減資にまつわる不思議な風習

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ちょっと前、ある未公開会社で、ベンチャーキャピタルさんが減資に反対するのを見て、ちょっとびっくりした話。
「減資」というのは、一般的に、会社が絶好調のときにはあまり発生しないはずなので、「聞こえがよくない」のは確かなんですが、一方で、(大昔の商法のように資本金と株式の関係がリンクしてない)改正前商法や今の会社法では、資本金の額の減少や準備金の額の減少は、単に帳簿(または登記)上の「資本金」とか「資本準備金」「利益準備金」といった数字が減少するだけの、「バーチャルな」手続きにしかすぎなくなってます。

欠損の額がたっぷりあるのに資本金が何億円もあって外形標準課税が発生していたり、会計監査人や監査役3名超(含む常勤監査役)などを設置しないといけないというのは負担も大きいので、減資するのが合理的な場合も多いわけです。

減資で株主は迷惑を受けるのか?
特に、資本金や準備金の減少で困るのは株主ではなく債権者のはず
「分配可能額」がプラスになると配当できるようになりますが、取締役会や株主総会の決定で配当されて会社財産が減少するので、債権者保護手続も行わないといけないことになっているわけです。(ただし、会社法では449条1項ただし書参照。)
というわけで、合理的な判断に立てば、株主として資本金の減少に反対する理由はあまり無いはずなのですが、先日のケースでは、当該企業に投資しているベンチャーキャピタルさんから、
「すぐには、なんとも賛成できない。」
「別の会社でも減資する検討が行われたが、投資して間もないということもあり、(投資契約でVCが持っている拒否権を使って)、遠慮していただいた。」
といった発言が相次いで、ちょっと口がアングリ開いてしまいました。
別の上場企業さんで、経営がうまくいかなくなった取引先の再生のために数億円のDES(Debt Equity Swap:債務の株式化)を計画したとき、やはり、資本金が大きくなりすぎちゃうので同時に資本金と資本準備金の減少をしましょうか、というような話になったときに、
「減資すると、せっかく出資した優先株の価値が下がるんじゃないか?」
というご質問をいただきましたが、「大丈夫ですよ。資本金の減少というのは、単なる数字上のものにすぎないので、(増えた処分可能額を分配して社外流出が発生しない限り)、種類株式の性質が変わる、ということはありません。」と申し上げて安心していただきました。
その上場企業の担当の方は、エクイティ・ファイナンスの専門家ではいらっしゃらなかったのでいいとしても、ファイナンスの専門家であるベンチャーキャピタルの方々が、未だに前述のような判断をされているとは、えらく驚いた次第であります。

日本のベンチャーキャピタルをファイナンスの専門家と考えていいか?
前述の企業で、取締役が「こちらのほうが合理的な選択肢なのに、なぜだめなのか?」という理由をVCの担当者の方に尋ねたのですが、どうもよくわかる答えが返ってこない。掘り下げて伺ってみると、「減資といった事態に至って申し訳ない」的なことを一筆欲しい(つまり、「減資するなら詫びを入れろ」)、ということのようで・・・。
(投資した時点からかなり大きな欠損があったので、「なぜもっとすぐに減資してムダな費用を削減しなかったのか」と怒るならまだ話はわかるのですが・・・。)
理由を考えて見ると、日本の大手ベンチャーキャピタルは(海外のVCと違って)、大勢の人数が働いている大組織なので、担当者個人は合理性を理解していたとしても、上司や同僚が、「おまえの担当の会社、減資なんかしちゃって、大丈夫?」という目を向けるとすると、合理的でない選択肢も取らざるを得ないこともある、ということなのかも知れません。
また、ベンチャーキャピタルの業務拡大で、銀行などから転職してきている人が担当だとすると、減資とセットになった債権カットなどで苦い思いをしたトラウマで、減資と聞くだけで何かいやな気持ちになるのかも知れません。(しかし、通常、VCというのはデットの出し手ではなく、エクイティの出し手なわけです。)
または、本当に、資本金を減少させると株式の価値が下がる、と思ってらっしゃるのかも知れません。
−−−
ベンチャー企業は、ベンチャーキャピタルに投資していただく際に、当然、「ファイナンス的に合理的な判断をする投資家であるはずだ」という前提で投資していただいているわけです。投資契約についても、合理的であろうという前提のもとに、簡略化できるところは簡略化しているわけで。
しかし、こういう経済合理的なのかどうかわからない行動をされる例を見かけると、例えば投資契約書や種類株式に定める拒否権や事前相談事項のキメに際しても、資本金や準備金の額の減少については、拒否権や事前相談義務をつけない(つけるにしても、少なくとも当面予想される減資はきちんと記述する)ことがお勧めになってしまいます。
(というか、そういった合理的行動を必ずしも取らないと想定されるVCさんは、怖いので、ベンチャー企業にご推薦申し上げられないことになります。)

