サーバ増強いたしました

本日の日経新聞でも、東証さんや証券各社がシステム増強、とのことですが、(それとは何の関係もないですけど)、本ブログのサーバも、本日よりリソースを倍増いたしました。
「コメントを書こうとしたらエラーになった」等のご報告をちょくちょくいただいてまして、私も管理画面にアクセスしたら時々エラーが出るような状況が続いてましたが、負荷のモニタリングをしても、かなり軽くなったような気がします。
(ブログ等の負荷管理をされてる方のことが他人事とは思えません・・・。)
「トラックバックがうまくいかない」というご連絡もいただきますが、これはサーバのリソースの問題ではなく、どうもMovableTypeのトラックバック管理機能の問題の模様。(試してみると、「〜」へのトラックバックは失敗しました: HTTP error: 403 Throttled ・・・というメッセージが出ます。)
最近、トラックバックが激減してるので、かなりのトラックバックをお受けできてないのではないかと思います・・・。これからお盆に向けてトラフィックも減るでしょうから、この期にMT3.2から3.3にバージョンアップするなど、対策を練ってみます。
ご迷惑おかけしてますが、もう少々お待ちください。
(ではまた。)

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「電子系の法律」について考える(第1回:日本の認証インフラの現状とハンコ文化)

今週、「電子登録債権法制」の中間試案がまとまったようですが、先月、それに関する勉強会(学者・実務者の集まりの任意のもの)に参加したのですが、えー、一言で申し上げると、これがすさまじくイケてないように思われるわけであります。
この法制は、単なる手形小切手法や民法といった法律問題だけ考えればいいものでなく、ファクタリングや証券化といった金融実務のお話や、IT技術、ネットビジネスや経済学的なマインドの話もあわせて考える必要があるため、
image003.gif
全部いっぺんに考えると頭がこんがらがるので、今回は電子債権について考える前に、もっと基礎的なレイヤーのお話として、電子認証を中心とする日本の電子法制の現状がどうなっているのか調べて、私なりに整理してみました。
話は長いですが、結論は簡単でして、
「堅いシステムを作り過ぎて、本末転倒になってまへんか?」
ということであります。
以下、お時間のある方はお付き合いください。
電子署名とは
電磁的記録(パソコン上などのファイル)というのは、ご案内の通り、簡単に書き換えができますので、確実に本人がその文書を作ったということを確かめるためには、本人しか知らない秘密鍵によって、その文書に電子的に署名することが必要・・・てなことが言われてます。
「技術的には確かにその通りだが、それ、ホント?」というところをちょっと考えてみたいと思いますが、その前に、なぜネット上で認証技術が必要になるのか、ちょっとだけ。
(ご興味ない方は、「無茶苦茶ややこしそう」という雰囲気だけつかんでいただいて、次の「電子署名法」の項にお進みください。)
公開鍵暗号方式、例えばRSA方式では、暗号化の逆の操作で署名を行うわけですが、やっていることは単なる掛け算(ただし「剰余系」の上での乗算)です。
署名したい文章(文字列=数列)に秘密鍵を乗じたものを「署名」とし、署名を受け取った者は、公開鍵を乗ずることによって、(公開鍵は秘密鍵の「逆数(ただし剰余系での)」なので、掛けると「1」になって元の文章が出てくることで)真正な署名であることが確かめられます。
つまり、署名s (平文aのd乗=ad)を受け取った者は、公開鍵r を乗ずることによって、nを法とする剰余系上で、
sr modn≡(ad) r modn≡adr modn≡a
というように、もとの文章aが復元されるため、秘密鍵dの保有者が、この文章aに署名をしたことがわかります。
image005.gif
RSA方式の署名は暗・復号化の処理スピードが対称鍵暗号に比べて千倍程度遅いため、暗号・署名の製品の実装では、文章を「ハッシュ関数」という関数で「要約」して、それに署名を行います。
一方向性ハッシュ関数とは、不定長の文字列を、ある一定の長さの文字列(128bitなど)に要約する関数。128bitというのは、漢字わずか8文字程度の情報量しかないのに対して、要約する元の文書は無限に存在するわけですから、理論上はまったく同じ128bitの文字列に要約される文章は無限に存在します。
ただし、2128というのは、1兆の1兆のそのまた1兆倍以上の数。毎秒1兆個づつカウントしても、宇宙の寿命の間には数え終わらないくらいですから、非常に「使いで」はあります。
「良いハッシュ関数」は、違う文字列から同じ要約値がバッティング(collision)する可能性や、要約値から本文が推測できる可能性を極めて低くしています。(つまり、100ページの契約書の句読点を一箇所変えるだけで、そのハッシュ値は、以前と全く違った、元が推定できない値に変化します。)
日本の電子署名法等が前提としているのは、公開鍵暗号(署名)方式としてRSA、ハッシュ関数としてSHA-1を利用したものになっている模様。
電子署名法
この電子認証について定めた法律が電子署名法(「電子署名及び認証業務に関する法律」平成十二年五月三十一日法律第百二号)ですが、この法律のキモは、以下の第3条。

第三条  電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。

(よく存じませんが)、これは、民事訴訟法の「書証」に関する規定(民訴228条1項)

第二百二十八条(文書の成立)第4項
私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

等に対応するんでしょうね。
電子署名法のその他の規定は、ほとんどすべて、主務大臣が認定する認証事業者について述べられているわけですが、ただ第3条をよく読むと、「主務大臣の認定を受けた認定認証事業者の認証した暗号鍵による電子署名で署名された電磁的記録しか、真正に成立したものと推定しないよ。」とは、書いてないですね。
つまり、電磁的記録であっても、それが本人が書いたものと推定できれば、国のお墨付きがある業者が関与しない電子署名でもいいし、そもそも電子署名などなくてもいいはずです。
ではこの、「認定認証事業者」というのは、具体的に、一体どういう方々なんでしょうか。
認定認証事業者
法務省のホームページ、「電子署名法の概要と認定制度について」
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji32.html
を見ると、認定を受けた認証業務は、以下の通り、現在全部で19サービスあるようです。

