投資金額や条件をめぐる交渉の舞台裏

先月号では、「A株式会社」が、ベンチャーキャピタル「Bファンド」とのハードなネゴを乗りきり、なんとか投資の口頭での確約(ソフト・コミット)を取り付けるところまで行った。ただし、A社が当初考えていたビジネスの展開は「のんびり成長しすぎ」ということをBファンドに指摘され、実現可能性を検討した上で、より思い切った投資をするビジネスプランに改められた。この修正されたビジネスプラン(抜粋)を見てみよう。(図表1参照)

図表1.A社の企業価値

前回のビジネスプランでは、当初の投資金額を抑えていたため、当初のキャッシュフローのマイナスが少なかったが、今回は、かなり思い切って投資することにしているため、その分、2002年度・2003年度のキャッシュフローのマイナス幅は大きくなっている。しかし、2004年度以降のキャッシュフローは当初案よりも勢いよく増加していくプランになっている。


●「企業価値」の最終決定

2001年12月号でも述べたが、DCF法で現在価値を算出する場合の基本的な考え方は、数式1の通りになる。毎年のキャッシュフロー(Ci)を、一定の割引率(r)で割り引く、というものだ。しかし、実際のビジネスプランにおいては、無限にキャッシュフローを想定しても意味はない。特に、変化の激しいIT系の事業においては来年のこともよくわからないのに、10年も先のキャッシュフローを考えてもほとんど意味がないのは明らかだ。

数式1:

このため、実際には、5年後くらいに事業を売却してそこでキャッシュが入ってくるとみなして企業価値を計算することが多い。この事業を売却したとみなしたときの企業価値を「残余価値(terminal value)」と呼ぶ。残余価値も企業価値であるから、その計算方法にはいろんな考え方があるが、今回の場合、計画の最終年度のキャッシュフローが一定の率で成長していくとして、DCF法と同様の考え方で計算した。(こうすると、最終年度のキャッシュフローを「割引率−成長率」で割るというシンプルな式で表せる。数式2参照。) A社案では、当初この最終年度以降のキャッシュフローの増加率を15%としていたが、Bファンドからこれは高すぎだと指摘されて10%に削られることになった。

数式2:

注:Cmは、最終年度のキャッシュフローrは、割引率。gは最終年度以降のキャッシュフローの成長率。

毎年のキャッシュフローを割引く割引率としては、50%が使われた。これは、現在の金利水準より相当高い、かなりリスクを見込んだ率である。A社は、スタートアップしたばかりで現在はまだサービスも開始していないので、本当に計画通りいくのかどうかリスクが高い、と言われればその通りではある。悔しければ、何らかの形で自分たちで資金を工面して、より企業としての実態を作ってからVC(ベンチャーキャピタル)に話を持ち込むしかない。

しかし、A社スタッフの場合、そもそも、お金持ちの叔父さんがいるわけでも自分たちが何千万円も貯金があるわけでもないのでVC回りをしてきたわけである。しかし、数年前まではスタートアップの企業に資金を提供するVCなど日本にはなかったし、出しても「額面」での投資がほとんどで、とても1億円以上の評価をしてくれるような土壌はなかった。ITバブル崩壊などと言われて投資が過度に冷え込んでいる現在の環境をも考え合わせれば、これでもかなり好条件とも言える。また、Bファンドが、中身もわからずただ企業価値のディスカウントをネゴってくるVCだったとしたら、A社スタッフも、自分の会社を安く見られたという寂しさや悔しさが残ったかも知れないが、Bファンドの態度は一貫して、理由を示しながら条件を提示し、「いっしょに経営をしていこう」というポジティブな意欲の感じられるものだった。このため、A社スタッフも多少不満な面があっても最終的には説得されることとなった。

実は、ベンチャーファンド自体も、通常、自己資金はほんの一部で、大半は投資家から集めてきた資金である。ファンドの運営をやっている会社(「GP」(=General Partnerの略)などと呼ばれる)が投資を決める際には、自分の直感やセンスも重要ではあるが、ファンドに出資してくれた投資家への説明責任(accountability)も欠かすことができない。つまり、ファンド運営者の場合、ファンドへの出資者に説明できない行動は取れないし、取ってはならないのだ。だから、VCがこちらに好感を持ってくれているなとは思っても、それで交渉が甘くなるということはなく、条件はあくまで合理的に決まると考えておいたほうがいいだろう。


●「LOI」を締結!

投資を受けるときに注意が必要なのは、企業価値には、投資を受ける前の価値(pre-money)と、投資を受けた後の価値(post-money)がある、ということだ。「投資を受けた後の価値」=「投資を受ける前の価値」+「投資金額」である。図表1でBファンドが投資をするといった修正後の1.5億円は「post」の価値だ。5千万円投資を受けるとすると、preでは約1億円の企業評価になる。

A社スタッフは、当初、なるべく外部株主比率を下げたいという思いから、pre1.5億円で評価して、約5000万円投資して25%の出資比率でどうか、と食い下がっていた。しかし、Bファンド側は、今回のビジネスプランは、Bファンド側も大口の取引先を紹介するなど、出資以外のバリューをつける「共同経営者」的な協力をすることや、約5000万円の投資をすることによってはじめてこのビジネスプランが可能になることなどから、あくまで投資「後」で1.5億円の価値であると主張した。最終的には、修正したビジネスプランに基づき、投資後の企業価値1.53億円と見て、投資後の発行済株式の約34%、5100万円を出資してもらうことになった。

もちろん、この5100万円だけでIPOまで資金を持たすというのはかなりきつい。Bファンドのパートナーは、これからの事業の進捗を見て、追加投資を考えよう、と言ってくれた。「この目標を達成したら次の投資」と、事業計画上の目標(マイルストーン)を定めて、小分けで投資を行っていく、いわゆる「マイルストーン投資」というやつだ。Bファンドとのディスカッションであがった課題の一つは、A社が技術には絶対の自信を持つ技術者集団ではあるが、財務やマーケティングの経験を持つ担当者が一人もいない、ということだ。そこでBファンドから設定された目標は、この業界で活躍できる実力あるマーケティング担当者を連れてくること、営業が軌道にのってきたら、IPOまで引っ張って行ける専任の財務担当者を連れてくることだった。もちろん、売上高や顧客数の目標を達成することも盛り込まれている。

こうしたマイルストーン投資はA社スタッフ側にとってもありがたい。もし、A社が順調に成長していくとすれば、後になればなるほど企業価値はあがるはずだ。体制が整わない段階で大量の資金を投入してしまうと、株式の持分を大量に外部株主に放出しなければならないが、成長に合わせて資金調達ができれば、こうした持株比率のバランスをうまくとりながら資金調達が行えることになる。

最終的に、BファンドはA社に、こうした内容を記入したLOIを手渡した。


●LOIの内容は?

では、そのLOIの内容はどんなものだったのだろうか?まず、このLOIは守秘義務などの条項を除いて法的拘束力がない(non-bindingである)ことが定められている。つまり、投資するかどうかはこの後詳細にA社の内容を見るデューデリジェンスの結果を見てから決めるということである。また、ディスカッションの結果決まった投資金額、発行株式数、などの条件も書かれている。

さらに重要な点としては、EXITの目標が定められたことがある。今回は、A社は、IPOに向けて最大限努力することがうたわれた。
経営としては必ずしも不調ではないがIPOもバイアウトもしないという状況を、投資関係者は「living dead(生ける屍)」と呼んで敬遠する。会社の経営者や従業員は、毎月食っていければそれでいいとも言えるが、投資家は資金がキャピタルゲイン付きで返ってくるのでなければ投資した意味がない。実は、この2つの状態には大きな隔たりがあり、会社側と投資家で大きく利害が分かれるところだ。この条件はBファンドの強い希望によって盛り込まれた。
この他にも、先買権(pre-emptive rights)や、共同売却権(co-sale right)、希薄化防止(anti-dilution)清算時の残余財産分配の優先権(liquidation preference)などという、A社メンバーが聞きなれない条項が付けられた。これらの条件は、日本の今までの投資慣行ではあまり盛り込まれなかった条件であり注意が必要であるため、次回以降じっくり見ていくことにしよう。

※A社ならびにBファンド、その他の投資家に関連する部分のストーリーは記事のために作った例であり、実在の企業・団体などとは関係ありません。


Isozaki, Tetsuya        磯崎哲也
磯崎哲也事務所代表/公認会計士
コンサルファームで、新規事業コンサル、インターネット技術調査などに従事した後、オンライン証券ベンチャーの設立に参画。その後、投資ファンドのパートナーやCFOなどとして、多数のベンチャー企業の現場に関与。2001年7月より現職。
https://www.tez.com/

投資条件をめぐる「ハードネゴ」を乗り切れ

ベンチャー企業が投資家から出資を受ける際の「交渉」がどのようなものなのかについて、その実態はほとんど知られていない。本連載では先月号まで2回にわたり、スタートしたばかりのあなたの会社「A株式会社」を例に、資金調達に取り組むベンチャーの姿を追ってきた。引き続き今月は、A社と投資家とで繰り広げられるハードな交渉の詳細を見ていくことにしたい。こうした投資家との交渉ノウハウは起業家や起業予備軍必須の知識である。

さて、A社のメンバーは、外資系や金融機関系など、さまざまなカテゴリーのVCを精力的に訪問した。まずは金融機関系のVCを何社かまわったが、担当者レベルの反応が悪く話が先に進まなかった。その後も金融機関系のVCではいずれも最終意思決定者に会えなかった。A社の力不足も否めないが、足を運んだ金融機関系VCは、1999年から2000年初めにかけての国内外IT系企業への投資でかなりの損を重ねており、「アツモノに懲りている」という印象だった。

また、外資系のVCでは投資条件で合意できなかった。A社の事業に対する理解度は高いと感じたし、興味も持ってくれたのだが、面談した外資系VCもインターネットブーム期の投資で痛手を負っているようで、日本からの撤退を準備しているVCもあった。米国のいわゆるITバブル崩壊の影響は大きいようだ。

さらに、何人かのエンジェルと呼ばれる人にも会ってみた。感触のいい人からは「君たちの事業はよくわからないが、金は出せるかもしれないよ」といった反応が得られた。しかし、株主になってもらう人には自分たちの事業への理解が欠かせないと考えるA社のメンバーには、こうしたエンジェルからの出資は受け入れられなかった。

