ベンチャー企業の「価値」はこうして計れ

米国の同時多発テロの影響を受けて、株価はNYダウ平均で7千ドル台、日経平均で9,300円台まで落ち込んだ。株価は企業の価値を表す指標である。上場している会社なら株式の需給関係で株価が決まるというのは理解できるが、未公開企業の価値(株価)はどのように決まるのだろうか。今回はベンチャー企業の「企業価値」の考え方を解説する。たとえば、あなたが設立した会社「A株式会社」で資金調達を計画しているとしよう。A社は、自らの貯金に合わせて仲間や親類などから集めた資本金1,000万円で設立した。しかし、ウェブサイト立ち上げの費用やオフィスの家賃などで、A社の資金は500万円しか残っていない。銀行に融資の相談に行ったが、担保がないので話にもならない。こうなると、株式を発行して投資家から資金を調達するしかない。


●帳簿価格では見えない企業の価値

では、A社はいくら増資できるだろうか。今後、A社は4人の仲間に参画してもらう予定で、彼らに給料も払わなければならないうえ、サーバーの増強や研究開発資金を考えると、最低でも3,000万円、できれば5,000万円は増資したいところである。
図1は現在のA社の貸借対照表だ。純資産、つまり帳簿上の会社の資産価値は300万円ということになる。この帳簿上の資産価値は一般に「簿価純資産」と呼ばれている。

もし、A社の価値がこの金額(300万円)しかなければ、あなたの増資計画はどうなるだろうか。11月号で説明したとおり、株式とは「会社の価値合計を分割した権利」のことなので、仮に現在の株式の量を倍にする増資をしても、企業価値が300万円ならば300万円しか集まらない。しかし、株式を公開するまでは、どう考えてもA社にはあと数億円の資金が必要だ。わずか300万円で会社の価値の半分を放出したのでは話にならない。
ここで「俺の会社の価値なんてこんなもんさ」と諦めるのも1つの選択だ。しかし、「冗談じゃない。シスコシステムズの時価総額が10兆円なら、その10万分の1の価値(1億円)くらいはあってもいいんじゃないか?」と考えることもできる。考えるのはいいが、それで道は開けてくるのか? 開ける可能性はあるのだ。


●EXITストラテジーの考え方

公開企業の評価を考える前に「あなたはA社をどうしたいのか?」と自らに問うてみる必要がある。経営者による企業観は大きく2つある。

1つは伝統的な企業観だ。日本の経営者の大半は「会社は我が子同然」という発想から、永続的に続く企業(going concern)のイメージを持っている。もちろん、アメリカでも、マイクロソフトをはじめ、創業者が経営を続けている例は多い。

もう1つは、会社を「製品」や「プロジェクト」と見る見方だ。つまり、大企業にはできない技術やノウハウを使って、新しいビジネスを立ち上げて顧客を集め、そのシステムや組織の「かたまり」を丸ごと買い上げてもらうのである。これをバイアウト(buy-out)という。「我が子」を「売る」のは忍びないが、情に流される必要はない。この場合、会社は「製品」なのだ。普通のコンピュータシステムでも数億〜数百億円するものがあるが、そうした単なるプログラムやサーバーに加えて、「顧客」や「提携先との契約」「ページビュー」などもセットで製品として納入しようということだ。アメリカでは、はじめからマイクロソフトやシスコなどの大企業に買い上げてもらうことを意図して設立されるベンチャーも多い。バブル期のような「時が金なり」の時期にはこうしたバイアウト目的のベンチャーは引く手あまただったが、世の中がスローダウンしてしまうとバイアウトの可能性も低くなることは言うまでもない。

投資家が、投資した資金を回収することを「EXIT」(イグジット)というが、「会社をどうしたいのか?」というのは、裏を返せばEXITの戦略(EXITストラテジー)の問題になる。継続的に会社を続けていく場合、キャピタルゲインを目的とするベンチャーキャピタルのような投資家に投資をしてもらうのであれば、EXITとしてIPO(株式公開)を志向する必要がある。後者の場合には、企業を売却するバイアウトがEXITストラテジーということになる。


●会社を「製品」として売る方法

ITストラテジーをバイアウトに定めている場合には、その企業価値を評価する方法は、その会社の「製品」としての価値の評価になる。つまり、「何の製品なのか」によって評価方法は千差万別ということだ。

顧客を集めるマーケティングサイトなら、従来の方法で顧客を集めるために必要なコストや、そうして集めた顧客が生み出す価値(life-time value)と比較したり、システムに強い会社なら、売り先の会社が一から同じシステムを作る場合のコスト(再調達価格)をベースに計算したり、などである。たとえばHotmailは、無料モデルで売り上げも計上されていなかった(もちろん赤字だった)が、当時すでに1千万人のユーザーを擁していた。同社がMSNに売却されるにあたり「顧客1人あたり」の価格算定を行った結果、約400億円の価格が付いた。

