NHK記者ら3人がインサイダー取引の疑い

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マスコミ各社さんが報道されてますが、日経さんのwebを拝見すると;
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080117AT1G1702E17012008.html

 NHKは17日、報道局記者ら3人がインサイダー取引の疑いで証券取引等監視委員会の調査を受けていると発表した。昨年3月、外食産業が回転ずしチェーン店をグループ化するとのニュースに関連し、3人は放送前にそれぞれ回転ずしチェーン店の株式を1000—3000株購入、翌日売却して10万—40万円の利益を上げた疑い。(中略)2人は放送直前、原稿システム端末でニュース内容を知り、株式を購入したことを認めているが、1人はインサイダー取引を否定しているという。

とあります。
「倫理的」にこれが「ワルい」ことだ、というのは火を見るより明らかかと思います。少なくとも、仮にこれがOKなんてことになったら、一般の人は、「市場の公正さって一体何なのよ?」という気持ちになるだろうことは間違いないかと。
では、「これが有罪と言えるための法律上の要件は何?」というと、ぐぐっと難しい問題になる気がします。


インサイダー取引の要件
この取引がインサイダー取引として罪になる要件は、金融商品取引法166条(または167条)に定められており、具体的には、

  1. 「会社関係者」が、
  2. 「重要事実」(または「公開買付け等事実」)を知って、
  3. それが「公表」される前に、
  4. その有価証券等の「売買」を行った

という、大きく4つの要件が必要になります。
今回の場合、この件が重要事実に該当するのは間違いなさそうですし、公表される前に売買を行ったのも事実だとすると、2から4の要件を満たすのは明確かと思います。(詳細がわからないですが、おそらく。)
ただ、1番目の「会社関係者が」というところに、どのように該当するのかは、よく考える必要があるかと思います。
金融商品取引法で言う会社関係者とは、

  1. 上場会社等の役員等(役員や従業員など)
  2. 上場会社等の帳簿閲覧権を有する者
  3. 上場会社等に対して法令に基づく権限を有する者
  4. 上場会社等と契約を締結している者又は締結交渉中の者
  5. 上記2、4が法人の場合、その法人の他の役員等

になります。(166条、167条第1項。)
また、上記の人たちから職務上(上記の帳簿閲覧権や法令、契約などに関連して)重要事実を聞いた情報受領者(法人の場合には、その法人の他の役職員も)も、インサイダー取引規制の対象者となります。
「取材」というのは、どういう職務なのか?
ここで、テレビ局の取材というのは、帳簿閲覧権の行使や法令に基づく権限では無いですね。では、1項4号の「契約」なのかというと、はたして契約なんでしょうか?
東証さんが出されている「こんぷらくんの30分で読める!インサイダー取引規制Q&A」のP12には、

新聞記者は、(中略)「会社関係者」にはあたりませんが、会社関係者から直接情報を入手した場合には、情報受領者として規制対象になります。

と事例が書いてあります。また、規則で明確に決まってなかったとしても、前述のとおり記者として人としてやっちゃいけないのは当然であります。ただし、条文上、どう読めばそう読めるのか(施行令や内閣府令にも、該当する規定が今のところ見つけられていません)、ちょっと不勉強で存じません。(どなたか、教えていただければ幸いです。)(追記:情報受領者だから、当然ですね。失礼しました。ただし、取材した対象の人が、法で定める要件に従って情報を受け取った「会社関係者」に該当するかどうか、という論点はあるかと思います。)
また、同書には、

記者が書いた記事の原稿をチェックするという形でこの情報を知った担当デスクが、こっそり(略)株券を買っていた場合は、どうでしょう?
このデスクは、会社関係者から直接情報を入手したわけではないため、情報受領者の定義にあたらないようにも思えますが、(略)会社関係者から重要事実を聞いた新聞記者は、「職務上」その情報を入手しており、デスクは同一法人の役職員で、かつ「職務に関して」当該重要事実を知ったため、規制の対象に入るのです(「職務上」は「職務に関して」より狭く、重要事実の伝達を受けること自体が職務の範囲内であることを意味します)。

