株の税金

個人の証券税制の専門家って意外なほど少なそうです。
昨年の確定申告シーズン前に、某協会さんの証券会社社員向け確定申告の説明会にもぐり込ませてもらったのですが、その講師の税理士の先生、
「普通、税理士は、個人投資家の確定申告の手伝いなんて、まずやりませんよ。」
「私は、『株の譲渡所得の確定申告、やってもらえない?』と言われたら、あらゆる言い訳を考えて、何とか断ります。(笑)」
てなことをおっしゃってまして、ちとびっくり。
確かに、これだけ頻繁に株式関連の税制が変わったら、追いつくだけでも大変でしょうし、たいがいの税理士さんは法人関連の税務で食ってらっしゃるわけで。個人投資家で税理士に依頼されるというのは、よほどのお金持ちの場合に限られるのかも知れません。
そもそも以前は申告不要でしたしね。
上場株の取引だけなら「譲渡益も配当も10%」ということで、わかりやすくはなってきましたし、「源泉徴収ありの特定口座」だけで取引してる人は申告しなくていいわけですが、一般口座が混ざるとか、未公開株も譲渡したとかいうことになると、とたんにディープな世界が待ちかまえています。
また、取得の平均単価を計算するだけでも実際にやって見ると大変。(税理士さんがやりたがらないのもうなずけます。)
Webで検索してみると、個人の方が作っている管理ソフトはあるようですが、メジャーな会社が出している株式の管理ツールや確定申告支援ソフトって見あたらないですね。税制が毎年変わるのでメンテナンスが大変で、しかもあらゆる(ディープな)ケースを想定した仕様にしないと売りモンにならない割に、ほとんどの人はその一部の機能しか使わないので、コストパフォーマンスが悪くなっちゃってビジネスとしては厳しいんでしょうね。または、証券会社が提供するツールで間に合っちゃうとか。
みなさん、いったいどうされているんでしょうか?
前出の証券会社社員向けセミナーでは、講師の先生が、
「ま、投資家の申告書を書いてあげているみなさんの方がお詳しいかも知れませんが。」
てなことをおっしゃってて、これまたびっくり。実際には、証券の営業の方々がそうやって個人投資家の申告を手伝ってるんでしょうね。それって、限りなく税理士法違反に近いような気もしますが・・・。(苦笑)
でも、税理士がやりたがらないんじゃ、誰かがやらないと仕方ない・・・。
株の税金って、先日書いた例もそうですが、実際にやってみないとよくわからない。例えば小数点以下を切り捨てるのか切り上げるのか、等、実際に自分でExcelで計算しようとしてみて初めてわかることが多いんではないかと。税理士さんですらやってないわけですから、税調の先生方は細かい実務はまったく想定せずに証券税制を決めてらっしゃるんでしょうね。
その説明会でも、会場の証券マンの方々からいろいろ質問が出たわけですが、どれもすごいディープでした。即答できなくて持ち帰るなど、講師の先生もタジタジ。最前線で個人投資家からの質問の矢面に立つ証券の営業の方々が、この世で一番、証券税制に詳しいのかも知れません。
実際、書店やAmazonで株の譲渡所得を詳しく扱った税務専門家向け書籍を探したんですが見つからないんです。株の申告を手伝う税理士が存在しなければ、そんな本、書いても売れるわけがないですわな。
てなことをふまえて書店で適当な本を探していましたが、この本、

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株の税金確定申告マニュアル (2005)
日本経済新聞社

は、申告で悩んでらっしゃる個人投資家の方にはオススメではないかと思います。
根拠条文をreferしていないなど専門家向きではないですが、どうやって計算すればいいのかがわかりやすく書いてあり、また、「ハザマ、東急建設等の会社分割は、どう取得単価に影響させればいいのか」、等、昨年の具体的な事例が載っているのも実務的でいいですね。
平均単価を計算するExcelシートの見本、銘柄別のみなし取得価格(取得費特例)、分割や併合等一覧までついてます。
(ご参考まで。)

