「電子系の法律」について考える(第2回:パブコメ募集と脊髄反射的ツッコミ。)

さて、本日8月1日付で、法務省から「電子登録債権法制に関する中間試案」に関するパブコメの募集が出ました。
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=300080002&OBJCD=&GROUP=

電子登録債権法制に関する中間試案
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1030&btnDownload=yes&hdnSeqno=0000012563
電子登録債権法制に関する中間試案の補足説明(補足といいつつ、こっちの方が長い)
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1030&btnDownload=yes&hdnSeqno=0000012564

上記は、(法務省の文書なので あたりまえですが)、「意思表示」とか「質権」とか「信託」など、法律的なお話が中心なので、とっつきにくいかも知れません。
これとは別に、今年の3月27日に経済産業省から、「電子債権プログラム−次世代産業金融インフラの構築を目指して」というペーパーが出てます。
http://www.meti.go.jp/press/20060327006/20060327006.html

【概要】
http://www.meti.go.jp/press/20060327006/denshisaiken-gaiyou-setpdf.pdf
【報告書本体】
http://www.meti.go.jp/press/20060327006/denshisaiken-houkokusho-set.pdf

電子債権の利用法や金融の現状が想定されているので、こちらの方が読みやすいかも知れません。
電子債権検討の経緯
もともと、某系統金融機関さんが「電子手形」なるシステムをウン十億円出して作ったけど、誰も使わなかったので、「手形の電子化」という観点から法制化を図る検討がはじまったと聞いています。
手形の取引量が激減する中、それをただ電子化しても誰も使わないのが目に見えているので、シンジケートローンなど、他の債権の譲渡にも使えるように、仕様を拡張してきた・・・という経緯のようですが、しろうとながら、全体に「つぎはぎ感」が漂っている気がするのですが・・・。
認証のレベルとネットワーク外部性
【概要】を読むと、「4.電子債権の管理・流通インフラの在り方」で、

�本人確認の方法については、セキュリティの強度とコストとはトレードオフの関係にあり、一律に高いセキュリティを課すのは現実的ではなく各商品の性質と利用者のリスク許容度に委ねる部分も必要である。

というようなことにも一応、配慮されてはいます。いつの間にか1億円の債権が他人のものになってました、というのは困るので、そういうのはID・パスワードでは、ちと怖い。
先日のe-Taxの話とは逆に、実際問題として、認証のレベルはかなりに固くしないといかんのではないかという気がします。
現在、商業登記や不動産登記も電子登記が行えるようになっているんですが、当然、認証は固いし、固くなくては困る。
結果として、どの司法書士さんに聞いても、「ちゃんと使ってる人は見たことがない。」
「だって、全員の住基カードとかもらってまわるより、ハンコ押してもらった方が早いじゃないですか。」
「e-Tax」の場合には、申請者(と税理士)の電子署名があればいいので、やる気になればできないこともない。しかし、多数の当事者がからむ登記実務では、全員が住基カード持ってるという確率は今のところほぼゼロなので、誰も使わないわけですね。
さらに、電子債権の場合には、基本的に債権が手形のように転々と譲渡されることを想定してますから、「ネットワーク外部性」は、さらに強力に働く。つまり、当初の当事者がその電子登録債権を使う気になればいいというだけじゃなくて、その譲渡先と想定される投資家等も、それを使う気になるということが期待されないと、そもそも当事者が使う気にならないわけです。
結果として・・・まったく普及する気がしません。(よね?)
グローバルな取引はどうするんでしょうか
この管理機関は法令で政府の監督下に入ることになるんでしょうけど、その場合の実装として、「電子署名法の認定認証事業者」が認証した鍵でないとダメというようなことになると、実質的に、国外の投資家との取引では使えないんじゃないかと。法務省の中間試案はもちろん、経済産業省の電子債権プログラムでも、基本的に「国際取引」という視点が全く存在しないんじゃないでしょうか。
唯一、経済産業省の電子債権プログラムに、
「東アジアの域内資金調達市場としての『国際電子債権市場』などを将来的な構想として考えられるのではないかという意見もあった」
てなことが書いてありますが・・・なんで東アジアに限るのかナゾですし・・・債権流動化の実務においては、欧米の投資家が想定できないんじゃ、話にならないのではないかと。
下請けイジメ?
【概要】に曰く;

国や地方公共団体が支払人となる売掛代金債権は非常に多い(官公需契約実績額は平成15年度で約10兆円)。官公庁から民間企業に対する支払を電子債権によって行うことは、電子債権の普及に拍車を掛けるとともに、(以下略)

これはすごい構想!
電子調達などで、政府が代金を銀行振込する代わりに「電子債権で払うから」とやられちゃったら、これは究極の電子債権普及策かも知れません。断れないでしょうから。
が、支払われる民間企業は、うれしいでしょうか?

