買収防衛策は世間に受け入れられつつあるのではないか?

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本日の日経新聞朝刊「法務インサイド」で、編集委員の三宅伸吾氏が、「買収防衛策導入から3年 経営陣の保身見え隠れ 株主不在の独自判断型は「気休め」 解除する企業も登場」という記事を書かれています。
タイトルのとおり、この記事のトーンは総じて買収防衛策に対して懐疑的。しかし、(本文ではまったくreferされていませんが)商事法務2008/3/5日号で、買収防衛策導入のイベント・スタディを行った論文が囲みで紹介されており、こちらの論文では、(あのドタバタの)2005年に導入された買収防衛策では買収防衛策がネガティブに働くことが統計的に有意であることが示されているものの、2006年導入分については統計的に有意な差は見られなかったと結論付けているわけです。
(なんで2007年度の分についての分析は載せていただけなかったんだろうなあと思ってまして、続編を楽しみにしているのですが。もちろん、これから多数導入される2008年分も。)
買収防衛策を廃止した日本オプティカル社の廃止の理由の中にも、「防衛策は市場関係者から否定的にとらえられており」とありますが、少なくとも「科学的(統計的)」に考えると、防衛策への疑問が益々深まっている、ということは言えないのではないかと思われます。
なぜなら、「市場関係者」の意見は、市場の取引を通じて一応は株価に反映されているはずだからであります。


記事中のコメントに、同社の特別委員会メンバーであり「ビジネス法務の部屋」でもおなじみの山口利昭弁護士のコメントが引用されていますが、

防衛策発動の判断基準は買収実現による「企業価値」の行方だが、委員会メンバーの山口利昭弁護士からは「客観的に把握するのは難しいのではないか」との根本的な疑問も飛び出した。

とあります。
実際にどういう文脈で語られたのかはわかりませんが、こういう引用の仕方はtoshiさんがおマヌケにも見えるので、非常にかわいそうであります。
私も、特別委員会の委員として報告書を書いた際に、
「企業価値を判断しないのは無責任だ」
「意味のある内容が記載されていない」
という意見を多数いただきました。
ただし、これはすでに実質子会社化されている企業において、上場維持を前提として一部のみの買付けを行うケースで時間も限られておりましたので、中長期的な企業価値に対してTOB価格が高いか安いかということについては判断する必要が必ずしもなかろうということで、株価を考える際の注意点(観点)について記載するに留めたわけでありまして、特別委員がどんな場合にも企業価値についての判断を行わなくていい、とは全く考えておりません。
というか、上記のケースでは、公開買付けとともに様々な事業上の協力を行うことが約束されており、それが中長期的な企業価値の上昇に資するという判断は相当であろうと判断できたからよかったわけですが、これが企業価値を上昇させるとは思えない相手からのTOBだったら・・・と、その時に大変ゾーっとしましたし、買収防衛策の必要性も痛感したわけであります。
つまり、「今度、TOBします」と言われたときに買収防衛策が無ければ、何を言おうが買付けられてしまうわけです。取締役や特別委員がただ「安い!」と言うのは簡単ですが、一応それまでに開示された情報を元に市場を通じて形成された株価というものが存在するわけですから、きちっとしたデータや事業計画の再検討といった作業を積み重ねて、市場に伝わっていない新たな情報を提供しなければ、単なるリリース1枚で株価が反応するわけもありません
買収防衛策が存在することによって始めて、企業価値をちゃんと検討する時間も確保されるわけですし、たまたま株価が低いときに割安に買われることも防げるわけです。
アメリカでは、オラクル社のピープルソフト社の買収に代表されるように、当初提案価格の何倍も(注:「+何十%」ではなく「何倍」も)の額で買収が成立することもあります。買収防衛策を発動されるかもという前提がなければ、マイクロソフトだってヤフーに対して6割ものプレミアムをつける必要はないわけです。
つまり、買収防衛策が存在することで「買収者との価格交渉ができる」ということが買収防衛策の最大のメリットなはずです。市場で形成された時価総額が1000億円であっても、買収によって買収者に3000億円のメリットが生じるのであれば、倍の2000億円で買ってもらっても双方、win-winなわけです。ところが、買収防衛策が存在しなければ、1200億円の提案でも成立してしまう可能性が高いわけで、結局、買収される企業の株主はその場合、損をするわけです。
買付けを行う側も、「安いなあ」と思っていても、「理由」もないのに、1200億円で買えるものを2000億円出すわけにはいかないわけです。株主や投資家に説明が付きませんから。
つまり、企業価値が一般論として「客観的に」把握できないなんてのは当たり前の話であって、買収防衛策は(例えば、「おまえの方にどんくらいメリットが発生するのか、データをもっと出せ」といった)「交渉のツール」なわけですから、誤解を恐れずに言えば「主観」なわけです。
特別委員会は、こうした「主観」のぶつかり合いの交渉を、「フェア」にジャッジするのが仕事のはず。(社外取締役でもある特別委員は、少数株主の利益に資するために、より「主観的に(もっと高いんではないか?という観点から)」企業価値を見る必要があるかも知れませんが、それはさておき。)
そもそも「ぶつかり合い」が存在せず、十分な検討をする時間も無いのに、特別委員会の報告書で「安いか高いか客観的に判断しろ」と言われても、特別委員としても困っちゃうわけです。
今の日本の買収防衛策の議論はあまりに法学的な話に終始しすぎていて、こういった買収防衛策本来の「株主により高く株を売ってもらうため」という目的が忘れられているんじゃないでしょうか。
確かに保身のために買収防衛策を使う経営陣もいるでしょうよ、とは思いますが、そもそも株主総会はそんな取締役を選ぶなよ、という話であります。
(もちろん、良くも悪くも司法の判断は大きいのは承知しておりますが)、そういう「下」の方ばかりを向いた司法や法律家の議論に足を引きずられて、数百兆円の上場株式の価値をいかに上げるかという経済的本質の話が見失われると、結局、損をするのは国民や経済全体ということになると思います。
(ではまた。)