結局、スタートアップ企業への投資を中心に手掛ける独立系のVCに資金を出してもらうことに決めた。ここでは名前を「Bファンド」としよう。Bファンドは数人で運営している小規模なVCで話が進むのも早かった。Bファンドのパートナー(*)はA社が取り組もうとしている分野に太い人脈を持ち、取引先の紹介など資金以外のメリットも期待できる。このことがA社の意思を固めさせた。


●ハードなネゴシエーション

ベンチャーと投資家の交渉は、どのように行われるのだろうか。引き続きA社を例に見ていこう。まずA社は、Bファンドのスタッフの前で自分たちのビジネスプランのプレゼンテーションを行った。A社メンバーは、それまでにも10社以上のVCでプレゼンを行ってきたこともあり、「前フリで相手をぐっと引き込んで」「ここでドンと盛り上げて」と、プレゼンのコツは完全に身に付けていた。A社が手掛けるビジネスに詳しいBファンドのメンバーは、A社が売り込みたいポイントをすばやく理解して、うなずいたり「ほう」という表情をしたりしていた。ミュージシャンが観客のノリがいいといい演奏ができるように、プレゼンテーションでも聞き手が理解して聞いてくれるといいプレゼンができるものだ。今回は、A社メンバーは自分たちの力を出し切った最高のプレゼンができたと思った。

しかし、投資家との交渉においてはプレゼンテーションの反応が好かったからといって安心してはいけない。A社の場合も、喜んだのもつかの間、プレゼン終了後にVCから嵐のような質問が待っていた。業界に詳しいだけに、ツボを突いた質問が次々に襲ってくる。他のVCでは適当にごまかしたあまり触れられたくないポイントについても、見逃さずに鋭く切り込んでくる。こうしてハードな交渉を重ねた結果、A社が当初持ち込んだビジネスプランはかなり修正されることになった。当初のビジネスプランでは、投資はなるべく控えてできるだけ早く損益分岐点(*)に持って行き、人員も少人数のままゆっくり着実に成長していこうと考えていたが、Bファンドのパートナーに「このままでは投資できない」と言われたのである。A社の取り組もうとしている事業は、業界の注目度が高く競争も激しいため、のんびり成長していたのでは競合企業に追い抜かれてしまう。思い切って社員数を増やし、より高い売り上げ目標を達成できる計画でなければ、投資はできないというわけだ。

しかし、Bファンドの言うことを鵜呑みにして、できないことを約束するわけにはいかない。A社メンバーがこの宿題を会社に持ち帰って議論を繰り返した結果、Bファンドが紹介してくれるという大手企業との提携など、新たな営業上の施策が実現すればより高い目標が達成できそうだという強い確信が得られた。このため、これらを修正した新しいビジネスプランに変更することで、両者は合意に至った。

今回の事例のように、投資家とこのようにハードな交渉をして、その過程でビジネスモデルを変更することは、日本ではまだ多いとはいえないが、シリコンバレーでは少なくない。


●ベンチャーの資本政策

A社の場合、この変更は資本政策面からもプラスだった。資本政策というのは「どのような株主に、いくらの株価で、何株の株式を割り当てるか」という計画である。当面、資金の心配をせずに、まとまった開発やプロモーションを行っていくには、5,000万円くらいの資金があるとありがたい。一方、IPO(株式公開)まで考えた場合、現時点での外部株主の持株比率は、どうしても全体の3分の1以下に抑えたい。そこから逆算すると、5,000万円の外部資金を入れるにはA社の現在の企業価値が1.5億円はないと厳しい。(*)当初の事業計画ではこれに届かない。

日本で株式を公開する際は、社長をはじめとする安定株主の持株比率が高いことが求められる。逆に、キャピタルゲインを狙っているVCのような外部の投資家は安定株主とみなされず、あまり高い持株比率になることができない。日本の株式市場は、特にベンチャーなどの小型株の取引について、米国に比べて一般投資家の参加が少ないために流動性が低い(取引量が少ない)。このため、もしVCが大量に株式を持っていた場合、公開後に大株主であるVCが株を売りに出すと、その大量の株式の引き取り手が少ないため、株価が下落すると考えられている。米国では、未公開の段階でVCが高い持株比率であっても、公開後にVCから徐々にバトンタッチして株を譲り受ける存在として、機関投資家(投資信託や年金などを運用する主体)の役割が大きい。しかし日本では、そうした機関がベンチャーの株式を吸収する機能が弱いので、ちょっと株が放出されると株価が崩れる可能性が出てくるわけだ。

株式公開時は、VCの機能を持つ証券会社が株式を引き受けて、自社の顧客にその株式を割り当てて(販売して)いくが、証券会社としても自社の売った株の値段が下がって自分の顧客に損をさせるのは非常に困る。そのため、安定した株価の形成を望む証券会社からは「社長が筆頭株主でないと……」「やはり会社の役員が5割以上株式を持っていたほうが……」といった発言が出てくることになる。こうした状況は、これから証券市場が発達していけば徐々に解消されてくるはずだが、残念ながら当面は社内役員など安定株主の持株比率が高い会社でないと公開が難しい現状が続きそうだ。このため、A社が未公開の段階であと1回発行済株式総数の10パーセント強の資金調達を行い、株式公開時にさらに10パーセント程度の株式を放出すると考えたとき、現時点で全株式の3分の2くらいは創業メンバーで持っておきたいのである。(「図表1参照)

図表1.資本政策の一例

次回からは、ビジネスプランに大筋で合意したA社とBファンドが、どのようなLOIを締結し、最終的にA社がどのような金額の投資を受けることになったかについて見ていこう。

※A社ならびにBファンドその他の投資家に関連する部分のストーリーは記事のために作った例であり、実在の企業・団体等とは関係ありません。

「損益分岐点」…収益と費用が同じになる操業レベル。

「企業評価1.5億円」=5千万円÷(1/3)
5千万円が3分の1だとすると、全体の企業価値は1.5億円必要、となる。

「パートナー」
米国のVCは、従来、出資者であり経営者であるパートナーが運営するpartnershipとよばれる日本の組合や合名会社に似た無限責任の組織形態がファンドを運営することが多かった。現在ではアメリカのVCも有限責任の「LLC (Limited Liability Company) 」と呼ばれる組織形態をとることが多くなったし、日本でも株式会社形態をとることも多いが、最近設立されたVCの中には代表者について「パートナー」という呼称を取るところがあるため、この例ではパートナーという呼称をとった。


Isozaki, Tetsuya        磯崎哲也
磯崎哲也事務所代表/公認会計士
コンサルファームで、新規事業コンサル、インターネット技術調査などに従事した後、オンライン証券ベンチャーの設立に参画。その後、投資ファンドのパートナーやCFOなどとして、多数のベンチャー企業の現場に関与。2001年7月より現職。
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ベンチャーのための”対投資家”交渉術

2001年10月より、改正商法が施行されて、額面株式・無額面株式の区別が無くなり、設立時より株式が1株1円でも発行できるようになるなど、シリコンバレー式の投資スキームが導入しやすい環境が整ってきた。最低資本金制度などは、そのままなので、まったく同じとはいかないが、今後は、日本の投資家の行動パターンや実務も、よりシリコンバレー的になっていくと考えられる。

第2回「ベンチャー企業の”価値”はこうして計る」では、ベンチャー企業の企業価値算定の考え方について述べた。登場したあなたの会社A社は、現在、株式による資金調達を考えている。今回は、前回の続きとして、A社が投資家を探して交渉するプロセスを見て行くこととしたい。


●タイプ別投資家の行動パターン

日本の投資家には以下のようなタイプがある。もちろん、それぞれの投資家毎に個性があるので、このカテゴリー分けはあくまで目安として考えていただきたい。

第一のカテゴリーは、外資系ベンチャーキャピタルだ。(以下、ベンチャーキャピタルを「VC」と省略する。)外資系VCは、教科書的なセオリーに沿った投資を行うことが多い。つまり、理論的な企業価値算定を行い、後述のような投資のプロセスをきちっと踏んで、投資後は「ハンズオン」(注)することを志向している。ただし、ファンドサイズが数百億円以上のVCの場合、管理する社数が多くなりすぎるとハンズオンが手薄になるので、数千万円の「細かい」投資は嫌がることが多い。そうしたVCの志向しているのは数億円から数十億円の投資であるため、投資を受ける側も「超大型新人」である必要がある。

次に、今回のネットビジネスのブーム以前から投資活動を行ってきた日本の老舗VCがある。国内証券会社系に大手が多いが、他も銀行系損保系など、金融機関系が多い。従来は、設立したばかりの企業に投資することはほとんどなかったが、今回のネットブームでは、そうしたスタートアップへの投資も積極的に行うようになってきた。銀行系など一部は、金額も上限1千万円程度で、リード(メイン)が決まらないと投資しないところもあるので、そういうところに対してはリードの投資家を先に決めないといけない。

三番目に、インキュベーターや事業会社系など、今回のネットブーム前後に設立された新興系のVCがある。これも、会社によって個性はまちまちだが、外資系の投資パターンを取り入れつつ、日本的な要素も入っている、といった感じか。今回のネットブームで、最も積極的に投資を行ったカテゴリーだ。

最後に、「エンジェル」と呼ばれる投資家がいる。事業オーナーなど、個人のお金持ちの投資家だ。会社に興味を持つかどうかはまさにその人の個性で決まる。

具体的なVC(エンジェル以外)については、例えば、東洋経済新報社の「ベンチャークラブ」という雑誌でVCの特集が組まれ、一覧が載っている(今年は2001年10月号
http://www.toyokeizai.co.jp/mag/vc/mokuji/v200110.html) ので、参考にするといいだろう。
(注:現在同誌は廃刊している。)


図表1.DCFによる企業価値


●投資を受けるまでのプロセス

投資を受けるまでのプロセスも、VCによって千差万別であるが、外資系VCなど比較的きちっとしたVCの場合のケースでは、図表2のようになる。

図表2.投資を受けるまでのモデルプロセス

 

