「漢検」で思った、公益法人の利益についての素朴な疑問

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連日、日本漢字能力検定協会への文部科学省の実地検査の報道が行われていて思ったんですが。
もちろん、仮に、資金の余剰が出ているのをいいことに理事が高額の報酬を得たり、獲得した資金を理事の関連会社に資金を流していたりしたとしたら、それがいいことでないのは言うまでもありません。
しかし、「公益法人としては認められない巨額の利益を上げ」「文科省は『毎年の利益水準が大きすぎる』とみており」などと報道されているように、日本の公益法人は、活動にかかる費用を上回る利益があるのはダメ、というノリになっているわけです。

公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律
(公益認定の基準)
第五条  
六  その行う公益目的事業について、当該公益目的事業に係る収入がその実施に要する適正な費用を償う額を超えないと見込まれるものであること。

でも、「あるべき公益法人の姿」は、本当にそれでいいんでしょうか?


たとえば、ノーベル平和賞も取ったアムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)の2007年の総収入は、35百万ポンド(約48億円)、「Net movement in funds」は5.8百万ポンド(約8億円)にもなります。
http://www.amnesty.org/en/who-we-are/accountability/financial-reports
別のNGO、Human Rights Watchの2007年の総収入は、42百万$(約38億円)、「Change in net assets」は19.7百万$(約18億円)です。
http://www.hrw.org/sites/default/files/related_material/finStmt2007.pdf
「利益」の額の絶対的な大きさが問題なのだとしたら、こうしたNGOは日本では認められないことにもなるような気もしますが、どうなんでしょうか。
確かに、こうした10億円単位のお金は、決して小さい金額とは言えませんが、そうはいっても、営利企業の水準からすると、「ちょっとしっかりした中堅企業クラスの利益」でしかありません。
公益法人を取り巻く環境がいつも安定してたり、資金に困ったときは必ず寄付が集まるというなら問題ないですが、そんなはずあるわけないわけで、「ゴーイングコンサーン」として活動し、活動規模を大きくしていくためには、それなりの資金を保持し、拡大していく必要があるはずです。
日本の公益法人に対する国(法律)またはマスコミの考え方というのは、

  • 人間は利己的に決まってるんだから、「社会のために」とか言ってるやつは基本的に怪しい。それを使って裏で儲けたりとか、節税したりとか、どうせロクなことを考えてないはず。だから、そうした活動は極力、縛るべきだ。
  • このため、民間にまかせると必ず失敗する。(「漢検」←ほれ見たことか!) 「いいことをする」のは、本来、国の独占にすべきであり、公益法人が「いいことをする」のは、例外的なケースに限られるべきだ。公益法人が国の領分を奪うのはけしからん。
  • 公益法人は「お上品な」ものである。あまりアクティブに活動するのは適切ではない。
  • 何が「いいこと」かなんて、人それぞれに考えが違うものだから、民間の法人に勝手に決めてもらっては困る。(「公益法人のタガを緩めて、シーシェパードみたいな輩が日本でもどんどん出て来ちゃったらどうする。」)

・・・・といった発想が、背後にあったりするんじゃないでしょうか。
マスコミでの報道は「公益法人が『利益』を出すことがそもそもけしからん」という論調な気がします。
しかし、もし数億円「利益」が出ただけで「けしからん」ということだとすると、公益法人はいつもカツカツで活動していかないといけないし、成長もしていけない。やりがいが無い上にいつ潰れるかもわからず生活の不安もあるとなると、いい人材も集まらない。
日本では、前述のNGOのような「世界的規模のいいこと」をするのは困難だ、ということになっちゃいます。
昨年12月に公益法人制度改革3法が施行されたんですが、改革後も前述の認定法第5条6項のような条項が残っているというのは、あんまり公益法人に積極的に活動してほしいようには見えませんね。
(積極的に活動してほしいなら、「営利を目的としないものであること。」だけでいいような気がします。
特定非営利活動促進法の方には、ざっと見たところ、こうした収支均衡の条件が見当たらないように見えますが、寄附金控除等の特例の適用の認定を受ける場合は、そうしたことが求められるんでしょうか?)
「理事が私腹を肥やすために公益法人を使う」懸念は当然あるわけですが、それは、利益が大きいかどうかではなく、「ガバナンス」をどう設計するかの問題なんじゃないかと思います。
思いついた疑問をとりあえず並べただけで恐縮ですが。
(ではまた。)
【追記】
トラックバックいただいた先にコメントいたしましたので、こちらにも追記しておきます。
(以下、引用)
>氏の疑問は一言で言えば「なぜ公益法人だからと言って利益を上げてはいけないのか?」ということだろう。
ちょっと違います。
「公益法人の資金使途を(恣意性から中立であるとは全く言えない)政府がコントロールするのではなく、別にもっと望ましいガバナンスの仕組みがあるのではないか?」
ということです。
実際、海外のNPOやNGOは、同様に税制上の優遇措置を受けつつも、日本の公益法人より積極的に世界的に実績を上げている例は多いし、なおかつ、日本のような天下りや使い込みといった「問題」は少ないのではないかと思いますが、そういった組織が採用しているガバナンスの方法ではダメなの?ということです。
(以上)

