福井氏の村上ファンドへの出資と投資組合契約の締結実務

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本日の朝日新聞一面トップに、「福井氏専用の投資組合」というタイトルで、福井氏が、村上ファンドに直接出資をするのではなく、「福井氏専用の」投資組合を別途設立して、その組合経由で投資をしていた、という記事が載っています。
また、その記事を取り上げたフジテレビの「とくダネ!」では、経済評論家の高木 勝氏のコメントとして、
「自分専用の口座を作っていたということになると、簡単に一人だけ脱退することも可能だったわけで、福井氏ももうおしまいだ。」
といった趣旨のことが伝えられてました。
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おそらく、ほとんどの方は、「投資組合の契約書」というものを実際に見たことがないので、なぜこういうややこしいことをするのかイメージが湧かないと思いますが、こういうストラクチャーは、以下のとおり、「民法上の組合というものの性質」「証券市場の自由化による、投資の裾野の広がり」から、事務手続き上、ある意味当然の帰結として発生するとも言えるんではないかと思います。

「第三者に対する匿名性」と「投資家間の匿名性」
「匿名性」といったときに、マスコミや一般の方々は、まずは、「ファンドの第三者から見て、誰が投資しているかわからないようにするための匿名性」(なんか、やましいことしてんじゃねーの?)というのをイメージされるかと思います。
しかしながら、(はじめから悪いことをしようと思って組合を組成するような場合はさておき)、投資組合契約を締結する際に、まず実務上問題になるのは、「組合員間の匿名性」なわけですね。
民法上の組合は、法人格もありませんし、もともとが「みんなでなんかやろうぜ」というためのvehicleなので、組合契約というのは、「組合と投資家の1:1の相対(あいたい)契約」ではなく、「組合員n人の間での多人数間の契約」になります。
これに対して、投資信託を買うときも、公募された株式を買う場合にも、投資というのは、「他にどんなやつが出資してるか」なんてことはわからないのが普通ですし、もしわかるとしたら投資したくないですよね。
(公開するベンチャー企業のIPO株に応募したら、「おっ、自民党の代議士の○○氏も投資してるぞ」とか、インド株ファンド買ったら「芸能人の△△や、うちの会社のとなりの課の××も買ったのか〜」てなことがわかったら、かなりイヤかと・・・。)

組合の契約書の締結イメージ
ということで、「組合員n人の間での多人数の契約」である組合の契約書がどういうことになるかというと、組合契約の最後のページに、ズラズラズラーっと組合員の記名とハンコが並ぶわけですね。
(たとえば、40人組合員がいたら40署名。)
では、このハンコをどうやって押すか。
3人くらいの顔見知りが集まって作った組合だったら、「山田さん、ハンコ押し終わったら、次に鈴木さんにまわして、次は福井さんに回すように言っといてね」でも済みますし、そもそも3人集まってハンコを押せばいいわけです。
ところが、これが例えば40人ともなると、同時に集まろうにも、時間調整も至難の業。
また、実印を持ち出せない規定になってる会社もあるでしょう。
では、持ち回りで押印してもらうかというと、40人もいると、ぐるぐる書類を回している間に、
「すみません・・・あの契約書、どっかいっちゃいまして・・・・、大変申し訳ないがもう一度お願いできますか?」
てなことになりかねない。
トラブルがなくても、40人も回していると、押印だけで1ヶ月以上かかっちゃったりするかも知れません。
そもそもそれ以前に、お金を出してくれる人がみんな仲良しとは限らないわけですね。
特に、お金持ちは自己主張の強い方も多いので(笑)、例えば、仲の悪いIT系企業社長のAさんとBさん両方に出資してもらいたいと思っても、
「あいつの名前が書いてある契約書なんかに、ハンコが押せるか!」
てなことを言われたりすると、
「まあまあまあ、ここはなんとか・・・」
てな調整を40人分やるというのは、これはもう、至難の業になるわけです。
また、普通の契約書というのは、参加する当事者の数だけ作るのが普通ですが、仮に40人いる組合で40通の契約書にハンコを押さないといけないとすると、ハンコを40×40で1,600箇所も押さないといけないわけで。(追記:「袋とじ」の押印もするとなると、×2で、3,200箇所ですね。)
ということで、結局、たいていの場合は、組合員から押印の委任状をもらって、出資者の会社の社員の人や業務執行組合員が、組合員にかわって押印したりするわけですね。
また、契約書は、
「40部作成し、各組合員がこれを1通ずつ保有する」
ではなく、
「正本1通を作成し、業務執行組合員が正本を、一般組合員がその副本を保有する。」
というように、組合員が1回づつだけハンコを押せばいいようにしているのが普通ではないかと思います。
組合の契約書といっても、日本の代表的なものは、せいぜい20ページ程度のはず。
委任状をもらうなら紙1枚でいいわけですが、あと19ページ(用紙代、10円弱くらい?)程度紙代を使えば、子組合が設立できて、他の組合員への「個人情報の流出」を防げますし、組合と組合員で相対契約を結ぶのと同じ程度の手間ですみ、組合組成の事務手続きは、相当、簡素化されます。

