ついにVCから資金がやって来た!

今回は、ベンチャー企業が投資を受ける場合の投資契約書の内容について見ていくこととしたい。前回まで、設立したばかりのIT系ベンチャー「A株式会社」は、投資資金の獲得のために交渉を重ねてきたが、ついにベンチャーキャピタル「Bファンド」から約5千万円の出資を受ける最終局面に入った。

Bファンドはデューデリジェンスとして、A社の各種議事録などの法的資料や詳細な財務データの精査を行った。A社は技術者集団で財務や法務に強いわけではないので、もちろん細かい帳簿の間違いや、作られているべき資料が抜けているケースなどはあった。しかし、スタートアップしてから間もないベンチャーではそれが普通だというのはBファンドもわかっている。結局、回復不能な重大なミスや問題点はないと判断され、作業はついに、最終的な正式投資契約書の詰めに入った。


●投資契約の内容は?

Bファンドと結んだ最終的な投資契約に定めた事項は、以下のようなものである。まず、前回のとおりA社及びA社主要メンバーは、IPOに向けて最大限努力することがうたわれた。また、毎月、A社がBファンドに財務内容を報告する義務や、Bファンドが取締役会に1名取締役を派遣する権利が明記された。

加えて、Bファンドは、先 買 権(pre-emptive rights)を持つことになった。これは、次回以降の増資やIPOのときに、Bファンドが、今回投資した後の持株比率(34%)を保つだけの投資を次回以降の他の投資家と同じ条件で行うことができる権利である。(Bファンドが投資する権利であって、もちろん、A社が今後も必ず投資を受けられる権利ではない。)

また、Bファンドの共同売却権(co-sale right)も付けられた。A社は原則として株式公開(IPO)を目指すが、仮に将来会社をM&Aで売却するような場合に、Bファンドも株を売却できることを保証する権利だ。これを定めておかないと、会社の経営者であるA社の創業メンバーたちが、売却先と交渉して自分たちだけ株を「売り逃げ」して、Bファンドの行った投資が塩漬けになる可能性があるのだ。


●優先株による投資とは?

また、今回の投資では、Bファンドの希望もあり優先株 (prefered stock) を使うことにした。優先株式とは、普通株式(common stock)に比べて何らかの優先条項が付随している株式のことである。シリコンバレーでは、投資家が優先株を使って投資することは常識だが、日本では従来、優先株を投資に使うことはほとんどなかった。理由の一つは、日本の法律専門家で優先株投資のノウハウがある人が極めて少なかったことである。優先株は非常に膨大な(ことによると何百ページの)ドキュメンテーションを必要とするが、こうした実務に習熟した弁護士の数は従来は非常に少なかった。登記実務についてもそうで、港・渋谷・千代田など都心の法務局出張所であれば登記に応じてくれるが、郊外や地方の出張所にいくと、「やったことがないので・・・」と難色を示されることが多かった。

また、従来の日本の公開前規制では、公開申請期の直前決算期末までに、優先株やワラント・転換社債などを、普通株に行使・転換する必要があり、結局、公開直前の期間、投資家がリスクヘッジの恩恵を被れないという理由も大きかった。しかし、ベンチャー界や専門家からの声が取り入れられて、公開前規制が改正され、2001年9月より直前決算期末を優先株のまま持ち越すことが認めらるようになった。これによって、優先株を使うコストパフォーマンスが相当改善されることとなったのである。

今回、優先株に付けられた権利は、以下の通り、大きく2つある。まず1つめは、希薄化防止(anti-dilution)条項だ。仮に、今回の投資以降の努力もむなしく次のラウンドの投資において、今回より株価(企業価値)が下がってしまった場合、一定の数式にしたがって、優先株から普通株に転換する際の株数を多く調整するものだ。これによって、投資家は、アグレッシブな事業計画に従って高い株価で投資をするリスクを和らげることができる。(図1参照)

図1.希薄化防止条項

こうして、A社とBファンドは投資契約を締結した。その他投資に必要な書類などを準備した後、めでたくA社の増資用の銀行口座(別段預金)に資金が、5100万円払い込まれたのである。

2つめは、清算時の残余財産分配の優先権(liquidation preference)条項だ。会社の営業を続けるのが不可能になった場合、会社を清算して、残りの財産(残余財産)を株主に分配することになる。出資したのは創業者1000万円に対してBファンド5100万円で約1:5の比率だが、投資家は創業者より高い株価で投資をしているので、創業者が普通株式を66%も持っている。優先権が付いていなければ、事業に失敗したにもかかわらず、経営者に残りの財産の2/3を持っていかれてしまうことになる。優先権がついていれば、仮に残余財産が4000万円(投資した5100万円を切る)とすると、すべてBファンドが分配を受けることになり、会社がうまくいかなかったときのリスクを軽減することができるのである。(図2参照)

図2.残余財産の分配

こうして、A社とBファンドは投資契約を締結した。その他投資に必要な書類などを準備した後、めでたくA社の増資用の銀行口座(別段預金)に資金が、5100万円払い込まれたのである。


●なぜ、投資契約が必要なのか?

