買収防衛策は世間に受け入れられつつあるのではないか?(その2)

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前のエントリに対して、「kabu」さんから長文のコメントをいただきましたので、取り急ぎ、簡単なお返事まで。

久しぶりにM&A・会社法関連のエントリーで嬉しく思っております。

(すみません、更新をサボっておりまして・・・。)

買収防衛策については、自分は懐疑的ですので、幾つか理由を記載致します。
1.株価へのインパクトが防衛策の是非の指針になるか?
商事法務の記事然り、米国でのスタディも見たことがありますが、基本的に導入時のインパクトは中立と理解しています。中立というのは、導入直後に下落するケース、何らかの期待(買収期待?)をこめて(?)上昇するケースも混在しており、真ん中をとると、翌日・一週間後などは大体中立に留まっているという感じです。しかし、買収防衛策の是非として、短期の株価への影響がどれほどの意味をもつのでしょうか?むしろ経営陣のメンタリティや競争社会における日本の経済社会全体に与える影響の方が遥かに重大であると感じます。

もし本当に「取締役の保身」が発生する可能性が高く、それにより企業価値が下がるのであれば、買収防衛策の導入によって市場がネガティブに反応して株価が下がるのが素直ではないかと思った次第です。
取引所さん、議決権行使コンサルタント会社さん、年金関係の方々といった「市場関係者」の方々は、みなさん本日の日経の記事のニュアンスに沿ったご意見を出されているわけですが、そのご意見は本当に「市場」のためになるんでしょうか?
つまり、「市場関係者」はネガティブだけど、「市場」はニュートラルだとしたら、その差は何だというのか?何らかの情報の非対称性があるのか?「法律の難しい議論がわかる人は危険を感じているが、一般の市場参加者はそういったことがわからないアホだ」ということなのか?
件の商事法務の論文にしても、「2005年はネガティブだったが2006年はニュートラルだった」と、時系列に事実を述べた方が素直だと思うのですが、そうではなく「2005年の結果は統計的に有意性がある。」ということが強調されるだけで、2006年は同様の分析をしたはずなのに、そこはサラっとしか触れられていないんですよね。それってなぜなの?という素朴な疑問が湧きます。
今年の6月総会でも多数の企業が買収防衛策を導入すると思いますので、トレンドとして「廃止の方向」ということでは全くないと思いますし(廃止してる企業の方がはるかに少ない)。
そもそも、上場企業の取締役って、そんなに自分の保身ばっかり考えているアホタレどもばかりなのでしょうか?もしそうだとしたら、買収防衛策を導入するしない以前に、日本の経済自体がお先真っ暗であります。

2.防衛策が本当に交渉期間確保に必要なのか?
本当に交渉手段・時間の確保のためだけであれば、買収防衛策は不要だと思います。一部の最も強烈なアクティビストファンドでさえ、ある日突然買収を仕掛けるのではなく、1年以上の投資期間、面談、非友好的なメディア戦略から始まります。この間に、対話・交渉することは相当程度可能なはずです。また、本当に企業価値を破壊する「濫用的」なものであれば、有事の間に取締役会決議で導入・発動すればよいのではないでしょうか。司法でも相当有利に進められるはずです。(もとよりそれで勝てるような防衛策でなければ、平時に入れることにどれほど真っ当な意味があるのか分かりません。)
他方、買収者が一般の事業会社であれば、敵対的なアプローチを好むはずはなく、交渉期間の確保に防衛策は全く不要です。また、買収防衛策は、一般の事業会社による敵対的買収には(完全防衛としての)役には殆ど立たないと考えるべきと思います。(司法で勝てない。)
米国でそもそも防衛策が開発された背景は、(現在は違法である)二段階買収やグリーンメールを防止するためであり、法整備が進んだ現在のようなコンテクストを念頭には置いていません。日本でもこういった理由や「濫用的買収」を防止するという「建前論」は行き交っていますが、本心は(相手が誰であろうとも)「完全防衛」、株主にとっては「売却阻害」である、というところに日本の一番大きな問題があると思います。
日本では防衛策がなくとも、「反対表明を徹底的にする」「ただし価格や買収後の戦略によっては賛成する」という軸が明確であれば、十分に交渉できるはずと思います。

そういうケースも多いと思いますが、そうでないケースの時にどうするのか?ということについて、取締役が注意を払わなくてもいいのでしょうか?と思います。
私の理解では、アメリカでは「平時」に買収防衛策導入をあらかじめ宣言しておかなくてもいいはず。つまり、有事になってからの導入も可能だから、平時から宣言しておく必要がないが、日本の場合には有事になってからの導入が、裁判所や「市場関係者」への配慮からも、時間的にも、コスト的にもかなり厳しい。
また、会社規模等の要因にもよると思います。
ブルドックソースのときに思いましたが、「平時」に導入していればリーガルコストが数百万円単位で済んだかも知れないものが、「有事」に導入すると数億円のコストになるとすると、経常利益が数百億円出ているような企業ならともかく、経常利益が十数億円、数億円といった規模の規模だとすると、相当なインパクトになるわけで。
低いコストで導入できるときに導入しておく方が、取締役の態度としては「合理的」じゃないでしょうか。
件の商事法務の論文にもマスコミの議論でも表面に出てこない要因として、2005年の買収防衛策導入コストの高さがあったりするのではないか?という気もしてます。
当時は(「信託型」など)、導入するだけで「数千万円の上の方(から)」といったコストがかかるといわれるスキームもありましたし、まだ「デファクト」が定まっていない時なので、当然、調査や試行錯誤のコストも大きかったと思います。利益が数億円とか十数億円の会社にとっては、実際、導入することがそれだけで利益を圧迫すると予想された事例もあったんではないかと思います。
一方で、事前警告型が主流になった昨今、導入コストが「数百万円の下の方(から)」まで下がってきたのであれば、(火事で会社の建物が焼けたときに、保険に入っていなかった会社があったらその取締役が責任を追及されるのと同様)、取締役は、「そういうコンティンジェンシーに対して低コストで対策が打てるのに、なぜ打っておかなかったのか?」という点を問われるリスクについて考えておいた方がよくなるのではないかと思います。

