企業買収とコーポレートガバナンス(ライブドア vs ニッポン放送)

■長いので、要旨
企業買収の裁判が多い米国の判例を見ることはそれなりに意味があるはず。
今回の法廷での闘争でどっちが勝つかというのもさることながら、大事なのは今後のお話。
全員社長子飼いの取締役しかいない会社に強力な買収防衛策を渡したら、自分たちの保身に使われるのは目に見えている。
よく考えると、企業買収防衛の際には、社外取締役の導入が不可欠のはずだが、日本は経団連を始めとして社外取締役に乗り気じゃなく、ホントに今後導入されていくのかしらん?
ライブドアさんもコーポレートガバナンスに関しては社内取締役のみだが、ニッポン放送は(村上ファンドからのプッシュもあり)昨年社外取締役を導入。
今回、裁判所が社外取締役に注目した判断をしたら、日本の将来のためになると思うなあ。
■以下、詳細
いただいたコメントやトラックバックでは、「海外の判例なんて見ても、意味無いんじゃないの?」というご意見が結構多かったですが、ホントに意味無いでしょうか?
確かに、「今回の仮処分申請でホリエモンが勝つか負けるか」を占うためには関係ないかも知れませんが、多数のM&Aやその防衛策を取り扱ってきた経験が生かされた判例は、そういったことにウブな日本にとっては、それなりに参考とすべきところがあるんじゃないかと思います。特に、今後を日本の行く末を占うにあたって。
一昨日のエントリーにTT-ouchさんからトラックバックいただきました。

社外取締役なりが株主の利益を代表して公正中立な立場から社内取締役・買収側・社外専門家の意見を聞くというプロセスがあり、それから司法がそのプロセスが本当に公正中立であったかということを判断するという仕組みが必要だという主張には全面的に賛成です。
法律で今回あったような行為そのものを規制しても、やっぱり法律の抜け穴を探す人たちとのいたちごっこになってしまうと思います。プロセス自体を評価するとなればある程度、柔軟な運用ができるのではないでしょうか。
これってその道では常識なんでしょうか?私は感動すら覚えたのですが。

あんまりまだ日本の常識になってないところが大きな問題だと思うんですよね。
現在の日本の企業の大半は、「従業員がエラくなった人」が「取締役」になり、かつ、取締役というのは「社長の部下」なわけですよね。商法上は本来、取締役会というのは社長等の執行を監督するもののはずですが、実際は逆です。米国のように、過半数が社外取締役で、取締役会は社長を見張るお目付役であり株主のエージェントだ、という位置づけからはほど遠いわけです。
買収防衛策と社外取締役
先日も、日経の一面で、政府が「買収防衛策」を検討しているという記事がありましたが、このような「社長の子飼い」である取締役会に買収防衛ツールを渡したりしたら、経営陣の保身のために使われるのは目に見えています。(ガクガク(((((゚Д゚;)))))ブルブル)
経済産業省さんでやっている「企業価値研究会」の議事要旨が、このへんの参考になるんじゃないかと思います。
第3回(平成16年10月20日(水))議事要旨

○ ユノカル社の買収からパラマウント社の買収に至る判例経緯は、デラウェア州におけるガバナンスの発展の歴史とも言えるだろう。
(中略)
(2)社外取締役について
○ 社外取締役の比率や数、独立性については80年代にじわじわ上がっている。
○ 社外取締役の人数については条文上で半数以上いることが絶対条件とはなっていない。しかし、実態としては、ほとんどの取締役会で6〜7割は社外取締役が採用している。また、日本では形式的にとらえる風潮があるが、米国の判例では、社外取締役が真に経営者から独立的かどうかについて、裁判所が判断する。
○ 防衛策が否認された判例のうち、レブロン社買収の際には、社外取締役は存在したが、他のケースと比較して十分いたとはいえなかった。また、パラマウント社買収の際には、人数的には社外取締役が多かったものの、パラマウント社に強力なCEOが存在し、社外取締役はCEOの昔からの友人であって、全く独立しておらず、情報を十分に把握した上での判断をしなかったのが否認の隠れた原因と言われている。

(下線部は磯崎による。)
やはり、敵対的買収が活発化すると、社外取締役の必要性も認識されてくるのかも知れません。
裁判所は社外取締役に注目するかしらん?
今回の仮処分申請でも「社外取締役が第三者専門家にちゃんと聞いて十分な注意義務を果たしているので仮処分申請は却下」とか「そのへんをちゃんとしてなかったから仮処分OK」というように、社外取締役の対応について裁判所が注目していただくと、今後の日本にとって大きなプラスになるんじゃないかと思います。
(法律論としてそういうことになりうるのかどうかについては、よく存じませんが、47thさんの最新のエントリーが参考になります。
http://blog.drecom.jp/fallin_attorney/archive/95
つまり、今回、無条件に買収されそうになったら大量の新株予約権を発行してもOKなんてことになったら非常によろしくないわけです。
ただ、そもそも今回のバトルが時間外取引というやや「ん?」という手法から始まったことも含めて、「独立した社外取締役や専門家がちゃんと株主のことを考えて決定したからOK」というようなニュアンスが裁判所の判断に含まれれば、日本の大半の会社はそうした安易な防衛策を取れることにはならないわけですから、悲惨な結果にはならないと思うんですが、どうでしょうか?
社外取締役は日本でも活用されるようになるのか?
日本では、経団連さんからして社外取締役導入にあまり積極的ではないわけです。
以下をごらんください。
OECDコーポレート・ガバナンス原則改訂案(2004年1月)に対する日本経団連のコメント
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2004/014.html
The review process for the OECD Principles of Corporate Governance
http://www.oecd.org/document/26/0,2340,en_2649_34487_23898906_1_1_1_37439,00.html

OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)では、1999年に「コーポレート・ガバナンス原則」を策定したが、昨今の米国におけるエンロン事件等を契機に原則見直しへの機運が高まり、2002年のOECD閣僚理事会において改訂作業が行うことが決定され、本年2月の最終会合での改訂案審議を経て、5月の閣僚理事会において決定される予定である。
日本経団連では、OECD諮問委員会(委員長:鈴木邦雄商船三井社長)を中心に、改訂作業に参加している外務省・法務省・金融庁との懇談会を開催するなどしてきたが、今般、経済法規委員会コーポレート・ガバナンス部会(部会長:立石忠雄オムロン専務取締役)においてOECDより公開されたコーポレート・ガバナンス原則および注釈に関する最終ドラフトのコメント募集に対応し、本コメントをとりまとめた。
(中略)
E.1.の注釈において、「独立した社外取締役は市場参加者に対して彼らの利益も擁護されている確証を提供することができる」とあるが、企業運営を知らない独立社外取締役が中心では投資家は確証を得るどころか不安を感じる可能性もある。社内取締役中心の取締役会の方が他の場合よりも高い企業価値を実現しているケースも少なくない。この記述は削除すべきである。
E.3.の注釈において、 第2パラグラフで、取締役等に対する社内トレーニング並びに社外研修を有用としているが、これらは会社のコストとなるため、株主にとって不利益である。こうしたコストをかけなくとも会社のために役割を果たせることを取締役等に求めるべきである。本記述は削除すべきである。

トヨタさん等の超優良企業が社外取締役の必要性を感じないのはある意味当然です。ただ、普通の企業は山あり谷ありなわけで、社外取締役は、そうした企業が買収されそうになるとか、代表訴訟を受けるようなときにこそまさに最悪の事態になることを防いでくれる(可能性のある)存在なんじゃないでしょうか。
委員会等設置会社制度を導入された上場企業の方に伺っても、社外取締役を導入したことは非常に評判がいいです。もちろん「社内のことは社内取締役の方が詳しいのは確か」とみなさんおっしゃいますが、社内だけの論理や用語ではなく、それなりの見識をお持ちの社外取締役にも理解できる議論をするということが、結構、会社にとってプラスになっていると感じておられるようです。
ライブドアさんは「21世紀型の企業」か?
ライブドアさんは、企業価値を高めることを標榜し会社の成長戦略としてM&Aという手法に重きを置くという点では「新しいタイプの会社」って感じがしますが、コーポレートガバナンスという観点からは全員が社内の取締役で、20世紀のコテコテのワンマンオーナー系中小企業と同じタイプのコーポレートガバナンスというように見えます。例えば堀江社長が「MSCBを発行して時間外取引でニッポン放送を買収するぞ!」と言った時に、「オイオイ」とツッコミを入れられる取締役はいらっしゃるのでしょうか?
もちろん、社内の取締役だけで決めてもいい決断となるかも知れないし、社外の取締役がいても失敗するかも知れない。ただし、社内の取締役だけでは、その重要な意思決定の妥当性が独立した第三者に検証されたものでないことは確かです。
先日申し上げたように、裁判官に「インターネットと既存メディアが融合する時代に、どっちの買収者が株主のためを考えてると思います?」というような判断を求めるのは酷かと思います。裁判官は日頃からそんなこと考えてるわけないわけでもなく、そうしたことの専門家でもないので。ただし、会社は「インターネットと既存メディアが融合する時代に、どういう方策が株主のためになるのか」を判断して行動しないといけないですよね。取締役といえど人間ですので、社内の人だけだったら、自分たちに都合のいいように考えてしまうことが無いとは言えません。特に、経営陣と株主の利害が相反するようなケースでは、会社のことをよく知っていてなおかつ独立した「社外取締役」の位置づけは重視すべきでしょう。
やはり、時価総額が1000億円を超えるような21世紀の公開会社であれば、株主のお金を預かって運用する際に、それなりのガバナンス構造が求められるんじゃないでしょうか。
そうしたチェックが働いた上でなら過激な条件のMSCBを発行しても、貸株をしても、「それなりにちゃんと考えてのことなんだろう」と株主もより安心することができるんじゃないかと思います。
一方、ニッポン放送は(村上ファンドからのプッシュもあり)昨年社外取締役を導入しました。今回、この社外取締役の方々が中立な判断を下したので仮処分はナシということに(もし)なれば、(イメージとは異なり?)、ニッポン放送のほうが21世紀っぽい会社だったということになって、(不謹慎ではありますが)ちょっち面白いかも知れません。
(そしたら、ニッポン放送は結果的に「村上ファンドに救われた」、ということになりますね。:-)
(では。)

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某外資系証券会社から内容証明郵便?

おととい、「アルファブロガー」(ぽりぽり)の親睦を深める飲み会に出かけましたところ、
某隊長氏が例のあの方から内容証明郵便を受け取りましたーと封筒を披露されて大撮影会になりまして、酔った勢いもあり、私も思わず携帯のカメラで激写(死語)いたしました。
「磯崎さん、そんなもん撮ってisologueのどこに張るってんですか?」
というツッコミをR30さんからいただきましたが、ここです。宴会の記念に ここに張らせていただきます。

20050224_021(s2).jpg

(追記:3/4, 11:00)
FPNさんの交流会レポート参照。以下、参加者一覧。

切込隊長Blogの山本さん 
百式の田口さん 
ネタフルのコグレさん 
R30::マーケティング社会時評のR30さん 
Passion For The
Futureの橋本さん

Ad
Innovatorの織田さん

ワーキングマザースタイルの村山さん
絵文禄ことのはの松永さん
ARTIFACTの加野瀬さん
ネットは新聞を殺すのかブログの湯川さん
Going My Wayのkengoさん
dsbの長野さん
mediologic.comの高広さん 
29man the radical dubberの渡辺さん

CNET情報社会航海図の渡辺さん
MasahikoSatoh.comの佐藤さん
Rebecca’s PockeのRebeccaさん
jjg.netのJesse James Garretさん
幹事のFPN徳力さん

てなことがあって帰宅してみると、ポストに郵便局からの「ご不在票」が。差出人は某外資系証券とのこと。
「げっ。・・・自分ではいつも中立な立場から書いてるつもりだったけど、ブログに某外資系証券の悪口と取られかねないこと書いちゃったかしらん?」
と、ちょっと蒼くなって郵便局に取りに行くと、なんのことはない、取締役に就任している不動産SPCのノンリコースローン仮条件書に調印いただきまして誠にありがとうございました、
てなレターでした。
内部統制やコンプラ上、SPCの取締役の住所が架空じゃないかどうか、配達記録郵便を送って確認してるんでしょうね。(ふー。)
(ではまた。)