(ではまた。)

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14 thoughts on “減資にまつわる不思議な風習

  1. 理解不足かもしれませんが、VC担当者の気持ちもわかります。投資して間もない企業が減資というのは、欠損に気がつきながらも投資してしまったのか、十分な情報開示を受けられなかったからなのかの何れかになるかと思いますが、何れにせよキャピタリストとしての力量不足であるといわざる得ないと思います。
    VCが減資に反対するのは、減資することで引当をしなきゃならない(通常は簿価が下がるので)という社内事情だと思いますね。

  2. 以前JというVCに勤務しておりましたが、担当者によってファイナンスの知識レベルの格差は確かにありました。ただ、エントリの担当者は判りませんが、VCの減資に対するネガティヴさは(ファイナンスの知識がより低い可能性の高い)出資者に対する説明を考慮してのものだと思います。

  3. ベンチャーキャピタリストには、売った買ったしかやったことのない元証券マンみたいな馬鹿もいますので、しょうがないというか・・・。私の近くでは、会社法も知らないのに、定款変更案に口を出して矛盾だらけ(登記できない)の定款を作ってしまったなんてこともありました。

  4. 磯崎先生
    いつも興味深く拝見させて頂いております。
    以前にも質問させていただいたのですが、今回も1つ質問させてください。勉強不足で恐縮なのですが、
    このケースではVCが投資する時点ですでに欠損が大きかったとありますが、その場合、減資してきれいになった後にVCが投資するというのはないのでしょうか?
    それではVCに都合がよすぎますか?
    それとも、欠損がある場合には株価が低く投資できるとか
    メリットがあるのでしょうか??
    EXCAP 、Kさま
    申し訳ありません、VCに関して大学で勉強してものです。突然不躾にお聞きして申し訳ないのですが、ご質問させてください。
    �通常、欠損がある企業には投資をしないのでしょうか?
    欠損がある企業に投資をしたい場合はどうするのでしょうか?たとえば、研究開発型の企業とかで、いい特許はあるのだけど、いっぱい研究開発投資をし、、かつ税務会計で処理していた。会計士さんのショートレビューが入ったら、
    繰り延べ処理していたものも処理しなくはいけなり、
    決算書が大変なことになった・・というような場合もあると思うのですが・・・
    �投資した先が減資をした場合に、簿価が下がるとありました。その場合、株価は評価替えするのでしょうか?
    引き当てとあるので、評価替えせずに、引当するのだと理解したのですが、引当の理由は何なのでしょうか?簿価が下がるからでしょうか?
    �また、出資者に対する説明とはどのようなことが必要になるのでしょか?
    知識不足でおかしな質問をしているかと思いますが、もしもよろしければ教えていただけると幸いです。
    よろしくお願いいたします。

  5. ほんとうにそうですよね。
    資本金というのは総債権者に提供された担保であって、「出資者が出した金のうち、自由に引き出せない金」なのですが、なぜか、出資者に返還される金みたいに思われていますね。例えれば、不動産の1億円の根抵当が付いていて、それを5千万円に減額するという場合、土地所有者は普通喜ぶはずですが、逆に文句を言っているような話ですね。

