ジェット・ストリーム・アタック(その2)

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「TBSの例に学ぶ買収防衛策は機能するか?(その2)」に対して、47thさんから「『ジェット・ストリーム・アタック』はworkableか?」というトラックバックをいただきました。
たしかに全くバラバラの企業が打ち合わせ無しに「ジェット・ストリーム・アタック」を行う(ゲーム理論的)インセンティブは無いでしょうし、完全に合意した上で行うのもまずい面があるのでしょうけど、「競輪型社会」の日本やコルシカ島(まさに囚人のジレンマが想定するような人間関係だと思いますが)とかでは、そんなことも起こりうるのかな、という気もします。
日本だと、まだ、とても経済合理性があると思えない行動をする方も多いですし。(苦笑)

ひとりジェット・ストリーム・アタック
数社(者)が協調して動くよりも、もっと可能性のあるのは、たびたび引用させていただいている葉玉さんの商事法務No.1742(05年9月15日号)の論文にあった、「ひとりジェット・ストリーム・アタック」?のケースかと思います。

たとえば、ポイズン・ピルは、その発動により買収者が取得した株式の保有割合を低下させるだけでなく、経済的損失を恐れる買収者が株式の取得を躊躇するという効果をも生じさせる点で強力な防衛策であるが、買収者の資金が豊富な場合には、少々の経済的損失を顧みることなく株式の取得を推し進めることもありうるし、当初からポイズン・ピルが発動されることを織り込んで、公開買付けにおける買付け条件を設定することにより、その効果が減殺される可能性もある。実際、会社の発行可能株式数は発行済株式総数の四倍以下であることが多いため、そのような場合、ポイズン・ピルは最高でも買収者が取得した株式を四分の一に希釈する効果しかない。とすると、買収者としては、たとえば、第一弾の公開買付けで、ポイズン・ピルが発動する比率(たとえば、二〇%)を買い付けて、いったんポイズン・ピルを発動させ、その後、第二弾として全株式を買付目標とする公開買付けを行えば、全体としてみれば十数%のプレミアムで全株式を取得することができてしまう。

つまり、
image001.gif
といった感じで、2段階で買収するわけですが。
これを数字で掘り下げて見ますと、下記のように発行済株式総数が1000万株の会社があるとして、
image003.gif
買収者の保有比率20%で発動し、買収者以外の株主の株式数が4倍になるような買収防衛策だとして、2回に分けることでTOBの価格をあげなくていいとしたら上記(グレー部分)の通り、だいたいもとの時価総額の14%増を覚悟すれば取得できてしまうわけです。
1回目のTOBで20%、2回目のTOBでさらに20%プレミアムを付けないと全株が取得できないとして、1回のTOBで済んだ場合(20%プレミアムを付けて時価総額120億円)と比べた場合、上記(グレー部分)の通り、33%程度のプレミアム(全体では60%程度のプレミアム)が必要になります。
(追記:ただし、1回目のTOBにプレミアムが必要だというのはまだしも、これを2回に分けると、さらにプレミアムの上乗せが必要、というのは、あまり理論的に出てくるお話ではないかも知れません。)
それでも割安だと買収者が判断すれば、授権枠の「弾切れ」対策をしておかないと、買収防衛策を強行突破されてしまう可能性がある、ということですね。

株主総会での「停止条件付」決議はアリかナシか

この枠の制約をいかに回避して、「第二波、来ます!」というのに対応するか、ですが。

ここで、(例えば条件決議型ワクチン・プランを採用するとして)新株予約権の発行を「停止条件付」で決議するのにあわせて、株主総会でも、
「(このプランの新株予約権が行使等されて発行済株式数が増加した場合に限って)、定款記載の発行可能株式総数を行使等前と後の発行済株式数の比を乗じて得た数に増加する」
というような「停止条件付」決議をしておくというのは、上記の規定に照らしてどうでしょうか?