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22 thoughts on “「漢検」で思った、公益法人の利益についての素朴な疑問

  1. ガバナンスについては、テレビでこのようなことを言っていました。曰く「英検も巨額の利益を出しているが、設備投資に活用など、理由が明確に説明された。しかし、漢検は、説明がなかった」と。
    あのいろいろな意味で賢い理事が、自分でもうけすぎたのが問題で、団体に還元していれば、ここまでたたかれなかったのではないかと思います。

  2. うろ覚えですが、非営利団体の定義は「出資者に配当してはいけない」で、別にそこの運営者がガッツリ給料もらうか否かは関係なかったような。。。 公益法人が非営利団体に含まれるのなら、この定義の運用でスッキリと解決しないもんですかね? そうでなければ、誰もこのしょっぱい時代に非営利団体にかかわろうなんて人は居なくなるような気がしますがね。

  3. 私もその報道を見てそうかな、とも思ったので、その点についても書きかけて消したのですが、
    その「説明」というのは、口ではなんとでも説明できますよね。
    (「漢検」の問題の本質は、「私的流用疑惑」ということだと思いますので、「将来、設備投資します」と説明をしたから検査されずに済んだかというとそうではないと思いますが)、
    とにかく。
    本文であげさせていただいた海外NGOなどは、将来の「利益」の使途について明確に決まっているかというと、そうではないんではないかと思います。
    公益法人をマネジメントしていくのに数億円程度の余裕も許されないというのは、大変なんじゃないかなあ、と思いまして。
    (取り急ぎ。)

  4. 利益をどう投資に回すのか、がポイントなんでしょうね。
    地域NPOの人の話で、
    「経営は民間会社と同じ課題があるが、利益を株主に再配分するのではなく地域に再度落とせる、というのが地域NPOの意義だ」
    とおっしゃってたのを聞いたことがありますが、営利目的でない、というのは、利益を出したが何々に使う、ところで判断すべきですよな。

  5. 漢検「もうけすぎ」批判はおかしい

    漢検が「もうけすぎ」だそうだ。
    昨年度の漢字検定は全国で約272万人が受検。同省によると、実際の費用は受検者1人当たり約2100円にすぎないのに、協会は1…

  6. この件については、非常に興味深く見ていました。
    非営利/営利のラインと言うのは、一義的にはメンバー(≒出資者)に利益分配するか否かという点にかかっていたかと思い込んでいました。法令上で「黒赤トントン」をキープしないといけないとなると、まぁ、仕事をするなと言っているようなもんでしょうね・・・(-_-;;
    そうすると、公益法人がファンドを運用して運用益を様々な公益活動に充てるというのは、いつでも「NG」と言えると言うことになってしまうのではないかと感じてしまいました。
    個人的には、社会公器の度合いとしては公益法人は「上場企業」と同じ水準にあるかと思っていますので、「上場企業並みの公開と内部統制」の観点からすれば、横領・背任に近い私物化といわれても仕方がない面はあるかと思います。しかし、それと「公益法人が利益を上げること」は別次元の問題であり、むしろ赤字垂れ流しで補助金に頼っている公益法人に比べれば、よっぽど健全なのではないかと感じました。
    (天下り先としての公益法人であれば、別に利益が上がらなくても仕事しなくても良いのでしょうね:p)

  7. 利益を出せる力を持てば、その団体は自律したものになります。
    この国はそれが怖いのではないでしょうか?

  8. ものすごい基本的な話で申し訳ないのですが、そもそも自然人でない法人に対して、その所得に対して税金をかける根拠というのはどこにあるのでしょうか。
    通常、法人は法人だけでは存在せずそこに関わる自然人がいないとダメなわけで、そう考えた場合法人所得税など取っ払ってしまい、配当、給与等で法人から上がりをもらっている自然人の所得にだけ税金をかける、といった考え方もロジックだけでいけば成り立つ気がします。(事業税についてはその多くがショバ代的側面を持つので、ロジック上だけでも取っ払うには無理がありそうな気がします)
    もっとも、実際問題として法人税ゼロにしてしまうと、サラリーマンでも「とむけん合名会社」みたいな法人に給与を払ってもらうことにして、生活費もろもろを全部会社のつけに回して税金逃れができてしまうわけで、実際上は不可能でしょう。ただ、営利法人から法人税をとる根拠がはっきりすれば、公益法人だったらどこまで優遇されるのか、優遇される条件はどうすればいいのか、みたいな話が出てくるのかと。

  9. そもそも売り上げ予測で毎年機動的に受験価格が変わるというのも変な話ですし、今回の話自体は使い道のほうが問われるべき問題なんでしょうが、その使い道も公益法人たるべき支出かどうかを問われるわけでして、難しい問題だなぁと思ったりします。
    (今回のような利用法は論外(むしろ理事が行っていたわけで背任行為に当たる?)として、余剰金で全国の小学校に漢字関連のグッズを贈るとかも公益法人としてはアリなんでしょうかね。)

