「宗教」vs「科学」

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本日の日経ビジネスonlineの記事「今の資本主義はもう、やめてくれ - “森の国”の思想が次の経済システムを作る」は、昨今、いかにもアクセスを集めそうなタイトルではありますが、(狭い紙面でおっしゃりたいことがすべて反映されてるとは思えませんけど)、中身がちょっと「トンデモ」な感じに見えてしまいます。
すべてを一神教のせいにするというのもさることながら、キリスト教のせいで森林が伐採されたというのは、いかがなもんでしょうか。


インタビューを受けている国際日本文化研究センターの安田喜憲教授は三重県ご出身とのことで、伊勢神宮や式年遷宮についても触れられてます。
しかし、先日見たNHKの番組によると、現在の伊勢神宮の裏手の広大で豊かな森林は、江戸時代にはハゲ山だったと。
番組によると、当時は、国民の4分の1もがお伊勢参りに押しかけて来る時代だったが、石油や石炭がなかったので、参拝客の食事を煮炊きする等の燃料にするために木が伐採されてハゲ山になっちゃった。
神道の本宗であるところの伊勢神宮の森すら、そういう扱いをするということは、「多神教だから森を大切にする」とは、とても思えません。
番組によると、伊勢神宮の森を救ったのは明治期に計画的な植林が行われたからだ、とのことです。一神教的な技術によって掘り出された石炭や石油のおかげで森林が伐採されずに済むようになったからだ、とも言えるかと思います。
また(確か)放送大学の「進化と人間行動(’07)」でも、狩猟採集民族などが、自然を保護する文化を獲得しているかという研究で、森と生活する人が必ずしも森や自然の均衡を保つ文化を持つことにはなっていない、という結果を紹介していたかと思います。
ちなみに、先日、沢尻エリカ様ご結婚で注目が集まった明治神宮ですが、あの明治神宮のすばらしい森は、私はてっきり、太古からの森があそこだけ開発されずに残ってるのかと思ってたんですが、大正初期に明治神宮の造営が始まるまでは、あそこは木がまばらにしか生えてない原っぱでしかなく、100年計画で森が人工的に作られてああなった、と知って驚きました。(これは、同じくNHKの「ブラタモリ」 で紹介されていたお話。)
日本の神道に関わる2つの美しい森は、「多神教」によって培われたものというよりは、林学という「科学」によって作られたものかと思います。
日本人がずっと「もののけ姫」的な世界を生きて来た、という歴史観を持たれている方がいらっしゃるとしたら、それは、ちょっと違うんじゃないでしょうか。

とはいえ、「一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)」が今の世界に大きな影響を与えているというのは、まぎれもない事実であります。以前のエントリにコメント欄で、「素人が宗教の話をするな」といった趣旨のご注意をいただきましたが、政府は政教分離の原則により宗教の話が全くできないこともあって、「一般の人」こそ宗教が現代社会に与える影響について考えていかないといけない時代なのではないかと考えております。
この一神教の浸透度合いについては、非常にビジュアルで刺激的な地図として、Wikipediaにあった以下の一神教の浸透具合の地図があげられるのではないかと思います。
350px-Abraham_Dharma.png
出所:http://ja.wikipedia.org/wiki/アブラハムの宗教
(これも出所不明で要注意な図ではありますが。)
また、小飼弾さんところの書評で拝見して買った本
 

人類は「宗教」に勝てるか—一神教文明の終焉 (NHKブックス)
町田 宗鳳
日本放送出版協会
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おすすめ度の平均: 4.0

5 信仰のある人に読んで欲しい
5 蛮勇を振るう著者
5 今、必要なものは「祈り」
3 「無神教」の説明が曖昧で、種々の言説の「いいとこどり」に終っている。
2 テーマが壮大...すぎるかな

 
も参考になるかと。
著者の町田宗鳳氏は、
「14歳で出家し、以来20年間、京都の臨済宗大徳寺で修行。1984年に寺を離れ渡米。ハーバード大学神学部で神学修士号およびペンシルヴァニア大学東洋学部で博士号を得る。プリンストン大学東洋学部助教授、国立シンガポール大学日本研究学科准教授、東京外国語大学教授を経て、現在は広島大学大学院総合科学研究科教授、オスロ国際平和研究所客員研究員(ノルウェー)、国際教養大学客員教授、日本宗教学会評議員。」
とのこと、です。
ただ、「一神教文明が終焉」とは、今のところまったく思えないですね。
特に、「自由」とか「市場」という考え方は、私も、キリスト教無しでは生まれなかったかも知れない、と思いますが、それはもう、とうの昔に宗教からは切り離され、科学的な装いを身にまとった独立した存在として、世界に浸透しているので。
また、日経BPさんに送っていただきましたこの本。
(ありがとうございます。>日経BPさん。)
 

