信託型買収防衛策における「弱者」救済

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私の、「通常の株式分割で子株を株主に配る実務で名義人にうまく届かずに手残り(?)が出ちゃった場合というのは、どうしてるんでしょうか。」という疑問に対して、「証券代行社員から」さんからコメントいただきました。どうもありがとうございます。(こういうコメントを待ってました。)
匿名ではいらっしゃいますが、中身を拝見するとホントに実務現場にいらっしゃる方のようですので、以下ホントであるとして参考にさせていただきます。

株主名簿には保管振替制度を利用している「実質株主」と、そうでない「一般株主」の2種類が居ますが、「一般株主」には株券を一方的に発行して郵送しちゃう事があります。株式分割の他に、売買単位の引き下げに伴って、これまで売買単位以下の株が売買単位になったため未発行だった株券が発行されるような場合です。こういうのは、効力発生日以降に一斉に発送しますので何らかの理由で、株券を発送したのにも関わらず届かない株主さんは実は山ほど居らっしゃいます。

そうでしょうねえ。

で、こういう株券やその株主の権利関係はどうなってしまうのかですが、基本的には保全されます。というか、少なくとも私の勤めている会社ではすべて現物を保管しております。何十年前であろうと。他の信託銀行では、一度廃棄して、後にその株主が出てきた時に再発行するという所もあるようですが、少なくともその株を手にする権利がなくなる事はありません。

なるほど、非常に株主に「やさしい」運用になってるんですね。

ただし、「基本的には」と申し上げましたように例外があって、それは株主が所在不明(通知が未逹)になって5年以上、尚且つ配当も受け取らない「一般株主」についてはもうその株を勝手に売ってもいいですよという法律があるんですが、これが適用されればもうその株を手にする事はできません。
ただし、その時売却した代金を10年以内であれば受け取る事ができます。
とはいえこの法律、まだほとんど運用実績がありませんので、現時点ではあまり気にする事もないかもしれません。

商法224条ノ2と商法224条ノ4ですね。(条文を末尾に添付。)
新株予約権の送付は株主にやさしいか?
(「生」の)株式の事務について、こうした「やさしい」運用が行われているとしたら、有事の際に新株予約権証券を送りつけて、「とっとと行使しろ。さもないとおまえの権利が薄まるぞ」と、株主側に事務負担を負わせて半ば強制的に行使させるというのは、なおさら違和感を覚えますね。
行使期間が非常に短いですし、書類のやりとりや金銭の払い込み負担もあります。
実際、万が一防衛策が発動されることになったら、新聞で以下のような特集が組まれるんじゃないかとモーソーいたしますが、考えすぎでしょうか?

○○社買収防衛策発動を追う(中)−「弱者株主」はその時
○○社の買収防衛策の行使期限は今年○月○日だったが、会社発表によれば、この期限までに新株予約権の行使を行わなかった株主が二十三名存在し、保有する株式の資産価値は約二分の一に目減りすることとなった。株主へのインタビューを通じて、買収防衛策の発動の過程を追った。(登場人物はすべて仮名。)
「なけなしの年金の一部で買った株だった。」鈴木久仁子さん(72)は、ぽつりとつぶやいた。×月○日、「○○社ライツプランに基づく新株予約権行使のお願い」という分厚い書類が入った封筒が鈴木さんのもとに届けられたが、「書いてあることが複雑すぎてよくわからなかった」。周囲に相談できる人もおらず、どうしようかと思っているうちに行使期限の○月○日を過ぎてしまったという。
山田源蔵さん(68)夫婦は、定年を機に物価の安いオーストラリアで暮らすようになり、半年に一回程度帰国するという生活をはじめていた。今回、○月に帰国したところ、○○社から書類が届いており、中を読んですでに行使期限が過ぎていることを知った。「買収防衛策が発動したというニュースはインターネット等で見聞きしてはいたが、まさか自分の資産価値が半分になるとは思わなかった。自分のような長期不在の人間に対する会社側の対応は不十分で、会社の対応次第では法的な措置も辞さない。」と怒りを隠さない。
伊藤太郎さん(75)は、行使期限には間に合ったものの、「資金集めに大変な苦労をした」という。○○社のライツプランでは、株式一株に対して一・五株分の新株予約権が割り当てられ、その一株に対して時価の二割を払い込まなければならないため、結局、保有している株式の時価の三割の資金が必要となる。基準日に○○社株を保有していた伊藤さんは、会社から書類が届いてはじめて資金が必要なことに気付き、老骨に鞭打って、保有していた時価約一千万円の三割、三百万円の金策にかけずりまわることとなった。「息子や親戚などからなんとか資金を借りることができたが、一時はもうだめかと思った。」今でも、金策が行使期限に間に合わない悪夢を見て夜中に目覚めることがあるという。
今回の買収防衛策発動では、高齢の投資家を狙ったオレオレ詐欺も発生した。
吉田一郎さん(52)が留守の間に、「今日中に資金を払い込まないと、あなたの持っている○○社の株の価値が二分の一になる」という電話がかかってきたが、奥さんが吉田氏に確認の電話を入れて、難なきを得た。
新株予約権を送付する方式の買収防衛策については、こうした一般株主のこうむる負担をいかに少なくするかが問われることになりそうだ。

