週刊isologue(第48号)ベンチャー企業のストックオプション付与手続き

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

週刊isologue(イソログ)
                     2010.03.01(第48号)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ベンチャー企業のストックオプション付与手続き
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

今まで、ベンチャー企業のストックオプションの発行について、

(第35号)ベンチャー企業のストックオプション(初級編)

(第36号)ベンチャー企業のストックオプション(「人間ドラマ」と「算数」編)

でお話してきましたが、両方とも「どんなストックオプションにするか」という、「設計」面のお話が中心でした。

今週は「設計」が決まった後の、発行手続きについて考えたいと思います。
(もちろん、日本の法人の場合です。)

 

■ストックオプション発行手続きの流れ

ストックオプション発行の流れは、以下のような感じになっています。

 

201003011534.jpg

図表1.ストックオプションの発行プロセス

 

週刊isologue 35号、36号で検討した
「どういうストックオプションにするか」
「誰に何個付与するか?」
等の経済的な中身の「設計」を行うのが、一番左の最初のオレンジ色の四角です。

経済的な中身が決まったんだから、その後は法律に従って淡々と作業を進めればいいかというと、実際、実務的にはいろいろ問題が出て来きます。
これらの法的な手続き(黄色の部分)について、以下、説明したいと思います。

 

■取締役会2回+株主総会1回、開催する必要がある

未上場のベンチャー企業は、ほとんどすべての場合、非公開会社(全ての株式に譲渡制限を付けている会社)になっているはずです。
非公開会社がストックオプション(会社法上の「新株予約権」)を発行する場合には、株主総会の特別決議が必要になります。
(会社法第238条第2項 第4項[募集事項の決定]→第239条第1項 [募集事項の決定の委任]→第309条第2項6号)

そして、上図のように、株主総会1回に加え、取締役会を2回も開かないといけません。
「なんでストックオプションを発行するのに、取締役会→株主総会→取締役会と3回も会を開かないといけないのか。」
という気がするかも知れませんが、以下述べていくように、いろいろ考えるとしょうがないのです。

 

非公開のベンチャー企業の場合、株主が社長や役員などの内輪だけという場合も多いかと思います。
その場合には、 取締役会や株主総会の招集手続きを省略する同意書を取って、これら3つを一気にやってしまえば、手間はほとんどドキュメンテーションの問題だけになります。

 

しかし、未上場でも、役員や身内以外の株主が多数いる場合には、きちんと株主総会招集通知を送付して株主総会を招集しないといけません。

 

非公開会社のファイナンス関係は基本的に株主総会の特別決議が必要ですので、非公開のベンチャー企業は、ストックオプションの発行に限らず何かと頻繁に株主総会を開くことになることもあります。
「株主総会の手続きを簡略化したいから、株主数を増やさない」というのは本末転倒な気がするかも知れませんが、ベンチャー企業は何かと人手が足りませんから、総会と株主へ事前説明や交渉を行うコストも含めて考えると、 必要以上に株主を増やさないというのは基本です。

また、外部の投資家が入って来る場合でも、例えばブティック型のベンチャーキャピタルなどで、説明すればその場でOKかどうかの回答をもらえる場合だったら経営のスピードを落とさずに済みますが、例えば提携先の大企業などで、何かというと「社内で稟議が必要ですので…」と言い出す企業が株主になってしまった日には、会社法などの法律ではなく、その企業が経営スピードのボトルネックになってしまいます。

(ストックオプションや増資などのファイナンス関連のことはほとんどまったくやらない企業であれば、多少、株主がバラけていても、事務の手間はたいして増えないかも知れませんが、)資本政策を考える際には、そうした総会開催のための手間やコストがどのくらいかかるのか、という視点も重要です。

 

■株主総会を招集する取締役会を開く

さて、株主総会を開くためには、まずは取締役会を開かないといけません。

そこで株主総会の招集が決議し、株主に株主総会の招集通知を送ります。

前述のとおり、株主数が身内だけだったり、少数の投資家だけだったりしたら、同意書をもらって招集手続きを省略し、機動的に開催するという手もあります。

取締役会に内部の常勤の取締役だけしかいなければ、取締役会の招集手続きも省略しやすいです。
しかし、外部の投資家などから派遣されている取締役がいるような場合には、日程調整とか取締役会の招集手続きとか、招集までの期間等も考慮しなければならない(「1時間後に集まって」というわけにはいかない)ことになります。

