「老」とは何か(「老中」の研究メモ)

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本日「不惑」を迎えられた方がいらっしゃったので、ちょっとイタズラ心がわいて下記のツイートをしてみました。:-)

 

初老とは、人の一生で、老化を意識し始めるとされる年代である。かつて男性の大厄である数え年42歳(満40歳)に「初老の賀」で祝ったことから、40歳の異称とされる。(Wikipediaより)

 

私も40になった時に「初老」なんだと知って、かなりガックーンと来た覚えがあります(笑)。

 

思えば、役職にも「年寄(相撲)」「老中」「大老」など、「老」が付くものは多いですよね。

30代の人が老中に就任していたり、井伊直弼が大老に就任したのも42歳と聞くと、昔の「」の概念というのは、ずいぶん低い年齢なんだなあ、という気がします。

 

Wikipediaの「老中」の項目を見てたら、歴代の幕府の老中とその就任期間一覧が掲載されていたので、生年とともにExcelに切り貼って全体のトレンドを見てみました。

 

201101121412.jpg
図表1.江戸時代の老中一覧と、就任時年齢(西暦、歳)

 

就任した年と年齢をプロットすると、下記のような感じに。

 

201101121416.jpg
図表2.就任年と年齢(西暦、歳)
図中の線は、Excelの近似線機能で引いた線。以下同様。)

 

これ見ると、いろいろ面白いですね。

 

江戸時代全体を通しての老中就任時の平均年齢は43.1歳
(満年齢。月日は考慮していないので「ザックリ」です。)

 

江戸時代で平均寿命が短いので、ほとんど40代かと思いきや、50代もそこそこいます。

でも、さすがに60代、70代はかなり少ないですね。(全体の8%程度。)

 

家康時代から三代家光時代(-1651年)まで、高齢な老中が急速に減っていくトレンドが見て取れます。

(家光の乳母の春日局の息子の稲葉正勝が26歳で老中になるなど、飛び抜けて若いケースもあります。)

 

201101121458.jpg
図表3.家光時代までのトレンド (西暦、歳)

 

吉宗(将軍:1716-1745)は「改革」イメージなので、老中の年齢も大幅に引き下げられたのかと想像してたのですが、意外にも、年齢は比較的高めな感じです。

(それでも就任期間を通じて、年齢が引き下がるトレンドではあります。)

 

201101121503.jpg
図表4.吉宗時代のトレンド (西暦、歳)

 

すごいのは幕末。

どんどん30代20代の老中が登用され、ものすごいスピードで若返りが図られています。

 

201101121504.jpg
図表5.家定以降のトレンド(西暦、歳)

 

徳川幕府は、安定政権が長く続いたので、江戸時代を通じて徐々に老中の高齢化が進んでいくといった現象が見て取れるかなとも思ったのですが、最初の図表2のとおり、江戸時代を通じたトレンドは、右下がりになってますね。

幕末の若手大量登用に引きずられている部分もあると思いますが、

 

201101121506.jpg
図表6.家定以降を除いたトレンド (西暦、歳)

 

家定、家茂、慶喜時代を除いても、上図のとおり江戸時代を通じて「キープ・ヤング」が図られていたわけです。

 

(「だから、日本の政界や上場企業の経営陣も若返りが必要だ

なんて、新聞の社説みたいなことは書きませんので、悪しからず(笑)。)

 

そもそも、当時と現在で、栄養状態や医療技術も違いますので、同じ年齢におけるや肉体・精神のレベルは、現代の方が当然若いんでしょう。

昔でも40代が第一線で活躍していたわけですから、今の40歳というのは、一番脂がのってる時だと思います。

 

というわけで、40代のみなさん、がんばりましょう!

 

(ではまた。)

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「老」とは何か(「老中」の研究メモ)” への1件のコメント

  1. こんばんは、初めてコメントさせていただきます。
    徳川家の政治の特徴なのかなっと感じました。
    今後も、コメントさせていただきたいと思います。
    それでは、失礼します。