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レブロン基準と「ライブドア vs フジテレビ戦」

古代インカ帝国の法制度の調査から戻られた47thさんに、トラックバックいただきました。
http://blog.drecom.jp/fallin_attorney/archive/92

こんな「主要目的ルール」では、企業買収をめぐる複雑な利害関係を適切に調整できないので、私を含めて、最近多くの学者・実務家が主張しているのが、米国で主流になっている「ユノカル基準」と同様の判断枠組みです。
というわけで、今回、ライブドアがこの新株予約権の発行の差止請求をするのであれば、まず第一のポイントは、裁判所が従来の「主要目的ルール」をベースにした判断を行うのか、それとは別の基準を使うのかというところです。
いずれにしても、この点についての現在の裁判所の考え方が示されるということは、現在同時進行中の会社法現代化にも影響を与え得るもので、かなり重要な判決となることは間違いありません。
(中略)一般論としては、磯崎さんの分析に付け加えるとすれば、米国的な基準が適用されるとすれば、次のような点についても、裁判所がどのような判断を加えるかが興味深いところです。

・米国におけるユノカル基準が社外取締役や第三者専門家の関与といった手続的公正を重視する方向にあることとの関係で、ユノカル基準を適用するとしても、日本の裁判所がそこをどの程度見るのか?

引用途中ですが、47thさんご指摘の、「社外取締役や第三者専門家の関与」という点は、今後の日本においても非常に重要じゃないかと思いますので、この点についてちょっと考えてみたいと思います。

買収防衛と社外取締役の役割
今回、あまたのブログ上では「フジテレビは株主に損害を与えてけしからん。おれはホリエモンを応援する。」「ライブドアこそTOBの手続きをちゃんと踏んでないから株主に損害を与えたと言えるわけで、オレはホリエモン許せん。」といった話が多いんですが、「ライブドアとフジテレビ、どっちが株主にプラスかという判断をする”行司”を誰がやるか」、という点にあまり誰もコメントされてませんよね。
法廷で決着を付けるというのは、今後の日本ではどんどん取り入れられていかなければならない「オープンな」解決方法だとは思いますが、こと現状を鑑みるに、(こうした流れにお詳しいある弁護士さん曰く)「そういった新しいガバナンスのあり方については、裁判官はほとんどわかってないと考えた方がいいし、また人によって差が激しい。」とのことですので、経営陣と買収者で解決がつかなかったら、いきなり裁判所に持ってくというのは、今の日本では、どちらの側にとっても極めてリスクの高い方法と言えるんじゃないでしょうか。
しかも今後、いくら司法がオープンになっていったとしても、裁判になってはじめて会社のことを聞く裁判官が会社のことを深く理解できるわけがないのは、未来永劫変わるわけないわけで。
やはり、社外(独立)取締役が、日頃から会社の状況に接していて、そうした独立の立場にある人が、社内の経営陣と買収者の両方の言い分を聞き、外部の専門家等にも意見をもらうという「プロセス」が踏まれていて、はじめて、実質的にどちらの言い分が正しいのかということが公正に判断できると思うんですよね。裁判所が、そうした独立性やプロセスに落ち度がなかったかどうか等を中心に見るなら、あまり会社の内情や会社を取り巻く状況に詳しくなくても、適切な判断が行われやすいというもんです。
そうした「行司」である独立した社外取締役等のインフラ抜きで議論している日本の現状は、非常に不毛に感じられます。
(ご参考:「社外取締役の調査結果に愕然・・・」
https://www.tez.com/blog/archives/000180.html
・・・とここまで書いて思い出しましたが、そういえば、ニッポン放送って、すんばらしい社外取締役の方々がいらっしゃるじゃないですか。昨年の6月付で社外取締役として、みずほ信託銀行社長衛藤博啓氏、弁護士の久保利英明氏、野中ともよ氏が就任されてますね。ということで、おそらく取締役会としてもちゃんと株主の視点から考えられたんでしょう。(よく存じませんが。)
これだけの有識者の方々をboardに入れて、それでも株主の視点からの議論が行われなかったのだとしたら、日本のコーポレートガバナンスはお先真っ暗とも言えます。

レブロン基準
47thさんのコメントの続き:

・ユノカル基準の派生基準として、対象会社取締役は競売人として行動しなければならないというレブロン基準という基準がありますが、米国的に考えるのであれば、本件ではレブロン基準が適用される場合にあたらないか?・・・

について。
レブロン基準については、昨日のエントリーに、日経の前田さんの解説記事を引用されたコメントをいただいてます。

磯崎さん、言うのならユノカル基準でなくて、レブロン基準ではないの?
以下は2月24日付日経金融新聞の解説記事より引用。
————————————————————
「米国なら、フジテレビジョン側の防衛策は規則違反の可能性が高い」。M&Aビジネスの専門家はこう分析していた。複数の買い手が企業を買収しようとしているときは、価格だけを判断材料にしなければならないという決まり(レブロン基準)があるからだ。
ライブドア側が法廷闘争に動けば、十分に議論の余地がある対抗策にフジテレビ側が出たのは、今回の買収合戦が最初から場外乱闘の色彩を帯びているためでもある。資本の論理よりも、放送局の公共性を前面に押し立てて事態を乗り切ろうとする思惑も見え隠れする。来年からの大買収時代を控え、フジテレビが突いた制度の穴も埋める必要があるだろう。
第一の穴は米デラウェア州裁判所の判例を基にできたレブロン基準の不備。フジテレビがニッポン放送に対して株式公開買い付け(TOB)を掛け、ライブドアが株式を買い集めている状況では、株主はより有利な方に売却する自由がある。ポイズンピル(毒薬条項)が発効すると、敵対的買収が成り立たない。従って、ポイズンピルの効力が停止されるのが米国のルールだ。ところが日本には基準がないため、ニッポン放送は新株予約権の発行を決議した。
第二の穴は、TOBを掛けた側がTOB以外の手段で株式を取得することを禁止するルールの不備だ。現行法では市場内でも外でも既発行の株式を買うことはできない。しかし、新株や新株予約権の取得に関しては規定がないという。フジテレビが新株予約権の取得を取締役会で決議するのはTOB期間終了後とはいえ、ニッポン放送は二十三日の決議でフジテレビへの割り当てを決めており、ルールの不備を突いている。
第三の穴は強圧的買収を制限する規定の不備だ。今回、フジサンケイグループは「ニッポン放送がライブドアの支配下に入れば、一切の取引を停止する」と言ってニッポン放送の取締役や株主に判断を求めている。今月十日にフジテレビが対抗策を講じた際も、上場廃止の可能性をことさらに強調し、株主に判断を迫った。過剰防衛に当たる恐れもある。
一連の対抗策は、「そもそもライブドアの立会外取引を利用した株式買い集め策がルールを逸脱している」という観点に立てば、正当防衛の範囲内との見方もできよう。しかし、ルール違反かどうかは本来、法廷で争うことだ。公共性がある企業を敵対的買収からどう守るかは放送法や電波法など個別の法改正によるべきで、企業買収のルールは公平、透明な運用が求められる。
(編集委員 前田昌孝)

