「株式市場のマイクロストラクチャー」

■株式市場の未来を占うキーワード「マイクロストラクチャー」

この12月1日から、銀行の投信窓販や、証券業の登録制への移行などが行われ、証券ビッグバンは一段と進行しつつある。また、外資や異業種の証券業への参入も、連日、新聞や雑誌をにぎわせている。こうした変化がこれからも起こり続けることや、それによって日本が変わっていくという認識は、一般にも浸透しつつあると考えていいだろう。
しかしながら、今後の日本の証券市場の変化によって生まれてくる新しいビジネスチャンスについて、きちんと体系立てて考えている人は、既存の証券業界の中にも驚くほど少ない。それは特に、「電子化」の影響がからんでくる場合に顕著だ。
一例を挙げてみよう。今月からの取引所集中義務の撤廃により、PTSやクロッシング・ネットワークといった、証券取引所の外の民間業者が電子的に取引を仲介するしくみが可能になる。しかし、一般に、このビジネスの利点については「コンピュータ化すればコストが下がり手数料が安くなる」くらいにしか考えられていないことが多い。
コンピュータ化により事務作業のコストが下がることは、今後株式市場で起こる変化の根幹ではない。株式の執行コストのうち、機関投資家から見て最大のものは、実は、手数料のコストよりも、大量の売買を行う場合に売買価格が変動してしまうことによるコストなど、今まであまり気にされていなかった「隠れた」コストなのである。電子証券取引のより大きなメリットは、こうした隠れたコストを削減できるところにある。
今後の証券市場にゴロゴロ転がっているビジネスチャンスの中から成功するものを見分けるためにも、ベースとなる視点として、本書のテーマ「株式市場のマイクロストラクチャー」を持っておくことは、非常に重要だと考えられるのだ。


■一般向け邦書で初の本格的紹介

本書では、プロローグから第2章までの間で、日米の株式市場やマイクロストラクチャー分析の概観が述べられる。第3章では、マイクロストラクチャーの数学的なモデルが示され、第4章以下では、デリバティブ、益出しクロス、規制、持ち合い等の要因別に、それらが株式市場に与える影響が分析されている。
分析の過程は一般の読者には興味の薄いものも多いかも知れない。しかし、ほとんどの章にコンパクトな「まとめ」がついており、結論や概要をつかみやすい構成になっている。
一般に、証券ビジネスに携わっている方にとって業務に一番関連するのは、エピローグで触れられている「執行コスト」の考え方であろう。今後、手数料が自由化していく中で、個人・法人・機関投資家等のどこに対してどういったマーケティング戦略を立てるかを検討する場合にも、「顧客から見た本当のコスト」が何なのか、という考え方が非常に重要である。
また本書は、経済学を研究されている方や経済学に興味のある方にもお勧めである。経済学というのは、ともすれば理論が現実の世界とどう結びつくかがわかりにくいが、このマイクロストラクチャー分析は、経済学の理論的な世界と、即物的かつ現実的な「カネ」の世界が直結する領域だからだ。
最も理想的なマーケットに近い「株式市場」を生きた見本にしながら、「不確実性」や「流動性」といった概念がコストにどう影響するかを考えることは、情報伝達手段の発達だけではコストはあまり下がらないことを理解する上で非常に役に立つだろう。
本書のプロローグには、「どのように市場システムを変革していくべきであるかを考える面白さとか醍醐味がマイクロストラクチャー分析にはある」と書かれている。確かに、今後、日本の株式市場のシステム、ひいては日本をどう変革していくかについても、マイクロストラクチャー分析の考え方は欠かすことができないと考えられる。
他人に教えるのが惜しい一冊。


■この本の目次

プロローグ なぜマーケットマイクロストラクチャーか
第1章 マーケットシステム
第2章 市場の流動性
第3章 マイクロストラクチャーモデル
第4章 株価と売買高の関係
第5章 オープニングの価格形成
第6章 派生市場の導入と株式市場のマイクロストラクチャー
第7章 大口市場と益出しクロス取引
第8章 株式関連取引の規制−サーキットブレーカー、証拠金規制
第9章 株式市場における主体別投資行動分析
第10章 株式保有構造と流動性
エピローグ 株式市場の変革とベスト・エクゼキューションの実現


■編著者のプロフィール

大村敬一 早稲田大学商学部教授
宇野淳 日経QUICK情報株式会社金融工学グループ部長
川北英隆 日本生命保険相互会社資金証券部長
俊野雅司 大和総研投資調査部次長兼主任研究員

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「会社法の経済学」

■次世代のルール作りに不可欠な新しい法律論

日本は、明治以来、法律の教育に非常に力を注いできた国と言えるだろう。また、そうした教育を受けた人材が、実際に社会のリーダーとして活躍してきたことも事実である。
ただ、そうした今までの日本における「法」というのは、多くの人にとって、はじめから「そこにある」ものであって、「どういう意図でその法律ができたのか?」「その意図は的を射ているのか?」などの疑問を投げかける対象ではなかったように思われる。
日本の社会が大きくひとつの方向を目指して来た間は、それはそれなりに有効に機能してきたかも知れない。しかしながら、社会が複雑化し、人々の考え方も多様化した時代になってくると、静的な法を金科玉条と仰いで社会的な調整を行っていくことは、非常に難しくなってきていると言わざるを得ないだろう。
これは、今後、法が重要でなくなる、ということではない。規制緩和などで、企業や個人の行動の自由度は高まっていくため、そのベースになる共通基盤としてのセンスのあるルールは、なおさら重要になるのである。特に、会社法をはじめとする経済法の領域では、投資家・取締役・従業員といった個々の主体のインセンティブや、それによって引き起こされる行動、その社会全体への波及効果などを想定することが重要だ。つまり、よりダイナミックなセンスで法を企画し、運用していくことが、強く求められているのである。


