三菱自動車工業の優先株式(第二弾)

世間はライブドアが近鉄球団の買収に乗り出したとかで盛り上がってますが、シブいところで、三菱自動車の優先株式発行第二弾と行きたいと思います。
本日の日経33〜32面に1と1/3ページにわたって三菱自動車工業の新株発行に関する取締役会決議の公告が載ってます。これ、商法上の公告としては過去最大級のデカさ、ではないでしょうか。
4種類の株式を発行するわけですが、内容の9割くらいは重複しているので、雛形をつくってそれを参照したりすれば、公告の面積は1/2くらいに減らせると思うんですけど。しかも、これを何回も繰り返すわけですから、公告の表示の仕方を工夫するだけで1億円近く広告費が違ってくるのではないかとも思います。そんなところにジャブジャブコストを使ってていいんでしょうか?という気もします。
A種とB種
前回は、第1回・第2回A種優先株式と、第1回G種優先株式が発行されたわけですが、今回は、
第3回A種優先株式
第1回B種優先株式
第2回B種優先株式
第3回B種優先株式
の4種を発行することになります。
A種は新日本石油株式会社(10億円)、B種はどの回もすべてJPモルガン・セキュリティーズ・リミテッド(500億円×3=1500億円)に割り当てることになってます。
image004.gif
前回も掲げた優先順位の図を修正したものですが、前回のA種とG種に続き、今回はB種が新たにその姿をあらわしたわけです。「南総里見八犬伝」とか「セーラームーン」とかの最初のころのように、残りのキャラ(C、D、E、F)が、いつ、どんな感じで登場するのかワクワクしますよね。(しませんか?)
前回は、「おそらく、フェニックス・キャピタルやJPモルガンが入れる場合には(中略)、当然、議決権付きで、かつB種とかF種とかの優先順位の強いところを取ってくるんでしょう。」と予想しました。確かにJPモルガンがB種を取ってきましたが、議決権は無しですね。ということは、F種が議決権つきの優先株で、フェニックス・キャピタルはF種で出資する、ということになるんじゃないでしょうか。
B種の優先配当金(10.優先配当金)
図のように、B種というのは一番「おいしい」ところの一つです。
ただし、B種はA種等の発行要項(19.優先順位)によると、優先配当、優先中間配当の優先順位が1位ということになってますが、今回のB種はすべて優先配当・優先中間配当は「0」となってます。
(なぜでしょうか?)
どーせ優先配当なんか出ない気もしますし、あまり他の株式に対して圧倒的に有利な条件になるのもフェアで無い、というような配慮なのでしょうか?(不明。)
B種の転換を請求し得べき期間(15.転換予約権)
A種は平成17年10月1日(1年以上先)から平成26年6月10日までとなっているのに対して、B種の第1回第2回は平成16年8月10日(買ってすぐ)から平成19年7月16日まで。B種の第3回は平成16年9月10日(買ってわりとすぐ)から平成19年9月10日まで。
また、A種株主は毎月10日にしか転換を請求できないのに対し、B種は期間内の営業日なら「いつでも」転換を請求できます。
つまり、転換権をオプションと見ると、B種のほうがより「アメリカ〜ン」なオプションであり、フレキシビリティが高いわけです。Lattice model的にオプション価値を考えると、(他の条件が同じなら)B種のほうが価値が高いという結果になると思います。
当初転換価額
A種は、7月16日に始まる45取引日の売買高加重平均価格の平均値で当初の普通株式への転換価額が決まることになってます。これに対して、B種のほうは、
第1回が7月16日に始まる10取引日
第2回が7月16日以降11取引日以降の10取引日
第3回が7月16日以降21取引日以降の10取引日
の売買高加重平均価格の平均値で当初転換価額が決まることになってます。
なぜ、転換価額(の決定日)を3つ分けたのでしょうか?(興味深いですね。)
転換価額の修正
A種は転換請求可能日前の20取引日の売買高加重平均価格の平均値転換価額を修正することになってます。(50%、30円が下限。)
これに対してB種では、転換請求可能日前の5取引日の売買高加重平均価格の93%が転換価額を下回る場合には、転換価額を下方修正することになってます。
つまり、B種のほうは5日だけ下落しても下がってしまうし、たとえ株価が横ばいでも7%下がってしまう。しかも、一度下がったら二度と上がらないことになってます。(こちらも50%、30円が下限。つまり、下方への「ラチェット」がかかってしまう構造になっている。これに対して、A種は株価がまた上がれば当初転換価額の100%までは転換価額が復活する可能性がある。)
以上のように、B種というのはA種等より、非常に投資家にとって有利な内容になっています。かなり「ヤバい」状況の会社に大量の資金を投下するわけですから、レピュテーション・リスクや持ち合い株の価額下落リスクが直接降りかかってくる三菱グループ企業の支援と、なんの義理もない純粋なフィナンシャル・インベスターとでは条件が違って当然ではありますが。
(ではまた。)

