「会計のルールの穴」についての若干の補足

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昨日のエントリで、

誤解を恐れずに大胆なことを言えば、「会計に『ルールの穴』なんか無い

と申しましたが、やはり誤解されるとヤなので(笑)、もうちょっと言葉を付け足しておきます。
「穴」というにはデカすぎる
会計というのは、昨日申し上げたように「明文化された公的なルール」で定まっている部分はごく一部な体系であるわけですから、「穴」と言えば全部が穴みたいなもんで。阿蘇山のカルデラを「穴」と呼ばないのと同じで、これも「穴」とは呼ばないんじゃないかと。
(追記:つまり、「漏れることはありえない」という意味ではありません。)
「時間外取引で1/3超を取得する」のと同じノリで、「どこにも悪いとは書いてないじゃないですか」という論理は会計の場合には通用しない(ハズ)、ということが一点。
会計で重要なのは「全体からの視点」
また、特に今回のことについて言えば、会社が行った処理が公正妥当なのかどうかをチェックするべき監査法人は、個々の取引(投資事業組合に出資するのがOKか?投資事業組合が自社株を取得するのがいいのか?等)を見るだけでなく、「取引全体の(経済的)意図」を見なければいけないハズだ、というのも一点。
報道されているように、投資事業組合を3つも経由して自社株を取得するというのは、経済的観点からは明らかに不自然なわけで、「なぜそうした形態を取る必要があるのか?」について担当者に聞きただし、もし「この組合は当社の管理下にないんで、よくわからないんですよ〜(へらへら)」てな答えが返ってきたら、(影響の大きさもあり)「意見」を差し控えることも検討すべきだったかと思います。

監査人は、職業的専門家としての正当な注意を払い、懐疑心を保持して監査を行わなければならない。(監査基準 第二 一般基準 3)

監査人は、重要な監査手続を実施できなかったことにより、自己の意見を形成するに足る合理的な基礎を得られないときには、意見を表明してはならない。(監査基準 第四 報告基準 一基本原則 4)

会計は「細かい」か?
一方で、会計には一見、非常に「おおざっぱ」に見える側面もあります。
私が社会人になってすぐのころ、監査法人出身の会計士の上司に言われて大変びっくりしたのは、「監査(会計)では、例えば、在庫の額が10億円違ってても構わないんだよ。」と言う言葉。
「えーっ!?そんな、バカな。」と言うと、
「例えば、在庫が1,500億円あって利益が2,000億円、自己資本が5,000億円ある会社なら、10億円在庫が違っていても、重要性の原則的に考えて全体の純資産や利益の額への影響は微々たるもんだろう?会計士の仕事は、帳簿を1円まで合わせることじゃなくて、あくまで全体として財務諸表が適正かどうかを見ることなんだ。」
というお話でした。
(もちろん、監査の実施プロセスでは1円単位のチェックを積み重ねていって、その合計として全体への影響が判断されるということです。)
「天網恢々疎にして漏らさず」という言葉がありますが、会計や監査(の理想像)というのは、「穴」はあるように見えても「漏れない」ということなのかなあ、と思いました。
本日の日経新聞朝刊の報道で、ライブドアの不正売却は「80億円」と出てましたが、これはライブドアの利益額や自己資本額に対して、重要性がある・ない、という小さなレベルの金額ではないわけです。個々の取引の一般論で見ると白か黒か迷う事象であっても、これが、決算を水増しするという意図の元に行われたのだとしたら、明らかに「黒」。「ルールの穴」ではなく、「ルール違反」かと思います。
会計(士)の判断の性質
昨日、「報道がホントだとしたら、会計士100人が100人、NOと言うであろう取引だ」というようなお話をしました。47thさんのエントリで、

この場合に、投資組合持分の取得価額100と売却額の200の差額を資本剰余金として計上しないといけないというのは、会計士の方100人に聞いて、どのぐらいの方がそうだと仰るんでしょう?

