会社法下の転換社債(転換社債の新株予約権部分には価値は無いのか?)

さて、転換社債についての続きです。
前回も述べましたが、4月までの旧商法下での転換社債(型新株予約権付社債の新株予約権部分)の要項には、だいたい、

本新株予約権の発行価額を無償とする理由及びその行使に際して払込をなすべき額の算定理由
新株予約権は、転換社債型新株予約権付社債に付されたものであり、社債からの分離譲渡はできず、かつ新株予約権が行使されると代用払込により社債は消滅し、社債と新株予約権が相互に密接に関連することを考慮し、また、市場環境等に基づく新株予約権の価値と、社債の利率、発行価額等のその他の発行条件により得られる経済的な価値とを勘案し、その発行価額を無償とした。また、新株予約権付社債が転換社債型新株予約権付社債であることから、各新株予約権の行使に際して払込をなすべき額は社債の発行価額と同額とし、当初転換価額は、○○○○とした。

てなことが書いてあって新株予約権は「無償で」発行されていたわけです。また、会計上も、おそらくすべてのケースで、「一括法」しか選択されていないはず。
つまり、転換社債の新株予約権部分のオプションバリューというのは、どこにも表面化していません。
この5月からストックオプション会計が導入されて、単独の新株予約権(ストックオプション等)や、「転換社債型」の要件を満たさない新株予約権付社債については、オプションの価値を認識しなければいけなくなったわけです。
しかし、「転換社債型」の要件を満たすものについては、引き続き「一括法」が認められることにより、新株予約権部分のオプションバリューを区分して開示する義務はありません。
義務がないということは、「価値が無い」と考えていい?ということでしょうか?
 
「無償発行=オプションバリューがゼロ」ではない
上記の要項を金融工学とかやってらっしゃる方が素直に「無償発行=オプションバリューがゼロ」と読むと、「いくら社債と非分離で代用払込するからといって、オプションバリューがゼロになるわけないじゃん!」と思われると思いますが、実は、「新株予約権の発行価額が無償」というのは、「オプションバリューの価値がゼロ」という意味ではないんですね。
会社法で社員等向けストックオプションの株主総会決議が不要に
4月までの商法では、社員向けストックオプションは「無償発行だから有利発行(払込[発行]価額[=0]<公正価値[>0])」なので株主総会で特別決議が必要という理解だったかと思いますが、ご案内のとおり、会社法になってからは、ストックオプションの発行時の公正な価値が会社が労働者から受ける役務と比較して、「特に有利」でなければ株主総会決議は不要という解釈になりました。
転換社債は解釈を先取り?していた
以前のエントリで47thさんにご紹介いただき、前回のエントリのApricotさんのコメントでもご紹介いただいてますが、
商法改正に伴う転換社債の取扱いについて
平成14年2月28日 日本証券業協会「転換社債に関するワーキング・グループ」
というペーパーがあって、

(2) 問題解決に向けた解釈の方向
改正後の商法の規定の下においてもなお従来の転換社債と同様の商品性を有する新株予約権付社債を従来同様の手続きで発行するに当たっての(1)で掲げた問題を解決するために条文をどのように解釈するか、その方向性について検討を行うとともに法務省とも協議を行った。その結果見出された解釈の方向が【別紙1】である。
(中略)
新株予約権の発行価額を無償としたとしても、新株予約権の行使条件等の設定いかんによっては有利発行に該当しない場合があり得る、という解釈を導き出すことで解決を図ることとした。

という経緯が説明されています。
転換社債の場合には旧商法時代から「オプションバリューがゼロでないものを無償発行しても、(金利がその分削減される分など)と比較して特に有利でなければ有利発行にはあたらず、株主総会の特別決議は不要」という解釈を「先取り」していたわけですね。
「分離できない」等の要件に意味はあるか?
前述のとおり、この5月から適用され始めた「会社法による新株予約権及び新株予約権付社債の会計処理に関する実務上の取扱い」においても、

「金融商品に係る会計基準の設定に関する意見書」(以下「金融商品会計意見書」という。)によれば、契約の一方の当事者の払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品について、払込資本を増加させる可能性のある部分とそれ以外の部分の価値をそれぞれ認識することができるならば、それぞれの部分を区分して処理することが合理的であるとされている。しかしながら、以前の転換社債については、転換権が行使されると社債は消滅し、社債の償還権と転換権が同時に各々存在し得ないことから、それぞれの部分を区分して処理する必要性は乏しいとされている(金融商品会計意見書� 七 1)

