(追記21:18:論旨は全く変わりませんが、字句・表現等、大幅に加筆、修正しました。)
今月10日付けで、日本証券業協会から「新規公開前に行われる不適切な自己募集を規制するための「有価証券の引受け等に関する規則』等の一部改正について(案)」という文書が公開されました。
http://www.jsda.or.jp/html/oshirase/public/10061001.pdf
この変更案(以下「本変更案」といいます)は、ベンチャー企業がその役職員又はその親族以外の個人から出資をしてもらった場合には、日本証券業協会の引受会員が新規公開時の引受けを行うことを原則として禁止するものです。
ベンチャー企業の実務では、創業初期等に友人や知人、元の会社の社長などの「個人」から出資を受けることがよくあります。つまりこれは、そうした個人から出資を受けたベンチャー企業の上場が事実上不可能になる可能性を持つ規定変更です。
現在、日本経済は停滞し、国を挙げて成長戦略が模索されていますが、既存の企業だけで成長できないわけですから、新しいベンチャー企業が生まれて成長し、新しい産業を次々に興すことこそが成長戦略のはずです。
ところが、この規定変更が行われれば、その新しい事業の芽は踏みにじられ、国民が自由に起業し、新しい仕事を生み出すことが大きな制約を受けることになります。憲法に定められた基本的人権である職業選択の自由さえ脅かされかねないわけです。
また、本変更案には来月7月20日以降に新規公開の決議を行う企業に適用されると書いてあるのみで、既に個人から資金調達した企業は除外するとは書かれていません。つまり、すでに個人から出資を受けられた未上場企業は、この変更案が通れば、今後原則上場ができないことになります。
すなわちこれは、今まで上場を目指してがんばってきたベンチャー企業の夢を打ち砕き、上場する可能性を信じて投資を行った人達の財産を著しく毀損させる変更案であります。
さらに、本変更案は、頻発する未公開株詐欺を防止するために行われるものとのことですが、後述の通り、その抑止効果がほとんど無いばかりか、むしろ詐欺の助長・悪質化を招く可能性も高いものであると言わざるを得ません。
私は、多数の上場前・上場後のベンチャー企業の役員やコンサルタントを行ってきましたが、その経験からもこの規則変更がベンチャー企業や日本に大きな損害を与えると考えており、この規則変更案に強く反対するものであります。
以下、なぜこの規則変更が大問題なのか、個々の点について述べさせていただきます。
■形式的な要件では適切な投資かどうかの判断はできない
本変更案は、新規公開前に自己の株券、新株予約権証券、新株予約権付社債券及び社債券について個人投資家に対して募集又は私募を行っていた場合に、日本証券業協会の引受会員が新規公開での引受けを行ってはならない、とするものです。
(注:金融商品取引法に定める「募集」は、各財務局を窓口として内閣総理大臣に「届出」を行うことが原則で、その適用除外を受けられるその他の少数向け又は少額のものが「私募」です。)
現行の「有価証券の引受け等に関する規則」においても改正案においても「個人投資家」の定義は行われていませんので、個人が投資を行った場合には、すべて個人投資家に含まれてしまうものと考えられます。
細則の変更案においては、例えば親戚が投資する場合は適用除外となっていますが、親戚よりも一緒に仕事をしてきた友人や知人などの方がはるかに事業の内容に詳しいこともよくあり、親戚であれば投資家として適切であるということにはなりません。投資が適切であるかどうかは、投資を行う者が、その企業の内容やリスクをよく理解しているかどうかで判断されるべきであり、それは親戚かどうかといった形式的な基準では線を引く事ができないものです。
また、この規定案では「株券」等の証券を対象にしていますが、多くの未公開企業は株券不発行会社であり、近年のベンチャー企業の実務においては、株式も新株予約権も、証券が発行されるものはむしろまれです。
証券が発行されない募集等については適用除外であるなら、未公開株詐欺を行う詐欺師は、
「証券を発行しない募集の場合には上場できるんですよ。」
と言えばいいだけのことでなり、それでは規定が詐欺を抑止する効果はありません。
本変更案が証券を発行しない増資の場合を適用除外とする意図かどうかは存じませんが、この改正案が一度採用され、それ以降に上記のような証券を発行しない詐欺が横行すれば、証券を発行しない場合も対象になることは明らかです。
また、既発行の株式を譲渡するという詐欺は、この規制では防げません。
■未公開企業の円滑な資金調達を著しく阻害
平成19年に施行された金融商品取引法においては、みなし有価証券の自己募集を行うには金融商品取引業として登録することが求められるようになりました。
つまり、民法上の組合、匿名組合などのファンドの他、合名会社や合資会社、合同会社の出資等を自分で集める場合にも、出資者が常時業務に従事するといった場合以外は、「第二種金融商品取引業者」として登録しないと資金調達ができないことになってしまいました。
つまり、映画などで出資を受ける場合にも、法律上はいちいち「金融業者」にならないといけなくなったわけです。