■法と経済学の相乗効果

本書によると、「法と経済学(Law and Economics)」という研究分野はアメリカでは一九五○年代から始まり、一九六○年代以降は研究者数の増大、研究方法の確立、専門雑誌の定着という形で、極めて大きな流れとなっているものだという。これに対して、日本では実質的にほとんど経済学者と法学者の共同研究は行われてこなかった、ともある。
(ということは、今までの日本では、経済の領域において何か新しい公的ルールを定める際にも、そうした理論的な観点からの研究結果の参照や検討は行われずに、概念的な検討と政治的なかけひきだけで決まっていたということか。いまさらながら、恐ろしい話ではある。)
こうした状況の中で、六年前に当初十名弱の経済学者・法学者が集まって、法と経済学に関する研究会を開き、以来、徐々に研究活動は拡大してきた。その研究成果をまとめたのが本書である。
全体は三部からなり、十五本の論文と、それに対するまとめから構成されている。
第一部では、「社外取締役」「株主代表訴訟」が有効に機能するか、等について検討が加えられている。経済学的な観点からは、これらは必ずしも有効ではない、としており、経済学と法学のモノの考え方の違いが浮き彫りになっていて興味深い。 続く第二部では、有限責任の株主や債権者が、企業破綻処理などにおいて、エイジェンシー・アプローチ(「利益相反の可能性がおのずから最小となるようなしくみの模索」)の観点などから検討される。第三部では、株式市場と情報、独禁法・労働法的な領域についての検討が行われている。
本書に書かれているような経済学的センスは、今後法律の作成・運用に携わる方々にもぜひ取り入れていただきたい。もちろん、法律に経済学の考え方を取り入れればすべて問題が解決するというような単純な話ではないだろうが、法という現実への適応を行うことで、経済学的なモノの考え方も逆にブラッシュアップされ、相乗効果は大いに期待できる。
とにかく、今後の新しい社会には、理論的根拠に基づいた確固たるルールをフレキシブルに策定していく体制が必要であり、それなくしては、経済や社会の「復興」はありえない。こうした領域の研究が発展することを願ってやまない。


■この本の目次

序章 会社法の経済分析:基本的な視点と道具立て

第I部 会社の意思決定
1章 株主総会と取締役会−権限配分規定について/2章 株主,取締役及び監査役の誘因(インセンティブ)/3章 取締役会と取締役/4章 株主総会の決定プロセス/5章 株主代表訴訟/第I部コメント

第II部 証券と利害調整
6章 株主の有限責任と債権者保護/7章 会社法における自己資本維持規定と資本コスト/8章 日本における企業破綻処理の制度的枠組み/9章 企業の資金調達と議決権および利益の配分/10章 株主間利害対立/第II部コメント

第III部 潜在的参加者
11章 インサイダー取引規制/13章 企業間取引と優越的地位の濫用/14章 「解雇権濫用法理」の経済分析—雇用契約理論の視点から/15章 株式会社法の特質,多様性,変化/第III部コメント
会社法の経済学;総括コメント


編著者のプロフィール

三輪芳朗 東京大学大学院経済学研究科
神田秀樹 東京大学大学院法学政治学研究科
柳川範之 東京大学大学院経済学研究科

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「市場重視の教育改革」

■相互作用しあう「教育」と「経済」の鳥瞰図とダイナミズム

今後の日本に、より「市場メカニズム」的な要素の導入が必要なのは、万人の納得するところであろう。社会は、今後ますます激しく変化するだろうから、それに合わせて人々を満足させるモノやサービスを生み出す方法も変わっていく必要がある。そこでは、一部の人間の考えで全体を縛るのではなく、多くの主体が競争しながら、よりよいモノやサービスを供給できるようにする「市場」的なメカニズムが望ましいのは当然である。
しかし、ことが「教育」ということになると、そうした競争原理や市場メカニズムとは別の次元で考えるべきだ、という方も多いのではなかろうか。それは、教育と言うのは神聖で侵すべからざる領域であり、単純な消費と同列に扱うのはけしからん、という観念があるからかも知れない。または、「受験戦争」という言葉に代表されるように、教育の領域においては、すでに過度の競争が存在するので、競争促進より、むしろ、競争緩和が望まれている、という観念のためかも知れない。
今まで教育は、とかく主観的な言葉で語られることが多かった。ほとんどの人は、教育を実際に体験して、それに対して、楽しさ悔しさなどが入り混じった、非常に複雑で強い感情を抱いている、ということなのかも知れない。議論としても、現場の教育論的立場のものが中心で、教育全体の構造を俯瞰するものは少なかったのではないかと思われる。


■「市場」の教育への導入

今回ご紹介するのは、この教育の領域に、経済学的・客観的な視点を導入し、「市場」の観点から改革案を提言している本である。筆者らの大半が大学で教鞭を取られている方であり、教育は「分析の対象」であると同時に「自分自身の仕事」でもある。客観的な分析の中に、ところどころ、教育への主観的な「思い入れ」が見え隠れしていたりもして、おもしろい。
1章、2章、4章では、教育を「消費」として、また「就職」との関連から捕らえている。教育は、サービスの供給者が需要者より圧倒的に情報を多く持つ、「情報の非対称性」がある。また、単に当座の効用のために教育が買われるというだけではなく、高い給料の会社などに就職するための「投資」の側面が強い。さらに、教育を受ける受益者であるのは子供であるのに、その出費をするのは親、という食い違いの構造もある。確かに単純に市場メカニズムを導入すればうまくいく、というものではなさそうだ。
5章では、なぜ、教育に政府などの公的機関が関与するのかについて論じられている。教育に国が関わるのは当たり前のような気もするが、経済学的な観点からすると、公的機関が関与するためには、市場だけにまかせておくとうまく行かない理由(外部性など)があることが必要である。しかし、本書では「今後の経済社会環境の下では、公的規制の根拠は乏しい」として、規制緩和と競争の導入について具体的なスキームを提言している。
6章、7章や3章では、世界各国の教育の歴史・制度の違いが分析されている。日本も、今後は、いわゆる終身雇用制の崩壊などによって、職業能力形成の機能が、企業から大学側にシフトするであろうし、公的補助も、大学より個人への補助のほうが、より効果的に資金が配分できることが示唆されている。
8章で取り上げられている女性の高学歴化も、就業の促進、結婚・出産年齢の上昇を通じて、国の構造をも大きく変えていく重要な要因である。
このように、教育というのは、社会の構造に変化を与え、また、社会構造の変化は、教育の構造にも大きく影響を与える。日ごろはビジネスを中心に考えられている方も、この本で示された鳥瞰図を元に、相互作用し合う産業と教育、今後の社会変化などについて、頭の中で、シミュレーションしてみるのもおもしろいのではないだろうか。


