インサイダー取引規制の閾値は確実に下がっている

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小さい記事なので見逃した方も多いと思いますが(私も見逃してましたが)、先週末、SESCさんから下記の勧告が出ています。
ユーエフジェイセントラルリース株式会社の株券に係る内部者取引の調査結果に基づく課徴金納付命令の勧告について
http://www.fsa.go.jp/sesc/news/c_2007/2007/20070615-1.htm
ダイヤモンドリース株式会社の株券に係る内部者取引の調査結果に基づく課徴金納付命令の勧告について(平成19年6月15日 証券取引等監視委員会)
http://www.fsa.go.jp/sesc/news/c_2007/2007/20070615-2.htm


例えば、2番目のリリースでは、

2 .法令違反の事実関係
 課徴金納付命令対象者は、ダイヤモンドリース株式会社の契約締結先の社員であったが、ダイヤモンドリース株式会社がユーエフジェイセントラルリース株式会社と合併することを決定した事実を同契約の締結及びその交渉に関し知り、この事実が公表される平成18年10月19日以前の同年7月24日に、株券200株を98万2,000円で買い付けたものである。
 同人が行った上記の行為は、証券取引法第175条第1項に規定する「第百六十六条第一項又は第三項の規定に違反して、自己の計算において同条第一項に規定する売買等をした」行為に該当すると認められる。


2.  
(原文のまま)
課徴金額の計算
 上記の違法行為に対し証券取引法に基づき納付を命じられる課徴金額は、20万円である。

となっています。
「インサイダー取引規制に下限無し」
課徴金制度というのは、「気軽に」行政処分でペナルティを与えられるように、ということでできた制度ですし、証券取引法や内閣府令のどこを見ても「金額が小さい場合にはセーフ」といった軽微基準はありません。
このダイヤモンドリース等のケースについて、「金融系だから『一罰百戒』で、小さい金額にも関わらず、とりわけ厳しく出したのではないか?」という感想をおっしゃる方がいらっしゃったので、証券等監視委員会のホームページで過去のリリースを調べてみたんですが、すでに昨年5月に課徴金「5万円」というケース、本年2月に「4万円」というケースも出ていますし、課徴金数十万円レベルの勧告も(ニュースになるかどうかはともかく)、かなりたくさん出ていますので、「金融系だから」という認識はまったく間違いでしょう。
上場会社に関わる方は、「インサイダー取引規制に下限無し」という時代に入っていることを強く認識する必要があると思いますし、インサイダー取引規制違反という聞こえの悪さ(レピュテーションリスク)を勘案すると、「インサイダー取引規制って、何千万円とか何億円取引するような極悪の人しか関係ないでしょ?」とか「課徴金って行政処分だから、道交法でいうと青キップみたいなもんでしょ?」といった認識は、非常に危険であります。
時期の問題
もう一つ。リリースによると、このダイヤモンドリース等の合併の公表は平成18年10月19日で、株券の買付けは同年7月24日と、3ヶ月も前の買付けが問題になってます。
当然、合併の基本契約の締結を正式に機関決定したのは適時開示した平成18年10月19日ですが、ご存知のとおり、証券取引法166条第2項では、「当該上場会社等の業務執行を決定する機関が次に掲げる事項を行うことについての決定をしたこと」とあり、「行う決定をしたこと」とはなっていないわけで、合併等の準備をはじめる決定等があったらインサイダー取引規制の対象にはなってきます。
M&Aについては情報のリリースのタイミングが非常に難しいわけですが、「合併契約の締結」でも「合併の基本契約の締結」でもなく、そのための準備の(確度がどのくらいだったのか、実際のところは勧告の文章だけではよくわかりませんが)、3ヶ月も前から対象となるとなれば、情報の公表のタイミングを大きく前倒しで考えていかないといけないのではないかと思います。
また逆に、適時開示規則(第2条第1項第1号)を見ると、「上場会社の業務執行を決定する機関が、次に掲げる事項を行うことについての決定をした場合」と、証券取引法の文言とそろえてありますので、上記の件がインサイダー取引と認定されたということは、「すでに事実上、”決定”が存在した」と認定されたということであり、会社は適時開示規則に違反して3ヶ月も開示を怠っていた、ということになってしまうリスクもあるんじゃないでしょうか
一方で、一般のM&Aで両社で検討を開始したからといって、ただちにプレスリリースできるかというと、なかなかそうとばかりもいかないはず。
芸能人どうしの交際なら、「いつから結婚を意識したんですか?」という質問にムニャムニャ答えることも可能ですが、会社どうしの「結婚」の場合、インサイダー取引規制の処罰のインパクトがデカい話でもあり、非常に悩ましいところであります。情報を知る社員等に情報管理や売買の禁止を徹底させるのはもちろんのこと、「いつ」決定が行われたのかということについて会社として明確に意識する必要があるかと思います。
認識はどこまで浸透しているか?
かようにインサイダー取引規制については厳しさを増している昨今ですが、昨年、某大手証券会社のコンプラ担当者を招いたインサイダー取引規制の勉強会で、
「上げ要因と考えられる事実を知って売却する場合も、条文上はインサイダー取引規制違反になりえますよね?」
「村上ファンド裁判も考えると、”決定”の時期については以前よりかなり前倒しで考えておく必要がありますよね?」
といった質問をしたところ、
「そのとおり。昨今当局の目も厳しいので、非常に厳しく考えておく必要があります。」
といったお答えが返ってくるかと思いきや、
「いやー、それで問題になったケースはまだ無いんですよねー。」
「そこまで厳格に考えてらっしゃる会社さんは、実際、ほとんど無いと思いますよ。」
と、終始 半笑いでお答えいただきましたので、「大手証券会社のコンプラ担当者でも、まだその程度の認識なんだなあ・・・」と、かなりビックリした次第でありました。
破壊的インパクトを吸収できるしくみが必要
認識や態勢は厳しくする必要がある一方で、企業としては、やはり何らかの処罰を当局から受けることのインパクトが非常に大きいのも確かです。きちんと善管注意義務を払って厳格にリスク管理をしても、望ましくない状態の100%の防止というのは不可能ですし、万が一発生してしまったときのインパクトは、(課徴金は行政処分だから、とか、数万円のペナルティだからたいしたことないや、ということでは全然なくて)、企業に対して非常に深刻なダメージを与える可能性があります。
そんな問題意識のもと、先日の旬刊商事法務2007/6/5号で、木目田裕弁護士、山田将之弁護士による「企業のコンプライアンス体制の確立と米国の訴追延期合意-Deferred Prosecution Agreement-」という論文は、非常に興味深く拝見しました。