という理由で、ストックオプションと違って転換社債型については費用を認識しない一括法を認めています。
では、「ホントに社債の償還権と転換権が同時に各々存在し得ない」と区分して処理する必要性は乏しいんでしょうか?
ここで、日立製作所さんが野村證券さんと2004年に行った「HPO(Hybrid Private Offering)」というスキームを考えてみましょう。
ユーロ円建転換社債型新株予約権付社債の発行(海外私募)に関するお知らせ(2004年9月21日)
http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2004/09/0921b_0921b.pdf
ユーロ円建転換社債型新株予約権付社債(海外私募)の発行条件の決定に関するお知らせ(2004年9月21日)
http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2004/09/0921c_0921c.pdf
これは、ケイマン諸島に設立したSaman Capital LimitedというSPC(特別目的会社)が日立製作所さんがの発行するCBを全額取得し、このSaman Capital Limitedは下図のように、CBを担保としたリパッケージ債を発行して、新株予約権と社債部分を分離して販売する、というものです。
hitachi_HPO.jpg
(この新株予約権の内容が非常におもしろいのですが、その話は長くなるので、また今度、ということにさせていただいて、)
ケイマンでのSPC設立費用や、そのSPCでの格付取得など、非常に大きなコストがかかるにも係らず、なぜこうした複雑なスキームを採用したのか?
「そのまま売るよりバラバラに分けた方が高く売れる」からこそ、SPCを使ってわざわざ分けるわけですよね?担保は日立製作所の新株予約権付社債そのものなわけで、それだけ切り出したからと言って、SPCの格付が日立製作所本体より高くなるということもなさそうですし。
なぜバラバラで売った方が高く売れて発行コストも安いのに、はじめからバラバラで売らないのか?と考えると、「バラバラにすると区分法を採用しないといけないから」、ということくらいしか思いつきませんよね。
つまり、区分法の採用によって、新株予約権の価値が認識され、社債発行差金が発生して、それを償却しないといけない。会計上の費用が発生するので、利益は小さく見えます。
日立製作所さんがこのCBを発行した平成17年3月期というのは、日立さん単体では営業赤字になるなど、ちょっと苦しい時期だったと考えられますので、財務担当者としては利益圧迫要因は無くしたいところだったことは想像されます。
しかも、ストックオプションの費用と違って社債発行差金償却は税務上損金参入できますので、費用計上することで実際の社外流出する税金は小さくなるのに、です。
image001.gif
つまり、この場合、表面金利も社債発行差金償却も見かけ上「ゼロ」で非常に有利に調達できるように一見見えるわけですが、実際には金利コスト(上手の黄色の部分)が隠れているとも考えられるわけですよね。
もし、ストックオプション会計というのが、無償でストックオプションを従業員等に付与することで発生する費用を適切に認識しよう、という趣旨のものだったとしたら、転換社債についてもオプション部分のバリューを適切に評価して認識するというのがスジなんじゃないでしょうか?
直接バラバラで発行したら費用計上しなくちゃいけないのに、SPVをかませたら費用計上しなくていい・・・・・というのは、直接自社株を取得して売却したら売却の差額は資本剰余金なのに、SPVをかませたら差額が売上に計上される、というどっかの会社の会計と似てませんか?
つまり、(日立さんの会計処理が間違っていると申し上げているわけでは決して無いですが)、現在の転換社債に関する会計基準は、オプションバリューを認識するのが原則という会社法下の会計基準において、経済的実態をただしく反映せず、株主にその分不利益を生じさせる可能性があるもの、とは言えないでしょうか?
前回(会社法下の転換社債(「区分法」と「一括法」))のエントリに対して、スープさんから、

転換社債というと私のような素人はついライブドアのMSCBなどを思い出してしまうのですが、ああいう特殊な転換社債がいつでも大量に発行可能である場合、その会社の株価というものは恒に砂上の楼閣になってしまうと思うのですが、ライブドアを叩きたがっていたはずのマスコミなどは、なぜその点をついて騒がなかったのでしょう。

と、コメントいただきましたが、新株予約権部分に複雑な条件のついたMSCBでなくても、転換社債の会計基準自体に株主価値を実質的に損なう要素が含まれている、とは考えられないでしょうか?
(もちろん、一括法が認められる会計基準に下では、費用計上が少なく見えて株価が上がれば株主の利益にもなるとも言えるわけで、ストックオプションの費用計上強制と比較した場合に、ということです。)
(このシリーズ、続く)

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筒井せんせーファンのみなさま

新聞記者の方からソフトバンクさんの決算について質問を受けてウェブをみていたら、(ちょっと前のものですが)こんなページを発見。
リーダーメッセージ、通信革命を支えたCTOの素顔
ソフトバンクBB株式会社取締役CTO 筒井多圭志氏

ネットワーク技術者たちの間で、筒井氏の名前を知らない者はいない。東京大学工学部に入学しつつも、京都大学医学部へ転部し、臨床医として免許を獲得したという異色の経歴。大学院とオーバードクターで、10年ほどの間AI(人工知能)の研究に没頭した後、出版したADSL技術に関する著作「ADSL-Asymmetric Digital Subscriber Line」(丸山学芸図書)では、その革命的な視点と緻密な分析で、当時の通信技術者たちに大きな衝撃を与えた。2000年、ソフトバンク孫社長の招きでADSLサービスの立ち上げに参画してからは、技術の総責任者として、当時は誰も実現できなかった世界最先端のフルIP広域ローカルエリア・ネットワークを構築。今回のBB Mailでは、ソフトバンクBBで数百人の通信技術者たちを統括するその筒井氏にインタビュー、孫社長をして「天才」と言わしめる技術者の横顔をレポートする 。

世の中、「頭のいい(人のやってることを分析したりケチを付けたりできる)人」は結構たくさんいるんですが、「誰も考えないようなすごいものを生み出せる人」ってのはそうはいなくて、筒井せんせーは、そういう数少ない人の一人ではないかと思います。
私も、90年代中盤に森ビルさんのマルチメディア都市研究会の事務局をやらせていただいているときにお会いしてから勝手に師と仰がせていただいてるんですが、「インターネット1996エキスポ」で、まだ大企業も128Kの専用線でしかインターネット接続してないような時代に、45Mという超ド級(当時)の回線を引いたラフォーレ原宿のセミナー会場で、壇上で一人漫才をしながらアメリカのサイトからソフトをダウンロード、その場でインストールして動かしながら、来るべきインターネット社会の解説をされたのを見て、感動のあまり鳥肌が立った記憶があります。
当時から、技術だけでなくアメリカのハイテク資本市場の動向にも注目されて、ITと株式市場が表裏一体となって社会を変えていく現在の日本の姿をもっとも明確に思い描いていた人ではないかと思います。
今の日本の世界一安いブロードバンド環境も、筒井せんせーの存在がなかったら実現していなかったんじゃないでしょうか。
一方、Amazonで検索すると、筒井せんせーの本は「ADSL—Asymmetric Digital Subscriber Line」一冊だけ。
前述の略歴では、京大医学部からいきなりADSLの著作に飛んじゃってますが、この間に、(確かNTT出版さんから出ていた)「幻の」マルチメディア社会論のご著書があったはずで、これを読んだ東大の月尾先生が感動して、筒井せんせーを関東に連れてこられた、と記憶しております。
ソフトバンクさんのホームページでは「その革命的な視点と緻密な分析で、当時の通信技術者たちに大きな衝撃を与えた」とされているこのご著書ですが、Amazonでの書評はすごいことになってます。