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「ドットコム会議」で垣間見たSNSの未来

昨日は、橋本さん田口さん主催で山岸さんがゲストの「ドットコム会議」に行って来ました。
田口さんによれば「私の顔写真以外は何をblog等に書いていただいても結構」とのことでしたので、早速書かせていただきます。
概要
前半では、パネラー3名が各自の「今、投資したいドットコム ベスト5」を紹介。後半は、「あなたがウォーレン・バフェットと同じエレベータに乗り合わせたとして、かねてから暖めていた画期的なドットコムビジネスのアイデアを1分間でぶつけて見てください」というお題で100人以上の出席者が各自15分間思考、その後6人チームを組んで一つのアイデアにまとめていく、というもの。(拝聴するだけと思って全身弛緩して行ったら、自分も参加しなくちゃいけなくなって、汗・・・。)
紹介されたサービスはどれもおもしろかったのですが、各パネラーの方々の注目する領域は、SNS(ソーシャルネットワーキング)、ブログなどのほか、Gmail的な大容量記憶にモノを言わせた「整理しない情報ツール」、仮想恋愛、「次世代の検索」等々。
田口さんが紹介していた「PeopleAggregator」(http://peopleaggregator.com/)というのはなかなかイメージを掻き立ててくれました。「オープンソースのSNS」だそうです。
空想
以下、磯崎の空想。
切込隊長氏がおっしゃるように、SNSは今の延長線上では今後あまり面白くなさそうなのは確か。
SNS運営側からすればなるべくたくさんの人に使ってもらいたいが、一つのSNSで、個人情報が(制限をかけるにしても一部は)誰からも見られるような状況というのは、個人のセキュリティの観点からも非常に難しいことになっていくはず。
田口さんがPeopleAggregatorに関連してコメントされていたように、今後、SNSは、オープンなものと多数のクローズドなものに分かれていくんでしょう。
その場合、「オープンソース」じゃ、なかなか収益モデルの構築が難しそうなので、まず容易に思いつくのがASP(Application Server Provider)的なモデル。eGroupsやFreeMLをSNS的にしたものが想像されますが、同窓会や、会社の部門毎などで別のグループを作るにしても、インターフェイスが統一されていてデータが裏では共有されている方が利用もしやすいはずです。
それとも、よりオープンに、XMLでプロフィールや人脈データなど交換できるようにしたらいいでしょうか。(それもデータ構造の規格統一が大変そう。)
田口さんが「友達の言うことしか聞かなくなってきた」という傾向について触れていたとおり、私自身、昔はマス広告やマスコミ情報を元に行動する傾向が強かったのが、最近Yahoo!もほとんど見なくなったし、情報の利用にしてもモノの購買でも、blog等で「あの人が勧めていた」というトリガーがますます強力になってきているのを感じます。
エージェント
これは単にSNSの未来形というよりは、(古語で言うところの)「エージェント」という機能の未来形ではないかとも思います。つまり秘書や執事のように「ご主人様(principal)」の嗜好を記憶して、それに最適な情報を引っ張ってきてくれる機能。
すべてのドットコムのサービスを「精子」とすると、それらの精子が目指すゴールである「卵子」は、「最高のエージェント」というポジションではないかと思います。
昔も今も、ここには「ポータル」が座っているわけですが、
yahoo_google.jpg
(出所:Alexaで磯崎作成。)
今後はどうなんでしょうか。Yahooはエージェント的機能を果たしていたから「ポータル」だったわけですが、若干のカスタマイズ機能はあるものの、「ユーザーの嗜好を理解したエージェント」というにはまだちょっとおこがましい。「はてな」や日本のSNSは、ちょっと「エージェント」っぽい匂いがしてきてます。
海馬と前頭葉のアナロジー
人間の脳の、単純記憶をつかさどる「海馬」と、ネットワーク的に関連したメタ記憶をつかさどる「前頭葉」というモデルに対比させて考えて見ると、
(A) ネット上の大量の情報の「海馬」的処理がGoogleのような機能で、
(B)「前頭葉」的機能は、
 (B-1)「はてな」的に自分の嗜好を直接入力しておくもの、
 (B-2)SNS的に「信用できるもの」を登録しておいて、その判断を参考にするもの、
という感じになるかも知れません。
これらを組み合わせると、「最高のエージェント」の要件を満たしてくれる気もします。
ドットコム会議の個人作業では、「ウォーレン・バフェットにアイデアをぶつける」というので、「やっぱりvaluationが1兆円以上にはなるビジネスモデルでないと失礼かしらん」と思って、そういう大それたポジションを狙ってみました。
題して、「美人秘書ドットコム」。
dotcomkaigiworksheet(1).JPG
(出所:「ドットコム会議」・・・・提出するのを忘れて持ってかえって来ちゃいました・・・。)
やはり、valuationを1兆円以上にしようと思うと、特定のニッチなカテゴリではキツい。ターゲット顧客は「全インターネットユーザー」としないとね。
仮想美人秘書インターフェイスで、ほのかにエロスの香り(笑)も漂って、これはナイス!と思っていたのですが、あっさりグループ会議でボツになりました。_| ̄|○
dotcomkaigiworksheet(2).JPG
上図で言いたかったのは、「海馬+前頭葉」という図式であります。
しかし、「美人秘書」ってのは、女性ユーザーのニーズをあまり汲み取っていない名前だったかも知れないですね。・・・15分で考えたことですのでご容赦を。
グループ会議の場では、他の参加者の方から、「仮想秘書じゃつまらん」「100人に1人くらい、抽選でホントの美人秘書が対応してくれることにしろ」という意見も出ました。
はい、それもナイスですねー。
(ではまた。)

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授権枠の拡大

本日の日経新聞朝刊一面「山之内やヤフー、株発行枠を拡大——M&A・株分割に備え」という記事。
月曜日だし別にいいんですが、授権枠の設定って一面に載るような記事なんでしょうか??

 株主総会で株式発行可能枠を拡大する企業が相次いでいる。山之内製薬や日立建機が二倍強に広げるほか、ヤフー、バンダイも拡大した。事業拡大や企業の合併・買収(M&A)をにらみ、増資などで機動的な資本戦略をとれる体制を整える。体力低下で資本増強が必要な建設会社や商社が枠を広げた昨年に比べ、今年は攻めの戦略に備えた動きが目立つ。

と、このあたりは参考になりますので、ニュース価値がないと申し上げてるわけではないのですが、

株式発行可能枠は「授権株式数」といい、その範囲内なら取締役会の判断で株式を発行できる。変更には株主総会での決議が必要になる。

ちなみに、「授権枠」とか「授権株式数」というのは通称で、商法上の正式名称は「会社が発行する株式の総数」(商法第166条�三、他)といいます。(念のため。「会社が発行する株式の総数」というと、会社が既に発行している株式数なのか、これから発行できる株式数なのかが普通の人にはわかりにくいので、「授権株式数」の方がいい名前?だと思います。)

来年四月に藤沢薬品工業と合併する山之内は、合併を機に八億株の株式発行枠を二十億株に拡大する。世界的な競争のなかで研究開発投資や事業拡大に備える狙いだ。

これもちなみに、合併の際に授権枠を広げる際には、合併契約書にそのことを記載する必要あり。

第409条
 合併ヲ為ス会社ノ一方ガ合併後存続スル場合ニ於テハ合併契約書ニ左ノ事項ヲ記載スルコトヲ要ス
1.存続スル会社ガ合併ニ因リ定款ノ変更ヲ為ストキハ其ノ規定(以下略)