すすんでダマされる人たち ネットに潜むカウンターナレッジの危険な罠
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の第2章「新しい進化論(クリエイショニズム)とイスラム圏 – 進化を続けるアンチ進化論」でも、アメリカではそもそも進化論を信じてない人が相当数存在する、ということが紹介されています。
こういう宗教的な話というのは、注意していてもアヤシイ感じになっちゃうので、中立的・客観的な研究をベースに議論する必要がありますが、そういう意味では、放送大学「現代の国際政治(’08)—9月11日後の世界—」の第三回「アメリカの中東政策」が、強烈かつ参考になりました。
(今、手元に録画したBDがないのでインタビュー相手の大学の先生の名前が思い出せませんし、間違いがあったら後で訂正させてもらえばと思いますが)、アメリカ人のなんと約4割は「キリスト教保守派(キリスト教原理主義派)」で、この方々は、程度の差はあれ、ダーウィンの進化論は信じていない(必ずしも「世界は数千年前に神が6日で作った」と思ってる人ばっかりじゃないが、ダーウィンのように生物が「偶然に」今のような姿になったとは信じておらず、何者かの「デザイン」が行われて世界が作られたと思っている。)ということが述べられてました。
また、NHKの「探検ロマン世界遺産」のランス・ノートルダム大聖堂の回が、非常に参考になったんですが、フランスは独立革命以来、政教分離原則(ライシテ[Laïcité])が徹底しており、カトリックの信者である小学校の先生が、授業では絶対に宗教から中立的な観点を守る、という授業風景が放映されてました。
この点は、「学校で進化論を教えていいのか?」といった議論をしているアメリカとは大違いかと思いますし、「欧米か」とひとくくりで話すのは違うんでしょうね。
また、前述の「現代の国際政治(’08)」の第三回では、いわゆる「ユダヤ陰謀論」的な見方を否定し、「ユダヤ系アメリカ人は人口比の割にアメリカの政治に極めて大きな影響を与えているが、絶対的な存在ではない。」というのがなかなかうまく伝わらない、とおっしゃりつつ、具体的にどのようなロビイングのプロセスで影響力を行使しているか、また、ユダヤ系の人も万能ではないという例としてどのような事象があげられるか、といったことが中立的観点から説明されています。
さらに、アメリカの中東政策、特にイスラエルに対する援助はアメリカの対外援助額のなんと2割にも上るが、これを支えている力はユダヤ系アメリカ人だけでなく、前述のキリスト教保守派の力が非常に大きい、ということも示されてます。
この「現代の国際政治(’08)」、全15回全部拝見しましたが、いや、すばらしい内容でした。
第二回の講義の最後に、また、「テレビはウソをつくので、テレビと高橋の講義については気をつけてください」てなことをおっしゃってましたので、もちろん、懐疑的な視点は持ちつつ拝見させていただきましたけど。:-)
単に、「アメリカの今のやり方じゃ世界はもうだめだ」とか「多神教的世界観を持て」といった話ではなくて、こういう中立的・客観的な情報を元にした具体的な議論こそ、今の日本や世界に必要な気がします。
つまり、人類が今最も気をつけないといけないのは、「一神教」ではなく、「中立性」「検証可能性」「反証可能性」といった考えを受け付けない原理主義的な考え方であり、今、日本を含む世界にとって必要なのは、そういった意味での「科学的なものの見方」ではないでしょうか。
「一神教が諸悪の根源」といってしまうのは、「イスラム教徒は全員テロリストの可能性がある」と言うのと同じく、大きな過ちではないかと思います。
(放送大学の番組ばっかりで恐縮ですが、「道徳教育論(’05)」などを拝見すると、日本は戦前の道徳教育などの反省から、戦後、政教分離はもちろんのこと、倫理観というものすら、教えるのに非常に腰が引けている感が否めません。
例えば、市場経済に必要な「法」というのも、明文化された条文だけでなく、背後に国民に共通した認識として存在する倫理観のインフラがあってこそ機能するものではないかと思いますが、日本に戦後、それがなくなっちゃったのは大きな問題じゃないかと思ってますが、それはさておき、)
どの先進国も政教分離主義を掲げているので、少なくとも、新しい宗教的な考え方を政府の協力で普及させることはできません
「宗教」というのが「プレゼンテーション技術」のかたまりであるのに対し、科学というのは、地味で小難しいため、決して魅力的ではないわけですが、以上のように考えてくると、たとえ難しくても、まだろっこしくても、時には怪しい説があっても、「他に耳を貸さない原理主義」に対抗できる人類の代替案は、「科学」しかないんじゃないかと思います。
(ではまた。)

