量子コンピュータとは何か?

昨日の「量子暗号はビジネスになるか?」という記事に対して、heroさんからコメントいただきました。

量子暗号の開発目的は、現状でのセキュリティ向上ではないと思います。
量子論を利用したものに、量子コンピュータと言う代物があります。今のコンピュータとは計算の原理が異なるコンピュータで、もしそれが実現すると、現在使われている公開鍵暗号などを簡単に解析することができるそうです。現状の暗号が意味を成さなくなるため、量子コンピュータでも解析できないような暗号が必要になって、量子暗号が研究され始めたと聞きました。
将来、量子コンピュータが広まっていくと予測をたてたならば、実現した時に備えて量子暗号を開発することがビジネスチャンスになるのではないでしょうか。

(一部)同意です。
本当に近い将来、暗号に使おうと思って研究しているのだとしたら「センス悪すぎ」かと思いますが、かなりの長期を見越した基礎研究なんでしょう。
もしかすると、遠距離間をつなぐ通信の安全確保というのは「シロウト向けのわかりやすい説明」で、量子コンピュータ内の回路(総延長はそれなりの距離になると思いますので)の設計などを考える場合にも役立つのかも知れないですね。(単なる想像。)
暗号の強度の構造
この量子コンピュータの登場で「公開鍵暗号」の安全性が危機にさらされるということですが、どういうことでしょうか。
そもそも、現在の公開鍵暗号が安全なのは、下記の図でいう「NP」という集合に属する問題だから、ということになってます。(・・・はずです。)
P_NP.jpg
出所:計算基礎論 理学博士 足立暁生著(オーム社)P121
NPとは、「決定性チューリング機械でサイズnの多項式時間で計算できる問題のクラス」ということ。
これに対して上記のPとは「決定性チューリング機械でサイズnの多項式時間で計算できる問題のクラス」。
「決定性チューリング機械」というのは、現在のコンピュータの方式と理解していいかと思います。つまり、NPに属する暗号とは、現在のコンピュータのプログラムで解くと、暗号の鍵長nの多項式時間では解けない(n乗とかの時間がかかる)可能性がある暗号ということです。
このNという集合とNPという集合は、図では完全には一致しない集合のように描かれていますが、現在わかっているのは、PがNPに含まれることだけで、もしかしたらP≠NPじゃないのかどうかは数学的に証明されていません。つまり、うまいアルゴリズムを見つけ出せば、公開鍵暗号も量子コンピュータを使わずとも瞬時に解ける、という可能性が絶対無いことは証明されてません。
この「P=NPかどうか」という問題は、未だに解決されていない数学の超難問とされてますが、数学者の多くは、おそらくP≠NPだろう、と予想しているようです。
量子コンピュータとはどんなコンピュータか?
問題は量子コンピュータの出現がなぜ公開鍵暗号を危機にさらすか、ということ。
量子コンピュータが単に「演算速度が速い」コンピュータなら、あまり恐れる必要はありません。NP問題では、鍵の長さが増えると鍵の長さnに比例してではなく、n乗などのオーダーで必要とされる演算速度が増えるというのが特徴ですから、例えば量子コンピュータが今のコンピュータより1兆倍早いスピードのものだとしても、(仮に2のn乗のオーダーの時間がかかるとすると、)240≒1兆ですから、たった40bitほど鍵の長さを伸ばすだけで解けなくなるということにもなります。
しかし、いろいろwebを検索して読んでみると、量子コンピュータは今のコンピュータのしくみ(決定性チューリング機械)とは全く違う仕組みのコンピュータのようです。
つまり、P=NPと数学的に証明されるのとは全く関係無しに、NP問題が短時間で解けてしまう、ということのようです。
こちらで、NEC基礎・環境研究所の蔡 兆申主席研究員が、

量子コンピュータが完成した暁には、「素因数分解」や膨大な事象の組み合わせを考えなければならない「NP完全問題」のように、基本的にしらみつぶしに計算しなくてはいけないような、現在のコンピュータが苦手とする計算を瞬く間に解くことができるようになると言われています。
(中略)
ただ、量子コンピュータならどんな計算でも高速になるか、というとそれには少し誤解があります。パソコンで言うCPUの速度が上がるという意味で高速化を実現するわけではないからです。例えば、量子コンピュータで、1+1を計算させたとしましょう。こういった単純計算をした場合は、計算結果が出てくるまでの速度は、今のコンピュータと大差ないと予想しています。すなわち、量子コンピュータは、私たちが計算機として日常使うコンピュータとしては、そのありがたみが感じられないものかもしれません。しかしながら、量子コンピュータが得意とする問題でかつスーパーコンピュータでも膨大な時間を要するような計算をしたい専門家にとっては、夢を可能にするコンピュータだといえます。