ファンドのなかった日本で「組合」を使うという苦肉の策
日本はファンド後進国だったので、ファンドにするための適当な「入れ物」(vehicle)がなかったわけですが、明治時代に出来た「組合」という契約を、海外の投資実務で使われるLimited Partnership等の代わりに使おうというアイデアは、先人の弁護士さんや、ベンチャーキャピタル、旧通産省さんの研究会などの努力によって、徐々に形作られて来たわけです。
昔は、例えばベンチャーキャピタルへの出資金というのは、銀行等の機関投資家などが1口一億円づつ、といった大口で出資するのが常でしたので、そういう有名大企業の名前が組合契約書に並んでいても、「ふーん」という感じだったかと思われますが、証券市場が自由化され、投資の裾野が広がるにつれ、株式や投資信託と同様、「同じファンドに投資してるとはいえ、名前がわかっちゃうのはヤダなあ」というニーズは、当然、生まれてくるわけですね。(みなさんが投資するとしても、やですよね?)
通産省さんが、「じゃあ子組合を作ったら?」というアイデアを出したわけじゃないと思いますが、上記のように、手軽に「組合員間の」匿名性が確保できるとなれば、それは、当然、そうするはずです。
マスコミや一般の方々は「組合を作る」というと、おそらく、何十万円・何百万円のコストがかかるようなイメージをお持ちじゃないでしょうか。
(もし、福井氏のために1つペーパーカンパニーを作ろう、というのでしたら、当時なら資本金を入れて数百万円かかったでしょうけど・・・。)
このため、「福井氏専用の投資組合」というと、何かものすごいことに聞こえるのかも知れませんが、組合というのは、単なる民法上の「契約」なので、1つ余分に組合を作るコストは、上記のとおり紙代だけなら、せいぜい数十円程度のことなわけです。
もひとつ、「第三者」に対する匿名性ですが。
やはり、ファンドとか「民法上の組合」というのは昔は(今でも)理解されていない面がありまして。
2000年ごろですが、本店所在地が九州の会社が行った第三者割当増資の際に、ファンド(組合)が出資したところ、その九州の法務局から、
「民法上の組合ってのは、株主になれるんですかねえ?」
という問い合わせがありまして(苦笑)、
「組合契約書を見せてください」、
てなことを言われたこともありました。
(当時でも、都心の法務局では、そんなことを聞かれたことはなかったんですが、23区以外の法務局になると、「そういうのやったことなくて・・・よくわかりません・・・」というのは多いです。)
株式会社が第三者割当増資に応ずるときに、「おまえの定款を見せろ」とか「株主名簿を見せろ」というようなことは言われないですよね。
「組合」という「箱」はなじみがないので、このように、「組合契約というものが実在するんだよ」、ということを示す必要も出てくる場合も往々にして考えられますので、組合契約に出資者の名前が全部具体的に載っていると、うっとうしい。
子組合の名前だけが記載されるようにしておいたほうが、いちいち、コピーして組合員の名前を塗りつぶして・・・といった作業をしなくて済む分、事務担当者としても楽チンなはずです。

福井氏は、脱退できたか?
報道では、
「福井氏は、解約しなかった理由として、『自分だけ抜け出すのが適当かどうか考えた』と答えているが、『福井氏専用の投資組合』だったんだったら、自由に抜けられたはずだ。」
てなことも言われています。
結論からすると、私は、福井氏が、
「今度、日銀総裁に就任するので、株式のたぐいはすべて処分しようと考えている」
と村上ファンド側に告げれば、そのポジションの特異性や、就任のご祝儀ムードもあって、「いいですよ」ということになった可能性は高いと思います。
ただし、(ホントに日銀総裁が株を処分するべきなのかという点は、ややこしいのでさておき、一般論として)自由に組合契約を解約できる契約書にはなっていないはずなんですね。
というのも、ファンドというのは、(流動性の極めて高い資産に、マーケットインパクトを与えないように少額ずつ分散投資するようなファンドを除いて)、ベンチャーキャピタルとかプライベートエクイティとか、村上ファンドのような大量の株式を取得するものまで、換金を急ぐと損失が発生する可能性があるので、組合員が勝手に自由なタイミングで資金を引き上げることはできないように、