タイトルには「M&Aに備え」とあり、M&Aの例はこれしかないのですが、上記の山之内製薬と藤沢薬品工業の例はM&Aに「備えて」いるわけじゃなくて、M&Aと「同時に」授権枠を拡大するということですよね?
さらに、ちょっと記事ではよくわからないのが、以下のヤフーに関する記述。

株式分割も念頭に置いているとみられるのがヤフー。同社は一九九七年に株式公開して以来、株式分割を九回実施。個人投資家が買いやすくなるよう最低投資単位が五十万円未満になるまで分割を続ける考えだ。

株式分割を念頭において授権枠を広げるというのは具体的にはどういうことなんでしょうか。
平成13年10月に施行された改正商法で、株式分割の割合に応じた授権株式数の変更については、取締役会決議により行うことができるようになってます。

第218条
会社ハ取締役会ノ決議ニ依リ株式ノ分割ヲ為スコトヲ得
2 前項ノ場合ニ於テハ第342条ノ規定ニ拘ラズ取締役会ノ決議ヲ以テ定款ヲ変更シテ会社ガ発行スル株式ノ総数ヲ株式ノ分割ノ割合ニ応ジテ増加スルコトヲ得但シ現ニ2以上ノ種類ノ株式ヲ発行シタル会社ニ付テハ此ノ限ニ在ラズ

ということで、分割のためにあらかじめ授権枠を広げておく必要は必ずしもないと思うんですが、どうなんでしょうか。これも、自社株買いの定款変更と同様、あえて上記の商法の規定は使わず、株主に「枠」を明示して、その中でしか分割しないというような運用に制限するということなんでしょうか?
確かに、主として分割による(フィナンシャルな)時価総額の上昇を狙って株式分割を連発する企業も出てきているので、株主としては「方針」を明示し、そのへんに歯止めをかけてほしい、というニーズはあるかも知れませんね。
法律上は「株式分割」の反対の「株式併合」という手もあるにはありますが、実際はほとんど業績不振企業等しか使わないと思いますので、分割しすぎで株価が下がりすぎちゃった、という場合には実務上は使えないでしょうから、安易な株式分割は長い目で見ると非常に危険です。
(追記:6/29,12:37)
krpさんから「過剰流動性による株価下落への対抗策としては、『自己株式取得+消却』もある」とご指摘いただきました。
自己株式取得も考えたんですが、本エントリーの趣旨としては、「分割の非可逆性」みたいなことを申し上げたかった、というのが一つ。
もう一つは、krpさんがおっしゃるとおり「財源」も必要になりますので、こと「分割による(フィナンシャルな)時価総額の上昇を狙って株式分割を連発する企業」さんの株価が激しく下がったことを想定した場合、その上キャッシュまで大量に出て行くのでは、M&A戦略を取るのがキツくなり、スパイラル的に株価が下落していってキツいだろうなあ、と思いまして、書くのをやめてしまいました。
ご指摘のとおり、その手もあります。
自己株を取得するだけでいいのか、消却したほうが株価に好影響なのかどうか、というのはちょっとデータで検証してみたいところです。(メモメモ・・・)
ご指摘ありがとうございます。
(ではまた。)

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委員会等設置会社アンケート

本日の日経9面に、委員会等設置会社移行1年の経営者アンケートが載ってました。
昨年4-6月に委員会等設置会社に移行した41社の社長等を対象に実施。39社が回答とのことなので、回答率も高い。(ただし、39社のうち日立系が19社で、正味20社程度とも言える。)「委員会等設置会社=コーポレートガバナンスに熱心な会社」、という認識は定着しつつあるんじゃないでしょうか。
移行については概ね大変好評のようで、ほぼすべて(38社)のトップが監査役を置いていた従来型の統治形態に比べて改善があったと答えてます。
回答者も豪華ですね。(敬称略、社名五十音順、肩書なしは社長)

岡田元也(イオン)
武樋政司(いちよし証券)
藤木保彦(オリックス)
河端真一(学究社)
岩居文雄(コニカミノルタホールディングス)
梶川泰彦(指月電機製作所)
大平孝(シャディ)
臼井正信(新神戸電機 [日立系])
八幡滋行(CEO・スミダコーポレーション)
木内政雄(CEO・西友)
出井伸之(会長・ソニー)
ヴィクター・ペイコー(ディーアンドエムホールディングス)
岡村正(東芝)
中野克彦(富山化学工業)
佐藤明敏(ニッセイ)
堀江昇(日本サーボ[日立系])
野島広司(ノジマ)
古賀信行(野村ホールディングス)
伊東勇(パルコ)
長瀬寧次(日立化成工業)
小山紘(日立機電工業)
村田嘉一(日立キャピタル)
本多義弘(日立金属)
太宰俊吾(日立建機)
遠藤誠(相談役・日立国際電気)
堀越彌(日立情報システムズ)
庄山悦彦(日立製作所)
小川健夫(日立ソフトウェアエンジニアリング)
佐藤教郎(日立電線)
林将章(日立ハイテクノロジーズ)
山本博巳(日立物流)
石黒元(日立プラント建設)
平野嘉男(日立粉末冶金)
赤井紀男(日立マクセル)
猪俣博(日立メディコ)
金子邦栄(日立モバイル)
鈴木洋(CEO・HOYA)
野間口有(三菱電機)
細谷英二(会長・りそなホールディングス)

