「バブルの歴史」チューリップ恐慌からインターネット投機へ

■「画期的なスキーム」とそれに対する投機の歴史

バブルの歴史というのは、「画期的ですごそうなもの」の歴史だ。その意味では、ベンチャーブームというのも、バブルと表裏一体である。本書によると、「一六九四年六月二十一日、イングランド銀行の名で設立されたベンチャー企業の株式募集がはじまった」ということである。英国の中央銀行であるイングランド銀行ですら、貨幣というものを発行するというビジネスモデルの「ベンチャー」としてスタートしたわけである。これは英国の名誉革命後の、東インド会社などを含む一連の「ベンチャーブーム」、金融革命の時代背景と重なっているものである。
もちろん、十八世紀の南海会社や、十九世紀の鉄道ブーム、そして現在のインターネットビジネスブームなどもそれに該当しよう。このように、欧米では、「新しいこと」を支える金融スキーム作り出され、それが新しい社会構造を作り出す動きをサポートするのに機能してきた歴史が三百年以上ある。これに対して、日本は(明治の渋沢栄一などの例はともかく)、少なくとも戦後は、「民間」から画期的な社会のインフラや金融スキームが出てきたことはなかった、といってもいいだろう。
結果として、日本では「バブル」=「悪」という観念しか存在しない。今、日本もネットバブル崩壊(個人的には、日本の場合、ネット的なビジネスモデルとあまり関係のない企業の株価が崩壊しているように見えるが)という事態を迎えて、あらためてバブルというものの本質を考えてみる必要があるのではないだろうか。


●バブルと投機の歴史

本書は、そうした「バブル」(原題では、financial speculation)の歴史を、チューリップ・バブルから現代のデリバティブやヘッジファンドなどまで、まとめた本である。(副題には、「チューリップ恐慌からインターネット投機へ」とあるが、本書には、インターネットのブームについてはほとんど書かれていない。日本経済新聞社刊「インターネットバブル」とセットで読むと、有史以来のバブルの流れがよりよく捉えられて、お勧めである。)
日本のバブル時代の事実についても、細かい事実を調べ上げてながら、それらを相当よくまとめあげていると言っていいだろう。読み物として良く練れており、読みやすい。
 また、本書では、単なる事象のみでなく、投機に対する識者、経済学者などの見解についてもエピソードが挿入されている。
例えば、有名なマンデビルの「蜂の寓話」、ケインズの「アニマル・スピリット」など、個別の行動は倫理的に見てあまり誉められたものでなくても、社会全体としてはそれがいい方向に働くのだ、という考え方。また、マネタリストによるバブルの研究でも、実は、歴史上のバブル崩壊は、伝説になっているほど甚大なマクロ的被害をもたらしたわけでもなかったという研究もある。ガルブレイスも「大恐慌時にビルから人が飛び降りた話は寓話にすぎない」と論じている。
一方で、マネタリストや効率的市場仮説論者などのバブルについての研究レポートの中には、規制を導入させない目的のために書かれたものもあることを匂わせている。そうした両方の観点からの意見がせめぎあうことが大切だろう。
新しいものを生み出すには、それに対するファイナンスが必要であり、その新しいものが画期的であるほどリスクがあるから、失敗事例が多くなるのは当然である。「バブル」に対する一方的な批判が行われる社会では、創造的破壊が行われず、古い体制が崩されないままである。今年は、日本が自らの構造を改革して、自ら「画期的なもの」を生み出せる社会になるかどうかの重要な年になると思われる。巷でも、そうした論議が盛んに行われることになると思うが、そういう場合に、バブルの歴史のうんちくを傾けるにも、本書は役に立つ本だと考える。


■この本の目次

プロローグ 遅れた者は悪魔の餌食
第1章 このバブルの世界 − 金融投機の起源
第2章 エクスチェンジ通りの株式取引 − 一六九〇年代の起業熱
第3章 忘れてはならず、許してはならない、南海の愚挙
第4章 愚か者の黄金 − 一八二○年代の新興市場
第5章 迅速な通信の手段  − 一八四五年の鉄道狂
第6章 「誤魔化され、魔法をかけられ、悪魔に取り付かれ」 − 金メッキ時代の投機
第7章 新時代の終わり − 一九二九年の大暴落とその影響
第8章 カウボーイ資本主義 − ブレトン・ウッズからマイケル・ミルトンまで
第9章 神風資本主義 − 一九八○年代日本のバブル経済
エピローグ 経済学者の暴走


著者のプロフィール

Edward Chancellor
ケンブリッジ大学、オックスフォード大学で歴史学を専攻。1990年代前半に投資銀行ラザースで勤務。現在、フリーランスのジャーナリストとしてファイナンシャル・タイムズ紙、エコノミスト誌などに寄稿。

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