週刊!木村剛「マスコミが指摘しないカネボウと三菱自動車の共通点は何か?」で、木村剛さんが、監査役の責任についてコメントされているので、本日はそれについて。
じつは、ひとつ、マスコミが全く取り上げていない重大なポイントがある。
それは、監査役の責任論だ。
カネボウのケースは、簡単に言えば粉飾決算に関する容疑なのだから、その件に関して、監査役は当然に責任を負っている。三菱自動車の件も法律違反が対象となっているので、これも当然に監査役の責任範囲にあるはず。ところが不思議なことに、マスコミでは、この2件に対して監査役の責任を問う声が全く聞かれない。何たることか。
日本の監査役制度がうまく機能していないんじゃないかという問題意識については、私もまったく同感です。しかし、マスコミがこの2件の監査役の責任を問わないのは、監査役制度に無関心ということもさることながら、監査役の責任が実際問題として「問えない」部分があるからではないかとも思います。
監査役の「オーラ」
社団法人日本監査役協会は、毎年、6月の定時株主総会シーズンの後に、新任監査役のための基礎知識講座というのを開催します。日本監査役協会ってどんなところ?というのに前からちょっと興味があったんですが、昨年、(ついに?)この会に出席する機会がやってきました。
昨年のソレは、有楽町の東京国際フォーラムの5千人以上入れる大ホールで開催。会場に近づくと、一目でそれとわかる新任監査役のオジサマ方が会場に向かってたくさん歩いてらっしゃいます。全員グレー系の地味なスーツで年齢もほとんどが60歳以上。みなさんを包む「オーラ」は「枯れている」という表現がぴったりの感じ。よく経営者にいる「顔から脂がしたたってる」とか「首の太い」タイプの方は皆無。
東京国際フォーラムの超近代的な建物の巨大な階段を、グレーのスーツに身を包んだ数百人もの初老の方々が黙々と登っていかれる。これ、「ガタカ」とかの未来SFの1シーンを見ているようで、非常にシュールでございました。
会場に入ると、千人は超えようという出席者のうち、女性は数名。
私は、ユニクロのシャツとズボンてな格好で行ったのですが、そんな格好してるやつも、40代前半以下の人も(私が見る限り)皆無でした。
監査役の権限は絶大
以前、結構有名なベンチャー企業の社長とメシを食っているときに、「ところで、監査役って何する人なんですか?うちにもいるけど何やってるかよくわかんなくて。」と言われて、結構びっくり。(苦笑)
ことほどさようによく知られていない監査役は、その「オーラ」から、あまり権限がないと思われていることも多いのですが、やることは取締役の「見張り」で、組織図上も取締役会の「上」、株主総会の直下に書かれていることが多いですし、実は、商法上も絶大な権力を持っています。
例えば、
第二百七十五条ノ二
取締役ガ会社ノ目的ノ範囲内ニ在ラザル行為其ノ他法令又ハ定款ニ違反スル行為ヲ為シ之ニ因リ会社ニ著シキ損害ヲ生ズル虞アル場合ニ於テハ監査役ハ取締役ニ対シ其ノ行為ヲ止ムベキコトヲ請求スルコトヲ得
� 裁判所ハ仮処分ヲ以テ取締役ニ対シ其ノ行為ヲ止ムベキコトヲ命ズルニハ担保ヲ立テシムルコトヲ要セズ
ということで、取締役の行為を強制的に差し止める権限もありますし、
商法第二百七十五条ノ四
会社ガ取締役ニ対シ又ハ取締役ガ会社ニ対シ訴ヲ提起スル場合ニ於テハ其ノ訴ニ付テハ監査役会社ヲ代表ス(以下略)
と、取締役を訴えることもできる。その場合は監査役が会社の「代表者」です。
また、監査役が監査報告書に「取締役が不適法なことをやっていた」てなことを書いたらその会社「アウト」ですし、前回の商法改正で任期も4年に。クビにしようとしても、株主総会で「不当に辞めさせられた!」と陳述することもできます
第二百七十五条ノ三ノ二
監査役ヲ辞任シタル者ハ其ノ後最初ニ招集セラレタル株主総会ニ出席シ其ノ旨及理由ヲ述ブルコトヲ得
こうした強大な権限をうまく使えば、「制度上、会社をちょっと脅せば、監査役は居座ろうと思えば永遠に居座れる(笑)」てなことをおっしゃる弁護士さんもいらっしゃいます。
つまり、監査役は誰にも監査されない。天敵がいない。
株主総会だけは監査役を解任させられますが、監査役の解任決議を取締役会が株主総会に上げられなかったら実際には解任できない。解任させられたという話も聞いたことがない。