昨年は4-12月で約70社が移行、今年は1-6月で約20社ということで、移行のペースは落ちてきているようですね。
改善したと考える理由は以下のとおり。
governance_improve.jpg
(出所:日本経済新聞)
移行2年目の課題についての回答は下記のとおり。
2y_kadai.jpg
(出所:日本経済新聞)
良くも悪くも、やはり、社外取締役の運用がカギのようです。
社外取締役は、いつも社内にはいないことが多いわけですが、上記のような大企業は、恐らく、役員会のスタッフが社外取締役のいるところまで「ご説明」に伺ったりするというようなコストをかけているのかも知れません。「取締役が議論の場になった」というのはいいことかも知れないし、社内取締役なら言わずもがなの話を質問したり意見したりしている部分もあるかも知れません。(それも大切ではあります。)
ベンチャー企業等にインプリする場合には、スタッフが「社外取締役に事前のご説明に上がる」というようなコストはかけられないと思うので、事前に日常のレポーティングや取締役会の議案資料などを小まめにメール等で送ったり、外部からイントラネットにアクセスできるような体制を整えて「社外」にいようと社内の人と同じくらい情報共有できるようにしておくことが必要ですね。でないと、取締役会が(活発ではあるが)レベルの低い当たり前の議論に終始してしまう可能性があります。
「超重鎮」の社外取締役の場合とかには、なかなか「事前にイントラの資料を見といてください」というわけにもいかないと思いますが、年齢層の若い・・・もとい、ITリテラシーの高い取締役向けなら機能するんじゃないでしょうか。
(ではまた。)

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セグウエイの事件に学ぶ刑事訴訟法

KNNの神田さんが、「セグウェイ返してください!」キャンペーンをやっておられます。
内容そのものについてのコメントは差し控えさせていただきますが、このページでは、起訴状や略式命令の通知書など、普段あまり目にすることのないものが掲載されてますので、これをもとに刑事訴訟法等のお勉強をさせていただきたいと思います。
(注:本稿は法令知識等の整理を目的とするものですが、私はセグウェイの技術や仕様についてはあまり良く存じませんし、本稿は事件の是非に対する私の判断を示すものではありません。本稿での条文等の引用にはそれなりの注意をしましたが、その内容を保証するものではありません。以下は法律相談に該当するものではなく、また、セグウェイでの公道上の走行その他の違法行為を推奨するものでもありません。)
開示されている書類
神田さんは、以下の書類を開示されています。
押収品目録交付書(平成15年8月22日、警視庁交通部交通捜査課司法警察員)
http://flores.mixi.jp/photo/diary/29/26/352926_11.jpg
http://flores.mixi.jp/photo/diary/29/26/352926_25.jpg
押収品目録交付書(平成15年8月24日、警視庁原宿警察署司法警察員)
http://flores.mixi.jp/photo/diary/29/26/352926_19.jpg
起訴状(平成16年3月17日、東京区検察庁→東京簡易裁判所)
http://flores.mixi.jp/photo/diary/32/93/353293_225.jpg
http://flores.mixi.jp/photo/diary/32/93/353293_136.jpg
略式命令(平成16年4月8日、東京簡易裁判所)
http://flores.mixi.jp/photo/diary/32/93/353293_116.jpg
押収品目録交付書
まず、押収品目録交付書には、上部に「様式第35号、刑事訴訟法第222条、第120条、規則96条」と、根拠条文が書かれています。

刑事訴訟法
第二百二十二条(準用規定等)
第九十九条、第百条、第百二条乃至第百五条、第百十条乃至第百十二条、第百十四条、第百十五条及び第百十八条乃至第百二十四条の規定(第9章「押収および捜索」)は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条(令状による差押え)、第二百二十条及び前条の規定によつてする押収又は捜索について、第百十条(令状の提示)、第百十二条、第百十四条、第百十八条、第百二十九条、第百三十一条及び第百三十七条乃至第百四十条の規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条又は第二百二十条の規定によつてする検証についてこれを準用する。但し、司法巡査は、第百二十二条乃至第百二十四条に規定する処分をすることができない。
(以下略)

つまり、令状を提示して押収が行われた、ということですね。

第百二十条  押収をした場合には、その目録を作り、所有者、所持者若しくは保管者又はこれらの者に代るべき者に、これを交付しなければならない。

刑事訴訟規則(最高裁判所規則第32号)
(捜索証明書、押収品目録の作成者・法第百十九条等)
第九十六条 法第百十九条又は第百二十条の証明書又は目録は、捜索又は差押が令状の執行によつて行われた場合には、その執行をした者がこれを作つて交付しなければならない。

ということで、押収した警察の方の名前が記入されてます。
司法警察職員という言葉が出てきますが、何をされる方かというのは以下のとおり。

(一般司法警察職員の捜査権)
第百八十九条  警察官は、それぞれ、他の法律又は国家公安委員会若しくは都道府県公安委員会の定めるところにより、司法警察職員として職務を行う。
2  司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。

神田さんが主張されている肝心の押収物件を返してもらえるかどうか、ですが、

(押収物の還付・仮還付)
第百二十三条  押収物で留置の必要がないものは、被告事件の終結を待たないで、決定でこれを還付しなければならない。
2  押収物は、所有者、所持者、保管者又は差出人の請求により、決定で仮にこれを還付することができる。
3  前二項の決定をするについては、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴かなければならない。

とあるので、「留置の必要があるのだ」という合理的説明をされると、基本は事件の終結まで留置される可能性があるということかと思いますが、終結前でも返してもらえた可能性もあるようです。

裁判所は、すでに確定した被告事件に関する押収物についてはもはや何らの処分をすることもできないもので、裁判所に対し右事件に関する押収物の還付を請求することは許されない。
(最高裁決定昭和26年1月19日刑集5-1-58)

というような例もあるので、事件が終わると裁判所をつつくのもムダということになっちゃうようです。刑事訴訟法のその辺を見渡しても、上記の「終結前でも要らなくなったら返せ」という規程以外には「事件が終わったら早よ返せ」という規定が見当たらないんですが、実務ではどうなってるんでしょうね?
(このへんに慣れた弁護士さんに頼めば、一発で解決する気もしますが・・・。)
起訴状に記載されていることについて
起訴状には、
「下記被告事件につき公訴を提起し、略式命令を請求する。」
とあります。
この根拠となる刑事訴訟法第六編「略式手続」の条文を順に見ていくと、

第四百六十一条
 簡易裁判所は、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前、略式命令で、五十万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には、刑の執行猶予をし、没収を科し、その他付随の処分をすることができる。

第四百六十一条の二
 検察官は、略式命令の請求に際し、被疑者に対し、あらかじめ、略式手続を理解させるために必要な事項を説明し、通常の規定に従い審判を受けることができる旨を告げた上、略式手続によることについて異議がないかどうかを確めなければならない。
2  被疑者は、略式手続によることについて異議がないときは、書面でその旨を明らかにしなければならない。

ということで、検察は神田さんに対して、「略式手続きとは何か」とか「略式でいいか」ということについて必要な事項を説明したはずなのですが、神田さんは、「セグウェイを道路で走っただけで、日本では、罰金50万円という結果が4月8日の新聞社からの取材で知りました。」とあるので、略式手続きに従うと最高50万円の罰金を科せられることがあるよ、ということをちゃんと知らされてなかったということでしょうか?