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「で、ナンボ儲かるんや?」

ある関西系大企業にお勤めの女性が以前、
「うちの会社のおじさん達ったら下品でさあ。新規事業の会議の時に私とかがプレゼンしてるじゃない?そしたら、必ず最後に、
『で、ナンボ儲かるんや?』
って聞くのよー。」
ってなことをおっしゃってました。
私は、「で、ナンボ儲かるんや?」ってのは非常に「アリ」なんじゃないかと。その企業さんでは、関西弁が社内の標準語になっており、関西出身でない方でも関西弁でしゃべるようになるそうで。私は、その企業さんの社風が非常にフランクで好きなのですが、その社風の根源も関西弁にあるんではないかと想像してます。
確かに日常生活では、あまりお金のことばかり持ち出す人って、ちょっとナニなわけです。
(「ゴーストバスターズ」でリック・モラニスが演じていた会計士とか、「エロイカより愛をこめて」のジェームス君とか(・・・・って、両方、会計士じゃん・・・。))
ただし、企業というのは利潤を追求する場であり、そこでの意思決定というのは、基本的に株主に対してどちらが有利かという「カネ」の話で決めないといけないわけです。
ところが、日本語の標準語というのは、あまり「カネ」の話をするのに向いているとは言えないようで。
「○○や○○というような諸事情を鑑みまして・・・」
というような抽象的なことを ああだこうだ言うのには向いてますが、「本質がなんなのか」をズバっと言うには向いてない。
バブルの時の大企業内の意思決定のありさまを覚えてらっしゃる方は思い出していただきたいのですが、
「グローバルな○○を希求するために、当社においても○○を○○し・・・」
みたいな美辞麗句におどらされて、「リスクを抑えてカネを稼ぐ」という企業の本質からはずれた行動をしちゃった例が多数思い浮かびませんか?
また、
「その案は、○○常務のお好みには合わないなあ。」
てな、「カネ以外の要因」によって意思決定が影響されるようになってくると、その会社ももう官僚主義にどっぷり浸かりはじめているわけです。
「で、ナンボ儲かるんや?」
という疑問文は、そうしたビジネスの本質からはずれた要因をフッとばす強力な呪文ではないかと思います。
英語が国際的なビジネスの共通語になったのも、(フランス語なんかより)、「で、ナンボ儲かるんや?」と聞きやすいからではないかと想像いたします。
私も東京育ちですので、デパートで「もっとまかりまへんか?」とはとても聞けない人ではありますが、企業の意思決定にたずさわる際には、(多少お下品になろうとも)、極力「カネ」の話に置き換えて議論をするように心がけております。
(ではまた。)

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苦節111時間

ついにドラクエ�が終了いたしました。
取り急ぎ、ご報告まで。
(ふー。)

