「リスクのモノサシ」と内部統制

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本日は、「企業として、どこまでのレベルで内部統制を構築しておけば世間様から許してもらえるのか」というお話。
−−−
昨日の、日本テレビの「世界一受けたい授業」の第一時限目、「危険の心理学−人はなぜ情報に惑わされるのか?」というのは、時節柄、非常に興味深い内容でした。
講師は、こちらの本;
risk_no_monosashi.JPG
リスクのモノサシ—安全・安心生活はありうるか (単行本)
中谷内 一也 (著)

を書かれた方のようです。
まだ読んでませんが、早速Amazonで発注してみました。
番組では、「日本でサメに襲われて死ぬ人は年間何人くらいいるか?」という問題を出題。
答えは、「レジャーに限れば10年に1人程度。職業ダイバー等を含めても3年に1人程度」。
映画「ジョーズ」などの印象が強く残っているので、年間平均3人くらいは死んでいるような気がしますが、サメに食われて死ぬ確率というのは、限りなく低い・・・というわけです。
また、番組では、下のような表を掲げてました。
risk_hyo.JPG
番組によると、10万人あたりの食中毒による年間死亡者数は、

1960年0.27
1980年0.017
2000年0.004

・・・と、年々下がってきており、2000年では、なんと1960年の約70分の1になってます。
番組では、「救命医療が発達したため」としてましたが、当然、食品衛生に対する認識が巷に広がったことや、食品メーカーの衛生管理態勢が高まったことも大きいでしょう。
(食中毒は、死なないまでも大きな問題にはなるわけですが、それはさておき。)
発生確率と「影響の大きさ」
番組は、「代表性バイアス」(平たく言うと、(マスコミ等に乗せられた)さわぎすぎ)について疑問を投げかけるものでしたが、では、企業側としては「発生確率」が低ければリスクを管理しなくていいのか?というと、そうではないですね。
リスクの大きさの「期待値」は、