上述のように、「ルール違反かどうかは本来、法廷で争うことだ。」というのは、ちょっと違う気がするんですよね。
レブロン基準について詳しいことは47thさんが詳しい解説をしていただけるのではないかと思いますし:-)、私はよく存じませんが、
どんなときにでも単純に株価だけで見て高い方に売らないといけないということはないと思うんですよね。(単純にどっちが高いかだけで決めるんだったら、社外取締役なんかもいらないわけですし、女子高生でも判断できるわけでして。)
ちなみに、ググって見ると、レブロン基準(Revlon duties)やユノカル基準を含むデラウエア州法の観点から、日本におけるUFJとMTFG、SMFGのバトルについて分析した非常に興味深い論文(英文)があります。

モリソン・フォースター外国法事務弁護士事務所
An Assessment of the UFJ Merger and Integration Protective Provisions Under U.S. Law
Ken Siegel / Jeff Schrepfer
http://www.mofo.jp/news/20050125.html

ご案内のとおり、UFJはSMFGからMTFGからの条件より「より高い条件」を提示されていたにもかかわらず、MTFGのもとに嫁いでしまったわけで、これは、レブロン基準やユノカル基準等から考えて大丈夫なんかいな?ということですが、結論として、この論文では、デラウエア州法的に見てもOKだろう、とおっしゃってます。
(他のご参考:東京三菱のUFJへの出資の「毒薬」度
https://www.tez.com/blog/archives/000205.html
ただし、この論文の中でも、

However, the scope of the transactions giving rise to Revlon duties is limited. Most relevant here is the case of Paramount Communications, Inc. v. Time, Inc., in which the Delaware Supreme Court narrowed the scope of transactions giving rise to Revlon duties so as to exclude certain public-to-public mergers. Specifically, the court found that, for Revlon purposes, no “change of control” occurred where control, both before and after a transaction, resides not in any one controlling stockholder, but rather in a “fluid aggregation of unaffiliated stockholders representing a voting majority….” In other words, the court found that Revlon duties do not arise in a transaction such as this, where the shares of both the target (here UFJ) and the combined entity resulting from the transaction (here either the combined UFJ/MTFG or UFJ/SMFG entity) are publicly held, and no one stockholder emerges from the transaction with a clear voting majority. Thus, under Delaware law, Revlon duties would not apply to the UFJ board’s review of the competing MTFG and SMFG proposals.

とはおっしゃっているものの、今回のケースが、その「certain public-to-public mergers」他のレブロン基準に該当しない場合なのかどうかは、私にはようわかりまへん。

経済的な観点から
少なくとも、フジテレビ側としては、結果としてライブドア側がそうしたレブロン基準が暗黙に前提とするであろう公正なauctionのプロセスをそもそも踏まずに、「ズル」で株をゲットしたんじゃん、という主張はされるんでしょうね。つまり、
そもそもライブドア側がちゃんと法の趣旨に沿って、フジテレビに対抗してTOBの手続きを踏んでいたら、フジテレビ側もTOB価格をつりあげるなど普通の対抗策を踏めたはずだし踏まざるを得なかった。すなわち、ライブドア側は「コントロール・プレミアム」を支払っていない。
ちゃんとしたプロセスが踏まれていたら、その分、株価もつり上がって株主も得したはず。
また、平均取得単価はより上がり、ライブドア側の負担も今より大きくなったはずだし、ライブドアの取得株式数も今より少なかっただろう。
でも、ライブドアは、今回、そういうプロセスをそもそも踏んで無いじゃん。
そこで、株主に有利にするために、やむを得ずこうした撤回可能で株主の利益を損ねない方法で、とりあえず「待った」をかけてるんです。そもそもレブロン基準が適用される前提が崩れているわけで、そういう法理の適用は無い。
・・・てな理屈をフジテレビさんとしては主張されるのかも知れません。(よく存じませんが。)
(ではまた。)

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ライブドアは訴訟で勝てるのか?

前回のエントリーに対するみなさんのコメントは、「このような自分の陣営への一方的な割り当ては違法ではないか?」「訴えられたらフジテレビが負ける可能性もあるのでは?」というものが多いようです。
確かに、今回、「ニッポン放送の経営陣は、ぶっちゃけ自らの保身のためにこういうスキームを採ったんじゃねーのか?」というのは、みなさん想像されるところではないかと思います。
米国でも、敵対的買収があったときには、講ぜられた買収防衛措置に対して、「単なる経営陣の保身だ」とか「株主の利益を最大化する方策になっていない」という訴訟は発生するわけです。
以前もUFJ vs 住友信託の仮処分に関連して書きましたが、その場合に判断の基準になるのが、米国では「ユノカル基準」と言われる基準になります。
(参照:「独占交渉権、剣豪たち?の戦い」
そのときに引用させていただいた弁護士・ニューヨーク州弁護士の手塚裕之氏の論文を、再度引用させていただきますと、

このユノカル基準とは、敵対的買収に対する防衛策について、取締役が経営判断の原則による保護を受けるためには、いわゆる二段階審査により、まず、取締役側で会社の方針や効率性に対する脅威(threat)が存在すると信じる合理的根拠を立証しなければならず、さらに、第二段階として、当該防衛策が取締役会が合理的に認識した脅威との関係で合理的に関連する範囲にとどまること(「均衡」(proportionality)の要件の原則)を立証しなければならない、というものである。
最高裁は、ユノカル基準にいう「均衡」要件を満たすためには、NCS取締役会は問題となる合併保護策が「排除的」(preclusive)ないし「抑圧的」(coercive)でないことを立証しなければならず、かつ、その上で、そのような対応が認識された「脅威」に対する「合理的範囲の対応」であったことを立証しなければならない(以下略)