証取法における課徴金制度や独禁法におけるリニエンシー制度の導入等による簡易迅速な摘発・制裁を目指す動きはあるが、依然として取締役当局としては重要性の高い事件に重点的に人的資源を投入して一罰百戒を目指すことを基本とせざるを得ない現状にある。また、取締当局による摘発が企業に与えるダメージは甚大であり(略)、企業としては、取締役当局による捜査・調査に直面した場合には、コンプライアンス体制の見直しは二の次にして、摘発の回避にエネルギーを傾注せざるを得ない。

という状況の中、

米国においては、企業不祥事に対して、deferred prosecution agreement(略)という手法によって、一定の解決を図ろうとしている。DPAは、以下で検討するように(略)、自ら社内の違法行為を把握した企業や捜査対象になった企業が、検察官との間で、違法行為を認めて捜査に協力し、コンプライアンス規程の見直しや役員交代その他の再発防止策の構築等の企業改革を行うことを約束し、一定の猶予期間にわたり外部の独立した第三者によるチェック等を受け入れ、かかる企業改革等の着実な実施が確認されれば、検察官が刑事処罰を見送ると言う米国刑事手続上の運用である。

とのこと。
DPAという制度が日本でうまく機能するのかどうかは私は(まだあまり深く考えていないので)よくわかりませんし、そもそも課徴金制度というのは、刑事罰と無罪との大きな隙間を埋める制度として導入されたものではあると思うのですが、ルールの複雑化や「閾値」の低下が進む中で、企業活動としてかけられるコストと、万が一望ましくない状況が発生した場合のインパクトのデカさを考え合わせると、不十分な状況を改善しようという意思のある「まじめ」な企業が、そうした破壊的インパクトを吸収できるなんらかの「しくみ」が必要なのは確かではないかと思います。
(ではまた。)

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インサイダー取引規制の閾値は確実に下がっている” への3件のコメント

  1. >上記の件がインサイダー取引と認定されたということは、「すでに事実上、”決定”が存在した」と認定されたということであり、会社は適時開示規則に違反して3ヶ月も開示を怠っていた、ということになってしまうリスクもあるんじゃないでしょうか。
    確かに数ヶ月程度の遅れは実務では茶飯事ですね。
    日本織物加工株事件の最高裁判例は知っていても、会社法上の意思決定機関が
    承認してはじめて適時開示するというのがまだまだ一般だと思います。
    磯崎さんが仰るように、東証規則も証取法と同一文言を使っていますので、
    「リスク」というより明らかに規則違反です、どの会社もおそらく。
    反面、インサイダー規制のリスクには敏感だと思います。ある程度話しが
    具体的な方向へ動き出せば、会社法上の意思決定機関の承認前でもインサイダー
    規制に引っかかるという「正しい」認識を関係者に与えています。(このあたりは、
    実務とか、一般とか言うまでの自信はありませんが、まともな企業ならやってると思います)
    東証規則には建前的な「機関決定」でルーズに対応し、会社のレピュテーション
    に関わるインサイダーには実質的な「機関決定」で厳しく対応、という使い分けが
    されているのかと思います。
    >「いやー、それで問題になったケースはまだ無いんですよねー。」「そこまで厳格に考えてらっしゃる会社さんは、実際、ほとんど無いと思いますよ。」
    適時開示のことを念頭に置いた発言ならわかりますが、インサイダー規制を念頭に置いて
    るなら、その方(大手証券会社のコンプラ担当者)個人の
    資質の問題でしょうね。有り得ません。
    あるいは、その証券会社はさんはまじめにアドバイスしても、当のクライアントは真剣に対応してくれない(面倒がる)ということかもしれません。

  2. 私も見落とししていて、19日の商事法務のメルマガで知りました。(このメルマガ、ろじゃあさんが以前紹介していますが便利なんですよね、、、)
    磯崎さんやとおりすがりのものさんの指摘されているように、適時開示の約一月前と3ヶ月前の取引が対象になっていることにかなり衝撃を受けました。
    というのも今年は頻繁に重要な開示に関連してリーガルチェックを行いながら、東証にもだいぶ相談したものですから。
    もちろん情報管理には気をつけていますが、重要な決定のためのスケジュール管理のためには、証券会社、弁護士、会計士、司法書士などの関係者や外部ではほふり機構、印刷会社などがあり、「当該会社との契約関係」があることから、その対象になる危険性を改めて感じたものです。
    とくに、この事案は、「合併することを決定した事実を同契約の締結及びその交渉に関し知り」とされているように上記の関係者の関与だったと思われますので、実質的な合併の「決定」があったことが何らかの形で明確に認識されているとされたのではないかと思います。
    もう少し事案の具体的内容がわかればこれからの社内での情報管理のあり方、公表時期の前倒し、公表内容の工夫に活かせるような気がします。