■この本の目次

序章 なぜ教育の経済学が必要か
第1章 教育サービスにおける消費者主権の回復
第2章 消費としての教育
第3章 学歴主義社会と市場志向の教育改革
第4章 就職と大学教育
第5章 大学への政府関与のあり方
第6章 高等教育市場の変遷:米国における例をもとに
第7章 教育費負担の構造:諸外国の動向とわが国の今後
第8章 女性の高学歴化と就業・出産行動


編著者のプロフィール

八代 尚宏
1970年東京大学経済学部卒業、経済企画庁入庁。1981年米国メリーランド大学経済学博士号取得。OECD経済統計局主任エコノミストなどを経て、現在、上智大学国債関係研究所教授。
著書に「現代日本の病理解明」(東洋経済新報社、日経経済図書文化賞受賞)、日本的雇用慣行の経済学(日本経済新聞社、石橋湛山賞受賞)等

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「ウォール街のダイナミズム」米国証券業の軌跡

■ビッグバンの羅針盤となるアメリカ証券業の歴史研究

「今年から来年にかけて日本で最もホットな産業は?」と聞かれれば、筆者は迷わず「証券業」と答えたい。
 昨一九九八年十二月に証券業は免許制から登録制に移行し、証券取引所への集中義務も無くなった。さらに、今年の十月には、手数料の完全自由化を控えている。そうした規制緩和により競争環境のインフラが整えられることもさることながら、昨今、アメリカで繰り広げられている金融再編の動き、インターネット取引へのシフトなど、新しいビジネスモデルが、否応無しに日本の証券業経営者の脳をも刺激している(はずだ)。
 おまけに、日本ではこの一年の間に、この規制緩和のインパクト、情報ネットワーク技術の革新のインパクトが、一気にやってくる。アメリカでは一九七五年の「メーデー」以来、二十年以上をかけて「ゆっくりと」行われて来た変化が、ギュっと圧縮されて、一気に襲いかかって来ることになる。そこで展開されるのは、新技術や激安手数料を武器に参入する新規業者の攻勢によって、既存証券会社がのたうち回る阿鼻叫喚の地獄絵なのか。はたまた、規制以外の日本的な参入障壁によって、結局、勝ち組は資本力のある一部の大手企業に限られてしまうという、非常につまらない図式になるのか。いずれにせよ、今年展開される世紀の大バトルを見逃す手は無い。


●「経営」として見た証券業

二十数年分のインパクトを一気に受けるその衝撃度の大きさや、証券のみならず、銀行・保険業界を含む金融界全体が変わることなどから、日本の証券ビッグバンは世界の金融業の変化の中でも非常にユニークなものになる。その行方が誰にもわかる形で記入された海図は無いといってよい。
 そうした中で最も頼りになるものといえば、まずは「先行事例」だろう。他国のことであっても、個々に見れば日本と同じ力学で動いている。「同じサービスなら安い方がいい」「固定費の負担が大きいサービスは規模のメリットが働く」というような、書けばあたりまえの力学が、実際にどのような現象を生み出してきたのかという生の事例を見ることは、大いに参考になるだろう。
 今週ご紹介する本は、こうした先行事例のうち最も研究すべきアメリカの証券業界の三十年にわたる変遷を一冊にまとめた本である。
 本書は、司法省が証券取引所の固定売買手数料制が独禁法違反である疑いがあるという文書を米証券取引委員会に送った一九六八年の出来事からスタートする。第一章で「証券会社とは何か」ということが、業界以外の人間にもわかりやすく述べられた後、続く第二章から五章で、六八年から現在までの期間を四つに区切り、それぞれの時代の特徴と、証券業界の対応を的確に抽出している。
 本書は、単なる事象の羅列や「年表」に終わることなく、具体例や数値例、人間ドラマを織り込み、読者を飽きさせない構成に仕上がっている。また、証券業を「ビジネス」「経営」という視点から見るという一貫した切り口から構成されているのも特徴である。
 読めばおわかりいただけるが、この間のアメリカ証券業界の変遷は、実は決して「ゆっくり」などというものではなく、まさに「激動」の時代だったことがわかる。これだけの期間のできごとを、ポイントを抽出して、しかも一般の読者にもわかりやすく一冊の本にまとめるのは、並大抵の力量でできることではない、と思う。
 本書によれば、ウォール街では「経営者など、しょせん収入を生まないコストセンターだ」という考え方が根強いとのことである。しかし、今までも今後も、激動の時代には、マネジメントの舵取りが重要なのは疑う余地が無い。先の見えない金融の世界でのマネジメントを考えるために必読の一冊、と言える。


■この本の目次

プロローグ 一九六八年−ゴーゴー時代の終焉と新しい時代到来の予兆
第1章 オーバービューー証券会社の機能
    業界大手の変遷/証券会社の機能/証券会社の営む業務/過去三○年間のトレンド
第2章 一九六八〜七五年−機関投資家の時代
機関投資家−年金基金の台頭と変容/機関化への証券会社の対応/資本危機そして手数料自由化への抵抗
第3章 一九七五〜八七年−イノベーションの時代
二つの規制緩和とその直接的インパクト/商品・サービスの多様化−イノベーション競争/経営形態の多様化/収益性の低下
第4章 一九八七〜九一年−マネジメントの時代
証券会社におけるマネジメントの特色/問題の顕在化/経営システムの見直しと対応策/メリルリンチのリストラクチャリング
第5章 一九九一〜九八年−個人投資家の時代
業績の回復/リテール業務の変容/証券会社の国際展開と収益への寄与/新しい多様化の諸相
エピローグ−一九九八年一一月


