく存じませんが、ハデな服を着たおばあちゃんが電動車椅子で竹下通りを走っても罪にはならないので、キャンギャルのお姉さんがニコニコしながら竹下通りを走るだけなら(道路運送車両法の要件等を満たしているかどうかという話をおいとけば)イベントに該当しない手もあったかも知れません。
最近は、モーターの動力で漕ぐ力を補助してくれる自転車も出てますが、あれは法律上適用除外になっているはずなのですが、どういう法的根拠なのでしょうか?(メーカーのお客様相談室に聞いてみたけど、根拠法令はわからないようでした。「自走せずに、あくまでお客様が漕ぐ力を補助するものですので・・・詳しくは国土交通省にお問い合わせください・・・。」とのことです。)
ただし、今回は略式なので罰金だけでしたが、根拠条文の罰則には「懲役刑」もありますので、「法律の盲点を突いてもう一回やってみよう」というのはオススメしませんので・・・念のため。
(以 上)
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