第四百六十二条
 略式命令の請求は、公訴の提起と同時に、書面でこれをしなければならない。
2  前項の書面には、前条第二項の書面を添附しなければならない。

ということで、前述の起訴状が検察から簡易裁判所に提出され、それには、神田さんが「略式手続きでやっていただいて異議ありません」ということを明らかにした書面が添付されていたということになります。

第四百六十五条
 略式命令を受けた者又は検察官は、その告知を受けた日から十四日以内に正式裁判の請求をすることができる。
2  正式裁判の請求は、略式命令をした裁判所に、書面でこれをしなければならない。正式裁判の請求があつたときは、裁判所は、速やかにその旨を検察官又は略式命令を受けた者に通知しなければならない。

とあるので、正式裁判も受けられたわけですが、神田さんは「国家権力を相手に法的に戦うのでは時間も費用ももったいないので」と書いてらっしゃるので、その道は選択されずに、刑の確定を選ばれた、ということかと思います。
略式命令に記載されていることについて

第四百六十四条
 略式命令には、罪となるべき事実、適用した法令、科すべき刑及び附随の処分並びに略式命令の告知があつた日から十四日以内に正式裁判の請求をすることができる旨を示さなければならない。

略式命令を読んでいただくと、ちゃんと示されてますね。
「罪となるべき事実」は、起訴状の内容がそのままreferされています。
適用した法令は、以下のとおり。
起訴状をreferしている部分

道路交通法
第百十九条
 次の各号のいずれかに該当する者は、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。
(中略)
五  第六十二条(整備不良車両の運転の禁止)の規定に違反して車両等(軽車両を除く。)を運転させ、又は運転した者

(整備不良車両の運転の禁止)
第六十二条
 車両等の使用者その他車両等の装置の整備について責任を有する者又は運転者は、その装置が道路運送車両法第三章 若しくはこれに基づく命令の規定(道路運送車両法 の規定が適用されない自衛隊の使用する自動車については、自衛隊法 (昭和二十九年法律第百六十五号)第百十四条第二項 の規定による防衛庁長官の定め。以下同じ。)又は軌道法第十四条 若しくはこれに基づく命令の規定に定めるところに適合しないため交通の危険を生じさせ、又は他人に迷惑を及ぼすおそれがある車両等(次条第一項において「整備不良車両」という。)を運転させ、又は運転してはならない。
(罰則 第百十九条第一項第五号、同条第二項、第百二十条第一項第八号の二、同条第二項、第百二十三条)
道路運送車両法
(原動機付自転車の構造及び装置)
第四十四条  原動機付自転車は、次に掲げる事項について、国土交通省令で定める保安上又は公害防止その他の環境保全上の技術基準に適合するものでなければ、運行の用に供してはならない。
(略)
三  制動装置
(略)
六  前照灯、番号灯、尾灯、制動灯及び後部反射器
七  警音器
(略)
十  後写鏡
(以下略)
道路運送車両の保安基準
(省略。上記の制動装置、前照灯などの詳細な定義が書かれています。)

セグウエイが上記の道路運送車両法に違反しているのは明らかかと思いますが、神田さんがおっしゃる「5km程度でトロトロ走ったセグウェイ」というのが、「規定に定めるところに適合しないため交通の危険を生じさせ、又は他人に迷惑を及ぼすおそれがある車両等」に該当するのかどうかというと・・・、セグウエイに実際乗ったこともないし、よくわかりません。

道路運送車両法
第二条(定義)
3  この法律で「原動機付自転車」とは、国土交通省令で定める総排気量又は定格出力を有する原動機により陸上を移動させることを目的として製作した用具で軌条若しくは架線を用いないもの又はこれにより牽引して陸上を移動させることを目的として製作した用具をいう。
道路運送車両法施行規則
(原動機付自転車の範囲及び種別)
第一条  道路運送車両法 (昭和二十六年法律第百八十五号。以下「法」という。)第二条第三項 の総排気量又は定格出力は、左のとおりとする。
一  内燃機関を原動機とするものであつて、二輪を有するもの(側車付のものを除く。)にあつては、その総排気量は〇・一二五リツトル以下、その他のものにあつては〇・〇五〇リツトル以下
二  内燃機関以外のものを原動機とするものであつて、二輪を有するもの(側車付のものを除く。)にあつては、その定格出力は一・〇〇キロワツト以下、その他のものにあつては〇・六〇キロワツト以下

適用除外が無いので、法律の規定では、どんなに弱くても動力が付いている乗り物は原則として少なくとも原付には該当してしまうようですね。
しかも、セグウエイはエンジンはないものの、カタログを見ると出力が1.5kwと、上記で定める1.00kw以上あるようなので、そもそも起訴状にある「原動機付自転車」に該当するんでしょうか?。(道路運送車両法施行規則別表第一の二輪自動車に該当するのでは?)