まずは、投資の交渉に入る前に、できればNDA(Non Disclosure Agreement)を結ぼう。いくら信用できそうなVCでも、後で別の同業に投資することになって、わが社の情報を見せないとも限らない。VCによっては、逆に、そうした制約を嫌ってNDAを結びたがらないところもある。最初に興味を持ってもらうための簡易版と、興味を示してくれたときの詳細版と、事業計画を2バージョン用意しておくのも手だろう。

次に、VCが投資に興味がある、ということになると、投資する意思があることを示すLOI(Letter of Intent)と呼ばれる書面を取り交わす場合がある。そのVCに権威があれば、そのLOIを持って回ることで、他のVCとの交渉がやりやすくなることもあるし、LOIに交渉自体についての守秘義務や独占交渉権が付いている場合には、それはできない。

3番目に、デューデリ(due diligence)というチェックのプロセスが入る。前項のLOIの段階では、投資するかどうかは法律上non-binding、すなわち、実行の義務はないことにするのが普通だが、それは、デューデリをしてみたら、会社側の言ってることと実態がかなり違っていたり、正式契約の条件のすりあわせのときに折り合いがつかない可能性もあるからだ。ベンチャー投資の場合に、VCとして最もチェックしたい項目は、「企業価値が上がってキャピタルゲインが実現するか?」すなわち、事業そのものがイケてるかどうかであり、経営陣がどういう考えを持っているのか、ビジネスプランは妥当なのか、市場はどうなっているのか、などがチェックされる。また、「企業の実態があるか」「会社が法的にきちんと設立され運営されているか」「帳簿は正しく作成されているか」などの法的・会計的側面についてもチェックされる。弁護士や会計士がチェック(review)のために乗り込んでくることもあるし、VCのパートナーやスタッフが質問したり書類を見るだけのこともある。重大な法律違反などが無い限り、事業はイケてるのに法律面や会計面で落とされるということはないと思うが、当然、ちゃんとしておくに越したことはない。法律や会計に詳しい知り合いがいたら、事前に、大きな問題がないか見てもらっておいたほうがいい。

4番目に、投資契約の締結になる。契約書は外資系VCだと、数百ページの厚さになることもある。驚くことに、日系のVCは投資契約を結ばないとか、結んでも紙1枚のことも多い。投資というのは初めての人にとっては非常に複雑なものなので、不利な条件を知らずに飲まされることもありうる。厚さにかかわらず、投資契約に詳しい専門家に依頼して、交渉のプロセスに立ち会ってもらうのがお勧めだ。正式契約が済むと、商法など法律上の手続きを経て投資の資金が払い込まれることになる。


●会社のエヴァンジェリストたれ

ベンチャー投資というのはリスクが大きい。リスクが大きいということは、判断が極めて属人的になるということだ。つまり、投資家との交渉の最終目的は「最終意思決定者」に会って直接説得することだ。いくら担当者レベルで盛り上がっていても、最終意思決定者でコロっと却下、ということはよくあるし、逆に、担当者はあまりいい顔をしていなかったのが、最終意思決定者とはウマがあって投資が決まるということもある。

あなたが投資家に確信させなくてはならないのは、あなたの会社の「ありのままの現状」ではなく、まだ存在してもいない「成功した未来のあなたの会社の姿」なのだ。存在してないのだから、わかってもらえなくてあたりまえ。断られてもくじけないこと。直接目に見えないものを信じさせるという点では、投資家との交渉は「伝道」に似ている。あなたは、あなたの会社の「エヴァンジェリスト」なのだ。あらゆる手段を使って、あなたの事業がいかにイケていて投資に値するかを布教しなさい。VCはプロの投資家ではあるが全知全能ではないので、何もしないであなたの会社の良さを解ってくれるわけはない。プレゼンだけで中身が無いのは困るが、「プレゼンはへただけど実力はあるんだよなー」では、資金は集まらない。また、特に日本の場合、自分の口で「オレはすごい」というより、第三者から「あいつはすごいよ」と言わせるほうが効果があることが多い。直接、熱い情熱を持ってぶつかることも大切だが、第三者からVCに紹介してもらったり、新聞に取り上げられた記事や何かの賞を取ったことなどをさりげなく見せるなど、からめ手の戦術も重要だ。

さて、A社はVCにプレゼンして、投資の確約は取り付けたのか?。次回は、A社の投資の詳細な条件について見ていくことにしたい。


注:
DCF法(Discount Cash Flow Method)
企業の評価方法の一つ。ビジネスプランなどから投資先企業の数年分のキャッシュフローを想定して、それを一定の割引率で割り引いて企業価値を算定する。

ハンズオン(hands-on)
投資家が、金だけ出すのではなく企業の経営に積極的に関与し、戦略や人材の斡旋、取引先の紹介、M&Aや公開などに積極的にサポートをすること。


Isozaki, Tetsuya        磯崎哲也
磯崎哲也事務所代表/公認会計士
コンサルファームで、新規事業コンサル、インターネット技術調査などに従事した後、オンライン証券ベンチャーの設立に参画。その後、投資ファンドのパートナーやCFOなどとして、多数のベンチャー企業の現場に関与。2001年7月より現職。
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ベンチャー企業の「価値」はこうして計れ

米国の同時多発テロの影響を受けて、株価はNYダウ平均で7千ドル台、日経平均で9,300円台まで落ち込んだ。株価は企業の価値を表す指標である。上場している会社なら株式の需給関係で株価が決まるというのは理解できるが、未公開企業の価値(株価)はどのように決まるのだろうか。今回はベンチャー企業の「企業価値」の考え方を解説する。たとえば、あなたが設立した会社「A株式会社」で資金調達を計画しているとしよう。A社は、自らの貯金に合わせて仲間や親類などから集めた資本金1,000万円で設立した。しかし、ウェブサイト立ち上げの費用やオフィスの家賃などで、A社の資金は500万円しか残っていない。銀行に融資の相談に行ったが、担保がないので話にもならない。こうなると、株式を発行して投資家から資金を調達するしかない。


●帳簿価格では見えない企業の価値

では、A社はいくら増資できるだろうか。今後、A社は4人の仲間に参画してもらう予定で、彼らに給料も払わなければならないうえ、サーバーの増強や研究開発資金を考えると、最低でも3,000万円、できれば5,000万円は増資したいところである。
図1は現在のA社の貸借対照表だ。純資産、つまり帳簿上の会社の資産価値は300万円ということになる。この帳簿上の資産価値は一般に「簿価純資産」と呼ばれている。

もし、A社の価値がこの金額(300万円)しかなければ、あなたの増資計画はどうなるだろうか。11月号で説明したとおり、株式とは「会社の価値合計を分割した権利」のことなので、仮に現在の株式の量を倍にする増資をしても、企業価値が300万円ならば300万円しか集まらない。しかし、株式を公開するまでは、どう考えてもA社にはあと数億円の資金が必要だ。わずか300万円で会社の価値の半分を放出したのでは話にならない。
ここで「俺の会社の価値なんてこんなもんさ」と諦めるのも1つの選択だ。しかし、「冗談じゃない。シスコシステムズの時価総額が10兆円なら、その10万分の1の価値(1億円)くらいはあってもいいんじゃないか?」と考えることもできる。考えるのはいいが、それで道は開けてくるのか? 開ける可能性はあるのだ。


●EXITストラテジーの考え方

公開企業の評価を考える前に「あなたはA社をどうしたいのか?」と自らに問うてみる必要がある。経営者による企業観は大きく2つある。

1つは伝統的な企業観だ。日本の経営者の大半は「会社は我が子同然」という発想から、永続的に続く企業(going concern)のイメージを持っている。もちろん、アメリカでも、マイクロソフトをはじめ、創業者が経営を続けている例は多い。

もう1つは、会社を「製品」や「プロジェクト」と見る見方だ。つまり、大企業にはできない技術やノウハウを使って、新しいビジネスを立ち上げて顧客を集め、そのシステムや組織の「かたまり」を丸ごと買い上げてもらうのである。これをバイアウト(buy-out)という。「我が子」を「売る」のは忍びないが、情に流される必要はない。この場合、会社は「製品」なのだ。普通のコンピュータシステムでも数億〜数百億円するものがあるが、そうした単なるプログラムやサーバーに加えて、「顧客」や「提携先との契約」「ページビュー」などもセットで製品として納入しようということだ。アメリカでは、はじめからマイクロソフトやシスコなどの大企業に買い上げてもらうことを意図して設立されるベンチャーも多い。バブル期のような「時が金なり」の時期にはこうしたバイアウト目的のベンチャーは引く手あまただったが、世の中がスローダウンしてしまうとバイアウトの可能性も低くなることは言うまでもない。

投資家が、投資した資金を回収することを「EXIT」(イグジット)というが、「会社をどうしたいのか?」というのは、裏を返せばEXITの戦略(EXITストラテジー)の問題になる。継続的に会社を続けていく場合、キャピタルゲインを目的とするベンチャーキャピタルのような投資家に投資をしてもらうのであれば、EXITとしてIPO(株式公開)を志向する必要がある。後者の場合には、企業を売却するバイアウトがEXITストラテジーということになる。


●会社を「製品」として売る方法

ITストラテジーをバイアウトに定めている場合には、その企業価値を評価する方法は、その会社の「製品」としての価値の評価になる。つまり、「何の製品なのか」によって評価方法は千差万別ということだ。

顧客を集めるマーケティングサイトなら、従来の方法で顧客を集めるために必要なコストや、そうして集めた顧客が生み出す価値(life-time value)と比較したり、システムに強い会社なら、売り先の会社が一から同じシステムを作る場合のコスト(再調達価格)をベースに計算したり、などである。たとえばHotmailは、無料モデルで売り上げも計上されていなかった(もちろん赤字だった)が、当時すでに1千万人のユーザーを擁していた。同社がMSNに売却されるにあたり「顧客1人あたり」の価格算定を行った結果、約400億円の価格が付いた。

また、同じような会社の売買価格を参考にする方法もある。比較相手の会社の何をベースに比較するかで評価は大きく異なるが、比較相手の売り上げと株価をベースにPSRを計算して比較するという評価方法がよく用いられた。なぜならネット企業は利益が出ていないことが多く、利益を基準にして比較ができないからだ。このように、ネットバブル期のアメリカは評価方法の博覧会のような様相を呈していた。現在、よく考えずにそうした評価方法を適用すると「頭がバブっている」と言われる可能性も高いが、今でも会社によってはこうした考え方が適用できることもある。