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5 thoughts on “買収防衛策は世間に受け入れられつつあるのではないか?

  1. 久しぶりにM&A・会社法関連のエントリーで嬉しく思っております。買収防衛策については、自分は懐疑的ですので、幾つか理由を記載致します。
    1.株価へのインパクトが防衛策の是非の指針になるか?
    商事法務の記事然り、米国でのスタディも見たことがありますが、基本的に導入時のインパクトは中立と理解しています。中立というのは、導入直後に下落するケース、何らかの期待(買収期待?)をこめて(?)上昇するケースも混在しており、真ん中をとると、翌日・一週間後などは大体中立に留まっているという感じです。しかし、買収防衛策の是非として、短期の株価への影響がどれほどの意味をもつのでしょうか?むしろ経営陣のメンタリティや競争社会における日本の経済社会全体に与える影響の方が遥かに重大であると感じます。
    2.防衛策が本当に交渉期間確保に必要なのか?
    本当に交渉手段・時間の確保のためだけであれば、買収防衛策は不要だと思います。一部の最も強烈なアクティビストファンドでさえ、ある日突然買収を仕掛けるのではなく、1年以上の投資期間、面談、非友好的なメディア戦略から始まります。この間に、対話・交渉することは相当程度可能なはずです。また、本当に企業価値を破壊する「濫用的」なものであれば、有事の間に取締役会決議で導入・発動すればよいのではないでしょうか。司法でも相当有利に進められるはずです。(もとよりそれで勝てるような防衛策でなければ、平時に入れることにどれほど真っ当な意味があるのか分かりません。)
    他方、買収者が一般の事業会社であれば、敵対的なアプローチを好むはずはなく、交渉期間の確保に防衛策は全く不要です。また、買収防衛策は、一般の事業会社による敵対的買収には(完全防衛としての)役には殆ど立たないと考えるべきと思います。(司法で勝てない。)
    米国でそもそも防衛策が開発された背景は、(現在は違法である)二段階買収やグリーンメールを防止するためであり、法整備が進んだ現在のようなコンテクストを念頭には置いていません。日本でもこういった理由や「濫用的買収」を防止するという「建前論」は行き交っていますが、本心は(相手が誰であろうとも)「完全防衛」、株主にとっては「売却阻害」である、というところに日本の一番大きな問題があると思います。
    日本では防衛策がなくとも、「反対表明を徹底的にする」「ただし価格や買収後の戦略によっては賛成する」という軸が明確であれば、十分に交渉できるはずと思います。
    3.諸外国の動向
    あまり詳しくありませんが、英国などの欧州諸国(?)では防衛策の導入は禁止されていると理解しています。米国では・・・防衛策の開発国であるにも関わらず、近年、猛烈な勢いで廃止が進んでいます。背景はモノ言う株主の増加、社外取締役の善管注意義務等への注力の本格化と理解しています。つまり、本当に株主の利益を確保するためには防衛策は不要(むしろ廃止すべき)という意識の現われなのだと思います。
    ここで、「本当に株主利益だけでいいのか、他のステークホルダーは・・云々」と議論が始まるといつもの堂々巡りになり全く結論がでません。今、防衛策の導入や発動したらこうなるみたいな議論で盛り上がっているのは、日本だけではないでしょうか。(アジア諸国の動きは知りませんが。)
    ===
    磯崎さんの今回のエントリーには基本的に賛成です。ただ、防衛策があるから主観のぶつかりあいが可能になる・促進されるというのは真実の面があるかもしれない一方で、そのダウンサイド(主観のぶつかりあいの前にFlat NO!!)の方が日本では圧倒的に影響として大きいように思えてなりません。会社の取締役の方々がみな磯崎さんのようなメンタリティであれば別でしょうが。
    ・・・というのが私見ですが、恐らく日本ではすごくマイノリティだと思いますので、是非ご批判を頂戴できれば幸いです。