と書いてあります。
ところが、今回の事件では、この記者3人は、「原稿システム端末でニュース内容を知り」とあります。そうなると、もしかしたら、必ずしも「職務に関して」知ったというにはちょっと厳しいのかも知れませんね。
(具体的には、その人が職務としてどのように端末を使われているのかがよくわからないですが、少なくとも、以前の、某経済新聞社さんの広告部門の人が、広告の原稿を見てインサイダー情報を知った、というのに比べると、かなり法律の文言上、かけ離れてくるかと思います。)
念のため繰り返し申し上げておきますと、私は、この記者の方々に罪が無いなんて申し上げるつもりは全くありませんし、むしろ、法律の要件に該当するかどうかに関わらず記者として人としてやるべきでないことだと思います。
一方、もし、
「経緯に関係なく、とにかく情報を知っちゃって売買したらインサイダー取引だ!」
という解釈が行われるとするなら、166条や167条の1項って、存在する意味があるんでしょうか
(追記:
逆にもっと進めて、たとえば、端末経由ではなく、NHKのトイレで記者同士が立ち話をしているのを、たまたま他のNHKの記者が聞いて取引した場合には、「職務に関して」知った、というのは、日本語としては厳しいと思います。トイレに行くのも仕事のうち、というのは、かなり拡大解釈っぽい。しかし、その人が、「トイレに行くのは仕事の一部とはいえない」と言い訳したら、世間は納得するでしょうか?)
少なくとも、昨今の情勢を考えると、とにかく未公表の重要事実を知っちゃった人は、その株式等を絶対に売買しないことが、強くオススメであります。
ただ、市場というのは情報と表裏一体で機能しているわけで、今回のような明らかにアンフェアなケースはともかく、他の又聞きのケースでも「経緯に関わらず、ともかく知って取引してしまったら社会的に抹殺」という解釈として適用されるとすると、市場が適切に機能するのかどうか、・・・・・一昨年来の私の大きなテーマになっております。
前から申し上げているとおり、何十ページにもわたる細かい要件を法令で決めるのではなく、法律の構成を「アンフェアかどうか」という実質的な判断によって黒か白かを分けるように(もし技術的に可能なら)変えないと、市場が機能しなくなりはしないでしょうか?
株式市場が、「うっかりでも、地雷を踏むと足が吹っ飛んだり命がなくなったりする地雷原だ」、というイメージがついてしまうと、取引がうまく機能しなくなる可能性もあるのではないかと。人は、当然、「儲けるたるで!」という「アニマルスピリット」によって投資するわけで、経済的リスクは許容すると思うのですが、「うっかり地雷を踏んだら社会的生命もブッとぶ」というリスクを冒してまで投資したいという人は、ぐっと絞られてしまう(極端に考えると、市場には、犯罪を犯すことを恐れないならず者だけが残る・・・少なくともそういう人の比率が高い荒んだ場所になってしまう)のではないか・・・・というのは杞憂でしょうか?
(ではまた。)

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NHK記者ら3人がインサイダー取引の疑い” への14件のコメント

  1. はい、私もnewsを見てから同じ本にあたってみた一人です。
    そこまでの杞憂には達しませんでしたが、無論点とは言いがたいですね。
    判例が気になるところですが…

  2. オフィスが一時的に某一部上場企業と雑居状態になったとき、
    乗り合わせたエレベータで業績がどうこう言っているのを
    耳にして冷や汗をかいた経験があるのを思い出しました。
    話がそれるかもしれませんが、たとえば証券外務員の個人投資に対する規制の厳しさを鑑みた場合、マスコミ(テレビ、経済誌等)の記者さんたちに対するこの辺の法的規制の緩やかさには甚だ不公平さや疑問を感じることも確かです。経緯云々よりも「李下に冠を正さないようにする」仕組みを作るべきではないかと。つまり事前情報を知っていてもなかなか売り抜けができないよう入り口のところで規制すべきなのではないかなあと思いますが。どうなのでしょうか。

  3. 「又聞きのケースでも「経緯に関わらず、ともかく知って取引してしまったら社会的に抹殺」という解釈として適用される」ということは、およそ考えられないと思います。金融商品取引法第166条、第167条は、刑法的規定であり、罪刑法定主義の対象となる以上、そのような拡大解釈はまずないと思います。
    「知っちゃった」というのは、村上氏の言に過ぎず、判決では、たまたま知っちゃったから罰した等とはなっていないはずです。
    少なくとも現状では、居酒屋やエレベーター等で隣の席や無関係のグループからたまたま聞こえてしまったケースについては、情報受領者ではないという解釈が変わることはないと思います(同席している場合だと前段の一次情報受領者でしょう)。
    今回のケースは、「原稿システム端末でニュース内容を知」ったとのことですが、普通に考えても、新聞記者が自社の原稿システム端末を見るのは、明らかに「職務」だと思います。その端末はNHK以外の人は見れない、職務時間に行っている、記者はいろいろな情報を集めるのがその職務である等を考えると、職務じゃないというのはまず考えられないと思います。
    普通に考えると、今回のケースでは、直接取材した新聞記者は「伝達を受けた者」(166?前段)で、端末を見た人は「職務上伝達を受けた者が所属する法人の他の役員等」(166?後段)であることは間違いないと思います。


  4. 先ほどのコメントについて
    「隣の席」というのは、無関係のグループのテーブルという意味です。隣のイスに座っている知人、同グループは、含みません。
    ?となってしまったのは、3項を意味します。

  5. 先生は、「3.公表される前」に売買、にあたるのが事実だとすると、と仮定しています。
    通常、東証の適時開示は場が引けた後の3時に一斉にプレスリリースが掲載されますよね?これ以前は、社内の広報部門などごく限られた以外の人間が「重要事実」に触れることはきわめて異例で、今回のようにNHKの記者に3時以前に話をした時点で上場会社からすれば「公表」になるような気がしますが。
    さらに個人的に疑問なのは、NHKでのニュース報道は「公表」にあたるのでしょうかね?

