社外取締役はなぜ増えないのか?

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本日12月26日の日本経済新聞朝刊16ページの、編集委員 渋谷高弘氏、村上徒紀郎氏による署名記事「社外取締役導入初の減少、上場企業、09年は9社減、1610社に」は、社外取締役の役割や事実関係について、いろいろ世間の誤解を招きかねない内容だと思いますので、コメントさせていただきたいと思います。

 

記事では、私が8月まで社外取締役を務めさせていただいていたカブドットコム証券について、

同社の特別調査委員会は「社長の経営管理上の問題があった。2人の社外取締役も社長をけん制する力が弱く、十分な機能を果たせなかった」と断定した。

とあり、社外取締役が2名しかいなかったようにも読めますが、実際には当時の取締役7名のうち、社長を除く6名全員が社外取締役でした。

特別調査報告書では、上記の社外取締役のうち、(なぜか)親会社である三菱UFJフィナンシャルグループの会長等を兼務していた方々を除く3名に対してのみヒアリングし言及しておりますが、私は、当時の社外取締役6名全員とも、社長を牽制する力が弱かったとは全く考えておりませんし、全上場企業の中でみてもかなりクオリティの高いコーポレートガバナンスを行っていたと考えております。

 

そもそも社外取締役は、基本的に単独で行動するのではなく、取締役会等の会議体を通じて社長や執行役を監督するのであり、また、社長の一挙手一投足を24時間監視しているわけでもありません。仮に、本件において社長が出したメールが問題だったのだとしても、そのメールを送信することまで社外取締役が監視できるわけもありません。

また、本当のワンマン社長なら、メールを出す場合に他人に相談なんかしないと思いますが、社長は特別委員会報告書にも記載されているとおり、他の役付執行役2名とメリット・デメリットを協議の上、メールを送信してるわけです。

 

すなわち、当時の社外取締役6名は、社長がワンマンで自分勝手に活動するのを見て見ぬ振りをしていたどころか、その逆に、社長が常に組織的意思決定を重んじて、重要な事項については前もって各社外取締役や執行役間で相談して行動する人間であることを確認した上で日常の経営を任せていたわけです。

 

記事には、「社外取締役が不祥事を防ぐという基本の役割」とありますが、これも読者に社外取締役の役割を誤解させる表現だと思います。社外取締役の役割の一つは、「会社の不祥事を防ぐための態勢が構築されているかどうかを監督すること」ではありますが、社長や従業員の一挙手一投足を24時間100%見張ることではありません。

これは監査法人や公認会計士における「監査の期待ギャップ」と全く同じ構造の話です。
「会計監査してるんなら粉飾や不正は100%見抜けるはずだ」という世間の期待に対して、会計士業界は何十年も根気よく「会計監査は、会社の取引の100%を抽出して行っているわけではないし、粉飾を100%完全に防げるものでもないんですよ」といったことを説いて来ました。

しかし、公認会計士が会計監査を主な本業とし、会計監査が正しく理解されなければメシが食えなくなる可能性があるのに対し、社外取締役の場合「社外取締役が本業」という人はほとんどいない。社外取締役に就任するのは、他社の経営者や弁護士、公認会計士など、多様な人々であり、「社外取締役全体」の品質を高めたり、社外取締役の性質やその限界を集団を代表して広報する機能は基本的には存在しないわけです。

 

記事では社外取締役が減っている理由についていろいろ解説してますが、社外取締役が減っている本質的な原因は、上記のように社外取締役全体を代表する広報活動も無い中で、この記事から垣間見えるようなマスコミの不勉強や過剰反応もあって、社外取締役のリスクが日増しに高まっているにも関わらず、就任するインセンティブが非常に小さいからではないかと考えます。

 

(ではまた。)

 

ご参考リンク:

カブドットコム証券 特別調査委員会報告書

カブドットコム証券社外取締役辞任について(コーポレートガバナンスについてのご参考)

池永朝昭弁護士のブログでのご意見について

池永朝昭弁護士のブログでのご意見について:その2

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7 thoughts on “社外取締役はなぜ増えないのか?

  1. 「就任するインセンティブ」・・・ちなみに、最近の日本の社外取締役の報酬の相場ってどれくらいですか?SOX後のアメリカでは、3000万円〜って感じらしいのですが。(知人のヘッドハンターで「社外取締役のヘッドハント」が専門の人もいて、なぜなら社外取締役の報酬が高くなったため、ヘッドハンターとして経済的に意味のある仕事になったから、とのことでした)。

  2. >最近の日本の社外取締役の報酬の相場ってどれくらいですか?
    横レス失礼いたします。
    米国の独立取締役の報酬は、企業によって異なりますが、10万〜30万ドル程度だという印象です(Proxy Statementに個別開示されています)。また、持株ガイドラインが設定されていることが一般的です。
    翻って日本ですが、公表されている調査データでは、
    ・労政時報(09.12.25号)…788万円(1,000人以上企業平均)
    ・賃金事情(09.1.5/20号)…685.1万円(同上)
    となっています。
    個人的な印象では、大手企業では1,200万円、一般的には600万円〜800万円という感じです(そういう意味で上記調査データは妥当であると思います)。
    また、上場企業の社外取締役の総報酬は別枠で開示されているケースが多いので(レギュレーション上では監査役を含む社外役員の総報酬を開示すればよいのですが)、総報酬額を人・年で割れば1人あたりの報酬額が推計できます。
    例えば資生堂では、08年度は社外取締役2名に対して2,600万円支給しています。(PDF)
    http://www.shiseido.co.jp/ir/shareholder/s0906shm/img/shm_0002.pdf