編著者のプロフィール

遠藤 幸彦 (えんどう ゆきひこ)
1980年東京大学教養学科(国際関係論)卒業、同年野村総合研究所入社。1985年ワシントン大学経営大学院終了(MBA)。企業調査部、NRIアメリカ、資本市場調査部、政策研究センター、研究双発センター金融サービス研究室長を経て、97年より現職。

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「神のごとく創造し,奴隷のごとく働け!」ガイ・カワサキのビジネス革命ルール

■「ビジネス革命家」を養成する、シリコンバレー流ベンチャー入門書

日本でも「ベンチャー」が熱くなってきた。
 従来の日本では、ベンチャーとは「中小企業」とほぼ同義だった。既存企業に勤めずに自分で事業をやるというだけで、相当のリスクがあったから、確かに、起業するだけでも相当の「冒険」ではあった。
 ところが、本場アメリカのシリコンバレーともなると、ベンチャーという言葉のニュアンスはかなり異なってくる。シリコンバレーのベンチャーの財務的な目標は、単に「一国一城の主として食っていく」にとどまらず、会社をIPO(株式公開)して、巨額の創業者利益を獲得しよう、ということになる。しかも、そうした話すら、今やすでに過去のものとなりつつあるのだ。現在、アメリカのネットビジネスの起業家がベンチャーキャピタルに見せて回るビジネスプランには、既にほとんど「IPOを狙う」とは書かれていない。資金回収の出口として想定されているのは、ほとんどが「バイ・アウト」、すなわち、既にNASDAQに公開している企業などに、自社を短期間に売却することなのである。
 ご承知のとおり、アメリカでは設立後1年しか経たない社員十数人の赤字企業がIPOする、などというのはめずらしくもない。つまり、それすら待っていられないほど、情報通信関連産業の変化のスピードは速くなってきているのである。
しかしながら、我が日本でも、ここ3ヶ月ほどの間に、ベンチャー起業の環境は大きく変化してきた。NASDAQや東証による新市場の発表の他、今まででは考えられないことだが、外部の出資者が、赤字のネット・ベンチャーに、額面の何倍・何十倍もの価格で追加出資するケースも出始めている。
 今まで日本が情報通信関連の産業でアメリカにここまで遅れをとったのは、人材や技術力といった「実態面」の問題と言うよりも、起業とスピードを支えるそうした「金融面」インフラが無かったことが決定的な原因である。しかし、こうしたしくみができあがっていく今後は、ネット企業を中心にベンチャーが多数立ち上り、それが産業全体のビジネススピードを上げ、日本の社会構造を変えていくことになるに違いない。


●「革命家」養成のための本

今週ご紹介する本は、こうしたベンチャーのダイナミズムの中心地、シリコンバレーから発信された本である。
この本は、一見した限りでは、よくありがちな「ビジネス成功の指南書」に見えかねない。しかし、全体を貫くテンションは、そうした本とは一線を画するものがある。
著者のガイ・カワサキ氏は、ここ十数年、シリコンバレーのベンチャー最前線で実戦を戦い、また、現在も、投資家とベンチャーを結びつける会社のCEOとして、シリコンバレーの激烈なダイナミズムを見つづけている教祖的存在の人物である。
「だからすべて正しいことが書いてある」とは言わない。著者はこの本で、事実や理論をきちっと整理しようというよりは、この本を読んだ人の意識を変え、今までの製品やサービスを根底から覆す「革命家」に変身させることに重きをおいているからだ。読者は、第一部で徹底的な発想の転換を迫られ、第二部で突き進む方向の決定方法を示され、第三部でそれを形に落とし込む方法を伝授される。
ベンチャー創業者の一大排出元となっているスタンフォード大では、この本がベストセラーになっていたらしいが、前述のように、日本のビジネス界とアメリカのビジネス界では、あまりに温度差がありすぎて、正直、この本が日本で一般受けするものかどうか、わからない。
「学者や大企業のスタッフの方々が読んでもあまり役に立たないが、現在起業を考えているような、テンションの上がった方が読むと、現状をぶち破るパワーが、ますますみなぎってくる本」ではないかと思う。


■この本の目次

はじめに
第1部 神のごとく創造せよ
第1章 コギタ・ディファレンタ (Think Different)/第2章 ドント・
ウォーリー、ビー・クラッピー/第3章 かき回せ、ベイビー、かき回せ
第2部 王のごとく命令せよ
第4章 バリアを破壊せよ/第5章 エバンジェリストを作れ/第6章 デ
ス・マグネットに気をつけろ
第3部 奴隷のごとく働け
第7章 鳥のように食べ、象のように排泄せよ/第8章 デジタルに考え、
アナログに行動せよ/第9章 自分の望まないことを人に求めるな
第4部 結論
第10章妄言に惑わされるな


編著者のプロフィール

Guy Kawasaki
1954年ホノルル生まれ。83年、米アップルコンピュータ社でマッキントッシュの立ち上げに参画。アップル・フェローにして、元同社チーフ・エバンジェリスト、現在、シリコンバレーをベースにしたハイテクベンチャー支援企業(garage.com)のCEO。

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「ネットビジネス戦略入門」すべてのビジネスは顧客志向型になる