混沌を愛する人へ。
著者は伊那のADSL実験、郵政省の委員などを歴任したソフトバンクのADSL事業の実質的立役者のひとりです。この本には歴史的価値がありますが、他のレビューでも指摘されているように、技術的細目は「理解させよう」という配慮を欠いています。少なくともS/N比とかフーリエ変換とかz変換とかが何を意味するものかを知らない人には意味のほとんどない本です。かといってそれらが判る人が手を動かして記述を検証するには全くデータが足りません。悪くいえばこけおどし。
ただ、わかることを放棄して読むと、既存の電話技術や、イーサネットなどを含む通信技術における米国の業界地図などがおぼろげに見えてきます。2000年のネットバブル崩壊以後、通信技術は停滞しています。40Gbps 以上の高速通信技術の標準化の目処は立っておらず、著者が指摘した日本の立ち遅れも(ある程度は著者自身の活動によっても)解消されています。そんな現状におけるこの本の価値は、ADSLというより、そもそも通信技術とはナンなのか、を考える材料を与えてくれる点にあります。

何をいいたいのかわからん
ADSLがまだ日本に普及していない頃、その内容を理解したくて読んだ。
が、著者が何をいいたいのかさっぱりわからん。
技術の書であればそのように、産業、政治の書であればそのように書くべき。技術の書としてみると、読後に「ADSLとは何ぞや」に対する答えのイメージが私の中に何も残っていない。時間を費やした徒労感だけが残った。
以上、数年後の今でも怒りが残る。(後略)

すでに新本は取り扱ってませんが(廃刊?)、「ユーズド商品:67円より」ってのは、嫌がらせの一種でしょうか(苦笑)。
Googleで検索しても、ろくなもんがでてきません。
98年当時のメーリングリストのアーカイブ例

はじめて投稿します。
(中略)
今後のシステム構築の参考にさせて頂こうと、このMLを読ませて頂いております。
今までも時には不毛な議論もあり、うんざりする事もありましたが、
今回の筒井多圭志氏の数々の発言は黙って見過ごせなく思います。
(中略)
筒井多圭志様、貴方には感性というものがないようですね。
作品ではなく商品でしょうが、勘違いもいい加減にして欲しい。
(あなたの職業でしょう)
講義を「作品」と認識する事に薄ら寒いものを感じます。
(中略)
さてここで筒井多圭志様にお願いです。
うっとおしいので、2度とこのMLに投稿しないで欲しい。
(技術的な質問に対する貴方の脳天気かつ不適切な回答も見苦しいので見たくありません。)

90年代の後半は、筒井せんせーがあちこちのメーリングリストでこうした「問題発言」をされるののファンで、その「おっかけ」をやってました。
そういえば、私自身が運営していたメーリングリストでも、あまりに不規則発言を繰り返されるので、管理人権限で一度unsubscribeさせていただいたことを思い出しましたが。(爆笑)
その他、web上で見られる主だったリンク
日本電信電話(株)の指定電気通信設備に係る接続約款案への再意見書
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/japanese/telecouncil/iken/ntt9811_r57_2.html
長期増分費用モデルの見直し案
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/japanese/group/denki/PDF/001018d56107.pdf
Yahoo!BBユーザーの個人情報は451万件が流出、ソフトバンク孫社長が謝罪
http://journal.mycom.co.jp/news/2004/02/27/017.html
情報通信政策フォーラム(ICPF): 第9回セミナー議事録
http://www.icpf.jp/archives/2006-05-10-1936.html
 
世界というのは、こういう「天才」が変えていくものなんでしょうね。
Here’s to the crazy ones (YouTube)

Think Different(Wikipedia)

Here’s to the crazy ones.
The misfits.
The rebels.
The troublemakers.
The round pegs in the square holes.
The ones who see things differently.
They’re not fond of rules
And they have no respect for the status quo.
You can praise them, disagree with them, quote them,
disbelieve them, glorify or vilify them.
About the only thing that you can’t do is ignore them.
Because they change things.
They invent. They imagine. They heal.
They explore. They create. They inspire.
They push the human race forward.
Maybe they have to be crazy.
How else can you stare at an empty canvas and see a work of art?
Or sit in silence and hear a song that’s never been written?
Or gaze at a red planet and see a laboratory on wheels?
We make tools for these kinds of people.
While some may see them as the crazy ones, we see genius.
Because the ones who are crazy enough to think that they can
change the world, are the ones who do.

(ご参考まで)

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新日本製鐵 買収防衛策(MARR記事より)

(「会社法下の転換社債」について書きかけなんですが、あちこち確認しながら書いているので、なかなか進みません・・・というわけで、ちょっと目先を変えて、遅ればせながら、新日本製鐵さんの買収防衛策についてのメモです。)
今月号のMARR(2006年6月号)
MARR200606.jpg
に、

  • 経済界を代表して会社法制改革を考える(新日本製鐵 西川元啓チーフリーガルカウンセル)
  • 買収防衛策の新たな動きと事前警告型防衛策の問題点(TMI総合法律事務所 弁護士 宮下 央)
  • という特集があって、新日本製鐵さんの買収防衛策について、導入側と批判側という2つの面から考察されているので、非常に興味深かったです。

    当社株式の大量買付けに関する適正ルール(買収防衛策)の導入及び新株予約権の発行登録に関するお知らせ(2006/03/29)
    http://www0.nsc.co.jp/data/20060330100129.pdf

    新日本製鐵 西川氏のご発言

    一言でいえば、事前警告型で有事株主意思確認型です。事前にルールを示し、当社の株式の一五%以上を取得しようとする者に、守ってもらいます。

    発動時に株主の意思を確認する防衛策は日本で初めてです。これまで、日本では防衛策導入時に株主の承認をとるものが多かったのですが、導入時に株主の承認をとったとしても、現実に買収がかかったときの株主構成はちがっています。買収がかかった時点での株主に、防衛策を発動するかどうかを確認するのが、一番株主を尊重することになります。

    というお考えのようです。
    また、法的側面とは違いますが、鉄鋼業界のおかれている環境として、

    世界的にみて、メーカー数が多いのです。世界で一一億トンの市場で、日本のシェアは一〇%。新日鉄は三%です。鉄からみて、上流や下流の資源会社、自動車メーカーと比べると集中度ははるかに少ない。

