ニッポン放送株の潜水艦戦(その2)

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本日、昼休み時に茅場町を通ったので、東証に行ってニッポン放送の大量保有報告書を閲覧してきました。大量保有報告書は有価証券報告書と違って、必ずしもパソコンが使えるとは限らない人が提出するものだからでしょうか。EDINETで開示してないんですよね。

しかし、11時半から12時半まで昼休みで午後4時半で閲覧終わりってのは、ふつうの人がちょっと情報を閲覧しようというのには激しく不向きですね。最近は区役所の窓口ですら昼休みもやってますが。
入り口で金属探知器を当てられたり、ゲートをくぐったり、カバンの中身を見られるというのは、ま、「東京にいながら、海外旅行に行くみた〜い」と思えば楽しいかも。
実際、おじいちゃんが2名ほどいらっしゃっただけで、東京証券会館の証券業協会の閲覧コーナーより、はるかにすいてました。

で、何がわかったかというと・・・
大和証券SMBCからの大量保有報告書は、なし
先日、「ニッポン放送株式取得とインサイダー取引」でお伝えした1月4日のニッポン放送株の「取得」について、大和証券SMBCさんからの大量保有報告書は提出されてませんでした。
証券取引法を良く読むと、

第二十七条の二十六
 証券会社、銀行、信託会社その他の内閣府令で定める者(第三項に規定する基準日を内閣総理大臣に届け出た者に限る。)が保有する株券等で当該株券等の発行者である会社の事業活動を支配することを保有の目的としないもの(株券等保有割合が内閣府令で定める数を超えた場合及び保有の態様その他の事情を勘案して内閣府令で定める場合を除く。)又は国、地方公共団体その他の内閣府令で定める者(第三項に規定する基準日を内閣総理大臣に届け出た者に限る。)が保有する株券等(以下この条において「特例対象株券等」という。)に係る大量保有報告書は、第二十七条の二十三第一項本文の規定にかかわらず、株券等保有割合が初めて百分の五を超えることとなつた基準日における当該株券等の保有状況に関する事項で内閣府令で定めるものを記載したものを、内閣府令で定めるところにより、当該基準日の属する月の翌月十五日までに、内閣総理大臣に提出しなければならない。

となってまして、証券会社の場合、一般の人のように保有割合が5%を越えた日から5日以内(休日含まず)ではなく、基準日(追記2/17:3ヶ月毎で会社が決めて届け出ている)の翌月15日までに大量保有報告書を提出すればいいのですが(ただし10%以下の場合。株券等の大量保有の状況の開示に関する内閣府令第十二条)、
一昨日書きましたとおり、「自己勘定で保有」ということになると、「法人関係情報を用いた自己勘定での売買」ということになってまずいんじゃないでしょうか。
ということで、以下、自己勘定での売買ではないと仮定して話を進めます。
鹿内家側からの報告書
鹿内家からの変更報告書は、ちゃんと(連休が3日間はさまって)ギリギリの12日に関東財務局に提出されてます。
鹿内家からの報告書の「当該株券等の発行者の発行する株券等に関する最近60日間の取得又は処分の状況(短期大量譲渡に該当する場合)」には、「譲渡の相手方」として「大和証券SMBC」と明記されています。
ただ、その処分の状況の「単価」の欄なんですが、「信託終了に伴う株式の交付」と書いてあるんですね。(ひやしあめさんのコメントにも関連の日経金融新聞の記事のご紹介がありましたが。)
やはり鹿内家が提出した昔(平成16年5月27日付)の変更報告書によると、「当該株券等の関する担保契約等重要な契約」の欄に、

契約の種類:有価証券管理信託
契約者:鹿内宏明及び鹿内厚子(委託者)
契約の内容:保有有価証券を受益者のために管理する目的をもって信託銀行(受託者)に信託したもの