また、同じような会社の売買価格を参考にする方法もある。比較相手の会社の何をベースに比較するかで評価は大きく異なるが、比較相手の売り上げと株価をベースにPSRを計算して比較するという評価方法がよく用いられた。なぜならネット企業は利益が出ていないことが多く、利益を基準にして比較ができないからだ。このように、ネットバブル期のアメリカは評価方法の博覧会のような様相を呈していた。現在、よく考えずにそうした評価方法を適用すると「頭がバブっている」と言われる可能性も高いが、今でも会社によってはこうした考え方が適用できることもある。


●行使価格

第3に、行使価格がいくらなのかを見る必要がある。行使価格とは「一株いくらで株を買えるのか」ということである。
図2を見ていただきたい。ストックオプションとは株を買う「権利」であって買う「義務」ではない。公開やバイアウト(会社売却)などで、株を売却するチャンスが来たときに、一株あたりの金額が行使価格より低い場合には、損をするだけなので誰も行使しない。つまり、図の例では、行使価格40万円以下の場合、利益はゼロ、行使価格を超えると株価との差額だけ利益が出る。設立したての会社なら、株価5万円で行使、ということになっていることも多いし、すでにベンチャーキャピタルなどからファイナンスを行っている場合、一株40万円とか50万円での行使になっていることもある。ITバブル崩壊で、今の相場より相当高い水準で資金調達してしまっていると、それに合わせて行使価格も高まっている可能性があるので注意が必要だ。

注:Pは価値(株価)。Eは利益。rは割引率。

PERは、利益Eが永久に出続けるとした場合の現在価値とEそのものの比と考えることができる。(運用利回りに相当する割引率rの逆数になる。)

これからどんどん伸びるという企業は、まずは今後の確固たる事業計画(Business Plan)を立てるべきだ。この事業計画上のキャッシュフローを使えば、DCF(Discount Cash Flow)による価値が計算できる。つまり、どのくらいコストをかけて、どのくらい売り上げが上がるのか、そして差し引きどの程度キャッシュフローが毎年出るのか。このキャッシュフローを想定して、それを一定の割引率で現在価値に割り引いたものがDCFによる企業価値だ。

DCFよる評価はかなり精緻に見える。しかし、そもそも企業価値というものに絶対的な価値は存在しない。DCFの場合も同じだ。「数式2」のとおり、価値を決める要因は大きく2つある。

数式2:

1つは、事業計画そのものだ。希望的観測でキャッシュフロー(Ci)を考えれば、いくらでも企業価値(P)は高まるが、根拠があいまいなものは投資家などの評価者から徹底的に叩かれると思っておいたほうがいい。「売り上げ計画が達成できる根拠は?」「競合が出てきたら、こんなに高い単価は取れないのでは?」「その営業活動のためにどのようなマーケティングやプロモーションを行うのか?」「それにかかるコストはいくらか?」「この計画人数で本当にそれだけのことができるのか?」。個別の要素ごとに、どのくらい真剣に考えているかを、投資家らは質問してくるはずだ。

もう1つの要素は、計算の際に使う「割引率(Discount Rate)」(r)をどの程度に設定するかだ。基本的には国債などのリスクのない運用レートにリスクウエイトを加えた値になるのだが、ここでリスクをどの程度と見るかが、とくに未公開企業の場合はかなり主観的な問題になる。企業を立ち上げてから間もないスタートアップ期は50%くらいの高率で割り引かれてしまう。これが40%に下がるだけで、算出される企業価値が2倍以上も変化することもある。投資家と交渉するときには、この割引率の水準をめぐる駆け引きも重要になる。

さて、冒頭のあなたの会社「A社」は、実際にどのくらいの価値と算定され、実際に調達に成功したのかどうか。次回は、資金調達の実際について取り上げることとしたい。


<用語1>
会社の財政(財産)の状態を表した表。損益計算書が会社の一定期間の売り上げや利益などパフォーマンスを見るのに対し、貸借対照表は特定の時点での財政状況を見る。


<用語2>
PSRとはPrice Sales Ratioの略で、株価売上高倍率のことを言う。時価総額(Price)を年間の売上高(Sales)で割った数値。


<用語3>
Price Earnings Ratioの略で、株価収益率のこと。「株価」を「1株あたりの利益(=税引き後利益÷発行済み株式数)」で割ったもの。1株あたりの利益に対して株価が何倍になっているのかを示す。


<用語4>
現在価値とは、数式1や数式2のように、ある利回り(r)で複利運用したときに将来の収入(EやCi)が生まれるとした場合、その現在の元本の価値。


Isozaki, Tetsuya        磯崎哲也
磯崎哲也事務所代表/公認会計士
コンサルファームで、新規事業コンサル、インターネット技術調査などに従事した後、オンライン証券ベンチャーの設立に参画。その後、投資ファンドのパートナーやCFOなどとして、多数のベンチャー企業の現場に関与。2001年7月より現職。
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