■「顧客志向」の視点に立ったネットビジネスへの招待の書

日本のネットビジネスが離陸しようとしている。
公開ネット企業の時価総額は、現在、アメリカの場合で、百社超、五十兆円弱にもなるのに対し、日本は、その二十分の一程度のボリュームしかない。しかし、日本の経済規模や、インターネットのインフラの整備の進展などから、海外投資家の多くは、日本でも今後二〜三年のうちに、アメリカの半分程度までその時価総額が上昇してもおかしくないという見方をしている。話半分としても、今後数年で約十兆円の新しい価値が創造されるわけだ。日本のネットビジネス領域は、まさに、ジャパニーズ・ゴールドラッシュの様相になりつつあると言えよう。
ただ、こうしたマクロの視点からの予測は、日本のミクロな実態を知るものにとっては、いささか危なっかしく感じられる。確かに、資金面では、今やネット領域には一千億円単位の金が投下されて、過剰感が出始めているくらいであるし、人材面でも、IT技術者、クリエイティブ、そしてfounder(創業者)タイプの人材については、センスと元気のある若者中心に、ここのところ急速に厚みが増してきている。こうした中で、現在、最大のボトルネックは、「マネジメントができる人材」の不足であろう。つまり、リーダーシップがあって組織を引っ張っていける人材、マーケティングがわかる人材、B/S、P/Lくらいは読めて経営がわかる人材、が圧倒的に不足しているのだ。
このままでは、日本のネットビジネスは、脆弱な経営基盤の上に立つ一時のバブルに終わってしまう可能性が高い。既存のビジネスの経験を持ちあわせた実力のある人材が、こうした成長領域に参加することは社会的に見ても、非常に強く求められているといっていいだろう。幸い、そうした人材をネット界に呼び込む道具立ては整ってきた。公開ネット企業の数が百社になるとしても、先の前提で、一社あたりの価値創造は平均一千億円以上にもなる。これくらい枠があれば、新たな人材へのインセンティブも十分に用意できるはずだ。もちろん、必ず成功するという保証などない。しかし、人生を賭けるに値する「チャンス」が、今の日本のネットビジネス界には生まれつつあるのも確かである。


●ネットビジネスも基本は同じ

ただ、ネットビジネスは、今までのビジネスとの違いばかりが強調されがちで、「つかみどころがない」とお感じの方も多いのではないだろうか。
今回ご紹介する本は、「ネットビジネスとは、究極の顧客志向ビジネスなのであり、今までのビジネスと基本は同じなのだ」ということを説いている。
ネットビジネスへの「とっかかり」として非常に読みやすいものではないかと思う。
本書は、収益の出るネットビジネス戦略を立てるため五つのステップと、成功するために重要な八つの原則から、構成されている。また、それぞれの原則に対応して二つづつ、十六の企業の詳細なケーススタディが盛り込まれている。
その事例がちょっと古いのが玉に傷だが、体系的に日本語で読めるのであれば、そのくらいは、まあしかたがないだろう。最新情報は英語で直接吸収していただくほかない。
また、この本の立脚点はネットを使って、ビジネスの「実態面」をいかによくするか、という非常に「地に足のついた」ものである。ただし、現在のネットビジネスをドライブしている最大の要因の一つは、良くも悪くも財務的な「バーチャル」な要因である。ネットのマネジメントを志す層の方としては、そうした面も考え合わせる必要があることは、念のため記しておきたい。
取り上げられているのは、大企業の取り組みの事例が中心であり、ベンチャーを志す人のみならず、既存企業をネット企業に生まれ変わらせようと社内で努力される方にも、当然、役に立つ本である。


■この本の目次

ネットビジネスへの招待
●ネットビジネスで成功するための五つのステップ
収益の出るネットビジネス戦略を立てる
顧客がビジネスしやすい環境を提供する/末端顧客に商品やビジネスの照準を合わせる/顧客志向型の業務プロセスを末端顧客の視点から再設計する/収益増加のために企業を連携させる/顧客忠誠度を育成する
●成功するために重要な八つの原則とその事例
適切な顧客を狙う/顧客の振舞いを総合的に把握する/顧客に影響を与える業務プロセスを合理化する/顧客との関係を広い視野で捉える/顧客に主導権を与える/顧客の業務を支援する/個別化したサービスを提供する/コミュニティーを育てる
最良の実戦経験を組み合わせる:次のステップへ


著者のプロフィール

Patricia Seybold
父親のジョン・シーボルトを筆頭に、ほぼ全員がIT業界に身を置く米国IT業界の超有名人一家、シーボルト一家の一員。自身も米国ボストンで国際的ITビジネスコンサルティング会社、パトリシア・シーボルト・グループを設立し、現在CEO。同社は、アーサー・アンダーセン、ヒューレット・パッカード、マイクロソフトなど、業界トップ企業をクライアントとして擁している。

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「マルチメディア都市の選択 」シリコンアレーとマルチメディアガルチ

■サイバー時代の都市の位置付けを明確にする、骨太な研究レポート

「ネットワークが発達すれば、どこで仕事をするかは関係無くなる」ということがよく言われる。しかし、実際にはネットビジネスの進展に伴って、物理的な立地、特に「都市」の機能はむしろ重要性を増してきている。本書にもあるように、現在、情報通信産業の中心は、ハードウエアやOSなどの無機的なものから、コンテンツ(情報の中身)や、広告、商取引などにシフトしてきている。「都市」は、最終消費者や大小企業の集合体であるから、そうした場所に身を置いて最新の感性を身に付けたり、仕事の相手と直接会って話をすることは、この種のデジタルビジネスにおいては必須になるのである。
 日本でも、東京を中心とする「ビットバレー・アソシエーション」という地域ベースのデジタル産業のコミュニティが今年設立された。沈滞した日本の雰囲気を打ち破る新しい息吹として、最近では、TV・新聞・雑誌等で毎週のように紹介される一方で、「ビットバレーの企業には、技術に強い会社が少ない」「数は多いが、規模の小さい会社ばかりで、株式公開をするような企業はほんの一握り」「経営の基本がわかっておらず、評判に実態が追い付いていない」等の批判も聞かれるようになってきた。
実は、そうした状況は、アメリカでも全く同じだったようだ。一九九四年のニューヨーク・ニューメディア協会(NYNMA)の設立当時も、資金調達のや会社の設立の方法もわからない企業が大半で、業態的にも、ハイテク技術者集団というより、今までアーティストをやっていた人たちが、筆をマウスに持ち替えたような会社が多かったそうである。しかし、そうした企業も、協会のイベントなどを通じて、弁護士、会計士、ベンチャーキャピタル等との人脈を形成するうちに、徐々に、経営の実態を身につけていった。ベンチャーゆえ当然ではあるが、数多くの企業が淘汰されて消え行く中で、ほんの一握り、成功する企業が現れてきたのである。