未確定分についても、率先してできるだけ抗弁付き電子債権として登録し、(譲渡)担保とすることを認めることで、国の保証や利子補給等の直接的支援によらない、中小企業等の資金調達環境の整備にもつながるとの指摘があった。

これで銀行のファイナンスが付きやすくなるんだったら、メリットあるかも知れませんね。
(「中間試案」で、「抗弁」というのが具体的にどう実装されているのかは、よく読み取れません。)
ただし、完了していない政府への納入担保なら金を貸してくれるが、政府との契約書を見せても金を貸してくれないという企業も、微妙な線ですね。
電子債権が担保にされる実務が増えたら増えたで、(特に、政府向けの売上が多い企業などは)、他の一般債権者は、かなり劣後した立場に置かれるかも知れませんね。
金融商品取引法との関連
今度施行される金融商品取引法では、従来、証券取引法で規制されていたものよりも、かなり広範な概念として「有価証券」をとらえてますが、「中間試案」では、この電子登録債権が金融商品取引法とどういう関係になるのか、ということについて、全く触れられていません。
証券取引法等の一部を改正する法律
http://www.fsa.go.jp/common/diet/index.html

(定義)第二条
この法律において「有価証券」とは、次に掲げるものをいう。
(中略)
2 (略)次に掲げる権利は、証券又は証書に表示されるべき権利以外の権利であつても有価証券とみなして、この法律の規定を適用する。
(中略)
七 前各号に掲げるもののほか、前項に規定する有価証券及び前各号に掲げる権利と同様の経済的性質を有することその他の事情を勘案し、有価証券とみなすことにより公益又は投資者の保護を確保することが必要かつ適当と認められるものとして政令で定める権利

現在、上記の「政令で定める権利」に指定される方向なのかどうかはわかりませんが、少なくとも、電子登録債権で資金調達して一般投資家に迷惑をかけるヤカラは絶対出てくるでしょうから、指定されるのは間違いないところ。
銀行だけで完結するようにすれば「公募」として重たい開示が求められるということもないのでしょうけど、銀行方面では、電子債権の議論にシンジケートローンの話が取り上げられてること自体、「ふざけんな!」と憤ってらっしゃる方もいらっしゃるとも聞きます。
(引き続き、勉強してみます。)

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サーバ増強いたしました

本日の日経新聞でも、東証さんや証券各社がシステム増強、とのことですが、(それとは何の関係もないですけど)、本ブログのサーバも、本日よりリソースを倍増いたしました。
「コメントを書こうとしたらエラーになった」等のご報告をちょくちょくいただいてまして、私も管理画面にアクセスしたら時々エラーが出るような状況が続いてましたが、負荷のモニタリングをしても、かなり軽くなったような気がします。
(ブログ等の負荷管理をされてる方のことが他人事とは思えません・・・。)
「トラックバックがうまくいかない」というご連絡もいただきますが、これはサーバのリソースの問題ではなく、どうもMovableTypeのトラックバック管理機能の問題の模様。(試してみると、「〜」へのトラックバックは失敗しました: HTTP error: 403 Throttled ・・・というメッセージが出ます。)
最近、トラックバックが激減してるので、かなりのトラックバックをお受けできてないのではないかと思います・・・。これからお盆に向けてトラフィックも減るでしょうから、この期にMT3.2から3.3にバージョンアップするなど、対策を練ってみます。
ご迷惑おかけしてますが、もう少々お待ちください。
(ではまた。)

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「電子系の法律」について考える(第1回:日本の認証インフラの現状とハンコ文化)

今週、「電子登録債権法制」の中間試案がまとまったようですが、先月、それに関する勉強会(学者・実務者の集まりの任意のもの)に参加したのですが、えー、一言で申し上げると、これがすさまじくイケてないように思われるわけであります。
この法制は、単なる手形小切手法や民法といった法律問題だけ考えればいいものでなく、ファクタリングや証券化といった金融実務のお話や、IT技術、ネットビジネスや経済学的なマインドの話もあわせて考える必要があるため、
image003.gif
全部いっぺんに考えると頭がこんがらがるので、今回は電子債権について考える前に、もっと基礎的なレイヤーのお話として、電子認証を中心とする日本の電子法制の現状がどうなっているのか調べて、私なりに整理してみました。
話は長いですが、結論は簡単でして、
「堅いシステムを作り過ぎて、本末転倒になってまへんか?」
ということであります。
以下、お時間のある方はお付き合いください。
電子署名とは
電磁的記録(パソコン上などのファイル)というのは、ご案内の通り、簡単に書き換えができますので、確実に本人がその文書を作ったということを確かめるためには、本人しか知らない秘密鍵によって、その文書に電子的に署名することが必要・・・てなことが言われてます。
「技術的には確かにその通りだが、それ、ホント?」というところをちょっと考えてみたいと思いますが、その前に、なぜネット上で認証技術が必要になるのか、ちょっとだけ。
(ご興味ない方は、「無茶苦茶ややこしそう」という雰囲気だけつかんでいただいて、次の「電子署名法」の項にお進みください。)
公開鍵暗号方式、例えばRSA方式では、暗号化の逆の操作で署名を行うわけですが、やっていることは単なる掛け算(ただし「剰余系」の上での乗算)です。
署名したい文章(文字列=数列)に秘密鍵を乗じたものを「署名」とし、署名を受け取った者は、公開鍵を乗ずることによって、(公開鍵は秘密鍵の「逆数(ただし剰余系での)」なので、掛けると「1」になって元の文章が出てくることで)真正な署名であることが確かめられます。
つまり、署名s (平文aのd乗=ad)を受け取った者は、公開鍵r を乗ずることによって、nを法とする剰余系上で、
sr modn≡(ad) r modn≡adr modn≡a
というように、もとの文章aが復元されるため、秘密鍵dの保有者が、この文章aに署名をしたことがわかります。
image005.gif
RSA方式の署名は暗・復号化の処理スピードが対称鍵暗号に比べて千倍程度遅いため、暗号・署名の製品の実装では、文章を「ハッシュ関数」という関数で「要約」して、それに署名を行います。
一方向性ハッシュ関数とは、不定長の文字列を、ある一定の長さの文字列(128bitなど)に要約する関数。128bitというのは、漢字わずか8文字程度の情報量しかないのに対して、要約する元の文書は無限に存在するわけですから、理論上はまったく同じ128bitの文字列に要約される文章は無限に存在します。
ただし、2128というのは、1兆の1兆のそのまた1兆倍以上の数。毎秒1兆個づつカウントしても、宇宙の寿命の間には数え終わらないくらいですから、非常に「使いで」はあります。
「良いハッシュ関数」は、違う文字列から同じ要約値がバッティング(collision)する可能性や、要約値から本文が推測できる可能性を極めて低くしています。(つまり、100ページの契約書の句読点を一箇所変えるだけで、そのハッシュ値は、以前と全く違った、元が推定できない値に変化します。)
日本の電子署名法等が前提としているのは、公開鍵暗号(署名)方式としてRSA、ハッシュ関数としてSHA-1を利用したものになっている模様。
電子署名法
この電子認証について定めた法律が電子署名法(「電子署名及び認証業務に関する法律」平成十二年五月三十一日法律第百二号)ですが、この法律のキモは、以下の第3条。

