量子コンピュータは通信を中世の暗黒時代に引き戻すか?

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量子暗号はビジネスになるか?に対して、「ma」さんからコメントいただきました。

量子コンピュータが実用化されて公開鍵暗号が役立たずになるのは最短だと8年以内とも言われています。当然インフラを大幅に変える必要が出てくるでしょう。

「インフラは変わらないんではないか?」というのが「量子コンピュータとは何か?」 に書かせていただいたことです。
詳細は、そちらのエントリーをお読みいただければと思いますが、かいつまんで申し上げると、量子コンピュータというのは「超高速なコンピュータ」ではなく、(素因数分解の困難性をもとにしたものなど)特定の暗号のみが高速で解読できるようになるだけで、そのまま使える暗号もたくさんある、という理由からです。

また「盗聴されてる限り、いつまでも通信できない」のはセキュアな通信路としてある意味当然だと思います。「盗聴されてる限り『安全に』通信することは出来ない」と言い換えると、これはどんな方式にも成り立ちます。そして安全性が必須であれば「安全に通信できない」と「通信できない」は価値として同等です。検出できるという点で量子暗号は優れています。

お気付きでない方も多いのですが、今も、インターネットは「盗聴されているのと同じ状態」にあります。
つまり、インターネットで通信すると、こちらのコンピュータから通信相手のコンピュータまでは、多数の(どこの馬の骨とも知れない)プロバイダ等が通信を中継しているわけです。もちろん、送信されるパケットの中身は、そうした民間の一企業の担当者(茶髪だったりアニメオタクだったり背広着てたり)がメンテナンスのためにモニターしているかも知れません。(つまり、そんなことを検出できたところでしょうがない。)
「セキュアでない」ところが成功の要因
インターネットはこのように、セキュアかどうかという観点からは非常に「クオリティの低い」通信網ですが、そこがいいところ!です。セキュア度は低くても、その上で、VPNやSSLといった工夫が競争して、低コストな価格でセキュアな通信ができるようになったからこそ、電子商取引等の商業活動も行われるようになって、ビジネスとして大成功した、ということではないかと思います。
電話会社だけが通信を中継する旧来の電話網とインターネットの最大の違いは、このように「どこの馬の骨ともわからない」者でも参入でき、強い競争原理が働くようになったことです。
また、通信というのは、相手も同じ通信方式を採っていないと通信ができないので、自分が何を希望するかではなく、他の人たちがどう考えているかが重要です。つまり、「ネットワーク外部性」によって、シェアを獲得した方式がますます有利になるというポジティブフィードバックが働きます。
電話会社も、ちょっと前まではATM(銀行にある機械のことじゃなくて、Asynchronous Transfer Mode)で電話網を構築し直そうなんてことを考えてましたが、インターネットの普及でルータ等の性能が(そうした独自の方式に比べて)進歩し、コストも劇的に安くなったため、ついに全面的にIP網で電話網を構築する方針に転換せざるを得ませんでした。
(いわんや、量子暗号のネットワークなんて・・・ねえ。)
セキュリティを確保するために通信網自体を再構築するというのは、「大統領の護衛のために犯罪者が近づけない大統領専用道路を建設する」、というのに似てると思います。莫大なコストがかかる割には、行けるところが限られるので意味がない。
普通は、大統領とはいえ通常の道路を使ってもらい、大統領が通るときだけ警備を強化するとか、窓を防弾ガラスにするとか、護衛の乗った車で前後を固めるとかを考えるのが、まともな考え方というものではないかと思います。
もし本当に、量子コンピュータが登場し、そうした高価な光通信網を構築しないと電子商取引もできなければ企業秘密を書いた暗号化メールも解読され放題という事態になったら、(無線や銅線も使えないわけですから)、ユビキタス社会はおろか、電子商取引もできない「中世の暗黒時代」(1990年中盤以前)への逆戻り、ということになるはずですが・・・。
・・・そんなことにはならないと思います。

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