  6. 私も、第一報を聞いたとき、これは二次情報受領者による取引として不可罰と考える余地があるように感じました。しかし、これを不可罰としてしまったのでは市場の信頼は到底保てません。論点は、やはり166条3項の「その者の職務に関し」の解釈でしょう。職務上使用する情報端末を通じて知ったのですから、トイレで会話を立ち聞きしたのとは区別できると思います。
    ちなみに、某新聞社広告局のケースの場合は、広告の担当者を166条1項4号の会社関係者とし、そこから伝達を受けた情報受領者とすることで大丈夫のように思います(不勉強で判決は見ていません)。
    あと、「ぞう」さんの疑問については、166条4項と施行令30条をお読みになれば、今回の事案が確かに「公表」前の買付であることをご理解頂けると思います。

  7. 投稿後、「公表」についての疑問を呈しておられたのは、「ぞう」さんではなく、「会社関係者」さんだということに気付きました。投稿者名はコメントの下に出るのですね。失礼しました。

  8. インサイダー取引規制における情報受領者

    あまり書いている方がいないようなので一応。
    会社関係者等のインサイダー取引規制(金商法166条)における情報受領者は、原則として第一次情報受領者(3…

  9. 今回のケースは「職務上」に当たるのは明らかです。
    NHKでは全国の記者やニュース担当PDらがニュース放送前に業務用端末でニュース原稿をチェックするのが普通だからです。なぜかと言うと、NHKを見ていれば分かる通り、全国→地域の順でニュースを放送することが多いと思いますが、地域のニュースを制作・放送するに当たり全国放送でどのようなニュースが流れるのかをある程度把握しておかなければならないからです。必ずしも全員が見ているわけではありませんが、この様なことを想定して全国で原稿を見られるようなシステムにしていることは記者会見でも説明があった通りです。
    以上のことは17日からのニュースで皆が知っている所ですが、これを職務上と言うのは厳しいと言う人は、どういう意図があるのでしょうか。
    日経のケースとかけ離れているなどとも書かれていますが、法定広告の担当者ではない人間(業務として全くかかわっていない)が、公告の管理端末を覗いて情報を入手し株式を売買したケースであって、氏の書かれているような状況ではありませんでしたが。

  10. みなさん、コメントありがとうございます。
    「職務上」ではなく「職務に関し」(金融商品取引法166条3項後段)で十分なので、そっちから攻めるんじゃないでしょうか。
    当然、全国のNHKでニュースの内容を把握している人がいることが必要なのは間違いないでしょうけど、「職務上」それが必要な人は5000人もはいらない気がします。ただし、5000人のうち、職務上で見たのではない人だとしても、「職務に関し」には該当する、という理屈なんでしょうね。
    日経のケースは、広告部門の人が仕事の一環として見たのだと思ってました。ご指摘ありがとうございます。
    (ではまた。)

  11. 多くの人が問題視しているのは受信料を元手に行われている取材活動で得られた情報を個人的な利益のために利用したということでしょう。

  12. 確かに、磯崎さんのおっしゃるとおり、ケースによっては情報受領者について「職務に関して」の解釈があいまいな面はあると思います。
    (今回のNHKの件に関しては、結論として認定に疑義はないと思いますが。)
    ただ、今回の問題で看過できないのは、NHKのようなある意味日本の代表的な会社が、それも数々の不祥事を経て、内部統制についてはすでに整備が進んでいていいはずの会社が、このようなインサイダー取引規制の社内ルールさえ確立していなかったことです。
    話を一般化して恐縮ですが、報道に携わるメディアは、会社のコンプライアンスなどの問題につき欠陥のある事件をニュースとして取上げていく使命があるわけですが、それだからこそ、まず自らを厳しく律するという姿勢があるべきで、今回のケースは全くそれを裏切ったという点において罪の深いものだと思います。

  13. こんばんは。こんな質問をしても良いでしょうか?
    上記に
    >未公表の重要事実を知っちゃった人は、その株式等を絶対に売買しないことが、強くオススメであります。
    とありますが、たまたま取引した銘柄が、実はその時点では未公表だったがすでに報道各社は知っている段階だった、という場合は、嫌疑をかけられてしますのでしょうか。そして、その場合、どのように嫌疑を晴らせば良いのでしょうか。
     なぜこんな質問をするかというと、実は私はNHKの報道の仕事をしていた時期があり、それに関連してか、このたび「第3者委員会」なるところから、「取引口座を調べるから、お届け印を押して提出しろ」という趣旨の文書が届いたのです。確かに私は証券会社に口座を持っていますし、家族が株取引をしていますので、その旨届け出ました。そういう状況ゆえ、取引した銘柄について未公表の事実を知らなかったけど、すでに各社が知っている時にたまたまタイミングがあってしまった、ということももしかしたらあるのかと…。家族の取引履歴を見ると、年間10件以上の取引があります。1件だったら、「タイミングが合ってしまいました」なんて確立は低いでしょうけど、10件以上もあると、偶然ももしかしたらねえ…。
     株取引に関して、なんかとても萎縮する出来事でした。