ストックオプションとは何か

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昨日、インボイスが17日に発表したオプション買取制度を検討しましたが、本日はその続きということで、そもそもストックオプションというのはどういう風に処理されていて、今後、その処理がどう変わりそうなのかというあたりのお話を。
ストックオプションとは
そもそもストックオプション(新株予約権)とは何でしょうか。
新株予約権は、会社がこの権利を持っている人に対して「新株を発行し又は代わりに持っている自己株式を渡す義務を負う」権利(商法280条ノ19)のことをいいます。
経済的に言うと、会社に対するその株式のコール・オプション、ということになります。
(コール)オプションで、一定の価格で株式を買うかどうかの損得を考えてみると、以下の図のようになります。
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行使価格が22,300円の株が30,000円になれば(図の「C」)、新株予約権を行使して株を手に入れ、それを売却すれば差額の7,700円が儲かります。(図のCの赤い矢印。)
逆に、株価が行使価格より下がって株価が10,000円になれば、もし新株予約権を行使してしまうと22,300円かかったものが10,000円でしか売れないので差し引き12,300円損してしまいます(図のAの赤い破線)ので、誰も行使しないはずです。
オプションの価値
以上より単純に考えると、オプションの価値は以下のような途中で屈折した線(青色)になるはずです。例えば、行使価格と株価が同じ(点「B」)以下なら、オプションを行使してもしょうがないので、オプションの価値はゼロのはずです。
image004.gif
しかし、よく考えてみると、もし株価が行使価格と同じBのところであっても、オプションが「タダ」なら誰でも欲しがりますよね?オプションは行使してもしなくてもいいわけですから、行使期間がまだあれば、「将来へのお楽しみ」が残っています。
このため、オプションの「本当の価値」は、下図のように図の青い線よりちょっとだけ上の紫の線のようになるはずです。
image006.gif
オプション理論では、この紫の線と青い線の差額の部分を「時間的価値(time value)」、青い線の価値を「本質(本源)的価値(intrinsic value)」と呼んでいます。
「時間的価値」+「本質的価値」=オプションの価値、になります。
オプション・プライシング・モデル
では、この紫色の線(つまり、オプションの「時価」)はどうやって計算するのでしょうか?
オプション理論をご存じの方は、まず有名なブラック・ショールズ式が思い浮かぶかも知れません。
ブラック・ショールズ式は、以下のような式です。

image008.gif

ここで
S0 は、原資産(例えば普通株式)の現在価格
N(d) は、d の累積正規確率
X は、行使価格
T は、満期までの期間
r は、リスクフリーの金利
e は、自然対数の底(ネピア数)
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ブラック・ショールズ式は、行使期間の最後にだけオプションが行使できるという「ヨーロピアン・オプション」の価値の計算式ですが、通常のストックオプションでは、「2年間は行使できない」等の行使制限期間(cliff)や、「その後4年間で1/4ずつ行使可能に」等のベスティング(vesting)など、いろいろ複雑な条件が付きますので、厳密に言うとブラック・ショールズ式では完全に理論的というわけではなくなります。国際会計基準の案では、より複雑なケース分けに基づく「lattice model」などが提案されてます。
参考:7月2日「オプションの費用計上−株主様のご意向は明確だが」
https://www.tez.com/blog/archives/000129.html
ま、計算はいろいろ複雑ですが、どうやるにせよ、オプションの価値は、上記の図で紫色の線のような感じの曲線になるということです。
また、ストックオプションが費用計上されるようになった場合には、「将来行使したときの株式の時価」との差ではなく、発行したときのストックオプションの時価(紫色)と発行価格(通常ゼロ)との差になりますので、ご注意を。(将来の株価上昇分まで費用計上しなきゃいけないとしたら、えらいことです・・・。)
米国の現状
ちなみに、米国では、95年の10月に発表されたFAS123「Accounting for Stock-Based Compensation」という会計基準と、APB25という会計基準があります。
FAS123では上記の「紫色」の線のvalueが、APB25では「青色」のintrinsic valueのみがストックオプションの費用として計上されることになってます。
ストックオプションを付与するときには、ストックオプションの行使価格は株式の時価以下以上であることがほとんどですので、APB25の方式、すなわちintrinsic value(青色の線)で見たオプションの価値はゼロとなり、財務諸表に費用計上する必要は無くなります。今のところ、どちらの基準を採用してもいいことになっているため、APB25の採用の方が多い模様。
以下の解説はインテルの実例等が入っていてわかりやすいです。
日本政策投資銀行Washington Topics「ストック・オプション制度の費用化問題」
こちらもご参照:中央青山監査法人「連載 ストック・オプション」
新株予約権付社債の会計処理(日本)
金曜日の日経新聞朝刊一面に「ストックオプション、人件費計上を義務付けへ」という記事が載ったのですが、日本でも新株予約権について全く財務諸表に計上しないわけではなくて、新株予約権付の社債の場合には、このオプション価値を財務諸表上計上することになってます。