という私の疑問に関して、47thさんには、

この磯崎さんのアイディアには、コメント欄で葉玉氏が「会社法でも認められないと思います」と仰っているんですが、授権枠の停止条件付拡大決議は現行法の下でも、しばしば使われる手段ですし、条件の客観性や明白性(更に妥当性も?)という「解釈論上」の問題は残るものの、きちんと株主が情報を開示された上で、そうした定款変更を承認するのであれば、ア・プリ・オリにできないということにはならないような気もします。

と言っていただいております。
法律の解釈論としてどうなのかはよく存じませんが、素朴な疑問として、なぜ株主総会決議で停止条件付決議をしちゃいけないのか、禁止する必要があるのか、は、よく理解できないところです。

種類株も組み合わせた買収防衛策
47th氏さらに曰く;

もっとも、どうせ定款変更をするんであれば、2発目、3発目用の種類株(1単元1株)発行のための定款変更決議をとっておくという手もあるんですが・・・まあ、マニアックな話なんで、こんなところで。

なーるほど。
「こんなところで」とおっしゃってるにも関わらず、掘り下げさせていただきます、が。
ベンチャー系の企業など、もともと「1単元1株」の企業はどうするんじゃい?と一瞬思いましたが、新会社法には、こんな規定が。

第百九十一条 株式会社は、次のいずれにも該当する場合には、第四百六十六条の規定にかかわらず、株主総会の決議によらないで、単元株式数(種類株式発行会社にあっては、各種類の株式の単元株式数。以下この条において同じ。)を増加し、又は単元株式数についての定款の定めを設ける定款の変更をすることができる。
一 株式の分割と同時に単元株式数を増加し、又は単元株式数についての定款の定めを設けるものであること。
二 イに掲げる数がロに掲げる数を下回るものでないこと。
イ 当該定款の変更後において各株主がそれぞれ有する株式の数を単元株式数で除して得た数
ロ 当該定款の変更前において各株主がそれぞれ有する株式の数(単元株式数を定めている場合にあっては、当該株式の数を単元株式数で除して得た数)

つまり、普通株式を(例えば)1000分割して1単元(=1議決権)を1000株とする場合には、株主総会の決議なしで定款変更できちゃうわけですね。
その後に、株主総会で、1単元1株(=1議決権)という、(この例では普通株の1000倍強力な)必殺種類株式を定款に入れておく、と。(あ・・・悪魔のような・・・。)
これだと、ちょっとでも残枠があれば、「株式数」としては授権枠の規定(新会社法113条)にも引っかからないにも関わらず、議決権は圧倒的に買収者以外の一般株主が持つことになるようにもできます。
(GoogleのclassA株、classB株と同様)
image006.gif
また、こうしたアイデアを使えば、「議決権」か「希薄化による経済的損失」のどちらか、でなく、両方をうまくコントロールしながら交渉のツールに使えるようなスキームも作れそうですね。
−−−
議決権や経済的価値ではなく株式数のみを縛る「授権枠(=発行可能株式総数)」ってのの意味はなんだろうなあ、という気もしてくるお話でした。
(ではまた。)

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11 thoughts on “ジェット・ストリーム・アタック(その2)

  1. 「こんなところで」と言ったのに、掘り下げられてしまいましたか^^;
    別にこれは私のオリジナルのアイディアでも何でもなく、アメリカでは授権枠は株主総会マターになってしまうので、種類株(優先株)を使って、実質的に授権枠の制限を無効化しています。
    確かにこうしてみると、授権枠って何?っていう感じもしますよね。
    私もそう思います。
    ひとりジェット・ストリーム・アタックについては、やっぱりworkableではないと思っているのですが、その理由は、またエントリーを改めてみます。
    ・・・うーん、やっぱり敵対的買収ネタは盛り上がりますね^^

  2. >・・・うーん、やっぱり敵対的買収ネタは盛り上がりますね^^
    (あんまり盛り上がると、鹿子木判事に怒られそうですがw)、確かに「男の子向き」のテーマであります。

