「株式市場のマイクロストラクチャー」

■株式市場の未来を占うキーワード「マイクロストラクチャー」

この12月1日から、銀行の投信窓販や、証券業の登録制への移行などが行われ、証券ビッグバンは一段と進行しつつある。また、外資や異業種の証券業への参入も、連日、新聞や雑誌をにぎわせている。こうした変化がこれからも起こり続けることや、それによって日本が変わっていくという認識は、一般にも浸透しつつあると考えていいだろう。
しかしながら、今後の日本の証券市場の変化によって生まれてくる新しいビジネスチャンスについて、きちんと体系立てて考えている人は、既存の証券業界の中にも驚くほど少ない。それは特に、「電子化」の影響がからんでくる場合に顕著だ。
一例を挙げてみよう。今月からの取引所集中義務の撤廃により、PTSやクロッシング・ネットワークといった、証券取引所の外の民間業者が電子的に取引を仲介するしくみが可能になる。しかし、一般に、このビジネスの利点については「コンピュータ化すればコストが下がり手数料が安くなる」くらいにしか考えられていないことが多い。
コンピュータ化により事務作業のコストが下がることは、今後株式市場で起こる変化の根幹ではない。株式の執行コストのうち、機関投資家から見て最大のものは、実は、手数料のコストよりも、大量の売買を行う場合に売買価格が変動してしまうことによるコストなど、今まであまり気にされていなかった「隠れた」コストなのである。電子証券取引のより大きなメリットは、こうした隠れたコストを削減できるところにある。
今後の証券市場にゴロゴロ転がっているビジネスチャンスの中から成功するものを見分けるためにも、ベースとなる視点として、本書のテーマ「株式市場のマイクロストラクチャー」を持っておくことは、非常に重要だと考えられるのだ。


■一般向け邦書で初の本格的紹介

本書では、プロローグから第2章までの間で、日米の株式市場やマイクロストラクチャー分析の概観が述べられる。第3章では、マイクロストラクチャーの数学的なモデルが示され、第4章以下では、デリバティブ、益出しクロス、規制、持ち合い等の要因別に、それらが株式市場に与える影響が分析されている。
分析の過程は一般の読者には興味の薄いものも多いかも知れない。しかし、ほとんどの章にコンパクトな「まとめ」がついており、結論や概要をつかみやすい構成になっている。
一般に、証券ビジネスに携わっている方にとって業務に一番関連するのは、エピローグで触れられている「執行コスト」の考え方であろう。今後、手数料が自由化していく中で、個人・法人・機関投資家等のどこに対してどういったマーケティング戦略を立てるかを検討する場合にも、「顧客から見た本当のコスト」が何なのか、という考え方が非常に重要である。
また本書は、経済学を研究されている方や経済学に興味のある方にもお勧めである。経済学というのは、ともすれば理論が現実の世界とどう結びつくかがわかりにくいが、このマイクロストラクチャー分析は、経済学の理論的な世界と、即物的かつ現実的な「カネ」の世界が直結する領域だからだ。
最も理想的なマーケットに近い「株式市場」を生きた見本にしながら、「不確実性」や「流動性」といった概念がコストにどう影響するかを考えることは、情報伝達手段の発達だけではコストはあまり下がらないことを理解する上で非常に役に立つだろう。
本書のプロローグには、「どのように市場システムを変革していくべきであるかを考える面白さとか醍醐味がマイクロストラクチャー分析にはある」と書かれている。確かに、今後、日本の株式市場のシステム、ひいては日本をどう変革していくかについても、マイクロストラクチャー分析の考え方は欠かすことができないと考えられる。
他人に教えるのが惜しい一冊。


■この本の目次

プロローグ なぜマーケットマイクロストラクチャーか
第1章 マーケットシステム
第2章 市場の流動性
第3章 マイクロストラクチャーモデル
第4章 株価と売買高の関係
第5章 オープニングの価格形成
第6章 派生市場の導入と株式市場のマイクロストラクチャー
第7章 大口市場と益出しクロス取引
第8章 株式関連取引の規制−サーキットブレーカー、証拠金規制
第9章 株式市場における主体別投資行動分析
第10章 株式保有構造と流動性
エピローグ 株式市場の変革とベスト・エクゼキューションの実現


■編著者のプロフィール

大村敬一 早稲田大学商学部教授
宇野淳 日経QUICK情報株式会社金融工学グループ部長
川北英隆 日本生命保険相互会社資金証券部長
俊野雅司 大和総研投資調査部次長兼主任研究員

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