事業承継税制の「拡充」 (その2)

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前回のエントリに、葉玉さんからコメントいただきました。(こちらをご参照。)
この事業承継税制が考えられたのは、(選挙対策のバラマキという見方もできなくはないですが)、基本的にはまさに葉玉さんがおっしゃるように、相続で大変苦労されている中小企業の事例を見聞きして、真面目に日本の将来のためを考えたからではないかと思います。
私は基本的には、相続税を優遇するよりも、上場なりバイアウトなりLBOなり「売買」で解決できるような社会にしていくべきだという方向で考えているのですが、そういったスキーム構築のサポートや税務アドバイス、ファイナンス等を受けられない企業も非常に多いと考えられ、なかなかスパッとした解決策は難しそうです。
そういった視点も含めたり含めなかったりで、以下、「どういう企業が対象になるか」「国民の理解は得られるのか?」といったあたりを中心に、続編としてこの事業承継税制の性質について検討してみたいと思います。


 
相続税の統計から考える事業承継の位置づけ
ご案内の方も多いと思いますが、相続税というのは相続が発生すれば必ずかかるというわけではありません。
昨年12月に公表された国税庁の資料

相続税の申告事績(平成18年分)及び調査事績(平成18事務年度分)
http://www.nta.go.jp/kohyo/press/press/2007/6368/01.htm

を見ると、「被相続人数(死亡者数)は約108万人、このうち相続税の課税対象となった被相続人数は約4万5千人であり、課税割合は4.2%」とありますので、実際に親が死んで相続が発生するケースは、20件に1件も無いわけです。平たくいうと、「かなりのお金持ち」(より正確には「資産持ち」)の場合にのみ課税が発生することになります。
また、相続された財産の合計11.4兆円のうち、土地・家屋が6兆円、現預金が2.3兆円で、有価証券が1.8兆円、その他が1.2兆円、となっています。
(有価証券の内訳がないですが、国債や上場株券など流動性のある証券も多いはずですから、今年以降の統計ではぜひ、未公開の気配相場の無い株式で、事業承継税制の適用の対象となりうる企業の分がいくらなのか、税制の利用率も合わせて、内訳を開示していただきたいところであります。)
会社の規模と相続
「相続税が払えなくて苦しんでいる企業」というと、「蒲田で旋盤加工の工場を経営している従業員15人の零細企業」みたいな企業を思い浮かべるかも知れません。
ただ、この企業が(仮に)資本金300万円で、利益剰余金が5500万円溜まってるだけ、という程度であれば、(最低でも6000万円の基礎控除額があるので)そもそも相続税がかからないわけです。
「相続税で苦しむ企業」というのは、「弱者」のイメージがあるかも知れませんが、上記のように、少なくとも一般庶民が単純に金額だけを聞いた場合のイメージは、「弱者」からはほど遠いはず。当然ですが、「お金持ち」(資産持ち)だから困るわけです。相続税を軽減するのは、その中小企業が「弱者だから」ではなく、課税の公平性の観点からも、「その企業が存続することに、何らかの社会的な意義があると考えられる場合」とするべきでしょう。
一方、この蒲田の法人の帳簿上の純資産が同じく5千万円であっても、保有している土地の含み益が3億円になる、といった場合はちょっと話が違ってきますね。
さらに場合分けします。
この法人に何らかの社会的意義がある場合。相続税が支払えないために解散すると、世界的にイケている技術が失われる、というのは問題になりえます。
しかし、例えば、この会社が特にこれといった競争力のあることをやっていない(いくらでも代替する会社があるような)場合には、先代が亡くなったという分かりやすい節目でトットと事業をたたんで、土地を売却するなり賃貸マンションに建て替えるなりしたほうが、国民経済的にもプラスかも知れません。
また、会社の名義でこの土地を保有している場合には、今回の事業承継税制の拡充で、大いに楽になるでしょうけど、被相続者が個人でこの不動産を所有しており、法人が先代から不動産を賃借していたという場合には、この税制では相続税が軽減されないのではないかと思います。(追記:失礼、この法律ではなく、租税特別措置法の「特定同族会社事業用宅地等」で軽減されますね。)
どの程度の「狭き門」になるのか?
日経新聞の記事からだと、形式要件を満たすすべての中小企業が対象になるようにも読めますが、自民党の「平成20年度税制大綱要項」をみると、中小企業の事業の継続の円滑化に関する法律(仮称)における経済産業大臣の認定を受けた一定の中小企業が対象となる、と書いてあります。(16ページ)
この「経済産業大臣の認定」で、相続税が発生する場合のうち、何割程度の企業が対象になるんでしょうか?
全国300万社の法人のうち、毎年相続が発生する会社が1%で3万社程度、うち相続税の支払に関わる法人がその5%で1500社くらいと仮定して。
認定のプロセスと、各経済産業局の事務処理キャパとを考え合わせて、どの程度の数の企業を処理することが可能なんでしょうか?
このうち上記の認定を受けられた企業は、年間50社に留まる、といった「狭き門」になったとしましょう。この場合、一般の中小企業が相続税対策を考えたり、不安を抱えずに経営に専念できる、といった姿にはほど遠いものになってしまうかと思います。
逆に、数値的な形式要件を満たす企業は申請すればほとんどパスするということであれば、租税回避の温床になる気もします。
業種等での制限はあるか?
また、例えば、すごいキャッシュフローが出ているキャバクラとかラブホテルとかパチンコホールのチェーンのオーナーをやっている父親が亡くなり、息子が後を継ぎます、というときに、この「経済産業大臣の認定」は下りるのか否か。
キャバクラやラブホテルやパチンコホールだからといって、多くの雇用を生み出してることもあるでしょうし、「バカ息子」じゃなくて立派な息子さんが経営する場合も多いかと思います。職業差別が発生するのはまずいでしょうが、かといって、上記のようなケースで相続税が軽減されるというのも、国民的には納得いかない面もあるかと思います。業種として儲かってそうというイメージもさることながら、事業としての売却可能性は高そうなので、とっとと売っぱらって相続税を払えばいいじゃん、という気もします。
換金性のある資産の量は考慮されるのか?
また、相続する法人の株式の評価が5億円にもなるが現預金がほとんどない、という場合は「かわいそう」な気がしますが、株式5億円に加えて現預金も10億円相続します、という場合には、相続税軽減の対象にしたら、「フザケンな!」ということになる気もします。
逆に、手持ちの現預金等の量が問われるのであれば、会社に留保しておいた方がお得、ということになりますし。
「社会的意義」は考慮されるのか?
一方、要件が「中小企業」だということになると、いずれにせよ、(例えば)、産業活力再生特別措置法の認定の対象となった大企業のように、社会的意義が明確に示せる場合ばかりでもないかと思います。
「国際的にすごい旋盤加工技術を持っている蒲田の会社だが、保有している土地の相続税評価額が高くて、相続税を払うためには会社を清算するしかない。」
「雄大な敷地にゆったりと建てられた九州の老舗旅館で、多数の雇用も生み出しているが、土地の評価額に比べて収益性が低く、現預金など換金できる資産も少ない。」
といったケースは、「ストライクゾーンど真ん中」になるのかも知れません。
一方、形式要件だけでなく実態を審査します、といったことになり、仮にでも「あんたのところの会社は、存続する社会的意義が認められない。」なんてことを役人に言われたらムカツクことこの上ない。ホントは申請すれば認定される企業も、申請するのは踏ん切りが必要かも知れません。
一般国民の納得は得られるのか?
形式的な要件に合致したから認可して相続税を軽減したとして、あとで、「あの息子は、相続税が軽減されたのをいいことに、高価なベンツを乗り回し、毎晩銀座の高級クラブを飲み歩いている」といった実態が公になったら、一般庶民的には「フザケンな!」でしょう。
(たとえば「朝ズバッ!」で取り上げられたら・・・・と思ったのですが、みの氏は二世経営者として事業承継してますし、飲み歩いてらっしゃるようなので、「スッキリ!!」とか「とくダネ!」とかのほうが可能性が高いかも知れませんが。:-)
認定のために必要なのは書類申請だけでしょうか?それとも面接とかあるんでしょうか?「茶髪で日焼けしてアロハ着てサングラスかけてる、いかにも遊び人といった社長」は認定を受けにくくなるんでしょうか? アロハ着てても社会的に意義の高い事業をやってる方はいらっしゃるかと思いますし、そもそも(一般国民に理解されるかどうかはともかく)、必ずしも高価なベンツや銀座での接待は経費性が認められない、というものでもない。
かといって、周囲にちょっと確認すれば、「あんなやつに金持たせたら絶対アカン!」といった話がボロボロでてくるような息子を、書類審査だけでパスさせて数億円の課税機会を逸する、というのも、行政の注意義務としてどうなんでしょうか?

