週刊isologue(第72号)Intel・ARM・Apple – プロセッサの戦いを財務的に見る

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週刊isologue(イソログ)
                     2010.08.16(第72号)
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■Intel・ARM・Apple – プロセッサの戦いを財務的に見る
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ここ数年、「ウィンテル」(すなわち米Microsoft社のWindowsとIntel社製のCPU等を組み合わせたパソコン等)の時代が終焉したといった記事をよく見かけます。

しかし(仮に本当に終わるとして)「ウィンテルが終わる」ということは、WindowsとIntelが両方終わることを意味するんでしょうか?
Windowsは無料のOSなどの攻撃にさらされていますが、IntelはPCだけでなくAppleのMacなどにも採用されていますし、競争構造が大きく異なるように思えます。

そこで今週は、(Windowsはさておいて) Intelの時代が終わりつつあるのかどうか、今後のプロセッサの市場の競争がどうなっていくのか等について、財務的な観点から眺めてみたいと思います。

 

 

2010年5月26日に、AppleがMicrosoftの時価総額を抜いて、IT系の企業では世界最大の時価総額となったということがニュースになりました。

WindowsというOSは、MacのOSだけでなく、LinuxFreeBSDといったオープンソースのOS、GoogleのChrome OSとも競合関係になると考えられます。
もちろんWindowsは、素人に近いユーザーへのサポート面など、オープンソースのOS等にはない競争上の側面も持ち合わせていますが、世界中の学生も含むソフトウエア関係者などと戦いながら長期的にこの世界で勝ち残り、利益を生み続けて行くのは相当つらそうに見えます。

一方、Intelが作ってるような最先端のプロセッサは、学生ごときが作ってやすやすと世界に配れる気はしませんよね。

ご存知の通り、今どきのチップの集積度はハンパ無いので設計のノウハウも簡単とは思えませんし、半導体の製造にも非常に高度で高額な設備投資が必要で、そうしたノウハウや設備は、かなり高い参入障壁になるのではないかとも予想されます。

一方で、(週刊isologue第12号にも書きましたが)、AppleのiPhoneやiPadを始めとする世界の携帯端末のCPUには、ARMという会社が開発したチップが市場のかなりの部分を占めているようです。

 

この「ARM Holdings plc」はイギリスの会社のグループで、ロンドン証券取引所に上場しています。
工場を持たない「ファブレス」の企業で、実際の生産は行わず、設計やIP(知的財産権)をライセンス提供するだけの会社のようです。

例えばiPhone4やiPadには、同社の設計したアーキテクチャーが用いられた「Apple A4」というチップが使われていますが、これは、Wikipediaによると、

サムスンが製造しているSoC(注:System-on-a-chip)。
(中略)
アップルのPowerPC搭載Macintosh向けチップセットを開発していたチームが設計した、カスタムチップである。ARMv7-AアーキテクチャベースのCPUとPowerVR SGX 535を実装したチップに、Mobile DDR SDRAMチップをまとめたパッケージになっている。

とのことです。

このように製造設備を自分で持たず、設計だけで勝負する企業が活躍しているのを見ると、機器の中核となるプロセッサは、(もちろん、大学生などがひょいひょい作れるものではないにしても)、「それなりの技術力のあるところ」であれば、Intelに対抗するようなチップを作るのは可能な時代になってきたとも見えます。

このへんの勝負の姿の現状を財務的な観点から見てみたいと思います。

 

■Intelその他各社の株価推移

市場が十分効率的であれば、企業の将来性は株価に反映されるはずです。
市場が各企業の「勢い」をどう考えているかを知るために、Intelやその他の企業の株価推移を見てみましょう。

 

まずはIntel。

 

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図表1.Intelの株価推移(出所:Yahoo! FINANCE)

 

イケイケで右上がりではないものの、「Intelの時代が終わった」というほどガラガラと右下がりになっているわけではないことがわかります。

 

続いてMicrosoft。

 

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図表2.Microsoftの株価推移(出所:Yahoo! FINANCE)

 

Microsoftは今年の春以降下がり気味ではありますが、まだトレンドとして右下がりであるとまでは言えるかどうかは微妙な感じですね。

 