●行使価格

第3に、行使価格がいくらなのかを見る必要がある。行使価格とは「一株いくらで株を買えるのか」ということである。
図2を見ていただきたい。ストックオプションとは株を買う「権利」であって買う「義務」ではない。公開やバイアウト(会社売却)などで、株を売却するチャンスが来たときに、一株あたりの金額が行使価格より低い場合には、損をするだけなので誰も行使しない。つまり、図の例では、行使価格40万円以下の場合、利益はゼロ、行使価格を超えると株価との差額だけ利益が出る。設立したての会社なら、株価5万円で行使、ということになっていることも多いし、すでにベンチャーキャピタルなどからファイナンスを行っている場合、一株40万円とか50万円での行使になっていることもある。ITバブル崩壊で、今の相場より相当高い水準で資金調達してしまっていると、それに合わせて行使価格も高まっている可能性があるので注意が必要だ。

注:Pは価値(株価)。Eは利益。rは割引率。

PERは、利益Eが永久に出続けるとした場合の現在価値とEそのものの比と考えることができる。(運用利回りに相当する割引率rの逆数になる。)

これからどんどん伸びるという企業は、まずは今後の確固たる事業計画(Business Plan)を立てるべきだ。この事業計画上のキャッシュフローを使えば、DCF(Discount Cash Flow)による価値が計算できる。つまり、どのくらいコストをかけて、どのくらい売り上げが上がるのか、そして差し引きどの程度キャッシュフローが毎年出るのか。このキャッシュフローを想定して、それを一定の割引率で現在価値に割り引いたものがDCFによる企業価値だ。

DCFよる評価はかなり精緻に見える。しかし、そもそも企業価値というものに絶対的な価値は存在しない。DCFの場合も同じだ。「数式2」のとおり、価値を決める要因は大きく2つある。

数式2:

1つは、事業計画そのものだ。希望的観測でキャッシュフロー(Ci)を考えれば、いくらでも企業価値(P)は高まるが、根拠があいまいなものは投資家などの評価者から徹底的に叩かれると思っておいたほうがいい。「売り上げ計画が達成できる根拠は?」「競合が出てきたら、こんなに高い単価は取れないのでは?」「その営業活動のためにどのようなマーケティングやプロモーションを行うのか?」「それにかかるコストはいくらか?」「この計画人数で本当にそれだけのことができるのか?」。個別の要素ごとに、どのくらい真剣に考えているかを、投資家らは質問してくるはずだ。

もう1つの要素は、計算の際に使う「割引率(Discount Rate)」(r)をどの程度に設定するかだ。基本的には国債などのリスクのない運用レートにリスクウエイトを加えた値になるのだが、ここでリスクをどの程度と見るかが、とくに未公開企業の場合はかなり主観的な問題になる。企業を立ち上げてから間もないスタートアップ期は50%くらいの高率で割り引かれてしまう。これが40%に下がるだけで、算出される企業価値が2倍以上も変化することもある。投資家と交渉するときには、この割引率の水準をめぐる駆け引きも重要になる。

さて、冒頭のあなたの会社「A社」は、実際にどのくらいの価値と算定され、実際に調達に成功したのかどうか。次回は、資金調達の実際について取り上げることとしたい。


<用語1>
会社の財政(財産)の状態を表した表。損益計算書が会社の一定期間の売り上げや利益などパフォーマンスを見るのに対し、貸借対照表は特定の時点での財政状況を見る。


<用語2>
PSRとはPrice Sales Ratioの略で、株価売上高倍率のことを言う。時価総額(Price)を年間の売上高(Sales)で割った数値。


<用語3>
Price Earnings Ratioの略で、株価収益率のこと。「株価」を「1株あたりの利益(=税引き後利益÷発行済み株式数)」で割ったもの。1株あたりの利益に対して株価が何倍になっているのかを示す。


<用語4>
現在価値とは、数式1や数式2のように、ある利回り(r)で複利運用したときに将来の収入(EやCi)が生まれるとした場合、その現在の元本の価値。


Isozaki, Tetsuya        磯崎哲也
磯崎哲也事務所代表/公認会計士
コンサルファームで、新規事業コンサル、インターネット技術調査などに従事した後、オンライン証券ベンチャーの設立に参画。その後、投資ファンドのパートナーやCFOなどとして、多数のベンチャー企業の現場に関与。2001年7月より現職。
https://www.tez.com/

「自分の価値」を計るストックオプション制度

大手電機メーカーが一斉にリストラ策を打ち出した。大手流通業や建設業も大型の倒産が待ち構えている。日本の1400兆円もの個人金融資産の過半は預貯金という形で銀行に流れ込み、それはさらに収益性の悪い企業に流れ込んでいた。この間接金融中心の流れが、今音を立てて直接金融にシフトしようとしている。

「コーポレートファイナンス」という概念は、今までの日本人にはあまりなじみのないものだった。しかし、株式市場が企業を見張る度合いが高まると、(賭けてもいいが)あなたもファイナンスの渦の中に巻き込まれるはずだ。しかし、「おれはテクノロジーは好きだがファイナンスは不得意」と思っている方も多いかと思う。しかし、そういう人のほうがファイナンスに向いている可能性もある。事実、私の知るIT関連企業の財務担当者は、技術系出身の人や技術マインドの高い文系の人が多い。なぜか。


●ファイナンスの知識が必須の時代

ひとつには、当然だが、技術系の会社は技術がわからないと始まらないからだ。これまでの日本のファイナンスは「今まで何をやってきたか」に関することが中心で、会社のやっていることは後づけで理解できればなんとかなった。今後のファイナンスは「会社がこれから何をやるか」「それにどういう”価値”があるのか」を説明できるかどうかが重要な鍵となる。シリコンバレーの企業を観察すると見えて来るように、米国企業の経営は「技術」と「ファイナンス」が表裏一体であり、どちらが欠けても致命的である。特にIT企業の経営においては、技術系の知識と計数的な価値を結びつける能力が必要とされているのだ。

二つ目に、こうした価値などの説明や投資家との交渉を行う際に、やや技術的な計算を伴う、ということがある。「やや」とはどのくらいかというと「EXCELで四則演算と階乗の計算ができるくらい」だ。笑わないでいただきたい。つまり、その程度の「技術」を食わず嫌いの(特に「文系」の)人というのが多い、ということだ。同様に「ファイナンス」というだけで食わず嫌いになっている技術系の人も多いのである。

このような「技術とファイナンスの両方がわかる人材」は、日本では今、非常に不足している。「今、技術者として働いてるけど、給料がめちゃくちゃ安くて・・・」と思っている方。ファイナンスということに興味を持てば、もしかしたら、一桁多い給料が待ってるかも知れない。(保証はしませんが。)そのくらい、今、そのセグメントの人材は枯渇している。「入れ食い状態」といってもいい。

「おれは、財務関連の部門に勤める気は今後も一切ない」という人も、こうしたファイナンスの知識とは関係が出てくる可能性が高い。なぜなら、「あなたの価値」自体が、こうしたファイナンスのロジックで計られることになる可能性が高いからだ。

そこで、第一回の今回は、テーマとしてストックオプションを取り上げることにしたい。ストックオプションは、まさに「あなたの価値」と「企業の価値」をリンクさせるものだからだ。


●意外に理解度が低いストックオプション

ベンチャーを経営する先輩から「いっしょに仕事をやろう」と誘われた。こんなとき、あなたはどうするかどうか?現在の年収は450万円、先輩は「年収は400万円が出せてギリギリだが、代わりにストックオプションを100株出す」と言っている。

年収が400万円。これはわかる。でも「ストックオプション100株」というのはどういうことだろうか?それは高いのか安いのか?どうやったら換金できるのか?

ストックオプションはシリコンバレーなどでは、確実に理解されている概念だ。友達や周囲の人間がみんなストックオプションをもらっているので、わかっていて当然だ。しかし、日本では従来、ストックオプションという制度を利用する会社は少なかったため、まだ、一般によく理解されているというには程遠い状態にある。

ストックオプションというのは、「株をある値段で購入する権利」のことだ。ストックオプションはベンチャーの求人にとっては非常に強力な助っ人である。ベンチャーは往々にしてキャッシュではそれほど給料が出せないため、リスクを負ってベンチャーに就職してくれる人に報いるためには、将来会社の価値が高まったときにストックオプションで報酬を受け取ってもらうしかない。

これにどのくらい価値があるかを考える場合には、大きく次の4点を考える必要がある


●ストックオプションは「数」より「比率」

まず、そのストックオプションの量が、全体の中でどのくらいの比率のものなのか、という点だ。図1を見ていただきたい。株(株式)とは、会社の価値合計を細かくわけた権利のことであり、その株を購入する権利(ストックオプション)をもらうことによって、会社の何%かのオーナーになる権利を持つことになる。だから「何株か」という絶対量ではなく、「何%か」という割合が重要なのだ。

図1.付与されるストックオプションの量と全体に占める割合

日本では、株式会社の最低資本金が1千万円、一株の額面が5万円というような制約があるので、設立したての会社は200株とか400株とか、百株単位の発行済株式しかない場合が多い。一方、アメリカでは設立時の1株を1セント程度に非常に小さくするのが通例なので、ストックオプションでも何万株分といった量が付与されることが普通だ。日本の会社がアメリカ人に「数株分」というオファーをすると「えっ?」という顔をされることが多い。日本では資本政策によって一株あたりの金額はバラバラなので、重要なのは株数ではなく割合だ。同じ100株でも1000株に対しての100株なら10%だが、10000株に対しての100株なら1%である。加えて注意する必要があるのは、すでに発行している株式(発行済株式数)だけでなく、今後株になる可能性のある「潜在株式」の数を含めてカウントする必要があることだ。潜在株式にはストックオプションの他、ワラント、転換社債などがある。(図1)