と分かりやすく説明してらっしゃるように、どうも通常の演算スピードがそれほど上がるわけではなさそうです。
現在の暗号体系は崩壊するか?
実用化はまだまだ先のようですが、仮にこれができた場合には、どういう問題が発生するのでしょうか。
まず、現在、インターネット上の電子商取引などで口座番号やカード番号などの個人情報をインプットするときに使っているSSLや、メールやファイルの暗号化に使うPGPなどの暗号は、素因数分解の困難性がNP問題であることを利用しているので、もし量子コンピュータが実用化されると解読される危険はあります。
ただし、上述のように、量子コンピュータはNP問題のような特定の問題については現在のコンピュータより桁違いに早く解答を出しますが、すべての問題を早く解けるマシンではない。つまり、対称鍵暗号(総当たり的な攻撃が必要な暗号)の解読もできるというわけではない模様です。実際、量子暗号においても、対称鍵の鍵配送だけを量子暗号でやって、暗号文本文は、その対称鍵で暗号化して送信することを想定した解説などもあります。(つまり、対称鍵暗号は使い続ける想定。)
つまり、量子コンピュータが登場しても、鍵配送問題さえ解決すれば、既存の暗号体系がすべて瓦解するということはなさそうです。
例えば、B to Bの通信なら、両方のサーバーに時々刻々変わる対称鍵(共通鍵)を発生させる装置を据え付けるとか、B to Cでも、例えば第三者の認証機関やデファクトの共通ソフトのようなものをかませて時々刻々変化する共通鍵を使う、というようなことは可能ではないかという気もします。
そういう方法を開発して、今のインターネットの通信網自体を使い続ける方が、新たに光ファイバーから引き直すよりは、はるかに安くつくはずです。また、いくら光ファイバーの上で安全でも、無線や銅線上でも使える暗号でないと、ECなどのB to Cの領域ではマーケットが狭くなりすぎて意味無いでしょう。
それから、中妻穣太さんからもトラックバックいただきました。
「ぬおー、ツッコミたいが時間が…」
ということで、時間がないそうです。
残念ですねぇ。まさに、中妻さんとかがツッコんで来るだろうなあと思って書いたエントリーだったんですが・・・( ̄ー ̄)ニヤリ
(ではまた。)
参考URL:
NEC研究所、Innovative Engine「量子コンピュータ」(July.16, 2004)
http://www.labs.nec.co.jp/innovative/E3/top.html
nanoelectronics.jp 「量子コンピュータ」
http://www.nanoelectronics.jp/kaitai/quantumcom/3.htm

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量子暗号はビジネスになるか?

量子暗号が話題になってます。

NECなどが量子暗号で世界最速値、100kビット/秒の大台に(2004年09月28日 日経エレクトロニクス)
http://nikkeibp.jp/wcs/leaf/CID/onair/jp/elec/333909

NECと情報通信研究機構(NICT)は2004年9月27日、長さ40kmの光ファイバ越しに量子暗号の鍵データを100kビット/秒で通信相手に送信することに成功した、と発表した。これまでは産業技術総合研究所が2004年5月に発表した「10.5km、45kビット/秒」が最高速だった。NECは2004年3月に世界最長となる「150kmの単一光子伝送」にも成功したと発表済み。今回の発表で、量子暗号伝送の長距離化、高速化の両方で世界の研究を1歩リードした格好となった。

量子力学を応用しているというのは非常におもしろいので、研究にケチを付けるわけではないですが、この量子暗号、どう実用化させるかのイメージがよくわかりません。
「物理層」まで変えないといけない通信を誰が求めるのか?
今の電話線網や(「ダーク」でない)光ファイバー網の上で使えるというのならまだ市場性は見える可能性がありますが、記事などを読む限りでは現状のルーター等は(へたすると、光ファイバー自体も?)使えなさそうです。
極めて高度なセキュリティのニーズを持っているところといって思いつくのは、防衛、警察、外交、および、せいぜい金融の領域くらいかと思います。
防衛・警察・外交などは、無線で強力な暗号が使えるならまだしも、特殊な光ファイバー網を新たに構築した「陸続き」のところでしか使えないというのは、実際にはほとんど使えないんじゃないでしょうか。(サマワから日本まで、そんな回線を敷設する?)
金融などの民間企業は、さらにコストパフォーマンスが重視されるのではないかと思います。
結局、既存の暗号の強度しか無い?
この量子暗号、あまり大容量の通信には向かないようなので、記事等を見る限り、まず、
1. 量子暗号で対称鍵暗号の鍵を送り
2. その対称鍵を使って文書等を暗号化して送信する
というもののようです。(つまり、本文の暗号化ではなく、鍵配送にしか使わない模様。)
すなわち、いくら「1」の強度が強くても、2の部分は現状の暗号の強度と変わらない気もします。
現在の暗号に何かご不満でも?
現在インターネット上で使われているSSLやPGPなどは、上記の1の部分をRSAやDHなどの公開鍵暗号でやってます。公開鍵暗号で対称鍵暗号(IDEAとかDES等)を暗号化して送信し、2でその対称鍵暗号を使って暗/復号を行うわけです。