で、今回のニッポン放送の防衛策ですが、第一段階の「脅威」が存在するという話は、今回の新株予約権発行の目的でも詳細に述べられています。(裁判官が脅威だと認めるかどうかはともかく。)
第二段階の「排除的」(preclusive)ないし「抑圧的」(coercive)でないことを立証、というところですが、一見、このスキームはあまりにも大量の新株予約権を発行するので、すごく「排除的」で「抑圧的」であるという風にも見えます。
しかし、発行されるのは議決権のある「新株」ではなく、株を買えますよ、という「新株予約権」です。
まったくの推測ですが、ニッポン放送+フジテレビ側は、もし裁判になった場合には、
「このスキームは、議決権のある株式そのものを発行するものでもなく、また、新株予約権を買い戻す消却も行える撤回可能なスキームである。
もし、ライブドアの提案が株主に真に利益をもたらすものであるならば、我々はゆっくりとその提案を聞く用意もあるし(ほんとはあんま聞く気ないけどー)、撤回もできるのであるから、このスキームは排除的でも抑圧的でもないし、株主の利益を損なうものでもないと考えている。
ただし、ライブドアは違法な可能性もある手段によって株式を取得し、買い増しを進めている。このままでは、ライブドア側の提案が真に株主にとって有益なものなのかどうかを冷静に判断することは不可能であり、真に株主の利益となるかどうかわからない提案を極めて違法性の高い方法によって無理矢理受け入れさせられる可能性があった。
このため、こうしたスキームにより、株主に最良の方法を客観的に判断できる状況を作り出すことが今回のスキームの目的であり、違法性は無い。」
てなことを主張されたりもするのかなあ、ということを妄想いたしました。
当然、ライブドアがニッポン放送の株式を35%取得した以降は、アドバイザーや弁護士の方々は夜もろくに寝ずに、訴訟された場合でも勝てる可能性が最も高い方法がどれかということについて頭をひねってこられたと想像いたしますので、そうした訴訟が起こされた際にどういう反論をするかも当然考えた上で、こうしたスキームを採用したものと思慮いたします。
(ジャスト推測ですので、はずれたら笑ってください。)
ではまた。

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チェックメイト?〜(速報)ニッポン放送の買収対抗策

先ほど、適時開示情報サービスで、17:15分にニッポン放送からのリリースが2つありました。
第三者割当による新株予約権発行のお知らせ
株式会社フジテレビジョン株式の株券消費貸借の実施に関するお知らせ
第三者割当による新株予約権発行のお知らせ

1.新株予約権発行理由

「この発行が正当な理由に基づくもんなんだよ」というニッポン放送の主張が書いてあります。

2.新株予約権の発行要領(概要)
(2)新株予約権の目的たる株式の種類および数
47,200,000 株(本新株予約権1 個当たりの目的たる株式の数10,000 株)

これで確実に、ニッポン放送はフジテレビの子会社になるわけです。

(4)新株予約権の発行価額1 個につき3,362,731 円

従業員向けのストックオプションのように発行価額ゼロで発行してしまうと、「有利発行」ということで、株主総会の特別決議が必要になりますので、

(13)発行価額及び新株予約権の行使の際の払込金額の算定理由

で、いろいろ書いてますが、「これはちゃんとした時価を計算して発行するもので、有利発行じゃないんだよ」ということを述べています。
(追記:つまり、ライブドアが「違法な発行だ」と訴訟等をしかけてくるのに対抗しているわけですね。)

(10) 新株予約権の行使の際の払込金額の総額
280,840,000,000 円

すごい金額ですね。ただし、全部使うとは限らないわけで、これでライブドアさんが「観念」すれば、使わなくて済む可能性があるわけです。

(15)行使請求期間
平成17 年3 月25 日から平成17 年6 月24 日

すごい短いですね。長くすると、オプション算定価格でタイムバリューが大きくなってしまうので、それを防ぐためだと思われます。

(17) 新株予約権の消却事由および消却条件
当該消却日に、本新株予約権1個あたり3,362,731 円にて、残存する本新株予約権の全部または一部を消却することができる。

今回、フジテレビは新株予約権を購入するためにお金を払うわけですが、ライブドアさんが観念すれば、お金は返してもらえるわけです。

(24)行使価額の修正
平成17 年4月1日以降、毎週金曜日(以下、「決定日」という。)の翌取引日以降、行使価額は決定日まで(当日を含む。)の5 連続取引日(ただし、終値のない日は除き、決定日が取引日でない場合には、決定日の直前の取引日までの5 連続取引日とする。以下「時価算定期間」という。)の株式会社東京証券取引所における当社普通株式の普通取引の毎日の終値(気配表示を含む。)
の平均値に相当する金額(円位未満小数第2 位まで算出し、その小数第2 位を切り捨てる。以下「決定日価額」という。)に修正される。
なお、時価算定期間内に、行使価額の調整事由が生じた場合には、修正後の行使価額は、本新株予約権の発行要項に従い当社が適当と判断する値に調整(かかる調整は、公正で合理的なものでなければならない。)される。

時価との差額がフジテレビの負担にならないように調整してるわけですね。
株式会社フジテレビジョン株式の株券消費貸借の実施に関するお知らせ
220,000 株を大和証券エスエムビーシー株式会社に貸し出すことになってます。

� 貸付者は原則として貸借期間中、貸出先に対し返還を請求できない契約となっております。
� 本消費貸借の実施により、消費貸借期間中、対象株式の議決権は貸出先へ移転します。

という条件がついてますので、ライブドアがニッポン放送を子会社化しフジテレビ株を買い増して親子で合計25%超のフジテレビ株を保有し、フジテレビの持つニッポン放送株の議決権を消滅させようというアタックを防いでいるわけですね。
(速報で間違いがあったら恐縮ですが、ではまた。)

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(速報)フジテレビ対抗策記者会見(があるそうです)

何人かの方々からご連絡いただいたんですが、今日、夕方5時半?からフジテレビさんの記者会見があるみたいですね。
CB(転換社債)を発行されるとか。
どういうシブい手を見せていただけるんでしょうか。
判明しましたら、追ってまた。
(本日予定してました「MPOの転換のタイミングの分析」は、また後日ということで。)

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MSCBは必ず株価の下げ要因になるのか?

