Googleのコーポレートガバナンス

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Krpさん(「種類株」)梅田望夫さん(「GoogleのIPO申請、そのやり方に異議あり」)が取り上げられていた、Googleの1株で10個の議決権を持つ「Class B common stock」にかかわるガバナンスの問題について、ですが。
株主総会での議決権の比率は問題になるか?
梅田さん曰く:

問題の本質は、公開後のコーポレートガバナンスにある。2人の創業者が、一般の普通株に比べて強い議決権を持つ別種の普通株を保有し続ける構造をGoogleは提案しているが、これは許容すべきではない。そして、もっといえば、その背後にあるGoogleの唯我独尊的経営思想に危険を感じ、深く懸念する。株式公開という重要なターニングポイントにおいて、その点を、きっちり創業者たちにわからせておかなければならない。

通常、コーポレートガバナンス論では、取締役や監査、内部統制の仕組みなどについてはよく論じられますが、特定の株主グループの議決権比率が高いことが理論上問題になるということはあまりないと思います。持株比率が高いのはダメということだと、子会社や関連会社ではコーポレートガバナンスの仕組みは構築できないということになってしまいますので。
Googleが今回とったスキームは、「創業者の意のまま」を意図したものというよりは、「ポイズンピル」的な買収対抗策として、米国では比較的よく用いられる考え方の延長線上で理解できるものではないかと思います。
(GoogleのS-1
http://www.sec.gov/Archives/edgar/…/ds1.htm
のP89からの「Anti-Takeover Effects of Delaware Law and Our Certificate of Incorporation and Bylaws」参照。
以前書いた、「企業買収対抗方法の「特許」」で掲げたポイズンピル特許の記述も、米国でのポイズンピルのスキームを研究するのに参考になります。)
例えばこれが株主総会ではなくて取締役会の議決権について、「(社内の)経営陣は一人当たり社外取締役の2倍の取締役会の議決権を持つ」というようなことであればガバナンス上大問題ですし、「Class B common stock」1株が「Class A common stock」10株に転換できる、というような話なら、経済的にもズルっぽいわけですが、そうではないですし。
もちろん、梅田さんは議決権だけを問題にしているわけではなくて、それを端的な例としてGoogleに「唯我独尊的経営思想」が感じ取れるということを問題にしてらっしゃるということだと思います。
私は、Googleの経営陣に会ったこともないので、その方々が唯我独尊的思想の持ち主なのかどうかは存じませんが、一般にIPO時の開示資料では「適合性の原則(Suitability Rule)」(に関わる訴訟)を考慮して「こういうリスクもああいうリスクもあるよ(それでも株買いたいなら買え)」的な表現に傾きがちなので、そうした表現が「唯我独尊」的に感じられるのだ、とも考えられます。(このS-1の文章は、シリコンバレーの有名弁護士事務所Wilson Sonsini Goodrich & Rosatiのチェックもばっちり入っているものと思われます。)
社会的、経済的ガバナンス
今回のIPOを考えて見ると、今まで正確な売上や利益もわからなかったGoogleが詳細な情報を開示するという点で大きな前進がありました。加えてGoogleは、(時価総額20億円程度の小型株などとは違って)、「世界が最も注目する公開企業」の一つになるわけです。Googleが今後開示する情報は、アナリストやSECをはじめとする世界中の人からそれこそ舐めるように読み込まれ、Googleは、ちょっとでも怪しげなことをしたら訴訟等を覚悟しないといけない、財務資料をごまかそうとしてもErnst & Youngが見張ってる、といった、「超監視構造」の中に組み込まれることになります。
また、株価が下がるようなことをすれば、経営陣も自分の財産に1000億円単位で損害を被る可能性があるわけです。唯我独尊でなく「他人の意見を聞く」ということも含めて、経営陣は、会社を成功させようという方向にインセンティブが働くと考えるのが自然かと思います。
何をgovernすべきなのか
取締役等の役員が監督すべき観点には、(1) 会計処理の適正性、(2) 適法性、(3) 妥当性があると言われています。
例えば、エンロンで問われたのは主として(1)と(2)、特にSPCを多数使って粉飾を行い、(1)の会計処理の適正性を欠いたということでした。
エンロン後の企業改革法(Sarbanes-Oxley Act)の成立で、こうしたことを防止するための監査法人等に関するルールの強化、内部統制の拡充、などのしくみも導入されてきています。また、Googleの従業員は2004年3月末で1,907人(S-1 39ページ)。会社として決して小さくはないですが、Googleは収益構造も比較的単純で、エンロンのように、(1)や(2)のレベルのガバナンス上の問題が発生する可能性は比較的小さいのではないかと考えられます。
問題は(3)の業務執行の妥当性の監督について、です。これは、技術やマーケティングなど、Googleが成功するか失敗するかの意思決定すべてに関わってくる非常に範囲の広い概念で、取締役会の各directorの力量が問われるところです。
directorの監督は期待できないか?
ということで、一体どういうメンバーがdirectorをやっとるんかいな?、ということになるわけですが、