●都市論から見た情報産業

今週ご紹介する本は、日本のネットビジネスの今後を「立地」という切り口から考えてみるのに非常に役立つ本である。
 本書では、まず冒頭で、古代政治都市から、商業都市、工業都市を経て現代までの都市の流れを振りかえっている。情報通信社会の入り口の八〇年代は、情報産業製品の中でも付加価値が高い部分がハードウエアであったため、そうした産業の立地は「地方」が中心であったが、八〇年代の後半から九〇年代の初頭にかけて、付加価値の中心がソフトウエアに移ると、立地はシリコンバレーなどの「超郊外」になった。さらに九〇年代後半になって、付加価値の中心がコンテンツ等にシフトするにつれ、立地は「都心」に回帰してきたという。
また、アメリカでも、大都市型のマルチメディア企業の一社あたり平均従業員数は七名程度と、非常に小粒である。NYNMAは、現在会員が三千社を超えているが、当然、すべての企業が株式公開できるような企業でもない。日本では、情報通信ベンチャーというと、シリコンバレーの技術中心型の企業像を思い浮かべがちだが、都市型の情報通信企業を、そうしたイメージにはめ込んで考えることは、大きな考え違いを招く可能性が高い。東京のビットバレー企業に対する先の批判は、現状を的確に捉えていると同時に、批判としては、ちょっと的外れでもある。本書によれば、都市型のデジタル産業とは、そもそも、そうした多数の小企業の中から、急成長するビジネスモデルが生まれてくるものだからである。
 本書は、ニューヨークやサンフランシスコ、東京のマルチメディア企業の地理的な分布の調査や、それらの都市の個別企業へのヒアリング、その他、地道なリサーチの積み重ねによって、書かれている。ネット分野にありがちな、流行に便乗した企画本とは一線を画す、骨太なレポートといえる。


■この本の目次

はじめに
第一部 マルチメディア都市の出現
第一章 都市型産業としてのマルチメディア
第二章 シリコンアレー −路地裏から大通りへ
第三章 マルチメディアガルチ −公園からあふれだしたデジタルアート

第二部 マルチメディア都市革命のモデル
第一章 都市再生のモデル −第二次ジェントリフィケーションとしてのマルチメディア革命
第二章 都市産業空間のモデル −マルチメディア都市へのルーツ
第三章 新産業のモデル −インターネットの普及とデジタルビジネスの勃興
第四章 新ビジネスのモデル −マルチメディア企業の勝ち残り戦略

第三部 マルチメディア都市の兆銭
第一章 ニューヨーク・ロウアーマンハッタン地区の挑戦
第二章 サンフランシスコ・ソーマ地区の挑戦
第三章 日本への示唆と可能性

おわりに


編著者のプロフィール

小長谷 一之(こながや かずゆき)
大阪市立大学経済研究所地域経済部門助教授。日本都市学会理事、通産省国別通商制作事業研究員、環境庁地球環境保全土地利用変化検討会委員、等を歴任。著書に「アジアの大都市[2]ジャカルタ」(日本評論社)、「日本の三大都市圏」(共著、古今書院)、等。

富沢 木実(とみざわ このみ)
日本長期信用銀行産業調査担当、郵政省電気通信局業務課長補佐、長銀総合研究所産業調査部主任研究員等を経て、現在、社会基盤研究所調査部主任研究員、ソフト化経済センター主席客員研究員。郵政省情報通信ニュービジネス研究会委員、国土庁国土基盤検討会委員、中小企業庁中小企業近代化審議会委員等を歴任。著書に「『新・職人』の時代」(NTT出版)、「新しい時代の儲け方」(共著・講談社)、等

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「パーミションマーケティング」ブランドからパーミッションへ

■顧客の心を開かせる新しいマーケティング手法の書

ヤフーの株価が1億円を超え、近頃のテレビ・新聞等はこぞって「ネットバブル」に警鐘を鳴らす特集を組んでいる。日本では、ネット株は一株数千万円以上するため、購入しているのは、機関投資家以外は、大半がネットのサービスを利用したこともない富裕層の個人投資家ということになる。つまり、日本の現在のネット株高が、ネットのサービスの本質をあまりわからずに「ネット関連」というだけで買う投資家によって、投機的に形成されたという側面があることは、確かに事実だろう。
一方で、この「バブル」は、日本の土地バブルとは大きく性格を異にする。千兆円の単位にのぼった土地バブルに対し、「たかだか数兆円」の非常に小さいバブルであるということもそうだが、そのほかに、構造が単純でないバブルである、ということもあげられる。
ネットビジネスは、非常にたくさんのビジネスモデルの集合体である。Amazon.comのような「EC」のモデルやYahoo!などの「ポータル」というモデルだけでなく、オンライン上で個人どうしが物品を売買する「オークション」、生産者から消費者という一方的な流れを逆転させた「リバース・マーケティング」、ネット上である製品を購入する人数を集めれば購入できる値段が下がる「グループ・バイ」モデルなど、一般の人には聞きなれない非常に多くのビジネスモデルがしのぎを削っている。このように、ネットビジネスのすごいところは、今までに存在しない革新的なビジネスのやり方の転換のアイデアが次々に出てくるところなのだ。こうしたビジネスモデルは、それぞれ個々に、事業構造も財務構造も全く異なるものなので、仮に将来、「ポータルというモデルの先が見えた」、ということになっても、では、オークションもオプトインもリバースマーケティングもだめ、という判断には直結しようがない。バブルはバブルかも知れないが、シャンプーの泡のように、ひとつひとつが割れても全体が一気に割れるとは考えにくい泡なのである。