ご参考:拙稿「今時のインディーズ映画制作と金商法(規制のおさらい編)」
これはビジネスを行う場合のエンティティの選択を狭める規定ですが、民法上の組合や匿名組合などは、日本のビジネスにおける資金調達方法の主流ではないので、まだ国家経済に与える影響は小さかったかも知れません。
しかし、株式会社は(旧有限会社法からの特例有限会社を含めれば)、全国で250万社もあり、日本経済の中核・根幹を占める存在です。
この株式会社にも同様の制約がかけられて、個人に対する自己募集すら大きな制約がかかり、資金調達が円滑に行われないようなことになれば、中堅中小企業は多大な影響を受ける可能性がありますし、特に、成長して大きな企業価値、付加価値や雇用を生み出すはずのベンチャー企業に、大きな足かせをはめることになってしまいます。
■詐欺会社は上場しない
本変更案は、個人向けに私募等を行った企業の上場を事実上禁止するものですが、資金だけ集めて上場する気がないから詐欺なのであって、詐欺をする会社は上場が出来なくても全く困りません。
つまり、この規定は、真面目に上場を目指している企業が迷惑を被るだけで、詐欺をする会社には効果がほとんどありません。
■「ベンチャー企業は個人から資金調達しない」という事実誤認
本変更案では、「上場前に個人投資家に対して自己の発行する株券の勧誘行為を行うことはないものと考えられる」とありますが、まったくの事実誤認です。
今までに上場したベンチャー企業の相当の割合が、創業間もない時期などに、友人や取引先、経営を指導してくれる専門家など、役員や従業員の親戚以外の個人からの資金調達を行っています。(上場時の有価証券届出書を見て、株主の欄を見てみれば容易にわかることです。)
それらの会社は、その資金がなかったら会社が潰れていたかも知れないし、その資金があったからこそ、今の上場企業があるわけです。
現在、仮に昔からこの規制が存在したとしたら、日本を支える今の上場企業のうちどれほどが上場できたか、上場できないことによって今の日本のGDPが何%下がっただろうかと考えてみれば、その悪影響は容易に想像が付くことではないかと思います。
そもそも、見ず知らずのベンチャー企業に出資したり、ベンチャー企業が見ず知らずの人から出資を受けたりするのは、私個人もお勧めはしません。
しかし、それと、一定の形式要件で不適切な資金調達を定義できるかどうかは、また別の話です。
例えば近年、既に上場したベンチャー企業の社長や、引退した優秀な経営者が、有望な次の世代のベンチャー企業に出資をするといったケースは急速に増えています。
こうした、ビジネスモデルや技術力などに目利きができる有名な社長等が出資していれば、企業の信用力も高まり、ベンチャー企業が他社と取引するのにも大きなチャンスが生まれるわけです。
また、アドバイスを行う専門家等が、その事業の可能性を見いだして出資をし、それによって企業の信用が高まるということもあります。
このように個別性が非常に高い個人の出資を形式要件で十把一絡げにして、「個人投資家から募集や私募したらすべて原則上場禁止」とすることは、ベンチャー企業の経営の自由度や可能性を大きく奪うことになります。
■有価証券届出書は詐欺師には意味が無い
本変更案では、少人数の個人投資家からの出資が除外されていないにもかかわらず、詐欺であれば被害が大きくなる大規模な募集の際に提出される有価証券届出書を提出していた場合には適用除外になる旨が定められています。
しかし、この形式要件も不公正なことを意図する人にとってはさしたる障害にはなりません。
時価総額数億円の上場企業ですら、専門家が関与して不公正ファイナンスが行われているわけです。
未上場企業でも、企業価値数十億円になることもありますから、規模から考えても、ファイナンスに詳しい反市場的な専門家の協力がいくらでも得られるはずです。
むしろ、詐欺師が、
「普通だと個人の方が出資すると上場できないんですが、有価証券届出書というこの書類を提出すれば上場できるんです。これは関東財務局も認めた増資ということなのでご安心ください。」
と、分厚い書類を見せたら、詐欺の信憑性は逆に上がってしまいかねません。
(抵当証券詐欺を思い出していただければと思います。)
ベンチャー企業の関係者の中にも、
「その有価証券届出書っていうのを提出すれば大丈夫なんでしょ?」
と甘く考えている方が散見されますが、有価証券届出書を作成するには監査法人等による会計監査を受ける必要があり、真面目に作成するとなれば、会社側スタッフの多くの時間・賃金と、監査法人や弁護士に支払う費用で、数百万円から数千万円のコストがかかるものだ、ということを知っておいた方がいいと思います。
一方、詐欺師は全くそんな費用をかける必要がありません。
詐欺の被害に遭う素人は、有価証券届出書を読んで形式の不備等を発見するなんてことはできませんから、詐欺師は他社の有価証券届出書を切り貼りして、もっともらしい書類を作ればいいだけです。
つまりこれも、真面目に資金調達や上場を考えるベンチャー企業だけが被害を被って、詐欺師にはほとんど効果を及ぼさない規定ということになります。
■「法人で出資すればいい」か?
