「市場重視の教育改革」

■相互作用しあう「教育」と「経済」の鳥瞰図とダイナミズム

今後の日本に、より「市場メカニズム」的な要素の導入が必要なのは、万人の納得するところであろう。社会は、今後ますます激しく変化するだろうから、それに合わせて人々を満足させるモノやサービスを生み出す方法も変わっていく必要がある。そこでは、一部の人間の考えで全体を縛るのではなく、多くの主体が競争しながら、よりよいモノやサービスを供給できるようにする「市場」的なメカニズムが望ましいのは当然である。
しかし、ことが「教育」ということになると、そうした競争原理や市場メカニズムとは別の次元で考えるべきだ、という方も多いのではなかろうか。それは、教育と言うのは神聖で侵すべからざる領域であり、単純な消費と同列に扱うのはけしからん、という観念があるからかも知れない。または、「受験戦争」という言葉に代表されるように、教育の領域においては、すでに過度の競争が存在するので、競争促進より、むしろ、競争緩和が望まれている、という観念のためかも知れない。
今まで教育は、とかく主観的な言葉で語られることが多かった。ほとんどの人は、教育を実際に体験して、それに対して、楽しさ悔しさなどが入り混じった、非常に複雑で強い感情を抱いている、ということなのかも知れない。議論としても、現場の教育論的立場のものが中心で、教育全体の構造を俯瞰するものは少なかったのではないかと思われる。


■「市場」の教育への導入

今回ご紹介するのは、この教育の領域に、経済学的・客観的な視点を導入し、「市場」の観点から改革案を提言している本である。筆者らの大半が大学で教鞭を取られている方であり、教育は「分析の対象」であると同時に「自分自身の仕事」でもある。客観的な分析の中に、ところどころ、教育への主観的な「思い入れ」が見え隠れしていたりもして、おもしろい。
1章、2章、4章では、教育を「消費」として、また「就職」との関連から捕らえている。教育は、サービスの供給者が需要者より圧倒的に情報を多く持つ、「情報の非対称性」がある。また、単に当座の効用のために教育が買われるというだけではなく、高い給料の会社などに就職するための「投資」の側面が強い。さらに、教育を受ける受益者であるのは子供であるのに、その出費をするのは親、という食い違いの構造もある。確かに単純に市場メカニズムを導入すればうまくいく、というものではなさそうだ。
5章では、なぜ、教育に政府などの公的機関が関与するのかについて論じられている。教育に国が関わるのは当たり前のような気もするが、経済学的な観点からすると、公的機関が関与するためには、市場だけにまかせておくとうまく行かない理由(外部性など)があることが必要である。しかし、本書では「今後の経済社会環境の下では、公的規制の根拠は乏しい」として、規制緩和と競争の導入について具体的なスキームを提言している。
6章、7章や3章では、世界各国の教育の歴史・制度の違いが分析されている。日本も、今後は、いわゆる終身雇用制の崩壊などによって、職業能力形成の機能が、企業から大学側にシフトするであろうし、公的補助も、大学より個人への補助のほうが、より効果的に資金が配分できることが示唆されている。
8章で取り上げられている女性の高学歴化も、就業の促進、結婚・出産年齢の上昇を通じて、国の構造をも大きく変えていく重要な要因である。
このように、教育というのは、社会の構造に変化を与え、また、社会構造の変化は、教育の構造にも大きく影響を与える。日ごろはビジネスを中心に考えられている方も、この本で示された鳥瞰図を元に、相互作用し合う産業と教育、今後の社会変化などについて、頭の中で、シミュレーションしてみるのもおもしろいのではないだろうか。


■この本の目次

序章 なぜ教育の経済学が必要か
第1章 教育サービスにおける消費者主権の回復
第2章 消費としての教育
第3章 学歴主義社会と市場志向の教育改革
第4章 就職と大学教育
第5章 大学への政府関与のあり方
第6章 高等教育市場の変遷:米国における例をもとに
第7章 教育費負担の構造:諸外国の動向とわが国の今後
第8章 女性の高学歴化と就業・出産行動


編著者のプロフィール

八代 尚宏
1970年東京大学経済学部卒業、経済企画庁入庁。1981年米国メリーランド大学経済学博士号取得。OECD経済統計局主任エコノミストなどを経て、現在、上智大学国債関係研究所教授。
著書に「現代日本の病理解明」(東洋経済新報社、日経経済図書文化賞受賞)、日本的雇用慣行の経済学(日本経済新聞社、石橋湛山賞受賞)等

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