と記載がありますので、その信託銀行の信託勘定から株券を返してもらったということだと思いますが、それが大和証券SMBCに株を譲渡することには直結しないわけですし、そういったことが、「単価」の欄に書いてあるというのも、ちょっとヘン。
「この1月4日の時点では単価が定まってないので書けなかった」、ということかも知れませんね。
1月4日に通常の株式の譲渡をしたと考えた場合
以下、ジャスト推測ですが。
大和さんは1月7日に(誰からかは言わずに)株を「取得」したことをプレスリリースしている。
12日には鹿内家から変更報告書の提出があり、そこには単価が記載されていない・・・。
これらの事実を理解するには、(あくまで一つの仮説として)、以下のような推測が成り立つんじゃないでしょうか?
まず、このフジテレビによるニッポン放送株の公開買付(TOB)を理解するにあたっては、単にフジテレビがニッポン放送の50%超の株式を取得したいというフィナンシャルなお話だけではなく、「鹿内家がフジテレビおよびニッポン放送の支配から完全に退く」という「象徴的イベント」であるという点が非常に重要なんじゃないでしょうか。
ということで、フジテレビとしては「集まらなかったら撤回すればいいから、気楽にTOBかけちゃお」というわけにはいかない。TOBの本格的な準備に入るにあたって鹿内家から協力の意向が示されていたにしても、万が一にも後で前言を翻されては絶対まずい。
このため、フジテレビやニッポン放送側としては、後で撤回ができないように、事前に株式を押さえておく必要があった。
(追記:2/17、以上まではいいと思うんですが、以下の推測[保護預かり説]は結果としてはハズレの可能性が高いかと思います。)
一方、鹿内家側としては、これからTOBで値段がつり上がる可能性があるのに、先にいいかげんな価格でフジテレビに株式を売却してしまうのは得策ではない。
「預けておく」にしても、フジテレビは直接の当事者なので、ちょっと怖い。
そこでだれか第三者に「エスクロー」的に株を預かっておいてもらうニーズがあったと考えられるわけですが、この株式の移動はセンシティブな情報なので、まったくの第三者に預けるというのも「ちょっとなー」、と。
証券会社の行為規制等に関する内閣府令第4条第9号で、今後TOBがあるぞという「法人関係情報」を提供して大和証券SMBC側から株の売買の媒介、取次ぎ、代理等を勧誘するのは禁止されてますので、「あくまで鹿内家またはフジテレビ等側から」大和証券SMBCに、「TOBの時まで株を預かっておいてくれ」という依頼があったんではないか、とすると、一つスジは通るかと思います。
そういう趣旨だとすると、おそらく、鹿内家が大和さんに株を渡すときの契約書は、
「TOBがあった場合には応募します」
「TOBが成立しなかったら返してください」
というような、「売却予約」または「条件注文」的内容だったんじゃないでしょうか。
で問題は、その場合、大量保有報告書上の開示をどうするか、です。
株券の占有は大和証券SMBC側に移ってますし、上記の趣旨のとおりほとんど鹿内家側に株式が戻ってくる可能性がないのであれば、保守的な観点から考えれば、鹿内家としては「保有」では無くなったとして速やかに開示しなければならない。
一方、大和証券SMBC側は、あくまで「保護預かり」のつもりだったとすると、大量保有報告書を出すというのはおかしい。(証券会社がお客さんからの預かってるだけの資産の大量保有報告書を出さなきゃいけないなんてことはないわけで。)
「一任勘定」取引なら、もしかして来月15日に大和さんから大量保有報告書が出てくるのかも知れませんが(証取法第27条の23第3項第2号)、鹿内家側としては大和さんに「一任」するかなあ?
22日のエントリーで鹿内夫妻(?)がお子さん(?)三名に株を譲渡したというニッポン放送の訂正報告書を引用しましたが、鹿内家の報告書はそのお子さんのうちの1名が提出者となって、ロンドンにいるご両親のかわりに申請を行ってます。
この提出者の方の勤務先や連絡先が某大手監査法人になってますので、当然、開示はご専門でしょうし、商売柄、ものごとを「保守的」に考えられるでしょうから、1月4日に「処分」したとして開示に踏み切ろうとした。
大和さん側では、単なる「保護預かり」のつもりでいたし、コンプラ上自己勘定で取得できるわけもないと考えていたが、年明け以降株価もなんか上がり始めちゃったし、鹿内家側が大量保有の変更報告書を提出すると聞いて、後で誤解を受けてもなんなので、あわてて1月7日にプレスリリースすることにした。(または、週の途中で相場に影響が出ないように配慮して、はじめからそういう段取りになっていた。)
ただし、大和さんとしては「TOBを予定してますので預かってます」とは口が裂けても言えない。ということで、プレスリリース上の文言は「購入」や「預かり」ではなく「取得」にした、と。鹿内家側が株を手放したとわかれば、「何か大きな動きがある」というのはわかっちゃうでしょうから、鹿内家側の開示も法律上最も遅い1月12日に報告してもらった。これなら12日までは誰から取得したのかわかりません。
で、13日の日経朝刊には(記者がまだ大量保有報告書の現物を見ないうちに書いた?)「鹿内家が手放した」という記事が載り、

