電通(さん)とWeb2.0時代

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汐留の電通本社の下(地階)にアド・ミュージアム東京というのがあって、そこのミュージアムショップで電通4代目社長 吉田秀雄氏の有名な「鬼十則」のレプリカを売ってます。
http://www.admt.jp/
この「鬼十則」。電通さんに限らず、上場企業や大企業など、世の中に影響を与えるような大きな仕事をしてらっしゃる会社の行動規範として、また、志あるベンチャー企業の行動規範として、今でも非常にmake senseな10カ条だなあ思って拝見してました。
最近、いろんな大企業の方から、「ウチもweb2.0的な事業を考えてるんですが」というご相談をいただくことがあるのですが、「そもそも、おたくの(大企業病的な)社風では難しいんじゃないですか」と申し上げたくなることがしばしばあり、(しかし、そこは私も大人なのであまり直截な表現はグッとこらえて)、もうちょっと回りくどいご説明を差し上げるんですが、
そんなweb2.0時代においても、はたしてこの鬼十則は通用するのかどうか。
ちょっと考察してみました。
1.仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2.仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
3.大きな仕事と取り組め。小さな仕事はおのれを小さくする。
4.難しい仕事を狙え。そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5.取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6.周囲を引きずり回せ。引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7.計画を持て。長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8.自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9.頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10.摩擦を怖れるな。摩擦は進歩の母、積極の肥料だ。でないと君は卑屈未練になる。
 