これに対してAppleですが。

 

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図表3.Appleの株価推移(出所:Yahoo! FINANCE)

 

Appleは、ご案内の通り、株価的には「イケイケ」です。

 

次に、長らくIntelの直接的なライバルと目されていた「AMD」社について見てみましょう。 

 

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図表4.AMDの株価推移(出所:Yahoo! FINANCE)

 

ちょっとイケイケとはいいがたい雰囲気。

 

これに対して、前述の「ARM Holdings」ですが、

 

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図表5.ARMの株価推移(出所:Yahoo! FINANCE)

 

リーマンショック後(またはiPhone3GS発売後あたり)から一直線で、ものすごくきれいな右上がりの株価を描いております。

 

■Intelその他の時価総額

株価の推移を見ると、その企業の「イケイケ度」はなんとなくわかりますが、企業の実力の絶対的な大きさなどはわかりません。

このため、時価総額の絶対額で各社を比較して見てみましょう。
各社の時価総額をまとめたものが下記の表です。

 

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図表6.時価総額

 

前述のとおり、Appleの時価総額は、すでにMicrosoftの時価総額を抜いていますね。

そして、Intelの時価総額はその両社の約半分程度だということがわかります。

今後、Intelの時価総額が延びていく感じはしませんが、10兆円弱という時価総額は引き続き侮れない存在であることは間違いないかと思います。

そして、IntelはAMDには未だ24倍の差を付けています。

ARMは既にAMDの時価総額を抜いているんですね。

ARMの時価総額は、Intelとはまだ17倍の開きがありますが、時価総額的に見ると、Intelの一番のライバルはすでにAMDではなくARMになっているようにも見えます

 

■Intelの業績

Intelの10-Kに掲載されている業績は、下記の通り。

 

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図表7.Intelの業績概要(に行くほど最近)
(単位:百万ドル、クリックで拡大)

 

株価はガラガラと右下がりという感じでもなかったですが、業績は下降気味ですね。
(上表では、左に行くほど最近の数値になってます。)

独禁法関係の訴訟の支払等があったりもしましたが、利益も下降傾向にあるように見えます。

リーマンショックの影響もありますので、下降トレンドが決定づけられているとは言えませんが、少なくとも足元でガンガン業績が伸びているというわけではないことは確かそうです。

 

事業セグメント別の構成比のグラフは下記のようになってます。

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図表8.Intelの事業セグメント別の売上の推移
に行くほど最近)

 

Intelは事業別のセグメントとして、

  • PC Client Group (PCCG)
  • Data Center Group (DCG)
  • other Intel architecture operating segments (Other IA)
  • その他(All Others)

の4つを設定しています。

PC向けの需要(PCCG)の割合は減っているのではないかとも思ってましたが、売上に占める割合は増加してるんですね。

 

実額で見てみると、以下の通りです。
(財務諸表の注記「Note 29: Operating Segment and Geographic Information」参照。)

 

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図表9.Intelの事業セグメント別の売上と経常利益
(単位:百万ドル)

 

PC Client向けの需要は実額でも減少しています。
(PC向けの製品は、Intel Core i7、i5、i3、Pentium、Celeron、Atomなど。)

もちろんIntelは「ムーアの法則の本拠地」ですので、同じチップの性能に対して価格が年々下がっているのは当然ですが、Intelの直近10-Kの事業の説明を見ると、

The decrease in microprocessor revenue was primarily due to lower notebook microprocessor average selling prices, and lower desktop microprocessor unit sales and average selling prices. These decreases were partially offset by a significant increase in netbook microprocessor unit sales due to the ramp of Intel Atom processors.

とあって、売上減少の主な原因はノートパソコン向け製品の単価下落と、デスクトップ向け製品の売上個数と単価両方の下落によるものであり、一方で、ネットブック向けの売上個数著しく増加している、とありますね。

 

データセンター向けの需要(Itanium、Xeon、等)は売上合計としてはやや下降気味ですが、マイクロプロセッサーの売上(Microprocessor revenue)は増えています。

昨今「クラウド」というキーワードが飛び交っているので、サーバー向け製品の個数は増えているのではないかと思いきや、

The increase in microprocessor revenue was due to higher microprocessor average selling prices, partially offset by lower microprocessor unit sales. The decrease in chipset, motherboard, and other revenue was primarily due to lower chipset average selling prices.