 

■株主総会を開催する

株主総会で、ストックオプションの要項等について決めます。

前述のとおりこれは特別決議ですから、原則として議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上に当たる賛成を得ないといけません。

 

この株主総会では、取締役会にストックオプション(新株予約権)の募集事項の決定を「委任」する形を取ることがほとんどだと思います。

会社法の原則(第238条第1項[募集事項の決定])では、ストックオプションの募集事項として、株主総会で以下の一から七までを定めることになっているのですが、

 

(募集事項の決定)
第二百三十八条
株式会社は、その発行する新株予約権を引き受ける者の募集をしようとするときは、その都度、募集新株予約権(当該募集に応じて当該新株予約権の引受けの申込みをした者に対して割り当てる新株予約権をいう。以下この章において同じ。)について次に掲げる事項(以下この節において「募集事項」という。)を定めなければならない。
一  募集新株予約権の内容及び数
二  募集新株予約権と引換えに金銭の払込みを要しないこととする場合には、その旨
三  前号に規定する場合以外の場合には、募集新株予約権の払込金額…又はその算定方法

四  募集新株予約権を割り当てる日(以下この節において「割当日」という。)
五  募集新株予約権と引換えにする金銭の払込みの期日を定めるときは、その期日
六  募集新株予約権が新株予約権付社債に付されたものである場合には、第六百七十六条各号に掲げる事項
七  前号に規定する場合において、同号の新株予約権付社債に付された募集新株予約権についての第百十八条第一項、第七百七十七条第一項、第七百八十七条第一項又は第八百八条第一項の規定による請求の方法につき別段の定めをするときは、その定め

 

次の239条では、それらの事項の決定を取締役(会)に委任してもいいことになってます。

 

(募集事項の決定の委任)
第二百三十九条
前条第二項及び第四項の規定にかかわらず、株主総会においては、その決議によって、募集事項の決定を取締役(取締役会設置会社にあっては、取締役会)に委任することができる。この場合においては、次に掲げる事項を定めなければならない。
一  その委任に基づいて募集事項の決定をすることができる募集新株予約権の内容及び数の上限
二  前号の募集新株予約権につき金銭の払込みを要しないこととする場合には、その旨
三  前号に規定する場合以外の場合には、募集新株予約権の払込金額の下限

 

ただし最初の3つ、1号、2号、3号だけは株主総会で決めないといけません。

ベンチャー企業が発行するストックオプションは、ほとんどの場合、従業員等が「タダで」新株予約権を付与される(発行時に金銭の払込みを要しない)ものです。

このため、上記の1号と2号、すなわち、

「内容」「数の上限」
「タダ」

という点だけ株主総会で決めればいいわけですね。
ただし、この「内容」というのが後述の通り結構なボリュームがあります。

このため、結局のところ、ほとんどのことを株主総会で決めているのと同じになっていまっています。
(誰に何株付与したか、というところは株主には明かされないことになります。また、契約書として締結する内容は、通常、株主総会でなく取締役会で決めることになります。)

 

■付与決議を行う取締役会を開催する

この株主総会が終了した後、またまた取締役会を開き、

  • 何月何日に発行するか
  • 誰に何個(何株分)割当るか
  • どんな契約を結ぶか

について決定することになります。

 

■契約書の締結作業(説明会の開催

取締役会で誰に何株というのが決まったら、契約書の締結作業に入ります。

契約書は普通、十数ページ以上になりますので、袋とじをして、それに記名、押印する(袋とじを張り合わせた部分にもハンコを押しておく)ことになります。

 

ストックオプションは、株主の権利の希薄化を生じさせる可能性もあるので、発行するのに株主との交渉も必要になりますし、中身の検討やドキュメンテーションも非常に大変です。
しかし、ストックオプションが導入されてから歴史が浅い日本では、経営側は苦労して発行しているのに、ストックオプションをもらう従業員側には、あまり有り難がってもらえないことも多いんですね。