1.仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
これは、このIT・ウェブ時代に、ますます当てはまることではないかと思います。
「デファクト・スタンダード」とか「ネットワーク外部性」が、従来型産業より強く働く世界なので、「他の人から言われてやってるようじゃダメ」という度合いは、より強まっているはずであります。
2.仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
これも同様。
ポジティブ・フィードバックが強く働く世界では、先行者メリットが大きい場合も多々ありますが、電通さんは大昔から、広告やブランディングといった「情報」の性質を持つ仕事の領域で活動されていたので、吉田氏もそういう思いが強かったのではないかと妄想。
ただ、ことウェブに関して言うと、技術が急速に変化している上、機器やサービスのコストが幾何級数的に低減し、一方でユーザー数が急速に伸びるので、この「ポジティブ・フィードバック」がうまく働くタイミングというのは、一定の「窓」があると思うんですよね。(SNSとかソーシャルブックマークとかいったビジネスモデルは、かなり以前[2000年のネットバブルのころ]からあったが、それはそれで早すぎた。)
つまり、これを「早ければ早いほどいい」と解釈するのは、少なくともウェブ時代には必ずしも当てはまらない。もちろん、「受け身でやるものではない」というところは、引き続き当てはまっているのかな、と。
また、この第1項と第2項をわざわざ吉田氏が分けた意味がどこにあるのか、いまひとつよく理解してないのですが、引き続き熟考させていただきたいと思います。
3.大きな仕事と取り組め。小さな仕事はおのれを小さくする。
これはそのとおりでしょうね。
資本の原理が浸透してきた今、社員みんなが全社的(連結グループ的)な観点から重要性がある「大きな」ことを考えるという風土を形成することは、ますます大切になっているはずです。
ただし、気をつける必要があると思われるのが、「大きい」「小さい」を、何の尺度で判断するか。
今や、時価総額1500億ドルにもなったGoogleのやってることを「小さな仕事」だと言う人は誰もいないと思うのですが、Googleが検索連動型広告といった概念を最初に考えたころに、「ワンクリック10円くらいで、広告主からお金をとって媒体に掲載するようなことを考えてまして・・・」という話を聞いて「小さな仕事」と思わない人が世の中でどのくらいいたのか。(ほとんどいなかったのではないか。)
特にweb2.0的な(「ロングテール」っぽい)話は、「小さな仕事」に見えやすいので、「評価尺度に注意」であります。
4.難しい仕事を狙え。そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
今までもそうですが、特に、情報がすばやく伝わる世界になってくると、「易しい仕事」というのは、参入障壁を築けないから超過利潤が発生しない。
なんらかの「難しさ」「複雑さ」が存在することは「(サステイナブルな)成功」の必須条件になってきているはずであります。
一方で、「永遠に難しいまま」が予想される仕事だと、スケール感が出ても収益性が改善していかないので、「難しけりゃいい」ということを意図されたものでもないかと思います。
「成し遂げる」というのは、「一山超えた」という語感がありますが、「難しさ」で参入障壁や競争優位性を確保して、一定段階まで育つと後はポジティブ・フィードバックが働くようなのが事業としてオイシソウじゃないかと思います。(が、そういう楽なことを考えちゃダメでしょうか。)
5.取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
これも同様。
web2.0っぽい事業は、「しきい値」を超えると楽になるわけですが、それまでは逆に悪循環が働くので、「簡単にあきらめちゃダメ度合い」は、ますます高まっているということかと思います。
6.周囲を引きずり回せ。引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
これも、第1項、第2項と同じく、web2.0時代にはますます当てはまってくると理解させていただいてます。
「自分が『スタンダード』になる大切さ」、ですね。
7.計画を持て。長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
この「長期の計画」というところが、web2.0的にはかなり違和感があるところです。
「consumer generated」なメディアだと、ドライバーは「consumer」なので、既存の「計画」という概念には非常になじみにくい。つまり、「計画経済」から「市場経済」に変わる、というのと同じくらいパラダイムが転換しているお話なので。
「CGM(=consumer generated media)」とは、「(計画経済でなく)市場経済のメディア」だ、とも申せましょう。
計画性がまったくなくていい、という話ではなく、ビジョンを持つことは重要ですが、「計画」という言葉に対するイメージは、既存型産業とは大きく違うのかな、と。
「完全な絵を描いて、すべてをそれに当てはめていく」、というよりは、ある程度抽象的な成功像をイメージしつつ、状況の変化に応じて臨機応変に対応を変えていけるような、より「シナリオ的」「臨機応変的」な「計画」だったりするかも知れません。
旧来型の「計画」がないとプロジェクトが先に進められない企業では、web2.0的な活動はできないわけです。
8.自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
このへん、判断の尺度が一筋縄でいかない広告というものをプレゼンして売ってきた電通さんにおいては非常に重要な行動規範だったんではないかと推測します。
Web2.0時代においても、「consumer generated」なものを成功させるためには、「あまり深く考えずに『これがいいじゃん』と思っていただく」ための「信用(≒思考停止)」の形成が極めて重要なわけですが、他人から信用してもらうためには、まず自分で自分の話が信用できないと、というのはあたりまえのお話であります。
「ブランド形成」の基礎のお話かと。
9.頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
これも、「consumer generated」な世界では、ますます難しくなり、重要になるお話であります。
何が「祭り(フィードバック現象)」になるかわからないので、隙を許さない度合いは、ますます高まっているのではないかと。
10.摩擦を怖れるな。摩擦は進歩の母、積極の肥料だ。でないと君は卑屈未練になる。
これは、(特に日本の)Web2.0的には非常に注意が必要な条項ですね。
というのも、成功しているweb2.0的サービスというのは、結果として、既存のサービスとバッティングする部分が非常に少なく、あまり摩擦を意識しないで済む発展をしているものが多いので。
そりゃそうですよね。ネットワーク外部性的なポジティブ・フィードバックが働く世界においては、フリクションがあるとフィードバックが止まったり効率が悪くなったりするので、「ブルーオーシャン」的なものでないと生き残りにくいわけであります。
(孫子的に言うと「戦わずして勝つ」ということになりますが。)
また、日本の産業の中でも最も「摩擦」を考えなければならないのが、今やメディア系の産業になっておりまして。
市場で売ってるにも関わらず、メディアの株に手を出そうとする者は(因果関係があるのかどうかよく存じませんが、めぐりめぐって結局)逮捕されちゃうとか、著作権法があってキャッシュもだめだから検索エンジンのサーバが日本には置けないとか。
eBayにしてもGoogleにしてもYouTubeにしても、摩擦を恐れたか?と言うとおそらく恐れなかったし、卑屈でもなかったはず。そういう意味では当たっているのですが、たぶん、日本でGoogleやYouTubeと同じことをやって大成功した会社があったとしたら、今頃とっくに、東京地検特捜部のみなさんに段ボール箱を運び出されているんじゃないかと妄想する次第であります。
ということで、(もちろん、あらゆる「摩擦」を怖れずにすむ、チャレンジャーが卑屈にならなくて済む社会になっていただきたいのは当然でありますが)、(特に日本で)web2.0っぽい事業を考える場合には、これを「明らかに(大きな)摩擦が予想されるにも関わらず、それを気にするな」という意味と解するのはあまりオススメできない。
当然、どんなビジネスでも摩擦ゼロということはないですが。
戦略的には「摩擦を怖れずに済む領域」を選択し、その中での行動規範として「摩擦を怖れずに、素直に伸びてゆけ」というくらいの意味に解釈する必要があるんではないかと思いますが。
吉田秀雄様。
こういった考え方は卑屈でしょうか。
また、今の日本の社会をどうご覧になっているんでしょうか。
(ではまた。)

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15 thoughts on “電通(さん)とWeb2.0時代

  1. 本題と関係ないことですが、会社の名前に「さん」をつける磯崎さんの用語法が前から気になっています。日常的にはサラリーマン語として、そういう表現が慣用になっていることは承知していますが、これって会社を「家族」とみなす古い企業統治のなごりで、それを近代化しようとする磯崎さんにはふさわしくないのでは?