第三条  電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。

(よく存じませんが)、これは、民事訴訟法の「書証」に関する規定(民訴228条1項)

第二百二十八条(文書の成立)第4項
私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

等に対応するんでしょうね。
電子署名法のその他の規定は、ほとんどすべて、主務大臣が認定する認証事業者について述べられているわけですが、ただ第3条をよく読むと、「主務大臣の認定を受けた認定認証事業者の認証した暗号鍵による電子署名で署名された電磁的記録しか、真正に成立したものと推定しないよ。」とは、書いてないですね。
つまり、電磁的記録であっても、それが本人が書いたものと推定できれば、国のお墨付きがある業者が関与しない電子署名でもいいし、そもそも電子署名などなくてもいいはずです。
ではこの、「認定認証事業者」というのは、具体的に、一体どういう方々なんでしょうか。
認定認証事業者
法務省のホームページ、「電子署名法の概要と認定制度について」
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji32.html
を見ると、認定を受けた認証業務は、以下の通り、現在全部で19サービスあるようです。

AccreditedSignパブリックサービス2
日本認証サービス株式会社 (株主:カード会社、商社、ベンダー等多数。)
http://www.jcsinc.co.jp/service/a_sign.html
株式会社日本電子公証機構認証サービスiPROVE
株式会社日本電子公証機構(亜細亜証券印刷等)
http://www.jnotary.com/iprove/iprove/iprove_1.html
CECSIGN認証サービス
株式会社コンストラクション・イーシー・ドットコム (NTTデータ、ゼネコン等)
http://www.construction-ec.com/cectrust/index.html
セコムパスポートforG−ID
セコムトラストシステムズ株式会社 (セコム)
http://www.secomtrust.net/service/ninsyo/forgid.html
AOSignサービス (公共事業における電子入札、方面)
日本電子認証株式会社 (銀行、ゼネコン、NEC等)
http://www.ninsho.co.jp/aosign/
e-Probatio PS サービス (電子入札等)
株式会社NTTアプリエ (NTT西日本)
http://www.e-probatio.com/
TOiNX電子入札対応認証サービス
東北インフォメーション・システムズ株式会社 (東北電力)
https://www.toinx.net/ebs/info.html
TDB電子認証サービスTypeA
株式会社帝国データバンク
http://www.tdb.co.jp/typeA/
ビジネス認証サービスタイプ1
日本商工会議所
http://ca.jcci.or.jp/
電子入札コアシステム用電子認証サービス
ジャパンネット株式会社 (三菱電機系)
http://www.japannet.jp/ca/
全国社会保険労務士会連合会認証サービス
全国社会保険労務士会連合会
http://www.shakaihokenroumushi.jp/ca/ca_home.html
CTI電子入札・申請届出対応 電子認証サービス
株式会社中電シーティーアイ(中部電力、三菱重工等)
https://repository.cti.co.jp/G2B/
よんでん電子入札対応認証サービス
四国電力株式会社
http://www.yonden.co.jp/business/ninsho/
MJS電子証明書発行サービス
株式会社ミロク情報サービス
http://ca.mjs.co.jp/ca/index.html
税理士証明書発行サービス
日本税理士会連合会
http://www.nichizeiren.or.jp/guidance/denshi.html
日本司法書士会連合会認証サービス
日本司法書士会連合会
https://ca.nisshiren.jp/repository/
e-Probatio PS2サービス
株式会社NTTアプリエ (NTT西日本系)
https://www.e-probatio.com/ps/about/index.html
日本土地家屋調査士会連合会認証サービス
日本土地家屋調査士会連合会
www.chosashi.or.jp/repository/
MJS電子証明書サービス
株式会社ミロク情報サービス
http://ca.mjs.co.jp/index02.html