AccreditedSignパブリックサービス2
日本認証サービス株式会社 (株主:カード会社、商社、ベンダー等多数。)
http://www.jcsinc.co.jp/service/a_sign.html
株式会社日本電子公証機構認証サービスiPROVE
株式会社日本電子公証機構(亜細亜証券印刷等)
http://www.jnotary.com/iprove/iprove/iprove_1.html
CECSIGN認証サービス
株式会社コンストラクション・イーシー・ドットコム (NTTデータ、ゼネコン等)
http://www.construction-ec.com/cectrust/index.html
セコムパスポートforG−ID
セコムトラストシステムズ株式会社 (セコム)
http://www.secomtrust.net/service/ninsyo/forgid.html
AOSignサービス (公共事業における電子入札、方面)
日本電子認証株式会社 (銀行、ゼネコン、NEC等)
http://www.ninsho.co.jp/aosign/
e-Probatio PS サービス (電子入札等)
株式会社NTTアプリエ (NTT西日本)
http://www.e-probatio.com/
TOiNX電子入札対応認証サービス
東北インフォメーション・システムズ株式会社 (東北電力)
https://www.toinx.net/ebs/info.html
TDB電子認証サービスTypeA
株式会社帝国データバンク
http://www.tdb.co.jp/typeA/
ビジネス認証サービスタイプ1
日本商工会議所
http://ca.jcci.or.jp/
電子入札コアシステム用電子認証サービス
ジャパンネット株式会社 (三菱電機系)
http://www.japannet.jp/ca/
全国社会保険労務士会連合会認証サービス
全国社会保険労務士会連合会
http://www.shakaihokenroumushi.jp/ca/ca_home.html
CTI電子入札・申請届出対応 電子認証サービス
株式会社中電シーティーアイ(中部電力、三菱重工等)
https://repository.cti.co.jp/G2B/
よんでん電子入札対応認証サービス
四国電力株式会社
http://www.yonden.co.jp/business/ninsho/
MJS電子証明書発行サービス
株式会社ミロク情報サービス
http://ca.mjs.co.jp/ca/index.html
税理士証明書発行サービス
日本税理士会連合会
http://www.nichizeiren.or.jp/guidance/denshi.html
日本司法書士会連合会認証サービス
日本司法書士会連合会
https://ca.nisshiren.jp/repository/
e-Probatio PS2サービス
株式会社NTTアプリエ (NTT西日本系)
https://www.e-probatio.com/ps/about/index.html
日本土地家屋調査士会連合会認証サービス
日本土地家屋調査士会連合会
www.chosashi.or.jp/repository/
MJS電子証明書サービス
株式会社ミロク情報サービス
http://ca.mjs.co.jp/index02.html

ごらんのとおり、主に、司法書士・税理士・土地家屋調査士・社会保険労務士といった、行政とのインターフェイスを司る士業や、公共事業や電力系の電子入札関係などで認証サービスが使われているということのようです。
「認証なのにベリサインがおらんやんけ?」と思う方がいらっしゃるかも知れませんが、株式会社日本電子公証機構が日本ベリサインを発行局とする電子証明サービスを行っているようです。
(例えば、http://www.verisign.co.jp/press/2005/pr_20050513.html
(そのへんの経緯はよく存じませんが)、電子署名法では、認定認証事業者が政府から管理されて、いろいろ管理監督を受けることになりそうですので、あえて表面に出ずに黒子に徹するというのは、頭のいいやり方かも知れませんね。
本当に「電子署名」は必要なのか?
さて、90年代の中盤インターネットが商用化されたころから、
「インターネットは盗聴や改ざんがあるので怖い」
「電子商取引は電子認証や暗号技術で保護しないと非常に危険」
てなことが言われてたきたわけですが、実際には、ご案内の通り、ユーザはせいぜいSSLになってるかどうかを意識する程度で、「公開鍵方式の秘密鍵」なんてものを意識せずとも、ID・パスワードや、クレジットカード番号を入れるだけで本でも何でも買える簡単で便利な社会がすでにできあがっております。
また、「盗聴」の危険があるにも関わらず、仕事でも、(MS-wordやexcelなどのファイルはともかく)、暗号化しない平文のメールでやりとりしてる方が大半じゃないでしょうか。
ところが、例えば日本の電子申告システムe-Taxなどは、公開鍵を準備しないと電子納税できないガチガチのシステムになってるわけです。
恐ろしく手間のかかるe-TAXの利用
e-TAXのホームページ
http://www.nta.go.jp/e-tax/01.htm
の、「どうやって利用するの?」というところを見ると、

[ご利用の流れ]
1)開始届出書を納税地の税務署長に提出(送信)します。
2)電子署名を行うための電子証明書を取得します。
※電子署名と電子証明書は、インターネットを利用した手続等を安全に行うために使用する印鑑と印鑑証明書のようなものです。電子証明書を取得しておくと、これから増えるインターネットでのさまざまな手続にも利用することができ、とても便利です。
3)公的個人認証サービスなどICカードで発行される電子証明書をご利用の方は、別途ICカードリーダライタを取得する必要があります。
4)開始届出書提出(送信)後、e-Taxを利用するために必要なe-Taxソフト(CD-ROM)や利用者識別番号等の記載された通知書が税務署から届きます。
5)e-Taxソフトをインストールし、暗証番号の変更や電子証明書の登録をします。

と、「開始届出書」を提出した上に、わざわざ住基カードを取得したり、カードリーダライタまで買ってこないと電子申告できない・・・。
ご案内の通り、紙の申告書でも、自署して三文判を押せば申告でき、実印とか印鑑証明が必要ではない。なぜ、電子申告だからといって、実印よりも強固なセキュリティが必要なんでしょうか。
まだ、「還付申告」の場合には、詐欺が発生するかも知れないので、セキュリティもそれなりに考える必要もあるかも知れませんが、こちらから税金を支払おうというのに、そのデータを疑ってかかる必要もないのではないかと。(粉飾されてる可能性がある等は、紙の申告書でも発生する問題ですし、電子署名では防げません。)
こちらの説明ページ:
http://www.nta.go.jp/e-tax/01.htm
で、「動画での説明はこちらから」というところをクリックすると、おねえさんとマスコット・キャラのイータ君が「簡単でしょ?」「うわー、確かに便利!」などと言いながら説明してくれます。全部で17分強もありますが、お時間のある方は、「どこがやねん!」と、ツッコミを入れながら見るのもオツかも知れません。
国税の確定申告書作成コーナーのページ(H17年分はこちら)は、確定申告の計算や印刷用のpdfファイルを作成してくれるのですが、これはなかなか良くできていて私も毎年利用させていただいています。
つまり、国税のシステム全般がイケてない、と申し上げているわけではありませんし、ここまでweb上で作成してプリントして紙で提出するのは、オススメできます。
ただ、なぜ印刷して提出するなら楽チンなのに、同じデータをネットで送信しようとするだけで、いきなり役所に行って住基カードをもらってきたりカードリーダーを買って来たり、CD-ROMからソフトをインストールするといった手間をかけなければならないのか・・・・まったく不明であります。(明らかに、ネットのほうが不便になってます。)
米国の電子申告の現状
これに対してアメリカはどうなってるでしょうか?
アメリカでは、「e-file」というサービスで、個人や法人の申告が行えるようになってます。
こちら
http://www.irs.gov/efile/article/0,,id=118451,00.html
のページに個人向けの説明があるのですが、非常にシンプルで、もちろん、電子証明書入りのICカードを作成したり、カードリーダーを買って来い、といった必要は(もちろん)ありません。

Relax. You’re done. Now SHARE – tell a family member or friend e-file is the smart way to file their federal and state income tax returns!