  3. chikaさんkazemachiomanさん、コメントありがとうございます。
    当然のことながら、「”社外でない”取締役の報酬体系」も、社外取締役の報酬水準に大きく作用しているということでしょうね。
    日本だと、役員の報酬水準が「従業員の出世の延長線上」で決まっているから、いくら”それなり”の社外取締役であっても、フルタイムで働いている社内取締役よりは、相当程度低く設定する必要があるのではないかと思います。(「社内のことあんまり知らないくせに、月に1日来るだけで、オレの報酬の半分ももらえるのかよ」ということになっても、社外取締役側としても居心地が悪い。)
    アメリカは役員の報酬の決まり方がそもそも「従業員の延長線上」で決まってないんではないかと。

  4. 加えて言えば、リスクとインセンティブというのはカネのことだけではないわけでして。
    日本も社外取締役の報酬が20万ドルレベルになれば、なり手が増えるかというと(増えるでしょうけど)それでもいろいろ怖い。
    社内が「家族」的にまとまっているところに「部外者」として乗り込んで行くわけなので、よほどきちっと開示マインドがある会社じゃないと、判断のための情報がそもそも手に入らない。
    日本の社外監査役は、常勤監査役や内部監査室との連係で、組織的に情報が入りやすいのに対して、(委員会設置会社の監査委員などでない)社外取締役は、よほどちゃんとやってる会社じゃないと情報的には「孤立無援」になりやすい。
    アメリカの方はアメリカの方で、代表訴訟など別の怖さがあると思いますが。(社外取締役の敗訴率はどうなんでしょう?)

  5. >当然のことながら、「”社外でない”取締役の報酬体系」も、社外取締役の報酬水準に大きく作用しているということでしょうね。
    これは仰るとおりかもしれません。日本の1,000人以上企業の経営者報酬=取締役報酬は社長で5,000万円〜6,000万円くらいが平均で、いわゆる平取締役(執行を担う)で2,000万円〜2,500万円くらいですので、なかなかそれなりの金額を支払うのは難しいのかもしれません。
    一方で、欧米では、経営者報酬(“Executive Compensation”)の水準が極めて高いのに対して、取締役報酬(” Director’s Compensation”)の水準は10万ドル〜30万ドルと(比較的)穏やかな水準であるというのは特徴的です。
    また、米国の場合でいえば報酬の決定機関もCEOやSenior Executive OfficerはCompensation Committeeなのに対して、Directorは(Nominating and) Corporate Governance Committee(Corporate Governance Guidelineに準拠)であることが一般的です。日本の委員会設置会社では取締役・執行役ともに報酬委員会で決まりますが……(江頭先生の「株式会社法(第2版)」では報酬委員会の眼目は執行役報酬を決めること、というような記述があったように記憶しておりますが……)
    本質的には、日本の執行を担う社内取締役においても、監督業務に対して支払う「取締役報酬」と執行業務に対して支払う「業務執行報酬」を分けて設計し、社外取締役には前者のみ支払う、というスキームがいちばんしっくり来るような気もします(やっている企業もありますが)。日本における問題は、後者の報酬水準が欧米企業に比べて低いことにより、前者の報酬もやや低くなっている、ということができるかと思います。ちなみに、米国では執行兼務取締役(“Executive Director”)は「取締役報酬がゼロ」のケースがほとんどだと思います。
    ただこの辺はガバナンスの体系自体が影響していると個人的には考えているので、報酬のみを切り出して議論するのはちょっと難しいかな、とも思います。

  6. >アメリカは役員の報酬の決まり方がそもそも「従業員の延長線上」で決まってないんではないかと。
    厳密でない語弊のある表現ですが、米国の経営者は「従業員」ではありますが、報酬は「従業員の延長線上」では決まっていません。一方、日本の経営者(代表取締役+選定業務執行取締役)は「従業員」ではありませんが、報酬は「従業員の延長線上」で決まっていますwww
    米国を代表する企業であるGEのProxy Statement(2009)をみると(ざっとしかみてませんので間違いがあるかもしれませんが)、Named Exectuive Officerの総報酬(P23)は概ね1,000万ドル以上、Total Cash Comp.でもBonusの水準が低いにもかかわらず300万ドル以上となっているのに対して、Non-management Directorsの総報酬(P38-39)は25万ドル+委員会の委員報酬(2.5万ドル)を基準に概ね30万ドルくらいです。結構DSUs(繰延型譲渡制限付株式、退任1年後に現金化する)の形式で貰う人が多いみたいですね。それに加えて”Charitable Award Program”という米国らしいおもしろい仕組みもあるみたいです(退任時に100万ドルをドネーションするのかな?)。
    ちなみに、日本では退職慰労金が廃止される傾向が強いですけど、P33をみればわかるようにExecutiveには従業員の年金に加えたサプリメンタルな年金プランが支給されるのが一般的で、その水準(年間積立額)は日本の役員報酬より高いというのが実情です。