ごらんのとおり、主に、司法書士・税理士・土地家屋調査士・社会保険労務士といった、行政とのインターフェイスを司る士業や、公共事業や電力系の電子入札関係などで認証サービスが使われているということのようです。
「認証なのにベリサインがおらんやんけ?」と思う方がいらっしゃるかも知れませんが、株式会社日本電子公証機構が日本ベリサインを発行局とする電子証明サービスを行っているようです。
(例えば、http://www.verisign.co.jp/press/2005/pr_20050513.html
(そのへんの経緯はよく存じませんが)、電子署名法では、認定認証事業者が政府から管理されて、いろいろ管理監督を受けることになりそうですので、あえて表面に出ずに黒子に徹するというのは、頭のいいやり方かも知れませんね。
本当に「電子署名」は必要なのか?
さて、90年代の中盤インターネットが商用化されたころから、
「インターネットは盗聴や改ざんがあるので怖い」
「電子商取引は電子認証や暗号技術で保護しないと非常に危険」
てなことが言われてたきたわけですが、実際には、ご案内の通り、ユーザはせいぜいSSLになってるかどうかを意識する程度で、「公開鍵方式の秘密鍵」なんてものを意識せずとも、ID・パスワードや、クレジットカード番号を入れるだけで本でも何でも買える簡単で便利な社会がすでにできあがっております。
また、「盗聴」の危険があるにも関わらず、仕事でも、(MS-wordやexcelなどのファイルはともかく)、暗号化しない平文のメールでやりとりしてる方が大半じゃないでしょうか。
ところが、例えば日本の電子申告システムe-Taxなどは、公開鍵を準備しないと電子納税できないガチガチのシステムになってるわけです。
恐ろしく手間のかかるe-TAXの利用
e-TAXのホームページ
http://www.nta.go.jp/e-tax/01.htm
の、「どうやって利用するの?」というところを見ると、

[ご利用の流れ]
1)開始届出書を納税地の税務署長に提出(送信)します。
2)電子署名を行うための電子証明書を取得します。
※電子署名と電子証明書は、インターネットを利用した手続等を安全に行うために使用する印鑑と印鑑証明書のようなものです。電子証明書を取得しておくと、これから増えるインターネットでのさまざまな手続にも利用することができ、とても便利です。
3)公的個人認証サービスなどICカードで発行される電子証明書をご利用の方は、別途ICカードリーダライタを取得する必要があります。
4)開始届出書提出(送信)後、e-Taxを利用するために必要なe-Taxソフト(CD-ROM)や利用者識別番号等の記載された通知書が税務署から届きます。
5)e-Taxソフトをインストールし、暗証番号の変更や電子証明書の登録をします。

と、「開始届出書」を提出した上に、わざわざ住基カードを取得したり、カードリーダライタまで買ってこないと電子申告できない・・・。
ご案内の通り、紙の申告書でも、自署して三文判を押せば申告でき、実印とか印鑑証明が必要ではない。なぜ、電子申告だからといって、実印よりも強固なセキュリティが必要なんでしょうか。
まだ、「還付申告」の場合には、詐欺が発生するかも知れないので、セキュリティもそれなりに考える必要もあるかも知れませんが、こちらから税金を支払おうというのに、そのデータを疑ってかかる必要もないのではないかと。(粉飾されてる可能性がある等は、紙の申告書でも発生する問題ですし、電子署名では防げません。)
こちらの説明ページ:
http://www.nta.go.jp/e-tax/01.htm
で、「動画での説明はこちらから」というところをクリックすると、おねえさんとマスコット・キャラのイータ君が「簡単でしょ?」「うわー、確かに便利!」などと言いながら説明してくれます。全部で17分強もありますが、お時間のある方は、「どこがやねん!」と、ツッコミを入れながら見るのもオツかも知れません。
国税の確定申告書作成コーナーのページ(H17年分はこちら)は、確定申告の計算や印刷用のpdfファイルを作成してくれるのですが、これはなかなか良くできていて私も毎年利用させていただいています。
つまり、国税のシステム全般がイケてない、と申し上げているわけではありませんし、ここまでweb上で作成してプリントして紙で提出するのは、オススメできます。
ただ、なぜ印刷して提出するなら楽チンなのに、同じデータをネットで送信しようとするだけで、いきなり役所に行って住基カードをもらってきたりカードリーダーを買って来たり、CD-ROMからソフトをインストールするといった手間をかけなければならないのか・・・・まったく不明であります。(明らかに、ネットのほうが不便になってます。)
米国の電子申告の現状
これに対してアメリカはどうなってるでしょうか?
アメリカでは、「e-file」というサービスで、個人や法人の申告が行えるようになってます。
こちら
http://www.irs.gov/efile/article/0,,id=118451,00.html
のページに個人向けの説明があるのですが、非常にシンプルで、もちろん、電子証明書入りのICカードを作成したり、カードリーダーを買って来い、といった必要は(もちろん)ありません。

Relax. You’re done. Now SHARE – tell a family member or friend e-file is the smart way to file their federal and state income tax returns!

と書いてありますが、確かにメチャクチャ簡単そう。
「認証」はといえば、
http://www.irs.gov/efile/article/0,,id=101246,00.html

A PIN is any five digits you choose (except all zeros) to use as your electronic signature.