という疑問を呈されてらっしゃいますが、会計士は一つの取引だけ切り出されて一般論で「どう?」と聞かれても、前述のとおり実際には、「いい」とも「悪い」とも言えないものなわけです。あくまで、監査報告書を出す出さないの権限を持って監査をして、会社の取引の全体像をつかんだ上で、「いい」か「悪い」かがはじめて判断できる、ものになります。
同じく47th氏いわく、

ただ、法律家というのは、司法試験受験の過程で憲法の考え方を相当にたたき込まれるせいか、本能的に国家権力がフリーハンドを持つことに強い警戒感を持っているので、「粉飾」という概念が事実上捜査機関に大きな裁量を与えてしまうんじゃないかということもまた非常に気になるわけです。

私もこの事件がはじまったころには一瞬その危惧は感じたのですが、「検察が入って処理に粉飾の容疑がかかっている状況で、『あれは正しい処理だった』と主張する会計士は確実にゼロだと思われますので(笑)」と冗談めかして申し上げたのは、「会計士がみんな気が小さくてビビるやつばかりだから」というよりは、「検察によって(一般論ではなく、通常は会計監査の権限が及ばない他社なども含めた)取引の全容が解明される」ことによって、具体的なケースについての「いい」「悪い」の判断がしやすくなるから、という側面の方が強いかと思います。
(ご参考まで)

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13 thoughts on “「会計のルールの穴」についての若干の補足

  1. 初めまして。初めて投稿する者です。
    私は磯崎さんの「営業利益の62.7%がファイナンス関連の売上となってます。」という記載、「通常は長期に保有した未公開株式を1回こっきり売却する処理をしているはずで、売上を水増しするために株を転がしたり、ましてや自社株の売却を売上に計上するなんてことはしてないと思いますので、」という記載、「(もし報道されているような取引を意図的に行ってたのだとしたら)明確に「アウト」だと考えてます。」という記載から、本件においては(まだ事実は認定されておりませんが)会計手法の潜脱であり、形式上合法的(会計規則遵守的)な装いをしていたとしても、実質面から有報につき「重要な事項につき虚偽の記載のあるものを提出した」者として証券取引法第197条第1項第1号に基づく犯罪が十分成立しうると考えておりました。
     確かに47thさんご指摘のように、一回のみ今回指摘されているような取引が行われ、しかもLD株式との投資事業組合が取得した株式との交換が行われ、その後投資事業組合を解散・清算しキャッシュアウトしたというのであれば、同罪が成立することは難しいかもしれませんが、例えば�投資事業組合の契約書において取得対象株式の銘柄が限定されていた、�投資事業組合が成立されてから解散・清算されるまでの期間が非常に短い、�同種の取引が複数回行われている、�当該手段による部分がLD社の売上げ・利益双方の相当部分を占めている、といった事情が存在するのであれば、裁判所としては同罪の成立を認める可能性が非常に高いと思われます。
     今回の検察の捜査は、メール等のやり取りからその点の当事者の意図を明確にするという目的があったのかもしれませんね。
     またこれは想像(というより妄想)ですが、例えばLD社の方のセミナー等で上記投資事業組合を利用したスキームで、買収を行いつつ営業利益も上げられる!といった手ほどきをしたりしたとしたら更に分が悪くなるでしょうね。