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13 thoughts on “「宗教」vs「科学」

  1. 面白く拝見させていただきました。
    >「他に耳を貸さない原理主義」に対抗できる人類の代替案は、「科学」しかない
    というのはその通りなのですが、おそらくは科学にも耳を貸さない人も多いので、原理主義に流れる人の抑止力にしかならないんですよね。
    「彼らの愛する原理原本は、こんなにも科学的に実証できる」というアプローチが必要で、科学をもって否定するというスタンスでは彼らも納得しないんじゃないかと思います。

  2. >「他に耳を貸さない原理主義」に対抗できる人類の代替案は、「科学」しかない
    進化論というのはそれが発表された時はどういう扱いだったのでしょうね。いわゆる『トンデモ』系の扱いだったんでしょうか?
    ただ、進化論の場合、トーマス・ハックスレーという当時のインテリの代名詞のような科学者が『ダーウィンの番犬』といわれるほどに、反対論者に対して戦ったと記憶しています(たしか、立花隆さんの本ので読んだような・・・)。
    ハックスレー家といえば英国きってのインテリを輩出する家系ですよね。
    しかも、トーマス氏は当初進化論に対して懐疑的見方をしていたものの、進化論の科学的見解の確かさに進化論擁護者に『転向』したと。
    科学的なものの見方ができることと同時に、ある種の『寛容さ』と『信念』が大事なんではないかなと思ったことを覚えています。
    そういう雰囲気をもってたからこそ、ハックスレー家は多様な有為の人を輩出したのでしょうかね。
    (直接関係のない話を長々とスイマセン。また、記憶違いの部分があればお詫びします)。

  3. >「他に耳を貸さない原理主義」に対抗できる人類の代替案は
    ありません。
    無宗教な科学者とかエコノミストが日本人に多いだけです。

  4. 宗教と科学

    宗教と科学。totoronです。 磯崎哲也さんのブログで、個人的にピンときた言葉がありました。 【ISOLOGUE「「宗教」vs「科学」」】 以前のエ…

  5. アマテラスの誕生—古代王権の源流を探る (岩波新書) 溝口睦子著 はむちゃくちゃ面白かったですが。

  6. 日系ビジネスの記事は、文明の後には砂漠が残る。でも、日本文明は、、、それじゃあこれからの経済はどうなるんだろう、という感じで読みました。
    的外れというよりは、なんで導入に記事を持ってきたのかがわからないくらい内容が理解できずに困惑してしまい、コメントしました。
    多々わからないことはあるんですが、宗教と科学は対立しているのでしょうか?どこかの本にかいていたんですか?あと、林が守られてきたものであっても、それがどう日経ビジネスの記事と相容れない根拠になるんでしょうか?よろしければ教えてください。

  7. >アマテラスの誕生—古代王権の源流を探る (岩波新書) 溝口睦子著 はむちゃくちゃ面白かったですが。
    取り急ぎ、Amazonのショッピングカートに入れさせていただきました。
    (ではまた。)

  8. >宗教と科学は対立しているのでしょうか?
    『宗教と科学』は対立してないと思います。宗教は(例えば、中世のスコラ哲学のように)学問の発展に寄与してきた面もあります。
    対立してるのは、カッコ付きの『「宗教」と「科学」』で、本文では、「原理に凝り固まって他人の話を聞かないこと」と「検証可能性や反証可能性を持っていること」という対比で使わせていただいております。
    >林が守られてきたものであっても、
    「守られてきた」のではなく、森は日本でも守られてこなかった、ということを申し上げております。森が荒れるのは、一神教か多神教かということには関係ないと思います。
    (ではまた。)