また、監査役は「独任制」を取っており、原則として各監査役は「監査役会」の決議にも拘束されません。裁判官が法律で独立性を保証されているのと同様、監査役にも極めて高い独立性が保証されているわけです。
こんな強大な権限を持っている監査役に「顔の脂ぎった人」「野心マンマンな人」などをすえた日には、もしかしたらとんでもないことになるかも知れない、ということで、おのずと企業はそういう人ではなく、「無害」っぽい「枯れた」人を据えよう、ということになる。
戦後の監査役制度の歴史は、監査役の権限を強化する歴史だったわけです。しかし、日本の監査役制度の問題点は、権限が小さすぎることではなく、むしろ権限が大きすぎることに問題があるのかも知れません。
監査役の責任は限定的
会社の不祥事などで監査役が訴えられた判例というのはいくつかあるようですが、よほどあからさまに悪いことをしない限り裁判ではほぼ「全勝」のようです。
また、木村さん曰く、
カネボウのケースは、簡単に言えば粉飾決算に関する容疑なのだから、その件に関して、監査役は当然に責任を負っている。
とのことですが、「当然」かどうかは結構ビミョーなところです。
商法上の中会社以下の会社の監査役は、会計に関して監査を行う必要がありますが、大会社(資本金5億円以上または負債200億円以上)は、会計部分はプロである監査法人に任せ、監査役は、その監査法人の監査方法および結果が「相当」であったかどうかの判断を行うだけです。(株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律第14条3項1号)
「相当」というのは、「明らかにヘンなことをやっていたというわけではない」くらいの意味で、「適切」とか「妥当」とかよりかなり弱い言葉です。
もちろん、監査役には監査法人に文句を言う権限はあるわけですが、会計の専門家とも限らない監査役に、会計のプロである監査法人のやり方が「明らかにヘンでっせ」と指摘させるというのは、一般論としてはちょっと無理があるかと思います。
「監査役も自分で独自に帳簿とかチェックすりゃいいじゃん?」と思われる方も多いと思いますが、従業員100人の会社ならまだしも、カネボウは連結で14,027人、売上で4300億円以上もあります。そんな会社の大量の帳簿を専門家でない方が見ても、何か発見できる可能性は低い。
監査役には、その他、適法性のチェックや重要な会議への出席などの仕事もあるので、帳簿を自分でひっくり返さなかったとしても、監査役に求められる注意義務を怠った、ということにも必ずしもならないと思われます。
木村さんの「コーポレートガバナンスにおいて監査役が機能してないんじゃないか?」という問題意識は非常に正しいと思うのですが、「なぜ、責任を問わないのだ?」というのの答えは簡単で、「実際問題責任が問えない(可能性が高い)から」ではないかと思います。
孤高の監査役
監査役の「手足」をどうするのかというのは、商法理論上、結構議論のあるところです。
会社には「内部監査室」みたいな組織があるところもあり、監査役とそういう部門が協調してワークすることで効果的な監査をやったらどうか、ということも当然考えられます。が、そういう「内部監査室」も取締役が設置し役職員がやっているため、監査役にとっては「監査対象」に相当するわけで、「部下」として使えるかというとビミョーなところ。
「監査役室」みたいのも、秘書機能くらいしかないところも多いです。
監査法人であれば、大人数でチームを組んで現場に乗り込んで、ということもできるわけですが、「手足の無い」監査役は、一人孤高に監査をしなければならない、って感じ。
監査役が10人いる会社というのもヘンですし、10人いたとしても、監査役は「独任制」ですので、それを「チーム」として束ねることは商法理論上は難しい。(当然、協力しても全然OKなのですが。)裁判官などと同じく各自「勝手に」判断して「勝手に」行動する権限が法律上保証されてます。
もちろん、外部のコンサルファームなどにフィーを払って、そのチームに社内の監査の作業をやらせてその陣頭指揮を執る、というような監査役の姿も考えられなくもないですし、その費用を請求する権利も商法上保証されています(商法279条ノ2)。が、そこまでやるのが一般的とか、それをやらないと裁判で負けるかというと、そうはなってないかと思います。
両社の監査役はどんな人?