「発生確率」×「発生した場合の影響のデカさ」

になりますので、いくら発生確率が低くても、影響度が大きいものについては管理しないといけない。
例えば。
食中毒での死亡者は、年間10万人あたり0.004人と「落雷程度」の確率なので、不二家の報道があったからといって、「他人は信じられないので外ではもう食べない」とするのは、消費者の観点からは「騒ぎすぎ」ではないかと思います。
(前述のとおり、1960年代に比べれば、平均レベルは70倍もよくなっているはずで、文字通り「死ぬわけじゃない」。)
他方、食品メーカーの立場からは、「不二家のようなこと」をやってるのが外にわかったら、企業としては存続の危機に直面するのは確実。清潔さについて、たゆまぬ改善を行わないといけないのは食品メーカーとして当然のことであります。
不二家のような老舗だと、逆に、「昔に比べたら70倍もよくなってるのに」というマインドがどこかにあったかも知れませんね。
ちなみにこれ、消費者金融業界とか証券業界などにも言えそう。
消費者金融業の昔を知っている人ほど、「年利100%を超えてた時代に比べれば・・・」と思うでしょうし。
以前、大手証券会社の重役クラスの方が、「昔は、そりゃあ悪いこともたくさんやりましたわ。がはははは。」と笑ってるのを聞いて、当時のコンプラレベルを想像すると怖くてとても「どんな悪いことだったんですか?」とは聞けなかった。(笑)
ま、悪いお手本を参考にすることはないですが。
ただ、先日書かせていただいたように、個社でなく、マクロ的な経済の観点からは、「潔癖すぎる社会」は、メリットだけでなくデメリットもある気も。
航空機の例
ちなみに、先日見た、NHKスペシャルの「危機と闘う・テクノクライシス 第3回−しのびよる破壊 航空機エンジン」
http://www.nhk.or.jp/special/onair/060711.html
も、非常におもしろかった。
航空機エンジンのガスタービンのブレードは、戦略部品なのですべてアメリカで生産しており、1本取り替えると非常に高額(確か1本70万円?くらいのブレードを、エンジン一基あたり何十本も使っている)。
日本では、このブレードが破壊されてエンジンが火を噴いたら「大問題」で、マスコミでボコボコにされることは間違いないですが、アメリカの国家運輸安全委員会は、「エンジンが火を噴いたら、空港に引き返せばいい。」という考え方。
ゴルゴ13的視点・落合信彦的視点からすると、「米国の戦略産業である航空機産業を保護するために、あえて問題を隠蔽している」と取れないことはないですが、上記のように、飛行機事故で死ぬ確率は非常に低いし、「1基でも飛べるのにエンジンが3基も4基もつけて大きな安全マージンを取っているんだから、1基くらいぶっこわれても問題はないんだ」というのは、それはそれで科学的な気がします。
BSE問題の例
BSE問題もそうかも知れませんね。
仮に、科学的にはアメリカ程度の管理をしていればBSEで死ぬ可能性は限りなく低かったとしても、日本人は「BSEのプリオンが混ざる確率がゼロです」と言われないと納得できない。結果として牛肉のコストが上がったり牛丼が食えなくても、そちらのほうを選択するんでしょうね。
実際、さほど潔癖症でない私も、「BSEが混ざってるかも」とか「期限切れの牛乳を使っています」と言われたら、そこの製品は食う気がしませんし。
ちなみに、先週、私がほうれん草のバター炒めを作ったところ、(かなりちゃんと洗ったんですが)、中によーく炒まったイモムシ君が1匹昇天されてまして。(死ぬわけじゃないと思ったので、イモムシ君だけどけて食っちゃいましたが。)
不二家事件風に表記すると「蛾の幼虫が混入」ということになるんでしょうし、これが、ファミレスで出てきたら、一応店員に、「ちょっと、これ・・・」と言うかも知れませんが、不思議なもので、ほうれん草を売った店にクレームをつける気にはならない。
「出自」(不都合が発生した経緯やメカニズム)が明らかなら、あまり騒ぐ気にならないということでしょうか。
(追記:コメント等でご指摘いただきましたが、「BSD」と書いてましたが、「BSE」の誤りでした。訂正させていただきました。)
トヨタのカンバン方式と「発生確率」
かれこれ20年以上前に、はじめてトヨタ(さん)のカンバン方式のことを知ったときに、率直な感想として、「数万個の部品の中に1つだけ不良品があったというのは、発生確率としては極めて小さいのに、なぜ製造ラインをすべて止めて検証するんだろう?”科学的”に考えてムダではないか?」と思ったのですが、重要なのは発生確率ではなくて、不具合が発生する「しくみ」を是正することなんでしょうね。
また、落雷で死ぬ確率が低いからといって、近くで雷がゴロゴロ言ってるのに、ゴルフを続行はしないですよね?「コントロールされているから低くなっている」面もあるので、「発生確率が低いからコントロールしなくていい」ということにはならない。
経済学的に正しい政府の対応(規制のあり方)は?
さて、以上のような例で、日本の政府の役割としては、「騒ぎすぎだ」と沈静化を求めるのがいいのか、あくまで国民の「ニーズ」をベースに「問題ゼロ」を目指すべきなのか。
自動車のような技術的な改良の余地がいくらでもある(上記の表でも死亡リスクのかなり高い)産業についてはカンバン方式的な果てしなき不良品ゼロ化を志向したほうがいいのか。
航空機や食品など、リスクが十分に小さくなっているものについては「騒ぎすぎ」を科学的に指摘する・・・など、産業別に対応を変えるのがいいのか?
いずれにせよ、日本の政府が「騒ぎすぎ」を指摘するということは(政治の力学を考えてみると)ありえない気がしますので考えてもムダな気もしますが、企業の内部統制のレベルの決定に関与している立場としては、非常に興味ある命題であります。
先日、セミナーで、「コンプライアンスについては、経営判断の原則といった範疇に入るしろものではなくて、どんな軽微な法令違反も認めないということにしないといけない」というような弁護士さんの話を聞いてこられた方がいらっしゃるんですが、精神論としてはともかく、ミスをゼロにするためには理論的には内部統制のコストを無限大にしないといけない・・・。実際に内部統制のレベルを取締役会で決議する場合に利益の何割ものコストを追加でかけるというのは無理なので、結局、企業の役員が実質的に無過失責任を負うということになったりしないでしょうか?(役員のなり手がいなくなったりしないかしらん。)
「エンジンが火を噴いたら引き返せばいい」という感性では、とてもトヨタ車のような品質の製品は作れない気もします。
「経営判断の原則」というのは、「ミスがあってもいいじゃないか。人間だもの。」ということで「科学的」な気がする反面、「そういう(甘い)感性」の範疇のお話だという気もします。
「日本人なら(無過失責任で)切腹」というくらいの気合でやったほうがうまくいく場合もある気がしますが、一方で、それでホントに現代的な経営ができるのかしらん?という気も。
財務報告の範囲に絞っているため、「重要性の原則」等、誤差のマージンが存在する日本版SOX法については、私はあまり心配してないんですが、法令や規程へのコンプライアンスに必要な日本での内部統制レベルというのを考えだすと、夜も眠れません。
(ではまた。)

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20 thoughts on “「リスクのモノサシ」と内部統制

  1. > 中によーく炒まったイモムシ君が1匹昇天されてまして。(死ぬわけじゃないと思ったので、イモムシ君だけどけて食っちゃいましたが。)
    あまり関係ないですが、野菜にイモムシがいた場合、その野菜は良い野菜だと思っています。農薬の量が少ない証拠ですし。

  2. こんにちは.ミス0.1%を目指すよりも0%を目指そうとすると,
    0.1%の時と比べ極端にコストがかかるというところに問題の
    根のひとつがあるという印象です.
    ところでBSD→BSEでしょうか?