この規定が禁止しているのは個人からの出資であって、法人からの出資は問題にしていません。
おそらく、ベンチャーキャピタルのファンド(組合等)からの出資も問題にしていないはずです。
「だから、法人から出資を受ければいいだけではないか」かというとそうではありません。
詐欺師は、
「個人からの出資では上場できないですが、法人からの出資は問題になりません。だからこの法人に出資したら儲かりますよ。」
と言うだけのことですから、個人だけに絞る意味は全く無いわけです。
一方、真面目に個人で出資しようと思っていた個人商店等のオーナーが、この規定ができたおかげで法人から出資をせざるを得なくなった場合、個人であれば上場後のキャピタルゲインには10%の課税だけで済むのに、法人で出資すると、キャピタルゲインにも約4割の法人税等が課せられることになってしまいます。
出資者にとってはそれだけ実質利回りが下がるわけであり、その分、ベンチャー企業は調達条件が不利になる可能性があります。
個人商店的な企業であれば、個人から出資するか法人から出資するかを自由に選択できるのでまだいいかも知れませんが、中堅企業以上であれば、会社と個人の財産が明確に分かれていることも多いでしょう。
企業の事業目的にそぐわない場合には、そうしたベンチャー企業への出資も閉ざされてしまうことになります。
結局、「個人か法人か」という区分も、詐欺師にはほとんどなんの効果もなく、真面目にベンチャー企業を応援する人に悪影響を及ぼすだけです。
■「上場できない可能性」はベンチャー企業の資金調達を著しく不利にする
「有価証券の引受け等に関する規則」に関する細則第2条第4項では「その他本協会が第1号から第3号に準ずると認めたとき。」という除外規定を置いています。
日本証券業協会は、個人向けの私募等を行った企業であっても、不適切なことを行った企業でなければ、この規定を用いて救済できると考えているかも知れません。
しかし、ベンチャー企業が個人から資金調達をするのは、上場のはるか以前のことが多いわけです。
起業した時には規制関係の知識も乏しいでしょうし、特に日本証券業協会の規則などは知らない、個人から資金調達をしてしまうこともありえます。
例えば、「元勤務先の社長がビジネスモデルを見込んで出資してくれるというので出資してもらったら、後から原則IPOが禁止されていた」ということに気が付くということも頻発するでしょう。
もちろん「個人から資金調達したら上場できないんだろ?」と個人からの出資を断られることも増えるはずです。
ベンチャーキャピタルから投資を受ければいいかというと、そうではありません。
すでに個人から出資を受けてしまった企業にIPOできない可能性が存在するとなれば、受けられないか、その分、ベンチャー企業に不利な条件で投資を受けざるを得ないことになります。
また、個人から投資を受けたことがなくても、 資金調達をする時に、個人が出資をしてくれる可能性がある場合と、ベンチャーキャピタルだけと交渉しなければならないのとでは、当然、交渉力が違ってきます。
「日本証券業協会が不適切な募集でないことを事前に確認する制度を作ればいいではないか」
と考える方もいらっしゃるかも知れません。しかし、そのようなものを作ったにしても、日本証券業協会も、何も見ないでOKを出すわけにはいかないはずです。
結局、そのような場合に日本証券業協会が内諾をするにも、上場審査の内容に準じたことを行う必要があるということになります。すなわち、その会社の将来性があるかどうかの事業計画や、株主等に反社会的勢力がいないかどうか親戚や関連会社の一覧表を出すといった過大な作業を、創業して間もない企業にも強いることになるわけです。
前述のとおり、現在存在する未上場企業の多くは、個人から資金調達を行った経験があるはずです。
今後も同じ頻度で個人からも調達した企業が上場するとなると、それを救済しないわけにはいきませんが、この例外規定で救われる企業が、上場する企業の何割にもなれば、それはもはや「例外」ではなくなります。