と書いてありますが、確かにメチャクチャ簡単そう。
「認証」はといえば、
http://www.irs.gov/efile/article/0,,id=101246,00.html

A PIN is any five digits you choose (except all zeros) to use as your electronic signature.

と、たった5桁!の数字(PIN)を入れるだけなので、日本のe-Tax担当の方が見たら腰を抜かすこと必至。なんといっても、5桁だと約10万通りの組み合わせしかないので、1024bitのRSA電子署名よりは、1兆×1兆×・・・倍以上「脆弱な」方法ですけど・・・・それで問題が発生しないんだったら、それでいいんのでは?(せめて8桁の英数字くらいにしたほうがいい気もしますが。)
パスワードを解析して申告書まで偽造するというのは、すごい手間がかかるし、紙で偽の申告書を出すほうが、はるかに簡単ですから、あまりそんなことするやついないと思います・・・。
ちなみに、日本と同様、
http://www.irs.gov/businesses/corporations/article/0,,id=146960,00.html

A1. IRS e-file is the name for the electronic filing of tax returns. When a corporation e-files they send their income tax return data to IRS electronically instead of on paper forms. In 2004 IRS started a new e-file system for corporations, referred to as “Modernized e-file” (MeF) that is web-based, allowing electronic filing of corporate income tax returns through the Internet. MeF uses the widely accepted XML format, a standardized way of identifying, storing and transmitting data.

ということで、提出データのフォーマットはXMLになっております。
また、法人ですが、
http://www.irs.gov/businesses/corporations/article/0,,id=146960,00.html

Q1. Which corporations are required to file returns electronically?
A1. Regulations issued January 11, 2005 require that corporations electronically file their Form 1120 or 1120s for tax periods ending on or after December 31, 2005 if they have assets of $50 million or more and file at least 250 returns, including income tax, information returns, excise tax, and employment tax returns, during a calendar year.

と、「大きい」企業、

A corporation that has 245 employees must file Form 1120 or 1120S electronically if it meets the asset criteria ($50 million or more). This is because each individual Form W-2 as well as the each of the employment tax returns is considered a separate return.

つまり、従業員約250人以上かつ資産50Mドル規模以上の企業は、e-fileで申告することが義務付けられています。
(ここで一点訂正:
以前、「アメリカではクレジットカードで納税ができて、ポイントも溜まるようだ」という話を聞いてブログにも書いたのですが、今見ると、
http://www.irs.gov/efile/article/0,,id=101316,00.html

The Taxpayer Relief Act of 1997 authorizes the Treasury to accept credit card payments for federal taxes but prohibits the IRS from paying a fee or consideration to credit card companies for processing these transactions.

ということで、財務省はカード手数料を負担できず、利用者がカード手数料を負担しているようです。最初からガセだったのか、途中から制度が変わったんでしょうか?)
「専門家に手伝ってもらわないと使えないシステム」でいいのか?
ということで、アメリカに比べて日本のe-Taxのシステムは相当複雑で、開始までの敷居がめちゃくちゃ高い、ということが言えるかと思います。
日本のe-Taxの利用実績はこちら
http://www.e-tax.nta.go.jp/topics/kensu.html
に開示されていて、開始届出書を提出した個人は平成18年7月10日現在累計で127,194人にいるのに対して、平成17年度に所得税の申告をe-Taxで行ったのは34,842人(約4分の1程度)。
法人のほうは、7月10日現在累計で80,477社開始届けに対して、平成17年度に法人税の申告をe-Taxで行ったのは32,484社(約4割)と、個人よりはかなりマシですが、それでも、「やってみようかという気になったけどやっぱりヤメた」人が相当多そうだ、ということが伺えます。
しかも、その実態は、「自分で”簡単に”ネットで送ってる」ということではなさそう。
TKCさんのホームページ
http://www.tkcnf.or.jp/01subete/tkcnfall2005_407.html
に、

 国税庁殿によれば、法人税の税理士関与割合は86.8%(15年調べ)となっています。TKC全国会では〈電子申告を率先して実践することが「税理士としての社会的使命」を果たすことになる〉との認識から、平成16年4月に「電子申告推進プロジェクト」を発足し、その普及促進に努めてきました。
 その結果、国税庁殿の発表によると法人税の電子申告数は23,097件(平成17年5月31日発表)で、このうちTKC会計人(2,091事務所)が行った電子申告数は18,916件と全体の81.9%となり、法人消費税においても全体の18,060件に対して、TKC会計人の実践件数は14,053件と全体の77.8%を占めています。

と書かれてますが、つまり、日本の法人の電子申告というのは、TKCさん一社ががんばって成り立っている、(TKCさんがいなければ壊滅状態)と読めるのではないかと思います。
会社法での対応
さて、「IT書面一括法」や「e文書法」で、メールでの通知や電子ファイルでの保存が幅広く認められてきており、日本全般の電子化については、もうちょっと考え方はフレキシブルかと思います。
先般改正になった会社法も、イケてるんじゃないかと思います。
葉玉さんの「会社法であそぼ」でのQ&Aによると、
http://blog.livedoor.jp/masami_hadama/archives/50866433.html

Q7
今朝の日経新聞に「取締役会決議にメール・・・」という記事が載っていましたが、これ、いいんでしょうか。(以下略)
A7
おっしゃるようにメールは、電磁的方法ですが、メールをすると、メールを受領したパソコンのハードディスクに電磁的記録が作成されます。370条の電磁的記録は、電子署名は不要ですから、普通にメールをして電磁的記録が作成されれば、370条を適用することができます。

http://blog.livedoor.jp/masami_hadama/archives/50756562.html

Q2
370条の「電磁的記録による意思表示」というのはどういった方法を想定されているのでしょうか?最初はメールかな?とも思ったのですが「電磁的方法」ではなく「電磁的記録」としている以上単なるメール審議では足りないように思えます。
A2
取締役が提案に対する同意を会社宛にメールをすれば、会社のパソコンのハードディスクに同意を記録したファイルができます。このファイルが電磁的記録による意思表示です。