  2. 「穴」が大きいものなのか、そうでないものなのか、というのは、正直土地勘がないので、これはスキームの全体像が分かっていれば、取引の時点で100人が100人、ライブドアがしたのとは違う会計処理をしたと仰るのであれば、これはルールの解釈の問題ではなく、単なる事実認定の問題という点には、私にも何も異論はありません。
    ただ、「取引の全ての意図を把握して、それと企業会計の趣旨から考えて判断すべき」ということが一つの理想であることは確かですが、現実の世界では、�取引の全ての意図を把握するための情報収集のコストと�全ての情報を織り込んで「あるべき」会計処理を判断するための分析・判断コスト、それと�会社と会計士の見解の不一致とそれを解決するためのコスト(予見可能性といいかえてもいいと思いますが)が存在しますよね。これと、�限られた情報や不適切な基準のために「本来なら望ましくない」会計処理が存在することによるコストの兼ね合いが、現実の会計監査の慣行を定めるのではないかと・・・また、ローエコ的な考えで恐縮ですが^^;
    会計基準とか慣行というのは、一種の「割り切り」で�から�のコストを低減する意義を持っていて、それ故に生じる�という「穴」はある意味不可避的なんじゃないかという気がします。
    もちろん、あるべきプロフェッショナルの態度としては、天網恢々疎にして漏らさずでいいと思うのですが、「粉飾」=「違法」という評価のレベルでは、制度設計の段階で受け入れた�のコストを持ち出してしまうべきではないような気がしています。
    ともあれ、今回の事件にとどまらず、いろいろな面で考える材料になるとう意味で非常に興味深い議論です。コメントをとりあげていただきありがとうございました^^

  3. 確かに会計士の方からの視点では47thさんのご提示の議論もあるのかもしれませんね。
     本件の場合は、(仮に証券取引法第197条第1項第1号違反だとして)主体は発行会社ですので、「全体が分かっていなかった」「取引の意図は知らなかった」という抗弁は成立しないのでしょうね。

  4. 報道に見る:刑事と民事の狭間(ライブドア編)

    さて、一昨日に引き続いて「ライブドア」の話題。次々と“新事実”が報道をされていますが、このブログでは少し違った角度から考えたいと思います。というのも、今回の“事件”は、「刑事的視点」と「民事的視点」でずいぶん様相が異なる印象を受けるためです。
    奇しくも…

  5. 磯崎先生初めまして。
    先生のブログいつも興味深く拝見させて頂いております。
    素人に毛が生えた程度の者ですが,今回のライブドアの件,会計士が100人中100人がNoと言われる取引だということですが,ふと気になったのはフジテレビが引き受けたライブドアの第三者割当増資です。公開されている資料でも疑問点があるというのに,フジテレビはデューデリを行ったうえでGoサインを出したということになりますよね。となると,デューデリジェンスを行った時点では,適正な取引という解釈がなされる余地があったのではないのでしょうか。05.4.20のエントリが伏線だったのかも知れませんが…。

  6. 自己レスです。
    昨日の先生のコメントに同じことが書いてありましたね。
    大変失礼いたしました。

  7. 私も会計・法律ともにずぶの素人です。
    ただ、いくばくかの関心を持ってこの事件を見てきたものとして、
    「穴などない」と言うのにはやはり懸念を覚えます。
    今回の件についての是非ではなく、今後似たようなケースが起こった時のため、
    法整備なり明文化された会計規則なりは必要なんじゃないでしょうか?
    理念としては先生の仰る通りかと思いますが、
    明文化されていれば、立場の弱い監査法人でもNoと言えるのではないかと。

  8. >今後似たようなケースが起こった時のため、法整備なり明文化された会計規則なりは必要なんじゃないでしょうか?
    もちろんそうです。今までの会計基準の歴史というのも、そうした明らかにまずい部分にパッチを当てる歴史でした。
    ただ、本文で「穴というには大きすぎる」(阿蘇山のカルデラ)と書かせていただいたとおり、これは基準をどんどん作っていけば埋まっていく、という性質のものではないです。
    「穴はない」という意味は、何度も申し上げているとおり、「基準に書いてないから、利益操作的だけど粉飾じゃない」という発想には、鉄槌が下りますよ、という意味です。
    (ではまた。)

  9. 磯崎先生はじめまして、独立系の証券マン(IFA:Independent Financial Adviser)で匠と申します。
    先生のわかりやすい会計の解説、本当に勉強になります。
    本日、トラックバックさせていただきましたが、今後もよろしくお願いいたします。

  10. 周辺ブログの気になるネタ (会計ルールの穴)(正義のコスト)

    本業が忙しくて、名ブロガーさんのところで展開中の、
    面白い話題をスルーしまくりでした。(汗
    磯崎さんのisologue
    「会計ルールの「穴」」
    「「会計のルールの穴」についての若干の