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大丈夫?パススルー対応

日本でも「LLP」等、税務上パススルー(pass-through)のentity(そこでは法人税等を申告せず、その出資者に所得を振り分け、その出資者が納税するentity)が導入されることになりましたが、本日は、こうした税務上パススルーのエンティティに対しての関係各方面の対応はちゃんとうまくいくのかしらん?とちょっと心配になったというお話。
以下、興味ない方には限りなく興味ないお話で恐縮です。
例えばファンドなどでよく利用される民法上の組合や有限責任投資組合も税務上はパススルーですが、あるファンドさんから質問を受けまして、興味があるのでちょっと調べてみたケースなんですが、
通常、個人であれば、配当の源泉税は所得税(国税)7%、住民税(地方税)3%のあわせて10%なわけですが、上場会社の証券代行をしている信託銀行さん等は、組合を原則「法人」としてみなして、所得税7%だけ源泉して、地方税3%を源泉徴収してくれないわけです。
残りの3%をどう払うかというのを考えてみると、これが意外にも非常にややこしい。
都税事務所に、「個人の確定申告で、配当の税金3%分を払うにはどうすればいいでしょうか?」と聞いたんですが、「3%(だけ)を受け取る手段がない」とのこと。
もちろん、総合課税でよければ確定申告で地方税も払えますが、ファンドに投資をするようなお金持ちの個人であれば、3%ではなく最高13%くらいの税率になっちゃうこともあるわけです。(そりゃ困りますよね。)
都税事務所さんによると、「とにかく、特別徴収義務者である上場会社さんの方に源泉していただかないと」とのことなので、今度は、いろんな信託銀行さんや証券代行さんに聞いてみたのですが、信託銀行さんごとの対応もまちまちで、これがまたおもしろいというか何というか・・・。
A信託銀行さん
「従業員持株会などのために、組合であっても地方税を納付する仕組みはあるんですが、それは決算期直後、4月10日とか10月10日とかまでに、”東京都が何株分”、”何県が何株分”ということで、最終的に課税される組合員の住所を教えてもらわないと納税ができないんですよ。
今回はもう1月11日が納付期限だったので、どうしようもないんです。」
「といっても3%はどうすればいいの?」
「どうすればと申されましても・・・。とにかく、このご説明でご納得いただければありがたいんですが・・・。」
「じゃあ、配当した上場会社の方に直接相談してみます。」
「あの、当社が証券代行をやっているので、会社の方にお問い合わせいただくのは困るんです・・・。これでなんとかお納得いただければ・・・。」
(お納得いただければっても、ねえ。
「3%払わずに、そのままバックレてください」ということでしょうか。)
B証券代行さん
「決算期後1ヶ月以内くらいに何県に何株分というのを言ってもらわないと納税できないんですよ。本来、取り次いだ証券会社さんが、そうした手続きを投資家に促さないといけないはずだったんじゃないかと思いますが。」
「都の方では受け取る手段がないといってるし、3%はどうすればいいんですかね?」
「銀行から、地方税3%分を(申告しないで直接)都や県の口座あてに納付しちゃえばどうですか?」
(なるほどー。それだと確かに払ったことにはなりますが・・・。)
C信託銀行さん
「上の者に聞いてみましたが、当社ではそういうのは対応してませんとのことで。会社に直接問い合わせてみてください。」
(って、会社に振られても、会社の方もそんなディープな話わかんないから、信託銀行さんにお願いしてるんでしょうし・・・。)
D信託銀行さん
「信託銀行間の申し合わせで、『組合は法人とみなす』ということで決まってるんですよね。東京都の主税局に問い合わせても、『実際の株主が誰かに関わらず、見かけの株主の種別で源泉すればいい』ということで了解を得ています。
たとえば、こういう例もあります。保振から株券を出したのに名義書換を忘れていたら、保振は法人だから7%しか源泉されてないわけですよ。だけど、配当は最終的にその個人株主の方が受け取ったりするわけです。それで、確定申告して納付していただいている例はあります。」
(といっても、組合は「組合員が法人か個人かは見ただけではわからない」というのが「見かけ」なんだから・・・。)
推測するに。
株式投資をしているファンド、たとえばベンチャーファンドであれば、そもそも投資先の会社が配当なんかしないことが多いし、未公開だから配当があっても個別の相談で融通もききます。また、投資した会社がIPOして配当して3%の源泉の処理がうまくいかなくても、日本のファンドへの投資家は、まだ法人が多いと思われるので、今まであまり問題が表面化することもなかったのではないでしょうか。
もちろん、配当基準日の直後に、ちゃんと都道府県別の内訳を伝えておくのが最も望ましい処理なわけではありますが、仮にそこを誰も気づかないと、地方税の空白地帯が出現してしまいます。
LLPができたり、個人がファンドに直接投資するようになると、そもそも「法人」「個人」という2区分しか念頭にない処理はまずいですね。今でも、社員持株会のように、社員の住んでいる地域別に地方税を納付してくれている例もあるようですが、そもそも「組合がパススルーだ」というのは、ファンドや証券会社や信託銀行さんなら当然ご存じであるべきで、黙ってても最終的な投資家の法人・個人の別や都道府県別の内訳で源泉徴収されるような発想にしとかないと、「パススルー(LLP)時代」に対応できないんじゃないかと思います。
(ではまた)。

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杉田かおる!(さん)

投資関係者方面に衝撃が走りますでしょうか。(記事
「IT系社長」に続き「投資会社社長」も結婚対象として人気が高まるとなると、「将来自分のファンド作るぞ!」という若者も増えるかも。
Pass-Through entityの整備などで投資をやる人の経済的インセンティブを増やすことも大切ですが、人間なので、そういった方面のインセンティブも非常〜に大切ではないかと思います。
(あっしにゃ、あまり関係ござんせんが。)
では。