単価は上がって、個数は減っているんですね。

サーバー自体の需要が伸びていないのか、それとも、PCがネットブックのような低単価製品へシフトする一方、サーバーは高性能なものに集約される動きなんでしょうか?
(このデータだけからは何ともよくわかりませんが。)

 

ちなみにこの事業区分は、営業部門がこのように分かれているのだとは思いますが、PC向けであれサーバー向けであれ、製造される製品は、同じ製造設備や製造拠点が使われているのかも知れません。

もしそうだとすると、この事業別のセグメント情報は、Intelの事業構造やその強さ・弱点を知るためには、あんまり意味が無いかも知れませんね。
(新聞社の事業構造などと似ているかも知れませんが)、固定費的な会社全体の開発体制や生産設備が事業の核になっているとすると、そちらの構造の方が今後を占うのに重要かもしれません。

 

地域別の売上は下記の通りです。

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図表10.Intelの地域別の売上(単位:百万ドル)

 

日本向けの売上を区分していただいているのは光栄なのですが、2009年の日本向けは9.6%と、1割を切っています。

これに対して「Taiwan」と「China (including Hong Kong)」の売上を足した額が全体に占める比率は46.7%

今やIntelの売上の半分は、世界の工場であり消費地である中国に向けられていんですね。

 

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図表11.Intelの貸借対照表(単位:百万ドル他)

 

設備など(Property, plant and equipment, net)の金額は172.25億ドル。

この投資をできる企業はなかなか無いと思いますが、

 

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図表12.Intelのキャッシュフロー表(一部抜粋、単位:百万ドル)

 

上記のキャッシュフロー表を見ると、減価償却費が47.44億ドル発生していることがわかります。

(つまり、設備の残高に対して27.5%程度の償却。)

 

また、この減価償却費とほぼ同額の45.15億ドルを、新たな設備投資として支出してますね。
(「Additions to property, plant and equipment」)

 

これだけの投資も、なかなか他の企業にはできるもんじゃないと思います。

問題は、この投資によって規模のメリットが今後も出るのか、この投資が参入障壁として機能しているのか(それとも今や機能していないのか)という点だと思います。

 

■AMDの業績

AMDの業績も見ておきましょう。

 

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図表13.ARMの業績概要(に行くほど最近)
(単位:百万ドル、クリックで拡大)

 

2009年度は黒字化を達成しています。

AMDの時価総額はIntelと24倍もの差がありましたが、上の財務データのとおり、売上はIntelと6.5倍の差、利益は15倍の差であります。

やはり、規模のメリットが非常に強く作用する業界だということなんでしょうね。

 

■ARMの業績

前掲のとおり、ARMはすごくイケイケな株価の推移を描いていますが、足下の業績はどうなってるでしょうか? 

EDGARに、ARM社の「FORM 20-F」という年次報告が登録されてますので、これを見てみましょう。

 

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図表14.ARMの業績概要(に行くほど最近)
(単位:千英ポンド、クリックで拡大)

 

上記のとおり、2009年の売上は305M£(1£[ポンド]=133円として405億円)、純利益は40M£(同53億円)となってます。

株価はきれいな右上がりでしたが、売上はあんまり伸びていませんね

利益もガンガン急上昇かと思いきや、営業利益、純利益ともに2008年度より2009年度の方が減少しています。

自分で製造をしないとすると売上はほとんどライセンスフィーでしょうから(実際、粗利率も9割近くある)、ARMの社会に対する影響度は、単純に売上だけでは推し量れませんが、そうは言ってもやはり、IT業界の中では、ものすごく小ちゃい売上や利益の会社であることは間違いないかと思います。

 