ということで、明確に「電子署名は不要」とおっしゃってます。
技術的・理論的には、
「インターネットはオープンなネットワークで他人がデータの盗聴、改ざん等を行っている可能性も否定できないので、平文で電子署名も付されていないメールは、偽造されている可能性がある」
ということになりますが、みなさんの中で、(フィッシングなど知らない人から偽のメールをもらった経験がある人はいても)、知ってるメールアドレスからのメールを偽造された経験を持つ人はほとんど皆無じゃないでしょうか。
取締役のアドレスに宛てて、
「本議案には賛成ということでよろしいですか?」
というメールを送って、
「賛成します」
という返事が来たら、それは常識的にはその取締役によって「真正に作成された」ものと推定してかまわないのではないでしょうか。
また、いくら電子署名を使っても、パスワードやICカードの管理が甘かったら、結局は偽造される可能性があります。
「競争」の視点から考えた電子認証
ということで、RSA等の電子認証を法的に義務付けることが、どういう効果を生んでいるかということを考えてしまうわけですが。
例えば、ストックオプション会計は、ブラックショールズ式や二項モデルなど、σとか√とかが出てきて、文科系の人の95%は頭がクラクラしてしまうわけですが、それでも、それは、「たかが高校程度の数学」のお話なので、がんばれば普通の人なら理解できるはず。
ところが、RSAのように「剰余系上の素数の積が因数分解できるか」、といった話になると、大学の数学科以上のレベルのお話であり、言ってる意味の理解まではなんとかできたとしても、その技術でホントにセキュリティが確保されてるのかどうか、というと、それを証明できる人は世界でも一握り、といったレベルになってきます。
このため、政府などでシステムの方針をどうしようかというときに、システムの専門家から「インターネットは怖いので、ICカードで電子署名しないと危ないですよ〜」と言われたら、99.99%の人は、「あーそうですか」としか言えないわけです。
結果として、ICカードや公開鍵暗号を使ったシステムは、利用者を減らしてシステム投資のリターンを下げますし、(パスワードだけのシステムならブックファースト渋谷店のコンピュータ関連書籍売り場で立ち読みしている茶髪のお兄さんでも組めるかも知れないところが)、日本の名だたる大手SI業者さんにシステム製作を依頼しなければならなくなり、競争原理が働かず、投資額も上昇し、システムのROIを非常に低下させることになります。
また、税理士などの専門家団体の立場としては、webで誰もが簡単に税務申告できちゃうようなことだと中抜きになるので、「一般利用者に使いづらいシステム」こそが「いいシステム」なのかも知れません。が、ホントにそれは、国民全体のためになってるんでしょうか?
長文でしたが、以上のとおり、言いたいことは、「認証を必要以上に堅くすることは、競争原理推進と反対を向いている方針であり、結果として国民の役に立ってないのでは?」ということであります。
(続く)

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「ネット・エコノミー解体新書」連載開始しました

日経BPさんのサイトで、「ネット・エコノミー解体新書」という連載を開始いたしました。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/net/economy/
net_economy.jpg
第1回は、プロローグですが、今後、「Web2.0」とかいうバズワードとか、「ユーザーがエンフォースされる」とかいう定性論ではなく、(なるべく)財務や統計データを用いて、ネット社会やネットビジネスの実像に迫っていきたいと思います。
今のところ、おおむね2週間おきに掲載予定。
日経BPさんのサイトのなかでも、ちょっと微妙な場所に載ってますので、どのくらいの方々が来ていただけるかナゾですが。
なにとぞ、よろしくお願いいたします。<(_ _)>

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蚊取り線香入り暑中見舞い

マクロミルさんから「蚊取り線香入り」暑中見舞いをいただきました。
(こりゃおもしろい。)
16cm×16cm×厚さ1cmくらいで、あの(薄い金属板で出来た)線香立ても入ってます。
P3s.JPG
「マクロミル オリジナルアロマ」だそうで。早速、家で使わせていただきます。
どうもありがとうございました。
(ではでは。)

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Web2.0は「エロス」である

奥さんがレポートをまとめるために読んでいた、プラトン著「饗宴」
kyo_en.jpg
に載っている、ソクラテスがディオティマという婦人から聞いた話として「エロス」についてまとめにかかる部分の記述。(124ページ)

こういう風にして彼はまた職業活動や制度の内にも美を看取しまたこれらすべての美は互いに親類として結びついていることと、ひいてまた肉体上の美には極めて僅かの価値しかないことを認めるように余儀なくされねばなりません。そうして職業活動の次には、その指導者は学問的認識の方へ彼を導かなければならぬのです、それは彼がこれからは認識上の美をも看取することができ、またすでに観た沢山の美を顧みて、奴隷のように、一人の少年とか一人の人間とかまたは一つの職業活動とかに愛着して、ある個体の美に隷従し、その結果、みじめな狭量な人となるようなことがもはや無くなるためなのです。むしろそれとは反対に彼は今や美の大海に乗り出してこれを眺めながら、限りなき愛智心(フィロソフィア)から、多くの美しくかつ崇高な言説と思想とを産み出し、ついにはこれによって力を増しかつ成熟して、これから私が述べようとしているような美へ向かうある唯一無類の認識を観ずるまでになることが必要なのです。

「Web2.0の本質は何か?」という問いに対して、ロングテールだとかuser-created contentとか言われても何だかピンと来ませんでしたが、ブログにしてもSNSにしてもトラックバックにしてもコメントにしても、すべて「他の人や”職業活動”や”学問的認識”と関わり合いを持ちたい気持ち」=エロス、なのだと考えると、非常にすっきり腑に落ちますですな。
ルネサンス期にはネオプラトニズムが盛んになったようですが、現在はそうすると、21世紀のルネサンス期でっしゃろか。すばらしい時代に生まれたもんです。
(ではまた。)

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今日のできごと

オフィスから新幹線で新横浜のホテルに戻り、誰もいないエレベータに乗ったら、「すみませーん」と、後から若い女性5、6人の一団が乗りこんできた。
「ミキは何階だっけ?」
「○かーい。」
と言う方をふと見ると・・・あの安藤選手でありました。
(おしまい。)