ニッポン放株、鹿内氏一族が売却——大和証券SMBC、「時機みて放出」
 フジサンケイグループ実質創業者の一族でかつて同グループ議長を務めた鹿内宏明氏らが、ニッポン放送株式を手放したことが十二日分かった。近く大量保有報告書が提出される見通し。これらの株式は既に大和証券SMBCが取得を発表しており、今後は第三者に売却されることになる。(以下略)

また、14日の朝刊には比率まで言及した記事が載りました。

ニッポン放送株、鹿内氏一族、保有0.01%に
 ニッポン放送の大株主だった鹿内宏明氏ら一族の同社に対する持ち株比率が今月四日時点で八・〇一%から〇・〇一%になった。十四日に開示された大量保有報告書で明らかになった。同氏はかつてフジサンケイグループ議長に就き、一九九二年に議長を解任されて現在は経営に携わっていないが、大株主からも姿を消すことになる。(以下略)

ここで、大量保有報告書を見た記者は、単価の記載がないですが、いくらで売買されたんですか?どういう性質の「取得」なんですか、とか当事者にツッコんでもよかったようなもんですが、この14日の記事はやけにあっさりしてますね。
どなたかから「これこれこういう事情なので、TOB発表まではそっとしといて」というリークでもあったんでしょうか。
(追記1)信託受益権売買説
読者の方から、「鹿内家と大和証券SMBCは、信託受益権を売買したんじゃないでしょうか?」というご意見をいただきました。
「ひやしあめ」さんのコメントにあった1月24日の日経金融新聞20面の「フジテレビ、『高価』な防衛策——損得勘定、投資銀など恩恵」という記事をよく読んでみると、大和さんがいろいろ「おいしい」思いをした、という記述の後に、

 しかも防戦買いに協力する形で、フジサンケイGのオーナー一族が保有するニッポン放株(発行済み株式の八%分)を信託設定した証券を昨年五月末に購入。自ら代理人を務めるTOBに応ずれば、推計で十五億円の利益。株価上昇を狙うニッポン放株の保有者と、ニッポン放をなるべく安く買いたいフジテレビのアドバイザーという二つの顔。証券取引法違反のリスクもあった利益相反の果実は大きく、フジテレビ防衛から得られた収益合計は推計約百二十億円とM&A社に匹敵する。