●ベスティング

次に、その株を購入する権利がいつ使えるのか、が重要である。
会社は優秀な人にはずっと会社に残って働いてほしい。このため、通常の場合、最初に権利を行使するまでに1〜2年、全部の権利を行使するのに3〜5年の期間を必要とする設定にしていることが多い。これをベスティングと呼んでいる。短い期間で全部行使できるほどいい条件に思えるが、他の人も全員そうなら、いざというときに重要なメンバーが一時期に抜けてしまう可能性があるので、バランスを考えて設定されている必要がある。


●行使価格

第3に、行使価格がいくらなのかを見る必要がある。行使価格とは「一株いくらで株を買えるのか」ということである。
図2を見ていただきたい。ストックオプションとは株を買う「権利」であって買う「義務」ではない。公開やバイアウト(会社売却)などで、株を売却するチャンスが来たときに、一株あたりの金額が行使価格より低い場合には、損をするだけなので誰も行使しない。つまり、図の例では、行使価格40万円以下の場合、利益はゼロ、行使価格を超えると株価との差額だけ利益が出る。設立したての会社なら、株価5万円で行使、ということになっていることも多いし、すでにベンチャーキャピタルなどからファイナンスを行っている場合、一株40万円とか50万円での行使になっていることもある。ITバブル崩壊で、今の相場より相当高い水準で資金調達してしまっていると、それに合わせて行使価格も高まっている可能性があるので注意が必要だ。

図2.将来の株価とストックオプション一株あたりの利益

ちなみに、こうしたストックオプションの条件は、税金の問題も含めて非常に複雑なので、遠慮せずに理解できるまできちんと会社側に聞くべきだ。このような条件をわかりやすく説明できる担当者がいない会社は「技術とファイナンスの両輪」がまだ形成されておらず、株式公開やバイアウトといったところまで会社を持っていく力量がまだ無いと見ていい。今無くても今後力量をつければいいのではあるが、株式公開やバイアウトしないのであれば、ストックオプションの価値も実現することは無いことは覚えておいていただきたい。


●会社の「価値」

最後に、最も重要なのが、「この会社の価値が今いくらで、今後どう高まっていく予定なのか」ということである。今の行使価格ベースの会社の価値が12億円で2年以内に100億円になると期待できるとしよう。あなたが1%分のストックオプションを持っているとすると、8800万円*の価値が出てくることになる。300億円になるなら2.88億円*だ。

つまり、ストックオプションの価値を考える際には、結局、その会社の今後の企業価値の成長がどのくらいになるのかが最も大きな要因、ということになる。
ここでいう、会社の「価値」とは何なのか?価値というのは、いかにも抽象的な言葉だが、それはいったいどうやって計算するのか?。次回以降、この企業価値の考え方について取り上げていくこととしたい。


注:8800万円=(100億円−12億円)×1%
2.88億円=(300億円−12億円)×1%
今後のファイナンス等による希薄化は考慮していない。


Isozaki, Tetsuya        磯崎哲也
磯崎哲也事務所代表/公認会計士
コンサルファームで、新規事業コンサル、インターネット技術調査などに従事した後、オンライン証券ベンチャーの設立に参画。その後、投資ファンドのパートナーやCFOなどとして、多数のベンチャー企業の現場に関与。2001年7月より現職。
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経済再生を強力に推し進める「構造改革税」の導入を

預貯金に対する課税は、初めて聞くと違和感の強いアイデアであるが、深く考察していくと極めて優れた特質を持っている。預貯金をリスクマネーにシフトさせ、不良債権問題の再発を防止するだけでなく、デフレを退治し、市場経済を発達させ、かつ、年間十兆円規模の税収を確保して財政再建にも寄与する。今後、人口が減少していく成熟国家である日本が二十一世紀の市場経済の中で発展していくために必要な税であると考えられる。

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預貯金の名目金利が人類史上最低水準まで下がっているにもかかわらず、依然として預貯金への資金の流入は続いている。これほど預貯金の人気が根強いのは、デフレで貨幣価値が上がっているため、実は預貯金の実質金利が見かけよりもかなり高いためだ。しかも、預貯金には元利保証や決済機能という他の金融商品に無い絶対的なメリットがある。これらを考え合わせると、金利が限りなくゼロに近い今でも、預貯金は非常に魅力的な商品なのだ。

日本の金融資産が異常に預貯金に偏っていることはかねてから指摘されてきた点である。米国の預貯金の量が、個人金融資産に対して約十一%しかないのに対し、日本のそれは約五三%と、日本では間接金融の比率が極めて高くなっている。これはすなわち、日本では、銀行と政府(郵貯資金)が一国の金融資産の過半の運用リスクを負っていることを意味する。

こうした構造も、高度成長時代で経済の向かう方向が予測でき、規制金利で厚い利鞘が守られていた時代には問題はなかった。しかし、金融自由化で利鞘が薄くなり、不動産の下落で担保によるリスクヘッジもできない現在、世界第二位の経済大国の過半の資金を少数の銀行員や官僚が配分するというやり方が機能するわけがない。

事実、銀行や郵便貯金に流れ込んだ資金は、膨大な不良債権や、収益性の悪い特殊法人の肥大化を生んでしまった。もちろん、政府や銀行がこうした不良債権を処理できるだけの自己資本を持っていれば問題はまだ少ない。しかし、国の財政は破綻寸前であり、銀行も大量の預金(負債)により必然的に過少資本になっている。

すなわち、今の日本の経済は、国や銀行が国民に代わって経済変動のショックを吸収してくれるのはいいが、そのツケが公的資金の投入という形で、後でまとめて国民に回ってくる構造になっているのである。市場であれば良くも悪くも一瞬にして調整されることが、政治的プロセスを経るため極めて長い調整時間を必要とする。実際、バブル崩壊から十年経っても不良債権の調整は終わっていない。この調整スピードでは永久に景気が回復しなくても不思議ではないと思えるくらいだ。


●「預貯金」への課税

このため、識者の間では預貯金を資本市場(リスクマネー)にシフトさせる必要が唱え続けられてきた。現在、個人金融資産の五割を占める預貯金を、米国並の一割とまでいかずとも欧州諸国の二割から三割の水準まで下げないと、二十一世紀の激しい経済環境の変化の中では経済が持たないだろう。

このシフトを引き起こすためには、どのような方法を取ればよいだろうか。これまでも株式投資の課税を優遇するなど、資本市場に資金を呼び込むさまざまな政策が考えられてきたが、預貯金の魅力はそれを上回っており、資金のシフトが進む気配は無い。

そこで、このリスクマネーへのシフトを促す最も効果的な策として、「預貯金への課税」を提言したい。今でも利息に対して源泉課税が行われているが、ここで考えるのは預金の元本に対する課税である。

フローの物価だけで見るとデフレ率はまださほど大きくないかも知れないが、不動産や株式などのストックがこの十年で半値程度になっていることを考えれば、預貯金は年平均五〜八%の利得を生んでいると見ることができる。その利得に二〜三割の課税を行うと考える。マイルドなインフレと同等の効果を生じさせることをもあわせて考えると、預貯金の元本に対して一・五%〜二%程度の税率をかけることが考えられる。この額を預貯金の口座から源泉徴収するのである。これにより、税引き後の名目金利は大半の預貯金でマイナスになることになる。

この新税には、銀行界から大きな反発があることが予想される。しかし、この課税は結果として銀行の経営にとっても大きなプラスになるはずだ。

まず、この税の銀行に対する影響は、大方の人が抱く第一印象よりマイルドなものになると考えられる。新しい税が預金にかけられたとしても、デフレ率まであわせて考えれば、預金がなだれを打って外部に流出していくとは考えにくいからだ。

また、ペイオフを導入しても、銀行間で資金が移動するだけで預貯金全体の量にはさほど影響しないと考えられるのに対し、この税は預貯金全体から、広く浅く緩やかに資金を吐き出させるものである。

さらに、銀行はすでに預金以外のさまざまな金融商品を扱えるようになっているので、預金は減ったとしても、適切なマーケティングを行えば、投信などの形で、グループ内に資金を留めることが可能だ。

預金が減ってその他の金融商品の手数料収入が増えれば、総資本利益率が上がり銀行経営に対する市場からの評価も高まることになる。また、預貯金から流れ出た資金が株式市場や不動産に継続的にシフトしていけば、銀行の持株や担保不動産の価格の回復にもつながり、銀行が増資して自己資本強化を図る条件も改善する。

この税は「預貯金の時代が終わった」ことを強烈に宣言するものではあるが、銀行自体を否定するものではなく、むしろ、新しい時代の銀行像への転換を後押しするものである。また、産業や信用創造機能に関しては、法人の預金から源泉徴収された額について、法人税申告時に全額(または例えば九十%)の税額控除を認めることで、影響は中立に近くなるはずだ。


●「痛み」が最小の税体系

政府や与党が最も恐れることの一つは、預貯金の過半を保有している六十五歳以上の高齢者からの反発だろう。しかし、資本市場へのシフトを促すため、高齢者に対するマル優を廃止する方向もすでに決まり、流れは変わってきている。

インフレが自由に引き起こせるのであれば、税を新設して国民に嫌われる必要もない。しかし、現在の環境でインフレを無理やり発生させても、それが制御できる可能性はほとんどないだろう。これに対して、預貯金への課税は、インフレと同様の効果を持ちながら、税率や課税範囲を変えることで調節が可能である。戦後のインフレで預貯金が急激に目減りする状況を目の当たりにしたことのある高齢者の中には、何%になるかわからないインフレより、コントロールされた一・五%の課税に納得する方も多いのではなかろうか。

高齢者以外の弱者保護の観点も重要である。どの範囲を弱者と呼ぶかは難しい問題であるが、預貯金については、幸いなことに、マル優という、すでに定義された弱者の範囲が存在する。寡婦、障害者などに対してマル優と同様の非課税枠を認めることにより、弱者への配慮も納得感のあるものになろう。

この案は、将来のために備える「貯蓄」自体をダメだといっているものでもない。国債や株式など、預貯金以外で貯蓄を行う場合には、この税は賦課されないのだ。

また一般に、低所得者層と高所得者層の預貯金量の差は所得の差よりさらに大きいはずだ。このため税率は一定でも、この税は一種の累進性を持つことになる。元本に一・五%課税されるとすれば、四千万円の預貯金を持つ人には六十万円課税されるが、五十万円の預貯金しかない人なら七千五百円しか課税されない。両者とも、これが直接生活に響くということはないだろう。しかも、超富裕層については、株式や外貨、不動産などに分散投資を行っていれば、総資産に与える課税のインパクトは小さいはずである。すなわち、この税は、既存の所得税や消費税よりも「弱者」にやさしく、しかも、「チャレンジャー」が大金持ちになる夢を打ち砕くこともないのである。