  2. 池田さん、コメントどうもありがとうございます。
    ちょっと変わった風習だなあ、文章としては会社にさん付けはおかしいけどビジネス口語としては(もし面と向かって当事者に語りかけているとしたら)さん付けのほうが自然かなあ、と思い、そのへんのゆらぎ感をわらっていただこうと思ってタイトルは「()」付の「さん」であります。
    ただ、「会社を”家族”とみなす古い企業統治のなごり」だから「さん」をつけていると考えたことはなかったです・・・。ビジネス口語でも、自分の会社には「さん」はつけないですし。
    「法人」として、法で人格を認められているから、「さん」なのかなぁ、などと解釈したりしておりました。
    (たしかに、「組合」や「信託」など、人格をもたないvehicleには、「さん」は付けないような。)
    ではまた。

  3. 「家族みたいな会社」→×
    「内部統制が行き届き全ての業務プロセスが監査される」→○
    というのも(最近の風潮ではあるのでしょうが)ちょっと疑問を感じるのですが・・・

  4. >日本でGoogleやYouTubeと同じことをやって大成功した会社があったとしたら、今頃とっくに、東京地検特捜部のみなさんに段ボール箱を運び出されているんじゃないか
    実に同感です。もしTBSの買収に楽天が再び乗り出せば、三木谷さんも危ないでしょうね。
    他にもUSで人気のあるサービスだと Second Life なんかも危ないと思われます。たぶん Linden Dollar の現実通貨への換金が、景品表示法に引っ掛かります。

  5. 連想したのが、日本の欧米の責任概念の違いであり、又、小飼弾氏の「信じる自由の費用負担」というエントリー。
    http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50739169.html
    チャレンジするのが良いとして、失敗影響が想像を超えて大きい場合に、リスクヘッジは十分には取れないわけですよね?
    個人にしろ株式会社にしろ。
    十分なリスクヘッジを当て込むと、風呂敷は小さく成らざる得ないと思うんですよ。
    後は野となれ山となれ、という訳には行かない場合も多いと思いますね。
    現場に対しては経営サイドが、経営サイドには行政という抑制が、まぁ働くハズなんですが、それが期待通りに機能するか疑わしいですよね。
    抑制する事が利権化して、把握できない程やたらと増えても困る訳ですし。あと技術者の良心とか。
    エントリーのようなハッパを現場に掛けつつ、負担に感じさせない見えない抑制でもって、十分なヘッジをとる指針なんてモノも無いんでしょうかね?

  6. 「鬼十則」をまじめに論じる人が現れるとは、驚き入った次第。しかし今日、電通グループ内では以下の「裏十則」のほうが有名。
    1)仕事は自ら創るな。みんなでつぶされる。
    2)仕事は先手先手と働きかけていくな。疲れるだけだ。
    3)大きな仕事と取り組むな。大きな仕事は己に責任ばかりふりかかる。
    4)難しい仕事を狙うな。これを成し遂げようとしても誰も助けてくれない。
    5)取り組んだらすぐ放せ。馬鹿にされても放せ、火傷をする前に…。
    6)周囲を引きずり回すな。引きずっている間に、いつの間にか皆の鼻つまみ者になる。
    7)計画を持つな。長期の計画を持つと、怒りと苛立ちと、そして空しい失望と倦怠が生まれる。
    8)自信を持つな。自信を持つから君の仕事は煙たがられ嫌がられ、そしてついには誰からも相手にされなくなる。
    9)頭は常に全回転。八方に気を配って、一分の真実も語ってはならぬ。ゴマスリとはそのようなものだ。
    10)摩擦を恐れよ。摩擦はトラブルの母、減点の肥料だ。でないと君は築地のドンキホーテになる。
    上記パロディの伝承経緯については、作者吉田望氏の下記ブログをご覧あれ。
    http://www.nozomu.net/journal/000123.php

  7. 怪しいタウンミーティング

     いわゆる「タウンミーティングやらせ」問題ですが、タウンミーティングの業務を請け負った「広告代理店」ってどこなんでしょうかねえ。
    静岡のタウンミーティング…

  8. やらせタウンミーティングにおける電通さんの豪快な稼ぎっぷりと見事な逃げっぷりを見る限り、「鬼十則」はまだまだ健在とお見受けしました。

  9. 始めまして。
    他の法人に対して、さん付けをするのは、競合関係にある他者に、悪意の引用でないことを明示するためです。
    たとえば、ディスカウントショップのチラシの地図において、マクドナルドさんや、セブンイレブンさんとの表示がある。
    これらは、ディスカウントショップの商品に競合品があり、商売敵ではあるが、地図に引用するにおいては悪意はないとの表明だと思っています。
    その証拠としては、不動産業のちらしの地図には、さん付け表示がない。
    そんなふうに思っております。

    鬼の十訓ですが、コミュニケーションによって自らを変えない方針は、最終的には挫折するのではないでしょうか。

  10. けろやん氏の大いなる不在。

    インターネットはプルのメディアだから、私がどの程度理解しているかは分からない。だから、ことのディテイルは定かではない。ただ、私がイメージしているところをい…

  11. 電通「鬼十則」

    昨日、電通「鬼十則」なる本を読み終えました。「鬼十則」とは、広告業で最大手の電通元社長である吉田秀雄氏が社員のために書いたものだそうです。電通「鬼十則(じ…

  12. 電通「鬼十則」

    2月にデブサミ07に参加するために、めったに行かない東京に行った際、せっかくいくのだからなにか東京でしか得られないものを求めていました。そんかとき電通(…