と、たった5桁!の数字(PIN)を入れるだけなので、日本のe-Tax担当の方が見たら腰を抜かすこと必至。なんといっても、5桁だと約10万通りの組み合わせしかないので、1024bitのRSA電子署名よりは、1兆×1兆×・・・倍以上「脆弱な」方法ですけど・・・・それで問題が発生しないんだったら、それでいいんのでは?(せめて8桁の英数字くらいにしたほうがいい気もしますが。)
パスワードを解析して申告書まで偽造するというのは、すごい手間がかかるし、紙で偽の申告書を出すほうが、はるかに簡単ですから、あまりそんなことするやついないと思います・・・。
ちなみに、日本と同様、
http://www.irs.gov/businesses/corporations/article/0,,id=146960,00.html

A1. IRS e-file is the name for the electronic filing of tax returns. When a corporation e-files they send their income tax return data to IRS electronically instead of on paper forms. In 2004 IRS started a new e-file system for corporations, referred to as “Modernized e-file” (MeF) that is web-based, allowing electronic filing of corporate income tax returns through the Internet. MeF uses the widely accepted XML format, a standardized way of identifying, storing and transmitting data.

ということで、提出データのフォーマットはXMLになっております。
また、法人ですが、
http://www.irs.gov/businesses/corporations/article/0,,id=146960,00.html

Q1. Which corporations are required to file returns electronically?
A1. Regulations issued January 11, 2005 require that corporations electronically file their Form 1120 or 1120s for tax periods ending on or after December 31, 2005 if they have assets of $50 million or more and file at least 250 returns, including income tax, information returns, excise tax, and employment tax returns, during a calendar year.

と、「大きい」企業、

A corporation that has 245 employees must file Form 1120 or 1120S electronically if it meets the asset criteria ($50 million or more). This is because each individual Form W-2 as well as the each of the employment tax returns is considered a separate return.

つまり、従業員約250人以上かつ資産50Mドル規模以上の企業は、e-fileで申告することが義務付けられています。
(ここで一点訂正:
以前、「アメリカではクレジットカードで納税ができて、ポイントも溜まるようだ」という話を聞いてブログにも書いたのですが、今見ると、
http://www.irs.gov/efile/article/0,,id=101316,00.html

The Taxpayer Relief Act of 1997 authorizes the Treasury to accept credit card payments for federal taxes but prohibits the IRS from paying a fee or consideration to credit card companies for processing these transactions.

ということで、財務省はカード手数料を負担できず、利用者がカード手数料を負担しているようです。最初からガセだったのか、途中から制度が変わったんでしょうか?)
「専門家に手伝ってもらわないと使えないシステム」でいいのか?
ということで、アメリカに比べて日本のe-Taxのシステムは相当複雑で、開始までの敷居がめちゃくちゃ高い、ということが言えるかと思います。
日本のe-Taxの利用実績はこちら
http://www.e-tax.nta.go.jp/topics/kensu.html
に開示されていて、開始届出書を提出した個人は平成18年7月10日現在累計で127,194人にいるのに対して、平成17年度に所得税の申告をe-Taxで行ったのは34,842人(約4分の1程度)。
法人のほうは、7月10日現在累計で80,477社開始届けに対して、平成17年度に法人税の申告をe-Taxで行ったのは32,484社(約4割)と、個人よりはかなりマシですが、それでも、「やってみようかという気になったけどやっぱりヤメた」人が相当多そうだ、ということが伺えます。
しかも、その実態は、「自分で”簡単に”ネットで送ってる」ということではなさそう。
TKCさんのホームページ
http://www.tkcnf.or.jp/01subete/tkcnfall2005_407.html
に、

 国税庁殿によれば、法人税の税理士関与割合は86.8%(15年調べ)となっています。TKC全国会では〈電子申告を率先して実践することが「税理士としての社会的使命」を果たすことになる〉との認識から、平成16年4月に「電子申告推進プロジェクト」を発足し、その普及促進に努めてきました。
 その結果、国税庁殿の発表によると法人税の電子申告数は23,097件(平成17年5月31日発表)で、このうちTKC会計人(2,091事務所)が行った電子申告数は18,916件と全体の81.9%となり、法人消費税においても全体の18,060件に対して、TKC会計人の実践件数は14,053件と全体の77.8%を占めています。

と書かれてますが、つまり、日本の法人の電子申告というのは、TKCさん一社ががんばって成り立っている、(TKCさんがいなければ壊滅状態)と読めるのではないかと思います。
会社法での対応
さて、「IT書面一括法」や「e文書法」で、メールでの通知や電子ファイルでの保存が幅広く認められてきており、日本全般の電子化については、もうちょっと考え方はフレキシブルかと思います。
先般改正になった会社法も、イケてるんじゃないかと思います。
葉玉さんの「会社法であそぼ」でのQ&Aによると、
http://blog.livedoor.jp/masami_hadama/archives/50866433.html

Q7
今朝の日経新聞に「取締役会決議にメール・・・」という記事が載っていましたが、これ、いいんでしょうか。(以下略)
A7
おっしゃるようにメールは、電磁的方法ですが、メールをすると、メールを受領したパソコンのハードディスクに電磁的記録が作成されます。370条の電磁的記録は、電子署名は不要ですから、普通にメールをして電磁的記録が作成されれば、370条を適用することができます。

http://blog.livedoor.jp/masami_hadama/archives/50756562.html

Q2
370条の「電磁的記録による意思表示」というのはどういった方法を想定されているのでしょうか?最初はメールかな?とも思ったのですが「電磁的方法」ではなく「電磁的記録」としている以上単なるメール審議では足りないように思えます。
A2
取締役が提案に対する同意を会社宛にメールをすれば、会社のパソコンのハードディスクに同意を記録したファイルができます。このファイルが電磁的記録による意思表示です。