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不完備契約としての租税法

先日のMSCBの議論の中で、47thさんから「会社法は、取引費用(transaction cost)を節約するための契約の雛形(standard from of contract)に過ぎない」という観点をいただきました。
会社法ではないですが、租税法の領域で同様の観点を持つ面白い論文を見つけましたので、ご紹介します。

租税回避の経済学:不完備契約としての租税法(渡辺 智之)
http://www.mof.go.jp/f-review/r69/r_69_153_168.pdf
要約:
経済活動のグローバル化や情報通信技術の発展などを背景にして,租税回避の問題が大きな注目を浴びるようになってきているが,租税回避に関する経済学的分析はまだほとんど行われていない。その結果,経済学においては,租税回避と脱税,あるいは租税回避と節税の区別すら必ずしも明確には行われてこなかったのではないだろうか。本稿は,「法と経済学」の成果を援用しつつ,租税回避の経済学的な位置付けとその社会厚生上の評価にとりかかろうとする試みである。
本稿ではまず,租税法の不完備な性格と納税者のインセンティブを考えると,租税回避は必然的に発生することを述べる。次に,租税回避を「否認されるかもしれないタックス・プラニング」と規定した上で,租税回避行動の簡単なモデルを提示する。その上で,租税回避が租税法の不完備性を補完する役割を持っていることを評価して,租税回避を根絶することは不可能なだけでなく,必ずしも望ましくないと主張する。一方,租税回避を納税者の最適化行動に委ねた場合には,租税回避が社会的に最適な程度を超えてしまう可能性が強いことから,何らかの租税回避抑制策が必要なことを述べるとともに,いくつかの具体的な抑制策とその効果について検討する。

契約理論等の基礎知識がなくても、文章としてスーッと読めますので、ご興味のある方はご一読を。
どのへんが面白いと思ったかというと
この論文でも、

一方,租税法は課税当局と納税者の間で結ばれる「契約」の内容を示したものであるという見方がある(Scholes et al.(2001);p.4)。但し,課税当局はこの「契約」の条件(租税法の内容)について,一般には個々の納税者と交渉することはなく,納税者が受け入れなければならない標準的な契約内容を租税法という形で提示する。

というように、法律というのは契約の「ひな型」なのだ、という考え方に立っているところが一つ。
また、「脱税」「節税」「租税回避」等の違いを、「経済学の立場から」検討しているところが2つめ。
法律論の立場からは、「脱税」は法律違反、「節税」は法律が予定するところに従って税負担の減少を図る行為であるのに対して、「租税回避」は法が予定しない異常な法形式を用いて税負担の減少を図る行為、というような説明が定着しているんじゃないかと思いますが、「脱税」だろうが「節税」だろうが、税負担の結果だけから見ると厚生経済学的観点からは同じじゃん?というような問題提起もなされた後、筆者は結局、

節税を「否認されないタックス・プラニング」,
租税回避を「否認されるかもしれないタックス・プラニング」

とする立場を採用されてます。
要は「リスク」という観点から節税と租税回避の違いを経済学に落とし込もうという試みですね。(ふむふむ。)
また、

租税法の不完備な性格と納税者のインセンティブを考えると,租税回避は必然的に発生する

とか、

まず,租税回避がゼロの状況が必ずしも社会的に望ましくないことを説明しよう。第一に,前節で議論したように,あらゆる場合に対する適用を明らかにするような租税法の文言を書くことは技術的に不可能であり,仮に,それを目指して,租税法を制定しようとすれば,租税法の文言は無限に長くなり,その制定・適用に伴う費用がどこまでも大きくなって,その費用が租税回避を根絶する便益を上回ってしまうであろう。第二に,本節の議論が示唆するように,仮に租税回避が全く行われなくなれば,租税法の不完備性は,そのまま存続し,租税法の適用に関する予見可能性の向上がもたらされない可能性がある。この意味で,ある種の租税回避は,租税法の不完備性を補完する役割を果たしてい
る可能性がある。即ち,租税回避という納税者の行動が,現行の租税法の不十分な点を浮き彫りにし,租税法の改善を促す契機になりうるのである。従って,租税回避が全く行われない状態が,社会的に望ましいとは必ずしも言えない。

