「マルチメディア都市の選択 」シリコンアレーとマルチメディアガルチ

■サイバー時代の都市の位置付けを明確にする、骨太な研究レポート

「ネットワークが発達すれば、どこで仕事をするかは関係無くなる」ということがよく言われる。しかし、実際にはネットビジネスの進展に伴って、物理的な立地、特に「都市」の機能はむしろ重要性を増してきている。本書にもあるように、現在、情報通信産業の中心は、ハードウエアやOSなどの無機的なものから、コンテンツ(情報の中身)や、広告、商取引などにシフトしてきている。「都市」は、最終消費者や大小企業の集合体であるから、そうした場所に身を置いて最新の感性を身に付けたり、仕事の相手と直接会って話をすることは、この種のデジタルビジネスにおいては必須になるのである。
 日本でも、東京を中心とする「ビットバレー・アソシエーション」という地域ベースのデジタル産業のコミュニティが今年設立された。沈滞した日本の雰囲気を打ち破る新しい息吹として、最近では、TV・新聞・雑誌等で毎週のように紹介される一方で、「ビットバレーの企業には、技術に強い会社が少ない」「数は多いが、規模の小さい会社ばかりで、株式公開をするような企業はほんの一握り」「経営の基本がわかっておらず、評判に実態が追い付いていない」等の批判も聞かれるようになってきた。
実は、そうした状況は、アメリカでも全く同じだったようだ。一九九四年のニューヨーク・ニューメディア協会(NYNMA)の設立当時も、資金調達のや会社の設立の方法もわからない企業が大半で、業態的にも、ハイテク技術者集団というより、今までアーティストをやっていた人たちが、筆をマウスに持ち替えたような会社が多かったそうである。しかし、そうした企業も、協会のイベントなどを通じて、弁護士、会計士、ベンチャーキャピタル等との人脈を形成するうちに、徐々に、経営の実態を身につけていった。ベンチャーゆえ当然ではあるが、数多くの企業が淘汰されて消え行く中で、ほんの一握り、成功する企業が現れてきたのである。


●都市論から見た情報産業

今週ご紹介する本は、日本のネットビジネスの今後を「立地」という切り口から考えてみるのに非常に役立つ本である。
 本書では、まず冒頭で、古代政治都市から、商業都市、工業都市を経て現代までの都市の流れを振りかえっている。情報通信社会の入り口の八〇年代は、情報産業製品の中でも付加価値が高い部分がハードウエアであったため、そうした産業の立地は「地方」が中心であったが、八〇年代の後半から九〇年代の初頭にかけて、付加価値の中心がソフトウエアに移ると、立地はシリコンバレーなどの「超郊外」になった。さらに九〇年代後半になって、付加価値の中心がコンテンツ等にシフトするにつれ、立地は「都心」に回帰してきたという。
また、アメリカでも、大都市型のマルチメディア企業の一社あたり平均従業員数は七名程度と、非常に小粒である。NYNMAは、現在会員が三千社を超えているが、当然、すべての企業が株式公開できるような企業でもない。日本では、情報通信ベンチャーというと、シリコンバレーの技術中心型の企業像を思い浮かべがちだが、都市型の情報通信企業を、そうしたイメージにはめ込んで考えることは、大きな考え違いを招く可能性が高い。東京のビットバレー企業に対する先の批判は、現状を的確に捉えていると同時に、批判としては、ちょっと的外れでもある。本書によれば、都市型のデジタル産業とは、そもそも、そうした多数の小企業の中から、急成長するビジネスモデルが生まれてくるものだからである。
 本書は、ニューヨークやサンフランシスコ、東京のマルチメディア企業の地理的な分布の調査や、それらの都市の個別企業へのヒアリング、その他、地道なリサーチの積み重ねによって、書かれている。ネット分野にありがちな、流行に便乗した企画本とは一線を画す、骨太なレポートといえる。


■この本の目次

はじめに
第一部 マルチメディア都市の出現
第一章 都市型産業としてのマルチメディア
第二章 シリコンアレー −路地裏から大通りへ
第三章 マルチメディアガルチ −公園からあふれだしたデジタルアート

第二部 マルチメディア都市革命のモデル
第一章 都市再生のモデル −第二次ジェントリフィケーションとしてのマルチメディア革命
第二章 都市産業空間のモデル −マルチメディア都市へのルーツ
第三章 新産業のモデル −インターネットの普及とデジタルビジネスの勃興
第四章 新ビジネスのモデル −マルチメディア企業の勝ち残り戦略

第三部 マルチメディア都市の兆銭
第一章 ニューヨーク・ロウアーマンハッタン地区の挑戦
第二章 サンフランシスコ・ソーマ地区の挑戦
第三章 日本への示唆と可能性

おわりに


編著者のプロフィール

小長谷 一之(こながや かずゆき)
大阪市立大学経済研究所地域経済部門助教授。日本都市学会理事、通産省国別通商制作事業研究員、環境庁地球環境保全土地利用変化検討会委員、等を歴任。著書に「アジアの大都市[2]ジャカルタ」(日本評論社)、「日本の三大都市圏」(共著、古今書院)、等。

富沢 木実(とみざわ このみ)
日本長期信用銀行産業調査担当、郵政省電気通信局業務課長補佐、長銀総合研究所産業調査部主任研究員等を経て、現在、社会基盤研究所調査部主任研究員、ソフト化経済センター主席客員研究員。郵政省情報通信ニュービジネス研究会委員、国土庁国土基盤検討会委員、中小企業庁中小企業近代化審議会委員等を歴任。著書に「『新・職人』の時代」(NTT出版)、「新しい時代の儲け方」(共著・講談社)、等

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