続・「金融庁検査に対する第三者チェック機関の設立」で問題が解決するか?

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「金融庁検査に対する第三者チェック機関の設立」で問題が解決するか?に対して、webmaster さん(というと、一般名詞的なので、以下、「bewaadさん」と呼ばせていただきます)から返信いただきました。

続・金融庁検査に対する第三者チェック機関を設立すべし。
http://d.hatena.ne.jp/bewaad/20080611/p1

おそらくwebmasterの主張に磯崎さんが部分的にすら賛意をお示しいただけなかった理由として、事実関係の認識問題があると考えます。

と、「部分的にすら賛意を示さなかったこと」にご不満のようですので:-)補足させていただきますが、このbewaadさんのアイデアは、金融庁の検査を受けてる金融関係の人なら、誰もが「それ!それやってよ!」と飛びつくようなアイデアじゃないかとは思います。
(日ごろ直接接している金融関係の話だと生々しすぎるので、うちの親父の話で恐縮ですが)、うちの親父はもう80近くで、何十年ずっと保険の代理店業務をやってるんですけど、ここ数年の保険業界の検査の強化で過去にさかのぼって仕事の内容にチェックが行われ、いろいろ細かいところまであげつらわれて、(おそらく自分の今までやってきたことを全否定されたような気持ちになったんだと思いますが)、「最近、すっかりショボンとしちゃって・・・」とうちのオフクロから聞かされて、改めて、こうした現在の検査の制度は、人を幸福にしないなあとシミジミ思っておる次第です。
(もちろん、うちの親父のところに直接金融庁が検査に来るわけじゃなくて、金融庁検査を意識して「代理店管理の態勢の適正」を確保する・・・といった観点から、直接には保険会社が行っているものだと思います。)
うちの親父の場合、その影響もあって「引退モード」に入り、今ではスポーツクラブに通って前より健康になったりして毎日楽しそうにしているようなので、結果としてはよかったんじゃないかと思いますが、今後何十年もそうした「ノリ」にさらされる金融業界の方というのは、見ていてちょっとカワイソウであります。
もちろん、人様のお金を預る業種ですから、他の業種より厳しさがあって当然。
しかし、日本の金融界というのは、すでに「フツーの人」の感覚からは想像も付かない世界に変貌してしまっているんじゃないでしょうか?
一時期、IT系の企業がみんな金融ビジネスをはじめたんですけど、わたしゃ、「やめときゃいいのになー」と思っていたら、案の定、(もともと「金融界のノリ」をご存知の現SBIさんや楽天さんなどを除き)、ほとんど失敗しちゃったんじゃないかと思います。
これは、もちろん金融ビジネス自体の難しさというのもあるでしょうけど、やはり、直接収益に結びつく「商売」の部分だけに注力すればいいのではなく、「アリバイ」に大量に資源を割かなければならないという金融ビジネス特有の「ノリ」が、他の産業の常識を持った経営者には理解しがたい、ということも大きかったのではないかと思います。
「真面目で常識的な感覚を持ち合わせたベンチャー企業」が金融業界に参入できないとなると、斬新なアイデアが業界に注入されず競争も発生しませんので、結果として「商売」より「アリバイ」に資源が割かれるのが許容されることにも結びついてきます。
以上、「心情的には大変よくわかります」というお話でした。
−−−
しかしながら、繰り返しになりますが、「第三者機関の設立」で、問題が解決されるのでしょうか?ということです。
(bewaadさんが掲げておられるUFJさんの事例はあまりにキョーレツすぎるので、以下、一般の金融庁(含むSESC等)の検査のお話として論じさせていただきますが)、一般的には、その検査の問題というのは、おそらく、その検査が法令や検査マニュアルといった「ルール」から逸脱した方法で行われている点が問題ではなく、「確かにルールではそうなってるかも知れないけど、そこまで言いますか?」という「ノリ」の積み重ねの問題が大半ではないかと想像します。
もし検査が「ルール」に違反しているのであれば、第三者機関が、「あなたの検査のここは是正すべきだ」と指摘するのは比較的たやすいかと思います。
しかし、もしルール自体が細かすぎるなどの問題があるのであれば、「検査のチェック機関」を作っても機能しないはずです。
また、検査の「ノリ」の問題であれば、それは「マネジメント」の問題だと思うんですよね。
durianさんからいただいたコメントに、