というようなことをおっしゃってるのも、(税収を考えるべき)財務省財務総合政策研究所のフィナンシャル・レビューに掲載された論文だということを考えると面白いのではないかと。
つまり、租税回避というのを租税法に対する「ハッキング」と考えると、「ハッカーが存在することによって、システムのセキュリティレベルが向上するという面もあるんだよ」みたいなことを言っているようなもんでしょうか。
(これもまた「荒っぽい例え」なので、ツッコミどころ満載ですが。[笑])
MSCBの問題は不完備契約の問題か?
ちなみに、(この論文からは直接つながらないですが)、MSCBの問題は不完備契約の問題なんでしょうか、どうでしょうか?
法律として「不完備」だから、法が予定しない条件のCBが出てきちゃった、という見方もできないことはないと思いますが、私は、一般の人にはオプションバリューがピンと来ないという「限定合理性」的問題の側面が強いような気もします。
これも、以前申し上げたように、新聞社等が公共財的にオプションバリューを公表することにしても、そのコストは非常に小さいでしょうし、それによって、有利発行かどうか微妙な線上のものは、「取締役会での決定だけでなく、株主総会の特別決議を経ないとリスクありまっせ」、ということになって、そういう手続きをちゃんとを踏むか、または事実上発行できなくなるかのどちらかに明確に振り分けられるようになっていく気もします。
(ご参考まで。)