ライブドアでも話題のMSCB(転換価額修正条項付転換社債)やMPOですが、世の中のみなさんの理解としては、どうも、(かなりファイナンスにお詳しい方まで、)
「MSCBを引き受けているのは海外のヘッジファンド等の投機的な投資家達で、こいつらは、MSCBの転換価額下方修正条項を利用して、会社の既存株主に損害を与えるのも顧みずに株を空売りして売り崩してきやがる。」
すなわち、
「『MSCBの発行=株価の下げ要因』であり、MSCBは既存株主の損失の上に成り立つ『悪のファイナンス』であって、取締役会決議のみでの発行は、有利発行で商法違反の可能性すらある。」
という観念が強いのではないかと思います。
しかし、このブログでもMSCBの特性についていろいろ検討してきましたが、まとめると、
・MSCBは、引き受け手の行動次第で毒にも薬にもなる「諸刃の剣」であるが、必ずしも「下げ要因」とは限らない。「いい」MSCBの使い方というのもありうる。
・「いいか悪いか」の判断には、法定の開示事項だけでなく、発行会社と引受証券会社の間で、その他どのような合意(契約)が行われているかが極めて重要。
・しかしながら、この両者の合意の詳細が開示されることが少ないことが最大の問題点。(投資家は判断しようがない。)

というのが正確ではないかと思います。
野村證券さんが行ったMSCBを利用したMPOの実例を見てみましょう。
(再掲。「ここ」←をクリックすると、条件をまとめた表がポップアップします。「ライブドア」だけは、野村證券ではなくリーマン・ブラザース証券。)
以下のチャートの通り、(MSCBの発行がアナウンスされた時こそ、大きく株価が下がることがあるものの)、ほとんどのケースでは長期的に株価が上がっていることが見て取れるかと思います。
もちろん、転換のやり方だけでなく、市況やその会社のファンダメンタルズにも左右されますし、これらは野村證券さんが引き受けたMPOの例であって、どの証券会社が引き受けてもMSCBが下げ要因にならないと言ってるわけでもなく、また、野村證券さんが引き受ければ、必ず中期的には株価が上がるというようなことを言ってるわけでもありませんので、ご注意ください。
(結局、引き受けた証券会社がどういう行動をするか「わかんない」わけで、そこが最大の問題だと申し上げております。)
また、株価だけでなく、いつ転換が行われ、どのくらい既存株主の希薄化(dilution)が発生しているかも重要なわけですが、それはまた後日。(希薄化が発生しても、とりあえず株価が上がっているのであれば、既存株主としては文句ないかと思いますので。)
いすゞ自動車の例
以下の通り、2回MSCBを発行しておりますし、特に2回目は1000億円という過去最大級のMSCBの発行だったので、そのときは大きく株価が下落してますが、結果として株価は発行前の状態に戻ってます。(あくまで結果として、です、が。)
image035.jpg
他15社の例
他のチャート例については、以下をご覧ください。
それぞれ、赤矢印がついているところがMSCB発行決議の日で、すべてその約2週間後にMSCBが発行されています。

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野村證券のMPO開発者の移籍について

今週号の週刊ダイヤモンドの特集「沈む野村證券」で、昨日も取り上げた、元野村證券でMPOの仕組みを開発されてUBSに転職した方に関する記事が取り上げられてますね。(36ページ)
Diamond_shizumu_Nomura_sec.jpg
安田道男さんという方で、野村證券の84年入社組の中では先頭を切って部長に昇格したものの、組織改編で次長に降格、社内からは「辞めろ、と言っているも同然だ」との批判の声も上がったとか。
やはり、

退職を決意した直接の引き金は、ネット証券を使って個人投資家にMPOの株式を販売するアイデアが却下されたことだ。UBS証券に転職した安田は、野村で果たせなかった夢を、今、ネット証券大手の松井証券と組んで実現しようとしている。

とのことです。
(ご参考:
転換社債(CB)を用いた”新”資金調達スキーム
 https://www.tez.com/blog/archives/000299.html
転換社債(CB)を用いた”新”資金調達スキーム(その2)
 https://www.tez.com/blog/archives/000300.html
「いかがわしくない」MSCBの活用法
 https://www.tez.com/blog/archives/000302.html

昨年夏、安田は資金繰りに窮していた三菱自動車へのMPO提案を持ち出したが、社内でつぶされた。

ともあります。その後の三菱自動車の迷走ぶりを見ると、確かに野村證券としてはやらなくってよかったという気もしますし、野村證券が手がけていたら、少なくともファイナンス面では三菱自動車にとって、より「マイルド」な処方になっていた気もします。
(ご参考まで。)

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リーマンのライブドア株売却−野村證券のMPOとの対比

先日ご紹介した旬刊経理情報2005年1月10・20日号 の「新しい資金調達方法MPOの仕組みと留意点」という特集の中にある、野村證券� キャピタル・ソリューション部 エクイティ・ソリューション二課長 冨永 康仁氏の「多様なニーズに応えるMPOの仕組みとメリット」という記事に、野村證券さんがMSCBを使ってMPOをする場合について書かれてますので、ライブドアのプレスリリースのケースと比較して見ていきたいと思います。
■要旨
まだ検討の途中段階ですが、この野村證券さんの記事とライブドアさんの発行条件等を比べてみると、以下のような印象を持ちます。
●ライブドアのCBの発行条件は、野村證券の一連のMPOの場合と比較して条件が「いい方」とは言い難い。金額(800億円)も、いすゞ自動車(1000億円)に次ぐ大規模なもの。ただし、野村證券が行うMPOの中にも今回のライブドアと表面的な条件が同じようなものも無いわけではない。
●ライブドアのプレスリリースにはCB自体の「譲渡制限」が付されているかどうか明記されていないが、ここが最も重要な要素の一つのはず。(野村證券のMPOではすべて譲渡制限が付くとのこと。)CB自体を譲渡できないとすると、LB証券はオプション価値をキャッシュ化できない(しにくい)はずで、その分、デルタヘッジによって、株価が大きく振れる方が儲かるというインセンティブは減るはず。(追記:譲渡制限は付いてるようです。)
●今回のLB証券によるライブドア株の売りは、LB証券の合理的なヘッジ行動の範囲内のものとも考えられるが、その行動が株価の下落や持分の希薄化等を通じて既存株主に悪影響を与えないかどうかはまた別の話。(あくまで、LB証券がどのような行動をとるかにかかってくるが、開示されている情報からは、悪影響を与える可能性があるとしか言えない。)
(以下、詳細。いつもながら長いですが、よろしくお願いいたします。)
譲渡制限
記事では、

