監査法人の有限責任化と(ご自分の)ディスクロージャー

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企業の会計監査を行う監査法人は、パートナーと呼ばれる出資者(「社員」)が「無限責任」を負うことになってます。
株式会社や有限会社など有限責任の法人では、出資者(株主など)は、会社がいくら債務超過になろうが出資以上の責任を負うことはありません。つまり、株を買っていた会社が倒産しても、最悪、株券が紙くずになるのをあきらめれば済むわけで、「債務超過で債権者に返す金が無いので、株主として責任を取ってあと100万円出してくれ」というようなことは、商法上は言われないことになってます。
これに対して、監査法人は法人の金で債務が払いきれないとなれば、パートナーが個人の金をつぎ込まなければなりません。(弁護士法人、税理士法人、司法書士法人なども同様。)
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本日の日経朝刊「会計ビッグバン、苦悩する会計士2」(15面)の記事にも、

ある大手監査法人の幹部は自宅を妻との共同名義にしている。「たとえ賠償金を支払って破産しても、家だけは残したい」。心のどこかに、そんな思いがあるという。

という、涙ぐましい話が載ってます。
上記の記事には、

二〇〇六年度にも施行される新会社法では、代表訴訟の対象に会計士も加わる見通しだ。米国のように賠償請求を担当会計士に限定する「有限責任パートナーシップ」(LLP)制度は、まだ日本に導入されていない。直接かかわった会計士以外も連帯責任を取るケースが多いとみられる。

とありますが、LLPではないものの、すでに本年4月から施行された改正公認会計士法において、「指定社員制度」(公認会計士法第34条の10の4)という、監査法人のパートナーの責任を一部限定する制度が導入されてます。

第三十四条の十の四
監査法人は、特定の証明について、一人又は数人の業務を担当する社員を指定することができる。(本条、以下略)

第三十四条の十の五
監査法人の財産をもつてその債務を完済することができないときは、各社員は、連帯してその弁済の責めに任ずる。
(中略)
4 前条第一項の規定による指定(注:指定社員制度の指定)がされ(略)ている場合(略)において、指定証明に関し被監査会社等に対して負担することとなつた監査法人の債務をその監査法人の財産をもつて完済することができないときは、第一項の規定にかかわらず、指定社員(指定社員であつた者を含む。以下この条において同じ。)が、連帯してその弁済の責めに任ずる。(以下略)

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つまり、上図のように、指定社員が上場企業などの監査をして、その会社から「監査のやり方がまずいために損害を被ったので損害賠償してくれ」等の損害賠償請求が行われた場合、今までは監査法人の財産で払いきれない場合には、全パートナーが自らの資産を売っぱらってでも賠償しなければならなかったのが、新しい「指定社員制度」を使えば、監査を行った「指定社員」だけが無限責任を負い、他のパートナーは有限責任という形になります。
(ちなみに、監査した会社等以外の第三者から訴訟された場合などについては、全員無限責任のまま。)
監査法人自体のディスクロージャーは?
有限責任化が進むことが監査法人にとって結構なことだというのはよくわかるのですが。
監査法人は、いわば「ディスクロージャーの総本山」にもかかわらず、よく考えると、ご自分の財務状況を公開してないですよね。(法的には内閣総理大臣(金融庁)には開示しなければならないですが。[公認会計士法第34条の16])
どこの監査法人の若手に聞いても、「いや、財務内容を知ってるのはパートナー以上だけで、僕たちもウチの財務内容は知らないんです・・・」という答えが。
一般に、企業が他の会社等と取引する際には、相手の会社の財務内容を審査します。
監査法人は今までは無限責任だったので、さすがに何百人も会計士が集まっている大手監査法人であれば、それなりの担保能力があると考えてもよかったかも知れませんが、有限責任の法人+パートナー2人程度の個人財産、ということになると、(さすがにパートナー個人の方の個人資産を開示してくれと言うわけにもいかないでしょうから)、法人としての財政状態は開示していただく必要があるんじゃないでしょうか。
大手監査法人の信用情報も一社分見てみたのですが、貸借対照表は載ってませんし、損益計算書も前々期までしか載ってません。(前々期までは黒字ではありましたが。)
パートナー制だと、利益は配当しちゃって内部留保が少ないかも知れませんし、もし仮に債務超過ギリギリだったりしたら、指定社員制度を導入すると、頼りになるのは指定社員2名程度の個人資産だけ、ということになります。
実際には賠償責任保険もありますし、資産だけではなく、監査の質や内部的な審査や教育体制なども評価すべきなのでしょうけど、それにしても「ディスクロージャーの総本山」がディスクローズしない、というのも、ちょっとナニですよね?
(海外の会計事務所でも、ホームページ等での財務内容の開示が見あたらないのですが、開示しないのが「当然」なのでしょうか?)
少なくとも今回の改正で、契約を指定社員制度に改訂するというような場合には、監査される側の会社にとっていいことは直接には何もありません。監査法人との契約は、取締役や監査役会や監査委員会等の責任になるわけですが、「指名社員制度?いいんじゃない?」と、よく考えずに簡単にOKしちゃうと、いざというときに、「注意義務を欠いた」と言われることになりかねないんじゃないか、とも思いますが、どうでしょうか?
(では。)

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