●飛躍的なレスポンス率の向上

この本は、こうしたインターネットによって喚起された画期的な考え方の転換の一つを紹介する本である。
今までのマーケティングが、テレビをはじめとするマス媒体に大量に広告を打ち、人の心の中に土足でずかずか上がりこむ「土足マーケティング(interruption marketing)であったのに対し、これからのマーケティングは、顧客からひとつひとつ許可(permission)をもらって良好な関係を構築していく、パーミッションマーケティングになる、と説いている。
 パーミッション・マーケティングは、わかりやすく「デートと結婚」に例えられている。何回もデートを重ねて、趣味や将来のことを語り合い、お互いの家族を紹介しあって、その後にはじめてプロポーズする、というのが、結婚までもっていく確実性の高い方法であるのに、今までのマーケティングでは、会ったその日にいきなりプロポーズするような手法が取られてきた、というわけだ。
このパーミッションマーケティングの効果についての顕著な例としては、今までのDMのレスポンス率が平均二%であるのに対して、こうして、顧客から「パーミッション」をもらっっている場合の電子メールのレスポンス率は、平均三五%という高率を示すという例が示されている。パーミッションマーケティングは、通常のダイレクトメールや、コールセンターなどでも使えるが、やはり最も効果を発揮するのはインターネットを用いた場合であろう。
 ネット関連企業の多い渋谷の書店では、本書はもうすでにベストセラーになっている。インターネットによって出現する新しいビジネス、マーケティングの方法を考えるためには非常にわかりやすくためになる良書、と言える。


■この本の目次

はじめに
1 お金では解決できないマーケティングの危機
2 パーミッション・マーケティング−広告が再び力を取り戻す方法
3 マス広告の進化史
4 さあ、始めよう−市場シェアではなく顧客シェアに全力を注げ
5 繰り返すことが信用を勝ち取り、「パーミッション」がさらに効果的にする
6 パーミッションを手に入れるための五段階
7 パーミッションらくらく活用術
8 あなたがウェブ・マーケティングについて知っていることは全部間違っている
9 ウェブにおけるパーミッション・マーケティング
10 ケーススタディ
11 パーミッション・マーケティングを評価する方法
12 パーミッション・マーケティングFAQ


編著者のプロフィール

Seth Godin
米国Yahoo!ダイレクト・マーケティング担当副社長。タフツ大学でコンピュータ・サイエンスと哲学の学位を、スタンフォード・ビジネススクールでMBA(マーケティング)を取得。スピネーカーソフトウェア社勤務、ヨーヨーダイン社創設を経て、1998年ヨーヨーダイン社をYahoo!に売却、同社副社長となる。

坂本 啓一
マーケティング・コンサルティングファームParmtree Inc.代表。ネット上でマーケティングエッセイ「電脳市場本舗〜Marketing surfin’」を1995年から連載。知恵市場共同主宰者のひとり。

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「ネット資本主義の企業戦略」

■ネット時代における企業のデコンストラクション(再構築)の書

日本でも、ネットのバブルが指摘されて久しいが、良く考えてみると、一般の人々のネット革命に対する認知は、日本ではまだ低すぎるくらいなのではないだろうか。
米国において、日本をはるかにしのぐ量のドットコム系の企業のTVのCMや道路沿いの看板などがあふれかえっているのはもちろんであるが、先日、ちょっとショックだったのは、韓国のネットベンチャーの経営者に「韓国に比べても、日本のテレビのネット系の広告は極端に少ないですね」と言われたことだ。今週ご紹介する本のキーワードをネットビジネス全体にあてはめれば、日本のネット革命のインパクトのイメージは、広く一般大衆にはまだ「リーチ」(情報の到達範囲)しておらず、伝わっている情報の「リッチネス」(情報の中身の濃さ)も低い。つまり、まだほんの一握りの人が盛り上がったり落ち込んだりしているだけの状態であって、米国で懸念されているような、社会全体としてネット産業への期待が大きすぎるという意味での「バブル」には、良くも悪くも、まだ程遠い状態と考えるしかない。
裏返せば、日本では、今後、一般の人々が想像するよりも相当大きな、ネットによる社会変革がやってくることになる。これにより、ビジネスのやり方そのものの根本的な変化、「デコンストラクション」(事業の想像的破壊と再構築)が求められることになる。


●情報のリーチとリッチネス

本書は、このようなネットの世界の変化と、そこで行われるべきデコンストラクションについて、体系的に整理した本である。
本書全体を貫くキーワードとして、前出の「リーチ」、「リッチネス」、および「アフィリエーション」(利用者の利益により密着した関係を持つこと)などを用い、その変化によって、どのような競争が展開するかが説かれている。従来は、「リーチ」と「リッチネス」はトレードオフの関係にあったが、情報技術の発達によって、その中で形成された競争優位が崩れ、新たなサービスが旧来のサービスを打ち負かす、ということになる。また、こうした情報の流れの変化により、サプライチェーンや企業組織がどう変化するかが説かれている。
ネットビジネスの世界で起こっている動きは、従来の発想で理解するのが難しいので、こうした著作できちっと概念を整理し、今起こっていることの本質を考える作業は非常に大切である。しかし、著者らも匂わせている通り、変化のスピードの速いネットの世界では、クライアントは、「体系」や「戦略」ではなく、「具現化」を求めるものなのである。
内容からはややそれるが、本書を読む、よりメタな視点をご提供すると、現在、最も「デコンストラクション」の危機にさらされているのは、実は、本書の著者らのいる既存のコンサルティング業界そのものかも知れないのである。これを示す、端的な例として、某大手コンサルティング会社の米国西海岸のオフィスがすべて閉鎖に追い込まれてしまうこととなった、という事例があげられる。事務所の人材が、すべてシリコンバレーなどのネット企業に引き抜かれてしまったのだ。優秀なコンサルタントほど、「まず戦略を考えて、それを戦術におとし、その後、実行」という従来のコンサルティングのプロセス自体が、ネット時代のスピード感にそぐわないことに気づいており、ネットベンチャーの経営陣に転身することで、自らを「デコンストラクション」している、とも見ることができる。
このままでいくと、優秀なコンサルタントがネットビジネスで起こっていることを体系的にまとめた本書のような著作を一般の人が入手することは、冗談ではなく、今後、困難になるかもしれない。そういう状況を理解すると、本書のありがたみは、非常に増すのではないだろうか。