・・・ってな。
また、実際に買収防衛策の基準日が設定されることになると、以上のような事務や資金負担の面倒を嫌って、基準日前に市場での売りが増え、株価下落要因となるかも知れません。
発行差し止め要因になるかどうかはさておき
ニレコさんのケースの地裁決定を見ると、「ライツプランというのは、あくまで買収者に対する”威嚇”の目的で、実際には使わないので、有事の時のことは関係ない」という理屈も成り立たなさそうです。
こうした状況が想定されることが、「著しく不公正な発行」等として「入り口」での発行差し止めの要因にまでなるかどうかはともかく、万が一実際に買収防衛策が発動して、こういう「被害者」が現れたときには、世論としても、「そりゃねーよなー」「安心して株式投資できないよなー」という風向きになる可能性は高いんじゃないかと思います。
(適法性についてはよくわかりませんが)、せっかく信託を使うんだったら、受託者が受益者に代わって新株予約権を行使してあげて、株券の形で株主に送付する方が親切だし、戻って来ちゃった場合には証券代行における通常の株券の扱いと同じにしていただければいいわけで、株主にもやさしい。
現金の払い込みも伴わないし、株式分割等のときのフローと同じですので、株券を送付する方が、証券代行側の負担は(もしかしたらコストも)少なそうです。
(ではまた。)
[以下、関連条文]

第二百二十四条ノ二  前条第一項ノ住所又ハ宛先ニ対シ発シタル通知及催告ガ継続シテ五年間到達セザリシトキハ会社ノ株主ニ対スル通知及催告ハ之ヲ為スコトヲ要セズ
○2 前項ノ場合ニ於テハ其ノ株主ニ対スル会社ノ義務ノ履行ノ場所ハ会社ノ本店トス
○3 前二項ノ規定ハ質権者又ハ端株主ニ之ヲ準用ス

第二百二十四条ノ三  会社ハ議決権ヲ行使シ又ハ配当ヲ受クベキ者其ノ他株主又ハ質権者トシテ権利ヲ行使スベキ者ヲ定ムル為一定ノ日ニ於テ株主名簿ニ記載又ハ記録アル株主又ハ質権者ヲ以テ其ノ権利ヲ行使スベキ株主又ハ質権者ト看做スコトヲ得
○2 前項ノ日ハ株主又ハ質権者トシテ権利ヲ行使スベキ日ノ前三月内ニ於テ之ヲ定ムルコトヲ要ス
○3 会社ハ第一項ノ日ヲ二週間前ニ公告スルコトヲ要ス但シ定款ヲ以テ其ノ日ヲ指定シタルトキハ此ノ限ニ在ラズ (以下略)

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