  3. 磯崎さんのおっしゃるように,残りの枠を種類株式で発行するという技はあるのですが,株主は,交付を受けた種類株式を市場売却することができないという問題があります。
    上場されていない単元数の異なる株式が大量に発行されると,上場されている方の株価に大きな影響を与えるので,そこらへんが工夫のしどころです。

  4. たびたび、コメントありがとうございます。
    >磯崎さんのおっしゃるように,残りの枠を種類株式で発行するという技はあるのですが,株主は,交付を受けた種類株式を市場売却することができないという問題があります。
    これは、総会で授権枠が拡大された後とか買収の脅威が去った後に、しかるべき比率で普通株式に転換できるしくみを付けておけばよろしいかなと思います。
    >上場されていない単元数の異なる株式が大量に発行されると,上場されている方の株価に大きな影響を与えるので,そこらへんが工夫のしどころです。
    これも、「株式数≠経済的価値≠議決権数」という前提で考えれば、上場している普通株の価値を低下させずに議決権数だけ増やす(極端な例では、議決権は1票分あるが経済的価値は1/1000とか、または配当や残余財産分配権などが制限されている等)、ということも容易に実現できるのではと思ってます。
    確かに、開示として「一株あたり」というような数値が出てしまう場合には、適切な注記をするなど工夫の必要はあるかとは思いますが。
    (では。)

  5. 実際にアメリカのライツ・アグリーメントでそうなっているものもありますが、そのようなシチュエーションになった場合優先株式を上場するということも考えられますね。全くの新規上場と異なり、種類株の上場の場合は取引所の審査要件や証取開示の負担も随分少ないので、買収防衛策におけるバックアップ・プランとしては、それでも十分にワークするような気がします。・・・まあ、私の場合は、そこまでして弾切れは心配しなくてもいいんじゃないかと思っているので、このためだけに種類株発行の定款変更をするというのは、若干抵抗もあるんですが^^;
    ただ、買収防衛のための議決権制限株式の定款変更が総会を通るようになれば、ライツ・プランの「予備弾」用の種類株式の定款変更もそんなにサプライズな手法とは見られなくなるのかも知れませんね・・・

  6. 12時にしたコメントに朝起きたら2件もレスがついていて,ちょっとびっくりしました。
    私も論文を書くときに,いろいろ考えたのですが,普通株式と別の種類株式を発行するプランの最大のネックは,やはり一社の株式に2つの銘柄が併存して上場することが困難であるというところだったわけです。
    ソニーのように事業ごとにトラッキングストックを出すのは別として,議決権が1000倍あるが経済的価値(たぶん残余財産分配と利益配当)が1000分の1の種類株式と普通株式を同時に上場させるというのは実際には難しいように思います。
     また,仮に議決権が1000倍の株式が上場されるとすれば,敵対的買収者は,もっぱらそちらの株式を市場で購入すると思われます(上場しないとしても,譲渡制限をつけていなければ,敵対的買収者は,その経済的価値の低い株式を買付るでしょう。)。
     ですから,議決権1000倍の株式は,とりあえず譲渡制限を付けて,どこかで普通株式に強制転換しなければならないわけですが,その種類株式の交付を受けた株主が,いつまでも普通株式を保有しつづけるわけではなく,日々,普通株式を売買しているので,議決権1000倍の譲渡制限株式の株主が固定されたまま,上場しているのは,事実上の無議決権株式になるという状態になってしまいます。
     しかも,上場株式の配当を決めるのは,事実上,1000倍議決権株式の株主であるということになり,ちょっと不健全な感じがします。
     そうこう考えていると,厳しいかなあと思って,論文には,上場株式以外の種類株式を出す方法は書くのをやめてしまいました。
    ここらへんをうまく回避できるといいんですが。