  3. すみません。(UNIXになっちゃった・・・。)
    ご指摘どうもありがとうございます。修正させていただきました。
    (ではでは。)

  4. WIKIの記事QUOTE航空機用のタービンブレードは、内部に冷却用の空気を流す穴があけてあり非常に複雑な構造となっている。1200℃の温度に耐え、1万時間以上の寿命を持つ。価格は1枚70万円程度し、1セットで200枚程度あるとすると、全部交換して1億円以上かかる計算となる。現在の技術では、空気中の硫黄分により硫化しやすく、硫黄分が冷却穴を塞いでしまうので熱を溜め込み破断のうえエンジン停止をもたらす事故をしばしば起こしている。日本でも2005年秋に全日本空輸の機材が立て続けに2件タービンブレードの破断による事故にあっている
    UNQUOTEすなわち、航空業界では、定期交換を要する部品として認識している。したがって、トヨタ自動車の「カイゼン」とは全く別次元の課題と思うが。機械業界OBとしての意見です。

  5. コメントどうもありがとうございます。
    NHKでも、そのwikiの記事と全く同じことを特集してました。
    >すなわち、航空業界では、定期交換を要する部品として認識している。
    のではありますが、米国がその供給を独占していて「高い」ので、気軽にホイホイ取り替えられない、というところが問題の一つになっています。
    ちなみに、本文でのその部分の論点は、生産者側として、タービンブレードがトヨタの改善と同じしくみかどうか、というよりも、航空旅客サービスのクオリティを、「エンジンが爆発しても、ま、いいか(死ぬわけじゃなし。)」とするか、「とんでもない!」とするかどうかの、利用者側、組合側、国(規制)側の観点からの考え方の日米間の違い、ということでした。
    ではまた。

  6. 安全の経済学

    isologue 「リスクのモノサシ」と内部統制より清潔さについて、たゆまぬ改善を行わないといけないのは食品メーカーとして当然のことであります。投資するだ…

  7. 内部統制をちゃんと構築しているかどうかを判断するのは「不祥事がその会社で起こったかどうか」だけでしか世間は判断しないと思います。
    確かに内部統制をちゃんと構築していれば不祥事の発生確率は下がるでしょうが、0%になるわけではないはずですので、結局不祥事が発生するかは運に頼るしかないと思います。そうなると、その1回の不祥事で会社にとって致命的な打撃を受けることになる可能性があります。
    そうなると、これからは「不祥事が発生した際の立ち直る方法をどうすべきか?」といった事後の対応の仕方の勉強をした方が、費用対効果ではいいのかなと思います(これも内部統制の一環になるのでしょうか?)。

  8. 実際に監査法人でその辺に携わっていると
    client「ここまでやらなきゃいけないんですよね?!」
    私「(そこまでやるの?と思いつつ)御社次第ですが費用対効果も考えなくては…」
    client「費用対効果なんて考えていて事故をゼロに出来ますか!」
    というコントのようなやり取りがあったりします。
    認知不足で済ませていいのか悩む所です。

  9. >すべてアメリカで生産
    タービンブレードがアメリカ独占?ちょっと待った!
    日本も負けちゃいませんよ。
    http://www.ihi.co.jp/ihi/ihitopics/topics/2001/0724-1.html
    >世界の航空輸送を担う各種民間機用ジェットエンジンおよび
    >防衛庁向けジェットエンジンのタービン翼を素材から一貫して生産しています。

  10. m.n.さん:
    >これからは「不祥事が発生した際の立ち直る方法をどうすべきか?」といった事後の対応の仕方の勉強をした方が、費用対効果ではいいのかなと思います(これも内部統制の一環になるのでしょうか?)。
    言葉の問題ですが、不祥事判明の際の対応マニュアルを事前に作っておくことも、広い意味での(会社法上の)内部統制システムの整備に含まれます。
    不祥事を隠そうとして隠し切れなかった事件で、会社役員(上層部)は早期に事実を公表する義務に違反して会社の損害を拡大させたとして賠償が命じられた事件がありました(平成18年ダスキン事件大阪高裁判決)。不二家のように比較的正直に事実を公表すると、業種によってはマスコミに袋叩きにされます(消費者に健康被害が生じたわけでもないのにここまで騒ぐか、と思う人は少なくないはず)。
    不祥事が発生してしまうと、公表しても叩かれ、隠しても賠償命令ということであれば、費用対効果のある不祥事防止の仕組み(狭い意味での内部統制システム)を入れておくに越したことはないと思います。問題は「どこまでやれば良いか」なんですけど(堂々めぐり)。