自動車損害賠償保障法
第八十六条の三
 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一  第五条の規定に違反した者
(以下略)
(責任保険又は責任共済の契約の締結強制)
第五条  自動車は、これについてこの法律で定める自動車損害賠償責任保険(以下「責任保険」という。)又は自動車損害賠償責任共済(以下「責任共済」という。)の契約が締結されているものでなければ、運行の用に供してはならない。

「自動車」とありますが、定義を見ると、

第二条(定義)
 この法律で「自動車」とは、道路運送車両法 (昭和二十六年法律第百八十五号)第二条第二項 に規定する自動車(農耕作業の用に供することを目的として製作した小型特殊自動車を除く。)及び同条第三項 に規定する原動機付自転車をいう。
2 この法律で「運行」とは、人又は物を運送するとしないとにかかわらず、自動車を当該装置の用い方に従い用いることをいう。

ということで、自動車損害賠償保障法上の「自動車」には原動機付自転車や自動二輪も含まれてます。

道路交通法
第百十九条  次の各号のいずれかに該当する者は、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。 (中略)
十二の四  第七十六条(禁止行為)第三項又は第七十七条(道路の使用の許可)第一項の規定に違反した者

所轄警察署長の道路の使用の許可を得ないで、路上で「イベント」をやった、ということですね。
略式命令に書かれている「適用した法令」
略式命令には、適用した法令として、
「起訴状記載の罰条を引用する他、刑法45条前段、48条2項 刑法54条1項前段、10条 刑法18条、刑事訴訟法348条」
とあります。

刑法
第四十五条(併合罪)(前段)
確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。
(罰金の併科等)
第四十八条
2 併合罪のうちの二個以上の罪について罰金に処するときは、それぞれの罪について定めた罰金の多額の合計以下で処断する。
(一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合等の処理)
第五十四条  一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。
(刑の軽重)
第十条  主刑の軽重は、前条に規定する順序による。ただし、無期の禁錮と有期の懲役とでは禁錮を重い刑とし、有期の禁錮の長期が有期の懲役の長期の二倍を超えるときも、禁錮を重い刑とする。
2  同種の刑は、長期の長いもの又は多額の多いものを重い刑とし、長期又は多額が同じであるときは、短期の長いもの又は寡額の多いものを重い刑とする。
3  二個以上の死刑又は長期若しくは多額及び短期若しくは寡額が同じである同種の刑は、犯情によってその軽重を定める。
(労役場留置)
第十八条  罰金を完納することができない者は、一日以上二年以下の期間、労役場に留置する。(以下、略。)
刑事訴訟法
第三百四十八条
 裁判所は、罰金、科料又は追徴を言い渡す場合において、判決の確定を待つてはその執行をすることができず、又はその執行をするのに著しい困難を生ずる虞があると認めるときは、検察官の請求により又は職権で、被告人に対し、仮に罰金、科料又は追徴に相当する金額を納付すべきことを命ずることができる。
2  仮納付の裁判は、刑の言渡と同時に、判決でその言渡をしなければならない。
3  仮納付の裁判は、直ちにこれを執行することができる。

といった、刑法の併合罪の規定等を並べてあるわけですが、2個以上の罪があるときの罰金は、それぞれの罪の罰金額の合計以下とするということになってます。
略式手続きでは、前述のとおり、五十万円以下の罰金又は科料しか科せられないわけですが、罰金は、
・整備不良の罰金は5万円以下
・道路の使用の許可が5万円以下
・自賠責保険に入っていなかったのが、50万円以下
で合計60万円なので、略式命令の上限の50万円満額の命令が出た。セグウエイで「公道を走った」ということそのものよりも、「保険に入ってなかった」罰金がでかい、ということですね。
電動車椅子というのは、法律上はどういう位置づけなのでしょうか?(原付?軽車両?特別な法律で適用除外になっている?)
電動車椅子よりちょっとパワーが強いだけな機械で路上を走って、保険がついていなかっただけで50万円というのは、常識的に考えるとちょっとキツい気もします。
どの程度「イベント」だったのかもテレビのニュースでチラ見しただけなのでよく存じませんが、ハデな服を着たおばあちゃんが電動車椅子で竹下通りを走っても罪にはならないので、キャンギャルのお姉さんがニコニコしながら竹下通りを走るだけなら(道路運送車両法の要件等を満たしているかどうかという話をおいとけば)イベントに該当しない手もあったかも知れません。
最近は、モーターの動力で漕ぐ力を補助してくれる自転車も出てますが、あれは法律上適用除外になっているはずなのですが、どういう法的根拠なのでしょうか?(メーカーのお客様相談室に聞いてみたけど、根拠法令はわからないようでした。「自走せずに、あくまでお客様が漕ぐ力を補助するものですので・・・詳しくは国土交通省にお問い合わせください・・・。」とのことです。)
ただし、今回は略式なので罰金だけでしたが、根拠条文の罰則には「懲役刑」もありますので、「法律の盲点を突いてもう一回やってみよう」というのはオススメしませんので・・・念のため。
(以 上)

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独郵貯のポストバンクが上場

本日、日経9面に「独郵貯『ポストバンク』上場」の記事が載ってます。
以前、まだドイツが東西に分裂していたころになりますが、某官庁からの受託で、ヨーロッパの郵便事業の民営化状況について調査するため、フランス・ドイツ・イギリスの郵便事業の企画担当の方々にヒアリングに行ったことがあるんですが、、
当時はまだドイツの郵便事業は民営化前なのはもちろん、なんと、電話事業とも一体で、日本で言うと昔の「逓信省」みたいな超巨大な組織でした。
ボン(首都)の古めかしい巨大な中央郵便局に見学に行ったところ、郵便貯金の窓口で、おばさんが郵便貯金の手続きをしているのはいいんですけど、窓口の職員が、1ページがA3くらいもの大きさのある巨大な帳簿とおばさんの通帳らしきものに万年筆で数字を転記してるので大変びっくらいたしました。(統合前とはいっても、もちろん、日本の銀行も郵貯もとっくの昔にオンライン化している時代。)
19世紀にタイムスリップしたような・・・。
「はー。ドイツって大丈夫かね?」と思いましたが、いくらなんでもさすがにもうオンライン化してるんでしょうね。
(ではまた。)