ということで、明確に「電子署名は不要」とおっしゃってます。
技術的・理論的には、
「インターネットはオープンなネットワークで他人がデータの盗聴、改ざん等を行っている可能性も否定できないので、平文で電子署名も付されていないメールは、偽造されている可能性がある」
ということになりますが、みなさんの中で、(フィッシングなど知らない人から偽のメールをもらった経験がある人はいても)、知ってるメールアドレスからのメールを偽造された経験を持つ人はほとんど皆無じゃないでしょうか。
取締役のアドレスに宛てて、
「本議案には賛成ということでよろしいですか?」
というメールを送って、
「賛成します」
という返事が来たら、それは常識的にはその取締役によって「真正に作成された」ものと推定してかまわないのではないでしょうか。
また、いくら電子署名を使っても、パスワードやICカードの管理が甘かったら、結局は偽造される可能性があります。
「競争」の視点から考えた電子認証
ということで、RSA等の電子認証を法的に義務付けることが、どういう効果を生んでいるかということを考えてしまうわけですが。
例えば、ストックオプション会計は、ブラックショールズ式や二項モデルなど、σとか√とかが出てきて、文科系の人の95%は頭がクラクラしてしまうわけですが、それでも、それは、「たかが高校程度の数学」のお話なので、がんばれば普通の人なら理解できるはず。
ところが、RSAのように「剰余系上の素数の積が因数分解できるか」、といった話になると、大学の数学科以上のレベルのお話であり、言ってる意味の理解まではなんとかできたとしても、その技術でホントにセキュリティが確保されてるのかどうか、というと、それを証明できる人は世界でも一握り、といったレベルになってきます。
このため、政府などでシステムの方針をどうしようかというときに、システムの専門家から「インターネットは怖いので、ICカードで電子署名しないと危ないですよ〜」と言われたら、99.99%の人は、「あーそうですか」としか言えないわけです。
結果として、ICカードや公開鍵暗号を使ったシステムは、利用者を減らしてシステム投資のリターンを下げますし、(パスワードだけのシステムならブックファースト渋谷店のコンピュータ関連書籍売り場で立ち読みしている茶髪のお兄さんでも組めるかも知れないところが)、日本の名だたる大手SI業者さんにシステム製作を依頼しなければならなくなり、競争原理が働かず、投資額も上昇し、システムのROIを非常に低下させることになります。
また、税理士などの専門家団体の立場としては、webで誰もが簡単に税務申告できちゃうようなことだと中抜きになるので、「一般利用者に使いづらいシステム」こそが「いいシステム」なのかも知れません。が、ホントにそれは、国民全体のためになってるんでしょうか?
長文でしたが、以上のとおり、言いたいことは、「認証を必要以上に堅くすることは、競争原理推進と反対を向いている方針であり、結果として国民の役に立ってないのでは?」ということであります。
(続く)

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「ネット・エコノミー解体新書」連載開始しました

日経BPさんのサイトで、「ネット・エコノミー解体新書」という連載を開始いたしました。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/net/economy/
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第1回は、プロローグですが、今後、「Web2.0」とかいうバズワードとか、「ユーザーがエンフォースされる」とかいう定性論ではなく、(なるべく)財務や統計データを用いて、ネット社会やネットビジネスの実像に迫っていきたいと思います。
今のところ、おおむね2週間おきに掲載予定。
日経BPさんのサイトのなかでも、ちょっと微妙な場所に載ってますので、どのくらいの方々が来ていただけるかナゾですが。
なにとぞ、よろしくお願いいたします。<(_ _)>

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蚊取り線香入り暑中見舞い

マクロミルさんから「蚊取り線香入り」暑中見舞いをいただきました。
(こりゃおもしろい。)
16cm×16cm×厚さ1cmくらいで、あの(薄い金属板で出来た)線香立ても入ってます。
P3s.JPG
「マクロミル オリジナルアロマ」だそうで。早速、家で使わせていただきます。
どうもありがとうございました。
(ではでは。)

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Web2.0は「エロス」である

奥さんがレポートをまとめるために読んでいた、プラトン著「饗宴」
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に載っている、ソクラテスがディオティマという婦人から聞いた話として「エロス」についてまとめにかかる部分の記述。(124ページ)

こういう風にして彼はまた職業活動や制度の内にも美を看取しまたこれらすべての美は互いに親類として結びついていることと、ひいてまた肉体上の美には極めて僅かの価値しかないことを認めるように余儀なくされねばなりません。そうして職業活動の次には、その指導者は学問的認識の方へ彼を導かなければならぬのです、それは彼がこれからは認識上の美をも看取することができ、またすでに観た沢山の美を顧みて、奴隷のように、一人の少年とか一人の人間とかまたは一つの職業活動とかに愛着して、ある個体の美に隷従し、その結果、みじめな狭量な人となるようなことがもはや無くなるためなのです。むしろそれとは反対に彼は今や美の大海に乗り出してこれを眺めながら、限りなき愛智心(フィロソフィア)から、多くの美しくかつ崇高な言説と思想とを産み出し、ついにはこれによって力を増しかつ成熟して、これから私が述べようとしているような美へ向かうある唯一無類の認識を観ずるまでになることが必要なのです。