MPOにおけるCB発行に関する有価証券届出書、プレスリリースなどには開示されていないが、野村證券が発行会社と締結する買取契約には、CBの譲渡制限が規定されている。もしCBの譲渡制限が規定されておらず、証券会社が割当を受けたCBを投資家に転売することができるとすると、転換価額の修正時期に大量の株式を売却することなどにより、株価下落による利益の獲得を目指すような投資家に転売される可能性が生ずる。CBの譲渡制限は、このような現象を未然に防ぎ、発行会社およびその株主の利益を保護するために規定されるものであり、すでに述べた発行会社による早期償還条項と並んで、投機的な株式売却行動を制度的に防止するための不可欠な条項であるということができる。

とあります。(下線部は磯崎による。以下同様。)
以前も書きましたが、そんな「いい」条項がついているのであれば、なぜ開示しないんでしょうね?
また、今回のライブドアさんの転換社債についても、譲渡制限については開示されていません。果たして、相対の契約ではそうした条項が付いているんでしょうか、それとも、リーマン・ブラザース証券は、いつでもこの転換社債を第三者に売却できちゃうんでしょうか?(できるとしたら、野村證券さんがおっしゃるように、非常におっかないですね。)
(追記:2/21,2:20)
Apricotさんから、R30さんのところに、ネット会見で譲渡制限が付いている旨の発言が載っていることを教えていただきました。ありがとうございます。

答 CBは限りなくボンドに近いですが、株式に転換されることを前提としています。リーマンから(ボンドのままで)他社に転売するということは、リーマンが転売できるような契約になっていませんので、必ず少しずつ転換して株として売り出してもらうような約束になっています。CBのままの転売はないです。貸し株は、早期に転換できるようにするために、渡しています。リーマンがつぶれたりするようなことがあればなくなっちゃうけど。

ただ、後述のとおり、譲渡したのと同様の効果を持つデリバティブ等を作ることは可能ではないかと思いますので、そういうことまで禁止しているのか、単なる譲渡のみを制限しているのかはわかりませんね。)
発行年限
記事によると、

MPOにおいて発行されるCBは大半が二年債となっており、発行年限が従来のCBに比べて短い。これは、後述するように、MPOにおけるCBは株式への転換が起こりやすい商品特性を有し、発行年限を長くする必要がないためである。実際に、過去の発行事例の中では、発行後わずか数ヶ月の間で転換が完了したものも見られる。

と書かれています。
これに対して、ライブドアの場合、償還期限は2010 年2 月24 日で5年債となってます。(転換社債自体の譲渡を想定しているとも取れますが、どうなんでしょうか?)
転換価額修正条項

転換価額は毎月一度決められた時点(例えば、毎月第三金曜日など)で、これに先立つ三〜五日間の平均株価から数パーセント程度ディスカウントした水準に修正される。

ということですが、記事に掲載される野村證券さんを割当先とするMPOの発行事例をもとに調べてみると以下の通りです。

image002(s).gif

(クリックで拡大)
(出所:前述記事の発行会社のデータをもとに磯崎が発行条件のデータを追加。)
黄色が野村證券が行ったMPOの事例、オレンジが今回のライブドアのケース。ただし、野村證券の事例については、転換型優先株や新株予約権単独、社債以外に新株予約権を組み合わせるものを除いた、MSCBのみを利用したものを掲載してあります。
これを見ると、記事では「数%程度のディスカウント」と書いてありますが、野村證券さんのケースでも、ディスカウント幅は10%取っていることが多いことがわかります。この10%のディスカウントを問題にしているweb上の論調もありますが、これに関しては、ライブドアの条件が特別に悪いというわけではなさそう。
ただ、800億円の10%=80億円というのは、過去のMPOのディスカウントの中でも最大の絶対額になります。(いすゞ第2回と1位タイ。)
修正頻度は野村證券さんの分は、すべて「毎月」ですね。(ライブドアは「毎週」。)
野村さんの平均値を算定する日数は当初5日程度のものが多かったですが、最近は(ライブドアと同じ)3日程度のものも増えてきているようです。また、野村さんのはすべて「終値」ベースですが、ライブドアのものは、「売買高加重平均価格(VWAP)」を用いていますので、その分、終値関与的な操作には強いということになりますね。(仮に、そういう悪いことする人がいれば、の話、ですが。)
下限転換価格は、野村さんのケースでも33%までのもの(日本金属工業のケース)もありますが、ライブドアの34.9%というのは、やはりかなり低い水準であることがわかります。
逆にライブドアのように上限転換価額が無いものは少ない。ただし、株価が上がった場合の引き受け手のインセンティブをそぐわけですから、上限価格が無いのが必ずしもいい条件とも限らないですね。
貸株の利用
同様に記事では、貸株の利用について、以下のような記述があります。

株式売買の決済は約定日の三営業日後に行われるのに対して、CBの転換による新株の交付は、証券代行会社によって異なるものの、概ね転換請求の六営業日後程度になる。そこで、証券会社は、株価変動リスクを回避しつつ、株式の売却を円滑に行うために貸株市場を活用することとなる。具体的には、証券会社は�貸株市場で株式を借り、発行後の株価推移を見ながら、機関投資家等へ市場内外で売却したり、株式市場で売却したりすることで普通株式のショートポジションを作る、�ショートポジションがある程度まとまった段階でCBを転換し、普通株式を取得、�取得した株式を貸株市場で借りた分の返却にあてる、という行動をとるのが一般的である。こうして、実際に株式が売却されるタイミングとCBが転換されるタイミングにはタイムラグが生じることになる。