  7. 磯崎さんと葉玉さんのイメージしているものとは、ひょっとしてずれているのかも知れないと思ってきましたが・・・米国のライツ・プランでは、経済的価値は1/1000だけど議決権は1株分というのではなく、経済的価値も議決権価値も普通株式1株分、但し、お情け程度の優先配当がつく(もちろん参加型なので、それに加えて普通株と同じ割合で配当ももらえます)・・・ただし、「授権枠の計算上だけ」普通株の1000分の1なり100分の1という設計になっています。従って、経済的価値ということでいえば、ライツの行使で普通株が発行されるのと変わらないので、市場で適切にarbitrageが行われる限りは、この普通株式1株あたりの価格と優先株式1株あたりの価格は、ほぼ完全に連動する(はず)という設計になっています。その意味では、経済的にはそれほど混乱要因にはなりませんし、買収者に確実に希釈化を生じさせることができるわけです(もちろん、買収者が希釈化されても、希釈化されても、頑張るという覚悟で突破してくる場合は別ですが)
    ・・・アメリカでは、意外と授権枠の残りが少ないということがあるので、「弾切れ」以前に最初のライツ・プランのための授権枠が足りないという事態もあって(笑)、でも「授権枠拡大のための総会決議をとるのはいやだ」とか「間に合わない」ということがあり、ライツ・プランのネタにするためだけの理由で、こうした種類株式が導入されているようです。(ちなみに、この関係で重要なのはアメリカではいわゆるblank check preferred stockによって、優先株の授権枠を一回とっておけば、あとは取締役会限りで好き勝手に内容を決められるという制度です)
    ・・・で、実は、このスキームに絡む法的論点として、一番痛いのは、こういうほとんど普通株式と同じ内容の優先株式は、”sham”(見せかけ)なんじゃないの?というところで・・・ここは、あんまりすっきりしないところです。
    と、何だかアメリカ人の手先みたいな話を長々と申し訳ありません。

  8. もちろん、理論的には買収防衛に使った種類株の上場もありうるんですが、日本だと、ソニーさんのSCNトラッキングストックが今ひとつ盛り上がらなかったように、条件がまったく(あるいは微妙に)違う種類株を上場するというのは、現実的には厳しい気もします。
    (他に例が少ないので、会社は理解できても、取引所や幹事証券や投資家がついてこれない。「市場の成熟度」の問題。)
    とっとと普通株などに転換するようなスキームの方が、47thさんのいつも言われる「軽さ」の観点からしてもよろしいんじゃないかと思います。
    転換の条件も、「種類株A 1株は、これこれの条件で、普通株式1000株に転換できる(する)」というように、「経済的価値」については、適当に決められるので、本文の図の注記に書いておきましたとおり、そのへんは自由に設計できると思います。
    (では。)

  9. ここしばらく,本の校正でてんてこ舞いしていたので,すっかり亀レスになってしまいまいました。
    私が,「授権枠拡大の条件付き決議ができない」と申し上げたのは,会社法でも,公開会社については,発行済株式総数の4倍までしか発行可能株式総数を増加させることができないので,その規制を潜脱するような,不確定条件付き決議はできないだろうという趣旨です。
    47thさんは,現行法でも,授権枠拡大の条件付決議をしているというコメントをつけられていましたが,それは,既に新株発行手続が開始している(例えば,取締役会で新株発行決議が行われている)場合の条件付決議ではないでしょうか?
    そのような条件付き決議は,4倍規制の潜脱にならないものとして,許容されていますが,
    おそらく,不確定条件付決議は,実務でも行われていないのではないかと思います。

  10. 買ってはいけない!? 〜 経営陣保身策(買収防衛策)導入済み企業検索

     「【日経会社情報2005年秋号より】買収防衛策導入済み企業一覧」(2005年7月下旬〜8月下旬調査時点)に掲載されているデータを基に、買収防衛策導入済み企業とその買収防衛策の内容を証券コードから検索できるようにしてみました。
    この部分は iframe 対応のブラウ…

  11. 楽天 敗北へのカウントダウン(その4)

    「村上ファンド、TBS株の大半を売却 高値で売り抜けか」
    (asahi.comより)
    この記事の終わりに「TBSに対しては、楽天が19%超をすでに確
    保。今後、村上氏の持ち株が加算されれば3割に近づくとの観測もあ
    ったが、このTBSへの「プレッシャー」は薄まぎ..