注:
公開鍵暗号は、「鍵をかける」鍵と「鍵を開けられる鍵」が別の鍵である方式のもの。
「鍵をかける鍵」では鍵は開けられないので、「鍵をかける鍵」は盗聴の可能性がある通信網で流しても大丈夫。剰余系の上での素因数分解の困難性等の数学的性質を応用している。
対称鍵暗号は、「鍵をかける」鍵と「鍵を開けられる鍵」が同じなので、鍵が盗まれると解読されてしまう。

公開鍵暗号は安全でない通信網上で公開鍵をオープンにしても解読されずに鍵配送が行えるが、対称鍵よりずっと暗/復号の速度がノロいため、「本文」の暗号化は対称鍵暗号で行ってるわけです。
現在の暗号に何か大変な危険があるのでなければ、光ファイバーの引き直しやルーター等の総入れ替えを何十億円、何百億円かけてやっても意味がない。
時々ニュースになる「あの暗号が解読された」というのも、何百万分の1の確率でしか遭遇しないようなレアなケースの場合に解読できることある、という程度のレベルのお話であって、そういうケースに相当するような鍵は生成しないようなロジックに変更するなどの対策を取れば、別に大きな問題になるとも思えません。
実際には、現在の暗号をちゃんと使っていて解読されて損害が発生したというケースはまず無いと思いますし、それよりは、復号された平文の情報を従業員が持ち出すリスクの方が何万倍も大きいわけです。
メールを暗号化して送る人すら、まだ少数なのに。
犯罪者は、暗号化された情報を盗聴で入手してコンピュータで力ずくで解読にかかるよりは、例えば、合併交渉などのインサイダー情報を暗号をかけずにメールでやりとりしているような企業を狙って盗聴する方がはるかに効率よく犯罪が行えるというもんです。
専用の通信網って逆に危ないんじゃ?
常識的には、専用線を借りてちゃんとした暗号をかけて通信すれば、それを盗聴して解読するやつがいるなんてことはあまり想像できません。
それどころか、今や、「別に専用線でなくてもVPN(仮想専用線)でもいいよ」という企業も多いんじゃないでしょうか。「なるべく上のレイヤーで解決しよう」という流れなわけです。
IPv6ですら普及するかどうかわからないのに、量子暗号なんて普及するんでしょうか。
また逆に、仮に何百億円かけて量子暗号通信専用の通信網を構築したとしてもですね、そんな高い通信網を使う人はごく少数でしょうから、かえってそこに「価値のあるデータ」が流れていることがバレちゃうんじゃないでしょうか。
つまり、泥棒が豪邸やベンツを狙ったりするのと同じ、ような。または、「いつも同じ道を通るアホな現金輸送車」みたいな。
さらに。この量子暗号は、「観測」という行為によって状態が変化してしまうという量子力学のしくみを応用して「盗聴されていることがわかる」(だけ)です。つまり、盗聴されている可能性があるとわかったら、送られてきた暗号鍵を破棄して使わず、暗号鍵の配送のリトライを待つわけです。
ということは、盗聴されてたら、いつまで経っても通信文が送れないってことじゃん?そんな高価な通信網を構築したのに「盗聴する」という行為だけでサボタージュ工作されてしまうというのもナニですね。
セキュリティビジネスの難しさ
セキュリティビジネスは、中にはベリサインのような「ネットワーク外部性」が働いてウハウハな収益性になるビジネスもありますが、基本的にはおいしいビジネスを作るのが難しい領域ではないかと思います。
まず、知的資源を非常に食います。
量子暗号の量子力学もそうですが、例えば公開鍵暗号でも、こういったことの開発には「有限体上の素因数分解」だとか「離散対数」とか「楕円曲線」とか、高度な数学の知識が必要です。
高度な数学の知識といっても、「高校時代は常に数学のテストは学年トップでした」というレベルではなく、「世界で何本かの指に入る程度」が求められます。
ドイツ軍のエニグマ暗号解読に成功したイギリスの数学者チューリングがホモ疑惑をかけられて業界から追放、悲惨な死を遂げたとか、「ビューティフル・マインド」でおなじみのノーベル経済学賞の数学者ナッシュも、軍の暗号解読の仕事に従事していたが精神病で苦しむようになったり、とか、こういう神の領域に迫ろうかというレベルの方々は、あまり幸せなことになってません。
次に、そういうレベルの人を用意しなければならない割に、収益に結びつけるのが非常に難しい。なぜなら「セキュリティ」ってのは、まだ起こってない危険に対するお金をかけることなので、意志決定者(オヤジ系)は、そんなもんにいくらくらいお金をかけていいのか、ピンと来ないことが多いからです。
また、「高度なものほど高く売れる」とは限りません。
一つには、高度かどうか買う人(オヤジ系)が判断できないから。現代暗号は、前述のように数学的・科学的にあまりに高度になりすぎて、(オヤジ系はおろか)ほとんど誰も判断できないもんになってます。
二つめには、セキュリティというのは「安心」を買うものだから、いくら技術が高度だといっても、新しく出てきた実績のないものは「安心」できないわけです。つまり「枯れた」技術、「ブランド力のある」技術の方が有利。
難しすぎて一般のユーザーでは直接には製品やサービスを評価できないわけですから、「枯れて」「ブランド力がある」ようにするためには、結局、専門家の間で相互検証してもらうしかない。そのためには、アルゴリズムはオープンにしないといけない。オープン=無料。つまり、フツウの製品やサービスは核になる技術が金を生むことが多いのではないかと思いますが、「タダ」のものに付加価値を付けて儲けなければならない。
セキュリティをビジネスにするって、とっても難しそう、ですね。
ご参考まで。
(以下、検索で見つけた参考[になりそうな]URL)
量子暗号技術の研究開発−最終目標に向けた取り組み(平成16年6月15日)
三菱電機(株)日本電気(株)、東京大学
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/21-century/pdf/040615_2_5-1.pdf
キーマンズネット用語解説(produced by RECRUIT)
http://www.keyman.or.jp/search/a_30000190_1.html?banner_id=1
KURE JBC「量子情報通信」
http://www.kurejbc.com/quantum/qic001.htm