このため、ストックオプションの契約書は、法律上は署名か記名押印のどちらかでいいかも知れませんが、従業員に契約書の内容によく目を通してもらい、「よく読んで内容を理解しました」という意味で自筆での署名と押印を両方してもらうのがオススメではないかと思います。

また、まだ従業員が数名といった場合は従業員ごとに説明するのでもいいかも知れませんが、数十人の従業員に付与するような場合には、全員を集めて「ストックオプション説明会」といったものを開催し、

  • このストックオプションとはそもそも何か。どういう性質のものか。
  • 何年間行使できないか。(クリフ)
  • その他に、例えば、上場するかバイアウトされるまでは行使できないといった制限があれば、その制限。
  • 行使できるようになってから何年目で何%が行使できるようになるか。(ベスティング。)
  • 税務上の制限

などについて説明した方がいいと思います。

  

(給料などまで全部オープンにしているような独自の哲学があるような例外的な会社はともかく)、もちろん、この説明会では、誰に何個(何株分)付与することになったか、ということまでは、全員の前で言う必要はないと思います。

 

ただし、人の口に戸は建てられません。
また、上場する時の「目論見書」には、誰が何株分のストックオプションを持っているかということが、一人残らず載ることになります

つまり、通常の給料やボーナスとちょっと違って、ストックオプションについては、「誰が何株分もらったか」ということはいつかはバレちゃうものだと考えておくべきです。

このため、後でストックオプションの個人別の付与量が従業員間でわかってしまっても大きなトラブルにならないように、説明のつく体系で付与しておくことが重要だと思います。

 

また、説明会や個別の説明の席では、例えば、

「会社がまだ海のものとも山のものともわからない時期にリスクを負って入社してくれた人には、かなり厚めに付与している。」

「同じ役職でも能力によって最大○倍の差がついている」(または「能力に関わらず同じ役職なら同じ個数にした」)。

といった全体のバランスのイメージがわくような説明をしておくことが重要ではないかと思います。

 

あとで、
「おれってそんな風しか評価されてなかったのか」
「なんであいつがあんなにもらってるんだ!」
といったことになって、従業員のやる気が下がったら、せっかく苦労して付与したストックオプションが逆効果になってしまうからです。
(いろんな会社を見ていると、ストックオプションの付与の仕方での感情がもつれる可能性は非常に高いと思います。)

 

自分の会社の風土をよく理解して、
「うちは意外に日本的な会社だから、思い切ってメリハリをつけた付与でなく、あまり差をつけない付与の仕方にする。」
とか、
「うちはみんな従業員もドライだし、実力差は認識しているから、メリハリがついた付与の仕方にする」
といった方針を注意して定めるとともに、従業員にもイメージが伝わる説明をしておいた方がいいと思います。

 

■登記

日本のストックオプション発行実務の中で、シリコンバレーなどと違う最大の特徴の一つは、「登記」があるというところだと思います。

つまり、いくら経済的・人事労務的にバランスの取れたストックオプションの体系を考案し、取締役会や株主総会等をきちんと開いたとしても、登記できなければ意味がありません。

 

このため、ストックオプションを発行する際には、ストックオプションの発行に慣れた司法書士さん等に関与してもらうことが重要だと思います。

 

何度もこの絵を出しますが、

 
201003012200.jpg
図表2.ストックオプションに必要な知識のイメージ

 

ストックオプションというのは、法律だけで決められるとか、税務だけわかればいいとかいうものではないので、本当は、弁護士、司法書士、会計士、税理士等の専門家の方々にドーンとフィーを払ってきちっと検討してもらいたいところですが、ベンチャーだとお金も無いので、複数の専門家に相談するのは難しいことも多いかと思います。
しかし、誰に相談するにしても、ストックオプションの発行を何回もやったことがある実績がある方に相談するのがいいと思います。(ゼロから考えていたら大変。コストもかさむので。)

契約書は、契約書本文の他、株主総会で決議した内容(要項)を綴じ込むことが多いので、全部重ねると厚さが十数ページ以上の結構なぶ厚さのものになります。

昔は、この厚さ十数ページの束をドサっと司法書士の先生のところに運び込んでいたのですが、最近は、契約書の束を持ち込まなくても、「新株予約権申込内容証明書」という紙を一枚付ければ登記できます。