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ラー博で安藤百福のベンチャースピリットを学ぶ

わけあって、本日は一家で新横浜に宿泊。
腹が減ったので、ひさびさにラー博にでも行こうということになり、入ってみると、「世界に1つだけのオリジナルカップヌードルが作れる!」という「マイカップヌードルファクトリー」てな企画をやってました。
自動販売機で、カップヌードルのカップ(だけ)をまず購入し、その外側に好きな絵をマジックで描く。
300円×2個買って息子たちに渡したら、喜び勇んで絵を描きよるわけです。
「ファクトリー」の全貌はこんな感じ。
18s.JPG
そしてこれが、日清食品創業者安藤百福氏の大発明、「麺を下に置いて上からカップをかぶせる」方式なり。
20s.JPG
カップヌードルの麺は台形(錐)の形をしており、カップの底に空間が開いていて、お湯が下からも行き渡るようになってるわけですが、その台形の麺をカップの上から入れようとしても、横になったり斜めになったりしてなかなかうまく入らない・・・。
で、台形の麺を下においてカップを上からかぶせ、麺をせり上がらせる方式を考案したら、これがうまくいった。
その百福氏の感動を追体験できる装置であります。
次に、スープ(しょうゆ、カレー、SIO等)や、好きな具を選んで、オリジナルの味を作ります。
「チキンカツ」等、ここだけしかないスペシャル具材もそろってます。
24s.JPG
おねえさんが「このようにできました」と確認。
22s.JPG
上ぶたを圧着。
25s.JPG
シュリンクラップをかぶせて、
27s.JPG
熱を通すとあら不思議、ラップが縮んでカップに密着していきます。
28s.JPG
これで、元祖シュリンクラップ契約・・・じゃなかった・・・カップヌードルの完成。
(ではまた。)

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spring-loaded stock options

前回のエントリ「村上ファンド判決とストックオプション制度の終焉」に、「らっしー」さんからコメントいただきました。

アメリカでもspring-loaded stock optionsがインサイダー取引じゃないかという議論があるようですよ。
(略)

ご参考までに。

ありがとうございます。大変参考になりました。
ご紹介いただいた記事がこちら。
http://www.professorbainbridge.com/2006/07/springloaded_op.html
また、同記事に引用されてますが、WSJでも、spring-loaded stock optionsについて、米SECが捜査に入ってるが、違法かどうか意見が分かれている、という解説記事があります。
Can Companies Issue Options, Then Good News?
http://online.wsj.com/(購読してないと読めないかも。)
記事では、まず「バックデート」について説明。

Options give recipients the right to buy a share of stock at a set price, typically the closing share price on the date a grant is made. Companies that backdate are setting the grant date retroactively to align with a stock’s low point, creating an instant paper gain.

前回のエントリでも書きました、株価が底の日に遡ってストックオプション関係の書類を捏造する方法ですが、少なくとも日本では登記の期限(2週間)や適時開示(適時開示規則第2条第1項第1号uおよびaなど)との関係上、この反則技は、ちょっと使えないかと思います。
つまり、ストックオプションについては、日本の開示規則の方が、アメリカよりしっかりしている、ということでしょうか?
次に、これに対比させて「spring-loaded option」について説明しています。

By contrast, spring-loaded options usually are priced the same day they are granted. The catch: Companies are aiming to build a quick, expected gain into a grant, by assuming that good news — like an upbeat earnings forecast — will push the stock price up in coming days.

つまり、株価が跳ね上がるようなネタを公表する前(株価が上がる前)にストックオプションを付与し、その後株価が跳ね上がって短期的に大もうけ、ということを狙ったストックオプション、ということかと思います。
昨日申し上げた事例で、第三者との事業提携において、それを発表する前の株価で第三者割当増資をする場合には、「株もたせてくれないんだったら提携しないもんね」と言われるかも知れないので、実務の提携の際には、新規事業の価値を含めない、それまでの株価をベースに増資時の株価が決められているのではないか、と申し上げました。
これに対して、企業の従業員に付与するストックオプションでは、従業員は「ストックオプションくれなきゃ働かね」「これからやる新規事業には協力しねえ」と言えるかどうか微妙。その人の関与がある場合には、事業提携の場合と比べてまだ付与を安い行使価格で行う正当性があるかも知れませんが、例えば「大金鉱脈発見!」等の「発生事実」等を隠して付与して、その後に株価急上昇というのは、「ズルさ感」は倍増するというもんです。
役員の場合には、忠実義務との関連も問題になるかも知れません。
記事でも、機関投資家団体の方は、「This is just not fair」と切り捨ててらっしゃいます。
一方、付与する実務としては、個別の役員や従業員ごとに誰がどこまで重要事実を知っているか、といったことを調べて各自バラバラに付与するなんてことは無理ですし、「行うことについての決定」といったアイデアに近い段階まで含めれば、企業内にそういったネタは常時存在しない方がおかしいから、ストックオプションを付与するだけでインサイダー取引になるってんなら、もー、ストックオプション制度自体、「なんかやるのアホらし」というモードになるの必至、という感じであります。
日本では、一般には、行使可能期限まで2年間ある「税制適格ストックオプション」が普通でしょうから、あまり小さいネタが開示されているされていないというのは、「ズル」には直結しないはずですし、記事の賛成論者の方もおっしゃってますが、米国でもやはりストックオプションは、「a long-term incentive to boost performance」なんだ、という考え方なので、短期的なネタはあまりズルにはつながらないはずです。
(一方で、新株予約権付与にしても増資にしても、もらった株を短期で売却するスキームが組めないわけではないので、そういうのを悪い目的に使おうというやつがあらわれると、やですね。
これも、取締役の経営判断の問題でくくる方がきれいだと思いますが。)

未公開のベンチャー企業は、そもそもインサイダー取引規制の対象ではないので、引き続き良質な人材を獲得できる「武器」になる可能性は高いですが、付与時期までガタガタ言われるようになると公開しちゃったベンチャーが優秀な人材を引き抜いてくるのは、キツくなるかも知れませんね。
渡辺千賀さんが、この前、「シリコンバレーでは、いかに未公開のうちに優秀な人材を獲得しておくかが勝負」とおっしゃってました。
日本だと、ベンチャーは一般的に「もし公開できるならなるべく早く公開したい」というモードじゃないかと思いますが、アメリカだとストックオプション目当てに人材が集まってくるけど、公開したら行使してどんどんやめちゃうので、いろんな理由をつけては公開を先延ばしし、できるだけ長く未公開にとどまって、内圧を高めに高めて、一気にドーンと公開、ということになってるそうです。
グーグルも時価総額500億円くらいのときに公開しなくてよかったね、という感じ。
日本でも、そういう傾向は今後強くなってくるかも知れません。
さて、

“Boards, in the exercise of their business judgment, should use all the information that they have at hand to make option-grant decisions,” Mr. Atkins said. “An insider-trading theory falls flat in this context, where there is no counterparty who could be harmed by an options grant. The counterparty here is the corporation — and thus the shareholders.”