  2. 世間の想定範囲が上すぎます。
    日本の企業はプールしすぎているから狙われることを理解していない偉い人が多すぎだと思います。
    もっと身軽な企業体質になることを望みます。
    そうしない新技術につながりません。

  3. こんにちは
    企業年金連合会も導入基準の厳格化を示唆しているといわれていますし、影響力は小さいながら日本プロクシーガバナンス社も社外取締役が不在の特別委は認めないといっています(同社のセミナーでの発言)。
    フィリディティ等の外資系投信もかなり防衛策の導入自体を否定的に考える方針を打ち出していますので、「受け入れられつつある」 には違和感があります。
    時間がないので、出来ませんが買収防衛策導入企業が導入後、どういった株価パフォーマンスだったか(株価が日経平均またはTOPIXをアウトパフォームしたか否か)、という分析は「受け入れられているか」という命題に大変有意義だと思います。なぜなら、導入時点で企業は、大半が「保身ではありません、企業価値を向上させるためです」と言って導入するのですから、特段買収者が出現しなくても、日ごろ企業価値向上に 「一層の」 努力があってしかるべきだとおもいます。
    したがって、導入後1年、2年経過してから分析をやったら面白いかなあと。それでだめな企業は、まず特別委からイエローカードが出るようにすれば、株主も特別委を見直すでしょう(社外取締役の本来の仕事かな?)。
    株価もイベント(中期計画発表等)の起こった時点だけで反応するわけでもなく、その進捗をみて買いを入れるケースのほうが多いのではないでしょうか?
    現状の日本市場での空気からすれば、「普段からがんばっている」というメッセージが市場に流れていれば、かなり導入済み企業に色々有利な気がしますが。
    もちろん、昨今統計的に増配、自社株買いの金額が上がっており、努力のあとがないわけではないですが、根本的な供給過剰、横並び意識は抜けきれているとは言い切れず、買収防衛策というものに「あぐら」をかいている、と感じることが多いです。
    (新日鉄やパナソニック等の大企業は違う)
    有事のための防衛策ですが、平時に何をしているのかやや疑問あります。
    買収防衛策はやはり濫用的買収者(のようなもの)に対して有効であって、M&Aは結局、その値段で買えるか、買えないかの論点となってしまうのではないでしょうか?
    (これはフィナンシャルでも基本的に同じかと)
    そのためにライツプランがあるとすれば、現状の運用は、法律的な技術論に偏っていて過剰と思います。
    (仮にDCFで企業価値を測定する場合)企業価値なんて客観論はありえないというのは同意です。社長100人いれば100通りの企業価値があるといっても過言ではないでしょう(100人とも将来戦略が違うという前提ですが)。
    ただ、「この金額で買います」 といっている相手に、根拠をそこまで出す必要ってあるのでしょうか?
    アップサイド部分は被買収側の株主にも一部付与しますが、究極的には買収側株主のものでしょう? あれこれ出しすぎると肝心の買収者側のアップサイドまで剥げてしまいます。