    ・・・ゆえに、ミタルのような会社が上流・下流と交渉力をつけるために買収を使ってシェアを高める戦略に出ているのだ・・・と、現在の世界の鉄鋼業界が置かれているM&Aの環境を一言で言い表されているのではないかと思います。
    TMI総合法律事務所 宮下弁護士のご意見
    上記の西川氏の話を聞くと、「株主に決めさせるというのは、株主のことを考えててよさそうな防衛策じゃない?」と思われるかと思いますが、宮下弁護士は、以下のような点から、この防衛策を批判されてます。
    1.検討期間の不遵守と不公正発行
    ニッポン放送の高裁決定を引用して、「株主全体の利益の保護という観点から新株予約権の発行を正当化する特段に事情がある場合」でない限り、原則として不公正発行にあたる、という可能性を示唆しつつ、
    100%現金買収以外は18週、買収提案者が有価証券報告書等の提出者(5年以上)でない場合にはさらに+4週、加えて、検討期間満了から株主総会まで合計+約9週間が加算され、買収者を合計約31週間も待機させるというのは、「合理性には疑問が残るといわざるを得ない。」とされてます。
    2.実質株主の確定方法に係る問題
    保管振替機構から実質株主の通知を受けることができる場合は法律上一定の場合に限定されているので、新日鐵さんのルールどおりうまくいくかどうか「なお不明確であると考える」とされてます。
    3.株主が判断することに係る問題
    買収時点の株主に判断させるのであれば、防衛策を使わなくてもTOBに応じるかどうかに委ねればいいのではないか?
    経営の専門家が少数株主を含めた利益を考えなくて本当に株主の利益が保護されるのか?
    買収者は15%までの株式は持っているわけだが、議決権は制限されていないようなので、相当の影響力を持つのではないか?
    そもそも新日鐵は持ち合い等をしているので、こうした方法が取れるのではないか、
    等の疑問を呈されてらっしゃいます。
    4.防衛策が持つ売却阻害効果の問題
    株主が、半年以上も有利な価額での売却機会にあずかれないというのは問題ではないか?という疑問を呈されてらっしゃいます。
    「注」だけでも49もありますので、詳しくは、MARR 6月号 をご覧ください。
    ちなみに、チャートは、あまりこの買収防衛策を好感しているようには見えません。
    nippon_steel_nikkei_heikin.gif
    (出所:Yahoo!ファイナンス
    (以上)

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    会社法下の転換社債(「区分法」と「一括法」)

    前回、1994年4月より、ワラント債の会計処理が変更となり「区分法」が強制されたことによって償却負担が増えたのが、ワラント債市場消滅(セカンドインパクト)の原因だった、というお話をしました。
    で、この、「区分法」とか「一括法」とは何か、ですが、「会社法による新株予約権及び新株予約権付社債の会計処理に関する実務上の取扱い」(平成17年12月27日企業会計基準委員会実務対応報告第16号)のQ3の「転換社債型新株予約権付社債の場合」の「発行者側の会計処理」によると、

    � 発行時の会計処理転換社債型新株予約権付社債について、その発行に伴う払込金額は、以下のいずれかの方法により会計処理する。
    ア 社債と新株予約権のそれぞれの払込金額を合算し、普通社債の発行に準じて処理する(一括法)。
    イ 転換社債型新株予約権付社債の発行に伴う払込金額を、社債の対価部分と新株予約権の対価部分に区分した上で、社債の対価部分は、普通社債の発行に準じて処理し、新株予約権の対価部分は、新株予約権の発行者側の会計処理(Q1のA1参照)に準じて処理する(区分法)。
    (なお書き以下略、後述)

    とあります。
    一括法
    さて、一括法では、上述のように、転換社債であっても発行時に普通社債と同様の仕訳を行います。
    仕訳をビジュアライズしてみると、以下のとおり。
    image002.gif
    例えば社債額面が100、入ってくる現金が98とすると、上図のように、社債発行差金が2だけ発生して、この社債発行差金を毎年償却していくわけです。(社債発行費は考慮してません。)
    前述の基準では、「社債と新株予約権のそれぞれの払込金額を合算し、」とありますが、そもそも、日本の転換社債の発行要項においては、

    本新株予約権の発行価額を無償とする理由及びその行使に際して払込をなすべき額の算定理由
    新株予約権は、転換社債型新株予約権付社債に付されたものであり、社債からの分離譲渡はできず、かつ新株予約権が行使されると代用払込により社債は消滅し、社債と新株予約権が相互に密接に関連することを考慮し、また、市場環境等に基づく新株予約権の価値と、社債の利率、発行価額等のその他の発行条件により得られる経済的な価値とを勘案し、その発行価額を無償とした。また、新株予約権付社債が転換社債型新株予約権付社債であることから、各新株予約権の行使に際して払込をなすべき額は社債の発行価額と同額とし、当初転換価額は、○○○○とした。

    (注:4月までの旧商法下でのイメージ例)
    というような形で、新株予約権の発行価格を無償とする例しか存在しなかったと思いますので、「合算」もなにもないわけですが。
    区分法
    これに対して「区分法」だと、新株予約権のバリューを考慮することになります。
    image004.gif
    「区分法」は基準には書いてあるものの、実際にはほとんど使われたことがないと思いますので、実際には個々の額をどう計算するか、ということになるわけですが、もう一度先の基準を見てみると、

    イ 転換社債型新株予約権付社債の発行に伴う払込金額を、社債の対価部分と新株予約権の対価部分に区分した上で、社債の対価部分は、普通社債の発行に準じて処理し、新株予約権の対価部分は、新株予約権の発行者側の会計処理(Q1のA1参照)に準じて処理する(区分法)。

    とあり、(Q1のA1参照)とあるのは、単独で新株予約権を発行する場合の発行者側の会計処理のことで、

    (1) 発行時の会計処理新株予約権は、その発行に伴う払込金額(会社法第238条第1項第3号)を、純資産の部に「新株予約権」として計上する。実務対応報告第1号において、新株予約権の発行価額は、以前の新株引受権付社債の会計処理(「金融商品に係る会計基準」(以下「金融商品会計基準」という。)第六 一)を勘案し、負債の部に計上することとしていたが、平成17年12月9日公表の企業会計基準第5号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」(以下「純資産会計基準」という。)に従い、新株予約権は純資産の部に表示することとなる(純資産会計基準第4項及び第7項)。