「詐欺」から発展した理論だと、売買と違って「相手」がいないストックオプションの付与はうまく説明できないような気がします。
「相手」は会社、つまりは「株主全体」だ、ということになると、そりゃそうだという気にもなりますが、それは他のこと(経費の使い方や投資の妥当性など)全般に言えることで、結局は、取締役の経営判断(their business judgment)に依存してくる話じゃないですかねえ。
日本では、会社法で、新株予約権の付与が報酬として妥当なものであれば有利発行ではなく、株主総会決議も不要になった、という流れと考え合わせると、おもしろいですね。
会計上のお話
会計上も、「付与時点での株価=行使価格はインサイダー情報も含めた”時価”よりも低いから、本源的価値>0であって、その分多く費用計上しなきゃだめ」てなことになるんでしょうか・・・と思ったら、やっぱり書いてあります。

Accounting rules demand that such “discount options” be expensed on the company’s books. The tax code disqualifies them from certain corporate deductions and exemptions. And companies that didn’t disclose the backdating — or implied in their filings that they didn’t backdate — can face serious securities violations.

ただ、「spring loaded」の場合は、次項と同様、「何をもって時価とするのか」が難しいはずですね。
反対派の機関投資家団体の方は怒ってらっしゃいます。

The whole point is to motivate and incentivize. To do this and set up an award so they’re already in the money is so unfair. I think it’s a mark of poor integrity.

この方が、日本の1円ストックオプションを見たら腰を抜かすかも知れませんが。
「in the money」の分費用計上すれば納得されるんでしょうか。
税務上のお話
税務上は、というと、

As for taxes, the implications of spring-loading are “not as clear as with options backdating,” says S. James DiBernardo, a partner at Morgan, Lewis & Bockius LLP who specializes in compensation tax issues.
Mr. DiBernardo says he “wouldn’t be surprised” if the IRS tries to make the argument that spring-loaded options are also discount options, and thus come with the same tax “parade of horrors” that follows backdated options. But, he says, such an argument would be “much, much more difficult” for the IRS to win. Among other things, the IRS would have to establish what was the “true” market value on the day the spring-loaded options were granted, and it isn’t clear how that could be done, he says.
The IRS declined to comment Friday.

(バックデートしたというならともかく)、付与時期に公表されてない事実があるとしても「正しい時価(”true” market value)」が何かというのがほんとにわかるのかいな?というお話。
「租税法律主義」と「罪刑法定主義」は、基本的に同じことだと思ってましたが、米国での運用は、罪刑法定主義(インサイダー取引等)のほうがよりゆるく適用され、租税法律主義の方が厳格に適用されてるというなんことですかね?
(日本だと、逆のような・・・。)
ではまた。

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村上ファンド判決とストックオプション制度の終焉

(要旨)
ほとんどの人は、村上ファンドのインサイダー取引規制違反は対岸の火事だと思ってるかも知れないが、仮に村上氏が有罪となった場合、ストックオプションで得た公開企業の株式の売却(というか、自社株取引全般)が、非常にコンプラ・リスクを伴うものになるはずである。
ストックオプション会計が5月から導入されたことも合わせて考えると、株式を用いたインセンティブ・プランはほとんど使われなくなる可能性もある。

(以下、本文)
村上ファンド事件を「悪いやつもいたもんだねー」と対岸の火事と思ってる人は多いと思いますが、以前から申しあげている通り、村上氏が有罪になることによって、一般の人にも大きな波及効果がおよぶ可能性があります。
いろいろ考えられますが、一例として、ストックオプション制度って残るんでしょうか?というのが、本日のお話。
先週送られてきた旬刊商事法務(1771号)の最後のページで「シリウス」氏が、「村上ファンドによるインサイダー取引事件−その意義と今後の課題」という題で、村上ファンド事件の影響についてコンパクトに整理されており、

わが国の証券市場を公正で透明なものにしていくためには、本件のような大量取得等に係るインサイダー取引を禁圧していく要請はきわめて高いと考えられる

と、規制強化に賛同するお立場でらっしゃるようです。
中でも、

したがって、本件で起訴状どおりの形で証取法違反が認定されれば、代表取締役による決定のみでも重要事実についての「決定」があるといえる場合があるとした日本織物加工事件最高裁判決の基準が処罰範囲を拡大する方向に大きく「前進」することになる(取引が実行される確実性はおろか必ずしも蓋然性が高いとすらいえない段階でも「決定」を認定できるものとされる)と解される。

と、非常に柔軟に「決定」の時期が認定されるようになることが想定されるわけですが・・・・仮に、そうなるとすると、ストックオプション制度は、事実上使えなくなる可能性が高いんじゃないかと思います。
ストックオプションの「付与」は絶対安全か?
(本日の本題は、後述の「行使した株の売却」というパラグラフ以降のお話で、以下しばらくのお話は「杞憂」かも知れないので、お時間の無い方は、「行使した株の売却」というパラグラフ以降をお読みください。)
以前にも述べた通り、インサイダー取引に「いい面」があることは経済学者が指摘してますが、普通の方は、会社の取締役がインサイダー情報を使って儲けるというような「真っ黒」の事例を想像してしまうので、一見してまったく説得力がありません。
ただ、(誤解を恐れずに言えば)、ストックオプション制度というのは、まさに「バリバリのインサイダー」である役職員が「インサイダー情報による利益」を「合法的に」享受し、それを経済の発展のためにプラスに利用するための制度である(あった)と考えられます。
つまり、ストックオプション(新株予約権)の付与(割当て)は、インサイダー取引規制で禁止されている「売買等」(証取法第166条第1項)には該当しないと考えられるため、会社の役職員は、もろ「重要事実」に該当するような「株価が上がるのが確実なすごい新規事業」などを、どんどん考案して実現させることにより、結果として、「インサイダー(的)情報による利益」を享受することになり、会社も役職員も儲かる、というのが、そもそもストックオプションの役割のはずでした。
(もちろん、先日米国であったように、バックデートで書類を作成して、ストックオプションの行使価格決定の時期を株価が底の時期にあわせる、なんてのは「犯罪」でしょう。しかし、日本では、新株予約権の発行から2週間以内の登記が義務づけられているため、ちゃんとした公開企業なら、何ヶ月ものバックデートで付与時期をずらす、といったことは基本的にはしてないはずです。)
しかし、「グレー」ゾーンがどんどん厳しくに解釈される状況下では、前述の解釈のように、いくら「付与」とはいえ、「絶対安全」と言い切れるんでしょうか?と心配になってきます。
先日の小幡助教授の経済教室では、

金融取引は、明示的な禁止事項を設けても、名目的に禁止事項を回避しつつ実質的に同様の取引を作り出すのが極めて容易である。このため、実質基準で包括的に禁止し、事後的に判断する構造にしないと悪意の取引を防止できない。