EDINET で両社の監査役を見てみると、
カネボウの前期の有価証券報告書を見ると、監査役は4名、常勤2名。(ちなみに、お生まれは、それぞれお、昭和11年、18年、17年、9年・・・。)
弁護士の方が1名いらっしゃいますが、他の3名は、40年来カネボウの役職員だった方々です。
平成17年5月以降施行の商法では、社外監査役は半数以上いなければいけなくて、その定義も「(生まれてから一度も)その会社の役職員でなかった者」(商法特例法第18条1項)になるのですが、改正までは定義が、「その就任の前五年間会社又はその子会社の役職員でなかった者」なので、5年間会社から離れてホトボリを冷ましていれば社外監査役に該当します。カネボウの「社外監査役」のうち弁護士でない方の方は、平成元年に「ファッション経理部長」を勤められていた経歴のある、モロ元従業員の方です。
商法特例法第18条1項
(平成14年5月 改正前)
会社にあつては、監査役は、三人以上で、そのうち一人以上は、その就任の前五年間会社又はその子会社の取締役又は支配人その他の使用人でなかつた者でなければならない。
(平成17年5月1日 施行分)
大会社にあつては、監査役は、三人以上で、そのうち半数以上は、その就任前に大会社又はその子大会社の取締役、執行役又は支配人その他の使用人となつたことがない者でなければならない。
三菱自動車の前期の有価証券報告書を見ると、こちらも監査役4名、常勤2名。
こちらは、経歴を拝見する限り、カネボウよりはかなりマシかと。社外監査役は、三菱重工の常務と、東京三菱銀行の副頭取(両方現職)です。
(ちなみに、お生まれは昭和17年、18年、20年、16年。)
特にこのお二人は、リコールについて法令違反などの事実をつかんでいたら、当然、「ちゃんとやれ!」と言いそうですし、社会的にも言える立場にはあったかと思います。が実際、そうした情報が監査役に入るしくみになっていたとも思えないですし、また、現場を訪ねて、書類を自らひっくり返すというような作業をやられる方とは思えません。
監査役は、取締役が構築するそうした「しくみ」を監査して文句を言えるだけで、自ら(監査対象である)従業員を指揮してそうした内部統制システムを作り上げる、ということをやっていいかどうかというのも商法上は、ビミョーなわけで。
委員会等設置会社の監査委員会
かように、監査役というのは強大な権限を持っておりながら、責任については必ずしも明確とは言えない。そんな人に暴れられてはたまったもんじゃないから、もともと「枯れた」人が据えられる。
「天敵のいない生物」がいる生態系をうまくいかせようというのは、そもそもビミョーなところがあるわけです。
こうした問題点の反省を元に、14年の商法改正で「委員会等設置会社」が導入されました。
この会社では、監査役は廃止され、アメリカのboardシステムと同様、取締役で構成される「監査委員会」が監査役と同様の監査を行うことになります。
取締役は「相互監視」が基本ですので、「監査委員」にも「天敵」が存在することになります。
ある程度「やる気のある」人を据えても、制度上、監査役よりは暴走する可能性は小さい。
監査委員会メンバー自体も、株主総会でなく、取締役の中から取締役会の決定で選任されることになります。
また、監査委員も「取締役」ですので、「監査役」という言葉が持つ「アガっちゃった感」が薄まってるかも知れないですね。取締役会メンバーでもあるので、経営の意思決定の決議にも参画します。
監査役は「ツッコミ専門」だったのが、監査委員は「ノリツッコミOK」になるわけです。
監査委員の独立性も保った上で、「監査委員会」は「チーム」として活動することが法律上も前提となりましたし、監査委員会の「手足」となる部隊を持てるようになったことも大きい。内部統制システム、コンプラやリスク管理との関連も明確に定義されました。(商法特例法21条の7第1項2号、商法施行規則第193条)
木村さんは「監査役の責任を追及せよ」とおっしゃいますが、以上のとおりそれら2社の監査役はよほどの「ヘマ」をやってない限り責任追求するのは難しいと思います。以上のように、法が想定しているのは、まさに「裁判官」のように基本的には裁判所に座ってるイメージで、(権限はあっても)「刑事」の機能まで強制されているとは考えにくいからです。
また、今さら監査役中心にコーポレートガバナンスを強化するよりは、例えば、上場会社には委員会等設置会社、または、それに準ずるしくみで、(見識のある)社外取締役や内部統制システムと連動したガバナンスのシステムを取り入れるように促していくというほうが建設的な気もします。
監査役制度の最大の問題が「監査役自身に対する監査は誰がするの?」ということだとしても、監査役を取締役に見張らせるのは、「監査役の権限を弱める」ことになるので、そちら方向への法改正は難しいと思われるわけです。
ご参考:isologue過去エントリー
「ベンチャーこそ委員会等設置会社」
https://www.tez.com/blog/archives/000031.html
「Googleのガバナンス構造の整理」
https://www.tez.com/blog/archives/000074.html
7月の上旬に、日本監査役協会で委員会等設置会社に移行した企業の監査委員の方々の会合に出席させていただく予定になってます。ご案内のとおり、委員会等設置会社に移行した企業はまだ少数ですが、ソニー、野村ホールディングス、オリックス、東芝など、コーポレートガバナンスに積極的と考えられる会社さんばかりなので、ちょっと楽しみにしております。
過去の出席者の資料を拝見すると、やはり年齢は私より20歳くらい上の方が多いようなので、「ノリ」が合うのか、ちょっと不安ではありますが・・・。
(ではまた。)
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