批判を覚悟の上で申しますが、日本の金融機関の監査部辺りに配属される方は、どちらかと言うと前線を外されてしまった方が多いのです。
結局ある種の腹癒せから、本部が作った細かな規則に基づき、営業部門に対してネチネチとした監査を行うことになります。
その点外資系の金融機関では、内部監査部は絶大な権力を持っており、将来的に経営にたずさわる人材が行く部門であると皆が認識しています。
営業の前線の事についても理解がありますから、細かなことにはとらわれずプリンシプルに基づいた監査を行います。
その為、ミスをあげつらうのではなく、営業店に対して有益なアドバイスを提供するという監査のスタイルになる(というのが理想な)訳です。

というのがありましたが、(日本の金融機関の監査部に前線を外されてしまった方が多いかどうかはさておき)、「営業の前線」に理解がある「将来的に経営にたずさわる」人が検査部門のトップに来ると、プリンシプルに基づいた監査が行える可能性が高まる、というのはその通りなんじゃないかと思います。
アメリカでは監督官庁から投資銀行に転職したり、投資銀行から監督官庁のトップに就任したりといった人事が行われているようですが、今の日本の法令等の環境下では、金融庁長官とか検査部門の責任者に、そうした民間の業務がわかるイキのいい方を据える人事を行うというのは絶対無理なのでしょうか?

まず、内閣や国会がチェックするからそれで足りるというのでは、会計検査院や政策評価委員会などもまた不要だということとなり、理由としてはいかがなものでしょうか?

ともおっしゃってますが、内閣や国会が直接、検査の中身をチェックしろ、と申し上げているのではなくて、上述のような立法や人事も含めた総合的な改善というのは、「金融庁検査に対する第三者チェック機関」じゃできないと思うんですよ、ということです。
また、これが瑣末な問題なら「現場でやっといて」でいいと思うのですが、金融業界が元気がないというのは、人間でいうなら心臓などの循環器系がイカれかけてるといった大問題であって、素人的に見ると、政治のリーダーシップがなければ本質的な改善はできないんじゃないかと思います。

5月に認めてしまったものを6月になってからあれは違う、と言い出すことは現実的には想定できません。6月に入ってからの行政処分に紛争処理手続が用意されていたところで、勝負が決まる5月の時点ではそれが使えないのであれば、事実上紛争処理手続は存在しないのです。

(これもUFJさんの例はあまりにキョーレツなので、一般的な事例について考えさせていただければと思いますが)、「金融機関が検査結果に対して文句を言えない構造」、というのをもうちょっと掘り下げて考えさせていただければ、と思います。
つまり、検査を受けた金融機関自体が苦情を言わないのに、「第三者機関」が「あんたのやったこの検査はおかしい」と指摘するというのはかなり無理があると思うんですよね。
「フェアさ」を確保するには、やはり本人自身が「これはフェアじゃない!」と声を上げないと、はじまらないと思います。

  • 金融庁からの何らかの「報復」が恐ろしくて声を上げられないのか?
  • 日本人は、なかなか「お上」に対して声を上げるというマインドが無いからなのか?
  • ルールがあまりに細かすぎて、「一般的な能力の人」がそれなりの注意義務を払って対応していても必然的にルールから逸脱する行為が発生してしまうし、ルール上、解釈によっては悪いと取れないこともない事象が多数出てきてしまう。異議を述べることは、「反省してない」と捉えられてしまい、処分を重くする結果になってしまう、とか?
  • ミスがゼロなら「ふざけんな!」と胸を張れるわけですが、大きな組織になればミスはゼロにはできない。刑事裁判で、自分で「確かに悪いっちゃ悪いけど、実刑はキツすぎじゃないスか?」と主張しても説得力がないから弁護人を付ける権利が認められているのと同じだが、金融の現場に精通した適切な「弁護人」たる人材の層が非常に薄いのか?