さらに、この税は、消費税と違って、導入の際の事務的な影響も小さい。源泉徴収義務者は、日本でも最もコンピュータに強い銀行や郵貯などの金融機関だけであり、一般の人は、良くも悪くも、通帳に「ゼイキン」と書かれた一行を目にするだけである。企業でも、消費税導入の時のように、会計システムやレジの変更、社員教育などに追われることもない。


●日本の構造を変える効果

預貯金からの資金シフトの一部が継続的に株式市場に回るようになれば、株式市況の回復、資本市場の発達につながる。日本が二十一世紀のグローバル市場経済の中で生き延びて行くには、市場メカニズムの発達が欠かせない。この新税を「構造改革税」と名づけて、政府の資本市場発達への強力なコミットメントを示すことで、資金のみならず、「チャレンジャー」達も、資本市場関連その他の新規事業領域に移っていき、日本の資本市場や産業構造を質的に変えていくはずだ。

さらに、この税の導入により、日本を不良債権問題が発生しない構造に転換することができる。国民が直接、リスク資産を持つ度合いの高い米国型の構造に近づけば、良くも悪くも市場の変化のインパクトは直接、国民に伝わることになる。しかし、個々人が、自分の負担能力に応じてリスクを負っていれば、そのインパクトに生活を破壊されることはない。

銀行や政府が国民の金融資産の過半の運用のリスクを一手に引き受けると言う構造を変えれば、景気変動が起こっても、再び不良債権問題が発生することを防止できる。例えば、銀行業界だけで年間十兆円の不良資産を処理しようとすれば経済全体が悲惨なことになるが、個人金融資産千四百兆円全体でリスクを受け止めれば、十兆円は全体に対してわずか〇・七%にしかすぎない。すなわち、間接金融の比率を下げることで、日本の経済は、経済変動のショックに強い「柔構造」に変えることができるのである。

個人金融資産が今後十年で倍増していくとし、預貯金の量を今後横這いに抑えることができれば、個人金融資産に占める預貯金の割合は、十年後には現在の半分程度(個人金融資産比二五%程度)と、米国以外の先進国並みにすることができる。

この課税には、リスクマネーへのシフト以外の効果もある。まず、税収が増えることにより、財政再建に寄与する。仮に、個人の預貯金約七六〇兆円に税率一・五%を課するとすれば、年間十兆円程度の税収増が生まれることになる。

これで財政再建の目処がでてくれば国債の格付けも回復し、金利も低いままとどまることになる。国債の元本には課税されないので、無利子で元本の保証もないタンス預金に大量に資金が流れることもない。国債の格付けがこれ以上引き下げられて日本が「三流国」へ転落することを回避できれば、政府のみならず国民経済の安定にも大きなプラスになるはずだ。

以上のように、この税は第一印象では違和感が強いかも知れないが、導入に成功すれば一石四鳥、五鳥の効果が期待できるものなのである。しかし、導入にあたっての最大のネックは政治家の決断力だろう。「増税イコール選挙での敗北」という固定観念を持つ政治家は、この案を押すことを躊躇するはずだ。筆者は、本稿を書くにあたって、官庁、金融機関、大学、マスコミなどの識者の方々にこの案をぶつけてディスカッションさせていただいたが、ほとんどの方に「非常に興味深い案だ」と言っていただいたものの、話の最後には必ず「でも、日本の政治家がこの案の導入を意思決定できるわけがないよね」というオマケが付くのである。

現在の日本は、まさに人類史上前例のない状態にある。この税の導入がプラスの効果を持つのは、経済がデフレに陥っており、政府の財政状態が極めて悪化しているにもかかわらず、国全体としては大量の金融資産があり、しかもそれが低利の預貯金に大きく偏っているという、極めて特殊な状況の時のみである。そして現在の日本は、幸か不幸か、今まさにそうした極めて特殊な状況に陥っている。前例や他国の事例に頼っていて解決策が見つかるわけがない。預金の割合の小さい米国では意味がない税なのである。今こそ、真に国家のためを考えた政治家の決断が求められる時なのだ。

さらに、日本は、高齢化・少子化が進み、あと数年で人口が減少し始めるという、もう一つの、過去に例のない状況に突入する。消費や法人・個人の所得が細っていく中で、フローだけに課税して財政を立て直すのは至難の業である。これまでの蓄積(ストック)とフローの両方にバランスよく税金をかけ、世代間格差を是正するのは、今後の社会に非常に適した税体系ではないだろうか。

日本には金融資産が大量に存在する。これが有効活用されずに預貯金に流れ込み、それが不良債権化して国が滅んで行くのは、文字通り「宝の持ち腐れ」であろう。真の経済再生を実現するために、今が、この「構造改革税」の導入を真剣に検討する時ではないだろうか。

変わりゆくベンチャーファイナンスと日本

●日本経済全体の問題を反映するベンチャーファイナンス

本稿では、米国シリコンバレーのファイナンスのモデルを参考にしながら、それを日本のベンチャー界に適用するために、どのような取り組みが行われてきたか、また、今後、それを日本に根付かせるために何を行っていけばいいのか、を考えてみたい。

シリコンバレーのベンチャーファイナンスと日本のそれを対比させて考えるには、まず、日本と米国の金融の土壌の大きな違いに目を向けなければならない。米国では、今から約25年前の1975年5月1日の通称「メーデー」と呼ばれる改革によって、取引所と取引所外の市場が互いに競争すべきことが法律にうたわれ、株式の売買手数料が自由化された。英国も86年には自由化を行っている。しかし、日本ではこの証券市場の自由化が行われたのは、1999年10月である。つまり、日本の資本市場の本格的な改革はほぼ四半世紀の周回遅れで、つい最近スタートしたばかりなのである。この四半世紀の間に、欧米の資本市場は非常にソフィスティケートされたものになっていったのに対し、日本はまだ進化の途についたばかりというわけだ。こうした環境の大きな違いを無視して、両国のファイナンスを同列に比較するわけにはいかない。

経済を人間の体に例えて言えば、金融というのは心臓や血管などの循環器系に相当するものである。循環器系だけで人間の体が成り立つわけではないが、それが体(国)の性質を決める最も重要な要素の一つであることは間違いない。さらに言えば、後述の通り、現在の日本の最も重要な問題である、不況、不良債権問題、特殊法人問題なども、すべて、この金融の構造に起因するものであると考えられるのである。

ベンチャーのファイナンスというのは、いかに「毛細血管」に血液を回すか、という問題である。しかし、それは「些細な」問題ではない。ベンチャーというのは、「体」の中で最も成長する部分に相当するからだ。また、「毛細血管」の問題を考えるためには、循環器系全体について考えておく必要がある。このため、まずは、日本の心臓を中心とした循環器系全体を俯瞰して見ることとしたい。


●間接金融に極度に依存した日本のファイナンス

日本と米国のファイナンスの差は、下図の個人金融資産の構成比率に端的に表される。

図.家計の資産構成(2001年6月末)

(資金循環の日米比較:2001年2Q(日本銀行調査統計局)を元に加工)

従来、日本の資金の流れは、間接金融、すなわち銀行などの金融機関を介したものが中心であった。すなわち、日本の「心臓」は銀行であったわけである。「不況」と言われて久しいが、現在、日本の個人金融資産は1400兆円を超える膨大な量に膨れ上がっている。そして、この個人金融資産の約6割、760兆円もの額が、銀行や郵便局に「預貯金」として流入する構図になっている。これに対して、図の通り、米国では預金の割合は11%程度、ヨーロッパ諸国でも3割程度しかない。間接金融と同じかそれ以上に直接金融が発達し、それが「第二の心臓」となっているのである。

戦後、日本では預貯金は「奨励されるべきもの」として、その残高を伸ばしてきた。戦後の復興の投資と成長の方向性が決まっている環境下では、官庁と銀行が協力し、重要な分野に重点的に資金を配分することが極めて有効な方法であったと言える。しかし、高度成長は終わり、環境は大きく変化した。銀行の、預金を集めて貸付を行うビジネスモデルは「預貸(よたい)」と呼ばれるが、このビジネスモデルの性質の変化を考える上で、二つ大きなポイントがある。

一つは利鞘の問題である。日本では戦後から高度成長期を通じて金利に対する規制が存在したが、この金利の自由化が1989年の大口定期から始まった。従来は、規制金利の下で十分な利鞘を確保して確実に儲けることができたが、この自由化により利鞘は急速に縮まっていった。

二つ目は、担保の問題である。日本の銀行貸出は、従来から担保主義を原則としており、現在でも担保のない企業は資金の借り入れは難しい。担保のほとんどは土地である。高度成長時代には、土地の価格は必ず上がっていき、いわゆる「土地神話」が形成された。こうした環境下で、土地の時価の7割8割程度の貸付を行えば、たとえ貸付先の企業が倒産しても、土地には貸付時よりさらに含みが増しているので、担保の処分等により最終的に資金が必ず回収でき、不良債権は絶対発生しないしくみになっていた。つまり、預貸というのは、実質無リスクで、確実に儲かる仕組みであったわけである。

しかしながら時代は変わった。利鞘の縮小と土地価格の下落で、銀行の預貸というビジネスは、極めて利益率が低くリスクが高い事業に変貌してしまったのである。それが少額ならともかく、資産ベースで1400兆円の個人金融資産の5割以上もを占める事業になってしまっている構造は大問題である。不良債権問題は、こうして構造が変化したために必然的に起こったものであると言えよう。

では、こうした構造変化に気づいた今、現状の不良債権さえ整理すれば二度と不良債権問題は発生しないのであろうか。いや、不良債権問題は必ず再発する。なぜなら極めて巨額の資金を使う事業の利益率が低く大きなリスクにさらされている構造自体が何も変わっていないからだ。景気の循環というのは今後も必ず発生するから、企業の何%かが倒産するという事態は必ず今後も起こりうる。個人金融資産の5割超が預貯金という状態になっている限り、景気変動の際の100兆円単位のインパクトがわずか130行程度の銀行(中小・農林水産系金融機関を除く。以下同様。)に襲い掛かることは避けがたい。このままの状態で次の景気変動が起これば、必ず資産は劣化し、損失を銀行の自己資本でまかないきれなくなり、公的資金が投入される事態が必然的に発生するのである。