    ということで、「新株予約権」の額を、「純資産の部」に載っけろ、ということですね。
    前掲で省略した「なお書き」の部分ですが、

    なお、転換社債型新株予約権付社債を社債の対価部分と新株予約権の対価部分に区分する場合には、金融商品会計基準注解(注15)1に準ずる方法によることとなるが、社債と新株予約権それぞれの払込金額が明らかに経済的に合理的な額と乖離する場合には、当該払込金額の比率で配分する方法を適用することは適当でない。このような場合には、区分法における他の方法を適用することとなる。

    とあり、金融商品会計基準注解(注15)1というのは、「(注15)新株引受権付社債を区分する方法について」の発行者側の処理のことで、

    1 発行者側においては、次のいずれかの方法により、新株引受権付社債の発行価額を社債の対価部分と新株引受権の対価部分とに区分する。
    (1) 社債及び新株引受権の発行価格又はそれらの合理的な見積額の比率で配分する方法
    (2) 算定が容易な一方の対価を決定し、これを発行価額から差し引いて他方の対価を算定する方法

    ということになります。
    これだけ読むと発行価格100%を、社債部分(例えば95%)とオプション部分(同5%)に分けるようにも読めますが、「金融商品会計に関する実務指針」のIII説例による解説、説例26「転換社債の会計処理(区分処理)」のとおり、社債の額面は(返済義務なので)満額100%で計上しなきゃダメですから、オプションバリュー部分が100%の外書きになります。
    (つまり、説例26の仕訳だと、

    現金預金    10,000/社債       10,000
    社債発行差金    480 株式転換権     480

    となります。ちなみに、会社法下では、「株式転換権」の部分は、「新株予約権」という科目[純資産の部]になります。)
    2つの区分法
    前述のとおり、金融商品会計基準では、「算定が容易な一方の対価を決定し、これを発行価額から差し引いて他方の対価を算定する方法」でもいいよ、と書いてあります。
    従来の実務としては、(もし区分法をやったことがある会社があったなら・・・・ですが、おそらく、)、前述の説例26のように、同格付(BBBならBBBの)の会社の発行金利を参考にDCF的に社債部分の現在価値を求め、発行価額との差額をオプションバリューとして算定したはずです。
    (なぜかというと、オプションバリューの算定をしてくれるコンサルタントなんてほとんどいなかったはずだし、発行体の財務担当者も、「オプションバリュー?何それ?」という人がほとんどだったはずなので。)
    ところが!
    今度の「会社法による新株予約権及び新株予約権付社債の会計処理に関する実務上の取扱い」には、(今までの「金融商品会計基準」とか、旧商法による新株予約権及び新株予約権付社債の会計処理に関する実務上の取扱い」とは異なり)、前述のとおり、

    社債と新株予約権それぞれの払込金額が明らかに経済的に合理的な額と乖離する場合には、当該払込金額の比率で配分する方法を適用することは適当でない。このような場合には、区分法における他の方法を適用することとなる。

    という文言が付いてます。ここが、ストックオプションの費用認識との関連で、ささやかながら今までと大きく異なる部分じゃないかと考えます。
    どういうことかというと、新株予約権付社債の処理を(仮に)区分法で行う場合、金利から逆算すると、
    image006.gif
    というように、新株予約権の額も社債発行差金の額も、まあ穏当なものになるけれど、新株予約権の条件からオプションバリューを算定した場合、
    image008.gif
    というように、非常に巨額の新株予約権(ないし社債発行差金)を計上しなければならないケースがあるかも、ということですね。
    特に、ボラティリティの高いベンチャー企業の発行する転換社債においては、(もちろん「一括法」が採用されていると思いますので新株予約権のバリューは表面に全く出てこないわけですが、)、実態としては上記のようなことになっている可能性もあるのではないでしょうか。
    つまり、みなさんMSCB(転換価格修正条項付きの転換社債)にばっかり注目して、「MSCB=悪者」じゃないの?という疑惑のまなざしで見る風潮は(過度かどうかはともかく)ここ最近、急速に発達してきたのではないかと思いますが、実は、「ただの(修正条項が無い)転換社債でも、非常に有利発行性の高いシロモノが隠れているかもしれない」という点にはあまり注目がされてないのではないかと思います。
    ボラティリティの高いベンチャーだと、at the money(行使価格=株価の時価)での発行で、オプションバリューが株価の5割を越すケースもあるようですから、アップ率等にもよりますが、一見、会社に有利ないい条件(例えば、転換価格の修正条項なし、100円の額面を100円で発行して、金利ゼロ←すごくいい条件に見えますよね?)で発行しているようでも、実は、とんでもない条件かも知れない、と。
    例えれば、おじいちゃんは「お菓子(社債)」部分を喜ぶだろうと思って孫に食玩を買ってあげたとしても、実は孫は、「おまけ(オプション)」の方に着目していて、そのおまけが「ただのおもちゃ」か「海洋堂のフィギュア(しかも激レア)」かで、まったく価値が異なってくるわけですね。
    image014.gif
    (そして、「おじいちゃん」には価値があるようには見えない「おまけ」の部分についても、適正な評価額をつけましょう、というのが今月5月からはじまったストックオプション会計であります。)
    なぜストックオプションを費用化する会計基準が施行されても、転換社債にだけオプションバリューを認識しない「一括法」が認められる会計基準になっているのか。なぜ、ストックオプション会計基準では、どういう処理にするかのカンカンガクガクの検討の過程が非常に多くのボリュームを割いて説明されているのに、社債の処理では、

    金融商品会計意見書の考え方は、以前の転換社債と経済的実質が同一である会社法に基づき発行された転換社債型新株予約権付社債の会計処理にも適用することが可能と考えられるため、発行者側については、以前の転換社債と同様に、一括法と区分法のいずれの方法も認められることとし

    と、数行で片付けてしまっているのか?
    これは、「区分法」の強制により、転換社債市場が消滅すること(サードインパクト)を恐れる何者かによるインボー「大人の事情」によるものなんでしょうか?
    (次回に続く・・・)

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    会社法下の転換社債(プロローグ)

    アマゾンで本サイトから購入された書籍等の歴代売上一覧を今見たら、先日ご紹介した松本啓二先生の著書
    4322108350.09._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_.jpg
    クロス・ボーダー証券取引とコーポレート・ファイナンス
    社団法人金融財政事情研究会 刊

