ベンチャー企業とMM理論と上限金利規制

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池田さん曰く

基本的な問題は(日本だけではないが)、税制のバイアスだ。Modigliani-Millerでも知られるように、法人税や倒産がなければ、理論的には負債と株式は同じである。しかし現在の税制では、金利は経費として控除されるが、配当には課税される。日本では「会社は経営者のもの」という通念が強いので、中小企業は節税のため、借り入れで資金を調達して利益を配当しないように操作する。その結果、企業の70%以上が赤字法人である。

(同エントリのコメント欄)
どうも「負債と株式は同じ」というMM定理が、普通の人には直感的にわかりにくいようなので補足しておくと、これにはいろんな条件があって、その一つは法人税がないことで、もう一つは債務不履行が起こらないこと。
逆にいうと、倒産が起こる場合には負債と株式は同じではない。負債の場合には、ふだんは資産の残余コントロール権は債務者にあり、いくらもうかっても金利だけ払えばよいが、債務不履行になったときはコントロール権が債権者に移転する。株式の場合は、ふだんは残余コントロール権は株主にある代わり、倒産した場合のコントロール権は債権者に劣後します。
この「定額リターン/債務不履行時のコントロール権」と「変動リターン/通常時のコントロール権」という組み合わせは、自明ではない。理論的には、この2つの条件の別の組み合わせ(たとえばコントロール権のない優先株)も可能だが、現実には負債と株式が圧倒的に多い。このパズルを理論的に説明するのは、ファイナンス理論の最先端の問題で、いろいろな考え方があります。cf. Tirole, “The Theory of Corporate Finance”.

確かに、ベンチャー関係の仕事ばっかりしていると、正直今までどうもMM理論があまりピンと来なかったんです。
「倒産」と言われても、ベンチャーの場合、倒産したら何も残らないことがほとんどだから、残余財産分配という観点からは、負債でも資本でもあまり関係なさそうであります。また、「法人税」にしてもベンチャー企業は赤字のことのほうが多いので、節税なんて考えてるやつはあまりいない。どちらも、MM理論上は借入れでも資本でもよさそうなはずなのに、実際には資本で調達するしか道はないことが多い。
これは、資金供給側から見てベンチャーの「倒産」が無視できないという理由のようにも思えますが、上述の通り残余財産が残らないのであれば株主との分配の問題はなく、単に将来のキャッシュフロー(返済)がゼロになるリスクが高いだけ。リスクが大きいのなら、その分金利を上げて等価にするという手もあるはず。ところが、実際には金利が上げるのを許容すれば借入れができるかというと、そうではない。
つまり、MM理論においては(少なくとも日本には存在する)「上限金利規制」をも無視しているということが、違和感の原因なんじゃないでしょうか。
つまり、不動産物件とか上場企業などの低リスクなassetでDCF(Discount Cash Flow法、CAPMを前提)をやる場合には、割引率(Discount Rate)が法的な金利の上限以内に収まることも多いので、CAPMが比較的スッと納得できるのですが、ベンチャー企業が資金調達の時に想定するvaluation(企業価値)と将来キャッシュフロー計画をもとにDCFで割引率を計算すると、30%とか50%とかいう高率になっちゃうことも多いので、理屈では理解できても、イマイチ腹に落ちなかった。
でも、アメリカ人の経済学者の頭の中には「上限金利規制」というもんが絶対的なものとして存在していないと考えると、非常によく納得できる気がします。

ご参考:「世界にはまだこんな高利の貸金業が存在する!」
http://www.tez.com/blog/archives/001127.html

日本の金融機関では、利息制限法の上限よりもさらに下の金利でしか貸付けが行われて来なかった。つまり、「金利が高すぎて倒産を無視できないというケース」ではないにも関わらず、「その高めの金利を出しても調達できない」というゾーンがかなり広いです。
(たとえ個人保証等がないノンリコースの場合を仮定したとしても)、日本人の頭は暗黙のうちに(「みなし弁済」に関する最高裁判決のごとく)上限金利(あるいは「高利は悪である」)という概念を絶対的なものとして考えているから、なんかすごい違和感が発生するのかも知れません。
これがイスラムの世界ともなると、そもそも金利自体を否定しているから、MM理論なんて「はあ?」って感じなんでしょうね。(ムハンマドの時代には、ほとんどすべての事業が「ベンチャー」だったはずなので、借入で調達することを認めないというのは、経済全体をうまく回すための合理的な規制だったかも知れません。)
おかげさまで、MM理論、CAPM(企業価値)、ベンチャーファイナンス、上場企業ファイナンス、貸金業規制、イスラム金融あたりの話が、統一的に頭の中でつながった感じがします。
どうもお付き合いいただきまして、ありがとうございました。>池田さん。
(ではまた。)

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ベンチャー企業とMM理論と上限金利規制” への5件のコメント

  1. これ書くと、同業者(法律家という意味で)から叩かれそうですが、日本の利息制限法は過剰規制だと考えています。
    アメリカでは1980年代のハイ・イールド債の開発・普及が、画期的な金融革命であり、アメリカ経済を強くしたと考えられている(考える人も多い)ことに照らすと、わが国でももっと現実的な金利規制の解があるように思われてなりません。

  2. すごく納得できました。ありがとうございます。
    そういえば、financeの授業で「CAPMを使うと企業がequityで資金調達すると30数%の調達コストになる。これは、CAPMを使っているので理論上は、他の調達でも同じコストになるはずだ。」と教えていただいたことがようやく腑に落ちました。

  3. MM理論を挟む今回の議論は今ひとつ分かりにくい。
    MM理論は今から50年も前に発表されたもので「法人税も倒産もなければ、資本で調達しても借入調達でも企業価値には影響しない。」という当たり前のことを言ったに過ぎない(それでもノーベル経済学賞)。しかし、それから50年間で理論研究が進化し、現在では法人税や倒産確率、投資リターン、CAPMなど、全てを考慮したモデルが提唱されている(それでも有力論文が発表されてから12年も経った)。最新のMM理論(に由来するコーポレートファイナンス理論)を前提にすると、金利は企業価値を決定する一つの要素に過ぎないため「日本の上限金利で負債を調達すると倒産確率が高まり、企業価値が大きく損われる。」となり、貸せない結論は同じ。ただし、全て資本で調達しても、配当負担が増加するので企業価値は損なわれる。実際の企業価値は資本構成よりも当該企業が上場されている市場全体のパフォーマンスに大きく影響されるので、理論研究が「腑に落ちない」のは当たり前なのでは? いずれにせよ日本のベンチャー企業の資金調達を論ずるのに、MM理論を持ち出すのは場違いのような…

  4. いえ、本文で書かせていただいたとおり、私が「MM理論を持ち出した」わけではないです。
    (ではまた。)