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Googleは電気羊の夢を見るか?

見そうな気がします。世界で一番始めに。
founderのお二人も、そういうことにすごく興味がありそうですし。
検索エンジンのDBの要素同士の関連の構造というのは脳のニューロン同士のリンクと、ある意味、非常によく似てるのではないかと思います。大学の研究室に置けるコンピュータ程度の記憶容量ではまだまだ人間の脳にはかなわないでしょうが、Googleなどの検索エンジンあたりになってくると、そろそろ人間の脳のポテンシャルに量・スピードで迫りつつあるんではないでしょうか。
もちろん、今のまま量だけ増やしていけばGoogleが人工知能になるというわけではないでしょうが、先日ご紹介したマイクロソフトのAsk MSRプロジェクトのように、あと「ひとヒネリ」してやるだけで、かなり「知能」に近づく気がします。(少なくとも、他のどんなモノよりも。)
もしかすると、もうすでにGoogleのラボではコンピュータが「デイジ〜、デイジ〜♪」と歌ってるかも知れませんね。
SFの中では、こうした「ビッグブラザー」的な人工頭脳は、政府が作ったり、軍事用に作ったり、「アイ・ロボット」の中もロボットの制御用に使ったりしているわけですが、現在のような発達した資本主義社会の中では、政府だとか特定企業用のものが作ったものや「極秘に」作られたものが製品やサービスとして最終的に勝ち残れる可能性は極めて小さい。現在までインターネットのプロトコルがARPAの中で研究され続けていた場合の通信機器の性能と、現在のCISCOのルータの性能のどっちが優れているでしょうか?と言ったら、そりゃCISCOのでしょうし、トマホークミサイルの先端のカメラがソニー製だ、みたいな話のほうが説得力があります。
つまり、「民生用(コモディティ)」の方が勝っちゃう、ということですね。
また、そうしたプロジェクトをファイナンスするのは、政府の補助金とかマッドサイエンティストの遺産とかではなく、金融市場の資金というわけです。つまり、全く極秘に開発が進むというよりも、画像検索とか自然文検索とか「小出しにディスクローズしながら発展」するというシナリオの方が可能性が高い。
検索エンジン対策(SEO)というのは、そうした「ビッグブラザー」に隷従する考え方の原初(笑)とも考えられます。いわんや、いったんコンピュータが「知恵」を持ってしまったあかつきには、人間は記憶の鮮明さや量やスピードでは絶対かなわないわけですから、どういったことになっちゃうんでしょうね?
考えると、夜も眠れませんね。
(ではでは。)