  11. メディアの合理的バイアス

    高木さんの棒グラフの話をからかったら、意外にまじめな反論が来て驚いた。テレビが中立・公正な報道をしている(はずだ)と信じている人がまだ多いようだ。日本のメ…

  12. IHIのプレスレリースQUOTE相馬工場は、IHIの第4番目の航空エンジンの工場として平成10年10月に設立し、<タービン翼の専門工場>として素材から加工までの一貫生産を行っています。同工場は、民間、防衛向けの各種エンジンを生産していますが、特に民間向けでは現在、需要が高まっている70人〜110人クラスのリージョナルジェット機用のエンジンである<CF34>が増加しています。また、IHIが、2004年に開発事業に参加したボーイングの新型旅客機787型機に搭載される<GEnxエンジンの生産>が2007年頃から本格的に開始されます。IHIは、新たに拡大する相馬工場を「品質・納期・コスト・生産量」の面で国際競争力を有する新鋭工場として位置付け、積極的な事業展開を図っていきますUNQUOTE

  13. 内部統制という言葉は便利ですが本質を見誤らせることもありますね。「内部統制のリスク管理」なんて意味不明・本末転倒の事象が起きかねない。
    ところで、たまたま今年の正月に、餅による窒息事件に絡めた『もう一つの「食の安全」』という短記事を書いてみたのですが、交通事故死の66%に迫る死者数を出す「食物による窒息」が話題にならないのは、「影響のデカさ」や池田信夫さん仰せられる「差分」というよりは、「(いろんな意味で)改善しようがない」からなのかと思っています。

  14. >けんけん様
    ありがとうございます。
    「どこまでやればいいのか」、というのは「これだけ費用をかけて不祥事発生を防止した(内部統制を構築した)のに不祥事が発生した」という際にその会社にとって免罪符になるか?ということなんでしょうね。それなら確かに形式だけでもお金をかけてちゃんとやっているように見せればそれだけである程度許される可能性が出てくるかもしれませんね。難しいところです。

  15. > BSE
    20年前は他人事だったHIVウィルスのことを考えると、「現在の数字」だけで論じるのは危険だと思います。
    (BSEは)ちゃんと処理してくれれば済む話だとは思いますが。

  16. HIV(ウイルス)は人から人に感染しますが、BSEの病原体はプリオン(たんぱく質)で、「BSEに感染した人を食わない限り」人から人へは感染しないというのが有力説ですから、幾何級数的に増大するわけではないかと思います。
    牛肉の輸入禁止で牛肉も値上がりしており、その経済的損失は3000億円弱になるという試算もありますが、
    http://www.murc.jp/report/press/041006.pdf
    実際にBSE対策を何もしていなかった英国でも患者数はまだ百数十名で、しかもそれは牛から感染したかどうかも明確にはなっていない。
    検査のテキトーなアメリカ産牛肉を輸入すると、日本で今後仮に毎年3人患者が発生するとしても、一人当たり1000億円ものコストをかけてそれを防ぐ(もちろんプリオンが原因かどうかもわからないので、背骨等を除けば防げるとも限らない)というのは合理的なのかどうか。
    突然変異して世界で3000万人を殺すかも知れない鳥インフルエンザを警戒するのともまた違うんじゃないかと思います。
    「人間一人の命は地球より重い」というなら、ちょっとでも懸念があるならどんな政策をやってもいいわけですが。(たとえば、大量の死者を出している自動車を全面禁止する、とか。)、実際には「合理的な」範囲のことにしないといかんのではないかと。

  17. ミスリードしてしまったようで、すみません。
    「危険」と書いたのは、「BSE」ではなく「現在の数字だけで論じること」です。
    私も BSE について現在のような過剰な規制を継続することはナンセンスだと思っています。それは、磯崎さんが説明されたような病原体の性質が違うためで、たんに「現在の数字が低い」からではありません、という意味です。
    余談で、だいぶ前の伝聞ですが「10万人にひとり」くらいで発生することは、自分のことと思わなくなると聞いたことがあります。

  18. リスクのモノサシ(人が死んでゆく原因はなにか。)1

    再び 不二家に続いて、私の大好きな赤福が食品の表示に虚偽があったらしいんので、
    ちょっと古い記事になりますが、会計士の磯崎氏が今年の1月にISOLGUで取…

  19. リスクのモノサシ(人が死んでゆく原因はなにか。)2

    (ISOLOGUのブログ記事「リスクのモノサシ」と内部統制を、引き続き 全文抜粋引用 続く・・・・)。
    航空機の例
    ちなみに、先日見た、NHKスペシャル…