新株予約権及び新株予約権付社債の会計処理に関する実務上の取扱い(実務対応報告第1号)(平成14年3月29日 企業会計基準委員会)

Q3 改正商法のもとにおいて改正前の商法における分離型新株引受権付社債と同じ内容で資金調達を行う場合には、社債と新株予約権とを同時に募集し、かつ、両者を同時に割り当てることにより行われる。この場合、当該社債及び新株予約権の会計処理をどのように行うか?
(A)社債と新株予約権は別々に証券が発行されるので発行後には個別に流通することになるが、社債と新株予約権とを同時に募集し、かつ、両者を同時に割り当てる場合には発行時において両者は実質的に一体のものとみられるため、その経済的実質は従来の分離型新株引受権付社債と同一であるものと考えられる。金融商品会計基準第六・一・1では、新株引受権付社債について区分法を適用するものとしているので、その会計処理はそれぞれの発行価額を合計した上で区分法(Q2のA3(1)参照)により行うことが適当であると考えられる。

金融商品会計に関する実務指針(会計制度委員会報告第14号)
351.発行体における新株引受権付社債の新株引受権の区分処理
金融商品会計基準(第六.一.1.(1))において、「新株引受権付社債の発行価額は、社債の対価部分と新株引受権の対価部分とに区分する。」とされている。
新株引受権付社債には新株引受権が付されているため、新株引受権付社債の利子率は普通社債を発行した場合の利子率と比べ低く設定されている。行使されないで償還する場合の元利のキャッシュ・フローを普通社債の利子率で現在価値に引き直したものが、発行時における普通社債相当部分の価額である。この発行時の普通社債相当額と新株引受権付社債の発行価額との差額は、新株引受権というオプションの売建てに係る受取オプション料である。両者を区分して負債に計上するが、普通社債相当部分については債務額である額面金額で計上することになる結果、当該普通社債相当部分と額面金額との差額は社債発行差金(借方)として計上されることになる(第126項参照)。

つまり、下記の図のような感じ。
image014.gif
つまり、(最近あまり見かけませんが)分離型の新株予約権付社債を発行して社債部分だけを償還したら、新株予約権が負債の部に残ることになります。
新株予約権の発行の会計処理(日本)
これに対して、新株予約権だけを発行したときの基準は、下記の通り。

Q1 新株予約権の会計処理をどのように行うか?
3.新株予約権の会計処理
(1)発行者側の会計処理
現行の金融商品会計基準等は、新株引受権を単独で発行した場合の会計処理については明示していないが、上記2の整理と新株引受権付社債の会計処理(金融商品会計基準第六・一)を勘案すれば、新株予約権を以下のように会計処理することが適当であると考えられる。
「新株予約権の発行価額は負債の部に計上し、権利が行使されたときは資本金又は資本金及び資本準備金に振り替え、権利が行使されずに権利行使期限が到来したときは利益として処理する。 」
新株予約権は、発行時点における時価での発行のほか、無償での発行等多様な価格での発行が可能である(改正商法第280条ノ20第2項第3号、第13号)ため、新株予約権が時価未満で発行される場合において時価と発行価額(受取対価)との差額につき発行者側において費用認識すべきか否かが論点となりうるが、当面は現行の会計基準等に則して、新株予約権をその発行価額により仮勘定として負債の部に計上することが適当であると考えられる。
なお、新株予約権が行使された場合、その発行価額は株式発行の対価としての性格が認められる。このため、改正商法では新株予約権の発行価額とその行使に伴う払込金額との合計額の一株当たりの額をその新株一株の発行価額とみなしており(改正商法第280条ノ20第4項)、新株の発行価額中資本に組み入れない額を決議している場合(改正商法第280条ノ20第2項第10号)には、新株の発行価額を資本及び資本準備金に組み入れる(商法第284条ノ2第2項、第288条ノ2第1項第1号)が、それ以外の場合には新株の発行価額の総額を資本に組み入れる(商法第284条ノ2第1項)ことに留意する。
また、新株予約権の行使に伴い保有する自己株式を新株予約権者に移転する場合の会計処理は、企業会計基準適用指針第2号「自己株式及び法定準備金の取崩等に関する会計基準適用指針」第8項に準拠し、以下のように行われる。
「 新株予約権の行使に伴い自己株式を新株予約権者に交付する場合の自己株式処分差額の会計処理は、新株発行の手続きを準用して自己株式を処分する場合の自己株式処分差額の会計処理と同様に扱う。なお、自己株式処分差額を計算する際の自己株式処分の対価は、新株予約権の行使の際の払込額と新株予約権の発行価額の合計とする。」
なお、新株予約権の会計処理については、拠出資本への算入と権利行使との関係等、今後本質的な検討が行われる可能性があり、その結果によっては上記の結論に影響を与える余地がある(企業会計基準適用指針第2号第31項)。

