こんな株式市場に誰がした

■日本の株式市場の「病状」と、その改革の必要性を説く書

小泉政権の政策の基本コンセプトは、政府に頼らない自立的な経済を作ることだったはずだ。政府に頼らないということは「市場」の力をうまく利用することであるから、最も大きな市場の一つである資本市場を改革し、銀行の間接金融から市場を経由する直接金融へのシフトを促すことは政策の柱のはずだった。しかし、特殊法人の民営化などはともかく、同政権が資本市場の改革に力を入れているようには見えない。実際に取られてきた政策も、株式市場が好きになるどころか、逆に目を背けたくなるものばかりである。
資本主義の要が「市場」であることは誰もが認めるところであろう。しかし、「市場」とは何か、どうすれば「いい市場」になるのか、ということになると、政治や経済の専門家でもよく理解していないことが多いし、体系的に研究している人もわずかだ。「市場アレルギー」がある人はともかく、市場の必要性を認めている人の中にも、「市場とは自由放任のこと」で、規制緩和すればすべてが解決すると信じている人が多い。
しかし、問題はそう単純ではない。実際の資本市場は、経済学の教科書に載っている需要・供給曲線が二本引いてあるだけの単純なものではなく、膨大な企業情報を適正に開示させ、その情報を公正に流通させる必要がある複雑なシステムなのである。この複雑さを参加者に意識させないよう、表面的にはシンプルな見かけを作りつつ、背後では、しっかりと公正性や透明性を保つという、一見矛盾したことを行う必要がある。市場の育成は子育てに似ており、親が口出しをせず子供を自由に遊ばせていても、目を離さず「大きな愛」で見守っているのと同様、政策的には大きな度量と見識が必要になる大変難しいことなのである。


●株式市場への政策と病状

本書は、日本経済新聞社の証券部編集委員である筆者が、日本の株式市場の「病状」をレポートした書である。
二つ目に、こうした価値などの説明や投資家との交渉を行う際に、やや技術的な計算を伴う、ということがある。「やや」とはどのくらいかというと「EXCELで四則演算と階乗の計算ができるくらい」だ。笑わないでいただきたい。つまり、その程度の「技術」を食わず嫌いの(特に「文系」の)人というのが多い、ということだ。同様に「ファイナンス」というだけで食わず嫌いになっている技術系の人も多いのである。
本書には、最近の事例を中心として、金融ビッグバン以降の政策や市場の状況が綴られている。本書を読み進めてみると、この五年間の証券市場の変化を振り返ることができる。金融行政は大蔵省から金融庁に移り、数年前では考えられなかった銀行での株式窓販すらすでに解禁されている。証券会社の免許制は撤廃され、オンライン証券会社や銀行系証券会社等の新規参入で、証券業の産業構造は一変した。
タイトルが示すとおり、本書には、改革の成果がなかなか現れないことに対する筆者のもどかしさが貫かれている。変化の渦中にいる筆者としては、的外れな政策や改革のスピードの遅さが苛立たしくてしかたがないのだろう。しかし、一般の読者には、本書を読んでこの五年間の変化の大きさを改めて認識する人も多いのではないだろうか。
米国は、一九七五年以降三〇年近くをかけて、成熟した資本市場を作り上げてきたわけだが、それでも、エンロンに代表される企業会計の不正や、アナリストの中立性が阻害される問題などが山積しており、完全な市場からはほど遠い。日本は、経済環境が最悪の中、自由化と同時に、インターネットの発達によるインパクトまで受けながら、五年間で曲がりなりにもここまで来た。評者も資本市場に対する個別の政策には大いに不満があるが、証券市場は、客観的に見て非常に難しい激動の時代にあることは間違いない。
本書は、今年二月の発行だが、今年に入ってからの事例まで盛り込まれており、速報性も高い。「病状」を訴える本であって、「処方箋」を前面に出した本ではなので、「ではどうすればいいのか」という解答が明確に見えてこないところが、ややすっきりしない読後感となっているが、現在の日本の株式市場の重要な課題を理解し、改革を継続していくことの重要性を認識するのに適した本であろう。


■この本の目次

まえがき
序章 何を間違えたのか
第1章 「株価は、どうにでもなる」
第2章 幻だった金融ビッグバン
第3章 証券税制改革の誤算
第4章誰のための企業会計か
第5章空売り規制の虚実
第6章 アナリストが壊す市場
第7章 株式市場の役割を見直す
第8章 希望の光はどこに


■著者

前田昌孝(まえだ・まさたか)
1957年生まれ・79年東京大学教養学部卒業。日本経済新聞社入社。産業部、神戸支社、証券部、ワシントン支局を経て97年から証券部編集委員。金融・資本市場担当として日経金融新聞に定期コラムを持つほか、日経本紙で随時、解説記事を執筆。著書に「複合デフレ脱却」「投信新時代」(ともに共著)など。