といったことを、いろいろ考える必要があるのではないかと思います。

また、このような事情に鑑みてか、現在の金融庁検査についても意見申出制度なるものが用意され、検査官と被検査機関とが十分な議論を尽くした上でも認識が相違した項目がある場合に、被検査機関が当該相違項目について意見を申し出る*ことが可能とされています。金融庁自身、まったく聞く耳を持たないということは問題であることぐらいは認識しているのでしょう。
この意見申出制度は、検査局意見申出審理会(立入検査を行った検査官以外の検査局幹部及び外部の専門家により構成)において、申出書に基づき、書面による審理を行*うものですが、webmasterの提案はこれを充実強化指せようというもの。検査局幹部が申し出られた意見を審査するというのでは検察が裁判官を兼ねるようなものですから、検査局幹部を審査担当から外し、金融庁と金融機関とが平等な立場で意見を戦わせるような制度にすべきというものです。

そうですか。bewaadさんの前の記事では、金融機関側の異議のあるなしに関係なく検査をチェックする第三者機関を新たに設立する、という風に読めましたので、そりゃあまり機能しそうにないんじゃないの?と申し上げたんですが、現在の調整プロセスを改善する、というお話であれば、どんどんやっていただければよろしいのではないかと思います。
ただし、今まで述べてきました通り、それは個別の検査結果を修正することには役に立つかも知れませんが、金融機関の投入する資源を「アリバイから商売に」大きくシフトさせ、日本の金融機関や金融市場を活性化させる、といった効果まで期待できるものではないと思います。(最近では、特に上場企業は、簡単に検査結果や処分を受入れるということは、投資家に損失を与えることにも繋がるので、異議を申し立てるところも増えていると聞いております。ただ、聞いている範囲では、そうした異議を唱えるところは、知力・体力[アリバイ作成能力]のある、大手の会社に限られているのが現状なんじゃないかと思います。)
一般的に、(金融庁検査が明らかにルールから逸脱した形で行われているならともかく)、金融機関側にとって検査結果が「確かにルール違反っちゃルール違反だけど、そこまで言う?」といった積み重ねだとすると、金融機関側が、検査の現場を生で見ていない「第三者」に対して検査結果が妥当でないということを立証しようとすると、ことによっては直接検査を受けるよりも大変なエビデンスを用意する必要があると思います。(検査結果を素直に受入れるより、「アリバイ」作成能力は要求される。
金融庁検査がどのように意見形成されるのか詳しくは存じませんが、一般的にはテキトーに雰囲気で決めているわけではなくて、検査官が個々の証拠を集め、現場の雰囲気とか、資料が出てくるまでのスピード、回答者の回答の不自然さ等、文書化できるもの以外の心証も加味した上で、総合的に検査結果を形成しているんではないかと思います。
領域は全く異なりますが、日本公認会計士協会の倫理規定でも、他人がやった監査に対して「セカンド・オピニオン」を出すことは極めて慎重になれ(原則、無理なんじゃねーの?)ということになってますけど、これも、根本には、膨大な証拠を積み上げて総合的に意見形成した結果に他人が口出しをするというのは極めて困難であるということがあるからだと思います。
ということで、「アリバイから商売に」という流れを作り出すには、検査をチェックする第三者機関を設立(または既存の制度を強化)しただけでは不十分で、「ルール」の改正自体や検査の「マネジメント」の「ノリ」自体を変更する必要があるし、そのほうが早い[注:簡単だ、とかフィージブルだ、という意味ではございません]とも思われますから、

これでもなお次のようにお考えか、ご意見をお聞かせいただければ幸いです。

同様に、金融庁の検査によろしくないところがあるからといって、「金融庁検査に対する第三者チェック機関」を新たに創設しよう、なんてことに仮になったとしたら、私には政治が問題から逃げている以外の何者でもないように思えます。

というご質問をいただいておりますが、はい。それでもなおそう思います。
(ではまた。)

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6 thoughts on “続・「金融庁検査に対する第三者チェック機関の設立」で問題が解決するか?