つまり、有償でストックオプションを発行した場合には負債に計上するが、無償で発行した場合(従業員向けのストックオプションなどはこのケースが多い)については、負債には計上しなくていいよ、というわけです。
つまり、経済的実態は全く同じであっても、前述のように(分離型の)新株予約権付社債を発行してすぐ社債部分だけを償還した場合には新株予約権は負債になるのに、新株予約権だけ単発で発行した場合には負債に計上しなくていいわけです。
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インボイスのストックオプションの財務諸表への計上方法は?
さて、それではここで問題です。
世の中の流れは、従業員などにストックオプションを無償発行した場合に費用を計上するべきだという方向ですが、将来そういう会計基準になった場合、今回のインボイスの株主へのストックオプション無償交付は費用計上すべきでしょうか、どうでしょうか?
あれほど大量のストックオプションですから、費用計上したらすごい額になります。(仮に計算されたオプションバリューが時価の1%程度であったとしても、18億円もの利益低下要因。)
まったく行使されなかったら将来特別利益が同額発生するわけで、単なる利益の繰延ってことにもなっちゃいますね。
また、あれほど大量のストックオプションを発行した場合には、相当、dilution(希薄化)が発生するわけですから、単純に通常のオプション・プライシング・モデルを使って計算していいものやらどうやら・・・。
・・・等々、インボイスさんのストックオプション発行は、いろんな問題提起になります。
(本日は、これにて。)

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3 thoughts on “ストックオプションとは何か

  1. こんばんは。
    海外の類する会計基準は Share based payment(株式報酬)とあらわしていますし、日本の財務会計基準機構も、費用化の対象になるのは、
    ・ 従業員等に報酬として付与する場合
    ・ 企業が財貨やサービスを取得する取引の対価として付与する場合
    だと想定しているようなので、今回のインボイスさんのストックオプションは、費用計上の必要がないのではないでしょうか。

  2. どうも、休日のところコメントありがとうございます。
    もちろん、「そういうのは費用計上しないルール」を継続適用するとするならそれはそれでいいとも言えますが、経済的実態が同じなのに、例えば、
    ・付与先が従業員の場合は費用計上で、外部の提携先企業なら費用計上しない。じゃ、限りなく従業員に近い下請けさんや営業譲渡してアウトソースした会社へのストックオプションはどっち?とか。
    ・従業員以外への新株予約権のみの発行の場合には負債に計上しないが、ワラント債の場合には負債計上するとか、
    経済的に同じ事象なのに利益額が違ってくるというのは、大変にキモチが悪い。
    雇用契約を請負契約に変えたり、部門ごと他社に売却してそこに発注を出すとかはリストラやアウトソーシングの時代にはありがちですが、給与だろうが外注費だろうが支払額が同じなら利益の額は同じになるはずですが、ストックオプションについてはそうした形態を変えるだけで利益の額が変わっちゃうというのは大変おかしい。
    実態が同じなのに処理によって大きな「段差」があれば、それは利益調整に使われることにもなりますし、そうした「基準」によって表示される「利益額」が会社のパフォーマンスを正しく映さなくなる可能性もあります。

  3. こんにちは。
    インボイスさんは、「株主」にストックオプションを付与しているので、新たな会計基準が導入されても費用計上の必要はありませんが、磯崎さんのご指摘になっているところは機構も十分に認識しているようです。
    会員向けの発表資料によると、
    「企業が交換取引における対価として自社株式ストックオプションを用いる場合の会計処理は、取引の相手方が従業員等以外である場合であっても、また、取得するものが労働サービス以外のサービスである場合であっても、特に異なった会計処理をする理由は見当たらない。さらに、取得するものが財貨である場合にも、財貨とサービスの性質の違いから生じる会計処理上の差異を除いては、その会計処理の考え方には共通のものが求められるはずである。」
    として、「企業が交換取引における対価として、自社株式ストック・オプションを用いる場合」も、費用計上せよ、ということにするそうなので、外注先への付与にも適用されますね。