■まとめ

上記の検討は、プロセッサの技術的観点からの検討をまったく含めていませんが、例えば、

Computerworld記事:「iPadの『A4』プロセッサを分解する

iFixit社ページ:「Apple A4 Teardown

といった記事を読むと、このiPadやiPhoneに今後使われるA4というチップの技術の片鱗を見ることができます。

このチップは、全体をAppleが設計し、ARM等のプロセッサーの設計を用いて、実際にはサムソンが製造していますが、Computerworldの記事や、記事にあるA4の断面の写真を見ると、A4というのは、ARMプロセッサに、サムスンのメモリを重ね、GPU(Graphics Processing Unit)はPowerVR SGX 535 GPUを使用して、1つのチップにまとめているようです。

記事にも、

プロセッサ層の上にRAMを重ねる(つまりプロセッサとRAMの回路が分離されている)この構造は、AppleがSamsung以外のベンダーからもRAMを購入できることを意味している

とあります。

 

このA4のようなチップを作る技術についてサムスンがどれだけ競争力があるのか存じませんが、Appleがサムスン以外のメーカーに製造を委託することも技術的に可能だとすると、このチップの主導権はAppleにあることになりますね。

また、ARMが行っているようなプロセッサの心臓部の設計というのは、素人考えでは、ものすごく高度で価値があることのように思えますが、上記のように(たった)50億円程度の利益しか生まない事業なのかも知れません。
(Appleの2009年9月期の利益は、82.35億ドル [7000億円ちょっと] もあります。)

もちろん、今後、iPhoneやiPadの売上が伸びれば、ロイヤリティーもそれに比例してARMに入って来る契約になってはいるのでしょうし、だからこそ、それを期待して株価も上昇しているのだとは思いますが、重要なのは、「AppleはARMしか選択肢が無いのだろうか?」ということです。

 

1980年代初頭にIBMがMicrosoftにDOSの開発を依頼した時には、MicrosoftのOSがエンドユーザーとのインターフェイスを司ることになりました。
そのインターフェイスに「ネットワーク外部性(ネットワーク効果)」的な効果が働き、ユーザーがMicrosoftにロックインされることが、Microsoftの成長の原動力となったわけです。

では、かつてMicrosoftがIBMに採用されたように、ARMのような企業がApple等に採用されることによって、今後、IT業界を牛耳る企業に成長していく可能性はあるでしょうか?
現在、ARMの技術は、かつてのMicrosoftと違って、エンドユーザーとのインターフェイスになっているわけではありません。
ユーザーはもちろん、開発者も、iPhoneやiPadを使う際に見えるのは、iOS4というAppleが作ったOSだけであって、ARMの技術はその後ろに隠れています。AppleはAppleが指定する言語以外で開発したアプリを販売することを承認しないといった横暴にも見える施策を取ることで、背後にあるチップを完全に隠そうとしているのではないかと思います。

AppleはiPhoneやiPadの上で、音楽やアプリなどを販売する「プラットフォーム」を構築しており、こうした販売のインターフェイスや、決済システムなどは、その登録の面倒さなどにより、そこそこのネットワーク効果が働くことになります。
しかし、このネットワーク効果を握っているのはAppleであって、ARMではありません。

 

そもそも経済学的に考えれば、厳しい競争が存在するところには大きな超過利潤が発生するはずがありません。
逆に言えば、企業が大きな超過利潤を得て企業価値を高められるということは、何らか、競争が制限されるような事象が存在するということになります。

独禁法のにらみも厳しいITのような巨大な市場では、アンフェアなことをやって競争を制限するのは困難です。(Intelもいくつもの訴訟をかかえています。)

つまり、IT市場で超過利潤を発生させることができるのは、ネットワーク外部性のような「オーガニック」な努力の結果として得られる参入障壁の場合だけということになるのではないかと思います。

プロセッサーがまだ非力だった時代からのしがらみで x86の命令セットといった形でロックインされることにより Intelが得ていた利益は、今後は、アプリや音楽の販売等による、よりソフト的な「プラットフォーム」となる企業が得ることになるのでしょう。

つまり、ARMのあまり大きく無い売上規模や業界の構造などから推測すると、今後の世界では、半導体産業の中で Intelの利益がARM等の他社に移転していく、というよりは、半導体産業からApple等の「プラットフォーマー」に利益が移転して行くという流れになるということが、想像できるんではないかと思います。

 

ご参考まで。

 

(ではまた。)