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週刊SPA!のSNS特集に取り上げていただきました

明日(9月27日火曜日)発売の9/29日号週刊SPA!の「SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)儲けのカラクリ」という特集で取材いただきまして、私のコメントが掲載されてます。(85ページ参照)
040928hyo.gif
おそれ多くも、greeの田中さんやmixiの笠原さん、KNNの神田さん等と並んで顔写真付で掲載していただいてます。今まで雑誌等に載ると人相が悪いことが多かったのですが、今回はかなり良く写ってるのではないかと。
SPA!編集部の方の「神田さんがハデ系で写ってらっしゃるので、磯崎さんはマジメ系でお願いします」というリクエストに従って一人だけ背広&マジメ系で写ってますが、必ずしもいつも背広を着て仕事をしてるというわけでもありません。(ご参考まで。)
ご興味のある方は、書店で手にとっていただいて、よろしければ購入していただければ幸いです。
(追記:先週号?だったみたいですね。失礼いたしました。)
(ではまた。)

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ベンチャーサポートビジネスと小児科医

子供の歯の噛み合わせが悪いというので、先日、矯正歯科の先生のところに行って説明を拝聴。矯正の場合、極めて重度なもの以外は保険の適用が全く無いので、1時間の診断+レントゲン+分析で、6万円強也。矯正は最低2年は続くそうですが、その先生によると一般的にだいたい初期に器具等で30万円ちょっと、2年間累計で40万円くらいはかかるとのこと。
「ゲゲっ」って感じですが、近所では数年で100万円払わされた子もいるし、一種の「整形」と考えれば、プチ整形の「埋没法の二重手術、15分で15万円」とかいうのよりは、かなり良心的な価格かも・・・と思ったりして気を落ち着かせました。(ハァハァ・・。)
ファイナンスの関連する企業のサポートビジネスでもやっぱり現在儲けてらっしゃるのは企業再生系のような「整形系」でしょう。ブクブクに太った三段腹のオバサンの脂肪をズズーッと吸引したり、フェイスリフトして顔のシワを伸ばしたりというのは、技術もパターン化しやすく落としどころも見えやすい。
これに対して、インキュベーターをはじめとするベンチャー関係のサポートをするビジネスというのは、いわば新生児外科/小児科という感じで、「お金儲け」という観点だけから考えると今ひとつ、かも知れません。子供は「ここが痛い」とはっきり自分で症状を言ってくれるわけでもないし、子供だからその分テキトーな技術でいいどころか体が小さい分かえって手術が難しいことも多い。症例も多様で手間もかかるし、何より、美容整形したい三段腹のオバサンと違って「新生児」はお金を持っているとは限らないわけです。
ただし、自分が関わった子が健康に成長をしてくのを見るのは大きなやりがいではあります。もちろん、ちゃんと育ったのはその子や親の手柄であって「小児科医」は、その手助けをするだけではありますが、ベンチャーに関わられている方々は、やはりそうした「やりがい」を糧にされてることが多いのではないでしょうか。
(ではまた。)

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株式公開のデメリット(?)

今週の週刊ダイヤモンドの記事「UFJ問題の思わぬ波紋 大和証券が米国上場凍結へ」
より。
大和証券グループ本社は、ニューヨーク証券取引所(NYSE)への株式上場計画のために会計監査などに年間1億円も追加コストをかけてきたそうですが、

エンロン事件をきっかけとして、米国では二〇〇二年七月に企業改革法が施行された。同法では、経営者が会計報告書に間違いがないことを宣誓しなければならない。仮に虚偽記載が認められれば、最長で二〇年の禁固刑という厳罰が処せられる。

という状況になってきたため、

「毎年一億円も払って、なおかつ逮捕されに行くようなものだ」と同社幹部は本音を打ち明ける。

ということで、NY公開計画を打ち切った、という記事。
公開企業のみなさん、および、将来株式公開を考えてらっしゃるみなさん。一般の会社ならともかく、公開のサポートがご本業の会社が(ご本業の会社ですら)そうした判断をする、というのはよく考えてみるとスゴいことですよ。内部統制のしくみを整えたり、取締役が適切に経営判断したりするといった、「逮捕されない(程度の)」コーポレートガバナンスの仕組みを構築するのも(実は)かなり難しいと判断されている、ともとれるわけですから。
では米国上場せずに日本だけで上場していれば安心か、ということですが、幸か不幸か、日本でも確実に米国と同様の状況になっていきますので、念のため。
(ではまた。)