以上のような投資契約やスキームは、今までの日本では一般的なものとは言いがたかった。前述のように、法的な規制の問題や、こうしたことを行うノウハウや人材の不足の理由もあるが、そもそもこうした契約を結ぶ意味が理解されていなかったというマインドの問題も大きいだろう。今まで解説してきたとおり、こうしたきちんとした投資契約の内容というのは、会社がうまくいかなかったときにどうするかという取り決めが多い。最初に投資をする時というのは、経営者も投資家も多かれ少なかれ「これはいける!」という一種ハイな状態になっているわけで、今までの日本では、そういう時に「失敗したときにはどうしましょうか?」という「縁起でもない話」をするのは、そもそも雰囲気的に難しかったということもあったかも知れない。

しかし、ベンチャーというのは失敗するものなのだ。「絶対に成功するベンチャー」なんて存在しない。米国でも成功したベンチャー企業の影には、数多くの失敗したプロジェクトが存在する。もちろん、経営者と投資家に「この会社を絶対に成功させるぞ!」という気合が不可欠である。「もしかしたら失敗するかもね」というモードでは、成功するわけがない。しかし、スタートアップのベンチャーが成功するのは、技術の他に、社会環境、優秀な人材の参画、上手なマーケティング、ツボを押さえたファイナンスなどが、うまく共鳴しあうことが必要であり、一歩離れたクールな立場から言えば、多くの企業はどれかの要因が欠落して、途中でリングから下りることになるのである。うまくいっているときは契約に多少難があろうと勢いでなんとかなるが、会社がつらい状況に陥ったときこそ契約が大切になる。会社がうまくいかないときに限って、さらにその足を引っ張るように、「言った」「言わない」「話が違う」などの投資にまつわるトラブルが発生するのを、筆者も数多く目撃してきている。経営における失敗というのは、褒めてくれる人はあまりいないが、実はなかなか体験することができない、非常に貴重な「資産」なのだ。その資産を生かして再び新たなことにチャレンジできるようにするためには、つらい時期を速やかに乗り切ることが必要であり、そのために最初から様々なケースを想定した合意事項を文書化しておくことは極めて重要なのである。


●チャレンジする者たちへ

以上、6回にわたって、エクイティを使ったコーポレート・ファイナンスの実務で、どういうことが行われているのか、これからどうなっていくのか、について述べさせていただいた。

第1回でもお話したが、情報通信系のビジネスというのは、エクイティファイナンス(株式を利用した資金調達)と切っても切り離せない関係にある。情報通信系のビジネスが行う「投資」の大半は、パソコンやサーバー、カスタマーセンター、プロモーション、ブランドイメージの構築など、無形で担保にならないものばかりだし、極めて環境変化が激しく3ヶ月先のマーケットも読むのが難しい。そうした事業なので、銀行も資金を貸したがらないし、たとえ貸してくれるとは言われても、期限を切って返済しなければならない資金は、ベンチャー側も怖くてとても借りれない。このため、返済の必要はなく企業価値を高めることで株主に報いるエクイティファイナンスが重要になる。情報通信領域に限らず、今後の世界の成長領域は、貸付よりもエクイティファイナンスが適した事業領域が主流になっていくのは間違いない。
新しいことにチャレンジする者たちよ。こうしたコーポレート・ファイナンスに関する知識は、必ずやあなた方の強力な武器の一つとなってくれるだろう。

※A社ならびにBファンド、その他の投資家に関連する部分のストーリーは記事のために作った例であり、実在の企業・団体などとは関係ありません。

* 投資家が、投資ファンドの出資者に対する説明責任を果たすために、この事業が投資をしてキャピタルゲインを生むものであることを精査するプロセス。


Isozaki, Tetsuya        磯崎哲也
磯崎哲也事務所代表/公認会計士
コンサルファームで、新規事業コンサル、インターネット技術調査などに従事した後、オンライン証券ベンチャーの設立に参画。その後、投資ファンドのパートナーやCFOなどとして、多数のベンチャー企業の現場に関与。2001年7月より現職。
http://www.tez.com/