いくら、日本証券業協会が「個人から募集した企業は原則上場できない」ということを広報しても、詐欺師が、過去に上場したベンチャー企業の有価証券届出書等の資料から一覧表を作り、「実際には、この企業も、この企業も、個人が出資してますが、上場できていますよ。」と言えば、逆に、詐欺の説得力は増してしまいかねないわけです。
■この規定は資本主義の死を意味する
この細則による適用除外のように、日本証券業協会の裁量の幅を大きくし、「真面目な」企業にはOKを出すが、「不適切な」資金調達をした企業は通さないようにするという考え方は、それ自体が非常に危険です。
資本主義社会が共産主義社会と違ってうまくいったのは、特定の少数の人間が生産等の経済活動を決定しコントロールするのではなく、多様な考えの個人や企業が自由に製品やサービスを生み出し、それが人々の需要を喚起して経済を活性化させたことにあります。
ベンチャー企業は、今まで誰もやったことが無いような新しい営業、新しい技術にもチャレンジをするわけで、「確実に成功するベンチャー企業」なんてものは無いわけですし、また、どんな人間でも未来を完全に予測することなんてできるわけがありません。
例えば「グーグル」社が創業しようというときに、「検索エンジンを中核に据えたビジネスモデルが将来、10兆円を超える企業価値を持つ企業が登場するなんてことは、ほとんどの人は考えなかったはずです。
8000億円を超える時価総額の「楽天」ですら、10年前「あんなビジネスモデルはアメリカじゃ全然相手にもされない」なんてことを言っていた「専門家」を何人も知っています。
だから、「多様な価値観」こそがベンチャー企業には必要なのです。
いや、資本市場や資本主義は、そもそも、そうした多様な価値観にこそ支えられているわけです。
不確実な未来に挑戦しようという「アニマルスピリッツ」です。
日本証券業協会は、
「公言すると詐欺抑止効果が無くなるから言わないけど、普通の私募なら例外規定で通しますから大丈夫」
と考えているのかも知れませんが、それは大間違いです。
どんなチェックも100%完璧ではありえないので、将来、「OKを出したのに実は詐欺だった」というケースは発生し得ます。そうなれば、以降この規定は字義通りに運用されることになり、「始めから規定では原則禁止でしたが?」となるに決まっています。
この規定の構成から考えても、日本証券業協会の方々は、上場企業には詳しくても未上場のベンチャー企業の実務に詳しいとはとても思えません。
いや、上述の通り、たとえ「詳しい人」が担当者になってもダメなわけです。
それは、ベンチャー企業の成否が「一定の価値観」でコントロールされることであり、それは多様な価値観に支えられた資本主義の死を意味することになります。
以上のとおり、本変更案は、ベンチャー企業の活動を著しく阻害し、日本の成長に足かせをはめるばかりか、詐欺の防止にもほとんど効果はなく、詐欺の助長すらしかねない内容となっています。
みなさんにおかれましては四半期末でお忙しいこととは思いますが、ぜひ、日本証券業協会のパブリック・コメントに対して、メール等で本件に反対する旨を送っていただければと思います。
この件については7月1日の17時までが〆切となっています。
日本証券業協会:パブリック・コメントの募集について
http://www.jsda.or.jp/html/oshirase/public/bosyu.html
パブリック・コメントの募集スケジュール等
(1) 募集期間及び提出方法
募集期間:…平成22 年7月1日(木)17:00 まで(必着)
提出方法:電子メールの場合:public@wan.jsda.or.jp
(2) 意見の記入要領
件名を「『有価証券の引受け等に関する規則』等の一部改正に対する意見」とし、
次の事項を御記入のうえ、御意見を御提出ください。
[1] 氏名又は名称
[2] 連絡先(電子メールアドレス、電話番号等)
[3] 法人又は所属団体名(法人又は団体に所属されている場合)
[4] 意見の該当箇所
[5] 意見
[6] 理由
よろしくお願い致します。
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