組合員は、原則として本組合を脱退することができない。ただし、正当な事由がある場合には、業務執行組合員に対し○日以上前に通知することにより、本組合を脱退することができる。(←あくまで一例。)

みたいなことが書かれているのが普通です。
(つまり、「個人専用の投資組合」といっても、組合は2人以上でないと作れませんので、(朝日新聞の報道では、オリックスとの)「二人組合」になっていたはずです。)
「正当な事由」というのは、「借金で首が回らなくなっちゃって」とか「親父の手術費に多額の費用がかかるので、たのむ」みたいな事態を典型的には想定しているわけですが、
「日銀総裁になるから、契約をやめさせて」というのは、「株式投資」ということ自体が悪なわけじゃないですし、(少なくとも当時)村上ファンドが犯罪を犯している可能性があるというわけでもなかったわけで、「正当な理由」としてどうなんかなあ・・・と、相当、言いづらかったんではないか・・・と思います。

(ご参考まで)

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12 thoughts on “福井氏の村上ファンドへの出資と投資組合契約の締結実務

  1. 福井氏にとって「日銀総裁という職責からファンドから資金を引き上げたい」ということが、本当に「正当な理由」として言いづらいことでしょうか?それならばなぜ今年の2月に解約申し込みをしたのかも不思議になってきます。その理由も「ファンドが当初の志とは異質なものになってきたと感じたら」と言っていますし。「日銀総裁に就任するから」という理由は、こんな理由付けより遥かに「正当な理由」だと思いますが。

  2. 私も報道を見てヴィークルを複数噛ませただけで胡散臭いもの扱いというので「ちょっと待て」と思ったんですが、大変すっきりしました。ありがとうございます。
    解約の話についても同感です。「申し出れば好意で応じてくれた可能性はある」としても、そうした「好意」を要求することや、総裁就任が公表されるタイミングとの兼ね合いもあるでしょうし・・・脇の甘さは否定できないとしても、陰謀論的に解釈するには論拠が不足しているという印象です。

  3. 読みごたえのあるエントリー連発で、非常に興味深く読ませていただいております。
    http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-06-28/2006062802_03_0.html
    どうも国会ではこんな話があったらしいですね。
    (赤旗サイトなんてgoogle newsがなければ見ることもなかったのに。google様はスゴい!)
    これって、以前isologueでもお話があった件ですよね?
    http://www.tez.com/blog/archives/000224.html
    総裁はこれまで「一任勘定だから問題はなかった」的な弁解をしてきた経緯があるわけで、ここを突かれるのは結構痛いんじゃないかと想像するのですが、いかがなものでしょうか?

  4. 村上さんと証券取引法をはじめ素晴らしいエントリー続出ですが、
    今回もとてもわかりやすいエントリーをありがとうございました。
    組合の協議書が、遺産分割協議書みたいに身近になりました。
    遺産分割協議書も、40人もいたらと想像するだけで、
    オレはこんなものにハンコは押せねえ!って暴れる人、なくす人、印鑑登録をやってない人、
    海外放浪中で行方不明、海外に駐在しちゃって印鑑証明が存在しないなど
    踊っちゃうほど大変な風景が次々と。。。
    一人ひと押し一枚ぺらの協議書!!!なんとも便利でクールですね。羨ましい。
    遺産分割もこの方法が適用されてほしいなあ、、、
    報道やワイドショー的には、都市伝説のようにささやかれる
    「VIP口座」のイメージを出していくんじゃないでしょうか。
    協議書の仕様だ、という指摘こそが、今本当に必要な情報ですね。
    総裁就任のときに解約しなかったのはモラルとしてまずいし
    辞めざるをえない状況にはあると思いますが、自分専用の投資組合という言葉が
    どうもひとり歩きしているような気がしますね。

  5.  Isologuさん、時折拝見させていただいてましたが、初めてコメントさせていただきます。
    すばらしいエントリーをありがとうございます。
    実際、こういう投資をいくつかアレンジしてきた立場からすると、
    「意図的に身分を隠したい人はみんなこの手法を使っていた」などと言う
    すっ頓狂な批判の多さに、悲しいを通り越してあきれ返っていまして、
    こういった世間様にわかりの良い解説を付けていただけるのは実に嬉しいです。
     47Thさんもおっしゃっていただいてますが、かませたビークルの多さ=ズルや悪事を企図したもの ではないです。この形でビークルを二個かませるところまでは「常識」ですし、エクイティ型でない投資案件について、ケイマンとその東京支店を2個入れて、収益の課税を利子所得として20%源泉課税にできないかとというあたりまでは、なんら他に悪意がないファンドでも実例の多いところです。(最後の例は租税回避ではないかという議論はありますけど) 
     あと『福井氏専用の投資組合』だったんだったら、自由に抜けられたはずだ。」というXXな意見への反論は、「福井氏専用の投資組合でも、その投資先の親ファンドとの契約で厳しくクローズ制度があるわけだから、実態として抜けられない(子ファンドも、予め親に準じた契約にせざるを得ない)」という点を付け加えたいです。通常の投資信託のマザー・ベビーファンドの設定を考えれば、子が親ファンドの規定を意識した規定を持たざるを得ないことはアタリマエの話だと思います。
     それにしても、ライブドアで「匿名組合」スキームへの投資が引っ込んでVC関係方面の商売上がったりなのですが、今回の騒ぎで止めを刺された感じですかね(ToT)