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信用情報と目隠しババ抜き

昨日の「消費者金融と恐怖のリンボーダンス」の続き。
銀行がなぜ自分だけで消費者金融業をやらないのか?という理由の根本的な要因の一つとして、「信用情報」の問題があると考えられます。
本日の日経新聞でも「(三井住友フィナンシャルグループの)西川氏は年明け直後から個人ローンの審査・回収ノウハウを持つ消費者金融との提携を行内に指示していた」(4面)とあります。審査・回収ノウハウというと抽象的ですが、その「ノウハウ」のうち最も重要なことが、「信用情報」ではないかと考えられます。
日本の信用情報交流の現状
日本の消費者信用情報は、消費者金融、クレジットカード、銀行など業界ごとに分断されているのが特徴。
消費者金融専業者の作った地域別の33信用情報センター会社の信用情報のデータ交換を行っているのが全国信用情報センター連合会(全情連)。
ここで交換される情報の特徴は、延滞や貸倒が発生していないお客のいわゆる「ホワイト情報」が交換されているところ。つまり、消費者金融業者間では、「普通の」お客さんについて、他社でどのくらい借入があるかがわかるわけです。これ顧客情報というかマーケティング情報そのものを交換しているわけだから、よく考えればすごいことです。
この全情連のデータは、他の個人信用情報機関との信用情報交流業務を委託するために設立された「(株)日本情報センター」(JIC)経由のCRIN(Credit Information Network)というネットワークを通じて、銀行系の全国銀行個人信用情報センター(KSC) (銀行・信用金庫などの金融機関、銀行系クレジットカード会社、保証会社等が加盟。)やクレジット系の株式会社シー・アイ・シー(CIC) (信販会社、銀行系以外のカード会社、銀行系カード会社等の個人信用情報機関)などの他業態との情報交流を行ってますが、交流するのは延滞等の事故情報(いわゆる「ブラック情報」)に限られてます。
また全情連は、クレジット会社や信販会社などの個人信用情報機関である株式会社テラネット(T-Net)を通じて借入情報(残高有り件数情報)の相互交流を行ってますが、金額については、相互交流してません。
参考:
(株)ジャパンデータバンク ホームページ
http://www.jdb-web.com/about/index2.html
株式会社シーシービー
http://www.ccbinc.co.jp/
銀行は「個人の財務諸表」が見えない
つまり、消費者金融業者(商工ローン業者も含む)の間では、その個人がどこでいくら借りているかがわかるわけですが、銀行等にはお客が「ヤバくなる」までお客の状況が伝わらない。
例えば、ですが。
超優良一部上場企業に勤めている年収500万円のAさんと、あまり聞いたこと無いベンチャー企業に勤める年収300万円のBさんがいたとします。あなたならどちらに金を貸しますか?普通はAさんのほうが信用力がありそうと考えますよね?
銀行やクレジットカード会社は、簡単に言えば、そういった「見かけ」の観点からしか審査が行えないわけです。
一方、消費者金融業者が信用情報を照会してみると、Bさんは他社借入なしなのに対して、Aさんは、武富士、プロミス、アコムなどの大手はもとより、聞いたこと無いような中小の消費者金融業者の借り入れが最近急増しており、合計120万円もの借入残高になっていることがわかったとします。
どっちの顧客がヤバそうか、というのは一目瞭然ですよね?
つまり、消費者金融業者はその個人の「バランスシート」がリアルタイムでほぼわかるのに対して、銀行はその個人が(消費者金融業者から借り増してでも)返済している限り、財務状況が悪化しているのがまったくわからない。これは、決算書をディスクローズしない会社に融資するのと同じくらい恐ろしい話です。
ババ抜きをするのに、他のプレイヤーは手札を見せ合ってるのに、自分だけは手持ちのカードしか見えないとしたら、絶対、ババをつかまされるに決まってます。
実際、銀行のカードローンの貸倒率は消費者金融業者より高い、という話もあります。
「あるべき」情報交換の姿とは
多重債務などの問題を防ぐには、貸金業に必ず信用情報を登録するようにさせるとともに、全業態の信用情報をお互いに開示しあうようにさせて、どの会社も顧客の現在の「バランスシート」がリアルタイムに把握するようにするのが一番いいに決まってる。
ところが、全情連などの信用情報センターは、民間の企業同士の契約によってデータを交換・蓄積して今にいたるわけで、こうした「利権」であり私的な財産権であるものを、法律で無理やりむしりとることもできない。
ホワイト情報が「本来あるべき」状態で全業態に行き交ったら、銀行が有利になるのは明らか。またそれにより、欧米と同じく銀行本体が消費者金融をやるようになり消費者金融専門の会社が生き残れなくなるのも目に見えてます。
なぜ銀行と消費者金融は接近したのか
財務情報だけを見ると、事業環境が悪くなった消費者金融の側から銀行に歩み寄っていかざるを得なかったようにも見えます。しかし、このような情報交換の構造上の問題は20年以上も前から分かっていた話。
銀行等の金融機関はバブル崩壊で疲弊したとはいえ、依然数百兆円の資産をかかえる日本の金融の「ハブ」であり、このセクターの回復無しには日本経済の再生はありえない。また、銀行の収益性を高める最も重要な方策の一つが消費者金融への進出であることも間違いない。ただし、ホワイト情報無しで銀行が消費者金融のマーケットという戦場に飛び込めば、またしても死体(不良債権)の山を築くことになるのは明白。
「なんとか、銀行がホワイト情報を利用できるようにしたい」という巨大なニーズが存在するが、それを直接に実現することは財産権の侵害にもなりかねない。「北風と太陽」のように風をいくら強くしても旅人はコートの襟を立てるだけ。
そのため、その「お宝」である「情報」を手に入れるために、規制金利を下げたり多重債務者問題を社会問題化したりなどして消費者金融側から銀行に歩み寄らざるを得ないように仕向ける「インボー」が存在し、10年以上の歳月をかけたそのインボーが今完成しつつある・・・と考えたら、考えすぎでしょうか?
(ゴルゴ13の原作になりそうな気がするんだけどなあ。)
(ではまた。)

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消費者金融と恐怖のリンボーダンス

磯崎@今日から社外取締役監査委員&昨日からシステム監査技術者、です。
17日のエントリー「消費者金融の金利は「安すぎる」?」の続きですが。
krpさんも取り上げてらっしゃいましたが、本日の日経(3面)に、三井住友銀行のプロミス出資発表の解説記事が載ってました。

三井住友・プロミス連合の無担保ローン戦略は、三井住友の窓口で扱う年八—一二%程度のローン、両社が共同開発し共同出資会社が扱う年一五—一八%程度のローン、プロミスが単独で扱う年二〇%以上のローン——に大別できる。利用者の信用力に応じ、それぞれの商品を提供する。
 なかでも一五—一八%の金利を扱う「共同会社はもっとも重要」(以下略)(西川社長)。