  9. 宗教と科学の対比はわかりました。
    あと、森は守られてきていると言っていいのではないでしょうか。現に今の伊勢神宮には豊かな自然があるじゃないですか。原生林を自然遺産として囲えば、それで守っている、といえるのでしょうか?自然との「共生」は触らずに囲うことなんでしょうか?
    そういうことを考えると、原生林のまま残すことは必ずしも「守る」ことではないですよね?経済というものも、そういう面で考えるべきだ、と言っているのだと、あの記事を読んで思いました。
    本来の「持続可能」とは?「共生」とは?というテーマがあるんではないでしょうか。
    そういった問題を考えた上で、あの記事をよんでみてはどうですか?
    粘着するようなコメントを書いてすみませんでした。
    「耳をかさない(科学)原理主義」なんてことを自分がいったら、トンデモ(笑)になるのでしょうけど、自分には、この記事がそういうふうにうつってなりません。
    また、そういう姿勢では、今の経済等の矛盾は解決できないのではないかとも思っています。
    これ以上何かありましたらメールにて。
    (よろしくおねがいします)

  10. >宗教と科学の対比はわかりました。
    ご理解、ありがとうございます。
    >森は守られてきていると言っていいのではないでしょうか。
    繰り返しになりますが、「森が守られているかどうか」を問題にしているのではなく、「森が守られるか荒廃するかは、一神教か多神教かには関係ない」ということを問題にさせていただいております。
    例えば、コスタリカのグアナカステという世界遺産では、大規模な森の修復が行われましたが、コスタリカは人口のほとんどがキリスト教徒(一神教)です。
    http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/card/cardr057.html
    一神教の人だって、森を愛する心は持っていると思います。
    キリスト教、イスラム教など一神教の人たちは、30億人以上いるわけです。その世界のほぼ半分の人たちが信じていることを根本から否定するような考え方が、「森の国の思想」なんでしょうか?
    >「耳をかさない(科学)原理主義」
    私は、こうしてmagiccarpetさんのお話を伺って、自分の考えと論拠をご説明しているつもりですが、「耳を貸してない」ように見えましたらすみません。
    他の記事もご覧いただければおわかりいただけるかと思いますが、私は、「森を守るのがいけない」と言ってるわけでも、「今のままの経済でいい」と申し上げているわけではありません。
    ただ、「根拠の無い原因分析」や「事実に基づかない解決策」では、望ましい方向に社会は変わって行かないですよ。
    (ではまた。)

  11. 東洋思想の大家であられる中村元先生の「龍樹」を読んで、空観という考え方を初めて知ったとき、ひょっとすると科学(正確には量子力学ですが)はここに到達するのではないかなと直観的に思ったことがありました。
    宗教と科学は、対立軸でとらえられることも多いですが、遠い将来どこかで理論的につながる可能性があるのではと思ってちょっと興奮(?)したことを覚えています。
    もう遠い昔のことですが(笑)

  12. 初めてコメントいたします。
    いつもブログを参考にさせていただいて感謝しております。
    (不勉強で全てを理解できている訳ではありませんが。)
    私も「現代の国際政治」15回を視聴しておりました(特に
    1〜3回が面白うございましたね)。
    > (今、手元に録画したBDがないのでインタビュー相手の大学の先生
    の名前が思い出せませんし、
    インタビューの方は津田塾大学(学芸学部)国際関係学科
    の中山俊宏准教授です。アメリカ在住歴があるようですね。
    アメリカの政治、外交が専門で、共訳書に
    マイケル・イグナティエフ「ヴァーチャル・ウォー 戦争とヒューマニズムの間」風行社、2003年
    という本があるようです。共訳者に放送大学の高橋和夫先生がいる
    と思ったら…。
    > 間違いがあったら後で訂正させてもらえばと思いますが)、
    概ね、磯崎先生の書いている通りです。中山先生は「キリスト教
    原理主義者でダーウィンの進化論を信じている人は、私の知る限
    りではいない」というようなことをおっしゃっていました。
    「アメリカ(の北東部と西海岸の一部を除いた地域)では、高等教
    育を受けた人に対する反発が強く、高等教育を受けた人は信用でき
    ない(と思われている)」ということが
    小林由美「超・格差社会 アメリカの真実」日経BP社、2006年
    に書いてありましたが、そんな社会で「進化論」を説いても受け
    入れられないのですね。
    (以下蛇足ですが)
    > NHKの「探検ロマン世界遺産」のランス・ノートルダム大聖堂の回
    私も視聴しており、カルチャーショックを受けました。
    1月31日付
    > NHKの「シリーズ世界遺産100」なんですが、28日に放送された
    > 「朝鮮王朝の霊廟、宗廟(チョンミョ)」が、ガバナンス的観
    > 点から見てちょっと興味深かったです
    これも視聴しましたが、ビックリしました。
    これからもブログを楽しみにしております。今後ともよろしく
    お願いします。