さらっと読むと、転換社債の転換請求と売却のタイムラグのリスクをヘッジする目的で貸株を利用していると読めますが、よく読むと、その目的だけのために使っているとも書いてありません。
堀江社長とリーマンの貸株契約も、いいように解釈すれば、このリーマンの借株コストの低減と貸株市場の流動性リスクを低減させるための契約と考えることもできますが。(どうなんでしょうか。)
また、同記事では、

株価が上昇基調にある場合には、�転換価額修正時のディスカウントを上回るスプレッド(時価株価−修正後転換価額)が生じること、�株式売買高の増加を伴うケースが多いこと、�投資家の投資意欲が高まること、などからCBの転換ペースが速くなる傾向がみられる。

とあります。MPOのように資本力のある引き受け手が市況を見ながら株式を処分していく場合には、株価が上がっていった方が、すべての関係者にとってハッピーになるということですね。
野村さんの他社さんに対する牽制球とも取れる文言もいくつかあって、

一口に投資家といっても多様であり、ディスカウント分だけ安く取得した株式をすぐに市場で売却してディスカウント分の利益の獲得を目指す投資家よりも、中長期の投資スタンスに基づいて株式投資を行う投資家に販売した方が、株価への影響は小さくなると思われる。

というのは、野村證券さんでMPOをはじめられたチームがUBSに移籍して、松井証券さんなどと組んでネットの個人投資家に販売するスキームを発表されたことに対してのコメントかも知れませんね。間接的に何人かの方から伺ったところによると、逆に、そのチームの方々は、「一定の割合は個人投資家にはめ込みたいニーズがある発行会社もあるのに、野村證券ではなかなかそれが行いにくい」ということが、移籍される原因の一つとなったという話も聞きました。(直接にはそのチームの方々にお会いしたことは無いので、真偽のほどはよく存じません。)
また、

MPOは、割当を受けた証券会社が割当後どのような行動をとるかによって、発行後の株価に及ぼす影響が大きく異なる可能性がある。資本力に欠ける証券会社は、発行後の株価推移を見ながら株式を売却する余裕に乏しく、短期間のうちに市場で売却する恐れがあり、顧客への販売力がない証券会社は、転換によって取得した株式をそのまま株式市場で売却することが想定されるため、株価にマイナスの影響を及ぼす可能性がある。したがって、顧客層の幅広さや販売力によって、割当先となる証券会社を選択しなければならない。

としてまして、「野村證券なら安心ですよ」というニュアンスのことをおっしゃってます。
元野村證券さんのチームがUBSに移られたのも、やはりMPOを行うにはある程度太っ腹な資本力を持つところでないとできないからだ、という話も聞きました。(これも、真偽は存じません。)
ただ、やはり、野村さんの記事のように、引き受ける証券会社の行動一つで事の成り行きは大きく変わるスキームですから、「(発行会社の悪いようにはしないという)実績と信用」が大きくものをいうのは間違いなさそうです。
デルタヘッジ
もう一つ、当該記事では、「ユーロ円CBはなぜ転換がなかなか進まないのか」という補論で、投資家のタイプの違いによって、結果が異なってくるということを述べてらっしゃいます。

ユーロ円CBの場合、最終的な投資家はCBファンドやヘッジファンドと呼ばれる投資家が中心となる。このような投資家は、CBを購入すると同時に貸株市場で調達した普通株式の売却(原文注:これは、デルタヘッジと呼ばれる。)を行い、その後の株価の推移に合わせて株式を売却する量を調節(原文注:これは、ガンマプレイと呼ばれる。)することによって、CBに内包されたオプションの対価として当初支払ったプレミアムを上回る運用収益を上げようとする。こうした収益は、ガンマから発生する利益と呼ばれ、図表5で示すように、株価が上昇しても下落しても収益が得られ、株価の変動率が大きいほどその収益額も大きくなる。したがって、こうした投資家は、貸株の調達等に問題がなければ、株価推移にかかわらずこうした投資行動を続け、CBを満期直前まで転換しない傾向がある。
Nomura_delta.JPG
(出所:旬刊経理情報、野村證券)

磯崎注:
デルタとは、原資産の価格が変化した時に、オプションプレミアムがどれだけ変化するかという変化量のこと。
ガンマとは、原資産の価格の変動に対する上記「デルタ」の変化量のこと。

上記のような転換社債からの利益をキャッシュ化するためには、基本的には転換社債自体を売却するのが手っ取り早いわけですが、なにせボリュームが800億円もあるので、たとえ転換社債自体の譲渡が制限されていたとしても、別途、転換社債のオプション部分だけを切り出したデリバティブを作成することによって、LB証券さんは上記のような損益を享受することができるんじゃないかと思いますが、どうでしょうか?
最初に戻りますが、ライブドアとの相対契約で、そういう転換社債の譲渡や、譲渡と同様の効果のあるスキームが制限されているかどうか、ですね。(繰り返しになりますが、制限されているなら、開示すればいいのにね。)
旬刊経理情報の該当号の入手方法
ちなみに、この雑誌のバックナンバーは定期購読している人にしか販売しないそうです。
この雑誌、非常に中身が濃いので、定期購読する価値は十分あるかも知れません。(「帳簿付けが主な仕事の経理のおっさん向け」というよりは、「CFOっぽい方向け」かと思います。)
定期購読はこちらから。(直販のみの模様。)↓
http://www.chuokeizai.co.jp/koudoku_jun.html
(続く)

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「ごくせん」と水戸黄門

ごくせんすごい視聴率らしいので初めて見てみましたが、いやー、思いの外おもろいでんなー。
松下幸之助氏は、提供番組の水戸黄門の台本に毎回必ず目を通し、「この結末では、正直者が報われません」などと、ストーリーを書き直させていたとのことですが(未確認)、この「ごくせん」も、学園ドラマの体裁を取りながら、なんか水戸黄門と同じ香りがします。そのへんがウケてるところかと。
うちの上の息子の幼稚園の時の彼女がちょっと仲間由紀恵似でしたが、今のところ私に似てというかマザコンというか、「男らしい」女性が好みのようなので、主人公のヤンクミ風の嫁を連れて来るんじゃないかと今からちょっと楽しみです。
というわけで、確定申告はお早めに。
nakama.gif
(ではまた。)

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