と、おっしゃってましたが、(166条・167条の解釈としてはともかく)、確かに、「株式」の代わりに「新株予約権」、「売買」の代わりに「割当て」を用いることによって、少なくとも受け取る側にとって同様の経済的効果を作り出せることになります。
「インサイダー取引禁止の精神」というのを「インサイダー情報を使って儲けることは、すべてダメ」と広義に考えると、小幡説では、これも「違法」ということになります。
一方、「インサイダー取引禁止の精神」を、「詐欺ないしはその類似行為はダメ」と考えると、インサイダーと大きな情報の非対称性がある一般投資家との「(既発行の証券の)売買等」はダメだが、会社が新規に発行する株式や新株予約権の「割当て」は問題ない、ということになるはずです。
(ただこれも、「希薄化を通じて、全株主に損失を与えた」という言い方もできますが・・・。)
提携時等の第三者割当増資の例
(新株予約権でなく、株式に広げると話がわかりやすいかも知れません。)
実務では、企業が提携して新規事業を始めるときに提携先への割当増資も同時に行うというケースはよくある話。その際、弁護士さんから、
「第三者割当は証券取引法第166条に言う『売買等』には該当しないと解されるため、この取引はインサイダー取引規制に違反するものではないと思慮する」
といった意見書を取り付けているはずです。
こういった共同事業開始時の出資は、まさに新規事業という超インサイダー情報を共同事業のインセンティブに結びつけようということで、増資する際の株価も、新規事業発表後の株価でなく、新規事業発表前の株価を元に算定されているはずです。
結果的に出資者は株で儲かりますが、その「インサイダー情報」というのが、もともとその出資者あっての新規事業だとすると、その事業からの「分け前」を株式の価値の上昇で得たい、というのはある意味当然の話であります。
また、結果として、一般株主も儲かる(可能性がある)。(下図参照。)
image002.gif
同様に、ストックオプションの付与も、株主と役職員の利害を一致させようということで、以前に書いたとおり、経済学が想定する「インサイダー取引のよい側面」を利用した制度・・・・だったはずです。
ところが、「インサイダー取引禁止の精神」上、「割当て」も売買等の「潜脱行為」であるとみなされるなんてになると、これは上述の通り、産業界に非常に大きなネガティブインパクトを与えかねないお話。
上記の新規事業の提携先の出資の話をさらっと聞くと、一般投資家の人は「ずるいじゃん!」と思うと思いますが、企業価値というのは(本質的には)株式が売買されることによって上昇するわけじゃなくて、こういう新規事業等の「実態」が創造されないと上昇しないし、逆に、企業価値が上がれば、結果として一般投資家のプラスにもなるわけです。
だから、必ずしも、「グレーの解釈を広めに取る」とか「個人投資家中心の市場設計をする」というのが、社会全体とか個人投資家自身のプラスになるかというと、そうではないはずです。
(これも、合併等のパーチェス法適用やストックオプション会計と同様、「会計」の問題とも考えられますね。
上図のように、提携先が株価の上昇によりメリットを期待していたが、これも「インサイダー取引規制違反だ!」ということに[仮に]なるとすると、提携先はプロフィットシェアとかロイヤリティの形でその企業からフィーを吸い上げようとするはず。
提携先が20%出資して株価50%アップを期待していたが、これを代わりにキャッシュで払え、となると、PER20倍の業界、実効税率40%として、20%×50%×20倍×(1−40%)=120%、ということで、既存の年間利益の1.2倍もの巨額のコスト負担が数年に分けて発生する、ということにもなるはずです。
結果として、株価は横ばいとか下がる、とか、そもそも提携自体が解消になる可能性も高い・・・。
「企業結合へのパーチェス法の適用で、のれん代償却に耐えられずに合併がお流れになるケースもあるんだから、業務提携がお流れになるケースもあってもおかしくないでしょ」って、そりゃそうかも知れませんが。)
行使した株の売却
さて、以上は杞憂かも知れません(と祈ります)ので、ここから先は、法律に明文上「売買等」と書いてあることでもあり、インサイダー取引規制には、さすがに「割当て」までは含まないものと考えて進めさせていただきます。
とすると、新株予約権の「付与」にはインサイダー取引規制は適用されないし、また、新株予約権を「行使」して株に変えることも、明示的にインサイダー取引の規制対象外になっております。(証券取引法第166条第6項)
ただ、ストックオプションを行使して得た株式を売却するとなると話は別。
もろに、インサイダー取引規制の対象になってきます。

通常の上場会社では、株式の売却の際にインサイダー取引規制に触れないように、基本的には四半期等の決算発表直後でないと売却できないような内規を整備しているはずですし、また、決算発表にあわせて、重要事実に相当するようなことも、極力プレスリリースして開示しているはず。
しかしながら、「業務執行を決定する機関」や「行うことについて決定したこと(等)」というのが、村上氏が起訴されているような、実現性もあやふやな「一取締役(有力従業員)の思いつき」といった段階から適用されるとすると、そういう「一取締役(有力従業員)の思いつき」すら全く存在しない状態を四半期決算開示ごとに作り出すというのは、基本的に不可能なはずです。
重要事実になるような決定事項は、社外の相手への打診や交渉が必要な話なら、まだ話が煮詰まらないうちに公表できないですし、斬新なアイデアや企業秘密を含むものなら、ライバル会社に気づかれて競争に負けてしまう可能性も高まってしまうでしょうから。
また、会社の経営者や従業員には、どんどんそういった新しい事業のアイデアを発想したり、社内でブレストしてもらわないと、企業の価値自体が向上しないはずです。
しかし、そういう「一役員(有力従業員)が考えている実現性も不透明なアイデア」を「聞いちゃった」だけで株式の売却ができなくなるとしたら、ストックオプションで得た株式が売れない。結果として、インセンティブとしての魅力が無くなってしまうはずです。
換言すると、仮に前述のような判決が下った場合、ストックオプション制度導入している企業を、検察や証券等監視委員会がもし気に入らなければ、捜査することによって、ほぼ確実に「犯罪者」を作り出すことが可能になるんじゃないでしょうか。
証取法第166条第2項に定められる「重要事項」には、以下のようなものがあり、これらのどれについてもアイデアすら考えるのを止めてしまうような企業というのは、逆に、全くのダメ企業でしょうからw、「企業価値を高めようとがんばっている企業」なら、必ず役員や有力な社員が、これらに関わるアイデアを考えているはずだし、そういうアイデアがあるのを聞いちゃっていたにも関わらず株を売却しちゃった人というのは、社内を探せば1人や2人は必ず見つかるはずですから。