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デイトレーダーとLinux

いわゆる「デイトレーダー」を含む株式市場で頻繁に売買を行う個人投資家については、いろいろ功罪が言われますね。「市場の流動性を高める(つまり、取引量を増加させることによって、注文の執行がより早く、確実に、なめらかに行われ、市場の機能を高める)」という好意的な意見もありますが、批判的な意見の方は、「プロのファンドマネジャー等に比べて知識不足で頭もあまりよくないのに、目先の利益だけを追って意味のない売買を繰り返しているやつら」というようなデイトレーダー像を持たれているようです。
証券取引に詳しい金融関係者やマスコミの方と話をしていてもそう思ってらっしゃる方が結構多いのですが、あながちそうとも言えないのではないかというのが本日のお題。
デイトレーダーを含む証券の売買を頻繁に行う個人投資家層というと「オンライン証券の顧客」ということになりますが、複数のオンライン証券会社のデータを拝見すると、驚くことに、それらのオンライン証券の顧客というのはほとんど常に市場平均に対して数%づつ「勝って」いるんです。(*追記2)
プロのファンドマネジャーでも市場平均を上回るパフォーマンスをあげるのは至難の業ということを考えると、個人投資家ってかなり「頭がいい」んじゃないでしょうか。もちろん、個人ごとに見ると、当然、市場平均を下回っている方も上回っている方もいるわけですが、「全体」としてはプロ以上のパフォーマンスを出しているというわけです。
この理由はいろいろ考えられますが、私のジャスト推測では、ここ5年あまりで、以下のような構造変化が起こってきたんじゃないでしょうか。
「執行コスト」の観点から見た個人投資家の特性
投資家から見た証券の執行コストは、一般に、よく下図のように表されます。
image002.gif
証券取引のコストというと真っ先に思いつくのが「手数料(Commission)」。
オンライン証券会社の登場によって、個人投資家も大口の投資家と同様の手数料率で取引ができるようになりました。手数料率が10分の1になれば、頻繁に損切りして損失のリスクを最小化したりもしやすくなります。
ただし、手数料はあくまで「氷山の一角」であって、パフォーマンスに影響する要素は他にもいろいろあります。
一般の個人投資家が機関投資家より有利な点として、「マーケットインパクト(Market Impact)」が考えられます。個人投資家が100万円だけ買うのであれば現在の取引価格で買えても、機関投資家が5000万円分買おうとすると、その銘柄の「板の厚さ」にもよりますが、株価がかなり上がってしまう可能性大です。結果として、同じ銘柄で同じタイミングで買った場合、機関投資家の平均取得コストは個人投資家の取得コストより上がってしまうはず。(結果としてパフォーマンスは落ちる。)
同様に、「Timing」のコストがあります。ある銘柄を個人投資家が100万円買うのなら30秒後に注文が執行される場合でも、機関投資家が5億円分取得しようとしたら、取引量から考えて数日間に分けて買っていかないといけないこともあり得ます。大口で注文を入れる機関投資家だと、この間の価格変動がコストになりうるわけです。
また、「こういう条件の銘柄があったら売買しよう」と考えていたのに買い損ねたり売り損ねたりする「Opportunity Cost」があるわけですが、オンライン証券会社の登場で条件注文が行えるようになったり、24時間思いついたときに発注できたり、または携帯電話等でも市況の確認や発注を行えるようになって、べったり発注端末の前に張り付いている機関投資家でなくても、この機会損失は小さくなったのではないかと思います。
一方、無料の株式情報サービスやアナリストレポートなども増えて、「Research Cost」は個人投資家でも非常に小さくなってます。というか、従来は機関投資家でないと入手困難だったが個人でも使えるようになった情報が、ここ5年間で爆発的に増えました。
おまけに、個人投資家の場合、「人件費」が表面化しません。
オンライン証券1社あたりの預かり資産残高はせいぜい数千億円程度ですが、その(少ない)資産を数万人〜数十万人の人が運用しているわけです。同じ資金量を、機関投資家なら、十数人とか数人で運用するかも知れませんので、個人投資家は得た情報を分析したり投資の意志決定をしたりするのに、潜在的にすごい(数百倍〜数千倍?の)「人件費」をかけているわけです。
当然、一人一人を比べると、プロのファンドマネジャーの方が、一般的な意味では「いい情報」を入手できたり、「頭もいい」かも知れませんが、「マス」で考えると一般の個人投資家(全体)というのは、すごく「インテリジェント」なんではないでしょうか。
これ(追記1/11 8:03 :つまり、人件費を払って同じことをやってもらってもペイするかどうか微妙だが、そうした「自発的な」行為で、市場全体が「よく」なっているとしたら、それって)、ある意味、Linux等のオープンソースのソフトウエアと似てますよね?
ソフトウエア会社で働く「プロ」の方のほうが、一般的な意味ではよく勉強もしているはずですが、そうした「プロ」が作ったソフトウエアより、膨大な数の「有志」が作った無料のソフトウエア群の方が(ものによるでしょうが)うまく機能したりするわけです。
Linux等の開発にも、実は潜在的に大きな「人件費」が隠れているわけですが、プログラムを作る方は、好きでやっていたり、自分で必要があって作っているわけで、その「人件費」は表面化しません。
個人投資家も(分析の高度さや精度はさておき、)1投資単位あたりにかける時間も機関投資家より大きいし、一つの注文に対する「思い入れ」も大きいのではないかと思います。
−−−
「デイトレーダー、けしからん」みたいな評論家的意見じゃなくて、インターネットやオンライン証券会社の登場によって証券市場がどう変化したかという学術的な研究は、(特にアメリカあたりには)存在しそうな気がしますが、まだちゃんと探してません。どなたか、そういった研究をご存じの方がいらっしゃったら、教えていただければ幸いです。
(ではまた。)
(*追記2:損益の計算方法については要検討かも知れません。
 「信用取引損益だけ」とか、個人投資家の中でもかなり知識をお持ちの層のパフォーマンスということはありえそうです。信用の保証金に対する率ということは無いと思いますが、期末の残高に対する損益も含めたものか、実現した損益だけか、分母がどうなってるのか、等細かいところは要チェックですね。
機会があったら調べておきたいと思います。)

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「日本のアルファブロガー」トップ10(中間)に入ったんずや

中間集計段階ですが、「日本のアルファブロガーを探せ2004」の投票数トップ10に入りました。
その中間集計結果を見ると、

・切込隊長BLOG(ブログ)
・梅田望夫 英語で読むITトレンド
・百式
・R30::マーケティング社会批評
・Passion for the Future
・Isologue by 磯崎哲也事務所
・ネタフル
・極東ブログ
・ネットは新聞を殺すのかblog
・NDO::Weblog

という大物の方々ばかりなので、私がいちばん素直に喜んでるんじゃないかと想像しますが。みなさま、引き続き清き組織票をよろしくお願いいたします。<(_ _)>
それから、「いつも正座して読んで」いただいているというはぐれバンカーの呟きさんからトラックバックいただきました。
昨日の記事「アホの経済学とデリバティブ」を、どんだんず君という翻訳エンジン(?)を利用して、津軽弁に翻訳していただいてます。
お礼を申し上げるべきなのかどうかよくわかりませんが(笑)、とりあえず、お礼しときます。ありがとうございます。
ではまた。