    が、同率一位だったスター・ウォーズ トリロジー DVD-BOXを抜いて、ダントツの一位になってます。
    というわけで、新会社法の下での社債発行業務にご興味がおありの方も多いのではないかということで、同書をも参考にさせていただいて、新会社法下での転換社債(などエクイティが関連する社債)の世界について考察してみたいと思います。
    社債界の「セカンド・インパクト」
    昔は、新株引受権付社債(分離不可のとか分離型とか)、転換社債などのいろんな社債が発行されていたもんですが、気がつくと、最近では発行されるのは転換社債ばっかりになっちゃってます。
    前掲の「クロス・ボーダー証券取引とコーポレート・ファイナンス」(25ページ)には、

    1994年4月より、ワラント債の会計処理が変更となり、会計上の償却負担が生じることとなったため、ワラント債にかわってユーロ円転換社債の発行が増えた。

    とありますが、社債の世界に詳しい方などに聞くと、当時隆盛を極めていた外貨建新株予約権付社債の市場が、会計基準の変更(つまり、「区分法」の強制)で一夜にして消滅してしまったようで。
    新世紀エヴァンゲリオンで、南極大陸を消滅させバクテリアさえ存在しない死の世界にしてしまった爆発「セカンドインパクト」について、赤木リツコ博士は、

    人は神様を拾ったので喜んで手に入れようとした。 だからバチが当たった。それが15年前。

    てなことをおっしゃってますが、社債の世界においても、会計基準上、不確実性(=神様)の価値(=オプションバリュー)の存在に気づいてそれを喜んで区分しようとしたら、ワラント債の市場が一瞬で吹っ飛んじゃったわけですね。
    というわけで、ちょっと最近、新会社法下での転換社債の発行を考える機会があり、また、6月に某大学の研究機関で新会社法下での新株予約権についてしゃべらせていただく予定になっていることもあって、頭の整理を兼ねて、何回かに分けて論点を整理していきたいと思います。(予定しているのは、以下のようなお話。)
    会計基準の「区分法」と「一括法」
    「区分法」、「一括法」とは何か
    それらを採用した場合の、会計上、税務上のインパクト。
    新会社法の新株予約権付社債
    会社法では、新株予約権と社債の関係が、ますます離れ離れに。
    社債を「現物出資」する建て付けになったが、現物出資の条文との関係は?(例えば、検査役は?)
    ユーロ債は「社債」ではない!?
    準拠法の謎。
    「セカンドインパクト」の謎
    区分法の強制が「セカンドインパクト」の原因だとされているが、区分法を採用することにより(確かに費用は増えるにしても)、キャッシュアウトのない名目上の費用(社債発行差金の償却)が増加し、その分、税金が減るというメリットもある。このため、区分法を採用した方が合理的なケースも多いと考えられるのに、なぜほとんどすべて、区分法の強制がない転換社債の発行になってしまったのか?
    新株予約権の発行価額
    4月までの旧商法での実務は、新株予約権の発行価額は「無償」だが「有利発行にあたらず、株主総会も必要ない」というものだったが、新会社法ではどうなのか。
    ストックオプション会計の導入によりオプションバリューが明示されてくるが、無償で有利発行でないというのは会社法下ではどう整理されるのか。
    また、有償で発行という実務はありえるのか。その場合、会計上の区分法と一括法との関係はいかに。
    (区分法を採用してオプションバリューを認識しているのに、無償で発行というのはありえるのか?)
    他人(資本)と自己(資本)との境界(=「ATフィールド」の意味)
    会社法施行で、「新株予約権」が「負債」から「純資産の部」に移動。
    「サード・インパクト」が発生する可能性
    会社法の施行や会計基準の変更によって、社債の市場に1994年のようなインパクトが発生する可能性はないのか。
    (つづく)

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    今日の疑問「なぜコンビニの店員は電子マネーの残高を読み上げるのか?」

    SUICAがファミマで使えるようになった等、電子マネーが利用できる場所が増えてきましたが、店員が最後に「残高は4,835円になりまーす」と読み上げるのはなんでなんでしょうね?
    「370円のお買い上げになりまーす」と利用額を告げるのは購買額と一致しているかの確認を促すということでまだ意味がわかりますが、電子マネーの残高というのは、いわば、財布の中にカネがいくら入っているかというのと同じこと。「なんで店内に響き渡る声でワシの財布の中身をおまえに公言されにゃならんのじゃ!」、という気にもなります。
    残高が少なくなってきた顧客にチャージを促す、というマニュアルなのかも知れませんが、SUICAだと残高が読取機に表示されるし、そもそも「おさいふケータイ」なら、どこでも(ネットから)チャージできるので、大きなお世話ざます。
    (以 上)

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    村上ファンド、シンガポール移転

    村上ファンド(MACアセットマネジメント)が、運用機能をシンガポールに移転すると発表しました。
    運用機能をシンガポールに移転、村上ファンドが発表(Yahoo!ニュース、読売新聞)
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060510-00000217-yom-bus_all
    株式会社 M&Aコンサルティングの、「弊社関連ファンドの運用会社の変更について(2006年5月10日)」によると、

    弊社関連ファンドの運用会社について、グローバルな展開にも適切に対応するため、今般、従前の株式会社MACアセットマネジメントから、シンガポール法人であるMAC ASSET MANAGEMENT PTE. LTD. (マック アセット マネジメント ピーティーイー リミテッド)に変更となりましたので、お知らせいたします。
    詳細につきましては、次のEDINET(証券取引法に基づく有価証券報告書等の開示書類に関する電子開示システム)のサイトで開示される各社の大量保有(変更)報告書をご参照ください。
    https://info.edinet.go.jp/EdiHtml/main.htm

