「買収防衛策」報道の歴史(「企業価値報告書」前史)

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本日の「広がる買収防衛策導入500社超(中)」のサブタイトルが、「政府指針、都合良く活用」だったので、またどなたが何かおっしゃってるのかな?と思ったら・・・大杉先生でした・・・。
さて、先日、「買収防衛策」という用語がそもそも(結果として)不幸の始まりだったんじゃないか?というエントリを書いたのですが、「marshmallow」さんから、

東証の弁護をするつもりはありませんが、一点だけ補足させていただきますと「買収防衛策」という用語を使い始め、広く世に知らしめたのは、ご存じ「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」であります。

というコメントをいただきました。
そういえば、この「買収防衛策」という用語は、どのように日本の社会に普及して来たんだろう、と思って、ちょっと新聞で調べてみました。
取引所や法律専門家の方など「プロ」筋には、研究会の報告書等が直接影響を及ぼすと思いますが、少なくとも一般の企業や個人などには、「新聞」の影響が最も大きいと思われるからです。


下の表が、日経テレコンで調べた、新聞各紙で「買収防衛策」がキーワードになっている記事数の一覧。
kiji_1.jpg
(クリックで、ポップアップ&拡大)
この表を見ると、近年「買収防衛策」というキーワードを含む記事が大量に書かれだしたのは、やはり2004年からなんですね。
2004年以降のことを詳細に見て行く前に、その「前史」もなかなかおもしろかったので、まずはこちらを見て行きたいと思います。
見ての通り、90年代から2003年までは、「買収防衛策」に関する記事はほとんどありません。
大昔の1975年から1984年までも「買収防衛策」という用語を使った記事はゼロです。
(昔は、「買収防衛策」ではなく、「乗っ取り防止策」等、別の用語が使われていたのかも知れません。)
ところが、80年代後半のバブルのころは、「買収防衛策」という用語の記事がそこそこ書かれているんですね。(ほとんど全部アメリカのM&A等に関連する話です。)
近年の「買収防衛策」というのは、「外国のファンド等が日本企業を買ったらどうなる?」といった文脈で考えられていると思いますが、80年代後半というのは、「アメリカの企業を買うのは、どうすりゃいいのかなー」という関心が背後にあったんでしょうね。
あのころはみんな元気がありましたねー。(遠い目)
「買収防衛策」という用語を使った記念すべき第一回作品は、1985年5月21日の日経新聞夕刊の
「ピッケンズ氏、石油会社ユノカルの買収計画を断念。」

 【ロサンゼルス二十日=矢作特派員】米石油資本のメサグループを率いるテキサスの企業買収王ピッケンズ氏は二十日、米国十三位の石油会社ユノカルの買収を断念すると発表。ユノカルの買収防衛策が功を奏した形で、昨年来次々と企業買収に成功してきたピッケンズ氏としては初めて苦杯をなめた。(以下略)

で、ユノカルの件が取り上げられてます。
(記念すべき第一回目にふさわしいですね。)
翌年86年はゼロ。
87年も日経朝刊と日経産業に1つづつ。
80年代の記事を読んでおもしろかったのは、このころの「買収防衛策」として、「自社株買い」が取り上げられていること。
近年の日本は、
「株主のために自社株買いをどんどんやれ!」
という色調一色ですが、当時のアメリカの記事では、自社株買いは企業価値を損なう懸念材料であり、

こうした格下げの動きは米国でブームとなっている自社株の買い戻しで体質を弱める懸念のある企業などにも及んでいる。(1987/11/21, , 日本経済新聞)