ボードメンバーが、これまでのルールを破るこんな異例な資本構造を導入したいと望むわけがないから創業者の無理が通った結果に違いないが、こんな案を是認したボードも腰抜けだと思う。

と、梅田さんが「腰抜け」と呼んだボードメンバーは9人。経営陣からはEric Schmidt、Sergey Brin、Larry Pageの3名で社外取締役は以下の6名です。(S-1の69ページ以降)

L. John Doerr: ベンチャーキャピタルKleiner Perkins Caufield & ByersのGeneral Partnerで、Amazon.com、 drugstore.com、 Homestore.com、Intuit、palmOne、 Sun Microsystemsなどのdirectorを兼任。
John L. Hennessy:Stanford大学President、Cisco Systemsの取締役経験者。
Arthur D. Levinson:Genentechの会長兼CEO、Apple Computerのdirector等経験者。
Michael Moritz:これも言わずと知れたSequoia CapitalのGeneral Partner。
Paul S. Otellini:IntelのPresident and COO経験者
K. Ram Shriram:Netscapeの初期経営メンバー、(Amazon.comに買収された)Junglee のCEO、Amazon.comのVice President of Business Developmentなどを歴任。

もちろん、最も大事なのは個々の取締役がどの程度真剣にGoogleおよびその株主のことを考えて行動してくれるかどうかという「精神面」であって、メンバーのブランドや機構論はそれを形式的に支えるものでしかないわけですが。
経営者が親戚のおっさんや、自分の思い通りに動く昔の同級生などで取締役会メンバーを固めてるとかいうのであればガバナンス上大きな問題ですが、上記のメンバーは少なくとも形式的には「これ以上どうせいっちゅーねん?」という経歴の方々です。
また、S-1の71ページによると、現在は株式などの種別ごとに取締役選任権がありますが、「Upon the closing of this offering, these board representation rights will terminate.」と書いてあります。では、IPO後は議決権にモノを言わせて経営陣が親戚のおっさんをかき集めてdirectorに据えられるのかというと、それは(社会的なプレッシャーからも)無理ではないでしょうか。
結局、経営者を直接governするのは取締役会なので、そのメンバーがちゃんとした監督をする人たちであれば、会社としての妥当性や透明性は保たれると考えられます。
「代わり」はいるのか?
梅田さんがおっしゃるとおり、シリコンバレーでは日本のように、創業者が「わしの目の黒いうちは社長の椅子は渡さん!」といってるみたいなノリとは無縁で、創業者より優秀な経営者候補がいれば、資本の原理に従って企業価値をより高められる人が経営者に付く、というシステムになっているようです。
ただし、これはあくまで企業価値をより高められる人がいれば、の話で、創業者がそのまま経営陣にいたほうが企業価値が上がると合理的に考えられるのなら、何も経営陣からはずす必要はないはずです。
Sergey BrinとLarry Pageのお二人は、どの程度「代えのきく」方々なんでしょうか?
その程度の人なら世界に何人かはいそうな方々なのか、Googleの事業を行うのに余人をもって代えがたい方々なのか。
本人らも、「こいつがやったほうが俺がやるよりも株が上がる」と明らかに思われる人が現れたら、とっとと役員を辞めて株を売っぱらい、カリブの豪華別荘で暮らせばいいだけです。BからAに転換すると、議決権は1/10になりますが、経済的価値は変わらないわけですから。
というか、たとえそういうことを考えていたとしても、IPO時の資料に「僕より才能のある人はいくらでもいると思うので、いい人が現れたら交代しても全然構わないっすよ」なんてことは書く必要もないと思います。
予想されるスキーム構築の経緯
「Class B common stock」は最近IPOに向けてあわてて発行されたものではなく、少なくとも2001年中には発行されていたようです。また、同じく1株で10個の議決権を持つClass A Senior common stockは、設立のときからあったようです。(S-1のF-5、F-6ページのEquityの推移、F-28、F-35ページ等参照。)
さらに、S-1の1ページには、「GoogleはCalifornia で1998年9月に設立されたが、2003年の8月にDelaware州でreincorporatedした」と書かれております。
つまり、梅田さんは「ボードメンバーが、これまでのルールを破るこんな異例な資本構造を導入したいと望むわけがない」とおっしゃいますが、VCは「もともとそういう資本構造の会社」に投資したし、directorたちは今までのIT系事業に関わってきた見識からプロコンを考えた上で、従来から存在したClass B common stock をGoogleの今後の事業展開のためにあえて残し、Delaware州法も活用したAnti-Takeoverのスキームの中に位置づけるほうが望ましい、と判断したとも考えられます。
対買収戦略をとることは「悪」か?
リスクファクターのしょっぱな(S-1の4ページ)に「We face significant competition from Microsoft and Yahoo」と書いてあります。ここで、製品やサービスなどの競争もさることながら、IPOした企業同士では、競争相手の戦力を無力化する手法として「買っちゃう」という手が使えるわけです。
(ご参考:「オープンな社会とベンチャー」
https://www.tez.com/blog/archives/000051.html
MicrosoftやYahooは、「ネットワーク外部性」などの外部性が極めて強く働くビジネスモデルで、経済学的に言えばいわゆる「市場の失敗」が発生している企業ともいえます。
そもそも、そういう「市場メカニズムで必ずしもgovernされない」相手に対して、こちらは市場の標準的な慣習に沿って戦う義理はあるのでしょうか?
みなさんがGoogleのdirectorだったとして、こういう状況で「Microsoftに買収されたら、それはそれで大金持ちになるんだからいいじゃん。買収対抗策なんて考えずにフツーのIPOで行こうよ。」と言えるかということですが。
上空から空爆される危険性が大いに予想されるにも関わらず、身を隠すところのない平原に丸腰で突撃することを勧められるかというと、私はちょっとその自信はないですね。
せっかく経営陣が1株で10個の議決権のある株式を持っているにも関わらず、わざわざそれを1/10の議決権しかない株式に転換しろと勧めたせいで、安めに買収されてしまった、または買収騒ぎのおかげで業績が悪化した、などということになれば、Kleiner Perkins やSequoiaに投資している投資家をはじめ株主からも訴訟を受けかねないのではないでしょうか。
「あり」か「なし」か
経営者の持株比率が低いために「本業」以外の(買収への対抗作業を含む)フィナンシャルな雑事に大きな労力を割かれて苦労しているベンチャー企業の経営者を多く見かけるので、私としては、こうしたスキームを採用したことについてはつい評価しちゃうんですけど。
もちろん、Googleのdirectorのに実際にお会いしてみたら、やっぱり「ただのお飾り」や「腰抜け」の方々で、目先の金に目がくらんだりクビが怖くて言いたいこともいえない方々なのかも知れません。また、買収対抗策をとったから成功が約束されるというわけではありませんし、通常より経営陣の主張がとおりやすくなるのは間違いないので、今後、経営陣の判断ミスでGoogleが破綻することになっても責任取れませんので、あしからず。
ただ、私の結論として、こういうAnti-Takeoverスキームを組み込んだIPOは(特にGoogleのような状況に置かれている企業の場合)「あり」だと思います。
(ではまた。)