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事業承継税制の「拡充」 (その2)” への6件のコメント

  1. 相続税法再考

    平成20年度税制改正における相続税法改正の一番のテーマは”事業承継税制”の改正だと思いますが、そもそも論として、相続税という税は必要な税なのでしょうか?

  2. 実務家の間でも何かと話題に上る法案ですが、先生のおっしゃるようにこの法案で最も恩恵を受けるのは所謂零細企業というより同族老舗大企業(資本金が小さく内部留保が潤沢な会社)でしょう。実務をやっているとそういう会社って結構多いですよね。要件を今後どう絞っていくかわかりませんが、金庫株による担税力は十分あるわけですから少なくともこういう会社は立法趣旨に悖ります。また、筆頭株主を要件としていますが、支配株主に属するものの第二位の株主は全く恩恵を受けられないのも公平性を欠くと思われます(例えば、筆頭株主の社長と、第二位かつ支配株主の専務とでは持株比率がわずかな違いだったとしても相続税に雲泥の差が出ることになります。)
    穴の多い法案なので今後修正されていくものと期待していますが、葉玉さんのおっしゃるとおり、そもそも非公開株式の評価額が会社の実態とズレている(株の評価は高いが担税力がない)ケースが多いからこのような優遇税制を検討する必要があるのであって、拙速な優遇税制を考える前に相続税評価の規準を見直すべしと私も考えます。
    ただ、いずれにせよ当初の減税額(正確には課税の猶予ですが)600億円といわれていたものが、200億程度までトーンダウンしてきているので、社会・経済的なインパクトは限定的で、なんとなく大々的にやっているのは極めて政治的匂いを感じるのは私だけでしょうか。

  3. …被相続人の平均年齢は、いま、80歳ぐらいでしょうか?
     事業承継者たる相続人は、そうすると50歳代なかばくらいが平均値になるということでしょう。
     ちょっとイメージが違うだろうと思います。

  4. [日記・コラム・つぶやき]中国新聞は「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律案」を社説で支持表明

    ブログ担当者さん、こんばんは。お元気でしょうか? 2月になって一つも記事がエントリーされていないので、仕方なく 2008-01-26 の記事にコメントし…

  5. [Off Topic] 日本の政治を変えるオープンネットワーク党に期待!

    この新党結成のニュースには期待したい!!! 新党の名前は「オープンネットワーク党(β)」。党員の募集はこれからとのことなので、どれぐらいの規模になるかは…