  6. みなさま、コメントありがとうございます。
    「大学院生」さま、
    こうしたアレルギー反応があるので、なるべくバランスシートを「きれい」にしてから投資していただくようアドバイスさせていただく場合がもちろん多いのですが、例えば債務超過であって(しかし、将来性は有望で)、VCさんからの投資で初めて債務超過が解消する、といった場合には、VCの投資後までは減資しようがないわけです。
    株主価値評価というのは、その会社が将来稼ぎ出すキャッシュフローの現在価値を想定して決まることが多い(特に、アーリーな段階のベンチャー企業などでは、純資産の影響は小さいし、小さくしないと資本政策が組めないケースが大半)なので、欠損が表面上あるからメリットがある、ということは基本的にはまずないと思います。
    また、「減資」は、投資した株式の価値が下がっていると疑わせる要因のひとつかも知れませんが、少なくとも、会計上、減資をしただけで株式の評価額を下げる必要はないはずです。(本文のとおり、減資だけで会社の実態が変わるわけではないので。)
    VC内に、「減資を行った場合には、株式の減損について検討する」といった内規がある場合には(そういう内規は必ずしも不合理ではないと思いますが)、個々の担当者が減資をいやがるということはあるかも知れません。

  7. 大手VCでは、たぶん減資に反対しないと思います。
    先日、投資先に減資の提案を行ったところ、銀行系VCから激しい反対を受けてしまいました。半年前に別の投資先でもやはり銀行系から反対されました。
    VCで働いていても、債権債務の発想から離れられないのかもしれません。

  8. 大学院生さんへ、横からご返答。
    �通常、欠損がある企業には投資をしないのでしょうか?
    そういう企業の価値を見つけて出資するのがVCの本業(なはず)です。形式基準を満たさないと金を出さないアタマの堅いVCが多くあることは承知していますが。
    �投資した先が減資をした場合に、簿価が下がるとありました(略)株価は評価替えするのでしょうか?
    資本金の多寡そのものは、株式の評価としては、会計上も実態上も全く影響がないのですから、減資で簿価が下がるなんてことは考えられません。強いて言えば、磯崎さんのおっしゃる「VC内に内規がある場合のトリガー」くらいしか可能性が思いつきません。その場合でも、実態を精査するはずで、機会的に減損させる、なんてルールではありえないだろうと思います。減損にふさわしいとなれば、株価を評価替えすることになります。
    �また、出資者に対する説明とはどのようなことが必要になるのでしょか?
    組み入れ資産の資本金が減ったって程度の事実を、出資者に開示するかどうかは、ケースバイケースでしょう。(ファンドの規模と組み入れ対象の重要性によります)開示情報の質自体は、昔は千差万別でしたが、金商法で歯止めがかかるようになったのでしょうか>最近をご存知の方
    本題へ戻って、磯崎さんの「VCはファイナンス的に合理的な判断をする」って前提への疑義は、まさにおっしゃるとおりかと。サラリーマン的事なかれVCは昔から多くありましたが、イケイケ系で知識の浅いVCも明らかに増えていると実感してます。

  9. >大手VCでは、たぶん減資に反対しないと思います。
    ・・・と思ってたんですが、反対されたのでビックリしちゃったわけです。
    経験の浅い担当者が個人で勘違いしている、というならまだ話は分かるんですが、その上司の方からも「減資をするなら、まず、詫びを入れろ」的なことを言われているとなると、担当者の資質のムラというよりは、組織的な態勢の問題なのかと思って、「うーん」なのであります。
    (ではまた。)