  10. 要するに公益法人も国家予算の様に毎年の収支がとんとんになるようにしなければいけないのが原則、という思想なのでしょう(国の場合はあれだけ借金して「とんとん」というのも変ですが)。
    儲けすぎたから使う必要もないことに資金を使わなければいけない、ということになったらそれこそ問題だと思います。
    公益法人の事業はビジネスではないのでうまく予算を使って事業をその公益目的以上に拡大していく義務はないですが、かといって赤字になったら大変なはずなので、収支のバランスのとり方なんかは普通の会社経営より難しくなってしまうと思います・・・。

  11. 「儲けすぎ」の論調には疑問を感じます。公益法人は、利潤を追求しないことでいろいろ優遇されている法人ですが、果たして、全く利益を出していけないわけではありません。そのあたり(利益の出し方)の判断は、監督者である主務官庁によるはずですが、どうも毎年ちゃんとやっていたようには思えない。もちろん運営面でのことで検査することになったのでしょうが、儲けすぎの論調は的外れだと思います。それなら、もっとじゃんじゃん金使っておけばよかったね(遊ぼうが何しようが)ってな話になるわけで。

  12. [today]Feb. 12, Thu.

    クラウド/ユビキタス モバイルWiMAXサービスは”買い”か?@ITPRO まだ他のユーザーが誰も使っていない状態で,なおかつサービス開始発表会という同…

  13. 磯崎氏の「漢検」の利益問題に関する素朴な回答

     磯崎哲也氏が彼のブログisologで「「漢検」で思った、公益法人の利益についての素朴な疑問」という記事を掲載している。
     氏の疑問は一言で言えば「なぜ…

  14. TBに対するコメントありがとうございました。
    ところで、ガバナンスの話なら、収入よりむしろ支出に注意を向けるべきでしょうね。
    仮に悪いことをしようと思えば、それは帳簿の記入の有無にかかわらず、必ずお金が出ていっているはずですので

  15. >ところで、ガバナンスの話なら、収入よりむしろ支出に注意を向けるべきでしょうね。
    すみません、ちょっと意味がよくわかりません。
    それぞれの公益法人のリスク等の実態に応じて、収入や支出だけでなく、資産・負債や「利益」(正確には「正味財産増減」))等、すべてに注意を向けるのが「ガバナンス」だと思います。
    (ではまた。)

  16. 1.この理事長は要するに漢字検定で独占ビジネスをしていた。
    2.受験者からの検定料は業務委託費名目で理事長本人のファミリー企業に流れていた。
    3.ところで漢字検定を主催する日本漢字能力検定協会は公益法人であり、非営利性の観点からは、役職員、会員、寄付者等公益法人関係者に利益を分配したり、財産を還元することはしてはならない。
    4.報道によれば、2.のとおり実質的に理事長本人に資金が環流しているばかりか、その業務委託についてもさらに下請けにまわすという、「資金化するためだけのトンネル会社」でしかなかった。
    公益法人というSPCで国家の信用を楯にした商売をしたというのが問題点かなと思ったり。
    ガバナンスの件は仰せの通りですが
    >日本の公益法人より積極的に世界的に実績を上げている例は多いし、なおかつ、日本のような天下りや使い込みといった「問題」は少ないのではないかと思いますが、
    世界の失敗している例も調べないといけませんね。公益性要件がありかつ官許という組織なら日本と同じような問題をどこの国でも抱えるものじゃないのか?と思います。

  17. >世界の失敗している例も調べないといけませんね。
    そうですね。「それを知りたいな。」ということです。
    日本ではNPOが詐欺や暴力団の隠れ蓑に使われることも多いですが、海外でもそういうケースや私腹を肥やしているケースが多いのか?アメリカでは「金持ちがほとんど税金を払っていない」といったことがよく言われるわけですが(これも要検証)、NPO自体は真面目に活動しているけど、結局、全体では巨額の節税メリットがあるからこそ成り立っているのか?
    それとも、役所が恣意的に補助金を決めるのではなく、マッチング補助金にするとか、寄付を集めるために積極的にディスクロージャーしないといけないとか、寄付者も納得できる非常に見識の高い人をboardに据えるとかいったガバナンスの「仕組み」によって、そうした問題の発生率を下げることに成功しているのか?
    少なくとも当初は、キリスト教的な倫理観によって始められた活動が多いでしょうから、「人間にバレなくても神にはお見通しだ」といったことで高い規律のもとに運営が行われていたが、アメリカの上場企業で非倫理的な問題が増えている(?)のと同様、社会的な倫理観の後退によって、NPO・NGOなどにも問題が生じ始めているのか?(つまり、結局は「自由」な運営は宗教的な倫理観とセットでないと機能し得ず、「しくみ」や「法」だけでうまく行かそうというのは無理なのか?)
    ・・・といったことに非常に興味があります。
    (ではまた。)