「Web2.0の本質は何か?」という問いに対して、ロングテールだとかuser-created contentとか言われても何だかピンと来ませんでしたが、ブログにしてもSNSにしてもトラックバックにしてもコメントにしても、すべて「他の人や”職業活動”や”学問的認識”と関わり合いを持ちたい気持ち」=エロス、なのだと考えると、非常にすっきり腑に落ちますですな。
ルネサンス期にはネオプラトニズムが盛んになったようですが、現在はそうすると、21世紀のルネサンス期でっしゃろか。すばらしい時代に生まれたもんです。
(ではまた。)

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今日のできごと

オフィスから新幹線で新横浜のホテルに戻り、誰もいないエレベータに乗ったら、「すみませーん」と、後から若い女性5、6人の一団が乗りこんできた。
「ミキは何階だっけ?」
「○かーい。」
と言う方をふと見ると・・・あの安藤選手でありました。
(おしまい。)

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ラー博で安藤百福のベンチャースピリットを学ぶ

わけあって、本日は一家で新横浜に宿泊。
腹が減ったので、ひさびさにラー博にでも行こうということになり、入ってみると、「世界に1つだけのオリジナルカップヌードルが作れる!」という「マイカップヌードルファクトリー」てな企画をやってました。
自動販売機で、カップヌードルのカップ(だけ)をまず購入し、その外側に好きな絵をマジックで描く。
300円×2個買って息子たちに渡したら、喜び勇んで絵を描きよるわけです。
「ファクトリー」の全貌はこんな感じ。
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そしてこれが、日清食品創業者安藤百福氏の大発明、「麺を下に置いて上からカップをかぶせる」方式なり。
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カップヌードルの麺は台形(錐)の形をしており、カップの底に空間が開いていて、お湯が下からも行き渡るようになってるわけですが、その台形の麺をカップの上から入れようとしても、横になったり斜めになったりしてなかなかうまく入らない・・・。
で、台形の麺を下においてカップを上からかぶせ、麺をせり上がらせる方式を考案したら、これがうまくいった。
その百福氏の感動を追体験できる装置であります。
次に、スープ(しょうゆ、カレー、SIO等)や、好きな具を選んで、オリジナルの味を作ります。
「チキンカツ」等、ここだけしかないスペシャル具材もそろってます。
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おねえさんが「このようにできました」と確認。
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上ぶたを圧着。
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シュリンクラップをかぶせて、
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熱を通すとあら不思議、ラップが縮んでカップに密着していきます。
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これで、元祖シュリンクラップ契約・・・じゃなかった・・・カップヌードルの完成。
(ではまた。)

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spring-loaded stock options

前回のエントリ「村上ファンド判決とストックオプション制度の終焉」に、「らっしー」さんからコメントいただきました。

アメリカでもspring-loaded stock optionsがインサイダー取引じゃないかという議論があるようですよ。
(略)

ご参考までに。

ありがとうございます。大変参考になりました。
ご紹介いただいた記事がこちら。
http://www.professorbainbridge.com/2006/07/springloaded_op.html
また、同記事に引用されてますが、WSJでも、spring-loaded stock optionsについて、米SECが捜査に入ってるが、違法かどうか意見が分かれている、という解説記事があります。
Can Companies Issue Options, Then Good News?
http://online.wsj.com/(購読してないと読めないかも。)
記事では、まず「バックデート」について説明。

Options give recipients the right to buy a share of stock at a set price, typically the closing share price on the date a grant is made. Companies that backdate are setting the grant date retroactively to align with a stock’s low point, creating an instant paper gain.

前回のエントリでも書きました、株価が底の日に遡ってストックオプション関係の書類を捏造する方法ですが、少なくとも日本では登記の期限(2週間)や適時開示(適時開示規則第2条第1項第1号uおよびaなど)との関係上、この反則技は、ちょっと使えないかと思います。
つまり、ストックオプションについては、日本の開示規則の方が、アメリカよりしっかりしている、ということでしょうか?
次に、これに対比させて「spring-loaded option」について説明しています。

By contrast, spring-loaded options usually are priced the same day they are granted. The catch: Companies are aiming to build a quick, expected gain into a grant, by assuming that good news — like an upbeat earnings forecast — will push the stock price up in coming days.