●求められる直接金融へのシフト

この構造変化のせいで、銀行という「心臓」は、かつてのように、日本の産業に向けて力強く血液を送り出すポンプの役目を果たさなくなり、日銀が資金をいくら注入しても、市中の企業に資金が出回らなくなってしまった。つまり血圧は低下し、毛細血管まで血がうまく回っていない。このままでは、本来元気に成長すべき末端の成長点まで血液が回らず、国の未来を担う部分から「壊死」していくのが確実である。

この状況を打破するためにはどうすればいいか。壊死しかかった企業のうち助かるものは助けるのは対処療法として必要であるが、日本を蘇らせる本質的な解決策にはならない。本質的な解決策は、末端まで新鮮な血液を送れる力強い「第二の心臓」すなわち、株式市場を中心とする「直接金融」を発達させることである。

 直接金融市場を発達させ、資金を米国のように、預金中心ではなく株式・債券や投信中心にシフトするということはどういうことであろうか。

 それは、国民が直接リスクを負う部分が増える、ということである。日本では「リスク=バクチ」という観念が強く、それを国民に負わせるとは何事か、という拒絶反応が出てくることが容易に想像できる。しかし、リスクといっても国債やMMFのように極めて低いリスクのものもあれば、株式のように高いリスクのものもある。国民それぞれのリスク選好度にしたがって、好みのリスクとリターンの商品を選べるのである。

 また、国民は、銀行に預金を預けていれば直接にはリスクが無いように見えるが、公的資金が投入される構造が変わらなければ、それはいつかは税金という形で国民に回ってくるのである。日本のバブル崩壊後の軌跡を見れば明らかな通り、公的資金の投入は政府や国会といったところで意思決定に極めて長い時間がかかるため、景気の回復がそれだけ遅れることになる。日本では90年代の「失われた十年」が、10年では終わらず、20年、30年と続いていくのではないかということが危惧されているが、このようなボトルネックがある調整方法をとっている限り、そうならないほうがおかしい。これに対して、直接金融にシフトした構造では、インパクトは国民に直接来るが、調整は一瞬にして行われる。直接金融にシフトした構造では、瞬間的には国民負担は大きいが、国民全員の1400兆円の個人金融資産全体で受け止めれば、回復の早い「柔構造」にすることができるのである。

間接金融から直接金融に、大量かつ継続的に資金シフトを起こすことができれば、すべてはうまく回りだす。資金が国債市場に流れ込めば、国債の金利も下がって政府の財政再建も安定的に行えるし、株式市場に流れ込めば株価が上昇し、銀行の持株の価格も上がり、自己資本の増強も行いやすくなる。銀行から資金が流出することは、銀行の凋落のように見えるかも知れないが、預金量が減って自己資本比率の高い筋肉質の銀行に生まれ変わることは、「弱った心臓」である銀行自身を再生させることにもつながるのである。


●ベンチャーファイナンスの量は十分か?

さて、「毛細血管」であるベンチャーに話を進めよう。

ベンチャーも企業であるから「経営」が必要である。経営には「ヒト・モノ・カネ」、すなわち、優秀なマネジメントやスタッフ・社員の獲得、技術、優れたマーケティング、外部のプロフェッショナル・サービス、そして資金調達など、総合的な要素が必要である。すなわち、ベンチャーを育てるということは、資金や技術単体の問題ではない。

この数年間、日本でも「ITベンチャーバブル」と言われる現象が存在した。今回の日本のバブル(以下「ブーム」と呼ぶ)に対しては批判も多いが、一方でこのブームは、日本のベンチャー市場に大きな位相の変化を生む役割も果たした。それを以下に見ていこう。

まずは、資金面の状況とその変化について考えてみたい。今回のブームにおいて日本のベンチャーに供給された資金量は、せいぜい数百億円〜数千億円単位であって、米国の今回の「バブル」でベンチャーに投じられた資金の数十分の一に過ぎなかったと考えられる。しかし、その資金すら投資しきれないほど、日本のベンチャー企業の数は少なかった。ベンチャーファイナンスの現状は、資金不足というより資金過剰であり、若いベンチャーが過剰な投資を受けてスポイルされていく例も多かった。短期的には、問題は資金の与え方、企業の育て方など、「毛細血管」の質の問題であり、量の不足の問題でないことは間違いない。

しかし、それでも中長期的には、より大きな資金の流れが必要なのだ。日本では、ベンチャーは中堅中小企業と同義に近いが、米国ではベンチャーが大企業に成長し既存の大企業と対等に戦えるようにまでなるのはご承知の通りである。日本では、まだこのようにベンチャーが大企業と伍して戦うまでになる成長をバックアップする資金の「大動脈」が形成されていない。

具体的には、たとえば、日本ではベンチャーキャピタルなどの投資家は、あまり高い持株比率になることができない。それは、安定株主比率が低いと株式公開そのものが困難になることがあるからだ。本来、未公開の段階のキャピタルゲインの投資家が大量の株式を持っていても、公開後にベンチャーキャピタルから徐々にバトンタッチして株を譲り受ける主体があれば、マーケットでそれは消化できるし、株価にも影響を与えないはずである。日本では、投資信託など、公開後に小型株を吸収してくれる主体が米国に比して発達していないのである。すなわちそれは、資本市場自体がまだ十分発達していないからに他ならない。

ベンチャーをやろうという人間は、大企業のすき間を狙ってそこに安住しよう、という人間ばかりではない。既存の大企業などよりもすごいことができるかも知れない、というのでなければ、「夢」の大きさとして、優秀な人材を大量にベンチャー界に引き付けるには不十分なのである。つまり、ベンチャーを活性化させるためには、毛細血管、すなわち初期のスタートアップ時の資金供給の量だけを増やせばいいのではなく、やはり「新しい心臓」である資本市場を含めた「循環器系」全体の大規模な変革が必要なのだ。資本市場に大量の資金が流れ込むことによって、金融サービスのマーケット自体が拡大し、人材が既存の企業からシフトしてくる。結果として「血管」の質は向上していくのである。

また、ベンチャー企業は、特にスタートアップして間もない頃には、資金に余裕があるわけではないため、優秀な人材に来てもらうためには、ストックオプションで「出世払い」を約束することで金銭的な魅力を付けるしかない。しかしこれも、個人を含むさまざまな主体が参画して、株式市場の価格形成が合理的に行われているという期待が働かないと、魅力に説得力がなくなってくる。

さらに、エクイティで投資家から資金を集めるということは、投資家にキャピタルゲインのリターンを約束しなければならないから、会社は株式公開を目指すか、会社売却(バイアウト)を志向しなければならない。このためには、株式市場やM&Aの市場が育っている必要がある。

以上の通り、ベンチャーへの資金供給をうまく行うためには、やはり、株式市場に潤沢な資金が継続的に供給され、直接金融市場全体が発達していくことが必要なのである。


●大きく変わった日本のベンチャーキャピタル

日本には、今までも銀行・証券・保険・ノンバンク等の金融機関系のベンチャーキャピタルが存在した。しかし、伝統的な日本のベンチャー投資は、すでにキャッシュフローが潤沢な公開直前の企業に出資をしてキャピタルゲインを得ることが中心であり、創業したばかりの企業にリスクを取ってファイナンスすることは極めて少なかった。ベンチャーキャピタルのファンドへの出資者も、銀行や生保などが多かったから、あまり大きなリスクを取れる性質の資金ではなかったということもある。

今回のブームでは、そこも大きく変わった。事業会社系などの新しいベンチャーキャピタルが登場したこともあり、ベンチャーキャピタル市場に競争が発生し、スタートアップにも資金が投入されるようになった。資金の供給元である投資家も、金融機関以外に、事業オーナーなどの比率が増え、ファンドとしてリスクを取れる構造にシフトした。

しかし、創業間もないビジネスプランもできていないような企業に、「青田刈り」的な投資が行われる弊害も生まれた。従来のベンチャーキャピタルは、投資契約も結ばずに投資するところが多く、非常に高いバリュエーション(企業評価)で、普通株で大量の資金を投下して、極めて小さいエクイティのシェア(持株比率)しか持たないことも多かった。米国のベンチャーキャピタリストは、ノウハウ提供や人材斡旋など、「ハンズオン」で企業に対するサポートをしている。米国のベンチャーキャピタルといえども、大半は「個人事業」的であり、良くも悪くも投資判断は個人的な投資センスに依存するところが大きいから、米国のベンチャーキャピタルは神格化されすぎている面も無いではない。しかし、米国のベンチャーキャピタルは、過去の投資の失敗によって、リスクを抑え育成をやりやすくするためのノウハウが蓄積されている。それらのいい面をさらに吸収し、今後もうまく日本の慣行や制度の中に吸収していくべきである。


●ベンチャー企業の社会的意義

そもそも、ベンチャー企業というものが存在する社会的意義はどこにあるのであろうか。従来の日本では、成長領域はある程度確実であった。そうした世界では、経営は官庁や銀行や大企業にまかせておけばいいし、必ず儲かることがあるのであれば自分の会社の持分である株式をわざわざ人に分け与える必要はないので銀行借入によって資金調達するのが正しかったといえる。

これに対して、90年代以降は、「きちんとやれば成功する」時代から、何が成功するかわからない適者生存のメカニズムに律される時代に入った。ベンチャーキャピタリストというのも、そうしたメカニズムに揉まれる一市場参加者であって、未来を予言する「神」ではない。また、「必ず成功するベンチャー」などというものも存在するわけがない。どのアイデア・どの経営者が成功するかわからない、未来に不確実性がある環境下で、投資家や企業それぞれがリスクを取り、その中から「たまたま」環境に適合した企業が生き残る「自然淘汰」の厳しいモデルが、米国のベンチャー市場の姿なのである。