3.諸外国の動向
あまり詳しくありませんが、英国などの欧州諸国(?)では防衛策の導入は禁止されていると理解しています。米国では・・・防衛策の開発国であるにも関わらず、近年、猛烈な勢いで廃止が進んでいます。背景はモノ言う株主の増加、社外取締役の善管注意義務等への注力の本格化と理解しています。つまり、本当に株主の利益を確保するためには防衛策は不要(むしろ廃止すべき)という意識の現われなのだと思います。

私もよく存じませんが、英連邦系などではそもそも「パネル」といった公的機関が「フェアかどうか」を判定してくれるとのことですし、ドイツから戻られた方に先日伺ったところによると、ドイツでも買収防衛策の導入自体はできるとのこと。(できないと思っていたので、ちょっとびっくりしました。)
「米国でも廃止の方向」という報道も目にしたことがあるのですが、有事でも平時と同様に導入できるのだとすると、「廃止」というのは「どんな買収者が来ても、一生、絶対に、買われるがままで、一切、抵抗いたしません。」という宣言をしたということなんでしょうか?(アメリカ人がそんな発想をするとは、とても思えません・・・。)

ここで、「本当に株主利益だけでいいのか、他のステークホルダーは・・云々」と議論が始まるといつもの堂々巡りになり全く結論がでません。今、防衛策の導入や発動したらこうなるみたいな議論で盛り上がっているのは、日本だけではないでしょうか。(アジア諸国の動きは知りませんが。)
===
磯崎さんの今回のエントリーには基本的に賛成です。ただ、防衛策があるから主観のぶつかりあいが可能になる・促進されるというのは真実の面があるかもしれない一方で、そのダウンサイド(主観のぶつかりあいの前にFlat NO!!)の方が日本では圧倒的に影響として大きいように思えてなりません。会社の取締役の方々がみな磯崎さんのようなメンタリティであれば別でしょうが。
・・・というのが私見ですが、恐らく日本ではすごくマイノリティだと思いますので、是非ご批判を頂戴できれば幸いです。

いえ、そうした考え方の方が「市場関係者」の間ではメジャーだと思ってましたし、私も「ダウンサイドの方が日本では圧倒的に影響として大きいように思えてなりません。」と(なんとなく)思っていたわけですが、
「市場」が導入に対してニュートラルだとすると、「合理的」「科学的」に考えた場合に「圧倒的に影響として大きいように思えてなりません」というのは、実際に、何が何に対してどう影響するんだろうなあ?という疑問が湧いております、ということであります。
(取り急ぎ、お返事まで。)

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One thought on “買収防衛策は世間に受け入れられつつあるのではないか?(その2)

  1. 磯崎さん、お返事ありがとうございました。ブルドックの件など、有事に入れると高コスト、平時に入れると低コストというのは納得がいきました。確かにそうですね。ただ、(これは世間でも言われていた話ですが)8割以上の賛同を受けた防衛策なのだとしたら(そしてそれが司法の判断のベースになってるのだとしたら)高コスト弁護士などをやとって総会決議までして赤字転落するような方策をとるより、TOBに身を任せてもよかったのではないかと思います。いや、もちろん、本当に売られてしまうのが怖いのですが、8割の賛同ということはTOBは成立しなかったわけで、同じ事を違う方策をとることによって、猛烈なコストをかけてしまったように外からは見えます。小生はやはり、「濫用的」なら取締役会決議で有事に導入・発動して戦えばいいじゃないかと思います。
    株価の反応についても仰るとおりと思います。ネガティブに言われているのに、反応は中立じゃないか、と思いますよね。何ででしょうね。たぶん、敵対的買収が起こる可能性が低いから(金額ベースで全世界で10%台でしょうが件数ベースなら一桁%前半未満?じゃないかと思います)一瞬の反応を除けば普通の企業のファンダメンタルの方が重視されている証なのかと思っています。重大だと思うのは、Gonchanも指摘されていましたが、「過剰防衛」意識の方だと思っていまして、昨今の日本の買収防衛論議は建前としては「いい敵対的買収もある」と言いながら、誰もそんなものも望んでいないというところにあるような気が致しております。(←ここはでも残念ながら科学的に立証はできませんが・・肌感覚で強く感じているところです。)
    最後に米国の取締役の姿勢ですが、最近の日本企業→米国企業のケースやマイクロソフトの件でも見られていますが、「無抵抗主義」ではもちろんないですよね。でも反対・議論の根幹をなすのが「価格」であるというのが重要です。(一般事業会社の敵対的買収の場合ですが。)米国の経営陣は「当社の本来の価値に対して、提案価格が低すぎる・ひどい」と反抗します。もちろん心の底では憎くてしょうがないんでしょうが、そこは抑えて、「株主に十分な条件が提示されていない」ことを主張するわけです。その条件が「一定の」レベルを超えたら、無抵抗主義になるかどうかは分かりませんが、Flat NOはできませんので、提案に甘んじるかホワイトナイトを連れてくるか、(無理だと思いますが)自社買収するか、といった方策をとるのだと思います。日本でも、少なくとも一般的事業会社のやりとりであれば、このようなかたちがあるべき姿のように思っております。