フリーエージェント社会の到来—「雇われない生き方」は何を変えるか

■「会社に縛られない生き方」が生み出す新しい社会

日本でも、仕事に対する意識が急速に変わりつつある。従来の日本では、親方日の丸意識が強く、役所や大企業に勤めることが「いい就職」とされてきた。しかし、長引く不況、吹き荒れるリストラの嵐などから、そうした大企業の社内の雰囲気も最近では沈滞していることが多い。やりたいことを提案しても「時期を考えろ」などと言われて新しいことはやらせてもらえない。会社が絶対つぶれないなら我慢のしどころかも知れないが、最近は「絶対」などというものにはトンとお目にかかれない。考えてみると、サラリーマンというのは、顧客が一社しかいない個人事業と同じである。今まで、最も安全だと思っていた仕事が、いつの間にか最もリスキーな仕事に変貌していて愕然とする人は、徐々に増えてきている。
一方、独立して自分でビジネスをする環境は、ここ数年で飛躍的に良くなった。ADSLや光ファイバー、無線LANなどの急速な発達により、今では個人事業者はヘタな大企業よりいい通信インフラを使える。電子メールやグループウエアなどの発達で、今までなら秘書の一人もいないと頭がこんがらがっていた調整も一人で十分。離れてできる仕事が多ければ、集まって仕事をするためのオフィススペースも不要。スターバックスなどのおしゃれな打ち合わせ場所や、キンコーズ、アスクルなどの事務系サービスも発達して、企業で部下にいやな顔をされながらお茶やコピーを頼むより、はるかに快適かつ安価に仕事ができる。開業のための障壁は、確実に小さくなっているのだ。


●在宅勤務で終身刑?

本書は、クリントン政権でゴア副大統領の主席スピーチライターを務めたダニエル・ピンク氏が、「フリーエージェント」の実態を調査したレポートである。著者は、ホワイトハウスの激務でダウンしたことをきっかけに、大組織で働く生き方に疑問を感じ、自らフリーエージェントとなり、全米を行脚して、この本をまとめ上げた。
本書の「フリーエージェント」とは、日本でいう「フリーター」から、高度な専門性を持ったプロフェッショナル、ミニ企業家まで、独立して働く様々な人々を指す。評者は、シリコンバレーのベンチャー企業が、外部CFO、マーケティングのアウトソーサーなどのフリーエージェントを利用しているのを見聞きして、こうした人々の実態については、米国ではすでに十分認知されているものとばかり思っていた。しかし、本書によると、米国でも、フリーエージェントに関する認知度やイメージは低く、正式な調査や統計はほとんど無いとのこと。本書によると、フリーエージェントの人口は全米労働者の四人に一人、三千万人にも膨らんでおり、さらに「アメリカの未来を先取りする州であるカリフォルニア州」では、すでに労働者の三分の二は、独立契約者やパートタイムなど、非従来型の労働形態で占められている。

著者は、こうしたフリーエージェントの増加に対して、政府は法整備を急ぐべきだと提唱する。実際、米国では会社を辞めてしばらくすると医療保険がなくなるなど、日本のほうが制度上フリーエージェントに有利なことも多い。また、米国では、自宅をオフィスにすることが違法という地域も多く、特にカリフォルニア州には「三振即アウト法」があるため、自宅で仕事をしているところを三回警察に踏み込まれたら、理論上は、それだけで終身刑になる可能性があるそうだ。

元ゴア副大統領の主席スピーチライターだけあって、文章には説得力があり、展開も飽きさせない。日本では「金持ち父さん貧乏父さん」をはじめとして、気楽で儲かる生き方を勧める本が売れているが、本書は、より社会的な観点からそうした生き方を眺め、未来に向けた提言を行う、「フリーエージェント国家の独立宣言」である。


■この本の目次

プロローグ
第1部 フリーエージェント時代の幕開け

第1章 組織人間の時代の終わり

第2章 三三〇〇万人のフリーエージェントたち
第3章 デジタルマルクス主義の登場

第2部 働き方の新たな常識

第4章 新しい労働倫理

第5章 仕事のポートフォリオと分散投資

第6章 仕事と時間の曖昧な関係

第3部 組織に縛られない生き方
第7章 人と人の新しい結びつき
第8章 互恵的な利他主義
第9章 オフィスに代わる「第三の場所」
第10章 仲介業者、エージェント、コーチ
第11章 自分サイズのライフスタイル
第4部 フリーエージェントを妨げるもの
第12章 古い制度と現実のギャップ
第13章 万年臨時社員と新しい労働運動
第5部 未来の社会はこう変わる
第14章 リタイヤからeリタイアへ
第15章 テイラーメード主義の教育
第16章 生活空間と仕事場の緩やかな融合
第17章 個人が株式を発行する
第18章 ジャストインタイム政治
第19章 ビジネス、キャリア、コミュニティーの未来像
エピローグ


■著者

Daniel H.Pink
1964年生まれ。ノースウェスタン大学卒業、エール大学ロースクールで法学博士号取得。クリントン政権下で、ゴア副大統領の主席スピーチライターを務める。フリーエージェント宣言後、ニューヨークタイムス紙、ワシントンポスト紙をはじめとするさまざまなメディアに、ビジネス、経済等の記事や論文を執筆。


■解説

玄田 有史
1964年生まれ。東京大学経済学部卒業。学習院大学専任講師、助教授、教授を歴任。その間、ハーバード大学、オックスフォード大学などで客員研究員を務める。2002年4月より東京大学社会科学研究所助教授。専門は労働経済学。著書に「仕事の中の曖昧な不安」(中央公論新社)


■訳者

Daniel H.Pink
東京都生まれ。上智大学法学部卒業。訳書に「神々の予言」「ビジネス版 悪魔の法則」、共訳書に「オズワルド」(以上、TBSブリタニカ)

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