銀行は、企業の倒産による債権の焦げ付きを負担し預金者には元利を保証するため、リスクを一手に負う構造になっている。こうした構造下では、資金供給先の企業が調子が悪くなれば銀行の不良債権がたまるだけで誰も得をしない。しかし、ベンチャーキャピタルは有限責任パートナーシップのようなファンドで資金調達を行い、失敗しても成功しても、そのゲインやロスの大半は、投資家に還元される形態を取っている。このため、ベンチャー投資では、投資した10社中9社がモノにならなくても、1社が株式公開して20倍の価値になれば、投下された資金は2倍にもなりうる。ベンチャー企業が倒産しても、経営者も多額の借金を背負い込み自己破産に追い込まれる、というような悲惨さはなく、やり直しもきく。もちろん、従業員も取引先も大迷惑を被るわけで、倒産がハッピーになるわけではない。しかし、ファンド全体・社会全体で、うまく投資先のポートフォリオが組まれていれば、マクロ的に見て、ショックに強い「柔構造」になるのである。

日本の不良債権額は100兆円のオーダーになると言われ、大問題になっているが、個人金融資産が1400兆円もあれば、100兆円はそのわずか7%程度の額である。この額が10年間で発生したとすると、毎年に直せば、それは国全体の「研究開発費」や「教育費」として考えてもおかしくない程度の量である。問題は、少数の銀行にリスクが集中して公的資金の投入が必要であるため処理が長引くことと、何年分もツケを溜め込んでしまうことであって、損失が出たときに速やかにそれが処理され、その教訓を次に生かすことができれば、このくらいの企業の不良化は、量的にも十分吸収可能であるし、その投資によって次世代の経済が作られていくのであるから、意義もあるのである。

また、ベンチャーの働きとして、社会のスピードを加速し、社会の厚生をより高い状況に修正する機能も考えられる。たとえば、米国の独立系ADSL業者はすべて淘汰されたが、もしこうしたベンチャーが出現しなかったら、腰の重い米国の既存通信業者(baby bells)が、こうした回線スピードの高い新しいサービスに速やかに取り組んだであろうか?また、Netscapeの出現無しに、Microsoftがこれほど大胆にインターネット市場に目を向けただろうか?いくら、社内スタッフやコンサルタントがそれら企業の経営者に「時代がこう変わります」と進言したところで、具体的に脅威が見えないと大企業は動かないし、動かないのは合理的であるともいえる。仮に最終的に既存の大企業が勝つことになったとしても、技術革新の成果を速やかに社会に実装し、既存企業の大きすぎる利潤を削って消費者に還元するためには、こうしたベンチャーの出現は欠かせないのである。


●着実に進みつつある制度面の変革

今回の「ブーム」は、制度の変更に促され、またブームが制度の変更を促すことになった。

今回のブームは、米国のITブームの影響もさることながら、日本にも1999年から「MOTHERS」や「NASDAQ Japan」などの新市場が作られ、そこに若いベンチャーが上場する道が開かれたことが大きい。こうした市場の登場は、闇の勢力の関与が噂される企業の上場や、公開した企業のその後の企業の業績が振るわないこととあわせて、批判の対象となっていることも事実である。

しかし、こうしたことは、日本のベンチャー企業が成長していく上で、必ず通らなければならない道であったといえる。ベンチャーが発展するための条件は極めて多岐にわたり、日本の制度の構造に深部にまで複雑に絡み合っているため、すべての問題を事前に予測し解決してから制度の変更を行うなどということはできるわけがない。まさに「ベンチャー的」なやり方ではあるが、問題が出ることは承知で実際にやってみて、道を探していくという方法以外考えにくい。

また、東京証券取引所は従来は「役所以上に役人的」と揶揄されたものだが、MOTHERSの創設と同時に、有望上場候補を自らの足で探す「営業」を行うようになった。また、2001年11月より、組織を株式会社に移行して、よりフレキシブルに経営が行えるようにした。

法令や規定などの改正も進んだ。今回のブーム以前は、スタートアップ企業へのベンチャーファイナンスというものが行われたことはほとんどなかった。今回のブームで、実際に、米国のように創業者持株の3倍10倍といった株価での投資を行ってみることによって、さまざまな問題が浮かび上がっていったのである。

たとえば、優先株の活用について考えてみたい。米国ではベンチャー投資に優先株が用いられる。創業者と株価で大きな差をつける代わりに、「後で企業価値が下がった場合に普通株に転換する比率を変える」とか「清算時に優先権をつける」など、投資家にさまざまなリスクヘッジの手段を与えている。ところが従来、日本の公開前規則では、公開申請期の直前決算期末までに、これを普通株に転換する必要があり、結局、公開直前には投資家はリスクヘッジの恩恵を被れなかった。また、優先株は非常に膨大なドキュメンテーションを要するが、弁護士などにも、こうしたノウハウがある人は極めて少なかった。結果としてコストは高くなり、優先株を使って投資を行うインセンティブもわかなかった。こうした制度上のゆがみも、ベンチャー界や専門家の声が取り入れられ、2001年9月より直前決算期末を優先株のまま持ち越すことが認められ、相当改善された。また、こうした声は、法務省や経済産業省などをも大きく動かし、ストックオプション制度その他の商法改正など結びついた。

まだ、完全ではないが、シリコンバレー型のベンチャーが出現する下地は徐々に整えられつつあると言えるだろう。


●厚みを増した人材の層

制度の改正や資金も大事だが、ベンチャーに最も必要な経営資源は「人材」である。このベンチャーに適した人材の層が、日本では従来、非常に薄かったが、今回のブームにより一定の厚さを見ることになった。

既存の日本の中小企業が「マラソン」だとすると、米国流のベンチャーは「駅伝」のようなものである。一般に、新しいアイデアを思いつくとか、すばらしい新技術を開発した創業者が、従業員百人千人の企業を率いるのに最適な人材とは限らない。マイクロソフトのビル・ゲイツ氏のように、創業者がずっと経営に関わるケースもあるが、米国のベンチャーでは一般に創業者は会社が大きくなって新たなフェーズになると、創業者利得を得て、次の最適なランナーに「たすき」を渡たしている。また、たすきを受け取る、そうした「経営のプロ」の人材層も厚い。

これに対して従来の日本では、優秀な人材は大手企業に囲い込まれており、いくら誘っても、これらの人々をベンチャーに呼び込むのは難しかった。しかし、今回のブームは、従来のベンチャーブームの際とは異なり、大手企業や銀行・証券、コンサルティング会社などから、多くの人が参画することになったことが大きな特徴である。90年代を通したバブル崩壊の余波を受けて、日本の大企業の経営が悪化し、雰囲気がよどんだ企業が増えていたため、潜在的に大企業等既存企業脱出のポテンシャルは高まっていた。その上で、特に、海外業務担当者、海外留学経験者、外資系企業勤務の人など、海外に目が向いている人を中心に、米国のITベンチャーの状況が目に飛び込んでくることになった。

「ブーム」の去った現在では「B2C(Back to Consultant)」「B2B(Back to Bank)」などと言われて、人材は再び従来産業に戻っていく動きもある。しかし、このブームで、確実に、日本の人材流動化は新しい局面に入り、人を動かすためのノウハウ、人材紹介会社とその使い方のノウハウが社会的に蓄積されたのは間違い無い。

今後、不良債権処理やリストラなどで、大手企業から大量の失業者が出ると予想されている。これは暗いニュースのようだが逆に考えれば日本経済にとっては大きなチャンスだ。不良債権の重圧によって、既存の大企業の中で新しいチャンスにチャレンジできずに悶々としていた優秀な人材が、一気に解き放たれることにもなる。日本では、従来は本流から外れた「できないヤツ」「へんなヤツ」から辞めることになって、いい人材は社内に溜め込まれていたのだが、大企業の淘汰が進めば、「できるヤツ」も「へんなヤツ」も、まとめて野に放たれることになる。

日本の場合特に、既存の安定した企業で働いている人を誘おうと思ったら現状の処遇条件よりよほどのプラスアルファの条件を準備せざるを得なかった。これでは、通常はベンチャーが大企業等に勤める人材を引き抜くことは無理である。しかし、既存企業がどんどん破綻・業績不振に陥れば、ベンチャー側はそのリスクプレミアムに相当する上乗せを払う必要がなくなるし、応募者の母数も増える。日本の場合特に、優秀な人材は「カネ」だけでは動かない。ストックオプションなどのツールは最終的にベンチャーに移ってくれた人に報いるために必要であるが、それを目当てに転職してくれる状態からは、まだ、程遠いのが現状である。

また、長年、既存企業に人材が固定化されてきたことにより、日本の労働分配率は過去最高レベルに達しつつある。既存企業の中では大きく給与体系を見直すことは難しいからだ。労働分配率が高いということは、資本家(投資家)への分配率が低いということであるから、それは株式投資のうまみを減少させ、「新しい心臓」になるべき資本市場に資金が回りづらい要因になっている。行き詰った企業が大量に破綻してゆけば、この状況がマクロ的に改善される大きなチャンスになる。

ベンチャーに転職する人のマインドの変化も重要だろう。大企業などから直でベンチャーに転職して来ると、一般論として、転職者の頭の隅に「来てやった」というマインドが残ってないとも限らない。しかし、一度失業し職探しをして、自分の「相場」を体感してからベンチャーに応募してくれれば、失うものが無いゼロリセットの状態から新しい仕事に取り組むことができる可能性が高い。

日本経済は、すでに従来の形を残して新しいものを作ろうという発想では維持することが無理になってきている。「明治維新」や「終戦」など、そうしたゼロリセットは、日本人は得意だ。今回の「ブーム」によって蓄積されたノウハウが、こうした「爆発」を吸収し、次の時代を形成していくベースになるだろう。


●おわりに

制度の改革とベンチャー経営の経験者などの人材の土台は整った。あとは、資金の流れを大きく変える取り組みを残すのみだ。

新しいものにチャレンジしない国は滅びるしかない。すでに見てきたとおり、ベンチャーを育成する環境にすることは、日本の根源的な問題を治すことと表裏一体だ。

今後、おそらく日本はしばらく冬の時代が続くように見えるだろう。しかし、その雪の下の土の中には、すでに春を待つ芽が芽吹こうとしている。正しい処方箋を実行すれば、日本の再生はあると強く信じたい。

以 上