    とのこと。
    村上ファンドの海外移転については、「税務やレギュレーション回避のため」とする報道されている説のほかに、「『それ以外の理由』で日本を離れる必要がある」てなことをおっしゃる方もいらっしゃいますが・・・・それはさておき。
    昨年からの投資に関係する法改正は、「村上ファンド狙い撃ち」で、「日本から出て行け!」と言わんばかりの改正が続いたので、「日本から出て行く」のは至極当然というか、経済合理性のある行動かと思います。
    では、こうした立法政策でファンドが拠点を海外に移すことで日本という国が大きく損をしたかというと、どうでしょうか?
    税金が取れる取れないという話は(もともと取れてなかったわけですから)さておき、村上ファンドの存在意義は、「効率の悪い」日本企業に「刺激」を与えることじゃないかと思いますので、(今後はインドや中国にしか投資しない、というならともかく)、日本の「効率の悪い部分のアービトラージ」も引き続きやっていただけるのであれば、日本として損ということもあまりないんじゃないかな、とも思います。
    で、以下、村上ファンドに影響する一連の改正を並べてみます。
    任意組合等に対する源泉徴収義務
    まず、昨年度の所得税法等の改正で、ファンドに対する源泉徴収が強化され、外国組合員は20%の源泉徴収をされることになりました。(*:所得税法180条(国内に恒久的施設を有する外国法人の受ける国内源泉所得に係る課税の特例)、所得税法施行令304条(外国法人が課税の特例の適用を受けるための要件)、租税条約にも注意。)
    (ちょっとうっとうしいかもしれませんが、備忘のために主な関連法規を張っておきます。)

    所得税法
    第三編 非居住者及び法人の納税義務
    第一章 国内源泉所得
    第百六十一条(国内源泉所得)
    この編において「国内源泉所得」とは、次に掲げるものをいう。
    一 国内において行う事業から生じ、又は国内にある資産の運用、保有若しくは譲渡により生ずる所得(次号から第十二号までに該当するものを除く。)その他その源泉が国内にある所得として政令で定めるもの
    一の二 国内において民法第六百六十七条第一項(組合契約)に規定する組合契約(これに類するものとして政令で定める契約を含む。以下この号において同じ。)に基づいて行う事業から生ずる利益で当該組合契約に基づいて配分を受けるもののうち政令で定めるもの
    (以下略)

    所得税法第七条(課税所得の範囲)
    所得税は、次の各号に掲げる者の区分に応じ当該各号に定める所得について課する。
     (中略)
     五 外国法人 国内源泉所得のうち第百六十一条第一号の二から第七号まで及び第九号から第十二号までに掲げるもの(法人税法(昭和四十年法律第三十四号)第百四十一条第四号(国内に恒久的施設を有しない外国法人)に掲げる外国法人については、第百六十一条第一号の二に掲げるものを除く。)

    第二百十二条(源泉徴収義務)
    (中略)
    5 第百六十一条第一号の二に規定する配分を受ける同号に掲げる国内源泉所得については、同号に規定する組合契約を締結している組合員(これに類する者で政令で定めるものを含む。)である非居住者又は外国法人が当該組合契約に定める計算期間その他これに類する期間(これらの期間が一年を超える場合は、これらの期間をその開始の日以後一年ごとに区分した各期間(最後に一年未満の期間を生じたときは、その一年未満の期間)。以下この項において「計算期間」という。)において生じた当該国内源泉所得につき金銭その他の資産(以下この項において「金銭等」という。)の交付を受ける場合には、当該配分をする者を当該国内源泉所得の支払をする者とみなし、当該金銭等の交付をした日(当該計算期間の末日の翌日から二月を経過する日までに当該国内源泉所得に係る金銭等の交付がされない場合には、同日)においてその支払があつたものとみなして、この法律の規定を適用する。

    平成17年12月26日公表の基本通達関連の改正

    「所得税基本通達の制定について」の一部改正について(法令解釈通達)
    http://www.nta.go.jp/category/tutatu/kobetu/syotoku/sinkoku/4423/01.pdf
    法人税基本通達等の一部改正について(法令解釈通達)
    http://www.nta.go.jp/category/tutatu/kobetu/houzin/051226/pdf/01/03.pdf
    「租税特別措置法に係る所得税の取扱いについて」の一部改正について(法令解釈通達)
    http://www.nta.go.jp/category/tutatu/kobetu/syotoku/sinkoku/4425/01.pdf

     
    PE(恒久的施設)課税
    村上ファンドは、一任の投資顧問業となることで、外国人投資家から見てファンドの業務執行組合員はPEではなく、外国人投資家は日本で法人税の申告義務が発生することがない、という解釈で今までやってこられたのではないかと思いますが、昨今の一連の法改正でPE認定のリスクを感じられたのかどうか・・・。
    税務大学校 研究員 松下 滋春氏の論文「代理人PEに関する考察」(平成16年6月30日)
    http://www.ntc.nta.go.jp/kenkyu/ronsou/45/matushita/hajimeni.html(要旨)
    http://www.ntc.nta.go.jp/kenkyu/ronsou/45/matushita/ronsou.pdf(本文pdf)
    は、代理人PE(日本の税法でいう「3号PE」)について、各国ローカルな税法とOECDモデル条約を中心とした租税条約との関係を検討した論文ですが、これによると、代理人PE、大陸法・英米法で「代理」の概念が異なるなど、世界的に見ても概念が完全に定まっていない領域で、主要な論文も1993年ごろからやっと出始めたような状況のもよう。
    通常のファンド業務の実態と代理人PEとなる学術的な要件(test)を考えてみると、業務執行組合員(GP)は、「自らの名において」「本人(投資家)のために」投資活動に関わる「契約を締結する権限を持って」その権限を「常習的に行使」し、その方法も「通常の方法」?でやってるかも知れませんが、「経済的な独立性」というところをどう解釈するか、・・・等、この論文で考えてあわせてみると、おもしろいかも知れませんね。
    事業譲渡類似株式の譲渡益課税強化
    内国法人の25%以上の株式をファンドが保有した場合に、ファンドの構成員をまとめてカウントするように強化したもの。
    (これは、日本法人をターゲットとする場合には、シンガポールに移転して回避できるものではありませんが。)
    法人税法施行令第百八十七条(恒久的施設を有しない外国法人の課税所得)など。
    (末尾に条文添付)
    ご参考過去エントリ:
    http://tez.com/blog/archives/000339.html
    大量保有報告制度の見直し
    過去エントリ
    敵艦スクリュー音、未だ無し!(ニッポン放送株:解決編)
    https://www.tez.com/blog/archives/000359.html
    阪神電鉄株における村上ファンドの海面急浮上戦法
    https://www.tez.com/blog/archives/000548.html
    5%ルール強化は正しいのか?
    https://www.tez.com/blog/archives/000629.html
    等でも取り上げてまいりましたが、いよいよ証券会社や投資顧問業者の大量保有報告制度に関する規制が強化されます。
    (これも、ファンドのGPがシンガポールに移動しても回避できるものではないと思いますが、「対村上ファンド」を強く意識した改正だ、ではあるでしょう。)
    これについては、大和総研 制度調査部 横山 淳氏のレポート、
    「大量保有報告制度の見直し」(2006年5月8日)
    http://www.dir.co.jp/research/report/law-research/securities/06050801securities.pdf
    が、非常にわかりやすくまとめられています。
    (ご参考まで。)
     