つまり、株価が跳ね上がるようなネタを公表する前(株価が上がる前)にストックオプションを付与し、その後株価が跳ね上がって短期的に大もうけ、ということを狙ったストックオプション、ということかと思います。
昨日申し上げた事例で、第三者との事業提携において、それを発表する前の株価で第三者割当増資をする場合には、「株もたせてくれないんだったら提携しないもんね」と言われるかも知れないので、実務の提携の際には、新規事業の価値を含めない、それまでの株価をベースに増資時の株価が決められているのではないか、と申し上げました。
これに対して、企業の従業員に付与するストックオプションでは、従業員は「ストックオプションくれなきゃ働かね」「これからやる新規事業には協力しねえ」と言えるかどうか微妙。その人の関与がある場合には、事業提携の場合と比べてまだ付与を安い行使価格で行う正当性があるかも知れませんが、例えば「大金鉱脈発見!」等の「発生事実」等を隠して付与して、その後に株価急上昇というのは、「ズルさ感」は倍増するというもんです。
役員の場合には、忠実義務との関連も問題になるかも知れません。
記事でも、機関投資家団体の方は、「This is just not fair」と切り捨ててらっしゃいます。
一方、付与する実務としては、個別の役員や従業員ごとに誰がどこまで重要事実を知っているか、といったことを調べて各自バラバラに付与するなんてことは無理ですし、「行うことについての決定」といったアイデアに近い段階まで含めれば、企業内にそういったネタは常時存在しない方がおかしいから、ストックオプションを付与するだけでインサイダー取引になるってんなら、もー、ストックオプション制度自体、「なんかやるのアホらし」というモードになるの必至、という感じであります。
日本では、一般には、行使可能期限まで2年間ある「税制適格ストックオプション」が普通でしょうから、あまり小さいネタが開示されているされていないというのは、「ズル」には直結しないはずですし、記事の賛成論者の方もおっしゃってますが、米国でもやはりストックオプションは、「a long-term incentive to boost performance」なんだ、という考え方なので、短期的なネタはあまりズルにはつながらないはずです。
(一方で、新株予約権付与にしても増資にしても、もらった株を短期で売却するスキームが組めないわけではないので、そういうのを悪い目的に使おうというやつがあらわれると、やですね。
これも、取締役の経営判断の問題でくくる方がきれいだと思いますが。)

未公開のベンチャー企業は、そもそもインサイダー取引規制の対象ではないので、引き続き良質な人材を獲得できる「武器」になる可能性は高いですが、付与時期までガタガタ言われるようになると公開しちゃったベンチャーが優秀な人材を引き抜いてくるのは、キツくなるかも知れませんね。
渡辺千賀さんが、この前、「シリコンバレーでは、いかに未公開のうちに優秀な人材を獲得しておくかが勝負」とおっしゃってました。
日本だと、ベンチャーは一般的に「もし公開できるならなるべく早く公開したい」というモードじゃないかと思いますが、アメリカだとストックオプション目当てに人材が集まってくるけど、公開したら行使してどんどんやめちゃうので、いろんな理由をつけては公開を先延ばしし、できるだけ長く未公開にとどまって、内圧を高めに高めて、一気にドーンと公開、ということになってるそうです。
グーグルも時価総額500億円くらいのときに公開しなくてよかったね、という感じ。
日本でも、そういう傾向は今後強くなってくるかも知れません。
さて、

“Boards, in the exercise of their business judgment, should use all the information that they have at hand to make option-grant decisions,” Mr. Atkins said. “An insider-trading theory falls flat in this context, where there is no counterparty who could be harmed by an options grant. The counterparty here is the corporation — and thus the shareholders.”

「詐欺」から発展した理論だと、売買と違って「相手」がいないストックオプションの付与はうまく説明できないような気がします。
「相手」は会社、つまりは「株主全体」だ、ということになると、そりゃそうだという気にもなりますが、それは他のこと(経費の使い方や投資の妥当性など)全般に言えることで、結局は、取締役の経営判断(their business judgment)に依存してくる話じゃないですかねえ。
日本では、会社法で、新株予約権の付与が報酬として妥当なものであれば有利発行ではなく、株主総会決議も不要になった、という流れと考え合わせると、おもしろいですね。
会計上のお話
会計上も、「付与時点での株価=行使価格はインサイダー情報も含めた”時価”よりも低いから、本源的価値>0であって、その分多く費用計上しなきゃだめ」てなことになるんでしょうか・・・と思ったら、やっぱり書いてあります。

Accounting rules demand that such “discount options” be expensed on the company’s books. The tax code disqualifies them from certain corporate deductions and exemptions. And companies that didn’t disclose the backdating — or implied in their filings that they didn’t backdate — can face serious securities violations.

ただ、「spring loaded」の場合は、次項と同様、「何をもって時価とするのか」が難しいはずですね。
反対派の機関投資家団体の方は怒ってらっしゃいます。

The whole point is to motivate and incentivize. To do this and set up an award so they’re already in the money is so unfair. I think it’s a mark of poor integrity.

この方が、日本の1円ストックオプションを見たら腰を抜かすかも知れませんが。
「in the money」の分費用計上すれば納得されるんでしょうか。
税務上のお話
税務上は、というと、

As for taxes, the implications of spring-loading are “not as clear as with options backdating,” says S. James DiBernardo, a partner at Morgan, Lewis & Bockius LLP who specializes in compensation tax issues.
Mr. DiBernardo says he “wouldn’t be surprised” if the IRS tries to make the argument that spring-loaded options are also discount options, and thus come with the same tax “parade of horrors” that follows backdated options. But, he says, such an argument would be “much, much more difficult” for the IRS to win. Among other things, the IRS would have to establish what was the “true” market value on the day the spring-loaded options were granted, and it isn’t clear how that could be done, he says.
The IRS declined to comment Friday.

(バックデートしたというならともかく)、付与時期に公表されてない事実があるとしても「正しい時価(”true” market value)」が何かというのがほんとにわかるのかいな?というお話。
「租税法律主義」と「罪刑法定主義」は、基本的に同じことだと思ってましたが、米国での運用は、罪刑法定主義(インサイダー取引等)のほうがよりゆるく適用され、租税法律主義の方が厳格に適用されてるというなんことですかね?
(日本だと、逆のような・・・。)
ではまた。

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