と書いてあります。
(追記:2/17、以上までもいいと思うんですが、以下の推測[信託受益権を今年1月に売買した説]は結果としてはハズレの可能性が高いかと思います。)
しかし、鹿内家が昨年5月に出した大量保有報告書では、鹿内家が実質保有者であるとして株式に有価証券管理信託契約が設定されているという報告をしてますし。
昨年5月にすでに信託受益権を大和さんと売買していたなら昨年の6月15日までに大和さんが大量保有報告書を提出してないといけないですし、鹿内家が1月12日付で変更報告書を出すのもおかしい。
その1月12日付変更報告書の保有目的に、「今般、有価証券管理信託終了に伴い株式を交付した」とあるのもあまりうまく整合しません。
大和さんの、「本年1月4日付で株式会社ニッポン放送の株式を取得いたしました。」というコメントは、信託契約を解除して取得しましたって意味なんでしょうか?
昨年5月に取得というのは、記者さんが関係者に取材してコメントをとった記事なんでしょうか?それとも大量保有報告書の記載から記者さんが推測したことなんでしょうか。
また、1月4日に信託受益権を売買したのだとしたら、「法人関係情報を用いた自己勘定での売買」にあたっちゃいます。・・・と思いましたが、よく見てみると、証券会社の行為規制等に関する内閣府令第4条第9号は「有価証券」等についてのみ書いてあって、信託受益権の売買は含まれていません。
いずれにせよ、 信託受益権を使えば大量保有報告義務やインサイダー規制を逃れられるんだったら、みんなが信託受益権を使って、証券取引法の意味がなくなっちゃいますよね。
信託もお金がかかるので、数億円程度までの株だったらあまりやる人はいないかも知れませんが。
(追記2)バラバラ譲渡説
ひやしあめさんからまたコメントいただきました。
ニッポン放送株に係わる経済的な権利と議決権を「バラバラに」譲渡したのだとすると、いままでのいろんな開示資料や報道がうまく整合する気がします。
大量保有報告書によると、昨年5月に鹿内氏は、「保有有価証券を受益者のために管理する目的をもって信託銀行に信託」してますが、このとき(またはこのときから今年の1月4日までのどこかで)、信託受益権(経済的な権利の部分)を大和さんに譲渡。
ただ、その信託と鹿内氏の間で議決権の行使に関しては鹿内氏が行う旨の契約が結ばれていた、と。
で、1月4日にその信託契約を解除したので、受益権を持っている大和さんに株式が交付された、という説ですね。
別途、1月28日のエントリーに詳細を書きましたので、そちらをご覧ください。
これが一番いろんなつじつまがあう説かも知れません。
ひやしあめさん、その他、今回のシリーズにいろいろ情報提供いただいた方々、ありがとうございました。
−−−
以上、すべてあくまで新聞記事や開示資料から推測される「仮説」ですので、ご了承ください。
23日のエントリーでの仮説のように、TOBを準備していた部門と取得をした部門の間にチャイニーズウォールがしかれていて、「TOBをやるとは知りませんでした」とか、「まだ4日の段階では、TOBの”決定”はされてませんでした」という、(はた目にはより苦しそうな)理由かもしれません。
アナログ開示のメリット?
ちなみに、東証にファイルされたこの鹿内家側の報告書には3〜4回分の、(コピーを取るための)ホチキスをはずして綴じ直した跡がありました。おそらく、13日以降、各社の記者の方が激しく注目してコピーしていったんでしょう。
「紙」によるアナログな開示ならではですが、ネットでの開示と違って個別の報告書がどのくらい注目されたかがよくわかります。
(ではまた。)

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2 thoughts on “ニッポン放送株の潜水艦戦(その2)

  1. いつも楽しく見させていただいてます。
    http://www.alo.jp/practice/practice02_1g.html
    2004年5月26日発表「上場会社の支配権移動をめぐる信託受益権の活用」
    中身わからないですが、磯崎さんの話を見ると、この内容をとっても知りたくなりました。
    で、勝手な想像ですが、鹿内氏は信託設定する際に、議決権だけは自分に残しておいたんじゃないですかねぇ。

  2. 鹿内家、大和証券SMBCにニッポン放送株の返還を要求

    この件については詳しい説明がisologueで1月にされているのですが、鹿内家が大和証券SMBCに株を帰してくれと言っているというNHKのニュースがありました。
    「信託受益権を使えば大量保有報告義務やインサイダー規制を逃れられるんだったら、みんなが信託受益権を使って…