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アホの経済学とデリバティブ

昨日、「投資契約もオプションだ!」というお話をさせていただきましたが、そこで申し上げたかったことを別の観点から申し上げると、「世の中のあちこちにデリバティブ的な要素は潜んでおり、そこが大きな『情報の非対称性』となっていて、市場をゆがめる原因になっているんじゃないか」ということです。
47thさんからまたトラックバックをいただきまして、非常に参考になりますので長めに引用させていただきますが、

アメリカの会社法で80年代から90年代頭にかけて流行った議論の一つに、「会社法の強行法規制」という問題があります。説明しだすと、長くなってしまうので、ものすごく簡単に言ってしまえば、次のようなものです。

会社法は、取引費用(transaction cost)を節約するための契約の雛形(standard from of contract)に過ぎず、当事者が望むのであれば、定款で会社法の規定の適用を排除することは自由である。

さすがに、この見解を100%正しいとする見解は主流派とはなりませんでしたが、それでも、この見解はコペルニクスの卵あるいは天動説から地動説への転換のような意味を持ち、現在のアメリカの会社法では、ある会社法上の規制を是とする根拠はどこにあるのかについて、非常に意識的に議論が向けられるようになっています。

こうした議論では、法律がある経済活動を「禁止」ないし「困難化」(ここでは、あわせて「規制」と呼びましょう)することによる社会的な損失にも目が向けられます。というよりも、そうした「規制」による損失を正当化するだけの根拠がなければ、それは強行法規(当事者が合意によって排除することができない法規)としての地位を確保し得ないことになります。
その反面、当事者の自治に委ねる以上、関係当事者が適切な意思決定をできるように、十分な情報開示がなされたかどうかが極めて重視されます。
そういう意味では、現在のアメリカの会社法の方向性は、企業の選択肢を広げた上で、ディスクロージャーの充実による、自発的な利害調整に多くの役割を期待しているといっていいでしょう。

とのこと。
この47thさんが紹介された論理にはもう一つ、「すべての人は非常に頭がいい」という前提が隠れているはずです。
つまり、「MSCB(転換条件修正条項付転換社債)や投資契約に基づくオプションやデリバティブ的な価値というのが合理的に算定できる能力をすべての市場参加者がわかっている」のであれば、開示された情報を正しく利用することができ、市場は適正な資源配分を保証するはずです。しかしながら、実は、そういった「市場のあちこちに潜むデリバティブ的な要素」のバリューがピンと来る方って、非常に少ないですよね。というか、皆無に近いといったほうがよろしいかと。
指数オプションのようにオプション的要素を純粋に蒸留したようなものならまだしも、MSCBのように商法や証取法とか数学がからみあう「複合芸術」の領域となると、理解できる方がさらにしぼられることになります。
具体的にいうと、(日本でそういうことがわかる方が10万人以上いるとはとても思えないので)、99.9%以上の方はそういうことがわからないわけです。
ということは、こうしたデリバティブ的な要素については99.9%以上の人は経済学的に見て「アホ」なわけですが、99.9%以上の人がわからないとすればそれは「フツー」というのが正しいわけで「アホ」とか「バカの壁」とか呼んではいかんのではないかと思います。
もちろん、証取法などでも「適合性(suitability)の原則」というような形で、こうした弱者(というかフツーの人)を保護する手はずは取られていますが、やはり、MSCBで見てきたように、そうした「ゆがみ」は、いろんなスキームを通じて「浸み出して」来るのではないでしょうか。
証券会社で指数オプションなどをやっていて大きく(1日何百万円、何千万円と)儲けてらっしゃるような方は、やはりというか、「σ」とか「√」とかを見ても決してビビらないような(超理系的な)職種についてらっしゃることが多いようです。
つまり、「デリバティブ的要素」によって市場がマクロ的に見て大きく歪むということはないと思うのですが、ミクロに見ると、大多数の「アホ(フツーの人)」から「超あたまのいい人」がちょっとずつ利益を吸い取って「一人勝ち」する構造になるんでしょうね。
換言すれば、こういうことを許す市場経済というのは、「投資銀行的な人」「ヘッジファンド的な人」に大変都合のいいしくみと言えるかも知れません。さらに「インボー史観」的な見方をすれば、そうしたアメリカにおける経済理論や法理論は、投資銀行やヘッジファンド的主体からの財政援助によって育まれている面は多分にあるんじゃないかと思います。
「それってなんかずるいじゃん」と考えるか、「機会は均等に与えられているのだし、そういう一部の人の一人勝ちを許すことで(旧)共産主義国のようなことにならずに国全体の生活水準がアップしてるのだ」と考えるか、ですが・・・。
(ではまた。)