 

■ストックオプションの「内容」と「枠」の確保に関する注意

さて、前述のとおり、募集事項の決定を取締役(会)に委任する場合にも、以下のような「内容」の項目は株主総会で決める必要があります。

 

(新株予約権の内容
第二百三十六条  株式会社が新株予約権を発行するときは、次に掲げる事項を当該新株予約権の内容としなければならない。

一  当該新株予約権の目的である株式の数…又はその数の算定方法
二  当該新株予約権の行使に際して出資される財産の価額又はその算定方法
三  (注:現物で行使する場合)
四  当該新株予約権を行使することができる期間
五  当該新株予約権の行使により株式を発行する場合における増加する資本金及び資本準備金に関する事項
六  譲渡による当該新株予約権の取得について当該株式会社の承認を要することとするときは、その旨
七  当該新株予約権について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができることとするときは、次に掲げる事項(注:条件略)
八  当該株式会社が次のイからホまでに掲げる行為をする場合において、当該新株予約権の新株予約権者に当該イからホまでに定める株式会社の新株予約権を交付することとするときは、その旨及びその条件(注:合併や株式交換などの場合
九  新株予約権を行使した新株予約権者に交付する株式の数に一株に満たない端数がある場合において、これを切り捨てるものとするときは、その旨
十  当該新株予約権(新株予約権付社債に付されたものを除く。)に係る新株予約権証券を発行することとするときは、その旨
十一  前号に規定する場合において、新株予約権者が第二百九十条(注:記名式と無記名式の転換)の規定による請求の全部又は一部をすることができないこととするときは、その旨

 

この会社法第239条の委任は、一応1年間有効ということになってます(第3項)。

会社法施行のあたりより前の実務では、株主総会で「枠」を決め、その「枠」の範囲内で、会社が何回かにわけて付与するということが行われてました。

しかし、会社法施行後しばらくしてから、弁護士さんや司法書士さんが、法務省へ問い合わせたり、法務局と相談した結果を伺うと、内容のうち、「期間(第4項)」や「行使価格(第2項)」については、実際の確定した具体的な期間や具体的な金額で決めてくれ(例えば「行使価格5万円以上」というのはダメ)という解釈になってしまったようです。

 

ベンチャー企業の場合、ベンチャーキャピタルなどから出資を受けると、1年の間に、どんどん企業価値=株価が上昇していくことはよくあります。
このため行使価格が固定されてしまっていたら、新株予約権の数量の「枠」をいくら持っていても、増資して株価が上がった後だと無駄になっちゃいます。
(なぜかというと、時価より低い価格で行使できる新株予約権では税制適格ストックオプションにならないので。税制適格ストックオプションでなければ価値ゼロというわけではありませんが、かなり使いづらくなるので、実質的には、せっかく「枠」を取ってあっても捨てるしかなくなる可能性が大です。)

 

つまり、結論としては、ストックオプションを一回発行する度に、取締役会→株主総会取締役会というセットを毎回やるしかない、ということです。

このため、以下のような点にはご注意ください。

すなわち、ベンチャーキャピタルなどの投資家から投資を受ける際には、ベンチャーキャピタル等の外部の株主が、全体の議決権の3分の2以上を取ることがあります。
または、投資契約や種類株式で、新株予約権の発行について、そのベンチャーキャピタル等の了承を得ないと発行できないという決まりになることもあります。

つまり、そうなると新株予約権は会社の社長や役員の思うままには発行できないことになります。

ベンチャー企業がストックオプション発行するのは当たり前ではありますし、ベンチャー企業にとってストックオプションは給料と同じように重要なものではあるのですが、法律で株主総会が必要になってくることですし、実際に株主にとっては株式の価値の希薄化が発生しうる話ですから、株主に必ず認めてもらえると考えるのは甘いです。 

投資を受ける前に「枠」を確保しておくということができないとすると、今後、優秀な人材を取るためにストックオプションを継続的に発行していこうという場合には、投資契約等で、
「現在の発行済株式数の(数字はあくまで例ですが)7%までの新株予約権を発行する議案については、了承する
といった条項を投資契約の中に盛り込んでおく事がオススメになります。

 

今週はこのへんで。

 

(ではまた。)