「思考のコスト」と市場

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(この話ばっかりで恐縮ですが)、「タメグチ」的ガバナンスの歴史に、石橋秀仁さんからコメントをいただきました。
 

読み応えのあるエントリでした。内容から察するに、トマス・W. マローン『フューチャー・オブ・ワーク』

フューチャー・オブ・ワーク (Harvard business school press)
トマス・W. マローン
ランダムハウス講談社
売り上げランキング: 113959
おすすめ度の平均: 4.0

4 モチベーションと創造性を高める分散型マネジメント
4 分散化されている組織をまとめるのはビジョン
4 情報伝達コストの低下がもたらす世界
4 新時代の組織論
4 「調整と育成」のマネジメント

は読まれてますよね。


とのことですが、すみません、不勉強にして読んでおりませんでした。
ということで、早速Amazonで購入。
(私が買ったのが最後の在庫だったのか、今見たら、「この本は現在お取り扱いできません。」になってます。)
届いた本を先ほど拝見してビックリ。
図までソックリです!
the_future_of_work.gif
(同書P36他、何度も出て来る。)
そのまま本書をreferせずにどこかで発表してたりしたら、「この本のパクリだ」と言われかねないところでした。どうもありがとうございます。>石橋さん。
しかし。このネットワークのトポロジーとコストの図は、情報通信の世界では極めて基礎的な図なので、著者のトマス・W・マローン氏のオリジナルというわけでもないかと思います。
また、本書では、こうした情報伝達コストがガバナンスの形に影響を与えるという考え方は歴史学には応用されなかったことが示唆されています。(p37など)
(こうした考え方として、経済学では、戦前のハイエクやミーゼス等の計画経済のコストに関する「経済計算不可能論」の論争が有名ですが、最近の研究とかは無いんでしょうか。)

拝読させていただいた感想としては、上記のとおり、「情報コスト」を切り口にした点は同じですが、この本の主張は一貫して、「インターネットで情報通信コストが下がるので、組織が分散化する」という「一方向的」(というか、フランシス・フクヤマ氏的というか)なものです。
この本が書かれた2004年は、文中にあるWikipediaやGoogleなど新しいサービスがどんどん登場して、誰もが世界が変わる気がしていた時代なので、楽観的なのも無理からぬところなわけですが、米国金融危機後の今読むと、ちょっと楽観的すぎるという感想を持たれる方が多いのではないかと思います。
古代から「民主制」が存在するヨーロッパの歴史を見ても、ずっと民主制一筋というわけではなくて、集権的な政体と民主的な思考が、波のように行ったり来たりしていると思いますし、また、コンピュータのクライアントとサーバの関係を見ても、thin clientとか、分散型コンピューティングとか、ASPとかSaaSとかクラウドコンピューティングとか、「分散と集中」というテーマは、波のように行ったり来たりして競争と進化を繰り返しているわけでして。
なぜかというと、コストは「情報通信コスト」だけではないからです。
仮に情報通信コストが、それまでの交渉コストの9割を占めていて、それがインターネットの登場によってゼロになったとしましょう。
そうすると、交渉コストは10分の1になるわけですが、これは、「民主化」が進んで主体の数(n)が4倍になると(2の4乗は16なので)あっという間に逆にコストは1.6倍高くなっちゃうわけです。

加えて、「考えるコスト」を考慮する必要があると思うんですね。
仮に、検討すべき要素がx個あって、それぞれa通りの選択肢があり、参加者(n)の増加でxも増えるとすると、今度は「2乗」ではなくて、「x乗」のオーダーでコストが増えていくことになります。
(例えば、西部忠氏の「市場像の系譜学—「経済計算論争」をめぐるヴィジョン」
 

市場像の系譜学—「経済計算論争」をめぐるヴィジョン
西部 忠
東洋経済新報社
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おすすめ度の平均: 5.0

5 是非、本書の再刊を…
5 経済学がこんなに面白いとは・・・
5 新たな「市場像」の構築を目指した刺激的好著!

 
では、 前述の計画経済の解を求める計算が(確か)取引される商品数nについてNP問題であることが指摘されていたと思います。)
Xが10分の1になっても「Xの2乗」にはすぐ追いつかれますが、このXの2乗よりも「(何かの)X乗」の方がさらにものすごい速さで増えていきます。
つまり、民主主義や市場メカニズムを機能させるためには、この「考えるコスト」をいかに減らせるかが非常に重要なわけです。(そのための方策の一つとして、例えば「法」があるわけですが。)
そうした工夫で、より多くの人が民主的・分散的に(「自由」に)参加することが可能になるわけですし、そうした方策(法など)が選択肢を増やすことは、最も経済効率的な選択肢を選択できる可能性を高めたり、それによって参加者のインセンティブを増加させうるメリットがあります。
一方で、組みあわせの数を増やしたり、法自体の複雑さが増すことによって、「考えるコスト」をものすごい勢いで増加させてしまう可能性があります。
インセンティブその他のメリットで思考能力が上がる度合いは、せいぜい「数倍」といったオーダに留まるはずですが、「考えるコスト」は、最大X(複雑さ)乗のオーダーになっちゃう。
こうなると、実際にコストがX乗で増えるわけじゃなくて、そもそももう考えなくなっちゃう(思考停止する)わけで、経済効率を極大化する解を求めたりイノベーションしたりするインセンティブがなくなっちゃうわけです。
このバランスをうまいこと取るのにどういうシステムがいいか、というせめぎ合いかと思いますが・・・・本日は、こげなところで。
(ではまた。)

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