  6.  初めまして、いつも充実したエントリーありがとうございます。
     私も日銀総裁が株を処分するべきなのか(それはいつだったか)という議論は横に置きまして、『福井氏専用の投資組合だったなら、自由に抜けられたはず』という点について、私見を少々。
     どのような組合においても脱退の権利自体は民法に基づいて確保されているものの、脱退したからといって即換金・返金されるとは限りません。
     以下の、経産省Webサイトの投資事業有限責任組合契約の解説(38条)においても、『実際上、即座に脱退した組合員に対する持分金額の払戻に充てることは難しいため』、(平たく言えば)払える現金が手元に入ったときに順次返金していけばよい、と書かれています。実際の組合契約には、順次どころか、組合が最後に清算するときまで返金を猶予できる、とされているものも珍しくありません。
     この点、銀行の定期預金を解約するのとは事情が違うので、仮に総裁就任前に脱退を申し入れていたとしても、いまだに返金を受けていない状態(見た目はファンドに投資したままの状態)であったかもしれません。
    http://www.meti.go.jp/policy/sangyou_kinyuu/pdf/LPSmodel12.pdf
     ちょっと横道にそれましてすみません。

  7. 契約の性格が民法上の任意組合ではなく、商法上の匿名組合なのでは?

  8. 日銀の福井俊彦総裁、村上ファンドへの1000万円の投資問題(4)

    6月28日発売の週刊現代のスクープ記事によって、福井日銀総裁のアホ臭い嘘が暴かれて福井氏はもう弾け飛んだと思われます。また福井氏と村上ファンドの怪しげな関…

  9. 誰も言わないので、不思議な感じがするのですが、2月って日経平均のピークの直前でした。(1万6500円)
    実際、4月にはピーク(1万7000円)を過ぎて下降していますので、下落直前に売り抜けています。
    景気動向をもっとも知り、それをコントロールできる立場の人物が、株式取引をするって、究極のインサイダー取引ではないのでしょうか?

  10. いつも勉強させていただいております。
    今更ながらなのですが、質問させてください。
    組合が株主になれるか?という法務局の方のお話なのですが、組合が株主ですか?
    便宜上、組合としてるだけで、本当の株主は組合に出資している組合員ということないのでしょうか?
    かつて投資事業組合による投資を始めた当初は、投資先企業の株主名簿には組合名ではなく、出資者名を書くように指導していたというのを聞いたことがあるます。それは、組合の本質は共同事業で、共有財産だからとのこと。
    何個もファンドをかませて投資している組合から出資を受ける会社の株主は誰になるのでしょうか?
    やっぱり投資をした組合が株主ですか?それとも、ずーと先を辿っていくべきなのでしょうか?
    話はずれるのですが、ライブドアの事件とかも「何個もかんでいるからばれないと思った」と宮内さんが裁判で言っています。
    持分変動事業体?とか、連結の範囲とかも含めてどう考えると良いのでしょうか。
    まとまりがなくなってしまいましたが、お時間あったら教えてください。よろしくお願いいたします。

  11. >組合が株主になれるか?
    正確に申し上げると、登記に株式申込書が必要で、その申込書に組合(の業務執行組合員(の代表取締役))の名前が申込者として書かれていたので、(都会ではよくあるケースですが)、地方の法務局の人が怪訝に思われた、ということです。
    各組合員ノ出資其他ノ組合財産ハ総組合員ノ共有ニ属ス(民法第668条)なので、(名義はさておき)経済的には、組合員間で共有(合有)している、ということかと思います。
    取り急ぎ。

  12. 磯崎様、遅くなりましたがご返答ありがとうございました。
    質問を書いた後に、企業会計基準委員会の投資事業組合に対する支配力基準の適用に関する取り扱いを見つけ、勉強不足なまま質問ており申し訳ありませんでした。。。
    今回の草案は、「そもそも連結の適用範囲だったよ」と書いてありますが、VC業界が出した要望書を見るといろんなところで規制をかわすための「共同事業性」が通らなくなったのかなと理解しています。
    本当にありがとうございました。