  10. 過去のブログネタに関することで恐縮なのですが。
    日経新聞の社員持ち株制度では入社1-3年目ぐらいに1000株程度買わされるという話を聞いたことがあります。
    1株100円で売買しているので10万円程度ですが、一株純資産で見るとざっと総額1000万円分(2006年12月期連結で計算)の株式を10万円で買っていることになるかと思います。
    (類似会社比準法では計算していません。配当還元法だと配当利回りが20%程度(!)なので割引率の設定しだいでは相当高額になるかと思います)
    過去のブログでは
    >ただし、時価と100倍(1株あたり1万円)くらい差があっても、社員数が多いため1人あたりが譲り受ける株数が少なければ、贈与税の基礎控除額110万円に達しないから申告不要なことがほとんど、なのかも知れません。
    >(ただし、今後、団塊のおじさまたちが大量に退職しはじめると、申告が必要になるケースが生まれる可能性も増えるのではないかと思います。)
    と書かれていましたが、上記の話が本当だとすれば基礎控除額は余裕で超え、500万円くらいの贈与税が発生しますよね(株の移動が個人→個人と仮定した場合)。
    もちろん払っていないでしょうから、日経新聞の社員は新入社員のときから脱税状態になっちゃっているのでしょうか?

  11. >大学院生様
    �欠損がある会社であっても投資は行います。債務超過の企業に対して第三者割当増資を行い、それから減資を行うというスキームをとることももちろんあります。
    �基本的には株価(企業価値)は変わらないはずです。VCにとって重要なのは「シェア」です。そういう意味では、ダウンラウンド・ファイナンスについては強烈に反対する動機はありますが、減資に対して特に反対する意味はないと思います。事業面での必要性が低ければ(例えば顧客が資本金により企業の信用度を判断している場合などではなければ)、資本金の額はむしろ小さいほうがいいのではないかと思います。税務的なメリットもありますしね。
    �基本的には、出資者に対して四半期ごとに企業の事業や決算の状況をアップデートするようなレポートを提出していると思います。減資というのはやはり「重要事項」ですので、レポートの報告事項にはなると思います。評価損に関しては、決算状況等を踏まえて「上場可能性」を元に判断しているのではないかと思います。例えば、(あくまでも想像ですが)「1:1年以内に上場見込み」「2:2年以内に上場見込み」「3:上場まで3年以上」「4:上場の見込みなし」「5:売却交渉中」などというような……そして、それぞれのランクに応じて減損・引当を行うのではないでしょうか。
    >上司の方からも「減資をするなら、まず、詫びを入れろ」的なことを言われている
    「侘び」とか「寂び」とか言い出すこと自体がそもそも合理的な方ではなさそうですね。やれやれ……

  12. 磯崎先生、元IB現PB さま、k さま
    質問にご丁寧にご返答いただきありがとうございました。
    お答えいただいたお陰で、疑問点がすっきりしました。。
    すぐにレスをつけて頂いたのに、私のお礼が遅くて申し訳ありません。
    論文で読むVC(いわゆるアメリカのVC)と日本のVCとの実際の差がいろいろとあるなという理解と、その差を生み出す要因は何なのか、、改めて考えました。
    組織要因なのか、人なのかどちらの要因が大きいのか調査できたらいいな・・・と将来のネタにしようと思います。
    本当にありがとうございました。

  13. 乗り遅れてしまいましたが、
    減資=>株主責任といったフレーズが大昔、マスコミを賑わしたことがあり、
    こんな大誤報を大新聞がやっていいものかと怒り心頭した若い(青い)記憶があります。
    ttp://fallin-attorney.blog.drecom.jp/archive/40
    日経は正しい報道をされたようですが。
    減資(たぶん株式併合併用)のあとに、有利発行が承認されてしまうと不利益はありましょうが。。。

  14. いつも拝見させていただいております。
    エントリに直接関係はないのですが、ITバブル時代に、50万円の株価でVCから「高い!」と言われたベンチャーが、1:10の株式分割を行って再度出資依頼に行ったところ、同じVCから「5万円とは安いじゃないか」と言われたという逸話を聞いたことがあります。。。ライバル関係にある上場企業の「株価」を比較する報道もいまだにありますよね。大手銀行の行員でもDCFを多くの人が知らなかった時代もそれほど昔のことではありません。
    VCだけでなく、金融業界全体的にまだまだ未熟なのかと思います。