■この本の目次

はじめに
第一章. 不吉な前例
第二章. 「情報」と「モノ」の流れが分離されると……
第三章. 情報の「リッチネス」と「リーチ」は二者択一か
第四章. デコンストラクションとは何か
第五章. ディスインターミディエーション(中間業者の排除)
第六章. リーチをめぐる競争
第七章. アフィリエーションをめぐる競争
第八章. リッチネスをめぐる競争
第九章. サプライチェーンのデコンストラクション
第十章. 組織のデコンストラクション
第十一章. 今、何をやるべきか


編著者のプロフィール

Philip Evans
ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)シニア・ヴァイスプレジデント ボストン事務所所属。T・ウースターと共にBCGメディア&コンヴァージェンス・プラクティス・グループのリーダーを務める。ケンブリッジ大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学部ハークネス・フェロー。ハーバードビジネススクールMBA。

Thomas S. Wurster
BCGヴァイスプレジデント ロサンゼルス事務所代表。コーネル大学経済学部卒業、シカゴ大学MBA、エール大学経済学博士。

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「バブルの歴史」チューリップ恐慌からインターネット投機へ

■「画期的なスキーム」とそれに対する投機の歴史

バブルの歴史というのは、「画期的ですごそうなもの」の歴史だ。その意味では、ベンチャーブームというのも、バブルと表裏一体である。本書によると、「一六九四年六月二十一日、イングランド銀行の名で設立されたベンチャー企業の株式募集がはじまった」ということである。英国の中央銀行であるイングランド銀行ですら、貨幣というものを発行するというビジネスモデルの「ベンチャー」としてスタートしたわけである。これは英国の名誉革命後の、東インド会社などを含む一連の「ベンチャーブーム」、金融革命の時代背景と重なっているものである。
もちろん、十八世紀の南海会社や、十九世紀の鉄道ブーム、そして現在のインターネットビジネスブームなどもそれに該当しよう。このように、欧米では、「新しいこと」を支える金融スキーム作り出され、それが新しい社会構造を作り出す動きをサポートするのに機能してきた歴史が三百年以上ある。これに対して、日本は(明治の渋沢栄一などの例はともかく)、少なくとも戦後は、「民間」から画期的な社会のインフラや金融スキームが出てきたことはなかった、といってもいいだろう。
結果として、日本では「バブル」=「悪」という観念しか存在しない。今、日本もネットバブル崩壊(個人的には、日本の場合、ネット的なビジネスモデルとあまり関係のない企業の株価が崩壊しているように見えるが)という事態を迎えて、あらためてバブルというものの本質を考えてみる必要があるのではないだろうか。


●バブルと投機の歴史

本書は、そうした「バブル」(原題では、financial speculation)の歴史を、チューリップ・バブルから現代のデリバティブやヘッジファンドなどまで、まとめた本である。(副題には、「チューリップ恐慌からインターネット投機へ」とあるが、本書には、インターネットのブームについてはほとんど書かれていない。日本経済新聞社刊「インターネットバブル」とセットで読むと、有史以来のバブルの流れがよりよく捉えられて、お勧めである。)
日本のバブル時代の事実についても、細かい事実を調べ上げてながら、それらを相当よくまとめあげていると言っていいだろう。読み物として良く練れており、読みやすい。
 また、本書では、単なる事象のみでなく、投機に対する識者、経済学者などの見解についてもエピソードが挿入されている。
例えば、有名なマンデビルの「蜂の寓話」、ケインズの「アニマル・スピリット」など、個別の行動は倫理的に見てあまり誉められたものでなくても、社会全体としてはそれがいい方向に働くのだ、という考え方。また、マネタリストによるバブルの研究でも、実は、歴史上のバブル崩壊は、伝説になっているほど甚大なマクロ的被害をもたらしたわけでもなかったという研究もある。ガルブレイスも「大恐慌時にビルから人が飛び降りた話は寓話にすぎない」と論じている。
一方で、マネタリストや効率的市場仮説論者などのバブルについての研究レポートの中には、規制を導入させない目的のために書かれたものもあることを匂わせている。そうした両方の観点からの意見がせめぎあうことが大切だろう。
新しいものを生み出すには、それに対するファイナンスが必要であり、その新しいものが画期的であるほどリスクがあるから、失敗事例が多くなるのは当然である。「バブル」に対する一方的な批判が行われる社会では、創造的破壊が行われず、古い体制が崩されないままである。今年は、日本が自らの構造を改革して、自ら「画期的なもの」を生み出せる社会になるかどうかの重要な年になると思われる。巷でも、そうした論議が盛んに行われることになると思うが、そういう場合に、バブルの歴史のうんちくを傾けるにも、本書は役に立つ本だと考える。


■この本の目次

プロローグ 遅れた者は悪魔の餌食
第1章 このバブルの世界 − 金融投機の起源
第2章 エクスチェンジ通りの株式取引 − 一六九〇年代の起業熱
第3章 忘れてはならず、許してはならない、南海の愚挙
第4章 愚か者の黄金 − 一八二○年代の新興市場
第5章 迅速な通信の手段  − 一八四五年の鉄道狂
第6章 「誤魔化され、魔法をかけられ、悪魔に取り付かれ」 − 金メッキ時代の投機
第7章 新時代の終わり − 一九二九年の大暴落とその影響
第8章 カウボーイ資本主義 − ブレトン・ウッズからマイケル・ミルトンまで
第9章 神風資本主義 − 一九八○年代日本のバブル経済
エピローグ 経済学者の暴走


著者のプロフィール

Edward Chancellor
ケンブリッジ大学、オックスフォード大学で歴史学を専攻。1990年代前半に投資銀行ラザースで勤務。現在、フリーランスのジャーナリストとしてファイナンシャル・タイムズ紙、エコノミスト誌などに寄稿。

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