「合法で儲かるところ」を重視
金利の法的関係をもう一度掲げさせていただきますと、下記のようになるわけですが、
image002.gif
西川社長が15-18%のところが「もっとも重要」とおっしゃるのは、一つには「利息制限法の範囲内で」なので、という意味、もう一つは、銀行内のカードローンは8〜12%を想定していて、ぶっちゃけたお話、これはあまり儲からない・・・。訴訟されてもひっくり返されることのない「完全に合法な」金利の範囲内で最も儲かるところはそこだ、ということかと思います。
フルブレーキング
プロミスの経営状況を、決算短信からダイジェストしてみると、以下のような感じになります。(平成15年3月期、平成16年3月期の比較。)
image002.gif
まず、営業貸付金がどどっと855億円も減っています。(黄色の部分)
これに伴い、125億円も営業貸付金利息(つまり売上)も減少。
残高が減るだけでなく、営業貸付金の期末残高の平残に対する利回りも0.7%下がってます。
一方、貸倒引当金繰入額+貸倒損失の額は216億円も上昇。営業貸付金平残に対する利回りも1.4%も上昇して9.3%に。
金融費用だけは、0.2%下がっていてプラス要因ですが、その他の事業環境は最悪、ということです。
この環境悪化に対抗するために、まず有利子負債を約1500億円ドーンと返済。(水色の部分)
広告宣伝費66億円、人件費57億円、賃借料18億円など、販管費等で合計170億円ものコスト削減を行ってます。
12%の削減ですから、相当きついはず。
井上和香の笑顔の影で、力石徹並みの減量が行われていた、ということのようですね。
「最高の売り時」か?
おそらく、今後規制金利の上限は下がることはあっても上がることはない。
「リンボーダンス」のように、だんだん「バー」が下がってきたわけですが、もうこれ以上反りかえると背骨が折れそうな感じ。
おまけに、一般会社の「仕入れ」に相当する調達金利は今までは下がってきたのでなんとかこれでもやってこれたわけですが、今後、インフレで金利が上昇することはあっても、下がることはなさそうです。バーが下がらなくても地面がせり上がってくる・・・。
「♪ミュージック、スタート!」といわれても、もうバーをくぐれる気がしない・・・。
一方、株価は2003年4月あたりで底を打ってから、基本的に上昇トレンドにあります。
というわけで、今回はオーナー一族の方々にとっては(銀行と提携しないで単独でやっていくというのでないという意味で)、またとない「売り時」だったんではないでしょうか。
もう一点、銀行側から見た消費者金融業者と提携する本質的なメリットについて述べようと思うのですが、これから出かけますので、とりあえず本日はここまでということで。
(ではまた。)

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ソニーの本社が米国に移る日

6月7日のエントリー「外資による買収、租税条約」で、合併の対価として外国企業の株式も使えるようになる方向だ、ということをご紹介しました。
その際、外資(外→内)の買収の可能性が高まる点について書きましたが、よく考えると、国際間の企業再編が容易になる影響は他にもいろいろ考えられます。
2007年というかなり未来の話ですし、税制がそれに伴ってどう変わるのかなどの内容もまだ具体的にはわからないので、以下「SF小説」ということでお読みいただければ幸いですが。
例えば。
「ソニー、米国法人化へ」
2008年3月15日 日本経済新聞 朝刊1面
 ソニーは今年六月の株主総会において、デラウエア州に設立された持株会社「ソニーコーポレーション インク(SCI)」との合併承認を求める方針を固めた。存続会社はSCI。現在のソニー株主には米国法人であるSCIの株式が交付されることになる。昨年施行された「会社法」と税制の改正により、合併の対価として外国株式等を交付しやすくなったことを利用する。
 ソニーがSCIと合併した場合、東京証券取引所はSCI株式の東証一部上場を承認する方針だ。実現すれば、東証一部に上場する初の外国株式となる。また、ニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場されているソニーのADR(米預託証券)は上場廃止され、預託証券では無いSCIの株式そのものが新たにニューヨーク市場に上場することになる。
 従来のソニー株式会社の営業は、SCIの100%日本子会社である「ソニージャパン株式会社」が引き継ぐ。また、ゲーム、音楽、映画など、従来、ソニーの傘下にあった事業部門や子会社も、逐次、SCIの直接の子会社に再編されていくことになる。
 ソニーが米国法人化を行うのは、「ソニーのグローバル化を完成させるため」(同社経営陣)。ソニーは従来からグローバル化を進めてきたが、米国会社化を期に役員や従業員などの意識を完全にグローバルなものに改める。また、日本の会社法より柔軟性の高いデラウエア州の会社法を活用することにより、買収や合併などの企業再編をよりスムーズに行えるようにする。デラウエア州会社法は会社法の事実上の世界標準となっており、それを理解できる弁護士等の専門家の層も厚いため、ソニーが海外企業と買収の交渉をする場合にも、米国株式を対価として交付するほうが交渉が行いやすい可能性も重視されたようだ。
 国際間取引の多い大手の商社、海運会社の中にも、グローバルな課税の最適化を図るために海外に本社を移すことを真剣に検討する企業があらわれ始めている。「ソニーの米国会社化ショック」は、今後、日本の産業界に大きな衝撃を巻き起こすことになりそうだ。
・・・と、まあ、ホントにそうなるかどうかはともかく、会社法や法人税法等も産業のための重要な「インフラ」であり、そうしたインフラ自体が、今後ますます国際間の「競争」にさらされ、「インフラ」の悪い国からはどんどん企業が出て行っちゃうということになりかねないのは確かではないかと思います。
(ではまた。)
追記:2004/09/10
本日の朝日新聞朝刊によると、外国法人の日本子会社との合併をする際に、親である外国法人の株式を対価として被合併会社の株主に渡す「三角合併」を認める、ということのようです。
上記の「SF」では、直接、ソニーとデラウエア法人が合併するという想定になってますが、SCIの日本子会社(ソニージャパン)とソニーが合併する、という絵になるということのようです。

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