    オラクルもそこまで詳細に買収価格データを出していませんし、オラクルなんてエリソンCEOが 「シリコンバレーのバーバリアン」 (昔、敵対的M&Aを仕掛けたKKRをバーバリアンと言ったのをもじったもの) と呼ばれているような人を良い例としているのは本当に日本人が望んでいるような良い例でしょうか?(企業価値報告書に掲載されていてギョッとしたのですが) 最近のBEAシステムズの買収戦術なんて狡猾ですよ。 19ドルで提案して、経営陣が乗ってこなかったら、「次はもっと低い金額でオファーする」といって、BEAシステムズの大株主である、あのカール・アイカーンを手玉に取ったような狡猾さです(日本だと強圧的買収だと騒ぎ立てられそうです)。
    かれは、「買収企業からは技術者と顧客リスト以外はいらない」、「自分で開発出来ないものは、金で買えばいい」 と豪語しています。 とても日本人が「手本」とすべき、敵対的事業買収者とは程遠いと思います。
    http://dealbook.blogs.nytimes.com/2008/03/11/hostility-has-its-rewards/
    ピープル戦も、結局ピープルCEOが元オラクルに在籍中、エリソンCEOと仲たがいしてピープルに移籍した遺恨があって強固に反対したといわれており、ようするにけんかだった面もあります。
    日本で行われる、過剰防衛に近い買収防衛策の矛盾を無くすには、買い付け上限の撤廃(30%以上の株式を買う場合は全部買い取り義務を課す)などの欧州型ルールが必要だと思います。
    TCIと経済産業省や、サッポロの例を見ても、日本はどうしても仕組みやルールが多義に解釈できるような曖昧なものがあり(故意に曖昧にしているのだと思いますが)、肝心の運用面が都合よく出来る点が残念です。シンプルかつオープンな運用が出来ないのなら、仕組みそのものを変えるしかないと思います。
    したがって、「世間に受け入れられてきた」 という意見には大いに違和感があり、ライツ・プランを延命させるのなら、ルール自体を見直すか、運用方法をはっきりさせるか、透明性のあるような方向に持っていくべきだと思います。
    これでは、「必要な敵対的買収」も発生が難しくなる。

  4. 論争的なトピック、ありがとうございます。
    私の印象では(あくまで印象に過ぎませんが)、買収防衛策が何であるかについては、有効活用も濫用も含めて、世間の理解が広がってきた反面、防衛策の是非をめぐる議論においては賛否の対立が次第に激しくなってきているようにも思われます。
    濫用的な買収行為というのはやはり存在する(少なくない)し、平時の防衛策にメリットがある(有事導入では、「濫用的」であることの裏づけを会社側が行うことが難しい)のですが、たしかに最近では「無限引き延ばし戦術」が横行していて、投資家の不信感にもうなずけるところがあります。
    (長いコメントで恐縮ですが:「自分のブログで書け」とは言わないで)裁判所が経営陣の判断過程を精査して、権限濫用なら差止め、有効な利用であれば差止めず、という枠組みを確立していたならば、両方の見方が調和できたのかもしれません。裁判所が「総会の承認があればOK、なければダメ」と読めるような浅い法律論を展開してしまったことが、訳が分からない状況を生じた一因かもしれません。その点においては、法律家として反省することしきりです。