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ベンチャー企業等の再生と撤退について

ベンチャー企業をやろうというのは非常にリスクも高いわけで、あまり失敗したときのことばかりを考えてもしかたないですが、それなりに人材や技術、資金も使いますので、「何も考えずに夢に向かって突っ走れ」とだけ言っていられないのも事実。頭の隅にでもいいので、「いざという時」を考えておくことも必要かと思います。
日本公認会計士協会の経営研究調査会という委員会から、経営研究調査会研究報告第25号「ベンチャー企業等の再生と撤退について」という研究報告が出ています。
本文PDFのURLは下記の通り。
http://www.jicpa.or.jp/technical_topics_reports/101/101-20040720-02-02.pdf
会計士向けの研究報告ですが、冒頭がドラマ仕立てになっているなど、結構読みやすい内容になっていますので、これからベンチャーを始めようと言う人が「いざという時」を考えたり、すでに「いざという時」になりかけているベンチャーの方が読むのにもオススメです。
19ページに「経営者のリスク許容度の把握」というチェックリストもありますが、これも、自分の知ってるベンチャーの社長の顔などを思い浮かべながら見ると笑えるかも知れません。
(ご参考まで。)

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法の支配

法の支配 (the rule of law。国連でのアナン事務総長他の演説参照)。
いいコンセプトですねえ。
宗教による支配、軍事力による支配などに代わって、人類がやっと「人間」らしくなれる時代が来たということでしょうか。
それとも、杓子定規でロマンの無い時代が到来するということでしょうか。
(ではまた。)

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郵政4分割民営化と管理会計

郵政民営化は現在、純粋持ち株会社傘下に窓口会社、郵便事業、郵貯、簡保の4会社を置く方向で話が進んでますが、これはイギリスの公社化の方式を参考にしたものと思われます。
にも書かせていただきましたが、かれこれ15年以上も前に(今は無き)某お役所殿からの受託調査で、ヨーロッパの郵便事業の経営方式の状況について調査しに行ったことがあって、イギリスはその当時すでにこの4分割方式を採用していました。
イギリスの郵政公社にヒアリングに行ったら、かなり上のクラスの方が対応してくださったのには驚きましたが、それよりビックリしたのには、いただいた名刺の名前の前に「Sir」が付いていたこと。(そのとき生まれて初めて見たもんで。)
名刺に「MBA」とは書かないけど「Ph.D」は書いていいように「Sir」っていうのは「名刺に書いていいこと」なわけね、ということがそのときわかりました。ご自宅はやっぱり門から玄関まで車で5分くらいかかるのかしらん、とか、こうした中央官庁で働いてるのは、「noblesse oblige」なのかしらん、それとも、結構家計が苦しくてらっしゃって仕方なく働いてらっしゃるのかしらん、というような失礼な考えが頭を駆けめぐりましたが(0.1秒)、ご本人は絵に描いたような英国のジェントルマンで、極めて親切に対応してくださいました。
そのとき非常に印象的だったのが、「4分割で一番大変だったのが、管理会計制度とそれに必要な契約体系の構築だった」というお話。
つまり、今までは4事業一体だったので会計も「ドンブリ」でよかったわけですが、4事業が別々ということになると、例えば「郵便局で切手を100円販売したら、郵便事業が窓口会社に手数料を10円支払う」とか「郵便物をこのくらい運んだら報酬としていくら支払う」というような、業務委託契約とか運送契約などの「契約」を新たに数万種類(!)作る必要があった、ということ。
役所の方々では全く管理会計がわからなかったので、そうした膨大な体系の構築は「Price Waterhouse(現在のPriceWaterhouseCoopers)に依頼していっしょに膨大な体系を構築していった」、とのことです。
今までの方式は「現金主義」的な会計だったので、切手が非常に売れる郵便局は売上げが大きいが、郵便の配達は非常に多いが切手は全く売れない郵便局は売上げゼロ、というように、収支では郵便局別のパフォーマンスがまったくわからなかったわけですが、4分割して、よく考えられた(普通の民間企業なら締結するような)契約体系を構築すれば、郵便局別の利益が業績を表すようになるわけです。
現在の郵便公社の管理会計がどこまで進んでいらっしゃるか存じ上げませんが、4事業への分割のいいところは、このように自ずと各郵便局別の採算性があぶり出されてくるところかと思います。現在の郵便局ネットワークを過疎地域などでもそのまま残すかどうかはまた別の話ですが、少なくとも、ある店やある地域のネットワークを維持するのにどれくらいのコストがかかっているのか、についてはガラス張りにした上で議論する必要があるかと思います。
しかし、あれから15年以上・・・。あまりにノロい歩みとも言えますが、日本もやっとここまで来たか、という感じで感慨深いです・・・。
(ではまた。)