一  当該上場会社等の業務執行を決定する機関が次に掲げる事項を行うことについての決定をしたこと又は当該機関が当該決定(公表がされたものに限る。)に係る事項を行わないことを決定したこと。
イ 会社法第百九十九条第一項 に規定する株式会社の発行する株式若しくはその処分する自己株式を引き受ける者(協同組織金融機関が発行する優先出資を引き受ける者を含む。)の募集(処分する自己株式を引き受ける者の募集をする場合にあつては、これに相当する外国の法令の規定(当該上場会社等が外国会社である場合に限る。以下この条において同じ。)によるものを含む。)又は同法第二百三十八条第一項 に規定する募集新株予約権を引き受ける者の募集
ロ 資本金の額の減少
ハ 資本準備金又は利益準備金の額の減少
ニ 会社法第百五十六条第一項 (同法第百六十三条 及び第百六十五条第三項 の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の規定又はこれらに相当する外国の法令の規定(当該上場会社等が外国会社である場合に限る。以下この条において同じ。)による自己の株式の取得
ホ 株式無償割当て
ヘ 株式(優先出資法 に規定する優先出資を含む。)の分割
ト 剰余金の配当
チ 株式交換
リ 株式移転
ヌ 合併
ル 会社の分割
ヲ 事業の全部又は一部の譲渡又は譲受け
ワ 解散(合併による解散を除く。)
カ 新製品又は新技術の企業化
ヨ 業務上の提携その他のイからカまでに掲げる事項に準ずる事項として政令で定める事項
二  当該上場会社等に次に掲げる事実が発生したこと。
イ 災害に起因する損害又は業務遂行の過程で生じた損害
ロ 主要株主の異動
ハ 特定有価証券又は特定有価証券に係るオプションの上場の廃止又は登録の取消しの原因となる事実
ニ イからハまでに掲げる事実に準ずる事実として政令で定める事実
三  当該上場会社等の売上高、経常利益若しくは純利益(以下この条において「売上高等」という。)若しくは第一号トに規定する配当又は当該上場会社等の属する企業集団の売上高等について、公表がされた直近の予想値(当該予想値がない場合は、公表がされた前事業年度の実績値)に比較して当該上場会社等が新たに算出した予想値又は当事業年度の決算において差異(投資者の投資判断に及ぼす影響が重要なものとして内閣府令で定める基準に該当するものに限る。)が生じたこと。
四  前三号に掲げる事実を除き、当該上場会社等の運営、業務又は財産に関する重要な事実であつて投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの
(第五号以下の子会社の重要事実は省略)

マイナスのリテンション効果
会社をやめないと株が売却できない、ということであれば、ベンチャー企業が公開すると、ストックオプションを行使して株に換え、とっとと会社を辞めるやつが増えちゃうかも知れませんね。
「売却日のたまたまの株価」がインセンティブになるのか?
そもそも、それ以前の話として、ストックオプションは、ホントにインセンティブになるんでしょうか?
未公開企業なら、アーリーな段階で付与した時の行使価格と公開後の株価が何十倍、何百倍になる、というのも普通にある話ですが、公開した後に付与されたストックオプションだと、何倍にも株価が伸びることは通常、期待薄なはずです。
株価は企業価値の向上以外にも金利や地政学的リスク等、様々な要因を織り込むわけで、ほとんどの従業員にとって、その「たまたま」の売却日の株価がインセンティブにつながるかというと、ほとんどつながらないんじゃないでしょうか。
また、四半期決算開示直後に株式の売却が集中する、ということが徹底されればされるほど、好業績でも逆に株価は決算発表直後に一時的に下がる期待が働くはず。そんな日の株価をもとに「おまえの報酬はそれだ」と言われても・・・ねえ・・・。
税制適格ストックオプションの要件では、年間の行使限度額は1200万円までですから、公開後に付与されて株価が高くなっている場合、株価が1.5倍になるとしても、600万円のインセンティブにしかなりません。
「重要事実についての決定」の時期が早まることによって「重要事実」を「聞いちゃう」確率は格段に高まりますので、1200万円払い込んで行使したはいいが、直後に重要事実を「聞いちゃった」ので、泣く泣く売却を3ヶ月後の決算発表後に先送りするとか、安全のために(府令6条1項1号の)適用除外を使って何ヶ月も前から売る契約をするなどしたら、その間に株価が大きく下がって行使価格を割り込んじゃった、というリスクも格段に高まります。
シリコンバレーでも、行使時に税金がかかって、その後株価が下がって破産した、と言う人がゴロゴロいるらしいですが、日本でもそんなことになると、その制度って、「インセンティブ」にはならんですよね。
コストとして見合うか?
未公開企業なら「本源的価値」のみ費用計上すればいいので、費用計上自体がゼロのケースが大半でしょうが、以前述べたとおり、ITベンチャー等の株価のボラティリティは、年間70%に達することも多く、その場合、株価の50%程度がオプションバリューとなり、これが行使可能時期までの期間按分されて費用計上されることになります。
またボラティリティの高い企業は、株価が上昇する可能性も大きそうなもんですが、公開後は株価がコスト計上額に見合った(上記の例で50%も)上がるとは限らない。
結局、新株予約権を直接付与して株を売却しなきゃいけないスキームよりも、株価の上昇に応じてキャッシュでインセンティブを支払う「ファントム・ストック」的プランの方がワークするかも知れません。

  • 支給時期前の例えば3ヶ月とか半年の平均株価をベースに、疑似付与時からの上昇額に応じて、「キャッシュで」インセンティブを支払う。これだと、株式の売却によるマーケットへの悪影響もないし、「たまたま」売却した日の株価に影響されることもない。
  • (上限は、付与時の株価の○割等、上限を付けないと、株価高騰時には破産するので、要注意。)
  • 一定の算定式に基づくキャッシュでの報酬なので、ストックオプションと違って、付与時(から行使可能時までの間)ではなく、インセンティブ支払い時に費用計上されるので、費用は後送りできる。
  • 税制適格ストックオプションと違って、当然、損金参入可能。(役員について「利益連動給与」として損金参入可能かどうかというと、ちょっと難しそう。また、役員は所得税の税率が高いことが多いので、株式によるインセンティブの方が得になるケースが多くなるはず。)
  • 何より、前述のように、インサイダー取引規制から完全に解放されるので、「犯罪者」になる可能性が無く、精神衛生上、好ましい。

村上ファンド事件について、前述のような判決が出た場合には、オススメは、ストックオプション制度を廃止することはもちろん、明文で適用除外のある従業員持株会等での売買を除き、役職員(および退職後1年未満の方)の自社株の売買は一切禁止させるという「日銀並」(笑)基準を採用すること・・・・・・・・・
なぜかというと、従業員の中に一人でも「自社株のインサイダー取引」で検挙されるようなやつが出てくるというのは、その公開企業にとって、計り知れないマイナスのインパクトを発生させるからです。
・・・・てなことで、ホントにいいんでしょうか?
(ストックオプション制度は、1円ストックオプションを利用した退職給与代わりのプランくらいしか残らなかったりして・・・。)
(ではまた。)

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