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投資契約もオプションだ!

さて、昨年末はMSCB(転換価額修正条件付社債)の話で結構(ごく一部方面で?)盛り上がらせていただきましたが、「うちはまだ未公開のベンチャーだから、そのへんはカンケーねーや」と思ってらっしゃる方。あながち関係ないとは言えないかも知れませんよ。
MSCBの話は要するに、「資金調達手段の中に隠されたオプション性」をどう評価するか?という問題だったわけですが、オプションというのは何も証券に限った話でなく、「経営活動のほとんどがオプションである」と言っても過言ではありません。(いわゆる、「リアルオプション」的な考え方、ですが。)
特に「契約」、とりわけ「投資契約」というのは、資金調達手段に関わる金融オプションそのものとも言え、MSCBと同じ問題をはらんでいます。
例えば、あなたの会社が今、投資家から投資を受けようとしているとします。
シンプルに発行済株式の10%の株式を発行して1億円調達するのであれば、投資家は会社の価値を10億円と評価してくれていることになります。ただここで、投資家側が「投資契約を結んでくれ」という話になったらどうでしょうか?
日本でも、ネットバブル前(1999年以前)は、大手のベンチャーキャピタルさんでも、投資の際に投資契約をまったく結ばないか、結んでもペラ1枚程度の契約だったりもしたわけですが(苦笑)、最近ではさすがに、(シリコンバレーのように厚さ10cmとまではいかないまでも)、それなりにいろんな条件付いた投資契約を締結したり、優先株式を使ったりということも行われるようになってきました。
単に「公開に向けてがんばります」とか「損益は毎月報告してちょうだいね」というような条件の契約であれば、あまり「オプションバリュー」は考えなくてもいいかも知れませんが、「残余財産の分配権」や「優先引受権」、「共同売却権」、「exit時の優先配当権」等が、優先株式や投資契約の条件についてたらどうでしょうか?
それらは明らかに投資家に有利なオプションバリューを持つことになりますので、MSCBと同じく「(株価に発行済株式数をかけた)表面上の企業価値評価」よりは「有利発行」されているとも考えられます。未公開で株式譲渡制限のついた会社では、株主総会の特別決議を経て新株を発行しますので、条件について既存株主と後でもめる可能性は公開会社よりは低いかも知れませんが、「御社を10億円と評価してますよ」という言葉にのって投資してもらったら、実はオプションバリューをよく考えたら3億円でしか評価されてないのと同じだった、ということにはなるかも知れません。(実際、投資家側から出てきた初回の契約書案をよく読んでみたら、投資家側に非常〜に有利な条件になっていた、というケースはよくあります。)
こうした条件のオプションバリューを数理モデルで計算して株価を決定しているという話は日本ではあまり聞きませんが、シリコンバレーなどではそういうこともやってるんですかね?(「厚さ数cm」の契約条件全部をオプションモデルに落とし込むのは、投資交渉のバタバタした中では難しいので、やってないんじゃないかと想像しますが。おおかたは「そういう条件はフェアでない。」「他社でもこういう条件をつけてることが多い。」てな(「文科系的」な)やりとりで決まってる気もします。)
ただ、ベンチャーキャピタルや再生ファンドなど専門の投資家さんは、こうした条件の持つオプションバリューやその相場観は、(数理モデルを持っているかどうかはともかく)、感覚的にはお持ちだと思いますので、このへん、スタートアップして間もなかったりファイナンスに疎かったりするベンチャー側の経営者と投資家との「情報の非対称性」が非常に大きい(つまり、うまく投資家に丸め込まれやすい)ところではないかと思います。
(ご参考まで。)

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