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独占交渉権、剣豪たち?の戦い

旬刊商事法務の最新号に、弁護士・ニューヨーク州弁護士の手塚裕之氏が、「M&A契約における独占権付与とその限界−米国判例からみたUFJグループ統合交渉差止仮処分決定の問題点」という論文を書かれています。
これ、非常におもしろい、です。
論文の中身をかいつまんで申し上げますと、最高裁まで争われたUFJと住友信託の合併交渉の基本合意書については、地裁から最高裁まで、基本的に契約法的検討しか行っておらず、「コーポレートガバナンス」の観点が全く欠如している、ということ。
「合併の基本合意書が、なんでコーポレートガバナンスと関係あるの?」という感じがするかも知れませんが、そこが重要なところ。詳細は以下の通り。
Omnicare v. NCS Healthcareの判例
論文で手塚弁護士が紹介しているのは、米国の「NCSヘルスケア社」と「ジェネシス・ヘルス・ヴェンチャーズ社」が合併交渉をしていたところ、後から「オムニケア社」がより好条件な合併条件を提案したにも関わらずNCS社が取り合わなかったとして、オムニケア社がNCS社を「株主に最高の価値を実現するプロセスを採らないことは善管注意義務違反であるなどとして集団訴訟を提訴した」判例。
(この判例、当然まったく同じではないものの、UFJが住友信託の統合をやめてMTFGに乗り換えたケース、またはUFJとMTFGの統合に三井住友Gが割り込んでくる図式に驚くほどよく当てはまりますので、身を乗り出してしまうわけですが・・・。)
さて、このデラウエア州の裁判の結果ですが、「原審デラウエア州衡平法裁判所は、取締役の信任義務違反を認めず、原告らの訴えを退けたが、控訴審であるデラウエア州最高裁は、二〇〇二年一二月一〇日、三対二という僅差で、NCS取締役の信任義務違反を認め、合併の差し止め仮処分を認めるよう指示して原審に差し戻し」ということになりました。
では、NCS取締役の判断はどこが信任義務違反だったのでしょうか。
デラウエア州最高裁のロジックは以下の通りです。
まず、NCSとジェネシスの契約はかなり”ガチガチ”で、他から買収提案があっても、そちらに乗り換えることは事実上不可能なものでした。(UFJと住友信託間のような。)
他の買収提案を検討しないことが売り手企業の取締役の善管注意義務・忠実義務違反となるような場合には独占交渉権の例外とする条項(fiduciary out条項)も入っていなかった、とのこと。
最高裁はその意見書の中で、「ジェネシスとの合併を保護するロックアップの手立ては、いわゆる「防衛策」(defensive measures)として、敵対的買収に対する防衛策と同様に、通常の経営判断原則より厳格な、ユノカル判決の採用する「特別な精査」(special scrutiny)の対象となるとされた。」と「ユノカル基準」を採用する必要があることを述べています。
ユノカル基準とは
ユノカル基準とは、「企業買収防衛戦略」(商事法務)によると、Unocal Corp.という会社が、敵対的買収者からは自己株式を買い取らないという条件で自己株式買い付けを行って訴えられたユノカル事件でデラウエア州裁判所によって示された基準のこと。
上述の手塚弁護士の論文では以下のような説明が行われています。

このユノカル基準とは、敵対的買収に対する防衛策について、取締役が経営判断の原則による保護を受けるためには、いわゆる二段階審査により、まず、取締役側で会社の方針や効率性に対する脅威(threat)が存在すると信じる合理的根拠を立証しなければならず、さらに、第二段階として、当該防衛策が取締役会が合理的に認識した脅威との関係で合理的に関連する範囲にとどまること(「均衡」(proportionality)の要件の原則)を立証しなければならない、というものである。
最高裁は、ユノカル基準にいう「均衡」要件を満たすためには、NCS取締役会は問題となる合併保護策が「排除的」(preclusive)ないし「抑圧的」(coercive)でないことを立証しなければならず、かつ、その上で、そのような対応が認識された「脅威」に対する「合理的範囲の対応」であったことを立証しなければならないところ、そもそも本件における取引保護策は排除的かつ抑圧的であると判示した。