     
     
    以下参考条文:

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    信託大好きおばちゃんのブログ

    ひさびさに、ディープなブログを(遅ればせながら?)発見いたしました。
    信託大好きおばちゃんのブログ
    http://shintaku-obachan.cocolog-nifty.com/shintakudaisuki/

    プロフィールを拝見すると、「大阪のおばちゃん税理士です。」とあります。
    聞いてみると信託関係者方面ではすでに有名なブログのようですが、Googleでさっと検索しても、このブログに言及しているページはまだ数えるほどしかないので、一般的にはまだ掘り出しモノの部類に入るのではないかと。
    先日も、信託法改正の勉強会に出席させてもらったんですが、法律的な議論はともかく、結局、信託というウツワが(経済的な観点から)「使える」のか「使えない」のか、というのは税務や会計処理等もあわせてトータルで考えなければいけない話で、任意組合とかTK/YK(もう設立できないけど)とか、TMKとか、他のvehicleと比べてどういう場合にどれがいいのか、というのが、信託についてはまだピンと来ていません。
    (つまり、単にSPCに受益権をぶらさげるのではなく、受益権自体を投資家に販売するというのが、法改正等でどう変わっていきそうなのか、またコンテンツファンド等のスキームにも本格的に使えるようになるのかどうか、等。)
    信託に関する税務の規定も非常に少ないので、実務でどういうことが行われているかの話が読めるのは非常にありがたいです。
    (ご参考まで。)

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    適時開示情報のRSS配信とマスコミへのインパクト

    昨日は、東証さんが(仮に)適時開示情報のRSS配信をはじめたりしたら、「金融の」情報の流れに劇的変化が訪れるんじゃないか、というようなことを書きました。
    もともとXBRLという会計情報(つまり、金融のプロや投資家しか見なさそう)を考えていたからですが、よく考えてみると、もしかしたら金融情報というより新聞社さんや通信社さん等、マスコミ一般のビジネスに与えるインパクトの方が大きいかも・・・という気がしてきました。
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    「ネットは新聞を殺すのか」といった話にはなるかどうかはともかく、数百万人とか数千万人の人がRSSリーダー付きのスクリーンセーバーや壁紙等を使うようになって、「リアルタイムで」企業のプレスリリースやそれに関するコメント記事のRSSを見るような世界を想像してみると、少なくとも、企業のプレスリリースをまとめただけの(記者クラブ的な)記事が翌日の朝刊に出てきても、「気の抜けたサイダー感」が相当高まることは確か。(当然、スクープや分析的記事を強化するメディアは生き残るんだとは思いますが。)
    「リーク」という手法は(特に上場企業の情報については)インサイダー情報管理の観点からは危険度が高い話。新聞社の方というのはそういう未公開情報を使ってインサイダー取引をやるなんてことは絶対無いものだとばかり思っていたんですが、先日、新聞社の広告部門で公告の情報を悪用してインサイダー取引を行っていた、というような事件を目にして、新聞社のインサイダー取引教育や管理体制はどうなっていたんだ?と愕然といたしました。
    (これで将来的に規制強化・・・とまではいかなくても、上場企業内の開示ルールが強化されて、リーク情報が得られにくくなる、というような話になる可能性はそれなりに高いかと思います。)
    (ではまた。)

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    Googleと金融ビジネス

    ひさびさに渡辺聡(SW)さんからトラックバックいただきました。

    証券分析のGoogle化
    これはもうならない方がおかしいと言っておきたい。

    これは力強いお言葉で。
    金融と情報処理というのは非常に親和性が高いし、「情報処理」に対する金ばらいもいい領域なのは間違いないんじゃないかと思います。

    データの公開プロセスやサイクル、品質に関しての共通認識を揃える必要があるが(データ層で基盤レイヤーが出現する)、まぁこの辺は必要とあらば整備されていくでしょう。

    証券の開示資料の開示のタイミングや品質というのは、証券取引法等の法令や取引所の規則で厳格に定められてますし、カネボウやライブドアのように、違反した者には懲役や上場廃止を含む厳しい罰則もありますので、世の中に出回っている情報の中でも、比較的信頼できる(・・・ようにするための仕組づくりに苦慮している)ほうではないかと思います。
    普通は「物理的世界」と「データの世界」の(うち、「データの世界」の部分は技術でどうにでもなるわけですが、)2つをつなぐ部分の信頼を確保するところが難しいわけですけど、証券の開示情報は最初からそこができているところがナイスなところかと。

    人間がやるのは、単純な計算ではやりにくいところになるのか、そうならないのかはもう少し状況が変わってからの判断として。

    Google Newsが登場した時に「こりゃすげー!」と思ったけど、実際にはYahoo!ニュースの方をよく見る僕がいて・・・・みたいな感じかも知れませんね。
    Googleがそれで大もうけというわけではないけど、既存のメディアは、それなりに大きな変革を迫られる・・・(かも)。
    ちょうどたまたま本日発売のSPA!
    spa060516h.jpg
    でも、Googleのビジネスの特集が組まれておりまして、不肖私も、先日のエントリ「グーグルは「すごい」のか「すごくない」のか(財務的に見たGoogle)」をベースにコメントさせていただいてます。
    また、「SF」ではありますが、Googleが金融ビジネスでどんなことができるのかを「勝手に大予測」してます。
    コンビニ等でお見かけの際には、手にとってご笑覧いただければ幸いです。
    (ではまた。)

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