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8 thoughts on “Googleのコーポレートガバナンス

  1. GoogleのClass A,B株について

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  3. 『例えばこれが株主総会ではなくて取締役会の議決権について、「(社内の)経営陣は一人当たり社外取締役の2倍の取締役会の議決権を持つ」というようなことであればガバナンス上大問題ですし・・・』
    グーグルの種類株は、書かれていることと同じ問題点をはらんでませんか?
    株主総会では認められて、取締役会では認められないというのはおかしいと思います。
    株主総会は取締役会よりも上位の意思決定機関ですよ。
    本当に開示すれば何をしても良いのか?
    エンロンやワールドコムのCEOがこのような種類株を保有していたらどうなったのでしょうか?

  4. Googleのガバナンス

    Googleのガバナンスに関して、面白い記事を書かれている方が多いので、ここで紹介させて頂きます。論点は、創業者2人が優先的な決定権を持つ株を持つという点です。 私は、正直このガバナンスが正しいのかどうかよりも、どうやったらGoogleみたいな企業が生まれるのか、の…

  5. googleのIPO関連

    メモメモ。 時間が空いたら考えよう。 GoogleのIPO申請、そのやり方に異議あり(CNET 梅田さん) GoogleのIPO、乗るか乗らないか 株式公開とコーポレートガバナンスと投資家と社会 Googleのコーポレートガバナンス GoogleのIPOに対する直観に基づく違和感(CNET 梅田さん…

  6. すごくわかりやすいと思いました。読ませて頂いてありがとうございました。
    「唯我独尊的経営思想」、これで今までやってきて成功した。だからこれからも「唯我独尊的経営思想」でいくとの宣言なのですよね。
    通りすがりAさんにですが、“エンロンやワールドコムのCEOがこのような種類株を保有していたらどうなったのでしょうか?”
    CEOが悪いことをするという前提があるのはどうしてでしょう。
    悪い方向へ行かせない自信があり、株主がいろいろ言うことのほうが悪影響を及ぼすと
    の考えからかもしれません。

  7. Google IPOのやり方は良くないのか?

    GoogleのIPOについての梅田さんの記事が話題になっている。 GoogleのIPO申請、そのやり方に異議あり (抜粋:CNET Japan) これまでの「公開企業の資本構造のルール」に則って、粛々と株式公開するので、何が不足なのか。Googleの唯我独尊的経営思想をチェックする機能を、…