また、最高裁は、このような”ガチガチの”合併の合意は、「オムニケアがより有利な提案をしてきた時点で取締役会が少数株主に対する受託者責任を果たすことが完全に妨げられており、そのことからも本件防衛策は無効であり、法的拘束力がない(unenforceable)、とした。」とのこと。
日本の高裁が「法的拘束力がない」としたのと同じ結論のようですが、全く別の理由で「法的拘束力がない」としているところがポイントかと思います。
UFJの基本合意締結の「達人」度
報道ではUFJと住友信託の基本合意書は2年間他社との交渉禁止をうたっていたとのことですので、それが本当だとすると、(仮にこのデラウエア州の基準に当てはめると)かなり「排除的」で「抑圧的」であり、株主の利益を極大化する信任義務を果たしていなかったため無効である、ということになるかと思います。
「でも契約はしたんだから、どんな契約であってもその約束を破っていいのか?」ということにはなるわけですが、この点についても、手塚弁護士は、

たとえば、合併契約のように、株主総会の特別決議による承認が法的に要求されている契約において、代表取締役ないし取締役会レベルで、株主総会の承認決議が得られないまま合併を行う旨合意しても、そのような条項は商法に違反し、無効であろう。同様に、株主総会の承認決議が得られない場合には、一、〇〇〇億円の違約金を支払うとか、爾後一〇年間他社との合併や合併交渉・統合交渉を行ってはならないといった株主総会の自由な諾否の決定権を損なうようなペナルティ条項的規定も、おそらくは、合併について株主総会特別決議による承認を要件として求めている商法の趣旨に反するものとして無効とされるであろう。

と述べ、日本法の下でも、こうした株主の利益を著しく損なう合意が無効である可能性について示唆しています。
一方、先週のMTFGによるUFJ銀行への優先株式による出資は、報道等では「これで三井住友は打つ手なし」などと書かれていますが、3割(2100億円)増であればUFJ銀行による買取権を認めるという条項等が入っており、三井住友がTOBをかけて買収することについて(効率は悪化させるものの)、完全に「排除的」または「抑圧的」ではない「ビミョー」な条件にしているところがポイントかと思います。
このMTFGの出資の条件や「これは買収対抗策とか違約金ではない」という趣旨の発言をしていることなどを考えると、上記のような米国での判例等も研究した上でのバランス感覚で設定されている気配がします。
「結構スキがある」と見せかけて、より熟達した者が見ると「むむ、こやつ・・・できる・・・」というオーラを感じ取るという「巨人の星」的な裏読みの世界、でしょうか。一見ぼーっとした左門豊作の目の奥をのぞき込むと、左門豊作が体長50mの巨大クジラに変身、みたいな。
恐らく、(もしかしたら上記でご紹介した商事法務の雑誌や書籍を執筆した西村ときわ法律事務所のチーム本人か、または、)こうした米国の判例等をよく研究している弁護士の方が(MTFG側?の)アドバイザーに付いているのではないかと思います。
UFJと住友信託の基本合意契約の内容を知ったときには、「UFJは、そんな2年間他社と交渉禁止+ペナルティ(breakup fee)条項も定めないような条件で基本合意してしまうなんて、どういう法律感覚をしてるんだろう?」と思ったもんでしたが、こういう米国での判例の法理を考慮して無効である可能性を見越した上で、そういう条件で(やむを得ず)基本合意して明日に活路を見いだそうとした、というのだったら、「隙だらけに見せかけた酔拳」のような・・・実は法律の達人だった、ということなのかも。
「そんなわけ、ないない!」というツッコミが聞こえてきそうですが、住友信託との統合交渉にあたっては「それなりの」弁護士に相談したのでしょうから、上記のような米国の判例の動向は知っていたとしてもおかしくはないとは思います。
ただ、(UFJさん等の法務部門はよく存じ上げませんが)、ジャスト一般論として、日本の法務部門は「契約法的な観点からの検討」を行う仕事が大半で、「株主の権利保護」とか「コーポレートガバナンス」といった観点からの検討をする感覚はあまりないのではないかとも思われますので、インハウスの法務部門を中心に検討をしたりしたせいで、単にそういった視点が抜け落ちていただけなのかも知れません。
(ではまた。)
参考:Overview of the Delaware Court System
http://courts.state.de.us/Courts/
「Court of Chancery」→衡平法裁判所
「equity」→衡平法(wikipediaエクイティ参照)

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