  1. 「「金融庁検査に対する第三者チェック機関の設立」で問題が解決するか?」が熱く議論されているようです

    このエントリーは公開時刻自動設定機能によりエントリーしております。 磯崎さんのと

  2. 消費者庁が所轄する法律の方向感が出てきたようで・・・「アリバイより商品を」との統一感はどのようにとることになるのかなあ

    このエントリーは公開時刻自動設定機能によりエントリーしております。 今朝の日系を

  3. こんにちは
    金融庁検査ではありませんが、かつて破たん金融機関の資産査定(預金保険機構がいくら公的資金を注入すべきかのDD)をやっていたものです。
    破たん金融機関が金融庁検査でアウトを食らった後、第三者(監査法人)が再査定するとお考えください。
    イソログさんの言うとおり、検査官も人の子ですから、金融機関側の対応状況(検査の態度、資料準備状況、融資先の把握、融資姿勢など)などを勘案していると思います(また世間の風評も)。
    ある金融機関では、「何を言っても否定されて最初から潰す気かと思った」(結局無事でした)という話を聞きました。
    仰せのような陳情賜りコーナーがあるのならそれで十分ワークしますし、イソログさんもお書きのように、第三者機関のための協力とか金融機関もエネルギーの浪費が予想されます(さすがに、金融庁検査でだめと言ったものを覆す、例えば年間純利益の数十%も「取り返せる」ような例は同じ手順で見直すのなら非常にまれではないか。ただし時間が経過して景気が劇的に変化したとかは除く)。
    かつて銀行の現場にいたものからすれば、日銀と金融庁と一緒に検査に来いよって言いたいぐらいなのに、余計な負担させるなって感じですね。
    したがって、金融機関には当たり前のことながら誠実な検査対応(一部の例を除くと当たり前にやっていらっしゃると思いますが)で検査時にしっかり説明責任を果たし、後は前向きなエネルギーを注ぐってことでよろしいんじゃないですかね。
    それと重要な点は金融機関の不良債権も2:8の原則で、上位大口先が全体の不良債権の大部分を占めるってことで、そこを見に行く人はそれなりにキーマンなはずですよ。したがって、大きく意見が違うというのは大口支援先に対する見方が違うだけじゃないですかね。それだと異議申し立てで十分なきもします(金融機関によっては債務者区分の判断基準が少し違ったりするので、別の検査官で同じ大口先を見ていた人とかの意見でもいいし、外部専門家でもよいのでしょう)。
    そうするとそういう先には金融機関から人が派遣されたりしているので、本当はそういった融資先と融資、株式持合関係、人事交流といった利益相反が問題なんですけど、これはテーマと関係ないですね、失礼。

  4. 金融検査に対する意見申出について、世の中の動き方を申し上げれば、意見申出をかける金融機関はそのプライド(および負ければ発生する多大なP/L)をかけて、膨大な資料を提出します。(ただし、検査中に検査官に提出したものに限られます。膨大なファイルのなかの1ページという場合もありますが。)
    公表資料によれば、銀行側の勝率は44.1%です。
    http://www.fsa.go.jp/manual/manualj/tettei.html
    銀行側と検査側でもめるのが、査定なのか、コンプラなのか、会計処理なのか、その他リスクなのかということでいえば、大多数が査定相違です。(87.6%)
    http://www.fsa.go.jp/news/19/20070705-1/02.pdf
    どの側面を第三者チェック機関の設立で解決するのか?
    コンプラだったら、法令があるのですから、弁護士さんが出てくれば解決しますし、会計処理ならば、会計士さんが出てくれば解決する問題なので、もっとも揉める査定を第三者に見てもらうというのは、守秘義務の問題、メインバンクしか知らない債務者の重要事項(他行が知ったら大騒ぎになるような。)などを、第三者にさらすという選択を金融機関側が行うというのもなかなかしんどいのではないかと思っています。
    それに自己査定規定、担保規定、償却引当方法も銀行ごとに異なっている状況で、共通のものさしを持てない、第三者機関がどのように動くのかは興味深いポイントです。

  5. わざわざエントリを立ててまでお付き合いいただきありがとうございました。また、対応が遅くなり恐縮です。
    おっしゃる趣旨、よくわかりました。今後ともこれに懲りずお付き合いいただければ幸いです。

  6. みなさん、コメントありがとうございます。
    bewaadさん、
    どもども、
    こちらこそよろしくお願いいたします。
    (ではまた。)