といった記述が多く見られます。
(何事もバランスが大事、ということかと思います。)
また、当時の日本では、商法上自社株買いはできなかったわけですから、「遠い異国の話」として読んでいたんでしょうね。
88年は、日経朝刊1、夕刊1、金融新聞3で、(アメリカの)買収防衛策に否定的な記事が多くなります。(MCAなど。)
89年は、シェブロンへの敵対的買収など。
 セミナー開催のため来日した米コーネル大学のジェローム・ハス教授が、日経新聞の記者と会見し、「日本でも敵対的なTOB(株式公開買い付け)が必要である」と強調された、とあります。
当時は、「へー。アメリカってのは日本と違うなあ。」てな感じだったんでしょうね。
また、宮入バルブ製作所の増資が取り上げられてます。このころの「日本の買収防衛策」は、第三者割当増資であり、時価より10%程度安い金額で増資することが問題となってます。
また、
「米国のM&A防衛最新事情、自社株の買い戻し急増??株価上がり買収困難に」(1989/07/20日経産業新聞)
という記事では、自社株買い、ESOP、自社株買いの究極としてのMBO、ゴールデンパラシュート、ポイズン・ピルなどが紹介されています。

 しかし「ポイズン・ピルは時間かせぎにしかならない。買収側がポイズン・ピルが無効だという訴訟を起こせば、被買収側は大体負けるか、株主支持を得られるずにあきらめざるをえない。ホワイト・ナイトを見つけるための時間かせぎの場合もある」(安田育夫日本長期信用銀行マーチャントバンキンググループM&A部調査会)。

というご意見も。
90年代に入ると、がくっと件数が少なくなり、90年は2件。
91年、92年はゼロ。
93年には1件だけ、
「委任状争奪が急減、米企業株主、対話重視に」(1993/06/17, 日本経済新聞朝刊)
という記事があって、アメリカの委任状の勧誘を専門に扱う会社の方が、

(略) 委任状争奪戦が急減している背景には株主の行動の変化がある。機関投資家は株主総会で委任状争奪戦などを通じて企業と対決するよりも、経営者との接触を深めて意見を出していく姿勢を強めている。こうした株主の戦略転換で、「株主と企業の関係が日本やドイツ型に近づき、米国流のガラス張りのチェック機能が損なわれる」(ジョージソンのウィルコックス会長)との懸念も出ている。

とおっしゃってます。
この方のおっしゃることは、「要は委任状闘争すりゃいいじゃん。」ということかと思います。(委任状勧誘会社さんのおっしゃることではありますが。)
買収防衛策があるかどうかではなく、「争わないこと」が『日本型』なんだ。」ということでしょう。
(これは興味深いご意見ですね。)
94年から98年はゼロ。
99年は、ヴィトンのグッチ買収、伊テレコムのTIM株全株取得など、ヨーロッパの買収防衛策関連の記事が3件。
2000年ゼロ件
2001年は2件。ヴィトンとグッチの話、民主・岡田政調会長「金庫株」容認に慎重、という話。
2002年から2003年はゼロ件。
といった感じです。
肝心の2004年以降の分析は、また後日。
(ではまた。)

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6 thoughts on “「買収防衛策」報道の歴史(「企業価値報告書」前史)

  1. えー、おおすぎです。このエントリーを読んでから、日経新聞を読みました・・ この新聞記事の件は、ノーコメントとさせて下さい・・
    後編、楽しみにしています。

  2. 磯崎さんの更新ペースがすごい・・・う?ん、本業の忙しさがヤマを超えたからかなあ(笑)

    このエントリーは公開時刻自動設定機能によりエントリーしております。 磯崎さんの更

  3. おもろーい!(世界のナベアツ風)
    え?と、新聞記事のほうは・・・実は私も読んでおりまして・・・磯崎さんがとり上げるかどうか楽しみにしておりましたら・・・いや?、おもろ?い!(苦笑)
    すんません、TBさせていただきました・・・。

  4. 「世界のナベアツ」氏のギャグは、「おもろーい!」ではなく、「OMORO!(オモロー)」になります。
    (ではまた。)

  5. コンプライアンス不況と消えたジャパニーズ・ドリーム

    私個人も、日本の株式市場インフレが去年の8月を境に急速に弾けたのは、アメリカ発サブプライム危機が引き金になったことは認めますが、それが原因ではないとする立…